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2007年12月20日 (木)

映画「サラエボの花」を見て~戦略のレイプ

ひょんな事から時間が取れたので、神田神保町の岩波ホールで、12月1日から08年2月8日まで上映されている映画「サラエボの花」を見に行った。(公式HPはここ

Scan103811 弱冠32才のこの映画の女性監督ヤスミラ・ジュバニッチさんは、この映画を「これは愛についての映画である」と言っているが、自分はこの映画を見て「集団レイプ」の事実がそれ(愛)を打ち砕いたように思えた。つまり、「愛の映画」というより、「民族浄化」の名の下に「戦略」として堂々とレイプが実行されたというおぞましさの方の印象が強かった。
その事実の前に、2万人とも言われている強姦された当の女性はもちろん、生まれてきた子供の「心」を思うと、言葉が無い。

舞台となっているボスニア紛争は1992年に勃発して1995年まで続いた。人口435万人のこの国で、20万人の死者、200万人の難民・避難民が発生したという。民族は確かにムスリム人(イスラム教)、セルビア人(セルビア正教徒)、クロアチア人(カトリック教徒)と分かれているが、言語も方言程度の違いしかなく、顔つきも同じで結婚も日常的。
それなのに紛争が始まり、セルビア人によるサラエボ大包囲作戦は熾烈を極めたという。
そして驚いたのは、「ボスニアではレイプはイスラム教徒の家族に屈辱を与え、破壊を目的の戦争の武器として使われてきた。ある目撃者の話しでは、女性が妊娠するまで拘束され、繰り返し強姦されたケースさえある。中絶には遅すぎる時になってやっと解放される。加害者の-この場合はセルビア人だが-考えでは、この非人道的な行為で生まれた子どもはセルビア人になる。こうして、レイプは民族浄化の手段となる」ということ。(下記PDF参照)

公式HPにも「民族浄化」について、下記の記述がある。
「女性に対する性的暴力は、残念ながら戦争ではいつも起きている。しかし、この紛争では、女性への暴力行為だけでなく敵の民族の子供を生ませることで、所属民族までを辱め、後世に影響を残すことが作戦として組織的に行われた。
ボスニア・ヘルツェゴビナには、三民族が混住していた。つまり生活していた場所が戦場になったのである。
死傷者は戦闘の前線や攻撃で生じるばかりではない。民族浄化のために自宅から追い立てられる際に、男性や子供は殺され、女性はその場で辱められ連行された例も多い。各地に収容された女性は、連日多くの兵士に乱暴され、妊娠すると本人の意思に反して子供を出産させられた。民族間の和解の可能性を消し去るためである。収容所での自殺や、子供を殺した例もある。・・・」

映画の内容については、公式HPに詳しいので書かないが、岩波ホールの玄関の募金箱に置いてあった「UNHCR駐日事務所発行『難民Refugees』(1994年第1号)P38-40」の記事(下記PDF)は、まさにこの映画の背景を雄弁に語っている。
1994年といえば、まだ紛争の最中である。しかもこの紛争の1992~5年はたった12~15年前・・・。まさに最近だ・・・
(ここまでこのblogを読んで頂いたのも何かの縁なので、ぜひ下記をクリックして、『難民Refugees』の記事を一読して欲しい。PDFファイルである)

「Sarajevo.pdf」をダウンロード

岩波ホールで買ったプログラムにシナリオが載っていた。この映画の主題はこのセリフ・・・(ネタバレなので映画を見る人は読まない・・・)
「セラピーの場:すすり泣きながら語るエスマ『娘を殺したかった。妊娠中に自分のお腹をゲンコツで叩いたわ。流産するかと思って、力の限り叩いた。でもムダだった。お腹はどんどん大きくなった。(苦しそうに)それでも犯され続けた。毎日数人ずつやって来て犯された。病院での出産後、私は言った。“その子は見たくもない。連れてって”。すると赤ん坊の泣き声が部屋中に響きわたった。その翌日、母乳があふれ出したわ。私は言った。“その子にお乳をあげるわ。でも1回だけよ”。娘が連れてこられた。その子を腕に抱き上げると、弱々しくて小さくて、とてもきれいな女の子だった。私は、この世にこんなに美しいものがあることを、知らなかった』・・・・」(映画「サラエボの花」プログラムP29より)

