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2008年6月 9日 (月)

「終身刑 是か非か」~朝日新聞から

昨日(08/6/8)の朝日新聞(P9)の“耕論”に「終身刑 是か非か」という記事があり、立場の異なる3氏の論を興味深く読んだ。
先ずは、「死刑廃止を願う立場からの賛成」「死刑であれ終身刑であれ賛成できない」「終身刑の創設には賛成できない」という各氏の論の、自分が気になった所を抜粋してみると・・・・

「死刑廃止に必要な受け皿」~菊田幸一氏(明大名誉教授)
「死刑廃止を願う立場から、死刑に代わる「受け皿」として90年代初めから終身刑導入を訴えてきた。当初は仮釈放のない終身刑は死刑と同様に残虐な刑罰であり、導入は重罰化に加担するもので死刑廃止運動に逆行すると批判され、集会で口に出すのも難しい雰囲気だった。・・」
「死刑廃止論者が理論上、死刑は違憲であり、その存在は世界の流れに反すると訴えるだけでは、前進は着実なものとならない。・・・大切なのは、死刑制度の存続を支持する80%以上の世論を抱え込んで活動していくことだ。・・」
「・・・ある死刑囚は「死刑囚が精神を病むのは、いつ処刑されるか分からない状況に置かれるためだ。3畳一間に死ぬまで閉じ込められていても、死刑執行がないとわかっていれば、その中の生活もまた人生だ」と述べている。・・」
「仮釈放の希望のない終身刑は、受刑者の処遇を困難にするという反対意見もある。だが、私が米国でした調査では、長期よりも短期の受刑者の方が出所の可能性があるだけにむしろ、強い不満を抱いたり激しく権利を主張したりと処遇が難しい傾向があった。・・」
「・・終身刑があれば、・・・死刑ではなく終身刑を選んだと推定される事例が2割あった。」
「・・米ニュージャージー州では死刑と終身刑が早くから並存していたが、死刑が長いこと執行されず、ついに昨年、廃止に至った。日本がそういう段階を踏んでいくためにも、「受け皿」としての終身刑が必要だと考える。」

「排除すれば安全」は幻想~坂上香氏(映画監督)
「・・米国の「アミティ」という民間団体が行っている更正プログラムでは、受刑者同士を1日に何時間も語り合わせ。「なぜ罪を犯すことになったのか」という問いに、とことん向き合わせる。・・」
「・・・だから私は、「仮釈放の望みを絶たれた終身刑受刑者は生きる屍となり、更正は不可能になる」とは、考えない。刑務所の中だろうと外だろうと変わるチャンスがあれば人は変われると思うからだ。だが、だからこそ、社会に戻る可能性を絶つ刑罰には、それが死刑であれ、終身刑であれ、賛成できないのだ。」
「・・・欧州の多くの国では、終身刑といっても一定の期間で仮釈放の申請が出来るし、米国でも仮釈放の可能性がないのは終身刑の3割に満たない。一方、日本の無期懲役は10年たてば仮釈放が可能になるが、07年に仮釈放されたのは受刑者1670人のうち3人。ここ数年の収監期間は平均25~30年に及ぶ。「人を殺しても10年で出てくる」というのは誤解にほかならない。・・」
「・・いまの日本の刑務所は働かせることが中心で、受刑者を「なぜ罪を犯したのか」という問題に向き合わせる機会はほとんどない。人間として変わる機会がないままに刑務所を出た人は、罰せられたことへの復讐心でいっぱいになっており、再び社会に危険な存在になっていく。そうして暴力の連鎖が繰り返される。
私たちがいま議論すべきなのは、罪を犯した人がいずれは社会に帰ってくることを前提に、「彼らが変わるために。刑務所の中で、そして外で、何をしたいいのか」なのではないか。」

「処遇困難な受刑者増やす」~坂本敏夫さん(作家・元刑務官)
「終身刑の創設には賛成できない。27年間にわたって刑務所や拘置所で勤務してきた経験から、終身刑の受刑者は処遇が困難になることが容易に想像できるからだ。・・・死刑囚は拘置所の独居房に収容される。刑務作業はない。最初の数年間は荒れることが多いが、刑務官は「殺さず:狂わさず」を基本に時間をかけて信頼関係を醸成し、執行までに償いの気持ちを抱かせようと力を注ぐ。私の実感としては、1人の死刑囚を担当する労力や精神的な負担は、一般者の被告や受刑者50人分と同等かそれ以上になる。・・」
「・・希望の存在は人を前向きにするし、立ち直るきっかけにもなる。終身刑ができると、受刑者は何を支えに生きていくのだろう。これ以上良くも悪くもならないのだから懲罰は怖くない。仮釈放になりそうな受刑者をけんかに巻き込むなど嫌がらせをするかもしれないので、ほかの受刑者と一緒にもできない。・・」
「・・費用の面も無視できない。受刑者には1人あたりで、食費や光熱水費など年間50万円ほどの予算が使われている。高齢になれば医療費もかさむし、・・・」
「・・終身刑の創設を望む人の中には、死刑と無期懲役との差が大きいので、中間的な刑罰が必要だという意見がある。これは、仮釈放を認める条件や期間を見直すという運用面の改善で十分に応えられる。・・」
「・・そもそも、私は終身刑が死刑に代わり得るとは考えていない。死刑囚の多くは、自らの死に直面することで命や罪の重さを認識し、更正への道を歩み始める。終身刑ではそうした立ち直りの機会が失われてしまうからだ。
死刑制度は残しつつ、心から反省に至った死刑囚は恩赦などで積極的に刑の執行を停止する。そうした形で現状を改善する方が先だろう。」

この議論は、結局人間を性善説で捉えるか、性悪説で捉えるかの違いのような気がした。坂上氏のように“人間は必ず更正できる”と思えば、死刑にも終身刑にも反対する。しかし世論の80%以上が死刑存続だとすれば、世論は性悪説のような気もする。

話は変わるが、人の立場・経験等で意見が異なることは当然だが、この記事を読んで、なかなかと考えさせられた。つまり、立場・考え方の違いでこうも意見が違う・・・という事を。
我々は日常生活で、色々な立場の意見を平等に聞くチャンスは、意外と少ない。
この終身刑の議論でも、正直いって自分は「無期懲役と死刑との落差」や「無期懲役は10年で出る可能性もある」との理由で、終身刑の創設が良いと思ってきた。しかし、こうして色々な立場の意見を聞くと、そのどれも説得力がある。
ここで、終身刑の是非を論ずるつもりはない。しかしつくずく、全ての議論において「全てが分かっての“自分の意見”というのは、極めて難しい・・・」ということが分かった。
そう認識してみると、急にいつもの“口から出任せ”の自分の言葉に対して「本当にその意見は正しいのか・・?」と、自信が無くなる。
(取りあえず、明日の会議では黙っていようか・・? たぶん直ぐに忘れて元に戻ると思うけど・・・)

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