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2007年8月 6日 (月)

サラリーマンがゴールで貰う通信簿

今朝、電車の中で日経ビジネス(07/8/6号)を読んでいたら、「有訓無訓」というコラムで良い言葉を見つけた。東日本旅客鉄道元会長の山之内秀一郎氏の言葉である。

曰く:
「『小学校の時に一番威張っているのは腕力の強い奴。中学、高校で威張っているのは勉強が出来る奴。しかし、社会に出て威張れるかどうかは、後ろを振り向いた時に何人の人がついてきているかで決まる――』。30年ほど前に聞いた言葉ですが、至言だと思います。
・・・・・・・・
時代、状況によって求められるリーダーは変わります。人望があれば、お神輿に担がれているだけでよい時代もありました。今は自らが意思決定をし、行動するリーダーが必要な時代です。ただ、振り返った時に部下がついてきてくれる、というのは絶対条件です。それを決めるのは部下、社員で、みんなが常に『見ている』ことを忘れてはなりません。」

我々サラリーマンが定年を迎える頃、当然『勝った・負けた』の勝負は既についている。
そこで、『勝った』というのは何だろう・・・・。 どこまで役職が上がったか・・・か?
自分はどうも、そうは思えない。
では何をもって『勝った』かというと、役を離れてから周囲との関係がどうなったか・・・・。惨めな境遇にならなかったか・・? 周囲と、どれだけ今まで通りの付き合いが出来るか・・・?
そのような事がサラリーマンにとっての『勝った』という事ではないか・・・と思う。

サラリーマンが上司と付き合う場合、上司だから仕方なく付き合う、というのが普通だが、時として『人間として尊敬出来る・・』という付き合い方もある。
尊敬できない上司とは、「人間」と付き合っているのではなく「役(役職=立場)」と付き合っている。もちろん部下だけでなく、社内外の人達もそうだ。よってその役職が解かれれば、付き合う理由が無くなる訳で、付き合いはアッという間に途絶える。これは幾多の例を見てきている。
逆に上司が人間的に尊敬できる人の場合は、「人間」と付き合っているので、役が解かれようが変化が無いので、付き合いは永久に続く。この例は非常に少ない。

もちろん可もなく不可もない同僚の付き合いが多いわけだが、役(=役職の権力)で仕事をしてきた人は、役が解かれると同時に、潮が引くように周囲から人が居なくなる。これは悲惨だが、その流れを誰も止めようとしない。皆が『身から出た錆・・・』とクールに見ているからだ。多くの場合、これらの流れは必然であり意外性が無いのである。皆、そうなるであろう事を予想している。

そこで、自分の場合はどうだったのだろう・・・・
具体的に書くことはしないが(正しくは『怖くて書けないが・・・』)、振り返るに、カミさんは『長い間、自分の思い通りに(お山の大将で)仕事が出来たんだから、ラッキーなサラリーマン生活だったんじゃないの?』と評する。まあそうだったのかな・・・・

それと、普通サラリーマンは出世に関して、定番通り?に「上司が自分を見る目が無かったので、自分はここまでしか出世できなかった・・・」と周囲のせいにする。これは、言い訳として一番ラクだ。
自分もかつて同じように思うこともあった。しかしこのトシになると、当然力が抜けてきて冷静に自分を見る事が出来、「まあ自分の実力・人間性からすると、出世のスピードは実に妥当な線だったな。上司は良く自分を見抜いたな・・・」と思う今日この頃ではある。(そう言えば1年ほど前、兄弟での勝った負けたの記事を書いたっけ)

まあ上を見てもキリがないし、下を見てもキリがない。健康で、まだ現役のサラリーマンを張っている、という事実だけでも良しとしようではないか・・・
自分もとうとう『悟り』の境地に達して来たのだろうと思う。(実は単に、『悟り』と『諦め』が同義だということを最近知っただけなのだが・・・。~正確には「諦める」ことは「明らかにする」事)


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