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2007年9月18日 (火)

太平洋戦争を考える(5)~御前会議とは何か?

戦前、太平洋戦争開戦などを最終決定したという「御前会議」。これがどうも自分の先入観とだいぶ違っているらしい・・・。
半藤一利著「ドキュメント太平洋戦争への道」読んだ。この中で「御前会議とは何か」(P327)という章があり、なかなか興味深く読んだ。そこには、自分の先入観を見事に打ち破った事実が・・・・。
ここに書いてあった事を“要約”すると・・・・

御前会議は、昭和元年から太平洋戦争開戦までに8回開かれたという。第1回は南京攻略後の昭和13年1月11日(“国民政府を相手にせず”声明で有名)。第2回は同じ年の11月30日。いずれも日中戦争に対する基本方針を決めた。第3回は昭和15年9月16日で、日独伊三国同盟の締結が決定され、第4回は昭和15年11月13日に「日華基本条約」「支那事変処理要綱」が決められた。そして昭和16年には4回(7/2、9/6、11/5、12/1)も開かれて、日本は苦悩しながらも戦争を決意していく。

御前会議は国の最高機関であり、決められたことは不変であって、至高の命令となった。しかし、いつの場合でも、御前会議の前に大本営陸海軍部と政府との連絡会議がもたれ、実質的な討議はそこで行なわれていて、意見の一致をみてから天皇に報告、それから形式的に御前会議が開かれたのだという。
東京裁判で、木戸幸一はこう答えている。「ひとたび政府が決して参ったものは、これを御拒否にならないというのが、明治以来の日本の天皇の御態度である。これが日本憲法の運用上から成立してきたところの、いわば慣習法である」

そして御前会議での天皇は、立憲君主制を守り、先の連絡会で決めてきた事を拒否しない原則になっていた。つまり、法的な責任を取らず、または取れないように、一切発言をしない。
天皇も戦後になって藤田侍従長に語っている。「憲法によって、国務上にちゃんと権限を委ねられ、責任を負わされた国務大臣がある。この憲法上明記してある国務大臣の責任の範囲内には、天皇はその意志によって勝手に容喙(ようかい)し干渉し、これを掣肘(せいちゅう)することは許されない。だから内治にしろ外交にしろ、憲法上の責任者が慎重に審議を尽くして、ある方策をたて、これを規定に遵(したが)って提出し裁可を請われた場合には、私はそれが意に満ちても、意に満たなくても、よろしいと裁可する以外にとるべき道はない」

このしきたりを作ったのは、西園寺公望だという。西園寺は御前会議そのものに反対であった。やむなく開かねばならぬとしても、天皇がみずから裁断することに反対した。それは、天皇が裁断したとして、実際に守られないようなことが生じたら、君権にキズがつくことになり、皇祖皇宗に申し訳がたたぬ、というもの。

とは言っても、天皇は事前に詳細な報告を受けており、しばしば質問もしている。その上で御前会議に出席するので、その決定の外側に天皇が置かれていたわけではない。だが、法的には責任は一切ない。
では責任は政府にあるのか。これが実に曖昧であった。政府と、陸・海の統帥部は独立して天皇と結ばれていた。これら三つのものが、それぞれ責任を持ち、それぞれに対して責任を持たない。だから、最終の国家としての責任は、誰もが持ってはいなかった。いや、もてなかった。

近衛文麿は嘆いている。「・・統帥部の問題は、政府に全然発言権が無く、政府と統帥部を抑え得るものは、陛下ただ御一人である。・・・・平時には結構であるが、和戦いずれかという如き国家生死の関頭に立った場合は・・・・・・」
しかし、天皇は、開戦をめぐる四つの御前会議で、そのしきたりどおりに、終始“無言”であったのである。

結果として、この事実が天皇を戦犯にしなかった・・・・。
歴史はなかなか面白い。当然「会議」なので論戦すると思いきや、事実は違う。天皇はあらゆる事を心配して質していたが、結果として全て軍部に騙された(見通しの報告と、違った結果になった)・・・。

これを、天皇を社長に読み替えて、会社組織として考えてみると面白い。部下に騙された(約束を破った)事が発覚した時点で、社長は部下のクビを飛ばして再発防止を打つだろう・・・・。(今日の話は、ここまでにしておこう)


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