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2008年5月 8日 (木)

吉田兼好の「独身礼賛論」~徒然草より

今日は、久しぶりに人身事故で電車が遅れた。よって電車で一眠りした後で、まだ最後まで読み終わっていなかった「徒然草」を最後まで読み終える事が出来た。徒然草については前にも書いたが(ここ)、今日読んだ中で「独身礼賛論」があり、面白く読んだ。曰く・・・(現代語訳「徒然草」(角川ソフィア文庫)~ビギナーズ・クラシックス)P232より)

「『妻(め)といふものこそ』~「徒然草 第190段」

妻というものは、男の持ってはいけないものである。「いつまでも独身でいる」などと聞くと、その男性の人柄に深みが感じられる。

だから、「どこそこの婿に入った」とか、また、「これこれの女を家に入れて同居している」などと聞くと、心底、幻滅を感じさせられてしまう。どうせ、たいしたこともない女を最高だと舞い上がって、夫婦となったに違いないと、男の態度が安っぽく想像されてくる。反対に、いい女ならば、かわいがって自分の守り本尊のようにたいせつに世話しているのだろう。たとえてみれば、そんな程度だろうと思われてくるはずだ。

これらにもまして、家庭をきちんと切り回す女はじつにつまらない。子供なんか出来て、愛情を込めて育てている姿にはうんざりさせられる。さらに、夫の死後、尼になって年をとるさまは、夫の生前中はもちろん死後までもひどいものだという気がする。

どんな女だろうとも朝晩いっしょに顔を突き合わせていたら、気に入らない点が出てきて、いやになってくる。それは、女にとっても家庭内離婚のように、中途半端な状態になるだろう。

要するに、互いに離れて暮らしているままで、ときどき女を訪ねて泊まるような形にすれば、長年たっても二人の仲は切れることがないだろう。不意に訪れていっしょに寝泊まりなんかすれば、二人とも新鮮な気分を味わえること間違いなしである。」

連休は、二人の息子共が帰省してきて、家の中が狭くて参った。決して吉田兼好のように「独身主義」では無いのだろうが、まるっきり女気が無いのも気になる・・・・?

しかし息子が帰省して家に居られると、何でこうもうっとうしいのだろう・・・。だから昨日、下の息子が九州に帰ってホットした。

P10206711 そのせいか、ウチのメイ子(愛犬)が発病してしまった。(ウチのメイ子は“下の息子が、い・の・ち!”なので、気が疲れたのだろう。もっとも先日、家の外装と屋根のペンキ塗り工事をしたので、その気疲れもあったらしいが・・・)

P10206631 ちょうど実家の父親(ビアン・パパ)が膵炎で入院中(ここ)なので、 “付き合って”同じ病気になったのでは?・・・と心配したが、かかりつけの獣医さんの所に行ったら、急性腸炎だとか・・・。点滴をしてもらって、ひと段落? 食い気だけは他に引けをとらないメイ子だが、昨日から食事を採っていない。何とか早く食欲が出てくると良いのだが・・・・。(写真は精気のないメイ子)

話がぜんぜん違う方へ行ってしまったが、今日の「徒然草」は、我が家とは全く関係ないことだけは確かだ。(じゃあ、何でおもしろがる??)

(関連記事)

吉田兼好のblog=「徒然草」74段から・・・

吉田兼好のいう「友とするにわろきもの」


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