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2007年8月の31件の記事

2007年8月31日 (金)

有山麻衣子の「幻のコンサート」のCD

Scan103031_2 有山麻衣子の「幻のコンサート」というCDを手に入れて聞いた。そして唸った・・。なるほど・・・と。

先日、本blogの“塩野雅子の童謡「花かげ」”という記事を読んで下さった“あいちゃん”さんから「有山麻衣子さんの歌も、塩野さんの「花かげ」と優劣つけがたい清らかな心を洗われるような名唱だ」というコメントを頂きました。まったく知らなかったのですが、NETで見ると良さそう・・・。早速HMVにこのCDを注文したら2日で着いて、今日その声を聞いた・・・・というワケ。なるほど・・・。
ちょっとサワリを聞いてみよう。

<有山麻衣子「幻のコンサート」より「花かげ」>

「花かげ」
     作詞:大村主計
     作曲:豊田義一

 十五夜お月さま ひとりぼち
 桜吹雪の 花かげに
 花嫁すがたの おねえさま
 くるまにゆられて ゆきました

 十五夜お月さま 見てたでしょう
 桜吹雪の 花かげに
 花嫁すがたの ねえさまと
 お別れおしんで 泣きました

 十五夜お月さま ひとりぼち
 桜吹雪の 花かげに
 遠いお里の おねえさま
 わたしはひとりに なりました

この透き通った声を聞いて、まず思い出したのが、本blogの『八洲秀章の「毬藻の歌」』にアップしてある「プラハ少年少女合唱団」の歌声、そして『プロ歌手とアマ歌手との境目(& Amazing Grace)』にアップした「幻のアマ歌手(仮称:関口泰子)」の声である。(自サイトのPRでスミマセン)

有山さんは跡見学園女子大の合唱団で活躍し、今はOL。この合唱団の常任指揮者をつとめた宇野功芳氏(有名な音楽評論家・合唱指揮者)が発掘し、育てた人だという。
そして、本人は「プロにはなりたくない」との事。よってプロの発声訓練は受けていない。だから声がナチュラル。ビブラートも無い。しかし、まさに「天使の歌声」で、その透き通った声は素晴らしい・・・・

Scan103041 しかし、この様なCDは珍しい。CDに定価も書いていない。1年前の2006年7月5日発売らしいが、かなりマイナーなCDなのだろう。
そして、“このCDは録音が素晴らしい”との評価なので緊張して掛けたが、まずボーという低音ノイズにビックリ。まさに昔、アナログのレコード(LP)にピックアップを落とした時のノイズに似ている。そしてガタンといった雑音・・・
しかし、解説書を読んで納得した。この録音は2006年3月18日に、ムラマツ・リサイタルホール新大阪(定員250人)で、最も良い録音の為に聴衆を70人に絞って録音したものだという。そうか、ライブ録音だったのだ・・・。
そして、低音のノイズはビルの空調の音だそうで、会場の空調は切れてもビルの空調まではムリ・・・。だから、まさに全てが録音されている。しかもその低音ノイズをカットすることは簡単だが、演奏の細かいニュアンスを記録するためにそのままにしたという。
まさに録音のための一度だけの「幻のコンサート」をそのまま記録しているCDである。確かにメジャーなCDとしては位置付けることは難しいのかも知れない。
でもこれを機会に、鮫島有美子の「日本のうた」のように、有山さんにもぜひ色々な日本の懐かしい歌を「日本の文化を残す」という位置付けで歌って欲しいものである。

前に「プロ歌手とアマ歌手との境目(& Amazing Grace)」という記事を書いたが、このCDを聞いて、また「プロ歌手とアマ歌手の違い」を考えてしまった。
宇野氏も解説の中で言っているように「声の訓練を日常受けつづけるプロの歌手には、絶対こんな声は出ない」・・・・。(コンサートでは、独唱会にもかかわらず宇野功芳氏が指揮をしている)

だから“人の心を打つ”のは、プロもアマも無い・・・・。

前のblogで「Amazing Grace」を歌っているアマ歌手さんも、もしかするとそれなりの指導を受けると、世に評価されないとも限らないな・・・・。(もっともこのアマ歌手さんについては、自分は「声」しか知らないのだが・・・)
ともあれ、blogを通じて(知らない世界を教えて頂いて)世界が広がる事を実感した。
“あいちゃん”さん、ありがとう。

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2007年8月30日 (木)

「年休が取れる会社」ベスト10

昨日(07/8/29)の日経産業新聞に、「年次有給休暇取得率ランキング(2006年度)」なる記事が載っていた。これが、なかなか興味深い・・・・。
それによると、

①ホンダ     100.3%
②ショーワ    100.0%
③ユタカ技研    99.4%
④トヨタ       98.0%
⑤関西電力     96.1%
⑥中国電力     95.0%
⑦旭硝子      94.5%
⑦伊勢丹     94.5%
⑨ダイキン工業 92.8%
⑩NTN      90.9%

トップスリーはホンダ系だという。ベスト10のうち、7社が製造業で3社が電力会社。なるほど・・・。分かる気がするな。業績好調で底力がある会社と、国策会社!!だけ・・・?石油が上位かと思っていたが・・・・

しかし年休の取得は、建前としてはあるものの有名無実だとばかり思っていた。事実、厚生労働省によると、従業員1000人以上の企業の06年の年休取得率は53.4%だという。
それなのに、100%近いの会社が存在するとは・・・・、オドロキ!

ホンダやトヨタのような大会社が年休100%とすると、相当な余剰?人員を抱えていないとラインが回らないはず。事によると、季節工が多くて、プロパーは指示を与えるだけなので、交代で休んでもラインは回るのかな・・・? 何れにせよ、会社として「実力」が無ければ到底実行できない・・・。建前はあったとしても・・・・

でもまあ、たまには病気でなくても休んでみるか?
何だか後ろめたいのが日本の特性ではあるが・・・・

ついでに、8/27の日経産業に載っていた「働きやすい会社2007」ランキングによると、
①松下 ②NEC ③東芝 ④日本IBM ⑤凸版印刷 ⑥富士通 ⑦ソニー ⑧日本HP ⑨三菱電機 ⑩三井住友火災 ⑪東京海上 ⑫日産 ⑬帝人 ⑭TOTO ⑮積水化学 ⑯大日本印刷 ⑰シャープ ⑱損害保険ジャパン ⑲第一生命 ⑳アジレント・テクノロジー (21)野村HD (22_)日立 (23)富士フイルム (24)花王 (25)昭和シェル (26)富士ソフト (27)ダイキン (28)パイオニア (29)トヨタ (29)りそな銀行
との事だ。

松下は、在宅勤務制度等の導入により「働きやすい」事で先行しているらしいが、良く分からないな・・・。在宅勤務“フルフレックス”にしても、オフィスで自分の席を定めない“フリーデスク”にしても、団塊の世代から見るとどれも違和感がある。会社に行っても自分の机が無い(固定されていない)というのは、あまりに寂しい・・よね。確かに進歩的で、格好は良いのだろうが・・・
まあ、もう団塊の世代の出る幕では無いのだが・・・・

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2007年8月29日 (水)

朝日俊彦の「笑って死ぬために」(2)~朝日氏の語録

昨日の「朝日俊彦の「笑って死ぬために」(1)~死生観が変わった」(ここ)「の続きである。
今日は、色々なところから拾った朝日俊彦氏の語録である。

探すと、色々なHPに朝日氏の言葉(講演記録)が載っている。

「心のカウンセリング基金」朝日俊彦医師メッセージここ
日本尊厳死協会での講演記録ここ
全国難聴者の集い(琴平 2003年4月講演)ここ

そのうち、「全国難聴者の集い」での講演で、次のような事を言っている。この話は、氏の「笑って死ぬために」(これ)という本にも載っている(P136)。この本に載っている講演記録は1991年なので、これは氏の“いつもの話”らしい。でも病気を“おちょくって”いるようで、少し気になった。

「日本人の3大死因は癌、脳卒中、心臓病の3つで75%を占めます。皆さんはどの病気で死にたいですか?人気があるのは「心臓病」「脳卒中」「がん」の順になります。一方誰もが「家族に見守られて息を引き取りたい。」「家族に迷惑をかけずに死にたい。」「呆けずに死にたい。」を希望します。
がんで死ぬのも悪くない。「心臓病」はぽっくり逝く可能性が高いですが、家族と別れの挨拶もできませんので、家族の嘆きはひとしおです。「脳卒中」は一歩間違うと何年も半身不随や痴呆状態が続きますので、家族の負担は大変です。その点「がん」は必ず3か月で往生でき、家族の看病疲れが出始める時期になり、自分も身辺の整理をするのに丁度よい加減の期間です。
「がん」は恐ろしい病気、不幸な病気と思われていますが、手術や放射線治療で根治することもあり、駄目と分かっても、痛みや苦しみは麻薬など鎮痛剤で押さえることができるので、むしろ「がん」になれば喜ぶべきなのです。」

次に、昨日のblogで書いたが、自分が朝日氏を知るきっかけとなった、NHK教育で(07年)8月26日の朝5時に放送された「こころの時代~大往生のすすめ」(これ)という番組の中で、気になった所を文字にしてみた。(音声のZIPファイルは下記にあり)

・「家族の事とか考えないで自分の事ばかり考えている人は、体の具合が悪くなるにつれて悔やみ方が強い。逆に周りの人に気遣っている人というのは、自分の事はさておいて、という所があるので、弱って行ってもうろたえることなく(死を)受け入れている。」
・「人生を見直す。自分史を書くとどれだけ両親の愛を受けたかに気が付き、残りの時間で何かお返しが出来ないかという気持になる。そうすると残された時間を充実して送れる」
・「(余命1ヶ月の時でも)過去、現在、未来というふうに、未来があるのだという事に気が付いて貰うと、する事(宿題=生き甲斐)が出てくる。」
・「身辺整理が出来れば出来るほど落ち着いてくる。整理が出来ると次に何をしようか、過去の清算が済むと、次に何をしようかと建設的になる。無になると思うと何も出来ない。三途の川の向こう側に行ってから、(昔亡くなった)両親に会う訳なので、色々とその後の報告をしなければならない・・・とすると、色々とする事が出てくる。」
・「自分のお袋は膵臓癌で亡くなったが、自分で書いた会葬御礼ハガキの最後に『ああうれしい。両親にもうすぐ会えます』と書いていた。有終の美を飾ったと思っている」
・「亡くなるときに見事な最後を迎える方の心境は穏やかなのだろう。自分の人生に対しての満足感、周りの人に対する感謝の気持ちを持った穏やかな心境、心が揺れていたのでは難しい」
・「未亡人で一番安定していた方は、臨終の時にご主人がありがとうという感謝の言葉をキチンと言えて息を引き取られた方の奥さんは、その後の立ち直りも早く、非常に安定した生活が送れているようです」
・「感謝の気持ち。サンマを食べるときは、サンマの立場で“サンマ君ゴメンね。僕のお腹に入って血や肉になって、一緒に世のため人のためにお役に立とうやないか”と語りかけるとサンマは喜ぶと思う。しかし、焦げ目があるから発ガン性があるとか、文句ばかり言っているとサンマの立場がない。そうなると体の調子が良くなるのは難しい。全ては練習。自分の体にもご苦労さんという気持で行くと、体調が悪くなったときも、長い間ご苦労さんという気持になる。日常考えていないと、文句ばかり言うようになる。感謝の気持ちで生活したい」
・「因・縁・果を考えよう」
・「八正道の練習を積んでいると、相手の立場に立ってという事が出来ると、穏やかな人生が送れる。そうなると病気になっても病気の立場に立って考えることが出来るので、その病気が自分に何を教えようとしているのか、その病気から自分はどんなことが学び取れるのか、と考えると病気に対する見方も変わってくる」
・「自分にとって何が一番大事か、というのを見つけておく。残りの時間が限られてくると、短い時間の中で自分は何を集中してやらないといけないか、これだけはやらないと死んでも死にきれない、という事になる。しかし、それが出来るので満足感が出る。」
・「日野原先生とアメリカのホスピスに行ったとき、あと1週間持つか持たないか分からない痩せたご婦人が、僕たちにニコニコ笑顔をくれながら、“I am happy”と言われた。この言葉には感激した。日本でも多くの人が、この様な状況で皆さんとお別れが出来るのが理想なんだろうと思う。そういう方向に、どうすれば行けるかが僕の大きな課題だ 」

「笑って死ぬために」という本をそろそろ読み終わるので、朝日氏の他の本も見てみようと、今日会社の帰りに東京駅八重洲ブックセンターに久しぶりに行ってみた。本の検索端末が見当たらないので店員さんに聞くと、探してくれたが同じ本が1冊あっただけ。oazoの丸善と同じだ。朝日さんは、本の世界ではあまり有名ではないのかな?
仕方がないので、amazonで「笑って大往生」という本と、「あなたは笑って大往生できますか」という本を注文してしまった。

自分は昔、ある作者に凝るとその人の本を“ねこそぎ”読むクセがあった。高校の時は、漱石、武者小路実篤、山本有三、石川達三等を根こそぎ読んだ。
それと同じで、今回は朝日俊彦氏の本を読んでみるか・・・・。たぶん言っていることは一貫して同じだとは思うが・・・

でも少し心が軽くなった・・・?
もし将来、自分がガン告知をされた時は、朝日氏の本をまず読み返そう・・・

(でも自分は卒中のような気がするな~。80だった祖母は、東京に歌舞伎を見に行って、泊まっていた知人宅で、卒中でその日に亡くなったし、親父は同じ80才で麻雀をやりながら、脳出血で次の日に亡くなった・・・。しかし、自分の日頃の“心掛け”からすると、この様な人が羨む死に方が出来るとは到底思えない・・・。挽回はもう間に合わないだろうから、まあカミさんが逃げないように、ベッドの中からカミさんの“袖を引っ張って離さない”指の訓練!でもしておこうか・・・)

(2009/3/20追加)
NHK教育「こころの時代~大往生のすすめ  死は終わりではない 医師…朝日俊彦」の音声を聞く方は、zipファイル(ここ)をクリックして、数分後に窓が開いたらそれをダブルクリックする。~1時間の番組で55MBあり。

(関係記事)
朝日俊彦の「笑って死ぬために」(1)~死生観が変わった
「がんになって教えられたこと」~医師 朝日俊彦氏の話

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2007年8月28日 (火)

朝日俊彦の「笑って死ぬために」(1)~死生観が変わった

自分の死生観に、これほど影響を与えるものは今まで無かったかも・・・・。
NHK教育で、2007年8月26日の朝5時に放送された「こころの時代~大往生のすすめ  死は終わりではない 医師…朝日俊彦」(初放送2007年2月4日~音声のzipファイルは下記))を見て、大変なショックを受けた。まさに自分の死生観が変わるほど・・・?

