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2008年5月24日 (土)

金子由香利の「再会」~おとなの歌

現代のJポップスが若者達の歌だとすると、「大人の歌」というのもあると思う。その代表が、金子由香利の「再会」ではないだろうか。
言うまでも無く、金子由香利は日本の代表的なシャンソン歌手。しかしNet上には、意外と金子由香利についての情報が少ない。
「1960年代より“シャンソンの殿堂”といわれた“銀巴里”のステージに立ち、シャンソン・ファンの間で高い評価を受ける。長い間一般的な知名度は低かったが、77年発表のアルバム『銀巴里ライブ・いつ帰ってくるの』をきっかけに、存在がクローズ・アップされる。谷村新司、山口百恵らがファンとなり、その評判も手伝って一般へ浸透。87年“NHK紅白”に出場・・・・」(ここから引用
まずは代表曲「再会」を聞いてみよう。

<金子由香利「再会」>

「再会」   
    訳詞:矢田部道一
  作曲:Emil Damitrov・Patricia Carli

あら!ボンジュール 久し振りね
その後 お変わりなくて
あれから どれくらいかしら
あなたは 元気そうね
私は 変わったでしょう?
あれから旅をしたわ
いろんな国を見て来たの
少しは 大人になったわ

私って おしゃべりね
引き止めて ごめんなさい
あんまり 懐かしくて声を掛けたのよ・・・

あの方 奥さんでしょう?
とても 素敵な人ね
私に少し 似ているわ
私をどう思うかしら
今の私達は 他人同士なのね
あなたは目には もう なにも
なんにも 残っていないわ

私って おしゃべりね
引き止めて ごめんなさい
あんまり 懐かしくてお話したかったの
今でも あなたを愛しているのよ・・・

この歌を最初に聞いたのがいつだったかは定かでないが、とにかくショックを受けたのを覚えている。何せ、普通の歌と違う・・・。歌というより「語り」なのだ。しかし、歌詞に味があり、何か哀しい・・・。
その時、さっそく“金子由香利とは何者か・・・”と調べたが、「シャンソン界の重鎮」位しか分からなかった。そして今も、年齢はおろか、何も情報がない。Wikipediaにも項目が無い。相当なご年齢だろうが、現役を貫いている・・・。

この「再会」という歌を聞いて、竹内まりやの「駅」を思い出した。前にもこのblogで書いたが(ここ)。この「駅」のストーリーも哀しい。両方とも、“昔の恋人と再会した”という設定は同じだ。でも竹内まりやは「駅」で彼を見付けて、遠くから眺めるだけ・・・・。でもさすがに“年の功”だ。金子由香利さんはキチッと声を掛けているからスゴイ・・・・
(自分はどちらかというと、気が小さいので“竹内まりや”派だな・・・・)

しかし、金子由香利にように、キチッと自分のエリア(シャンソン界)を持ち、いちいちテレビに出なくても、そのエリアのファンによって支えられ、時代に翻弄されない歌手というのを「大歌手」というのだろう。(世は「大サラリーマン」だらけだが・・・・←これ余計!)

(関連記事)
竹内まりやの「駅」


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コメント

再生 どうしてもできません 何かよい方法ないでしょうか この曲どうしても聴きたいのです よろしくお願いいたします

投稿: 夢見る男 | 2008年9月 5日 (金) 08:27

再会久しぶり聞きました。外部サウンドスピーカーで聞くと、綺麗な音源で驚きました。
早速、こちらを、お気に入りに追加させていただきました。曲が気に入ってます。
私は離婚を2回繰り返してます。
原因はどちらも夫と私の親友との浮気が発覚、浮気だとお互い割り切った仲だったようです。
この歌の様に2度と再会する事もありませんでした。
離婚後、会社を経営しもう16年目です。
仕事と結婚しました。結婚時代の普通の生活から、車はベンツ、趣味は宝石、洋服は
エルメスと変わり欲しいものは何でも
あるのですが、恋人だけはおりません、
2度の離婚で殿方の性癖にトコトン懲りました。(~_~;)

再会を聴くと、結婚しないで、友人のままだったらこんな再会もできたのではと思います。
ちなみに仕事だけは、私に負けたくないと
浮気相手に言っていたそうです。
結婚生活の思い出もそんな事もあったか
と、遠い記憶です。独身生活の方が気楽ですが元気な内はまだ、いいのですが老後はきっと寂しくなるでしょうね。
こうなったら会社死ぬまで引退しません、


