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2007年11月の23件の記事

2007年11月29日 (木)

NHKラジオの「日曜名作座」を聴く

NHKラジオの「日曜名作座」を、数十年ぶりに聴いた。(日曜日の23:15~。ラジオ第1で)
言うまでもなくNHKラジオの「日曜名作座」は、1957年スタート。今年で50年の歴史のある超長寿番組である。森繁久彌(男声)と加藤道子(女声)の2名だけで、すべての登場人物をこなす。取り上げる作品は、昔からの小説等々。

先日、今年は放送50周年を記念して、今まで放送された中で「とっておきの名作」が放送されていることを知り、ラジオから直接MP3に落とす環境が出来たこともあり、先日の放送(2007/11/25)を録音しておいて、今日聞いた。作品は、山本周五郎短編集「わたくしです物語」である。少し聴いてみよう・・・。

<NHKラジオ「日曜名作座」~山本周五郎「わたくしです物語」>

(この物語は、人の身代わりになるのをいとわない主人公のもとに、かつて見合いをして破談になった娘が、お腹に子供が出来たのでかくまってくれと身を寄せてきて、最後は二人が結ばれる・・・という話。上のMP3は、スジの部分だけを繋ぎ合わせてみた)

この作品は、昭和54年12月放送という。もう30年も前の作品だが、まったく色あせていない。この二人の芸には感心させられる。

「ラジオ深夜便」を、最初はMDに録音して聞き出したが、直接MP3に録音し出してからは便利になった。
都心への通勤時間が往復4時間弱・・・。これがなかなか忙しくなった。朝は、新聞とラジオ深夜便の「こころの時代」。帰りは、少しの読書と居眠りと、そしてまたラジオ・・・

その仲間に、これからはこの「日曜名作座」も入れてあげよう。
初老の体には堪える“痛勤”だが、これが無かったら、読書もラジオも聞くことは無かった・・・。と負け惜しみでも言おうか・・・?

(関連記事)
森繁久彌「日曜名作座」再び・・・再放送を聴く
(2009/11/16~19再放送の4話のzipファイル有り)

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2007年11月28日 (水)

X'mas飾りとカッチーニの「アヴェ・マリア」

夜、カミさんが「ヘェー!」という所に連れて行くというので、犬を抱いて付いていったら、もうX'mas飾りをしている家があった。
P10102551_2 当家のあるここの団地は、77ha、計画人口8500人という20年前に出来た団地だが、近年、X'masともなると、まるで競争でもしているように、あちらこちらの家で、家をイルミネーションで飾り出す。チカチカとそれはキレイ・・・・
でも、今日はまだ11月だ。確かにデパート等ではお歳暮商戦、クリスマス商戦が始まっているのだろうが、つい電気代を心配してしまう。
今日、散歩で見た家は、近所でも有名な家だが、今年は庭先に大きなサンタと、何とメリーゴーランドがモーターの音を立てて回っていた。
これから1カ月、あちこちの家で飾られ、寒い中での散歩や、車で見に来たり、賑やかな風景ではある・・・

これだけでは面白くないので、クリスマスにちなんだ曲を一曲・・・・。
それは「アヴェ・マリア」。今日はシューベルトではなくてカッチーニのアヴェマリアを・・・・

<カッチーニ作曲:「アヴェ・マリア」>
     ~レスリー・ギャレット(sp)

カッチーニ(1546-1618)という作曲家は、フィレンツェのメジチ家に仕えたイタリア初期バロックの作曲家。歌は、1955年生まれのイギリスの新進ソプラノ歌手 レスリー・ギャレットである。実に聴き手の心をやさしく包み込む、優しい歌声ではないか・・・・

何とも珍妙なタイトルの記事になってしまったが、もう師走も間近だな~~

(2016/12/24訂正)
★カッチーニのアヴェ・マリアの作曲者はヴァヴィロフ。(ここ

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2007年11月25日 (日)

遠藤郁子の弾く「月光」

先日(07/11/18~19)のNHKラジオ深夜便「こころの時代」で、「音楽の深みは病を越える」ピアニスト…遠藤郁子 という番組を放送していた。壮絶な人生に、つい聞き入ってしまった。

昭和19年生まれの遠藤さんは、芸大時代(20才)に第7回ショパン国際コンクールで特別銀賞を受賞。ピアニストとしてのスタートは、順風満帆・・・。
しかし29才で、いわば同情から38才年上の人と結婚。しかし16年間の結婚生活は、最終的には非常に過酷なものになったという。というのは、夫が心筋梗塞を患い、他人の世話を嫌うため、一人で介護。そして、1時間おきの心筋梗塞の発作。寝るヒマもなく看護する日々・・・。それは結果としてピアニストとして致命的な乳癌を引き起こす・・・。それは48才の時だったという。そして自殺をも考えたあげくの離婚・・・。

乳癌の手術は「何としてもピアノが弾けるように・・・」と頼み、乳房を残す乳房温存療法を実施。しかしリンパ節は取ったので違和感が残る・・・・。
そして今は、鬱病気味の90才の実母の介護にあたっているという、過酷な人生ではある・・・。

また、松本サリン事件で意識不明の人が、遠藤さんのピアノを聴いて「痛い」「怖い」と反応したというのを機に、遠藤さんは「奇跡のピアニスト」「癒しのピアニスト」と呼ばれるようになり、遠藤さんも「音魂」という言葉を使うようになる。

番組の中で遠藤郁子さんの「月光」が流れたが、これには自分が「反応」・・・!?
前にモラヴェッツの「月光」のことを書いたが、同じように、この演奏も心に響く演奏ではないか・・・・。

ベ-トーヴェン「月光」~遠藤郁子

あまりにも有名な「月光」・・・・。
世の中には様々な演奏がある。しかしその中で、心に滲みる演奏というのはあまりない。でもその中で、モラヴェッツも良いが、この演奏も良い・・・。
新たな自分のテーマとして、「月光」の“琴線に触れる演奏探し”というのも良いかも?

(関連記事)
ベートーヴェン「月光の曲」の聞き比べ12種

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2007年11月24日 (土)

「滝乃川学園~石井亮一・筆子夫妻の軌跡」展に行った

くにたち郷土文化館(国立市谷保)で開催中の「滝乃川学園~石井亮一・筆子夫妻の軌跡」展に行った。日本の知的障害者福祉の創始者の生き様である。
これが予想を越えて、見応えがあったのである。これはぜひ多くの人に見て欲しいと思った。

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くにたち郷土文化館というのは初めて行ったが、閑静な住宅街にあった。建物は前衛的なほどモダン・・・・
展示は、石井亮一と筆子の一生を丁寧に紹介している。それぞれの生い立ちと、出会い、そして滝乃川学園での苦労・・・・
映画「筆子その愛」のテーマとなった「天使のピアノ」が無造作に置かれ、当然監視員も居ない。展示品の中では、天皇・皇后・皇太后三陛下から贈られた数々の賜り物が目を引く。そして、解説のパネルと読んで行くだけで、大体が分かる。

石井亮一は、秀才であったが体が弱かったため工部大学校(後の東大工学部)を落ち、立教大学に入り、そこでクリスチャンになる。濃尾大震災によって「孤女」となった少女達が売られて行く・・・。それを見かねて引き取った弧女の中に知的障害者が居たことから、知的障害者に深く興味を覚え、米国に留学して知的障害者教育を学び、滝乃川学園設立へとつながって行く。

一方、筆子は華族の家に生まれて若くしてフランスに留学。英・仏・オランダ語を流ちょうに話し、「鹿鳴館の華」と呼ばれた美貌の人。しかし、生まれた3人の子供はみな虚弱児で、二人は幼児の時に亡くなり、残った一人も知的障害者。その子を滝乃川学園に預けたところから石井亮一と一緒に活動することになる。
この辺の事情は、「石井亮一・筆子夫妻の偉大なる事績」というHPに詳しい。

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帰りに、直ぐ隣にある滝乃川学園に寄ってみた。非常に広い構内に、古い施設が点在している。誰も居なかったので中に入ってみた。「天使のピアノ」が置いてあったという建物もあり(左手のチャペル)、歴史を感じさせる・・・・

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映画「筆子その愛」という映画も、これからも色々な場所で上映されるらしいので見てみようか? しかし、前にその映画を見たカミさんは、つらい映画だったと言う。苦労の連続で、見ていて切なかったと言う・・・・。

この展覧会には、東京で華やかに行われる「日展100年」のような派手さはないが、そこには「ホンモノ」があった。
そして、本来なら「お嬢様」の平穏な暮らしがあったはずなのに、「しいのみ学園」と同じように、自ら“苦労”に身を投じた人生があった。
そして、そこには単に自分の子供に障害があったから・・・というだけではない、“二人を駆り立てた何か”があったように思う・・・・

しかし「弧女」という文字、及び知的障害の昔の呼び方である「白痴」という文字が何とも切ない展覧会ではあった。

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2007年11月23日 (金)

賞味期限切れ~いつまで食べられる?