朝日氏の指摘通り、実は、自分は今まで「死」の事を考えるのを避けていた。逃げていた。 何故か? 怖いから・・・。
死は自分にとっては他人事。自分だけは「永遠に生きる」前提で毎日を暮らしている・・・。
しかし、この番組を見て何かが変わりそうだ・・・。死と向き合う勇気が出るかも・・!?

「朝日俊彦」をキーワードにネットで調べてみると色々と本も出している。早速会社の帰りに丸の内のOAZOに寄って「笑って死ぬために~スピリチュアルケアとは」(これ)という本を買ってきてしまった。
また同じ「笑って死ぬために」というサイトがあり、ここにその朝日俊彦の著書「笑って死ぬために」の最初の44ページ分(総論)がそのまま載っている。(下記にリンク~ぜひ読んで欲しい)

「笑って死ぬために」朝日俊彦著ここ
  死ぬということについて学んでみませんかここ
  死期が迫っているあなたへここ
  死を間近にした人を看護しているあなたへここ
  スピリチュアルケア(霊的ケア)についてここ

このうち、「死ぬということについて学んでみませんか」に書いてあることを要約してみると・・・

・長生きすることが幸せと錯覚しているところから不幸が始まる。
・人生の目的は「幸せに生きる」こと。つまり「穏やかな心境で日々を送れる」こと。
・それには「心が揺れない」事が必要であり、それは「知る」事で実現できる。
・人は誰でも死ぬ。死について予習(知る)しておく事で、自分にその順番が巡ってきても慌てないで(ショックを受けないで)済む。
・自分にとって本当に大事なものは何かを考える。そして、死ぬまでに(残された時間に)何をするか?
・大事なことから片付けるようにする習慣が身に付けば、いつ死んでも構わないという心境に一歩近付き、そこから生き甲斐を発見することができる。
・肉体は借り物。やがて肉体を捨てる時期が来ると、あの世へ持っていけるのは「心」だけ。
・健康は人生にとって手段であって目的ではない。人生の目的として「世のため人のためにお役に立つ」ということを実行することで、幸せはふくらみ、生き甲斐も出てくる。
・大病を患うと近い将来に死ぬことが予測され、ほとんどの人は奇跡が起きないかと期待するが、そのようなことはないと考えたほうが現実的だ。よってあらかじめ予想日を設定して、そこへ向けて進む。死んでから先をどうするかも視野に入れて考える。
・これまでの人生で、私たちは諦める練習を積んできた。そして最後に“もう少し生きたかったのにお迎えが来た”ということで諦めの仕上げをする。
・家族に向かって「それでは先に逝かせてもらうよ。長い間お世話になったね、皆も仲良くいい人生を送ってくださいね」このようなお別れがお勧め。キチッとお礼が言えると良い。
・そして奥さんは「あなたいつまでも愛しています。後からついて行きますから、いい場所があったら、取っておいてください」と言えれば最高。
・病院での延命処置は必要無い。自然の成り行きに任せると、よい臨終が迎えられる。
・今回はこれまでという諦めも肝心。いつかは死ぬのです。それを少し先延ばしにしたところで、苦しみが増えるだけ。
・死は大問題だが、死を避けるのではなく、死ぬ準備をすることで問題は解決する方向へと進む。
・残り少ない時間で何を捨てるかを真剣に考える。他人に何か与えるものがないかをさがす。そうすることで、死の恐怖が和らいでくる。きちんと準備をしておくことで安心して旅立つことができる。
・「あの世」はある。

何度も繰り返すが、自分がなるべく考えないようにしていた最大のウィークポイント、つまり「死」という課題に対して、この朝日医師の考え方を取り入れる事で、自分も少しは向き合う事が出来るかも知れないな・・・
(朝日医師は、07年3月まで香川県立中央病院 泌尿器科主任部長だったが、退職後、高松市で「あさひクリニック」(ここ)をやっている)

話が変わるが、さっきカミさんに「今までは、“もし自分がガンになっても(怖いので)自分には知らせるな”と言っていたが、やはり知らせてもらおうかな・・」と言ったら、「今の医者は、何も考えずに本人に言うよ。重いものを抱えたくないので・・」と言いやがる。全く、世の中ドライだ・・・

それに、カミさんが入っている尊厳死協会に、自分も入ろうかな・・・?
でも自分が先なら、カミさんが“延命治療はしない”と医者に掛け合えば良い訳で、まあそれはやってくれるだろう・・・。

ともあれ、この話は色々と書いて置きたいことが多い。
長くなるので、続きは明日・・・

(2009/3/20追加)
NHK教育「こころの時代~大往生のすすめ  死は終わりではない 医師…朝日俊彦」の音声を聞く方は、zipファイル(ここ)をクリックして、数分後に窓が開いたらそれをダブルクリックする。~1時間の番組で55MBあり。

(関係記事)
朝日俊彦の「笑って死ぬために」(2)~朝日氏の語録
「がんになって教えられたこと」~医師 朝日俊彦氏の話

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2007年8月27日 (月)

喜多郎の「ロシアへの想い」

通勤電車の中で、MP3で喜多郎を聞きながら、喜多郎のNo1を挙げると何だろう?と思った。自分としては、それは「ロシアへの想い」かも・・・・。(次は「空の雲」か・・・)
それも「ロシアへの想い」はオリジナルではなく、ロイヤル・シンフォニック・オーケストラの演奏が良い・・・。このオーボエの旋律が何とも物悲しい・・・・
3つ聞いてみよう。

<「喜多郎の軌跡」から「ロシアへの想い」>

Scan103001 amazonで調べたら、「喜多郎の軌跡」というアルバムは無い。ナヌ?と色々と検索しても出てこない。とっくに廃盤になっており、手に入らないらしい・・・
このアルバムは、リチャード・S・ゴールドスミス指揮・編曲、ロイヤル・シンフォニック・オーケストラの演奏で、サウンドデザインレコードから1984年9月1日に発売されたCDだ。
(廃盤で手に入らないという事は、もう時代が違うという事なのかな~)

<「飛雲」から「ロシアへの想い」>

これがオリジナルだが、始まって15秒後、右chに音の変動がある。この音源は1983年の初版CDだが、現在のCDでは直っているかな?

<「亜細亜」から「ロシアへの想い」>

これは1984年のマレーシアでのライブ録音だが、同じ曲がこうも違う・・・

しかし「喜多郎の軌跡」の「ロシアへの想い」は、オーボエの旋律に哀愁があって良いな~。旋律は単純なのだが・・・・・

しかし、先日書いた「切ないサントラ2曲~映画「失楽園」」も、「バイロイトの「第9」」も、キーワードは『オーボエ』だ。どうも自分は、オーボエの音色が好きなようだ。

しかし、前にも書いたが、喜多郎の初期の作品には、しみじみとした良い曲が多い・・・。喜多郎の新しいアルバムは、何故か自分と位相が合わない為、聴かなくなって(食わず嫌い?)久しいが、最近の曲も少し研究してみようかな・・・・

(関係記事)
喜多郎の「1000年女王」のCD

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2007年8月26日 (日)

プロ歌手とアマ歌手との境目(& Amazing Grace)

今日は、Amazing Graceと、それを歌う歌手についてのお話である。
まず3人の歌手の歌っている「Amazing Grace」を聞いて欲しい。

(A)関口泰子(仮) ~ナゾの新人歌手。これからデビューするかも知れない(いや多分しないだろう)アマチュア界の大御所??

(B)鮎川麻弥 ~シンガーソングライター。アニメ『重戦機エルガイム』を歌ってアニソン歌手として有名になった後、コーラスグループJIVEに参加。(「Amazing Grace」より)

(C)白鳥英美子 言うまでもない元トワエ・モアの大ベテラン。「Amazing Grace」より)

さて、世の中には自称プロも含めて幾多の“プロ歌手”が存在するが、プロ歌手とアマ歌手との『境目』は何なのだろう・・・?

先日、ひょんな事から非常に綺麗な透き通った声を聞いた。(A)関口泰子の声である。
この歌を聞いたとき、これは良いと思った。録音も良い。(また、この音を“和室で録った”というのを聞いて二度ビックリ・・・。この録音担当の友人もプロ並だな~)
白鳥英美子は別格として、自分には、どうしても(B)鮎川麻弥より(A)関口泰子の方が上手に聞こえる・・・。
そこで考えてしまった・・・。プロ歌手とアマ歌手との違いは何なのだろう・・・と。
特に女性歌手の場合は、スタイルが良いとかいう別の視点も関係して来るのかも知れない。
しかし上記のような(実力が出てしまう)ア・カペラの歌を聞くと、少なくても歌(&声)そのものでは、プロもアマもそれほど違わないのではないかと思ってきた。
それでは、何がその境を隔てるのか・・? 「歌」との巡り会いか? シンガーソングライターだと、『その時代』とのマッチングか?(そう言えば、井上揚水は今でも良く見るが、昔良く聞いた五輪真弓は、最近見なくなったな~・・・)

その答は「オーラ」かも知れない。つまり、世の中に歌の上手な人はたくさん居るのだろう。しかし、自分の努力や人的な操作では如何ともし難い天性の『何か』を持っている人だけしか、プロ歌手として生き残らない・・・??
(確かに山口百恵にはオーラがあったな。最初の頃は、歌は下手だったが「オーラ」が・・・)

話が脱線して申し訳ないが、昨日(07/8/2)の朝日新聞の付録(e1ページ)に、シューベルトの恋の記事が載っていた。それによると、シューベルトは、父親が音楽家になることに強く反対した為、師範学校に行って、一旦は言われた通りの教員になったが、3年で教員を辞めて作曲家になったという。その時に恋していたテレーゼは、親がシューベルトとの結婚を許さず、結局パン屋の親方に嫁いだという。親は、当時作曲家は定職とは認められておらず、経済的に不安定な所に、娘を嫁がせる訳にはいかなかったのだろう・・・。と書いてあった。

つまり、作曲家・音楽家は、後世にどの様に評価されようが、生きている当時は、経済的に不安定なため、とかく不遇になる。
現代の音楽家(ミュージシャン)も、真に生活の事を考えると、なかなかプロとしてやっていくのは大変らしい。音楽だけでなく、芸術の世界は全てそうだ、文学の世界も・・・
つまり「努力以外の何か」が関係する世界は大変だと言うことだ。そしてそれは(他人が評価する)「オーラ」。(仏教で言ういわゆる「苦(自分の思うがままにならない)」だな・・・。その点、サラリーマンは努力がある程度戻ってくるから楽だ・・・)

この「プロっぽいアマ歌手」が、自分の持っている「歌」を、自分の人生でどう活かして行くか分からないが、実に羨ましい・・・。“人に無い何か”を持っているというだけで・・・。

まったく視点を変えると、自分も(周囲が迷惑なので)歌わなくなってから久しいが、もしこんな声の持ち主が娘に居たら、今頃一緒にカラオケなんかに行っていたかもね・・・・!
(ウチは昔、カミさんが「娘を産む」と言って、間違って(!)息子を産んでしまったので関係ないけど・・・)

(付録1)
今朝、カミさんとAmazing Graceについて雑談していたら、「Amazing Grace」という名前も、「ア・カペラ」という言葉も知っているという。(実は自分は、旋律は知っていたが、この曲名は知らなかったのだ・・・)
しかも、前に、知人が教会での母親の葬儀の時に、教会の歌手が「Amazing Grace」を歌ってくれて心に滲みた・・・という話をしていた。そう言えばだいぶん前に「私もクリスチャンになろうか・・・」ナンテいう話をしていたな・・・。(音楽については自分の方が数段上、と思っていたが、ガックリ・・)

(付録2)
Amazing Graceとは「驚くべき恵み/素晴らしい恩寵」という意味で、この歌の曲と歌詞は別々に出来たという。歌詞は18世紀のイギリスの牧師ジョン・ニュートンの作。1779年に出版された「オールニー賛美歌集」という本に収められた詩のひとつが、後に「アメイジング・グレイス」の歌詞になった。
メロディーの由来ははっきりしていないが、アイルランド等からアメリカに移民した人が歌っていた民謡だったらしい。1831年に賛美歌集「ヴァージニア・ハーモニー」に「ニュー・ブリテン」というタイトルで登場したのが最古。このメロディーに、いつしかニュートンの歌詞があてられた。やがてこの歌は、アメリカ南部の農場で奴隷として働かされていた人たちへ伝わり、名高いスピリチュアル(アメリカの宗教的民衆歌)として愛唱されるようになった。(
CD「Amazing Grace」のパンフより)

Amazing Grace
(驚くべき恵み/素晴らしい恩寵)

アメイジング・グレース その素晴らしき響き
私の様な者にまで 救いの手を差し伸べる
罪深きさまよい子だった私は 今はおそばに
盲いていた目は 今や見える様に

大いなる愛が 畏れ敬う事を悟し
また無益な恐れから解き放ってくれた
信じる事を始めたその瞬間に
尊い愛は私を包み込んでくれた

数多くの危難や苦しみ 誘惑から
この愛が私をここまで導き
そうしてその愛の力で
私を家へと帰り着かせ給う

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2007年8月25日 (土)

横田基地の友好祭に行った

米軍横田基地の友好祭に、飛行機見物に行ってきた。今年(07年)は8/25~26開催。
もともと自分は飛行機好きだが、フト、数年ぶりに行く気になった。(実は非常に近いのだ。家を出てから基地まで30分・・)
前はブルーインパルスのデモ飛行があって面白かったが、最近は展示だけなので行かなかった。今回は写真撮りである。

青梅線牛浜駅から徒歩10分。暑くなるので、朝のうちに・・・、と思って10時頃にゲートに到着。特に混んでいなかった。一人ひとり金属探知器による検査。バッグを持っている人は別にチェックがあったようだが、それほど厳しくはない。空港並にペットボトルもチェックされると聞いていたが、これもそれほど厳しくは無い様子。(もっとも、ペットボトルは、中で100円で売っているので、わざわざ持ち込む必要はない)
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とにかく広い。それに天気がピーカンだったので、恥も外聞もなく、タオルを頭から後頭部に掛けて帽子を被った。まず戦闘機の展示に・・・。前に行ったときは、戦闘機の下まで入れたが、今回はロープが張ってあって、触ることは出来ない。
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輸送機の内部にも入れ、操縦席見物のため、中では列が出来ていた。内部はさすがに殺風景。
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デモ飛行が無いと思っていたが、ヘリコプターや小型飛行機は飛んでいた。
しかし、中に鳥居があったのにはビックリ。それに消防車の「1945」という数字が生々しい・・・
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とにかく中は広いため、4~5Kは歩いてしまう。店はたくさん、仮設トイレもたくさん、それにバンドの演奏とか・・・・。でもみんな暑いので、日影を探して一休み・・・
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Img_13541_2 ステーキセットが1000円とあったので、帰り掛けに、お土産に買ってみた。前に行った時は、ステーキというよりも、ガムというか皮を噛む感じだったが、それよりは良かった。(注文が英語なのは困る。ここは日本なので、『センエン』という自分に都合の良い(金を払わせるために必要な)言葉だけでなく、全体的に日本語を話して欲しいな~)

今回は撮影が目的だったので、1時間チョイで早々に引き上げたが、お婆さん達の団体?など、理解に苦しむ様々な人が居た。
帰り道で「駐車場 3時間2000円」というのを幾つも見かけた。2日間だけ、自分の庭を開放して臨時駐車場にしているらしい。初日の12時前だったが、まだ入れるようだった。

ところで、戦争反対を唱えながら、何で戦闘機に興味があるかって?
飛行機の世界では、旅客機が自動車で言うならバス、戦闘機はスポーツカーだ。だから別に人殺しの道具ではない(・・ワケはないよね・・・。“戦闘”するのだから、殺すでしょ・・・・!)
とにかく、自分は『複雑』で『難しい』人間なのだ!!

