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2008年6月16日 (月)

NHK「世界ふれあい街歩き」が楽しい

最近、NHKhiの「世界ふれあい街歩き」(HPはここ)という番組に凝っている。この番組は、多分一番番組作製費が安いだろう、と思われる(?)番組で、単にカメラが世界の街角を散歩するだけ。例えば、先日見た「世界ふれあい街歩き~ヴェリコタルノヴォ」(08/6/5放送)では、ブルガリアの首都ソフィアから車で3時間、山あいをヘアピンカーブのように流れる谷川の急斜面にびっしりと家が建ち並ぶ街で、大相撲・琴欧洲関の故郷だという。
その街のくねくねした道を、カメラが「散歩」する。そして、出会った人に気楽に声を掛け、立ち話をする。それがほとんどぶっつけ本番。町の人も気楽に応えてくれる。
「アムステルダム(再放送=08/6/15)」でも、運河の町を散歩する。しかし発見!街の中にこんなに運河があるとは・・・・

この番組の魅力は何だろう。多分、自分は絶対に行けない世界の街に、自分の代わりに行ってくれる。それをただ眺めているだけで、その街に行った気分・・・。(何と自分は、安上がりな旅行者・・・)
しかし、元エンジニアの端くれの自分からすると、この番組はなかなかと興味深い事がある。まさにカメラのこちら側から声を掛け、相手が直ぐに反応してくれるのだが、こちらからの声は全く聞こえない。単に吹き替えの日本語だけ。現地では当然現地語で会話をしているはずなのに、こちらの声が入っていない。という事は、ものすごい指向性のマイクを使って相手の声だけ録っているのか??
たまにガラス窓に写るこちらの取材者側は、ジャイロスコープの安定器に付けたカメラと照明・・・。マイクは何を使っているか分からない・・・。どのようにして自分達の声を消しているのか、興味があるな・・・。それに、相手の人の反応が実に素直。まるで、カメラ側に「これは日本のテレビの取材です」なんていう看板でもぶら下げて、相手は先ずその看板を見て状況を察知している??そう考えてしまうほどの道行く人の自然な対応・・。

話は変わるが、昔、子供が小さかった頃、東武ワールドスクウェア(HPはここ)に家族で旅行をした事がある。世界中の有名な場所(建造物・・)が全てそこにあり、一番喜んで、熱心に見ていたのが(子供ではなくて)オトーさんだった・・・。と今でも我が家の語り草・・・
それはそうだ。25分の1の、精巧なミニチュアがそこにはぎっしり・・。自分はその時こう言った。「いちいち現地に行かなくても、ここに来れば世界旅行をした気分になれるじゃないか。それに絶対に現地では見る事が出来ない建物の裏側も真上からも、見放題だ・・・・」

この番組も同じだな・・・・
でもカミさんに言わせると、「匂いが無い・・・・」。しかし、TVで居ながらにして・・・、というのも、金が掛からなくて良いのでは?
でもたまにキズは、45分の番組を見ていると「時間が惜しい」と思ってしまうこと・・・・。まあ我が家は、どちらかが腰痛?になるまでは、当分は“本当の外国”に行く気配だが・・・


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コメント

私も”安上がりな旅行者”です。
自分で出かけるよりも、TVの旅番組を観て、
様々な国内外の旅に「行った気持ち」を楽しんでいます。
宮脇俊三さんの鉄道紀行文を読みながら
時刻表を見て、地図で辿るのも大好きです。

投稿: 桐壺 | 2008年6月16日 (月) 23:00

この番組の一番好きなところは、取材者側の声が吹き替えの声だけであるところ(この語りが何とも言えず良い)。他の旅番組では旅行者が必要以上に自分の感情を表そうとして、美味しい!や、素敵!すごい!の連発で何が本当なのか?あなたの感想はもういいわ!と言いたくなるのですが、この番組は穏やかに、自分の感想が湧いてきます。行けないけれど、満足できる。出来たら行きたい、と夢を持てる。本当、音楽も素敵です。

【エムズの片割れより】
でも・・。見切れない・・・。
見る時は世界地図に印を付けているのですが、毎週見るのは結構しんどい。しかしまず行かない田舎の街にまで行ってくれるので“貴重な体験”ができますよね。

投稿: 三角目 | 2010年10月 4日 (月) 17:29

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