今朝(2007/11/23)の朝日新聞に「賞味期限のQ&A~賞味期限切れ、いつまで食べられる?」(P34)という記事が載っていた。この記事はなかなか有用である。下記は、その記事の要約である・・・

1)缶詰
缶詰の賞味期限は、製造日から3年。しかし開封せずに高温多湿を避ければ、10年以上でも問題ない。しかし錆が付いたり、フタの膨張があり指で押すとペコペコへこむと、中身が腐っている可能性がある。(日本缶詰協会)

2)即席めん
即席めんの賞味期限は、カップめんが製造から5ヶ月、袋入りが6ヶ月。直射日光を避け冷暗所に保存すれば、もう半年ほどは持つ。しかし、具材やスープが先に傷むので、良い香りが無くなったり、変色したりしたら控えた方が良い。(日本即席食品工業協会)

3)生卵(生で食べられる期間)
パック詰めで表示された賞味期限は、産卵後2週間以内。だがこれは生食を前提に万一のリスクを考えた上での設定。殻を割らない限り、生で食べられる期間は、夏季(平均気温28度)はさらに2日、冬季(同10度)は43日、春・秋季(同23度)は11日を賞味期限に延長できるという。だが「ひびが入っていたり、心配な時は加熱して」と呼びかけている。(日本養鶏協会)

4)開封後の調味料
「商品に表示された賞味期限はあくまでも未開封であることが大前提。外気にさらしてしまうと、どんな食品でも品質劣化が進む。だが、開封した場合の賞味期限の表示はない商071123syoumikigen 品がほとんどだ。一度に使い切るのが難しい調味料は、どれくらいまで大丈夫なのか。全国マヨネーズ・ドレッシング類協会は「商品ごとに原材料が違うので全てというわけではないが、開封後は冷蔵庫に保管し、1カ月以内に召し上がって」。原材料が食酢や食塩だと防腐効果があってすぐに衛生面で問題になることは少ないが、おいしさの観点から早めの消費を勧めている。めんつゆはどうか?ある大手メーカーは「ストレートタイプは1週間以内、濃縮タイプなら数週間は大丈夫」。塩分が多いほど長持ちするが、口にする前に浮遊物がないか、泡立っていないかなど、よく確認し、判断すべきという。
カレーのルーついて、全日本カレー工業協同組合は「開封後、ラップに包んで密封状態にして冷蔵すれば、3~6ヶ月は持つ」。だが、最大手のハウス食品は「カレーは香りが命。1カ月以内に食べて」と勧める。一方、煮豆やつくだ煮を製造するフジッコは、ほとんどの商品に「開封後は冷蔵庫で保存し○日以内にお召し上がりください」と消費の目安を記している。」(原文通り)

5)冷凍食品
日本冷凍食品協会によると、-18度以下で保存し続ければ、細菌は繁殖しなくなり、1年以上の保存ができるという。
しかし、たとえ賞味期限の前でも、2~3ヶ月、ドアポケットは外気に触れやすいので、1~2カ月のうちに消費することを勧めている。

6)ケーキ・おせち
「一時期に出荷が集中する年末年始のクリスマスケーキやおせち料理。大手の小売店では既に予約の受け付けが始まっている。クリスマスケーキ約250万個を出荷する山崎製パンは12月1日から製造を開始。スポンジケーキからクリームまでのすべての装飾を施して冷凍する。イブ直前に作られる50万個を除く200万個は作り置き、出荷前に解凍する。傷みやすいため、日持ちする商品につく賞味期限ではなく、安全に食べられる日を示す消費期限が設定されている。山崎製パンでは解凍する日に2日を加えた日付を消費期限としている。・・・
おせち料理も同様のケースが多い。ある大手コンビニは今月から既に工場で製造を始めて箱ごと冷凍している。出荷に合わせて完全解凍し、その日に2日を加えた日付を消費期限にしている。」

*この新聞記事のPDFは(ここ

しかし、blogというのは便利なものだ。blogは「日記風HP」であるので、自分は備忘録としても使っている。つまり上記のような記事も、自分のメモとして書いておいて、必要なときにキーワードで検索して思い出す・・・・、のである。

話は変わるが、まだまだ現役を張りたい“還暦おじさん”の自分。
上記のような知識が必要となる時期(=毎日が日曜日になって、カミさんからこき使われる日々・・)が、自分にとって少しでも遠いと良いな~~

(追:2010/11/27付「日経新聞」より)~クリックで拡大
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2007年11月22日 (木)

東京ニューシティ管弦楽団のコンサートに行った

Scan103611 昨夜(07/11/21)、ひょんな事から親戚(と言っても、我が家の愛犬の“実家”だが・・・・)からチケットを貰い、兄貴と二人で、久しぶりにプロのオーケストラを聴いてきた。

場所は、池袋の東京芸術劇場大ホール。内藤 彰 指揮 東京ニューシティ管弦楽団の演奏で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」とブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー交響曲」。ピアノは宮谷 理香である。

最初に、この東京ニューシティ管弦楽団の常任指揮者の内藤彰氏が出てきて、解説をしてくれた。「今日の演奏は、ピリオド奏法(作曲された当時の奏法)で、当時と同じくヴィブラートを用いずに演奏する。よって、いつも聞く音色と違うかも知れない。オーケストラでヴィブラートを用いるようになったのは、ほんのここ70~80年位前からで、ブルックナーさえも、現在のオケのヴィブラートを使った音色は聞いた事はない。ヴィブラートは半音以上音が動くので、音程を多少間違って演奏し出してもさり気なく直すことが出来る。しかし、ヴィブラートを使わないと、いったん出した音程を変えることが出来ないため、演奏が非常に難しい。特にブルックナーの交響曲は、演奏が難しい」という。

この解説は良かった。最近「ピリオド奏法」または「古楽器奏法」という言葉を良く耳にする。よって、昔の楽器を使うのがピリオド奏法だと思っていたが、「ピリオド奏法」ではヴィブラートを使わない・・・・とまでは知らなかった。
演奏が始まると、確かに音が動かない。棒のような音。特に金管の音がストレート。一言でいうと「荒削りな音」。フルートはいつものクセか、少しヴィブラートがかかっていたような気がしたが・・・・

Ts3801961 しかし、この東京芸術劇場大ホールには初めて行った。池袋西口の目の前。会場はそれほど大きくない。客席は2000。昨年、ウィーンの楽友協会大ホール(ムジークフェラインザール)に行ったが、それよりも少し大きい。でもちょうど良い大きさ。NHKホールは大き過ぎ。会場の照明は点いたまま。客席を暗くしない。ステージ後方のパイプオルガンも、何となくクラシックな感じ・・・。

演奏そのものは、さすがプロ。安心して聞けた。最近は、行っても東芝フィルのようなアマチュアのオーケストラが多かったため、つい演奏が間違わないかを心配して聞いていたが、それはない。このオケは初めて聞いたが、創立17年目という。団員は若い・・・。

それに、もらったチケットの席が最高だった。(ラッキー!)
S席の中でも、ちょうど正面にピアニストの指使いが見える所で、今までのコンサートで、これほどの良い席で聞いたことは無かった。(チケットは貰うに限る・・???)