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2007年8月24日 (金)

映画「どろろ」を見た

映画「どろろ」を見た。こんな記事を書くのは全くの想定外だが、なかなか面白かったので書いてみる。

前から、DVDが出たら借りるようにカミさんから言われていたので、先日通販レンタルに頼んだ。それが昨日着き、昨夜、つい半分見てしまった。そして続きの後半をさっき見た。それが、なかなか面白いのである・・・。(「どろろ」という映画の名前は聞いていたが、子供向けの映画だとばかり思っていたが・・・)

先生(カミさん)に聞くと、(ヘドロじゃなかった)「どろろ」というのは、手塚治虫のマンガで、昔文庫本で読んだという。(今NETで見たら、「どろろ」は1967-69年に少年サンデーに連載されたマンガだという。知らなかった・・・。何せマンガは「あしたのジョー」と「巨人の星」しか知らないのだ・・・)

この映画はアメリカでも配給されるらしいが、確かに今までのチャンバラ映画とは違って新鮮である。日本のチャンバラも、これだとアメリカ人が喜ぶかも・・・・
ぎこちなくはあるが、コンピュータグラフィックでアクションも多く、ストーリーのテンポも早い。
また、百鬼丸の戦う相手がみんな魔物なので、勧善懲悪のストーリーが単純で分かり易い。
しかも、マンガが原作なだけあって、発想も奇抜。“お茶の水博士”っぽいのが、室町時代だというのにフラスコで実験したり・・・。電気ショックを与えたり・・・
また、百鬼丸が城での体験を、握手してどろろの頭に伝える場面があったが、これも便利。いちいち口で説明しなくても、同じ体験が出来る・・・・

中井貴一の貫禄もたいしたもの。昔の、(“腐ったリンゴ”でなくて)「ふぞろいの林檎たち」のイメージとはだいぶ違う。(これは1983年のドラマというから、もう25年も前!)
ただし、柴咲コウの「どろろ」は、あまりにセリフが口汚く、辟易した。まあ狂言回しなので、仕方がないのか・・・??

でもまあまあ楽しめた。それに、続編を作れるように、まだ沢山の魔物が残っている・・・。
日本のアクション映画(チャンバラ映画)も、大分グローバルになってきたな・・・と、感心した映画ではあった。(直ぐに忘れると思うけど・・・・)

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2007年8月23日 (木)

10電力会社のウェイト(シェア)

今日は涼しかったが、このところ猛暑が続いている。
今日(07/8/23)の日刊工業新聞に「電力10社の発電量 6年ぶりに最高更新 ~猛暑で冷房需要急増」という記事があった。(もっとも昨日の8月22日は、前日の記録(下記)をあっさり更新したとか・・・。だから下記のデータはもう古い・・・・)

そこに、電力10社の発電量が載っており、興味深く読んだ。
8月21日の全国の発電量を、各電力会社毎に「%」で表すと、こうなる・・・・

北海道電力 2.9%
東北電力   8.3%
東京電力   33.3%
中部電力   15.3%
北陸電力   3.1%
関西電力   16.9%
中国電力   6.6%
四国電力   3.3%
九州電力   9.5%
沖縄電力   0.8%

Denryoku なるほど・・・・
東電管内が全国の1/3か・・・。関西と中部がその半分。それに九州、東北、中国、四国、北陸、北海道と続いて、最後の沖縄は1%以下。
沖縄は1県だからそうなるのかな・・・? 米軍基地の飛行場が広いせいかな?・・・なんて心配?したりして・・・
北海道が3%というのも意外だな~。あんなに広いのに・・・。でもほとんどが原野か?
発電量は、ある意味経済活動の指標にもなる訳で、その地方毎の風景が目に浮かぶ・・・。

先日の地震で東電の柏崎原発が止まり、東電では節電の範を示すために冷房を切って大変だと新聞に書いてあった。
20年位前だったか、やはり電力不足で、午後になると工場の冷房が止まり、ウチワを片手に仕事をしたのを思い出した・・・。

まあ今日のblogはどうでも良いテーマだ。たまにはblogも「休憩」が必要なのだ。
(何も毎日書く必要無いのにね・・・。しかも“仏教の教え”に反している。blogに“拘って”いるので・・・)

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2007年8月22日 (水)

バイロイトの「第9」の、バイエルン放送の録音

「バイロイトの第9」といえば、言うまでも無く1951年7月29日に戦後初のバイロイト音楽祭で演奏された、フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団及び合唱団によるベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」である。この有名な演奏は、研究も多い

ところが、このレコード録音について、最近、50年も馴染みであったEMI盤が、本当はライブ録音そのものでは無く、リハーサルの録音も含めた“編集された盤“だという事が分かってきた・・・との事で、世間を賑わしている。
朝日新聞にも載っていたが、レコード芸術の9月号(P70~)に事情が詳しい。
それらによると、当日、リハーサルと本番の2回の演奏が録音されたらしい。しかもEMIの録音陣と、バイエルン放送の録音陣の二つのクルーで録音された・・!?

そしてEMI盤は、本番の演奏が、プロデューサーのウォルター・レッグに、あまり高く評価されなかったようで、その結果、EMI盤はリハーサルでの録音が3/4も入る「編集盤」になったらしい。
一方、バイエルン放送局の録音は、放送禁止の表示(テープの箱に「たとえ部分的にでも放送に使用することは禁止」との表示)のもと、長くお蔵入り・・・・
それを発掘して、2006年10月30日に「フルトヴェングラー・センター」がバイエルン放送で視聴し、それから正式契約のもとでCD化に成功。この7月からフルトヴェングラー・センターの会員だけに頒布が始まったとのことだ。
レコ芸によると、この発見により、これからは「バイロイトの第9」という呼称は無意味になり、今後は「バイロイトの第9・EMI盤」と「同・センター盤」という呼び方になるだろう・・・。という。
視聴の評価は、このセンター盤の方が音質も演奏の完成度も高いらしい。ただし、終楽章に軽微な欠落があるという。

自分の場合は、会員になってまでこのCDを手に入れることはしないが、この演奏は自分にとっても思い出深い盤である。
第九は合唱、独唱が入るので、指揮者によって演奏が千差万別・・・・。学生時代から色々な演奏を聞いてきた。もちろん歌ったこともあった

自分は、特に第1楽章が好きだが、その終結部のオーボエの演奏する部分が大好きだ。終わる2分位前の部分(正確には510~525小節目)。この部分の、悲しく切なく歌うオーボエが良い。だから最もテンポが遅く、浪々と歌うフルトヴェングラーのバイロイト盤が一番好きだった。ちょこっと聞いてみよう。

聞いて分かるように、この録音は擬似ステレオなのである。持っているLPの解説を要約すると、「ステレオは、(1)音の方向的効果(2)音の明澄さ(3)音の深さ(4)音の幅 がポイントだが、一番重要なポイントが音の幅と深さにあることを発見し、エレクトローラ・ブライトクランク(ワイド・サウンド)という技術を開発して、モノラルの音に深さと幅を持たせた

フルヴェン・ファンは、この擬似ステレオの音をバカにしている、と何かに書いてあったが、自分はモノの音よりも、この音の方が、方向性は無いものの広がりがあって好きだな・・・
ともあれ、もうフルトヴェングラーの没後53年になる。よってフルトヴェングラーのレコードは、ほとんどが既に著作権切れである。トスカニーニも没後50年。ワルターも1957年からステレオ録音が開始されているので、逆にモノラル録音は、ほとんどが著作権切れ・・・・
なのに、何で廉価版のCDが出ないのかな・・・・・?
本屋に行くと、昔の映画が500円のDVDでたくさん売っている。しかし、フルヴェンのCDが安く売っているのを見たことが無い。
確かに、作っても売れる数は映画ほどではなく、採算が取れないのだろうが・・・・

おっとっと、話がそれた。
良い物は永遠に生き続けるものだ。先日行った日展100年もそうだが、芸術家は羨ましい・・・・。肉体は滅びても、自分の生きた証が残る・・・。
「なに?」「サラリーマンでも生きた証がある??」「それ何?」「息子?」 「プッ!」←これ笑い声

(07/8/26追記)
EMIのCDを買ってきた。しかし、この音はどうだ。ノイズその他の雑音が見事に消え、モノとはいえ、素晴らしい音に蘇っている。これは同じ所の「24bit最新マスタリング」の音である。
(しかし、信じられないことに、このCDでは、第4楽章が何と4つに分断されている。という事は、指揮者が意図しない「間」が3ヶ所も付加された訳で、これは理解できない。そもそも第4楽章の途中を選んで聞く人がいるのだろうか?EMIはこの録音の胴元である。それなのに、このスタンスは理解できない・・・・)

EMI盤の第1楽章終結部

(07/9/20追記)
「レコード芸術 10月号P293」によると、1951年のこの演奏の「バイロイト祝祭管弦楽団」のメンバーは、大半がウンター・デン・リンデン(ベルリン国立歌劇場のこと)のメンバーで、ベルリン・フィルのメンバーも2~3人は行ったらしい。とのこと。

(07/12/23追記)
バイエルン放送局の録音のCDを買った。レコ芸08年1月号のキングレコードインターナショナルの広告に「世紀の再発見!待望の市販流通化!~バイエルン放送音源によるフルトヴェングラー・センター盤「バイロイトの第九」というのを見付けた。早速ネットで調べてみると、タワーレコードが安そうなので、注文したら早速今日送ってきた。

まず、第一楽章の終結部の自分の好きな、同じ部分を聞いてみる。たぶんEMI録音とは違う演奏だが・・・・
(なお、このblogのMP3プレヤーは同時再生ができるので、二つの録音を一緒に再生して比較すると面白い・・・)

バイエルン放送局録音の第1楽章終結部

================
買ったバイエルン放送盤と、EIM盤とを少し比較してみる。まずビックリしたのは、バイエルン盤で、第1楽章の42小節目(1:42)に大きな咳の音!

バイエルン放送局録音の第1楽章冒頭

それに比べて、下記のEMI盤(TOCE-55701)は同じ42小節目(1:32)で咳が無い。あれだけの大きな咳なので、もしマイクの位置が違っていても収録されていない訳はない。よって明らかに別の演奏だと思われる。

EMI盤の第1楽章冒頭

次に、レッグが意識的にボリュームを上げたのではないかとウワサされている第4楽章の“vor Gott”(330小節)の部分である。

バイエルン放送録音の第4楽章“vor Gott”>

EMI盤の第4楽章“vor Gott”>
(この音源は擬似ステレオ盤(TOCE-3007)である。(TOCE-55701)は前にも書いたが、第4楽章が4つに分断されているので好かないので・・・)

*なるほど。EMI盤はレベルが高い。この二つの録音をデジタル的な音量レベルで比較してみると、バイエルン盤の第4楽章は、通しで92.4dB。そして上記の“vor Gott”の切り出し部分の音量レベルは同じく92.4dB。しかし、EMI盤の第4楽章は、通しで92.5dBであるにも拘らず、“vor Gott”の切り出し部分の音量レベルは93.1dBである。よってウワサは正しいと思われる。

ともあれ、演奏(録音)後、56年も経って、今なおこれだけ騒がれる指揮者(演奏)はフルトヴェングラーだけだろう。
この正月休みに、二つの録音をじっくり聞き比べてみようか。

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2007年8月21日 (火)

20年前のSONYのオープンデッキが動いた!

いやはや、SONYの設計・製品はスゴイ!という話。
昨日(8/21)、「混声合唱組曲「三つの山の詩」を聞きたい」というblogを書いたら、さっそく志村さんから「もしオープンテープがあれば再生出来るよ」というコメントを頂いた。

Img_12741 小躍りして、夜だけど倉庫をゴソゴソと探したら、テープは見つからなかったが(もしかすると録音したのは記憶違いかも・・)、昔のオープンデッキが見つかった。まだ棄てていなかったのだ・・・。
そこで、ダメもとで・・・とケーブルを引っ張って、電源を入れたら、何とテープが動くではないか・・・
音も出るか・・・?と、ドキドキしてイヤホンをつなぐと、何か聞こえる・・・。さすがにボリュームはガリオームになっていて接触がダメ。でも、ごしごし回すと何とか音が出る・・・・
これはスゴイ!!。

いつ壊れてもおかしくないので、直ぐにMDデッキにつないで、昔のグリークラブ時代のテープをMDに録音した。何と40年前の音である。

しかし、SONYには脱帽・・・! このデッキは、TC-9400という型番で、チョンガー時代に中古で手に入れたもの。たぶん1973年頃だろう。だから35年も前の製品だ。(調べたら1970年の発売で、定価76,800円だったって。という事は、今の貨幣価値では40万円近い・・・)
当時、TEACのA-6010という有名なデッキを持っていたが、SONYのTC-9400にはエコー(残響)を付ける機能が付いていたので、中古で手に入れた。これはカラオケが流行る前の時代の事で、当時は、歌声にエコーを掛けるのが大変で、この製品はテープでリバースを掛けてエコーを付けるので、エコーの音が良かった。

しかしこのデッキも、20年前に家を建て直した(引っ越した)のを機に、お蔵入り。(世の中でカラオケが流行ってくると、シラけて自分は卒業・・・)
だから20年以上電源を入れていない。相当前にTEACのA-6010に電源を入れてみたら、走行系統に歪みが出ていたせいか、テープがピンチローラからはみ出して、テープの走行ができなかった。

そのSONYのオープンデッキが、20年以上経って、ガリオームは別として、チャンと動いて、キチンと音が出たのである!! 正直、これは驚異だ!
自分もあるメーカで設計の仕事をしていたので分かるが、そもそも電解コンデンサの寿命は短い。20年も電源を入れていなかったら、容量ヌケで回路が正常に動くことはあり得ない。それが動いている・・・
もう感動してしまった。これは事件だ!

でもこれで、まだ棄てていない沢山のオープンテープから、懐かしい昔の録音を再生できる見通しが立った訳だ。ひょんな事から新たな楽しみが出来た・・・?
まさに懐古趣味まっただ中だが、まあ良いではないか・・・・
(でも、このblogのスタンス(=還暦を前に人生を振り返ろう・・・・)には合っているかも?)