いまわしいレイプという犯罪行為。その結果としての新しい命の誕生・・・。この相反する事実に苦悶している人達が、サラエボには現存する・・。そして、その事に堅く口を閉ざしている・・・・
その事実は重く、PTSD(心的外傷後ストレス障害:トラウマ)で今なお苦しんでいる人々・・・

家に帰って、カミさんに「良い映画だから行ったら」という言葉が出なかった。あまりの「事実の重さ」に、軽口が出ないのかも・・・

サラエボ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、クロアチア・・・・・良く聞く名前だが、これほどの事実があったとは知らなかった。
前に『「国境なき医師団」の貫戸朋子のことば』という記事を書いたが、この貫戸朋子が行っていたのも、サラエボだったような気がする。
「愛の映画」を見に行ったつもりが、現実の重さに心が暗くなった一日ではあった。

<付録>
・しかし本当に久しぶりの神保町であった。昔チョンガーの頃には良く行ったが、その頃新しく出来た書泉グランデがとてつもなく大きな本屋でビックリしたもの。
それに引き換え、三省堂は古く暗かった。それが今日行ってみると、まるで逆。書泉グランではみすぼらしく人もまばら・・・。生まれ変わった三省堂は立派・・・。
あわせて、明大、日大の建物の立派なこと・・・。昔は古い建物が並んでいたが・・・
まあ30年以上経っているので、当然ではあるが・・・・


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コメント

この映画、昨日の深夜映画(TV)で見ました。監督は女性だったんですね。このテーマは男性にはできなかったでしょう。戦争はいつもどこででも男性が始めますから。政治の世界にもっと女性が増えないと、少なくとも半数にならないと、争いごとを武力で決しようとする男の思考を変えることはできないでしょう。哀しみを背負うのはいつも女と子供です。

【エムズの片割れより】
そうですか・・。テレビで放映されましたか・・・。とてもTV向きではないと思いましたが・・・
こんな現実を見て、戦争が少しでも減る方向に行くと良いのですが・・・

投稿: み~こ | 2010年12月31日 (金) 05:19

 実は、身近に強姦事件が起きました。
人伝えに聞いただけですが、
被害者の今後を思うと、同じ女性として、
悲しみ、痛み、苦しみを感ぜずにはいられません。

 そして、性的はけ口が解決できない国とは思えない、現代の日本で、まだ、そんなことをする人がいたのか?と、何故?と、加害者に対しては怒りだけです。

 検索をしていて、この記事に行き着きました。レイプが戦略の一つなんて、本当に許せません!世の中の不幸な事件や歴史を、いつも心に留めておかなくてはならない、と、思いました。

【エムズの片割れより】
先日、NHKラジオ深夜便で、嫁入り直前の女中さんに、主人が手を付け、女中さんの一生がめちゃくちゃになった、という話がありました。
いつの時代でも、「立場」で女性はなされるがまま・・・。
しかし現代の日本でも、まだそんなことがあるとは・・・・。男のちょっとした動機と、女性の被害の落差に愕然とします。
ふと、「光市母子殺害事件」(当サイト2010年4月 8日の記事)を思い出しました・・・・。

投稿: elinor-marianne | 2011年1月22日 (土) 20:19

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昨年末に「生命とは…」を考えるきっかけになった「サラエボの花」を見てきました。妻と、古木涼子さんといっしょに見ることができました。見終わったときの感想は、ちょっと肩すかしのような、ソフトなままで終ってしまったような気がしました。ことに妻の方は、私の...... [続きを読む]

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