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2008年5月27日 (火)

ホンダ「スーパーカブ」の思い出

先日の新聞にホンダ、「カブ」シリーズ生産6000万台・発売から50年という記事があった(ここ)。実は自分も、学生時代~独身時代にはカブのファンだった。(以下つまらない思い出話である・・・)

Hondacub 友人から50CCのカブを譲ってもらったのは、大学4年になって間もない頃だったと記憶している。確か3千円だった。これを手に入れてからは、世界が広がった。当時は、ヘルメット着用の義務も無かったので、街の中を自由自在に走り回った。
自分の免許の歴史も、バイクの歴史と重なる。今の免許を見ると、原付が昭和43年7月30日とある。同じ下宿の友人がカブを買い、それに乗りたくて免許を取った。原付なので学科試験だけ。免許を取るや、直ぐにバイクを借りて街に繰り出した。交通ルールなどは、もちろん自分の体に身に付いていない。初めて乗って、その時に警察に捕まった。田舎の交差点を曲がったら、そこにパトカーが止まっていて、警官とバッタリ・・・。そしたら、一時停車違反と、サンダル履き違反の2件だという。もらったばかりの免許を出して、罰金。人生“初運転”で、“初罰金!”。まあこれは、“神様が「ルールを守って運転せよ」と自分に警告を出したくれたので、その後の大きな事故を避けられた・・・”と思ってはいるが・・・(負け惜しみ??)

思い出すと、就職も決まって大学4年も後半になると、普通免許を取ることが流行った。サラリーマンになると、なかなか時間が取れないので今のうちに・・・という。それはそうだ・・・と、自分も自動車教習所に通った。当時は金が無かったので、困って誰かに借りたと記憶している。

普通免許を取ると、今度は「実地試験だけで自動二輪免許が取れる」という話を聞きつけ、ついでにそれも取っておくことにした。そして、(カブにはない)バイクの“クラッチ”の練習・・・。これは大学の構内で、友人のバイクを借りて練習した。もちろん一発で合格。しかしその時以来、自動二輪に乗る機会はない。自分の免許証には「大自二」と書いてあるので、1000CCのバイクでも免許上は運転できるのだろう。でも今後も乗るとは思えない・・・

話はカブに戻るが、大学を卒業したときにも、このカブは手放さなかった。大学を卒業していったん荷物を実家に送るとき、実家までカブを運転して帰ったが、その時は1リッター50K走ったのを今でも覚えている。1970年春の話である。当時のエンジンの燃費で、実走行での50Kは驚異的だった。
そしてサラリーマンになって、配属工場が決まるや寮にバイクを持ってきて乗った。その後聞くと「日曜日の昼前になると、いつもパカパカというバイクの音が聞こえるので、また**さんが出かけるな・・・」、と分かったそうな。実は、バイクのマフラーの裏側が腐って抜けていて、消音装置がきいていなかったのだ。
そのカブも、同じ寮の友人から6万円!で車を譲ってもらったのを機に卒業した。それは昭和48年頃だったか・・・・。

ともあれ、40年も前に散々自分が乗ったバイクが、今も現役で大量に生産され、街を走っているのは、嬉しいものだ。今でも、カブだけは運転に自信がある。大きなバイクはまったくダメだが・・・
(本記事は、完全に自分の備忘録だが、まあ車の歴史もまたの機会にメモしておく事にしよう)


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