ともあれ、ブルックナーをナマで聴いたのも初めてなら、ピリオド奏法をナマで聴いたのも初めてだった。特にブルックナーの3番は、調べたら自分がこの曲のLPレコードを買ったのが、1973年12月。最近は全く聞いていなかったので、本当に30年ぶり?で聞いた。

そういえば、同じくブルックナーの、最も有名な交響曲第4番「ロマンチック」の事を思い出した。ちょうど大学1年の時(1966年)に、(夏休み明けの)前期試験がやっと終わった時に、「終わった~!」と、このレコードを買いに行った事を覚えている。そしてワルターのLPを買って、初めてブルックナーを聴いたっけ・・・

まあ、タマにはコンサートも良いものであるな~。

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2007年11月20日 (火)

NHKラジオ歌謡「さざん花の歌」

今朝(07/11/20)のNHKラジオ深夜便「にっぽんの歌こころの歌」は“懐かしのラジオ歌謡集”だった。そこで、何と「さざん花の歌」をやった・・・。
「白い花の咲く頃」で有名な、作詞:寺尾智沙、作曲:田村しげる の夫婦コンビの作品である。(ネットで「さざんかの歌」で調べていたら、どうも「さざん花の歌」が本名らしい)

この歌を聞いたのは、高校の頃だった。非常に叙情豊かな歌で大好きだった。
この歌は、大昔の3インチのオープンテープに入っていたので、今、老体のオープンデッキを使って、何とか再生してみた。そしたら、昔ラジオから録音したこの歌は、コーラスでの歌だった。今の今まで、この歌は伊藤久男が歌っているとばかり思っていた・・・。

今朝のアナの解説によると、歌は鳴海日出夫。この人は、昭和27年のNHKのど自慢全国大会の優勝者で、28年1月にこの「さざん花の歌」でデビューしたという。
いや~、自分は、この道では詳しいと思っていたが、鳴海日出夫という人は知らなかった。しかも、あの「さざん花の歌」がこの人の歌とは・・・・・。
これは、55年も前の録音である。実は、自分も初めて聞いたのである。歌そのものは良く知っていたが・・・・

<鳴海日出夫「さざん花の歌」>

「さざん花の歌」
 作詞:寺尾智沙
 作曲:田村しげる
 歌 :鳴海日出夫

1)さざん花は
 ひそかにも 咲いている
 霜白く
 庭の垣根に 降りた朝
 母のおもかげ しのばせて

2)さざん花は
 あの時も 咲いていた
 幼い日
 落ち葉をたいた けむにむせ
 泪誘われ 泣いたとき

3)さざん花は
 音もなく 散っている
 たそがれに
 落ち葉を焚けば 流れゆく
 煙り哀しい 白い花

しかし叙情歌は良い。昔から良く聞いた。それらは、もう50年以上も前の歌がほとんど・・・・。
でも、NHKの「ラジオ深夜便」という番組。相当、長期に亘って凝りそうだ・・・

(付録:どうでもよいこと)
今朝、大事件!! 新橋から高輪台への地下鉄で、泉岳寺を過ぎて次の高輪台で降りようと思ったら、周囲が明るい・・・。そんなバカな・・・と、パニくった・・・・。
駅名を見ると、何と「品川駅!!」。
ア~~。この歌に夢中になっていて、新橋で乗る電車を間違えて、泉岳寺から五反田方面に行くはずが、品川に行ってしまった・・・。こんな事、事務所がここに移転になって1年以上になるが、初めて!!
何とか会社には間に合ったが・・・。それにしても、8時過ぎの品川駅の、ごった返していること・・・! 周囲に店は無くても、現在のすいている田舎駅(高輪台)で良かった・・・

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2007年11月19日 (月)

「認知症」予防の法則

帰りの電車の中で「大法輪12月号」を読んでいたら、認知症についての面白い記事を見つけた。
浜松医科大学名誉教授 高田明和氏の「医は仏道⑨~どのような脳の使い方がよいか」という記事である。要約するとこんな事が書いてあった。(以下、P210~212の要約)

「脳を活性化し、ぼけないようにするにはどうしたらよいか、という研究が、最近最も注目されている研究課題だそうだ。
死後の解剖で、軽度から中等の認知症だったと分かった人の内、40%位の人は、生きている時に認知症の症状を示していなかったそうで、この事は、脳の使い方次第で、少し位の異常は補う仕組みを持っている事を示している、という。
2006年までに国際雑誌に報告された研究論文629の内、250の研究は方法論に問題があるとされて除外。参加者が100人以下の研究も除外。このように精査すると、22の研究のみが批判に耐えるというものだった。

結果、普通の人を「1」とすると、
・教育の高い人は、低い人に比べ認知症の危険度は、0.53(47%危険度が下がる・・)
・仕事に生きがいがある、あるいは地位が高い人は、0.56
・知能指数が高い人は、0.58
・知的刺激のある趣味を持っている人は、0.58
・その内、チェスは最も低く、0.26(←囲碁・将棋も同じ?)
・読書が趣味の人は、0.65
・楽器の演奏は、0.31
・クロスワードパズルは、0.59
・ものを書くという習慣は、効果無し(←blogはダメだ!)
・他人と話す・・・というのも、効果無し

運動も良くて、
・最も効果的なのはダンスで、0.24
・家事も良くて、0.88
・良く勧められる散歩は、0.67
・水泳は、0.71

それ以外の激しい肉体運動は、かえって悪くなり、
・登山などは、1.55(つまり55%危険度増)
・チームでのスポーツ(サッカー・野球等)は、効果無し
・サイクリングは、2.09

つまり、激しい運動は酸素を使うため、活性酸素を増やして体の細胞は酸化される事になる。細胞の酸化は老化。このため、若いときに激しい運動をし過ぎた人は、意外に長生きできない。まして高齢になった場合には、激しい運動はむしろ逆効果で、歩く位の運動がよい。」

どうも結論は、「高齢者は、様々な事で頭を使うべき」という事らしい。
まあこれは単なる確率の話ではあるが、単なるウワサではなくて、世界中の立派な研究結果だという所が面白い。

さて、自分の場合は??
今更、“脳ダコ”が出来るという囲碁・将棋を覚えるわけにも行かず、楽器も全て挫折した。また、ダンスなんていうガラでもなく、まして「家事」のようにカミさんが喜ぶ事も、意地でもイヤだし・・・・。まあせいぜい読書くらいかな~~
おっと、「仕事」も良いらしいので、クビになるまでは取りあえず仕事を頑張ろうか・・・

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2007年11月17日 (土)

映画「いつか読書する日」

NHK BS2で先日放送された(07/11/7)映画「いつか読書する日」を、カミさんにせっつかれてやっと今日、見た。なるほど。これはなかなか素晴らしい。

物語は公式サイトに詳しい
高校生の時に好き合い、付き合っていた二人。何と、男子高校生(槐多)の父親と女子高校生(美奈子)の母親が不倫の末に、自転車二人乗りで、交通事故で死んでしまう。それから二人の人生は変わる。槐多は平凡な人生を送る決心をし、美奈子は結婚しない。
そして30年が過ぎ、50才。美奈子(田中裕子)は、浮いた話一つなく、朝は牛乳配達、スーパーのレジ打ち。槐多(岸部一徳)は市役所の児童福祉課。
岸部の奥さん役(仁科亜季子)は、自宅で末期ガンの死の床。そして、夫が飲まない牛乳を取り続けている事から二人がまだ好き合っている事を知り、自分が死んだら一緒になるように二人に勧める。

そして、奥さんが亡くなったあと、二人は30年ぶりに口をきき、一緒に親が交通事故で亡くなった場所に行く。そして・・・・・

予告編のナレーションが言う・・・

幼い恋を胸に秘めたまま
私たちは いまも
この町で暮らしている

すれ違うたび ざわめく心
この想いは 絶対に 知られてはならなかった
言えなかったこと 知りたかったこと
誰もが 忘れられない気持を 抱えて
物語が いま ほどかれる

この言葉が、まさにこの映画の真髄を言い当てている。
坂道の多い町、長崎を舞台に、物語は切なく進む・・・・

見終わっても、(いつもの通り)物語の全貌の理解は出来なかった。そして、カミさんの“口頭試問”を経てやっと理解ができた。
映画のタイトル「いつか読書する日」も、最後まで理解できなかった。そして、カミさんに教えられてやっと少し分かった・・・。
この女性は、若いときの恋が忘れられず、待った。30年も・・・。そして待つ時間を読書で過ごした。よって女性の部屋は、整然と並べられた本・本・本・・・・。待ち、そして耐えた女性の“時間の長さ”が、その本(読書)によって表されているのか・・・
そして槐多は、恋する美奈子を無視する事で耐えた・・・。牛乳の配達を通して、美奈子を意識しながらも、無視し続ける・・・。

二人はずっと仮面を被った無表情の顔・・・。そして、最後の場面でそれが解き放たれ、二人の顔が生きた人間の顔に劇的に変わる・・・・。槐多は笑った顔で見つかり、美奈子は最後のシーンで笑う・・・

今時、この様な生き方をする人は居ないだろう。しかし、この心の強さは何だろう・・・。親によって子の人生は当然変わる。長い人生を何に賭けるのか・・・・、まさに心に残る映画であった。
それと、共演の仁科亜季子を久しぶりに見た。自分も若いときに“仁科明子”は随分TVで見た。そして30年のブランクの後、復帰したという。

そう言えば自分は還暦を迎えて、映画はシニア料金で見られるんだっけ。これを機に、時間を見つけて映画三昧でもしようか。

追)(07/11/23)
改めて最初から最後まで復習をした。そして、色々合点が行った・・・。
槐多が父親の絵を売るシーン。描かれていたのは裸婦。それは美奈子の母親ではなかったか? 槐多が「カレー小僧」を救う事に熱心になるのも、美奈子からの依頼だったからか?両親がトラックに轢かれた場所は、ダムの近く。二人は何をしにダムに行こうとした?心中か??
しかし、未だに分からないのが「いつか読書する日」の「いつか」とは、“いつ”なのか?
「長い恋が終わった時」なのか・・・?  とすると、美奈子の部屋にあった本はまだ読んでいない事になる。長い間、「その時」が来たら読もうと思って本を買い溜めていたのか?
しかし公式HPに「毎夜ひとりのベッドでする読書・・」とあるので、やはり読んだのだろう。
これだけが未だに分からない。
でもしみじみとしていて、この映画は好きだな~