投稿: 向日葵 | 2009年1月23日 (金) 11:28

向日葵 さん

楽しい(?)コメントをありがとうございます。離婚ですか・・・。まあ自分のようなトシになると、もう遥か過去の言葉ですね・・。しかし「仕事と結婚」も良いじゃありませんか。
自分も、仕事を辞めると即病気・・と信じていますので、「生涯現役」と息巻いているのですが、何せサラリーマンは相手(会社の都合)があること・・・。
それに引き換え、「自分の会社」とは羨ましい・・・。でも立場的に「後」が無いので、そのストレスたるや大変ですね。楽しんで会社経営ができればそれに越したことは無いのでしょうが、世の中それほど甘くも無く・・・。
音質について、良くぞ言ってくれました。音源は原則デジタルです。自分は、音質には凝っていますので、皆さんがイヤホンかステレオ装置につないで聞いて頂けると良いのですが・・。パソコンのスピーカではとても無理です・・。

投稿: エムズの片割れ | 2009年1月24日 (土) 21:13

こんばんわ しばらく前のことですが、朝日新聞の土曜版に西島三重子の‘池上線’の詞が採り上げられていました。30年ほど前、当時付合っていた彼女の家が沿線にあったことから、この唄には多少の思い入れもあって、懐かしく記事を読んだものでした。その後、しばらくして、たまたま西島三重子をネットで検索していたら、このブログに行き付いたわけです。
そして小生はチェウニの‘池上線’を聴いて、その歌唱力にいたく感じ入ったのです。
初めてのチェウニ体験でした。
そして今日、たまたま金子由香利を検索していたら、またこのブログに行き付いたのです。
まぁこれも縁なんでしょうね。
じつは、金子由香利にも思い出があるのです。
昭和42年、銀巴里のクリスマスパーティーの舞台で、なんと彼女とデュエットする羽目になったのです。恒例のリクエストデュエットタイムに止せばいいのに手を上げたら、ボーイが小生を舞台に引っ張り上げ、彼女からご注文は?と問われて、咄嗟にアズナブールの‘愛は燃えている’を口走ってしまったのです。うろ覚えの歌詞を、なんとかうろたえながらも歌いきりましたが、大勢の客からは痛いほどの怨嗟と怒りの視線を浴びたものでした。彼女もエライ客を選んだものと大いに後悔したことは間違いないでしょう。べつにシャンソンファンでもなく、ガールフレンドの求めに応じて、生まれて初めて訪れた銀巴里でした。金子由香利も知りませんでした。
シャンソンファンのガールフレンドからは、ただただ恥ずかしかった・・・とのコメントをもらい、しばらくして、このことが原因かどうかは分かりませんが、遊んでもらえなくなりました。ずいぶんと好きだったのですが・・・。
長くなりましたが、もう一寸お付合い下さい。それから1年ほど経ち、大学の講義をサボって、仲間と暇つぶしに吉祥寺駅の程近くにある卓球場に出かけました。一軒家(相当古い)なのに、卓球できます、と素人くさい看板が掛かっていて、我々は前から気になっていたのです。靴を脱いで、スリッパに履き替え、案内されると、板張りの部屋に卓球台が1台ありました。この家の主らしい、ジーパン姿の中年の女性がラケットを渡してくれました。顔を見て、小生はあっと声を上げそうになりました。
すぐに看板の横に金子の表札があったことを思い出し、確信しました。金子由香利でした。すっぴんで髪もぼさぼさでしたが、間違いはありません。舞台の彼女と目の前のフツーのおばさんとの落差が、なぜか小生の心を打ちました。小生は彼女に何も声をかけず、我々は1時間ほど遊んで金子家を後にしました。彼女がシャンソン歌手であることは、仲間には話しませんでした。どうせ連中はシャンソンなんかに興味があるはずもありません。小生にしたところが、ガールフレンドの気を引くために銀巴里に行った訳で、偉そうなことはいえませんよね。
あれから40年以上も経ちましたが、このエピソードはいまだに記憶に残っているのです。
金子由香利はは元気に、今も現役のようです。