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2007年8月20日 (月)

混声合唱組曲「三つの山の詩」を聞きたい

先日、本箱を整理していたら、中田浩一郎作詞、石井歓作曲、混声合唱組曲「三つの山の詩」の楽譜が出てきた。この歌が聞きたい・・・・・・・。レコード化されていない・・・・

これは、大学1年の時(昭和41(1966)年)の時、同じ大学の混声合唱団が定期演奏会で歌ったもの。そのコンサートに行って、この曲に惚れた。そして、その合唱団に入っていた友人から、そのコンサートの録音テープを借りてダビングして聞いた記憶がある。楽譜も銀座のヤマハで何とか手に入れた・・・。
自分は混声合唱団には入っていなかったので、歌っていない。(前にこのblogで書いた

それから、色々と合唱曲のレコードを集めたが、この曲のレコードは見つからなかった。
かなり昔に、NIFTYで「フォーラム」というのが始まった頃、そこにあった「合唱」のフォーラムに「“三つの山の詩”って知っていますか?」と投稿したら、かなりの人が歌ったことがある・・・とのこと。でも音源は手に入らなかった。
ことによると・・・と思って、先日、mixiの合唱のコミュニティで尋ねたら、やはりレコードは無く、曲が古すぎて今は誰も歌わないらしい・・・・。合唱曲も時代の流れがあるらしい・・・・

しかしこの曲の“優しさ”は素晴らしい。
楽譜の背表紙で、石井歓が書いている・・・・。
「この作品は、ともしび、祭、別れ、といった三章からなる物語的内容を持つ詩にもとづいて、1957年夏に、混声合唱曲として作曲したものであります。
この作品の特徴として、わたくしは次の点に強い関心をもって作曲しました。
それは、一人でも多くの若い人々に歌われることをのぞみながら、作曲したわけで、合唱曲としての、難易の程度は、できる限り、やさしくし、その中に、豊かな詩情を、だたよわせることに努めました。
演奏に際しては、ただ単に、情に流されることなく、清潔な整えられた美しさを強調して欲しいと思います。 石井 歓」(原文通り)

本当はここで、この優しい歌の断片でも紹介したいところだが、音源がない。(いやもしかすると、家のどこかにあるかも知れない。しかし当時の録音はオープンテープなので、オープンデッキが無い・・・・)

もうレコード化される可能性も無く、歌われる可能性も無いとすると、昔の録音を探すしかない・・・・。

(関連記事)
混声合唱組曲「三つの山の詩」のテープを見つけた

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2007年8月19日 (日)

NHK「思い出のメロディー」を見た

朝食を食いながら(失礼!)、昨日録画しておいたNHK「第39回 思い出のメロディー ~ありがとう青春の歌~心を支えた大切な一曲」を見た。これは8/11に生放送されたもの。ほぼ100%知っている歌なので、カミさんとがやがや話しながら・・・・

曲は、ほとんどが昭和40年代。我が団塊の世代の、青春まっただ中の頃だ。
思えば、“まだまだ現役を張っている”と思っていた歌の数々が、もう「思い出のメロディー」とは・・・・。何とも現実は厳しい・・・

思い出してみると、我々の青春時代に「思い出のメロディー」というと、それは藤山一郎であり、並木路子であり・・・、まさに「戦後の歌」だった。当時、それらの歌はほんの20年前の歌だったのだ。
それに比べ、昭和40年代の歌は、何と今から40年も前の歌になる。これでは「思い出のメロディー」でも仕方がない・・・。たぶん自分達が現役で(当時)聞いていた歌は、いつになっても「思い出のメロディー」にはならないのだろう。逆に、流行っていた頃は聞かなかった歌(戦後直ぐの歌)が、名実共に「思い出のメロディー」になるのだろう。

しかし、さすがに歌の出来・不出来は画面に出ていた。布施明や岩崎宏美のように、安心して聞いていられる「今でも現役派」の歌手はともかく、長く引退していて久しぶりに出てきたような歌手さんは、危なっかしくて聞いていられなかった。生番組だったのでやり直しも出来なかった・・・
特に本田路津子さんの「耳をすましてごらん」が残念だった。調子が悪かったのか、伴奏の三原綱木も大変だったろう。(そう言えば三原綱木は元ブルーコメッツ!元ブルコメファンとしては、彼の活躍は何とも頼もしい・・・・)
綺麗な澄んだ声の本田路津子の名誉挽回?の為に、本当の歌を挙げてみる。

<本田路津子の「耳をすましてごらん」>

「耳をすましてごらん」
  作詞:山田太一
  作曲:湯浅譲二

1)耳をすましてごらん
 あれは はるかな 海のとどろき
 めぐり逢い 見つめあい
 誓いあった あの日から
 生きるの強く 一人ではないから

2)旅を続けてはるか
 一人 ふりむく 遠いふるさと
 思い出に 幸福に
 淋しくないわと ほほえんで
 生きるの強く あの海があるから

3)空を見あげてごらん
 あれは 南の 風のささやき
 時は過ぎ 人は去り
 冬の世界を 歩む頃
 生きるの強く あの愛があるから

この番組を見ながら、カミさんと色々な雑談・・。石橋正次の頭はどうした?自分と同じではないか・・・。「夜明けの停車場」を歌っていた頃は好青年だったのに・・・・。西崎緑の「旅愁」では、カミさんが必殺仕置き人を良く見た・・・・・と・・・
しかし、伊東ゆかりといい岩崎宏美といい、女性はあまり変わっていないに、男性の“変身(老人)ぶり”はいったいどうしたことか・・・・(自分の禿頭は棚に上げて・・?)
逆に、その中で加山雄三の元気さには脱帽。もう70才というのに、昔と変わっていない。永遠の青春だ・・・・

歌手も、まだまだ現役を張っている元気者、引退してすっかり変わってしまった人等、色々だ。でも現役の人ほど変わっていない事は確か・・・・。

自分も何とか「変わらないね」と言われるようにしないとイカンな・・・。
(先ずはカツラでも買ってくるか・・? ←これは全くの冗談!)

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2007年8月18日 (土)

「般若心経」勝手帖-12 究竟涅槃

おんりー いっ さい てん どーむーそー
遠離一切顛倒夢想

くーぎょーねーはんさんぜーしょーぶつえーはんにゃーはーらーみーたー
究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多

こー とく  あー のく  たーらーさん みゃくさんぼーだい
故得阿耨多羅三貌三菩提

通訳すると、
遠離一切顛倒夢想=一切の間違った考え方や妄想から遠く離れなさい
究竟涅槃=遂に悟りの境地に達する
三世諸仏依般若波羅蜜多故=三世の諸仏は般若波羅蜜多行をしたが故に
得阿耨多羅三貌三菩提=この上もない悟りを得ることができる
(「声を出して覚える般若心経」から)


「顛倒」とは、「ひっくり返った物の考え方」「真実とは逆の見解にとらわれていること」。
「夢想」とは、「妄想」。

「究竟」とは、「極限」「完全な」「究極」。そして「涅槃」とは、原語ではニルヴァーナ=「吹き消す」という意味。それが転じて仏教では「煩悩や顛倒がなくなった、静けさに満ち足りた仏のさとりの境地」。よって「究竟涅槃」とは、「涅槃を極める」という意。

「三世諸仏」とは、過去、現在、未来の仏たち。「阿耨多羅三貌三菩提」は、「アヌッタラ・サムヤク・サンボーディ」の音写語。「アヌッタラ(阿耨多羅)」は、「無上の」「これ以上ない」。「サムヤク(三貌)」は、「完全な」「偽りなく正しい」。「サンボーディ(三菩提)」は、「釈尊のまぎれもない悟り」「あまねく知る」。よってこの語句全部で「三世の諸仏は、依般若波羅蜜多故(万物救済の智慧の完成によって)、阿耨多羅三貌三菩提(至高の真実の完全な悟り)を得た」という意。

*やっぱり、難しくて分からないよね・・・・・(追って再度チャレンジしよう)

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2007年8月17日 (金)

太平洋戦争を考える(3)~NHK「日中戦争」を見た

NHKハイビジョン特集「日中戦争~兵士は戦場で何を見たのか~」を見た。この番組は、06/9/14に初回放送されたもので、先週8/9にBShiで放送された録画を、やっと今日見たという事。(再:BShi 2007年8月20日(月)午後2:00~
これを見て、自分として日中戦争の実体を垣間見ることが出来たと同時に、NHKの番組製作の実力を見せつけられた。

この番組は、BSという自由な枠のせいか、110分という長時間で、盧溝橋事件から上海、南京陥落までを、詳細なエビデンス(証拠)をもとに再現している。
通常のドラマは、ある主人公を立てて、その人の生き様でストーリーを展開するが、このドキュメンタリーでは、小西さんという93才の一通信兵の、動員された日から南京までの詳細な日記と本人の証言、それに最近公開されたという蒋介石の日記、そして日中それぞれの生き証人の証言、公的記録、電報文その他の史料による、“重たい事実の積み重ね”で製作されている。

NHKでは、戦後62年ということで、様々な戦争関係の番組が放送されており、自分も勉強の良い機会なので、この関係の番組を闇雲に録画している。その中でも、これはなかなかの出来である。(この番組は昨年の放送の、再放送ではあるが・・・)

番組の冒頭は、ショッキングな画面から始まる。現在の“中国の教育”の実態である。
ナレータ:
中国北京郊外 盧溝橋です。今年7月7日、多くの人がこの橋を訪れていました。
(先生):「永遠に忘れないで下さい。1937年の今日は『国恥』の日でした
(生徒達の合唱):「国の恥を忘れずに! 一生懸命学ぼう! 祖国のために尽くそう!
69年前のこの日、橋の近くで演習中の日本軍に銃弾が撃ち込まれ、それをきっかけに中国軍との衝突が起こりました。盧溝橋事件です。」

番組は、盧溝橋事件から上海、蘇州、南京攻略への“現地軍の独走”、そして“軍上層部の追認”という満州事変と同じ構図を説明し、この時の日本軍の決定により日中の戦いは、なし崩し的に全面戦争へと拡大していった過程を、詳細なエビデンスと共に綴って行く。

話はそれるが、NHKでは「元兵士たちの貴重な証言から戦争の実態を描くシリーズ 証言記録 兵士たちの戦争」と称して、生き証人の「証言」を今のうちに記録しておこうと、色々な番組を放送するらしが、中国でも同じように、戦争の事実を後世に残そうと大学などで研究が行われていると紹介していた。
そして、南京師範大学の教授は、この8年南京周辺の被害を調べており、村人の証言は録音され文字に起こし、再度本人に確認して記録していくという。
質問は:「日本兵はあなたの家で何をしましたか? 」・・・
当時6才の子供だったが、家に戻ったとき、父が胸を刀で刺されて死んでいた姿を目撃し、その証言をする人・・・・。
ナレータ:「南京師範大学の調査では、南京周辺で日本軍による村人の殺害、強姦や放火などの被害が証言として記録されています。」

そして、中国軍の高級将校は全て逃げてしまい中国軍が混乱に陥り、南京陥落。そして 翌日、城内で多数の正規兵の軍服・武器を発見し「日本軍は民間人の服に着替えた多数の中国兵が城内に潜んでいると考えました。・・・
それから、城内掃討の命令。老人と子供以外は全て逮捕・監禁。外国人の難民区も・・・。
しかも日本は、この戦争を、アメリカからの軍需物資の輸入停止(正規の戦争だとアメリカは日本への輸出停止)を恐れて宣戦布告をせず、“国際法上の戦争ではない”としたため、捕虜への扱いも国際法を遵守せず、捕虜を助けるという気はなく「逮捕・監禁」が「捕捉・殲滅」となって行く・・・。
そして日本の公式記録は、刺殺射殺した敗残兵6670人と記録。そして番組は、ドイツが撮った南京虐殺の“記録映画”の場面に続く。
そして世界が日本を批判して行く中で、真珠湾攻撃へ突入・・・・・・
 
番組最後のナレータは、
日中戦争から太平洋戦争終結までの、日本の犠牲者は310万人。中国の犠牲者は1000万人を越えると言われています。日本人が、国を挙げて邁進した昭和の戦争の結末でした。」

まだまだ自分の知識は未熟だが(なぜなら、自分は“日本史大嫌い人間”だから・・・)、この番組は、少なくとも自分の日中戦争への勉強の“導入”は、果たしてくれたように思う。
これからも、色々と録り溜めたNHKの番組を見て、勉強のきっかけにしよう・・・・。
しかし、つくずく「やはりNHKは、民放とは“格”が違う・・・」と思った。

(付録)日本の教科書では、この部分をどう教えているか・・・(山川出版「詳説日本史」P330)
第一次近衛文麿内閣成立直後の1937年(昭和12年)7月7日、北京郊外の盧溝橋付近で日中両国軍の衝突事件が発生した(盧溝橋事件)。いったんは現地で停戦協定が成立したが、近衛内閣は軍部の圧力に屈して当初の不拡大方針を変更し、兵力を増派して戦線を拡大した。これに対し、国民政府の側も断固たる抗戦の姿勢をとったので、戦闘は当初の日本側の予想をはるかに超えて全面戦争に発展した(日中戦争)。8月には、上海でも戦争が始まり、戦火は南に広がった。9月には国民党と共産党がふたたび提携して、反日民族統一戦線を成立させた。日本はつぎつぎを大軍を投入し、年末には国民政府の首都南京を占領した(*)。国民政府は南京から漢口、さらに奥地の重慶にしりぞいてあくまで抗戦を続けたので、日中戦争は泥沼のような長期戦をなった。

脚注(*)南京陥落の前後、日本軍は市内外で略奪・暴行をくり返したうえ、多数の中国人一般住民(婦女子をふくむ)および捕虜を殺害した(南京事件)。南京の状況は、外務省ルートを通じて、はやくから陸軍中央部にも伝わっていた。

この日本の教科書の淡々たる表現・言葉使いと、この番組の最初に出てくる中国の生々しい教育の違いも、また“重たい現実(=国の認識?)”ではある・・・・・(続く)

(関係記事)
「太平洋戦争」を考える(1)

太平洋戦争を考える(2)~マニラ市街戦での殺戮

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2007年8月16日 (木)

地球温暖化を考える(2)~その基礎知識

今日(07/8/16)、埼玉(熊谷)、岐阜(多治見)で最高気温40.9℃を記録し、1933年7月に山形で記録した40.8℃の過去最高記録を、74年ぶりに更新したという。
先日、「不都合な真実」という映画を見て、少し地球温暖化について考えたが、実は自分は地球温暖化について、新聞の断片情報以外、殆ど何も知らないのだ。
今日、部屋の掃除をしていたら、日経ビジネスの付録の「特別版 ポスト京都議定書の行方(2007/7/30号)」を見つけた。ここに、地球温暖化についての基礎知識の記事があり、自分も「なるほど」と頷いたので、参考に一部を引用してみる。