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2007年11月16日 (金)

ザ・ピーナッツの「心の窓にともし灯を」

帰りのバスの中で、夜空に浮かぶ素晴らしい三日月を見ながら、なぜかこの歌を思い出した。ザ・ピーナッツの「心の窓にともし灯を(心の窓に灯を)」である。(月とは全然関係ないけど・・・・)

心に滲みる歌というのは、もちろん人によって違うが、自分にとってこの歌はまさに心に滲みる歌だ・・・・。
先日、昔のテープが出てきた。昭和39年(1964年)とある。そのテープに録音されていたのが、この歌。よって自分が40年以上も大切にしてきた曲、という事になる。
Kokoroomado1 調べてみると、このレコードの発売は、1960年2月、もう47年も前だ。「悲しき16才」の裏面である。
そして、これと殆ど同じステレオ盤が1963年に発売されている。しかも伴奏も歌もオリジナルとそっくり。ステレオ盤での再吹き込みは、アレンジが変わるのが普通だが、これは珍しい。同じ時代に録ったものと思われる。
しかし、自分はやはりオリジナルのモノ録音の方が好きだな・・・。

<ザ・ピーナッツ「心の窓にともし灯を」>モノ盤

「心の窓にともし灯を」

       作詩  横井 弘
       作曲  中田喜直
       編曲  宮川 泰

1.いじわる木枯らし 吹きつける
  古いセーター ボロシューズ
  泣けてくるよな 夜だけど
  頬っぺをよせて ともしましょう
  心の窓に ともし灯を
  ホラ 笑くぼが浮かんで くるでしょう

2.真珠にかがやく 飾り窓
  うつる貧しい シンデレラ
  ポッケにゃなんにも ないけれど
  かじかむ指で ともしましょう
  心の窓に ともし灯を
  ホラ 口笛吹きたく なるでしょう

3.暖炉をかこんだ 歌声を
  遠くきいてる 細い路地
  ちっちゃなたき火は 消えたけど
  お空をみつめ ともしましょう
  心の窓に ともし灯を
  ホラ 希望がほのぼの わくでしょう

ついでにステレオ盤も聞いてみよう。

<ザ・ピーナッツ「心の窓にともし灯を」>ステレオ盤

話は飛ぶが、この歌の題名の書き方が色々である・・・・。「ともしび」という文字は、何が正しいのだろう?
ネットで見ても色々だ。初版ジャケットの「心の窓にともし灯を」を初め、「心の窓に灯火を」「心の窓に灯を」「心の窓にともしびを」と色々ある・・・・
これは日本語でなくて「詩」なので論じても仕方がないが、JASRACのデータベースに登録されているのは、正題が「心の窓に灯を」で、副題が「心の窓にともし灯を」である。

ともあれ、昔の歌を思い出して書きたくなるのも、「還暦」の為せるワザだろうか。

(蛇足:この歌をカミさんに聞かせたら「何でこんな歌が良いの?」と言いやがる!! 近い内に、我が家にも“離婚の危機”が訪れるかも・・・・)

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2007年11月15日 (木)

囲碁棋士「小川誠子さん」

最近、NHK「ラジオ深夜便」をMP3にして通勤電車の中で聞き出したが、なかなか面白い話が聞ける。先日(07/11/13~14)聞いたのが、「忘れえぬ言葉 日本棋院女流棋士 小川誠子(ともこ)さん」だった。

小川さんは、親の「これからの女性は手に職を持つべき。何か特殊なことをさせたい」という願いから、囲碁のセミプロだった銀行員の父親から囲碁の手ほどきをされ、14歳で全日本女流アマチュア囲碁選手権大会に優勝して木谷實九段に見出され、木谷道場の内弟子として入門。
木谷道場では、女性ゆえに料理の手伝いなどもしながら囲碁に励んだという。そして、囲碁の世界は、男性18歳、女性23歳がプロへの年齢制限だが、小川さんは18歳でプロ(入段)。

ここで語られた色々なエピソードが面白い。
囲碁の歴史は非常に古く、聖武天皇が愛用した碁盤が現存するそうだ。また、紫式部の「源氏物語」や清少納言の「枕草子」などにも囲碁が登場するそうで、もし紫式部と清少納言が打ったらどちらが強いか・・・、という論戦もあり、紫式部の方が強いだろうという事になっているとか。

また囲碁の世界は広く、世界でアマチュア大会がある国は、何と65カ国。ハンガリー、チェコ、スペインなどでも・・・・。そして、囲碁は言葉が通じなくても手でコミュニケーションが取れるため、囲碁は「コミュニケーションの“手談”」だという。この「手談」という言葉は中国から伝わったもので、単なる駄洒落ではないそうだ。

また最近は、コンピュータとの対局の話題もある。将棋では、コンピュータが1秒に1万局読めると言うが、それでも人間が勝つ不思議・・・・
しかし、囲碁は将棋と違って碁盤の目が19×19であり、その局面数は10の700乗とか360乗とか言われており、1枚の紙に一つの局面を書いて重ねると、銀河系を横断する厚さになるとか・・。つまり無限・・・。 よって囲碁の世界では、コンピュータと人間では大分力の差があるようだ。

そして囲碁は将棋と同じく、必ず勝ち負けが付いてまわり、勝敗を如何に忘れて気持を引きずらないかがポイントだという。
昔、井伏鱒二の近所に将棋の大山康晴名人の家があり、井伏鱒二は大山名人の帰りの足音で勝敗が分かったという。

しかし、小川さんの静かな語り口・・・・。とても闘争心溢れる棋士とは想像できない。
棋士には闘争心が必要。しかし女性・母親には優しさが必要。ちょうど最初の女の子が生まれた時に、タイトル戦の最中だった為、頭の切り替えが難しかったという。

そして小川さんは、何と俳優の山本圭氏の奥さんだという。俳優と囲碁棋士の組み合わせ・・・。どのような出会いかというと、各界との囲碁の対戦会があって、そこで知り合ったそうだ。
これを、帰ってカミさんに話すと、山本圭の奥さんが囲碁棋士であることは、結婚するときから知っていたという。「そんな昔から・・・?」とこれにもビックリ。
なぜ知っていたかと問うと、昔「若者たち」という映画があり(これは自分も良く知っている)それに出ていた山本圭が好きだったので、その結婚の相手が棋士という事も、当時から良く知っていたのだという。

という事で、おまけに歌を一曲・・・・「若者たち」だ。

<ザ・ブロードサイド・フォー「若者たち」>

「若者たち」
 作詞:藤田敏雄
 作曲:佐藤勝

君の行く道は 果てしなく遠い
だのになぜ 歯をくいしばり
君は行くのか
そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのになぜ なにを探して
君は行くのか
あてもないのに

君の行く道は 希望へと続く
空にまた 陽がのぼるとき
若者はまた
歩きはじめる

自分も何か特異な才能があったら「各界の人」と知り合いになって、別の人生があったかも?? まあもう手遅れだが・・・・(でも勝負師なんて、ストレスが多くてゴメンだな・・・。平々凡々が一番・・・・)

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2007年11月14日 (水)

五輪真弓の「窓」

昨日(07/11/13)の日経夕刊に「五輪真弓さん 12年ぶりオリジナルアルバム」という記事が載っていた。(P18)

「前作で一通りやりつくした気がして、同じタイプの歌はもう作りたくないと思っていた。けれどここ2~3年、新しいことが出来そうな気がするようになりました」
「家族が第一」という生き方を変えるつもりはない。「家族がまずあって、そこから歌が生まれるのなら歌っていきたい。それも時代を駆け抜けるのではなく、長く残る歌が歌えれば」と力を込めた。56歳。

五輪真弓は、昔、夢中になって聞いた。CDも買った。「窓~せめて愛を」「潮騒」「恋人よ」「風の詩」「時の流れに」「ウィンド・アンド・ロウズィズ」等々。
最初に買ったのが「窓~せめて愛を」。1985年2月16日とある。それから立て続けて買った・・・。しかしもうあれから20年以上経ったのだ。前の団地に居るとき、ブルーバードの車内で良く聞いた事を思い出す。またちょうどCDが普及して来た頃で、五輪真弓の歌は海外録音で音が良かったせいか、世のオーディオ族にもてはやされたものだった。

