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2008年2月13日 (水)

取り返しがつかないこと・・・韓国「南大門」焼失に思う

世の中、取り返しがつくものとつかないものとがあるが、先日(08/2/10夜)の韓国の国宝第1号という南大門(正式名称「崇礼門」)が放火されて焼失したニュースは、何とも“取り返しがつかない”事件で心が痛んだ。(ナーンテ、自分は「南大門」なんて初めて聞いたのだが・・・)
言うまでも無く、幾多の文化財は、それぞれの民族が営々と築いてきた文化の歴史そのものであり、誇りである。それがたった一人の出来心で、いとも簡単に消え去ってしまう・・・。
ニュースで流れているように、国宝に簡単に出入りが出来るという管理の甘さにも一因はある。日本でも、戦中に正倉院の高床の下で焚き火をしていた、という話を前に聞いたことがある。しかし現在では、正倉院は高い塀に遮られて、遠くのほうから垣間見るだけ・・・。まあ当然ではある。
よって、今回の韓国南大門の事件では、管理の甘さが強く指摘されているのは当然だろう。

同じように、文化財の破壊という点では、戦争が最も悲惨な例だ。前にTVで、第2次世界大戦の米英の空爆で完全に破壊され、戦後復元されたドイツ ドレスデンの復元のもようを見た。1万個のガレキを組み合わせて「世界最大のジグソーパズル」と言われ、復元に12年を要した聖母教会。これらドレスデンの町並みを元に戻す住民の努力と執念は、民族の誇りに根ざしているのだろう。
日本も、戦争とはいえ欧米の心ある人の努力によって、京都・奈良の文化財が破壊から免れたのは奇跡かもしれない。一時の感情(戦争)によって、数百年・数千年の人類の遺産が、かくも簡単に破壊される現実・・・。
金閣寺の焼失も、韓国南大門とまったく同じ状況だったが、人間は「やる気になれば何でも出来る」存在だと仮定すると、教育で「取り返しのできない事をしない」という事を教えるしか、方法は無いか?

先日(08/2/8)の、NHKラジオ深夜便「こころの時代」「網干善教さんの”高松塚への道”龍谷大学客員教授 太田信隆」を聞いたが、高松塚古墳は奈良県立橿原考古学研究所が主体で発見した。しかしその後の保存は、所長の末永雅雄や発見者の網干善教の決断で国(文化庁)に移管した。そして密封したはずの古墳が、30年後にはカビでボロボロ・・・。その間に、誰が中に入ったかは記録が無いが、内部に虫が入り込んでいた事実を見ると、文化庁の管理がどこまで徹底されていたのか・・・、非常に残念だ、と言っていた。これはすべて、その物の価値が分からないことから来ている。(結果として文化庁が、高松塚古墳の価値が分からなかった??)

取り返しがつかない事は、対人関係でも良くある。
まあ自分も、これからのさまざまな行動の中で、「取り返しがつくこと」と「取り返しがつかないこと」は、良く区別して行動したいものだ。(永遠のテーマだが、夫婦喧嘩で口にする暴言は、果たして取り返しがつくのであろうか?)


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