Q1)温暖化問題が始まったのはいつ?
・CO2が温室効果を持つこと自体は19世紀から知られており、1896年にスウェーデンの物理・化学者アレニウスが、CO2の濃度が倍増(2倍)すると地球の平均気温が5~6℃上がると試算した。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書では、この数字を「2~4.5℃である可能性が高い」としており、最新の知見と比べてもそう離れていない。
・気候変動の事実が観測されたのは、1960年米国の気象学者キーリングが南極点をハワイのマウナロア山のCO2濃度を分析し、大気中のCO2濃度が上がっている事を明らかにした。
・その後、コンピュータ能力が上がった事もあり、日本の気象学者の真鍋淑郎らが、CO2が倍増すると約3.5℃気温が上がると試算した。

Q2)温室効果の仕組みは?
・地球が温暖な気候に保たれているのは、大気中に「温室効果ガス(温暖化ガス)」が含まれているからだ。現在の地球の平均気温は約15℃。ところが、温室効果ガスがなかったとすると、-18℃程度の極寒の星になることが分かっている。
・地表面は太陽光で温められているが、同時に宇宙に向けて熱(赤外線)を逃がしている。温室効果ガスはこの赤外線を吸収し、その一部を下向きに放出するため、地表や大気に熱がたまる。
・分子が赤外線のエネルギーを吸収したり放出したりするには、分子を構成する原子同士が一定の法則で揺れ動いている必要がある。そのためには、3つ以上の原子、もしくは異なる2種類以上の原子が結び付いた構造でなければならない。ところが、大気中に多量に存在する窒素(N2、大気の78%)や酸素(O2、同21%)は2つの同じ原子で出来ているため、温室効果を持たない。
・実は、最大の温室効果をもたらしている気体は水蒸気(H2O)である。ただし、水蒸気は人間の活動によって直接増えることはないので、気候変動の原因とは考えられていない。
・IPCCの第4次報告書によれば、人為起源の物質による温室効果のうち、6割程度がCO2、2割程度がメタン(CH4)、残りが一酸化二窒素(N2O)や代替フロンなどとなっている。
・温室効果の強さ(100年間)では、CO2に比べて、メタンは25倍、N2Oは298倍、これらと同様に京都議定書の削減対象になっている六フッ化硫黄(SF6)に至っては、2万2800倍もある。ただし、排出量はCO2が圧倒的に多いため、温暖化対策上はCO2の削減が重視されている。

Q3)温暖化で異常気象は増えている?
・「20世紀後半に、ほとんどの陸地で暑い日の頻度が増え、気温が上昇した」可能性がかなり高く(90%超)、それが人間活動によって引き起こされた可能性が高く(66%超)、21世紀を通じてこの傾向が続くことはほぼ確実(99%超)-IPCCの第4次評価報告書はそう結論付けた。
・確かに、日本でも20世紀を通じて異常高温を観測する頻度が増えている(気象庁では「ある場所で30年に1回程度発生する現象」を異常気象と定義している)。日本では、最近30年間(1975~2004年)の異常高温の出現数は、20世紀初頭の30年間(1901~30年)の5.8倍に上る。逆に、異常低温は0.29倍に減少している。
・温暖化が進むと、日本付近では大雨の頻度が増えることが分かっている。実際、全国で大雨警報が発表される日降水量200ミリ以上の日数は約1.5倍に増えている(国内51地点での調査)。

Q4)地球の平均気温の計り方は?
・IPCC第4次評価報告書は、地球の平均気温が100年当たり0.56~0.92℃上昇していると結論付けた。
・陸上には世界でおよそ7000の気温の観測地点がある。まず地球を緯度5度、経度5度のマス目に区切る。それぞれのマスについて、その中にあるすべての観測地点の気温や海面温度の平年差(国際的には1961~90年の平均値との差)を平均して、そのマスの平年差を出す。さらに、すべてのマスの平均差を平均する。ただし、マスの面積は赤道から北(南)極点に向かうほど小さくなるので、平均する際には面積によって重み付けをする。
・こうして得た「地球全体の平均差」を時系列で比較すれば、地球の平均気温の変化が分かる。観測地点によって標高や周囲の地形などの特殊要因があるので、計測した気温の値自体は意味を持たない。知りたいのは気温の変化なので、平年差を使う。

Q5)CO2の濃度はどのように測る?
・CO2の大気中の濃度は、過去約65万年の間、180~300ppm(ppmは100万分の1)の範囲で増減を繰り返してきた。ところがIPCCの第4次評価報告書は、産業革命以前の約280ppmから2005年には379ppmに達し、「自然変動の範囲をはるかに上回っている」と結論付けた。
・現在、世界中の観測施設で測定した温室効果ガスのデータは、日本の気象庁に設置された温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)に集約され、全世界に発信されている。観測施設は67ヶ国の約340ヶ所、うち154ヶ所でCO2の濃度を測っている。日本では、与那国島や南鳥島など12ヶ所で測定している。
・測定にはCO2の温室効果を利用する。パイプに屋外で採取した空気を満たし、一方から赤外線を照射する。CO2は赤外線を吸収するので、筒の反対側で赤外線がどれだけ弱まったかを測る。
・大気の観測が始まる以前のCO2濃度は、南極などにある厚さ3Kmにも達する氷床をボーリングして調べる。氷の中に閉じ込められた空気を調べることで、過去のCO2濃度が分かる。

「地球温暖化」「京都議定書」・・・。実は言葉だけしか知らない・・・・
これを機に、少し地球温暖化について調べてみることにしたい。

(参考記事)
映画「不都合な真実」を見た~地球温暖化を考える(1)

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2007年8月15日 (水)

太平洋戦争を考える(2)~マニラ市街戦での殺戮

NHKhiで「ハイビジョン特集  証言記録 マニラ市街戦 ~死者12万 焦土への1か月~」という8/5に放送された番組(の録画)を見た(再:[BS1]9/1(土) 後1:10-3:00)

今日は、62年目の戦争記念日である。(と同時に親父の11年目の命日だな~・・・⇒本件と関係ないが・・・)
それで、NHKから色々な戦争特集番組が放送されているが、1945年2月3日から3月3日の太平洋戦争最大のマニラ市街戦。この証言ドキュメンタリーは、なかなか見応えがあった。
内容のあまりの悲惨さに、途中で見るのを止めたが、思い直してさっき(今夜)最後まで見た。

先に、沖縄戦争の映画「ひめゆり」を見たが、同じ手法で、当時の人の証言から、マニラ市街戦の惨劇を振り返っている。
そこには、一般市民が戦争に巻き込まれ、10万人もの犠牲者を出した過程が生々しく再現されており、自分としても、かなりのショックを受けながら見た。

番組のナレータにより、印象に残った場面を綴ってみる。
最初のナレータ。
これは戦前アメリカの統治下の、フィリピン マニラの映像です。人口は100万。そこには美しい町並みがあり、東南アジアでも指折りの豊かさがありました。・・・
そのマニラが戦場となりました。1945年市民が暮らす町中で、日本とアメリカが熾烈な戦闘を重ねたマニラ市街戦です。わずか1ヶ月で破壊されたマニラの町並み。死者12万人。そのうち10万人はマニラの市民でした。なぜマニラは戦場となってしまったのか。なぜこれほどまでの市民を犠牲にすることになってしまったのか、あの時、マニラで戦った日本・アメリカの元兵士、そしてマニラの市民38人の証言によって記録します。・・・

・・・・(火炎放射器で火達磨になって転げ回る人・・・・・)・・・

1945年2月17日。フィリピン総合病院が米軍により制圧され、飢餓にあえいでいた7000人が救出されました。しかし降伏する兵士は少なく、日本兵達は地下室に逃げ込み、籠城を続けます。こうした日本兵に対して、アメリカは火炎放射器を使います。フィリピン総合病院から救出されたリカルド・ザルコさんはその有り様を目撃していました。
「あんな武器は使っちゃいけない。日本兵の体は油で揚げられたみたいになりました。それでも日本兵は転がりながら米兵を撃っていました。日本兵は死の間際まで戦っていました

・・・・・・・・・
日本軍の掃討のために無差別攻撃をする米軍。
ゲリラ掃討の名の下の日本軍による殺戮。
それぞれの軍に味方した、フィリピン人通しの殺し合い。
・・・・・・・

フォートサンチャゴに作られた地下壕。ここからはフィリピン人男性およそ600人の遺体が発見されました。
2月24日、イントラムロスで発見されアメリカ軍に押収された、日本軍の大隊の命令書(マニラ海軍防衛隊大隊至急命令)。『フィリピン人を殺すのは極力一カ所に纏め、弾薬と労力を消費せず処分せよ』・・・

そして死者、
日本軍      16,555人
米軍        1,010人
フィリピン人  100,000人(米軍公刊先史より)

(最後のナレータ)
ビューティフルダウンタウンと呼ばれた美しい町マニラ。そのマニラで普通の生活を営んでいた市民達、日本とアメリカ、大国どうしが戦ったマニラ市街戦。その戦場とされたマニラを逃げまどい、亡くなった市民の姿です。なぜ10万もの市民が犠牲にならなければならなかったのか・・・・」

1942年にフィリピンを日本に占領され、マニラを去る時にマッカーサーが言った言葉 「私は帰ってくる」・・・・・。
米軍は日本兵を掃討するため、フィリピン人の犠牲もやむを得ないとし、日本軍は、抗日ゲリラの掃討を理由にフィリピン人を犠牲に・・・・

この悲劇が、日本でどのくらい語られているのだろう・・・?(戦争をこれから勉強しようとしている自分には分からないが・・)
高校の日本史の教科書(山川出版p341)には、フィリピンについてこの様な記述がある。
「・・・その結果、日本軍は仏印・フィリピンをはじめ各地で組織的な抗日運動に直面するようになった。(注:日本の敗戦後、これらの民族解放運動は植民地の本国軍と戦って自力で独立を勝ちとり、結果的に、アジアにおける欧米の植民地支配は一掃された)」
いや、これしかない・・・。

マニラ市街戦でのマニラ市民の犠牲者10万は、原爆による広島の死者(被爆後5年間に)20万人以上、長崎の14万人以上、沖縄戦での民間人死亡者9.4万人にも匹敵する惨事である。
しかも、フィリピン市民は一方的に占領され、戦争当事国とは違う・・・・。

とかく戦争というと、『自国の犠牲』ばかりが前面に出てしまう。しかし、この番組は『事実はそれだけではない』事を指摘している。戦争の悲劇は、あまりに底が広いが、戦争体験を風化させないためにも、このような新たな切り口での指摘は重要だと思った。
また我々日本人は、韓国を筆頭に中国・アジアでの対日感情が非常に悪い原因がどこにあるのかを、(幾ら戦後世代だとはいえ)その文化を受け継いている者として、今一度自覚する必要があるかも知れない。
このドキュメンタリーを見ると、それについても「なるほどな・・・」と納得してしまう説得力がある。
まあ我が家でも、もし機会があったらマニラにも行ってみたいと思う。そしてフィリピンの人達の日本人に対する『冷たさ』も味わって来たいと思った。

(関係記事)
「太平洋戦争」を考える(1)

太平洋戦争を考える(3)~NHK「日中戦争」を見た

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2007年8月14日 (火)

映画「不都合な真実」を見た~地球温暖化を考える(1)

元米副大統領のアル・ゴアの、地球温暖化に警鐘を鳴らしたドキュメンタリー映画「不都合な真実」を見た。前に映画館に見に行く話もあったが、何となく行きそびれて、レンタルDVDで見た。

この映画は、文部科学省特選や、第79回アカデミー賞においての最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞など、話題の多い作品らしい。
まず、この様な内容のドキュメンタリーが、無料のTV番組ではなく、観客がお金を払って見に行く「映画」として、興行的に成り立っている事にビックリした。
TVのドキュメンタリー番組を良く見る自分としては、内容的には「NHK BS1」の「世界のドキュメンタリー」なんていう番組で放送されるような作品に思えた。
内容的にも、ゴア氏の「地球温暖化」に対する講演を、そのまま映画に撮ったもの。もちろん分かり易く、グラフや自分の生い立ちのエピソードなどを散りばめているが、メインはあくまでゴア氏の「地球温暖化」に対する「講演」である。

少し横に構えて、批判的に映画を見た。まず最初の、近年のCO2(二酸化炭素)の増加量と、気温上昇の関係の説明では、センセーショナルな表現に疑問を持った。何より、近年急激にCO2のグラフ線が上昇するが、肝心なグラフの「値」がない。「今までCO2は300PPMを越えたことが無いのに、これから大きく越える・・・」と解説していたが、増えるという具体的な値を示さず、単にグラス線の上昇だけを強調している手法は好かない。まあ演出なのだろうが・・・(ちなみに、地球の大気組成は、窒素78%、酸素21%、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.032%、(水蒸気1~2.8%))

気温上昇の予測でも、現在の地球の平均気温14℃が2.5℃上がったとすると、北極では6.5℃上がる。・・・そして、今も氷が溶けているグリーンランドの全体が崩れるか、グリーンランドの半分と西南極が半分ずつ崩壊すればこうなる・・・。と世界地図で水没する地域をセンセーショナルに表示していたが、どうもこの手法も好かない。
何m海面が上昇すればどうなるかは、誰でも幾らでも分かる。よって、何をもって温度が何度上がるので、そうなると水面が何m上昇し、地図で示せばこうなる・・・。と、それらの関係がもう少し分かる説明が欲しかった。

しかし各地の氷河が溶けて後退していることは事実だし、「CO2の年回排出量のほぼ30%は森焼き(焼き畑農業)によるものだ」という事実にはビックリ。
特に焼き畑農業は、地図でアフリカの赤道の南部・北部、マダガスカル、ミャンマー、オーストラリア北部、および中米に集中している。これを食い止めるだけでもCO2の排出量は大分違う・・・。これが大きいのが分かっているので、何とか手はないのか・・・?(実際には、衛星写真で場所を突き止めて違法を摘発しているとも聞くが、取り締まりが追い付いていないらしい)

そして面白かったのが、車の燃費。EUは2010年には日本の基準に追い付き、その後日本を抜くという。07年でグラフを見ると、日本の47、中国の35に対して米国は24のレベル(単位不詳)。だから米国車は中国でも売れない。全ては政治のせい。車の業界が圧力を掛けるから。しかし、それが原因で米国車は成功していない。・・・・

・・・とまあ色々あるが、少なくともゴア氏が“何とか世界に地球温暖化への警鐘を・・・”という願いは伝わってくる。
しかしゴア氏の地球温暖化への信念が、1000回を越えるという世界中での講演も含めて、ここまで見える形に出来るのは、元副大統領だったから? それとも2000年の大統領選で、あわや大統領当選・・という所まで行ったから?