それなのに、今は聞かなくなった・・・・。全部の歌をMP3化したが、五輪真弓はまず聞かない・・・。何故だか分からない・・・・。
ふと、全部の歌をチェックしてみた・・・。結構良い歌があるではないか・・・。1曲選ぶとすると・・・・、やはり「窓」か・・・

<五輪真弓 「窓」>

「窓」
 作詞・作曲:五輪真弓

待ちつづけて夜が更ける
膝の上で子供が泣く
汚れない涙よ
眠りなさい夢をごらん
御伽話読んであげよう
あの人は帰らない

椅子にもたれ
煙草を吸えば
あの人の真似と気づく
愛はまだ消えない
眠りなさい夢をごらん
窓の中はあたたかいはず
外はもう冬仕度

待ちつづけて時はめぐり
いつか覚えた花の剌繡
いつのまにか女ね
眠りなさい夢をごらん
窓のあかり消しはしない
あの人が帰るまで
あの人が帰るまで

話は変わるが、クラシック音楽の世界で、フルトヴェングラーはいつの世でも輝いているが、カラヤンの名は聞かなくなった・・・・。
自分が学生時代以降、あれほどドイツ・グラムフォンで数々の録音をして、世にもてはやされていたカラヤンが、消・え・た・・・・。
なぜだろう?? 結局商業主義だけで、人の心に届かなかった??
五輪真弓はそれとは違い、世の中が変わっていって“時代が過ぎ去った・・・”という事か・・・?
まあ自分も、会社を辞めれば直ぐに名前は消えるだろうけど・・・(五輪真弓と関係ない??)

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2007年11月12日 (月)

「かけがえのない大切なもの」

「かけがえのない大切なもの」

何故 私は 耳が聞こえないんだろう
何故 私は 障害をもって産まれてきたんだろう
ふと 気がつくと いつも考えてた

私は幼いころから
障害をもって生きていく厳しさ
世の中の厳しい現実
人のあたたかさ
感謝する心の大切さを教えられた
父と母はいつも厳しかったが
その厳しさの中には
社会に出ていったとき
世の中を生き抜いていく力を身につけてほしい
という 願いが込められていた
私が 厳しさと共に感じていたのは いつも最高のあたたかさだった

あなたの耳と代わってあげられたら…
いつも 父と母は言う
でも 代えることはできない
その代わりに 私を どんなときでも 精一杯応援してくれて
支えてくれて 一番に理解してくれて
そして 一番の味方でいてくれる

私は 耳が聞こえなくてよかったな って思う
だって そのかわりに
こんなにすばらしい父と母に 出会うことができたから
私のために こんなに頑張ってくれて
私のことを こんなに大切にしてくれる人
絶対 他にはいない

…中略…

お父さん お母さん
耳が聞こえなくて 困ることがたくさんあるよ
苦しくってたまらないときも
悔しくってたまらないときも
いっぱいあるよ
でも これから先も
そういう いろんなことが待ちうけていること 覚悟してる
その壁に背を向けないで
一つずつ 一つずつ 壁をなくしていくからずっと見守っていてね

お父さん お母さん
私に 耳の障害 もたせてくれてありがとう
今ね ほんとに 心の底から
耳が聞こえなくてよかった って思うんだ
だって もし障害をもっていなかったら 今の私はいなかったと思う
それに 私の かけがえのない大切なもの
何なのか 誰なのか それを すぐ見つけることができたから

…中略…

私は
これからも
まっすぐと前を見つめて
強く 強く生きていきます     (平成18年 中学三年生)

===============

「宿題」

今日の宿題は つらかった
今までで いちばんつらい宿題だった
一行書いては なみだがあふれた
一行書いては なみだが流れた

「宿題は、お母さんの詩です」先生は そう言ってから
「良子さん」
と 私を呼ばれた
「つらい宿題だと思うけど  がんばって書いてきてね。
 お母さんの思い出と しっかり向き合ってみて」

「お母さん」
と 一行書いたらお母さんの笑った顔が浮かんだ
「お母さん」
と もうひとつ書いたら ピンクのブラウスのお母さんが見えた
「お母さん」
と言ってみたら 「りょうこちゃん」 と お母さんの声がした
「お母さん」
と もういちど言ってみたけど もう 何も 聞こえなかった

がんばって がんばって 書いたけれど
お母さんの詩は できなかった
一行書いては なみだがあふれた
一行書いては なみだが流れた
今日の宿題は つらかった

今までで いちばんつらい宿題だった
でも
「お母さん」
と いっぱい書いて お母さんに会えた
「お母さん」
と いっぱい呼んで お母さんと話せた
宿題をしていた間
私にも お母さんがいた   (平成3年 小学六年生)

これは今日、帰りの電車の中で読んだ「大法輪 2007/12月号」(P25)の「坂村真民先生一周忌に思う」(~真言律宗・蓮華院誕生寺貫主 川原英照氏)に載っていた詩である。(この文章は、出版社のHPにも載っている
詳細はそのHPに譲るが、誕生寺が平成2年から、熊本県の小中学生から募集して開く「子どもの詩コンクール」での作品とのこと。

カミさんがよく言う。「あなたのblogには自分の言葉が少ない・・・・」
でも、自分の言葉が要らない記事があっても良いのではないか・・・
世の中、心の琴線に触れる言葉というものはあるものだ。

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2007年11月11日 (日)

「地図で読む世界情勢」を読んだ(2)

地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか」を読んだ。自分のように、あまり世界情勢の知識のない者にとっては、なかなか考えさせられる(分かり易い)内容であった。

前に“「地図で読む世界情勢」を読んだ”という記事を書いた。これは第1部「なぜ現在の世界はこうなったか」という本を読んでの印象だった。
この第2部ではまた違う視点で、同じように地図を駆使して解説している。それがなかなか説得力があるのである。印象に残った地図を少し紹介してみる。

地図で読む世界情勢 第2部 戦争とその理由>

Scan103561 今、世界には20程の紛争があるという。この地図を見て、あまりに多くの地域で戦争(紛争)をしていることを改めて知り、愕然とした・・・・。(失礼)そしてその地域では、今なお日常的に市民が殺され、家や家族を失い、飢えに苦しんでいる・・・。前にも書いた「国境なき医師団」もこの様な危険な地域で活動しているのだろう。

地図で読む世界情勢 第2部 国家の豊かさと貧困>

・ドル換算による世界の豊かさ
Scan103571 これは、国民総生産によって国の大きさを表現するとこうなる・・・というもの。長方形が大きいほど国民総生産が高い。アフリカや南米・インドの「細さ」、そして中国と比べてみても、アメリカや日本、EUの「太さ」は際立っている。この3つの地域だけで世界の豊かさの70%を有しているという。

・ドル建ての購買力平価で見る世界の豊かさ
Scan103572 前に「日本がインドに抜かれた日」という記事でも紹介したが、別の視点で見ると結果は違ってくる。為替レートの変動による影響を防ぐために、国民総生産を購買力平価(PPP)で計算する事が出来る。これは二つの異なる国で、同じ財やサービスを購入するのに必要な総額を比較するもの。これだと中国の豊かさは、日本とほぼ同じになる。それでも日本は豊かだ・・・。

地図で読む世界情勢 第2部 北西航路>
Scan103581 気候温暖化についての弊害が議論されており、当blogでも「映画「不都合な真実」を見た~地球温暖化を考える(1)」という記事を書いた。しかし、逆にそれがもたらす経済的実益の視点で見ると、逆説的で面白い。それは北極の氷が溶けて、北極海の地下資源の開発だけでなく、北西航路が発展するという。しかし、この地図は衝撃的である。ヨーロッパへの飛行機の空路と同じようなルートで船も行き交う訳だ。
大阪-ロンドン間は、パナマ経由だと2万3300Km、スエズ運河経由だと2万1200Kmに対し、北西航路だと1万5700Kmだという。何とも皮肉な地図である。

ともあれ、この本は、前ににも書いたが、真実をひと目で分かるように苦労している。よって、一読に値する本だと思った。しかし、知ろうと思うと世界はあまりに広い・・・・・。「毎日が日曜日」恐怖症の自分には格好のテーマかも知れない。

(関係記事)
「地図で読む世界情勢」を読んだ(1)

「国境なき医師団」からのダイレクトメール

「国境なき医師団」の貫戸朋子のことば

日本がインドに抜かれた日

映画「不都合な真実」を見た~地球温暖化を考える(1)

地球温暖化を考える(2)~その基礎知識

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2007年11月10日 (土)