投稿: ツバメ | 2009年9月24日 (木) 19:34

そうでしたか・・金子由香利さんが、古い一軒家で卓球屋おばさんも なさっていたとは。正にシャンソンを 地でいくような出来事の川を流れて 今に至られたのですね。
(但し、卓球屋を歌にするのは 難しい
気がするけれど)
 私は、金子由香利さんのバックミュージシャンのフアン。ここ、5,6年 一年に一度は 金子さんの全国ツアーコンサート
聞きに行っています。今年は いよいよ
最終だそうで、尚更 舞台の金子さんが、
毅然と見え、<私の人生、私が作って
きたわァ~♪>と 歌っているかのよう
・・格別 美しく感じました。
開演始まりの音楽も、黒い衣装から 白い
ドレスに着替えに行っている間の 音楽も
何もかも、お約束ごと。イントロだけで、わァと ザワメキ、小声で歌う方も。
聴衆の気持ちと、音楽が一体になって ホールに溢れかえるようです。
 金子さんが 長い人生、自分のスタンスを
崩すことなく 歩いて来られたように 聞く側の私達も、歌を聞きながら 心の隅っこでは、自分の人生に思いを馳せ 一緒に歌って
います。ミュージシャン達も 巧みな演奏で
時には 歌以上に、詩を語り 間奏に酔いしれました。 
 会場には 随分と、ご高齢の方も たくさん聞きに来られ 少し、おしゃれし 杖を
ついたり、若い方に手を引かれ 入場されて
いました。 私よりは 更に、20年は 長く歩かれている方々。 どんな風に 金子さんの歌を楽しみ、自分の人生を振り返って
らっしゃるのだろう。これだけ長い間、たくさんのフアンを惹きつけ、掛け替えの無い時間を 提供されてきた 金子さんや ミュージシャンの方々に心から 感謝の拍手をしてきました。

 <エムズの片割れ>は ピアニストの辻井さんに付いての記事から 読み始め、巧みな
文章のみならず 私の大好きな音楽から
多方面に渡る知識を 与えて下さるので
直ぐ、<お気に入り>に入れました。毎回
楽しみに読ませて頂いています。
今日は、金子さんに付いてのコメントが
有り、最終コンサートの感激を 皆様にも
お伝えしたく 頑張りましたが・・
 音楽って いいですね!

投稿: フェルマータ | 2009年9月24日 (木) 23:41

ツバメさん、フェルマータさん

面白い“物語”をありがとうございます。そうですか・・。40年前の金子由香利の“正体?”を垣間見て実に面白い・・・
誰にも素顔はありますよね。でも現年齢不詳なれど、現役バリバリなのは素晴らしいですね。

投稿: エムズの片割れ | 2009年9月25日 (金) 21:24

もう逢えないと 諦めていた幼い頃からの 私のアリサ S子さんに会えました 初めてのデートに 金子由香利のリサイタルへ行きました その中の 再会の歌は 心に染み透る思いで聴きました もう一度会いたいなあ

投稿: 夢見る男 | 2010年2月 7日 (日) 15:26

夢見る男さん

何とも心温まる???
何とも言いようが無いが、がんばって??

投稿: エムズの片割れ | 2010年2月 7日 (日) 21:41

金子由香里さんの歌をはじめて聞いたのはもう二十年くらい以前。シャンソンは好きだった、語りと歌が行き来する、その狭間から詩が溢れ出る。とりわけこの歌い手の語りには詩を強く感じ、大好きです。
高校の時、一度だけ聞いて忘れられず探し続けて今尚遭遇しない歌、多分シャンソンがあります。『移り行く季節の雲が 思い出に落とす影よ それはいつか淡く薄れ 地の果てに 地の果てに 時は流れる・・・』と言ったような詩でしたが、どなたかご存知ではありませんか。
ついでにもうひとつ、昭和23年頃片田舎の小学校講堂でにわか仕立てのスクリーンに映った男性歌手が歌った歌『青い四葉の クローバ尋ね 共に歩いた君恋し 春が来る春が来る 小川さらさら思い出の 春はまた来る』と言う歌、一体どなたの作で歌ったのはどなただったか。

【エムズの片割れより】
Netは素晴らしい媒体で、自分が前に、同じように探していた記憶の断片は、ほとんど探し当ててしまいました。
この疑問、どなたか・・・・

投稿: yakata1578 | 2011年4月 1日 (金) 08:14

すてきなサイトを運営下さって感謝。
彼女のエキゾチックな美貌と深い声に魅了されてジャケットを購入。コンサートにも行きました。この歌は特に好きです。涙がこみ上げてきます。

投稿: りんご | 2015年3月22日 (日) 22:05

ここを訪問するために外部サウンドスピーカーを購入しました。
「再会」「昔聞いたシャンソン」は私の好きなシャンソンの双璧です。特に「再開」は聴くたびに涙が込み上げます。
向日葵様のエピソード、まるで小説の世界ですね。 

【エムズの片割れより】
わざわざSPを購入されたとは、恐縮です。

投稿: りんご | 2016年5月18日 (水) 15:16

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