ともあれ、もし今の米国大統領がゴア氏だったら、現在の米国のイラク戦争も様相が変わっていたかも知れないし、環境問題も大いに変わっていたかも知れない。
そして、ゴア氏が指摘しているように「全ては政治」というもの事実。ゴア氏はその政治を動かすべく、世界中の世論に喚起すべく飛び回っている・・・。
せめてもの救いは、その呼び掛けにこの様に金を払って映画を見に行く人達がたくさんいる事・・・。
柏崎原発が止まって日本は現在ピンチではあるが、まあこれを機に、我々は少しでも分別回収に協力しようではないか・・・。チリも積もれば・・・・
(でも大量消費国の米国で、日本のような分別回収をするとは、到底思えないな~)

(関係記事)
地球温暖化を考える(2)~その基礎知識

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2007年8月13日 (月)

「日展100年」に行った

今日、乃木坂の「国立新美術館」でやっている「日展100年」に行ってきた。

前から前売り券を買っておいた「日展100年」。「国立新美術館」に初めて行った。地下鉄乃木坂駅を降りると目の前。平日のせいか、それほど混んでいなかった。六本木ヒルズとのシャトルバスの所は、少し列んでいたかな?
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入り口で、500円の音声ガイドを借りて回る。見たことのある絵、聞いたことのある画家・・・。全部で111作品。絵画、彫刻、工芸そして書。でもチャンと見たのはやはり絵画。
一回りで小一時間。

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気になった作品を挙げると、まず飯塚琅*斉 花籃「富貴」。 これは新しく、昭和21年作で第1回日展とあった。この竹細工は、大変に緻密な工芸作品。人間がここまで出来るのかと自分一人、長い間、じっと見つめてしまった。(という事は、自分以外に、あまり眺めている人は居なかったということ・・・。~カミさんも見なかったと言う)

次に良かったのが、石橋和訓「美人読詩」。明治39年の作という。この作品は、前に写真で何度か見たことがある。文展には、はるばる留学中のイギリスから出品され、モデルはイギリスの女優だという。しかし、この女性の気品は、何とも素晴らしい。まさに、手の届かないマドンナ?

そして、村上華岳「二月乃頃」。 明治44年の作という。広々とした田舎の景色に、心が休まるな~・・・。手前の荷馬車が、何となく変化を与えている。

113 分からなかったのが、福田平八郎「雨」。 雨の状況を、屋根瓦の表情で伝えているという。皆が感心して見ていたが、自分には良く分からなかった。

最後に迫力があったのが、杉山寧「穹(きゅう)」。 これは1964年の作品だが、大きなカンバスで大変に迫力があった。

Nittenn100_2 このような展覧会に行くと、決まって自分にフィットする(好きな)作品と、何も感じない作品がある。これは仕方がないが、日展時代の作品は、殆ど素通りだった。ハッキリ言って昔の作品の方が良い。(これはクラシック音楽も同じ。現代音楽よりもベートーヴェンの時代の方が・・・)
そして、モデルは殆ど全てが女性だ。たまに男性がいたとしても老人・・・。芸術の世界では、男性はあまり魅力がないようだ。確かに、シロウトの自分が見ても、女性の方が良いのだが・・・

この展覧会。カミさんは50点という。自分は70点だな・・・。理由は特にない。
「書」と「工芸」は良く分からないので、殆ど素通り。特に「書」は、正直言って分からない。

このテの展覧会の絵画は、大作以外は殆どが額にガラスがはめ込んである。よって前面のガラスが鏡のように反射して作品が良く見えない。確かに作品の保護のためには仕方がないのだろうが、非常に迷惑だ。
大きなカンバスの作品では前面ガラスが無く、その代わりに人が近付けないように柵がある。
柵があっても良いので、また作品に近づけなくても良いので、前面ガラスは何とかして欲しいものだ。せっかくの作品のニュアンス(筆タッチ)が分からなってしまう。

帰りはカミさんに付き合って、新宿駅南口前の「新宿みやざき館」という所で、ランチを食べた。あの有名な宮崎県知事がPRをする東京の拠点が、どうもここらしい。午後2時だというのに、結構混んでいた。カミさんは、名物だという「冷や汁」(550円)を食ったが、自分はカレーを食った。味はまあまあ。
隣に広島館があったが、こちらは空いていた。とにかく暑い新宿ではあった。
お疲れさま・・・・・・
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2007年8月12日 (日)

我が家の「ゆかた」騒動

昨夕、我が家で30年ぶりにカミさんが浴衣(ゆかた)を着た。つまらない話だが、その“浴衣騒動”の顛末である。

世の中では「浴衣(ゆかた)」が流行っているらしい。先日、立川の昭和記念公園に花火見物に行った際も、若い女の子だけでなく、カップルで浴衣姿・・・というのが多く、ビックリ。でも浴衣が慣れないらしく、着崩れには困っていたようだが・・・

ウチでもカミさんが、ヒマになったせいか?浴衣に興味を持ったらしく、ユニクロで3990円の浴衣ワンセットを大分前に買ってきた。そして一人では着られない・・・という事で、盆休みに入った昨夕、自分も手伝って着てみた、という訳。
今では、浴衣も帯もみんなワンセットで安く売っているので、若い人も手軽に手が出せるようになったらしい。
帯の締め方はさすがにチラシを見ながらやったが、まあそんなに難しくない。ゆかたセットに着る手順が書いてあるので便利。自分がチラシを読み上げながら指導し?、その通りに着て行く。

P10005482 出来上がったところで「意外と似合うじゃないか・・」という事になって、写真を・・・・。それに、せっかく着たのだから、ちょうど届け物があった近所のお婆さんの所へそのまま・・・、とカミさんが出掛けていった。(ここまでは通常の出来事・・・。そしてこれからがドラマ!)
カミさんが帰ってきて言うには、お婆さんが、一応は「似合っている」と誉めてくれたが、何だか目つきが“凍った”らしい・・・・・。
帰ってからカミさんが「チョット間違ったらしいよ・・・」。でもお婆さんのあの様子から、ただ事ではない程のトンマ。どうしようか・・・・。気が付きましたと連絡した方が良いのかな・・・?(実は女性は右前に着るのが当然。それが、何と左前に着てしまったのだ。タブー破り・・・)
・・・と、しばらくしてそのお婆さんから電話が掛かってきた。でもその事は言い出さない・・・。それでカミさんが「ちょっと間違ったみたい・・・」と言い出したら、「気が付いた?」と言って、色々と話してくれたという。
お婆さんも、「何かちゃう!」と自分で着てみたり、写真を見たりして確認をしてくれたらしい・・・。でも何故か言い出せなくて・・・。でも、そのまま人に会ったらまずいので、意を決して電話をしてくれたという。(有り難い事だ)

しかし、何とも人騒がせな事をしてしまった・・・。
その後、例によってカミさんと“不毛な”言い争い・・・。「あなたが右手を・・と言ったのでその通りにした。だからあなたが悪い!」「そんな事は常識だ。俺は書いてあった通りに読んだだけだ!」・・・・

近所のお婆さんに、ひょんな事から悩ましてしまった。(もしウチの、あまり考えない田舎のお袋だったら「上がんなさい。ちゃうので直してあげる」でオシマイ、だったろう)
でも、少なくても着物姿に縁がない自分は、全く気が付かなかった。これは確か。
上の“証拠写真”を見ても、そんなに変な点はありませんよね?(でもネットで見たら、逆はタブーだそうだ。やはり、大変な事をし出かしてしまったらしい・・・)

(追~益々どうでも良いこと)
・・・・・・・・(は8/13朝、削除しました)

*今朝(翌朝)、この記事がカミさんにバレた。そしてカミさんの逆鱗に触れ、直ぐに消せとの命令。“女性の左前”と同様、どうも我が家の「タブー」に触れたようで・・・
せっかくの盆休み。血を見る前に削除します。トホホ・・・・

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2007年8月11日 (土)

切ないサントラ2曲~映画「失楽園」とNHK「家族の肖像」のテーマ

サントラも立派な音楽ジャンルであるが、ここにも「名曲」が数限りなくある。今回は、「心に滲みる“切ない”サントラ」を、少し紹介してみる。

まず10年ほど前に流行った映画「失楽園」のサントラ。
この映画は、渡辺淳一の原作を、監督 森田芳光が、役所広司・黒木瞳の主演で映画化したもの。(ストーリーをここで論ずるつもりは無い! ⇒何故かというと、言うまでもなくテーマは“不倫”であり、これほど自分に縁のない言葉は無いので・・・?)
このサントラが実に素晴らしいのである。音楽は大島ミチルである。映画のエンディングに流れる狂おしい哀愁の音楽・・・。このオーボエが何とも切ない・・・。(確かに、ストーリーとはマッチしている・・・・)

<映画「失楽園」のサントラ>

同じく10年ほど前、NHKのドキュメンタリーで「NHKスペシャル 家族の肖像」(1997年)という番組があった。このテーマが、また素晴らしい。
ネットで調べると、ウォン・ウィン・ツァン(黄永燦)という英国籍で日本育ちのピアニストの作品で、「エイシアン・ドール-香港人形-」というアルバムに入っている「運命と絆」という曲だということが分かり、早速手に入れた。
ウォン・ウィン・ツァンは1949年神戸生まれで、ジャズ、ソウル、現代音楽などの演奏や、作曲、編曲なども行っているという。
このピアノも切ない・・・・。まさに、この番組のテーマである「家族の翻弄された運命・・・」を暗示しているような旋律である。

<NHK「家族の肖像」のテーマ>

これらの音楽は、まさに自分にとって生涯の「宝物」だ。これらの曲は、永遠に座右に置いておきたい音楽である。
でも最近は、「何としても手に入れたい」と思う音楽(サントラ)が無いのが寂しい・・・・

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2007年8月10日 (金)

吉永小百合が朗読する「人間をかえせ」

NHK TVで「吉永小百合 言葉で平和を紡ぎたい -思いを受け継ぐ子どもたちへ-」という番組をやっていた。(2007/8/9 PM10:00~10:50)
吉永小百合さんが、21年に亘って続けているという原爆詩の朗読会。その最初に必ず朗Img_25371 読するのが、この峠三吉の詩だという。
この番組で、吉永さんのその朗読を聞きながら、ゾッとするほどの戦慄を覚えた。吉永さんの優しい人柄(顔)からは信じられないような「凄み」のある言葉・声だ。特に後半の英語での朗読を、米国を思い浮かべながら聞くと、そこには『二度と許さない』という吉永さんの固い信念が滲み出ているような・・・・

すこし聞いてみよう。07年8月9日PM10時からNHKで放送されたものの一部である。

「にんげんをかえせ」    峠三吉

       『序』
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ

Give me back my father
Give me back my mother
Give me back my grandparents
Give me back my children

Give me back myself
Give me back my people

As long as men live in this world
Immutable peace
Bring back peace

Img_25102 そして、ナレーターを聞くと、吉永さんの原爆、戦争への祈りが良く分かる。(写真はクリックで拡大)

「吉永さんはこれまで公民館や学校の体育館など、どんな小さな集まりでも足を運び、原爆詩の朗読で平和の尊さを訴えてきました。次の世代を担う子供達へ、その想いを伝えたいと、語り続けてきました。かつて吉永さんの朗読を聞いた子供達は大人になり、それぞれの道を歩み始めています。そして吉永さんの想いを、また次の世代へ語り継ごうとしています。原爆の恐ろしさを体験した人から話を聞こうとする若者は、平和の願いを伝えることを誓いました。・・・・
言葉で平和を紡ぎたい。この想いを受け継ぐ子供達へ未来を託し、朗読に賭ける吉永小百合さんの姿を描きます。
・・・・・・・
吉永さんが朗読会で必ず最初に読むのは、広島で被爆した詩人 峠三吉の代表作『序』。わずか8行の詩に、怒りや強く生きる意志が込められています。外国人にも分かって欲しいという思いで、英語でも朗読することにしました」

この番組のキーワードは「戦争の恐ろしさを、子供達に受け継ぐ」という事。
先日見た映画「ひめゆり」でも、戦後62年を経て80歳を超えようとしている「ひめゆり学徒隊」の生存者の人達が、自分たちの体験を後世に伝えねば・・・、という重たい思いから、悲惨な過去を語り伝えていた。
この番組を見て、今更ながら「後世に伝える」「子供達に未来を託す」という事が、何よりも大切だという事を認識した。

終戦の8月15日も近い。我々は今一度、二度と戦争という過ちを起こさない為に、自分達の行動を再確認してみる必要があるかも知れない。
(我々団塊の世代は戦争を知らない。だから子供達にも、必ずしも戦争を語っては来なかった。そして今から語ろうにも、既に三十路近い我が息子どもは当然聞く耳を持たないだろうし・・・。我が教育は欠陥だったかも・・・・?)

(関係記事)
峠三吉「人間をかえせ」のレコードを聴いた」 
沖縄戦の映画「ひめゆり」を見た

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2007年8月 9日 (木)

60年代のポップス「コーヒー・ルンバ」と「カレンダー・ガール」

中学校の時だったか、ラジオから流れるポピュラー音楽をよく聞いた。今では、ポップス系の音楽は全く聴かないが(息子が専門だ)、子供の時には聞いていたわけだ。
直ぐに思い出すのが、ウーゴ・ブランコ楽団のコーヒー・ルンバやニール・セダカのカレンダー・ガール。
ベストテンみたいな番組があって、いつもトップがカレンダー・ガールだったような記憶がある。懐かしい曲を少し聞いてみよう。

<ウーゴ・ブランコ楽団のコーヒー・ルンバ>



ネットで検索してみると、コーヒー・ルンバは1961年のヒットだという。45年も前か・・・
昔は西田佐知子が歌い、その後、何と井上揚水も歌ったコーヒー・ルンバだが、このウーゴ・ブランコ楽団がオリジナル(モノ録音)である。
ところで井上揚水のコーヒー・ルンバは2001年のヒットだという。40年経って“激変した”コーヒー・ルンバの姿である・・・

<井上揚水の「コーヒー・ルンバ」>

次にカレンダー・ガールを聞いてみよう。

<ニール・セダカの「カレンダー・ガール」>

意味は分からないまま、「ア・ルンバルンバルンバ・キャッレンダガール」って歌ったものだ。
当時は高校と大学の受験勉強のさなか、机を並べた3畳の小さな勉強部屋で、いつも兄貴と“いがみ合い”ながら、5球スーパーのラジオで仲良く?一緒に!聞いたっけ・・。(受験勉強が懐かしい・・!←ワケ無いよね!)