「角度を変えて考える」ということ

朝起きたら、カミさんが「哲っちゃんの人生相談を読め」と言う。
何のことかと思ったら、今朝(07/11/10)の朝日新聞に載っていた人生相談が面白いから読め、ということ・・・・。読んでみて、なるほど・・・・。(カミさんは、この哲っちゃんの回答が好きで、いつも読んでいるとの事)

<朝日新聞 07/11/10 P29 相談室 より>
「遊び放題の妹、どうすれば?」

妹は26歳で独身の会社員。実家暮らしです。ほぼ毎日朝帰り状態で、男性と遊んでいるようです。その相手もコロコロ変わります。自分の給料以上に交際費にあてているのか、ローンにも手を出し、母が泣く泣く工面する始末。家族がとがめても、「もう大人なんだからほっといて!」と言うだけです。そんな妹と、どう向き合っていけばいいのでしょうか。(千葉県 主婦 28歳)」

「一人暮らしをさせてみたら? 回答者 明川哲也さん」
妹さんが大切な家族の一員だからこそ、困っているわけですね。でもほぼすべての困ったことは、角度を変えて見直すだけで、ハッピーの入り口に通じていくものです。
まず妹さんの体力。毎日朝帰りできるなんてかなり強靱。うらやましいです。それに、妹さんが男をコロコロ変えるのはきっと理想のタイプを追い求めているからで、嘆くことではありません。今変えておかないと後でひどく変えにくくなるので、むしろコロコロは賢明な方法です。
妹さんのローンをお母さんが肩代わりしていること。これはたしかに困ったことですが、本人が放っておいてと言っているのだから、望み通り放っておきましょう。大人だと言い切っている以上、ついでに出て行ってもらうのが一番です。一人暮らしを始めれば、まず感じるのが親のありがたみ。そこでしみじみ考えることがあるはずです。妹さんに他者への痛みの感覚が芽生えるのはそこからです。早く追い出しちゃえ。
仮に追い出すことができず、妹さんがアッパラパーであり続くけたとしても、それもまた困ることではありません。妹さんの面倒を見るために兄弟のうち誰かが大金持ちになればいいのです。あの子がいてくれたから、かえって私たち裕福になれたねと、みんなで笑い合える日がくるはずです。ほら、どっちに転がっても、未来は楽しそうですよ。(創作家)」

このコラムを読んで、自分は別に「困った妹さん」の事を論じようとしているのではない。物事は、角度・視点を変えると、全く違うものになり得る・・・という話だ。
この回答者、見方によっては「無神経なノー天気なヤツ」とも見える。しかし、物事、幾ら悩んでも結果はあまり変わらない・・・というのも事実。
それでも、人によって事象の捉え方がさまざまなため、同じ事象なのに人に与えるインパクトが異なる。結果として、聞き流す人・・・、鬱病になる人・・・・

自分もこれからは、年の功で力を抜いて、どんな大事件が起きても、余裕を持って色々な角度(ものは考えよう・・)で考え、受け止めたいものだ。
(でも実は、自分はまったく自信がない。もし仮にガンの宣告を受けたら、自分は奈落の底に落ちて、「ものは考えよう・・・」ナンテは絶対に考えず、100%鬱病だな・・・。その自分をどう鍛えたら良いのか全く分からない・・・。やはりこう思える哲っちゃんはエライ)

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2007年11月 9日 (金)

NHK「こころの時代~難病ALSと闘う日々」を聞く

昨日と今日(07/11/9)の2回に亘って、NHKの深夜放送である「ラジオ深夜便 こころの時代」で、「難病ALSと闘う日々」を聞いた。
これは今から20年前、47才の時に、治療法が無い難病である「ALS=筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)」にかかった、日本ALS協会島根県支部長 松浦弥生さん(68才)と、国語教師を辞めて介助をしている夫である松浦和敏氏(74才)の話である。
この病気は、段々と筋肉がきかなくなる不治の病気で、米大リーグのゲーリックが掛かった事で、米国ではゲーリック病というそうだ。そして発病後30年という英国の宇宙物理学者ホーキング博士も有名。島根で70人、全国で7千人居るという。
そして、自分の意志は、唯一動かせる目の瞬きでしか伝えられないため、島根大学障害児教育専攻のボランティアの娘さん達が通訳として交代で通ってきてくれるとの事で、もう延べ40人にもなるという。
しかし松浦さんの場合は、口から食べ物を呑み込める非常にラッキーな例だそうで、普通食に近い食べ物を、細かく切って食べているという。これが長寿の源泉かも・・・・

先ず昨日の放送の冒頭が、この病気の状態を良く表現しているので少し聞いてみよう。

<「NHKラジオ深夜便 こころの時代」~「難病ALSと闘う日々(1)」~07/11/08)>

そして、今日の放送は先ず人工呼吸器を付けた時の話から始まった。これらの言葉をどの様に捉えようか・・・・・

<「NHKラジオ深夜便 こころの時代」~「難病ALSと闘う日々(2)」~07/11/09)>

「人口呼吸器を付ける時に、大変勇気が必要だったと聞きました。その時はどういうお気持ちで付ける気になったのでしょうか?」

「私は、こんな姿で、いつまでも、延命したくないと拒み続けましたが、主人に『僕が一生面倒をみるので、任せなさい』と言われ、幸いにも、専門の先生にも恵まれたので、全てをお任せしようと決心いたしました。・・・・・」

・・・・・
「人工呼吸器を付けるか付けないかは、この病気の患者さんにとっては大きな分かれ目なんだそうですね」

「この病気の大きな関門でして、付ける事によって、多く人の手がかかるということや、意志表示が困難になるということや、自分自身も苦しいこと等、色々考えると、呼吸器を付ける事よりも、付けないで自然のままで死にたいという人の方が、一般的には多いように思います。ですから呼吸器を付けて生きながらえるということは、大変に勇気が必要なことです。20年位前は、付けないで亡くなる人の方が多かったのですが、最近は生きて頑張ろうという気持ちを持って下さる人の方が、多くなってきたように思います。・・・」

この問題は、まさに人の尊厳死に繋がる重大な問題で結論は簡単には出ない・・・。
また20年にも亘る介護をどう捉えるか・・・・・・。夫婦の愛情だけで、それは可能なのであろうか?
少なくても、もし自分だったら迷うことなく自然死を望むであろう。(うちのカミさんは尊厳死協会に入っているが、自分も入ったつもりで居る・・・・)

そしてこの番組は、H11年のALS島根県支部を立ち上げたときの苦労話に続く。ここで「自動ドアでも、前に立たないと開かない」という例え話が面白かった。行政に働きかけるときに「何もしないと、何も生まれない」と思って、動いたそうだ。
これは何にでも通じる言葉だな・・・。

そして番組は、
「目が見え、耳が聞こえ、ものが言え、手足が動くという事を、多くの人が当たり前と思っているが、それは当たり前ではない。生まれながらにして目が見えない人もいる。今日まで健康なのを有り難いと認識し、これからも健康を大切に」
という同氏のメッセージで終わった。

しかし、色々と考えさせられた番組であった。
当分この「こころの時代」という番組は、毎日聞いてみる事にしよう。昨夜も書いたが、そこには「色々な人生」があるので・・・・

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2007年11月 8日 (木)

NHK「ラジオ深夜便」こころの時代

3日前からNHKの深夜放送である「ラジオ深夜便」の「こころの時代」に凝りだした。
1ヶ月ほど前だったか、本屋で、同名の雑誌を目にして、少し興味を持った。それでMDに一度録音した事があったが、聞かないで消してしまった。ところが、先日カミさんが「ラジオ深夜便 こころの時代 5号」を買ってきてから火が点いた。

午前4時~5時まで「こころの時代」という番組を、NHK第一とFMで同時放送をしている。それで、FM放送をMDにタイマー録音しておいて、朝MDを取りだして通勤の電車の中で、昔のMDプレヤーで聞くというわけである。
これが意外と良い。NHK TV教育で、日曜日の朝5時から同じ「こころの時代」という番組があり、これは毎週録画してたまに見ていたが、この番組とも連動されているらしい。

(07年)11/6と7は「新・哲学のすすめ~自分の言葉で考える人生を(世田谷区教育委員会 委員長 那須秀康)」、今朝(07/11/8)は、「難病ALSと闘う日々(日本ALS協会島根県支部長 松浦弥生 介助者(夫)松浦和敏)」だった。

「新・哲学のすすめ」は、住友商事フランス社の社長をやっていた那須さんが、自分の娘を幼稚園から高校までフランスで教育を受けさせて、日仏の学校教育の違いに興味を持ち、退職後にフランスや日本の大学で教え、現在は世田谷区教育委員長として中学校で哲学を教えることになったという。
フランスでは、物事を自分の言葉で考え、それを論理的に他人に伝えられるように、フランス語教育が非常に重視され、訓練されている事、日本が世界に言い分を聞いて貰えるようになるには、日本語をもっともっと大事にして身に付けるべきだと言っていて感銘を受けた。

ともあれ、なかなか良い番組を見付けたぞ。ここには「人生」がある。さまざまな生きザマがある。この番組は毎日やっているらしいので、しばらくはMDに録音して通勤で聞いてみよう。
(ついでに・・・・、自分がもしこの番組に出たら、何か喋ることがあるだろうか・・・?ナンテ考えてしまった。「自分はサラリーマンをやってきました」ナンテ話しても、誰も聞いてくれないな・・・・。でも、こに2~3日聞いただけでも、皆、退職後の活動の話である。まだまだ自分には、先があるぞ・・・・・??)

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2007年11月 7日 (水)

ギルモア(PINK FLOYD)のDVD「覇響」が出た

デヴィッド・ギルモア(PINK FLOYD)の新DVD「覇響」が昨日(07/11/6)発売になって、amazonから今日着いた。
もの凄いDVDで、何と収録時間が152+169=311分。さっきから見ているが、到底全部見る訳にもいかず、飛ばして見た。

目玉は何と言っても「エコーズ」。自分が最も好きな曲の一つ。「ライブ・アット・ポンペイ」のエコーズは何度聞いたか分からない。
ギルモアだけでなく、PINK FLOYDのメンバーであるキーボードのリチャード・ライトも出ている。もちろんエコーズの合唱は、ギルモアとライト。とにかく少し聞いてみよう。

<DVD「覇響」より「Echoes (エコーズ) 」>
~この音は、5.1サラウンドをイヤホン用5.1に変換した音なので、イヤホンで聞くと、後ろから音が聞こえるかも??

惜しいのはドラムスがニック・メイスンでないこと。メンスンが参加したら、DVDのタイトルも「ギルモア」ではなくて「ピンク・フロイド」になっていただろう。
ドラムスは全く違うが、「エコーズ」は、DVDのタイトルにある通り、1971年の「ライブ・アット・ポンペイ」以来、35年ぶりの収録とある。

しかし実は、このDVDを見ていて違和感を感じた。先ず音に対して画像の表示が遅れる。絵と音の同期が取れていない。かなり遅れているため、ドラムスの画面では違和感・・・。ことによると自分の日立のDVDレコーダ(DH1000D)のせいかとも思って、PanaのDVDプレヤーでもかけてみたが、やはりDVDのせいらしい。アット・ポンペイはそれほど遅れていない。
それと、舞台の照明の点滅には参った。あまりにチカチカと舞台照明が点滅するので、見ていて疲れるし、だいたいギルモアの姿が見えない。舞台の照明のダイナミックレンジがTVカメラでは追い付かず、画像は頂けないな・・・・

よって、まあこのDVDは、“音だけ”録って、MP3プレヤーで「聞く」運命だな・・・と思った。

それにしても“生きていて良かった”・・・はオーバーだが、PINK FLOYD(もどき)の舞台が、現代の音と絵(DVD)で聞けるのは何とも有り難い。
またまた、PINK FLOYDが再結成して新しいアルバムを出す事を夢に見ながら、そしてまたPINK FLOYDの日本での公演が実現することを夢見ながら、週末にゆっくりとこのDVDを鑑賞することにしようか。

(関係記事)
PINK FLOYDのDVD「pulse」が出るぞ

Pink Floydと喜多郎のドラマー

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2007年11月 5日 (月)

「み仏の説かれた教え~無財の七施」

会社の帰りに「ラジオ深夜便 こころの時代④」という雑誌を読んでいたら、面白い記事を見付けた。「み仏の説かれた教え~境野勝悟(さかいのかつのり)氏」という記事。(P126)
四苦八苦」についてはこのblogでも前に書いたことがあるが、「無財の七施(ななせ)」というのは初めて知った。曰く・・・・

「-その『四苦八苦』から逃れるには、どういう方向に行けばいいのでしょうか。

境野:財産がなくても、人を手助けできるというのが、「無財の七施(ななせ)」です。これは自分の身体だけを使って、人に喜びを与える、身体の働きを十分に生かして、人の喜びを見て自分も喜ぶという極楽の世界を作る工夫です。

「眼施(がんせ)」:優しい目をすれば、相手はそれを感じて優しくなれる。目つきで人を救い、苦しみから脱出させることができる。
「和顔悦色施(わげんえつじきせ)」:喜んだ様子、和やかな顔で、相手を苦しみから抜くことができる。
「言辞施(ごんじせ)」:慈しみのことばを与える。
「身施(しんせ)」:自分の身体を動かして助けること。
「心施(しんせ)」:心を施す。思いやりのことばをかける。
「床座施(しょうざせ)」:心地よい場所を施す。景色のいい座席を譲るのもその一つ。
「房舎施(ぼうしゃせ)」:自分の家の一部屋を貸すこと。

言辞施は「愛語」ともいいますが、やっぱり、思いやりのないことばはいけませんね。」

これに続くお話がまた面白い。自分も、還暦になって考えさせられるな・・・・

「私の友達は、銀行に勤めて立派な業績を上げ、定年退職しました。時間にきちっとした生活を送っていたので、6時に帰ると言って出かけた奥さんが、6時15分に帰ってくると、なんで15分遅れたのかと問う。昼は12時、夜は6時になると、ピタッと食卓の椅子に座っているというんです(笑)。始終「時間が遅い」とか、「時間的観念のないやつは社会生活ができない」と文句を言う。そのうちに奥さんも耐えられず、別居しました。そういう偉い人ほど気がついて、「たまには俺が飯作るよ」うということばをかけられたら、またぐっと魅力が増すんですけれどもね・・・・。
自分の基本的な身体の働きを使って、人に施しを与えたり、苦しみを抜いてやったりできる人のことを「ダーナ」と言い、これが「だんな様」の語源になりました。稼ぐ人のほうが威張らないで、七施をしなさいというわけです。「金をやったじゃないか」ではないんです。もらっていただいたのだ、差し上げたら、それを相手がどう使われようと構わないというのが、ダーナの気持ちなんです。
ある主婦だった方に聞いた話です。その人は、天井の電球が切れたときに、踏み台に乗って付け替えることが、怖くてできなくて、いつもご主人にやってもらっていたんです。ところがある日、「電球替えて」と頼んだら、ご主人もくたびれていたのか、どなられた。「そんなこと自分でやれ、ばか」と。それでフラフラしながらやってみたら、替えられた。自分でできたら、ご主人はいらないんだと気づいちゃった(笑)。「そうか、私が稼げば、こんな亭主はいらないじゃないか」と思い、仕事を始めて、離婚したそうです。お釈迦さんの教えでは、「女性が困っていたなら、それはだんなさんの出番よ」というわけです。お金がないなら、せめて心遣いをするか、手助けの行動に出ることですね。
自分だけがいい思いをしようとすると、相手も苦しむし、実は自分も悩み苦しむようになるのです。相手に優しい心と思いやりを施すと、自分の悩みや苦しみも消えるわけです。もちろん相手にもよりますけど・・・・・。」

我々「サラリーマンリタイア予備軍」としては、とても他人事とは思えないエピソードではないか・・・・
クワバラ、クワバラ・・・・・・

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2007年11月 4日 (日)

幻冬舎社長の「圧倒的な努力」

今朝(07/11/4)の日経に、幻冬舎社長 見城(けんじょう)徹氏(57才)の「常に『圧倒的な努力』重ね人生かけ作家と向き合う」というコラムが載っていた。(P9)
幻冬舎といいえば、「永遠の仔」等々を挙げるまでもなく、あまり単行本を読まない自分でも良く知っている会社である。
ここで「圧倒的な努力」という言葉が気になった。曰く・・・

「小説の編集者になりたくて角川書店に入ったのが人生を決めました。小説家になりたかったが、自分の作品は平均点止まり。強い世界観がにじみ出ない。だから小説家の触媒になろうと思ったのです。
常に「圧倒的な努力」を重ねています。石原慎太郎さんに執筆を依頼するときは「太陽の季節」を暗唱しましたし、「角川には書かない」と言っていた五木寛之さんには、会ってもらえるまで手紙を送り続けました。そうして作品につなげてきたのです。
・・・・・・・・・
気が付けば、角川書店では取締役に。しかし逆に独創的なことはできなくなっていました。そこで1993年、幻冬舎を立ち上げました。書籍事業参入と同時に人気作家の単行本6冊を書店に並べるなど、不可能といわれたことを、やはり「圧倒的努力」で実現させてきました。
最近意識するようになったのは死。人生は70歳までと考えています。それまでに幻冬舎を誰もが日本一と認める出版社にしたいですね。」

自分が今、還暦を迎えて人生を振り返ったとき、「圧倒的努力」をした記憶がどれだけあるだろうか・・・・?と思うと、ドキッとした。
普通、誰もが思い浮かべるのが大学の受験勉強だろう。しかし、それをも「圧倒的な努力」という言葉を思い浮かべた時、自分で「然り」を言える人がどれだけ居るだろうか?