相変わらず、“懐古にひたる”還暦前のオジさんの姿ではある・・・・。

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2007年8月 8日 (水)

障害者自立支援法を考える(3)~各党の主張

悪法と名高い「障害者自立支援法」。
今回は“現実解”として、この法律が今後どのように変わって行くのかを、政治の世界から予測してみる。
つまり、「障害者自立支援法」は法律なので、当然国会の動きがどうなるかで決まる。と言う事は、各政党がどう考え、どう行動するかにかかっている。よって各党のこの法律に対するスタンスを見てみる。

先の参議院選で与党が大敗したが、「障害者自立支援法の見直しについて」という、選挙前に実施された各党へのアンケートが面白い。(選挙前なので、各党も真面目に答えなければならなかった・・・?)
それを読むと、“この法律は問題であり早晩改訂の必要がある・・・”と、各党が認識しているように感じられる。
よって、参議院が与野党逆転の状況下、もしかすると事態が好転するかもしれない・・という予感も感じさせる。

以下、「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」実行委員会が行った「障害者自立支援法の見直しについて」各党へのアンケートの結果である。

質問 Q4.<障害者自立支援法の見直しについて>(以下本文通り)
昨年、障害者自立支援法が施行されましたが、同法附則には「障害者等の範囲」「所得の確保」等、施行後3年後(21年度)の見直し規定が盛り込まれています。障害者自立支援法の評価、施行後の状況、並びに今後検討、議論がされていく自立支援法の見直しについて貴党はどのようなお考えをおもちですか。

<民主党回答>
2006 年4 月から「障害者自立支援法」が施行され、サービスの利用時の定率負担や食住費の自己負担が導入されましたが、急激に増加した負担に耐えきれず、障害者がサービス利用を中止したり、抑制したりする事態が生じています。施設を退所して一切のサービスも利用せずに自宅で過ごすような状況は、障害者の自立を阻害し、所得を得る機会さえも奪っています。障害者政策が措置から支援費制度へと転換したことにより、障害者ニーズが顕在化してきます。これまで政府が実態を把握してこなかったニーズを見極め、障害者自立支援法の抜本的な見直しが必要であると考えます。民主党は2006年の臨時国会と2007 年の通常国会に、支援サービスの定率負担(応益負担)を凍結し、応能負担とする障害者自立支援法改正案を提出しました。

(関連記事)
民主党「障害者自立支援法改正法案」と「6つの緊急提言」

<日本共産党回答>
障害者自立支援法の最大の問題は、応益負担の導入です。障害者が生きるために必要なサービスを「益」とみなして負担を課すことは、福祉の理念、憲法25 条の生存権に反します。また、応益負担は、障害が重いほど負担が重くなるという構造的な問題点をもっています。
日本共産党は、障害者自立支援法が、自立支援どころか自立阻害であるとして、法案に反対してきました。法施行後、相つぐ利用者の施設からの退所、サービスの抑制、福祉労働者の労働条件の悪化や離職、事業所の行き詰まった運営や廃業など深刻な事態がすすみ、障害者団体のみなさんの不安が現実になっています。日本共産党は障害者のみなさんの運動と結んで、応益負担の撤回と改善を求めてとりくんでいます。
法施行後1 年もたたないうちに政府・与党が関係者の運動におされて「特別対策」をとらざるをえなかったこと自体、この障害者自立支援法が大きな矛盾を抱えていることを物語っています。応益負担による国の負担の減少は五百十億円であり、国の予算からみればわずかな額です。この国の障害者福祉のあり様を根本的に見直し、生存権にたった施策に立ち返らせることが必要です。
日本共産党は、障害者の範囲や、所得保障の見直しも当然必要だと考えています。

(関連記事)
「赤旗」2007年6・7月号外

2006年6月7日(水)決算委員会「障害者自立支援法」について

<社会民主党回答>
障害者自立支援法によって、重い障害のある人ほど、重い負担がのしかかる“応益負担”が導入された。“応益負担“は障害者の生活権を侵害するものであり。福祉の理念、憲法25条の理念に反している。凍結して抜本的に見直すべきである。
障害者の就労支援と所得保障の充実、必要なサービスが自己選択できることと応能負担であること、地域の基盤整備など、まず、当事者の意見を反映させたグランドデザインをつくることから始めるべきである。

<公明党回答>
障害者自立支援法の見直し規定が施行3 年後とされております。附則にも、「障害者等の範囲」や「所得の確保」等の検討をし、反映させるように盛り込みましたが、施行され1 年が経過し、現場の状況を踏まえた議論を厚生労働省でも開始するよういっております。今は自立支援法の定着のための特別対策を講じたところでありますが、障害児への支援の確立等、今後障害者関係団体の皆様のご意見を伺い、よりよい制度への見直しへと議論を進めていきたいと思います。

<自由民主党回答>
障害者施策については、障害者サービスの利用をさらに促進するため、利用者負担の軽減や事業者への激変緩和など、1,200 億円の特別対策を実施したところです。今後は、障害者福祉施策の充実・拡充をめざしつつ、「障害者自立支援法」の円滑な運用のための制度の見直しを含め、障害のある方が安心して暮らせるよう取組みます。

引用が長くなったが、所詮法律を変えるためには“政治を動かす”しか無い。先の参議院選も然り。

話は変わるが、先日新聞を読んでいたら「参院先議」という方法があるそうだ。これは参議院で先に可決してから法案を衆議院に送る手法で、衆議院に回ってから与党に否決されても「与党が数の横暴で反対した」と有権者に訴えることができる、というもの。
先ずは「年金流用禁止法案」を秋の臨時国会に提出するらしいが、ぜひ民主党が2006年の臨時国会と2007 年の通常国会に提出したという“支援サービスの定率負担(応益負担)を凍結し、応能負担とする障害者自立支援法改正案”を、今回は「参院先議」で提出して欲しいものである。

(先の参議院選で、自分は唯一“自立支援法改定を謳った”候補に一票を投じたが、当選したこの参議院議員の活動にも目を光らせて行きたい。~とは言うものの全く自信が無い・・・。“投票したのは誰だっけ?”とカミさんに聞くほど、実は“無党派”なのである。これではイカンな・・・)
================

(関係サイト)
05年7月の厚生労働省の説明文

05年8月の各党議論

リンク集

(「障害者自立支援法」附則)
・・・
(検討)
第三条 政府は、この法律の施行後三年を目途として、この法律及び障害者等の福祉に関する他の法律の規定の施行の状況、障害児の児童福祉施設への入所に係る実施主体の在り方等を勘案し、この法律の規定について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

(本サイトでの関連記事)
家庭での障害者の率~障害者自立支援法を考える(1)

障害者自立支援法を考える(2)~その問題点と顛末

障害者自立支援法を考える(4)~いよいよ抜本見直しか?

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2007年8月 7日 (火)

障害者自立支援法を考える(2)~その問題点と顛末

悪法と名高い「障害者自立支援法」。素直に勉強する意味で、Googleで「自立支援法 問題点」と入れて検索してみた。検索結果は124万件。上から順に見て行き、その問題点を自分なりに整理してみた。

<障害者自立支援法と、その問題点>
1)障害者自立支援法は、これまでの育成医療・更生医療・精神障害者通院公費の三つの公費負担医療制度に替わる新たな制度である。

2)立法化の最大の狙いは、「財源不足を補う」こと。

3)その為に従来の「応能負担(所得状況に応じた費用徴収方式)」から「応益負担(医療費の1割の定率負担)」に変更。入院時の食費も自己負担に。その結果、施設利用者の大幅な負担増。

4)その結果、知的障害者が通う作業所の利用料も発生し(月1~3万円の負担:給食代含む)、作業所で働いて貰うお金よりも利用料の方が高くなり、“お金を払って仕事をする”という逆転現象も発生。その結果、働く意欲を無くし、利用料負担に耐えられず施設の利用を断念するケース(家への“引きこもり”に逆戻り)が続出。

5)また施設の報酬単価の切り下げにより、施設の収入は1~2割減(4.6割減という例もあり)。経営難から施設存続の危機。~職員の賃金カット、利用者へのサービスの低下。

6)利用者、施設からの悲鳴を背景に、政府は07年3月に「障害者自立支援法円滑施行特別対策」としてH20年度までに1200億円を予算計上。内容は「利用者負担の更なる軽減:H19/20年度で240億円」「事業者に対する激変緩和措置:H18年度補正予算300億円」「新法への移行等のための緊急的な経過措置H18年度補正予算660億円」。

7)3年後の見直し(H21年)に向けて、引き続き検討継続。

簡単に言うと、どうもこういう事らしい・・・(自分の勝手な解釈だが・・・)

自分が思うに、この法律で一番欠けていたのが「障害者をも、一般の競争世界に投げ込んだ」ということ。つまり、“受益者負担”という考え方を、社会的弱者の障害者に対しても、健常者と同じように一方的に押し付けたという事。
前に自分のblogでも書いた通り、“97人のラッキーな健常者が3人の障害者の面倒を見る”という考え方に立てば、この様な法律は作らなかったはずだ。(ほとんど審議されないで採決されたとも聞くので、与党自民党というより事務方である厚生労働省の良識を疑う・・・)
そもそも“障害者が受益を受ける・・・”という感覚ではなく、社会(国)全体が障害者を扶養する義務があるのだ。
従って、このように人間として、してはいけない法律を作ったから、施行後1年も経たないうちに修正が必要になったのだろう。

政府の経費削減策は結構だが、本当に削減しなければいけないものと、逆に削減してはいけないものをキチンと区別して、メリハリのある政治をして欲しいものである。

(関連記事)
家庭での障害者の率~障害者自立支援法を考える(1)

障害者自立支援法を考える(3)~各党の主張

障害者自立支援法を考える(4)~いよいよ抜本見直しか?

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2007年8月 6日 (月)

サラリーマンがゴールで貰う通信簿

今朝、電車の中で日経ビジネス(07/8/6号)を読んでいたら、「有訓無訓」というコラムで良い言葉を見つけた。東日本旅客鉄道元会長の山之内秀一郎氏の言葉である。

曰く:
「『小学校の時に一番威張っているのは腕力の強い奴。中学、高校で威張っているのは勉強が出来る奴。しかし、社会に出て威張れるかどうかは、後ろを振り向いた時に何人の人がついてきているかで決まる――』。30年ほど前に聞いた言葉ですが、至言だと思います。
・・・・・・・・
時代、状況によって求められるリーダーは変わります。人望があれば、お神輿に担がれているだけでよい時代もありました。今は自らが意思決定をし、行動するリーダーが必要な時代です。ただ、振り返った時に部下がついてきてくれる、というのは絶対条件です。それを決めるのは部下、社員で、みんなが常に『見ている』ことを忘れてはなりません。」

我々サラリーマンが定年を迎える頃、当然『勝った・負けた』の勝負は既についている。
そこで、『勝った』というのは何だろう・・・・。 どこまで役職が上がったか・・・か?
自分はどうも、そうは思えない。
では何をもって『勝った』かというと、役を離れてから周囲との関係がどうなったか・・・・。惨めな境遇にならなかったか・・? 周囲と、どれだけ今まで通りの付き合いが出来るか・・・?
そのような事がサラリーマンにとっての『勝った』という事ではないか・・・と思う。

サラリーマンが上司と付き合う場合、上司だから仕方なく付き合う、というのが普通だが、時として『人間として尊敬出来る・・』という付き合い方もある。
尊敬できない上司とは、「人間」と付き合っているのではなく「役(役職=立場)」と付き合っている。もちろん部下だけでなく、社内外の人達もそうだ。よってその役職が解かれれば、付き合う理由が無くなる訳で、付き合いはアッという間に途絶える。これは幾多の例を見てきている。
逆に上司が人間的に尊敬できる人の場合は、「人間」と付き合っているので、役が解かれようが変化が無いので、付き合いは永久に続く。この例は非常に少ない。

もちろん可もなく不可もない同僚の付き合いが多いわけだが、役(=役職の権力)で仕事をしてきた人は、役が解かれると同時に、潮が引くように周囲から人が居なくなる。これは悲惨だが、その流れを誰も止めようとしない。皆が『身から出た錆・・・』とクールに見ているからだ。多くの場合、これらの流れは必然であり意外性が無いのである。皆、そうなるであろう事を予想している。

そこで、自分の場合はどうだったのだろう・・・・
具体的に書くことはしないが(正しくは『怖くて書けないが・・・』)、振り返るに、カミさんは『長い間、自分の思い通りに(お山の大将で)仕事が出来たんだから、ラッキーなサラリーマン生活だったんじゃないの?』と評する。まあそうだったのかな・・・・

それと、普通サラリーマンは出世に関して、定番通り?に「上司が自分を見る目が無かったので、自分はここまでしか出世できなかった・・・」と周囲のせいにする。これは、言い訳として一番ラクだ。
自分もかつて同じように思うこともあった。しかしこのトシになると、当然力が抜けてきて冷静に自分を見る事が出来、「まあ自分の実力・人間性からすると、出世のスピードは実に妥当な線だったな。上司は良く自分を見抜いたな・・・」と思う今日この頃ではある。(そう言えば1年ほど前、兄弟での勝った負けたの記事を書いたっけ)

まあ上を見てもキリがないし、下を見てもキリがない。健康で、まだ現役のサラリーマンを張っている、という事実だけでも良しとしようではないか・・・
自分もとうとう『悟り』の境地に達して来たのだろうと思う。(実は単に、『悟り』と『諦め』が同義だということを最近知っただけなのだが・・・。~正確には「諦める」ことは「明らかにする」事)

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2007年8月 5日 (日)

「太平洋戦争」を考える(1)

今日(07/8/5)の午後、NHK hiでハイビジョン特集「真珠湾への道 1931-1941~ふたりの旅人がたどる激動の10年」 という、昨年8月放送した番組の再放送をやっていた。近衛文麿の子孫が、真珠湾攻撃までの道を辿る・・・・。開戦という事実の裏に、色々な人の色々なドラマがある・・・。

前に、映画「ひめゆり」を見たのをきっかけに、最近何となく「戦争」について考えるようになってきた。
それで、何の予定も無いこの盆休みを利用して、太平洋戦争について少し勉強してみようなか・・・と思い、先週末に本を買い込んできた。まず予断無く事実を知ろうと・・・・

何の本を読むと太平洋戦争の実体が理解できるのか・・・? あまり筆者の“思い”がない、中立的に事実だけを淡々と書いた本はないか・・・。実は良く分からないので、amazonで「太平洋戦争」で検索し、売れている本を順にチェックした。そうすると、どうも半藤一利という人が色々と本を書いている。手始めに半藤一利著「ドキュメント 太平洋戦争への道~昭和史の転回点はどこにあったか」という本を買ってみた。(久しぶりに東京駅前のOAZOの丸善に行ったが、本名が分かっていると各所にある端末で、本棚のどこにあるかが直ぐに分かるので便利だ)
この本は読み始めたばかりだが、ほとんどが戦争突入までの内容であり、太平洋戦争そのものは別の本が必要らしい。

一緒に、山岡荘八の「小説 太平洋戦争」というのも買ってみた。先日、憲法を勉強した?とき、ジュームス三木の「憲法はまだか」という小説が良かったので、同じように、詳細に事実を調査して書かれたというこの小説は、面白いかも知れない。
(山岡荘八といえば、20数年前に「徳川家康」全26巻を手始めに、相当に凝ったことがあった。その時は、早いときは会社から帰宅後の一晩で1冊・・・のペースで読んだものだった。その時以来だな・・・。まあ順を追って読んでいこう)