いずれ人生が終わるとき、何とか「**については“圧倒的な努力”をした」と言えるような項目が幾つも頭に浮かぶようにしたいものである。
還暦を過ぎて、段々と自由な時間は生まれるだろうし、たぶん自分の意志で思い通りに行動することも出来る。しかしリタイア後のサラリーマンは、“社会的チャンス”には恵まれなくなる。
・・・と、ここまで書いて、「でもこれは言い訳だな・・・」と自覚した。
最近つくずく“ストレスには弱くなった”自分だが、「努力」という言葉を捨てるのは、もう少し耄碌してからにしようか・・・。

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2007年11月 3日 (土)

今でも有効?「お遊び券」

今朝カミさんと、志村さんから「子供を育てるのは本当に難しい」というコメントをもらったという話をしていた時、また昔の話になった。(またまた回顧録・・・・)

そこで先日カミさんが見付けた「おつかいけん」「おあそびけん」「おそうじけん」の話になった。(それで、ふとこれも備忘録として記録しておく気になった・・・)
カミさんの記憶によると、これは次男が小学校低学年の頃(二十数年前)、たぶん「母の日」にくれたものらしい。
Scan103521 日付こそ無いが、ちゃんと本人のサイン入りであり、有効期限も「なん回でも?」とあるので今でも有効と思われる。(「?」が意味深ではあるが・・・)(写真はクリックで拡大)
改めて見て(分析して)みると、「おつかいけん」にはお買い物袋の絵がある。そして「おそうじけん」には箒の絵があるのは分かったが、分からないのが「おあそびけん」。一見、仙台の七夕飾りかと思ったが、カミさんの分析によると、この上半分は「ブランコ」だという。下半分は不明・・・・。

先日、九州に赴任している次男が帰ったときに、カミさんが「これまだ使える?何回でも・・と書いてあるけど・・・」と息子に聞いたのだそうだ。そしたら息子は、珍妙な顔をして答えなかったとか・・・。

しかし、昔の子供の頃の姿(一生懸命にこの券を作っている姿を想像すると・・・)と、現在の大人の姿との“乖離”が大きければ大きいほど、可笑しい・・・・
前にこのblogにあげた写真もそうだが、二度と帰らない我が家の歴史だな・・・・。(これも“乖離”が大きいので可笑しい・・・)

還暦を迎えたのを機に(?)、昔の話が多い今日この頃ではある。

(カミさんが我が家の愛犬メイ子に向かってこんな事を言っていた。「メイちゃん、今度お兄ちゃん(次男)が帰ったら、この「おあそびけん」を使って遊んでもらおうね!」⇒ 今のところ、我が家は平和である・・・・?)
(自分も「毎日が日曜日」になったらこの券で遊んでもらおうかな・・?← これ冗談!冗談だよ!!!!!!)

(関係記事)
我が家の「珠玉(?)の写真」1枚

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2007年11月 2日 (金)

障害者が働くレストラン「花畑かたくり」(京王堀之内)

カミさんがぞっこん惚れ込んでいて、友人を何人も連れ行っているというレストラン「花畑かたくり」に初めて行った。
今日はなぜか会社が休み。それで平日しかやっていないレストラン「花畑かたくり」に、今日やっと行けた・・・・という訳。

これが今日頂いた、この店の目玉料理「オムライスランチ~オマール海老」である。もちろんスープ、デザート、コーヒー付きである。これが、何と「1050円」とはビックリ。
もう一つはカミさんが頼んだ「薬膳カレー」(1050円)である。またデザートがなかなか面白い。飴のテントが上に乗っている・・・

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「花畑かたくり」は、社会福祉法人「由木かたくりの会」の通所訓練施設「かたくりの家」(八王子市堀之内1236)に併設されているレストラン。しかし、ウェイトレスが障害者の女の子というだけで、料理はまさに「プロの味」。よってここは、なかなかの穴場である。
昨年(2006年)11月オープンとのことで建物はピッカピカ。
場所は、京王相模原線の「京王堀之内駅」から北方向に1.5Kほど。東京薬科大に行く道の堀之内第一トンネルの手前。バスも通っているらしいが、徒歩でも京王堀之内駅から15分程だという。

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ここには、レストラン「花畑かたくり」と、焼き立てパン屋さんの「ベーカリー もりの窯」がある。開店時間は、障害者の訓練施設という事もあって、平日(月~金)の11時から15時がランチ、15時から16時までが喫茶という事になっている。メニューはこんな具合・・・。

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店の構造からも、ベーカリーの店は後から付けた事が分かる。窓から買う感じ・・・。パンも「プロそのもの」。しかも安い・・・。
レストラン「花畑かたくり」の店内は、テーブルが4つ。屋外にも食事が出来るテーブルがある。でもその向こうは、のどかな田園風景・・・。悪く言うと畑。(席から畑が見えるレストランなど、“八王子ならでは”でしょう・・・?)

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店内には、10年前の「かたくりの家」が喫茶を始めたという新聞記事の切り抜きが貼ってあった。この場所は新しいが、この会の歴史は古いらしい。

店に入ると、障害を持った女の子が一生懸命に注文を聞きに来る。(ここで親切にすることが肝要。我々は大人なのだから・・・・)
そして食べていたら、続いて2組の客があった。結構知られているのかも?

料理の評は別のblogに譲るとして、(おっと、このサイトで紹介している“ザルトクーヘン”というドイツのお菓子(140円)はウマイぞ。サクサクしてこれはウマイ・・・)、機会があったらぜひ行って欲しい店なのである。

障害者自立支援法改定の動きも、選挙が終わったら見えなくなってしまった。そして先日、早期改正を要求する障害者の集会があったと、NHKニュースでやっていた。

1050円という“信じられない安さ”でランチを提供しているレストラン「花畑かたくり」。そして出来たてのパンのベーカリー「もりの窯」・・・・。
場所は(繁華街とは縁のない畑の中で)悪いが、心のきれいな障害者が一生懸命にやっているお店。
ここでは、他では得られない心が洗われる接客を受けることが出来る。ぜひ「心が素直になりたい」人は、一度訪ねてみては如何でしょう・・・・。障害者を応援する意味も込めて・・・。

(関係サイト)
デカヨーキーと大人6人「花畑かたくり」

エムズのひとり言「再び花畑かたくりのレストランについて」

エムズのひとり言「紹介したいお店・花畑かたくり」

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2007年11月 1日 (木)

我が家の夕食「メニュー表」

女性のblogには食事の写真が多いが、当blogで食事の写真は初めてである。
P10101411 これは今日の夕食・・・・。世の中広しと言えども、家庭の夕食で「メニュー」の看板があるのは珍しいのではないか・・・。

ウチのカミさんは、グッズが大好き・・・。そして100円ショップが大好き・・・。
・・・で、100円ショップで買った、写真立て、黒板、白墨、黒板消し等を組み合わせて、何と我が家の夕食に「メニュー表」が登場した。
前から「お盆」が好きで、食事はいつも「お盆」に載って出てくるが、食堂の「今日の定食」のメニューでもあるまいし、自宅の夕食に「メニュー」とはね・・・。
どう思います????
まあウィットと捉えれば、楽しいが・・・・

良く、子供が大きくなって家から出て、夫婦だけになったとき、カミさんが亭主だけの為の食事を作る元気が無くなって、粗末な食事になる・・・、ナンテいう聞いた事があるが、我が家は感心にそれだけは無い。かえって、メニュー表が出てきたり、余裕・・・・

話が飛ぶが、鶏卵の「製造」は、鶏小屋に飼料をインプットすると、小屋から卵がアウトプットされる。つまり、飼料が卵に変わる・・・。見方を変えると、鶏小屋は“飼料を卵に変換させる機械”だと、どこかで聞いたことがある。

同じように、(我が家には関係ないけど)世のサラリーマンの家庭では、亭主に「食事」というインプットをすると、アウトプットは「給料」・・・・ナンテ考えているカミさんは居ないとは思うけど・・・・。

今日(07/11/1)から、自分のサラリーマンとしての“延長戦”が始まった。
しかし何れ、この延長戦も終わる時が来る。
サラリーマンとしてアウトプットが出なくなったとき、我が家でもこの「メニュー表」が消えるのではないかと、少し不安になった。(まあ食事が無くなることは、少なくても我が家では無いが・・・。・・・・と信じているが・・・。だよね!?)

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