今日のNHKの再放送もそうだが、NHKは「戦後62年」として8月は集中的に戦争関連の番組を放送するようだ。TV三昧でも良いかも・・・。
フト、昔録っておいたVTRのリストを調べてみた。するとNHKスペシャル「ドキュメント 太平洋戦争」というのがあった。当然まだ見ていない。(VTRは録画する事で安心してしまい、実際には見ないのだ・・・)
それで昨夜、1992年12月6日放送の第1集「太平洋・シーレーン作戦」を見てみた。
日本の太平洋戦争は、東南アジアからの資源・物資の輸入を前提にして始めたので、米国から徹底的に海上輸送路を攻撃され、東南アジアからの資源が入らなくなった瞬間に壊滅したことを、開戦から終戦まで、その日に輸送船が何処にいたかをコンピュータで分析して海上輸送路が途絶していった状況を分かり易く伝えていた。この番組は、15年も前の作品だが、今見ても古くない。この番組は第6集まであるので、引き続き見て行こう。

まあ夏休みだ。我々は戦争の実体を知らない団塊の世代だが、(“今更”ではあるものの)先人達の負の遺産を、座学ではあるが頭に入れておくことも無駄ではあるまい。
(今日のNHKのハイビジョン特集「真珠湾への道」で、コーディネータの近衛忠大氏が、「日本では中学と高校で歴史を習うが、中学の授業はちょうど戦争の前あたりで時間切れで終わってしまう。そして高校で、また歴史の最初からやり直してまた戦争の前で終わってしまう」と言っていたが、これは確かで、教科書の最初にある石器時代は一生懸命勉強するが、近代史については意外と好い加減なのだ。それにも増して自分は“歴史大嫌い人間”だったので、世界史・日本史ともに、実は“60の手習い”なのである。もちろん受験で、歴史が必須の大学は受けなかった。そんな大学は自分から願い下げた。エッヘン!~話がズレてきたのでそろそろジ・エンド・・・)

(関係記事)
太平洋戦争を考える(2)~マニラ市街戦での殺戮

太平洋戦争を考える(3)~NHK「日中戦争」を見た

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2007年8月 4日 (土)

工場直売の「カステラ」と「煎餅」

今日は、ジョイフル本田の瑞穂店に行く途中で、カミさん行きつけの武蔵村山にある「文明堂壱番舘」と、自分も昔から“歌舞伎揚せんべい”でお世話になっている「天乃屋」の両工場直売店に行った。なかなか面白かったので書いてみる。(しかし今日は暑かった。38℃?)

文明堂壱番舘」は、旧日産村山工場跡地に出来た「ダイヤモンドシティ・ミュー」の前(と言っても西側)にある。(武蔵村山市伊奈平2-19-1)
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行ったときは「釜出しカステラ」販売中とかで、たくさんの人が居た。ちょっとつまんだが、まだ出来たてで暖かいカステラだった。
工場で余ったカステラの切り端などが、二流品として売っていた。店で売っているものは、桐の箱に入った高級カステラから駄菓子まで、種類が多い。文明堂はカステラだけと思っていたが、相当色々なものを作っているようだ。

店の中は、右半分が文明堂壱番館で、左半分が洋菓子店の「ラ・ミルティーユ」になっている。ショーウィンドウの中に、あまりにカラフルなケーキが列んでいたので、店の人に言って写真を撮らせて貰った。
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店の奥には、コーヒーコーナーがあって、ケーキとコーヒーで500円と書いてあった。
駐車所も広く、品がある店で気に入った。

店を出ると、カミさんが店の右角を曲がって裏の方に行く。付いていくと「天乃屋」とある。直ぐ隣(裏)に今度は煎餅屋の直販店があった。
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ここで売っているのは、お馴染みの煎餅の数々。気に入ったのは、店の隅に無料お茶コーナーがあった事。カステラの試食でお茶が欲しかったので少々貰った。コーヒーもあった。煎餅とコーヒーは合わないだろうが・・・

ともあれ、さすがに会社が出している直売店。それなりの品格があり、珍しいものも列んでいたので面白かった。
カミさんが、先日初めてダイアモンドシティに行ったときに、前を通って見つけた店だが、それ以来はまっているようだ。
しかし最近、カミさんの車での行動範囲が、三多摩を大きく逸脱しているようで、心配だ。(何が・・?資金が?それとも高騰中のガソリン代??)

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2007年8月 3日 (金)

ラテンの名曲(マラゲーニャ)

昔あった「ラテン」というジャンルの音楽は、今は無いのであろうか・・・
ラテンの楽団には、スタンリー・ブラックやエドモンド・ロス、そしてザビア・クガート楽団・ペレス・プラード楽団なんていうのもあった。
あの華やかなラテンの音楽を、最新のデジタルで聞き直したいな、と思ってネットで検索していたら、昔LPで良く聞いたスタンリー・ブラック楽団の「情熱のスペイン」が入ったCDがオークションであったので、つい注文してしまった。そして、早速今日届いた。新品が、送料込みで2千円であった。

Img_12601 LPを持っていたので(写真)、前にMP3にしようと思って再生してみたが、盤が荒れていて音が汚く、諦めた。LPを改めて見ると、1963年発売の定価2000円とある。40年経ってCDが同じ値段で入手できたとは・・・・
当時、“ステレオ”の音が珍しく、この盤も「phase4stereo 超ステレオ」と銘打っていた。LPのジャケットを見ると、楽器毎に入ってくる20チャンネルのマイクの音を、デッカの最新調整卓で2CHステレオにした、とある。
今、改めてCDで原音を聞いてみるが、音が汚い。音をいじくり回したため、素直さが抜けて“うるさい音”に聞こえる。あの当時、世の中「これがステレオだ」を意識していたが、この音はその冴えたるものだ。
少し聞いてみよう。「All-Time Top Tangos/Spain」という英国盤のCDからスタンリー・ブラック楽団の「マラゲーニャ」である。(スペインの曲もラテンかな? )

<スタンリー・ブラック楽団「マラゲーニャ」>

ところで、還暦とは一回り回って元に戻るのだそうだ。
自分も昔聞いた曲を懐かしがって、時間を戻している。クラシックも今の指揮者ではしっくり来ない・・・・。
まあ還暦も近いので、それも良しとしようか・・・・。

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2007年8月 2日 (木)

06年のシェア(市場占有率)

今日(07/8/2)の日経産業新聞に、恒例のシェア(市場占有率)の記事が載っていた。実は毎年この記事が楽しみだ。自分で思い込んでいるイメージと現実との“乖離”の意外さ・・・。
言うまでも無くビジネスの世界では、各社はこの「シェア」という“化け物“を相手に日夜戦っている。いわゆる会社の成績表がこのシェアなのである。主だったところを拾ってみる。(出典:07/8/2日経産業新聞P18~P21)

<家電>
・液晶TV①シャープ43.9%②ソニー18.0%③松下17.0%④東芝8.5%
・プラズマTV①松下66.5%②日立28.5%③パイオニア5.0%
・DVDレコーダ①松下28.0%②シャープ20.1%③ソニー18.0%④東芝17.5%
・ビデオカメラ①ソニー31.8%②ビクター21.3%③松下21.2%④キャノン12.9%⑤日立11.2%
・携帯音楽プレヤー①アップル49.4%②ソニー20.7%③松下8.6%
・洗濯機①東芝22.8%②松下20.5%③日立19.2%④シャープ15.5%
・冷蔵庫①松下23.9%②シャープ17.5%③三菱16.5%④東芝15.5%
・エアコン①松下20.8%②ダイキン18.6%③三菱14.1%④東芝12.8%④三洋10.0%

まあそんなもんだろうなと思う。しかし携帯音楽プレヤーのアップルは、7割位行っているかと思っていたが、日本での5割は少ない・・・。
しかし“世界シェア”となると順位が大きく変わる。
*液晶TV①ソニー16.2%②サムスン15.1%③シャープ11.5④フィリップス10.8%
*プラズマTV①松下29.5%②LG電子(韓)15.85%③サムスン(韓)14.1%
*DVDレコーダ①松下19.0%②東芝13.2%③ソニー12.0%④サムスン(韓)8.1%

日本でダントツのシャープの液晶TVが、世界市場では苦戦している。プラズマは、日本でも世界でも松下。さすがは松下だ。
DVDレコーダは、世界市場では東芝が健闘している。

<パソコン・通信関係>
・パソコン①NEC20.1%②富士通17.5%③デル14.2%④東芝9.9%
・インクジェットプリンター①エプソン41.5%②キャノン39.5%③日本HP8.8%
・デジカメ①キャノン21.8%②松下15.1%③富士14.8%④カシオ13.7%⑤ソニー13.6%
・メモリーカード①松下23.1%②ソニー13.0%③ハギワラ12.7%④バッファロー10.6%
・携帯電話①ドコモ54.4%②au 29.1%③ソフトバンク16.4%
・携帯電話端末①シャープ19.6%②パナソニック13.2%③NEC13.2%④東芝10.8%
・プロバイダー①Yahoo!BB20.0%②OCN18.0%③ぷらら7.1%④DION6.7%⑤nifty6.2%⑤BIGLOB6.2%

・ADSL①ソフトバンクBB36.8%②NTT東19.9%③西18.1%④イー・アクセス13.7%
・家庭用ゲーム機①任天堂71.3%②ソニー27.2%③マイクロソフト1.4%
・家庭用ゲームソフト①任天堂33.9%②スクウェア10.4%③バンダイナムコゲームス10.4%④ポケモン7.8%⑤コナミ6.3%
・動画共有サイト①米ユーチューブ47.2%②USEN 24.2%③ヤフー13.3%
・ポータル・検索サイト①ヤフー72.8%②グーグル5.2%③MSN4.8%④インフォシーク3.3%
(国内ポータル・検索サイトの閲覧数(家庭からネット利用のみ)3570億3840万PV 出所:閲覧数測定はネットレイティングス、サイト選定は日経)

ここでビックリしたのは、ゲーム機である。任天堂が7割とは・・・。ソニーのゲーム機トップが更迭されるはずだ・・・。
そして検索サイトのヤフーの7割にもビックリ。自分は、検索サイトはグーグル専門なので、それが5%とは少ない・・・。(多分これはポータルへのアクセス数なのだろう。検索の7割がヤフーというのは解せない。Googleがもっと多いはずなので・・・)

そしてまた、世界シェアになると事態は変わる。
*パソコン①デル(米)17.1%②HP(米)17.0%③レノボ(中)7.3%④エイサー(台)5.9%⑤東芝4.0%
*インクジェットプリンター①HP(米)45.6%②キャノン16.2%③エプソン16.2%
*デジカメ①キャノン21.5%②ソニー17.3%③コダック(米)10.7%④オリンパス9.3%

毎年のことだが、パソコンの世界市場では、ノートの東芝が日本の他社を圧倒する。

<その他>
・乗用車①トヨタ47.6%②日産17.2%③ホンダ13.2%④マツダ5.6%⑤富士重3.0%
・軽自動車①スズキ30.2%②ダイハツ29.7%③ホンダ14.1%④三菱9.1%
・輸入乗用車①WV21.0%②ベンツ19.1%③BMW18.9%④アウディ5.6%⑤BMWミニ5.1%
・普通トラック①日野30.5%②いすゞ29.4%③三菱ふそう23.3%④日産ディーゼル16.7%
・二輪車①ホンダ46.3%②スズキ21.6%③ヤマハ21.2%④川崎2.9%⑤ハーレー1.8%
・カーナビ①パイオニア28.3%②松下27.9%③三洋13.0%④富士通テン12.7%
・タイヤ①ブリヂストン47.6%②住友ゴム22.9%③横浜ゴム15.9%④東洋ゴム12.1%
・腕時計(ムーブメント含)①シチズン53.1%②セイコー40.1%③リコー1.3%④カシオ0.7%⑤オリエント0.1%
・出版①リクルート17.0%②ベネッセ8.9%③小学館5.1%④講談社5.1%⑤集英社4.7%
・音楽ソフト①ソニーミュージック14.4%②ユニバーサル14.1%③エイベックス13.5%④東芝EMI9.7%⑤ワーナー8.0%
・映画①東宝29.0%②ブエナビスタ12.6%③ワーナー11.8%④ソニー7.2%⑤松竹6.9%
・ビール①アサヒ37.8%②キリン37.6%③サッポロ12.9%④サントリー10.8%
・清涼飲料①コカコーラ30.0%②サントリー19.1%③キリンビバレッジ11.0%④伊藤園8.8%⑤アサヒ飲料7.2%
・即席めん①日清39.9%②東洋水産20.0%③サンヨー11.9%④明星11.3%⑤エースコック7.4%
・海外旅行①JTB 35.3%②HIS 10.9%③阪急9.3%④近畿ツー6.9%⑤日本旅行6.4%
・国内航空①全日空47.6%②JAL44.7%③スカイマーク3.0%④北海道国際2.0%⑤スカイネット1.3%
・クレジットカード①三井住友カード11.7%②JCB 11.7%③UFJニコス10.1%④セゾン8.8%
・宅配便①ヤマト36.6%②佐川急便32.4%③日通10.7%④郵政公社8.4%
・マンション①大京4.1%②三井3.8%③穴吹3.7%④大和ハウス3.0%⑤住友不動産2.5%
・戸建て住宅①積水ハウス4.2%②大和ハウス2.3%③積水化学2.2%③旭化成2.2%③ミサワホーム2.2%
・化粧品①資生堂26.0%②カネボウ15.5%③コーセー10.0%④花王7.0%④ポーラ7.0%
・台所用洗剤①P&G35.0%②花王34.0%③ライオン21.0%
・婦人服①オンワード梶山3.0%②ワールド2.8%③イトキン1.8%④サンエー・インターナショナル1.6%⑤山陽商会1.5%
・婦人下着①ワコール26.4%②トリンプ・インターナショナル12.3%③シャルレ4.2%④グンゼ4.2%⑤セシール3.2%
・人材派遣①スタッフサービス9.2%②パソナ6.6%③テンプスタッフ6.5%④アデコ5.9%⑤リクルート5.8%

ここで面白いのがビール。かつて常勝だったキリンが「スーパードライ」でアサヒに破れたが、今再逆転をしようとしている。

これらを、世界シェアで見ると、
*自動車①GM 13.3%②トヨタ12.7%③フォード9.6%④フォルクスワーゲン8.4%
は新聞でも話題が多い。しかしトヨタはすごい。この強さは日本の誇りだな。

そしてクレジットカードの世界シェアが面白い。
*クレジットカード①VISA 60.3%②マスター27.3%③アメリカンエキスプレス10.7%④JCB 1.2%
我が日本のJCBも世界に出ると見る影も無い。海外旅行では、VISAかマスターでないと通じないことが良く分かる。

ビジネス世界では、シェアの争奪戦でサラリーマンはクタクタ・・・。これは仕方が無い事である。
だからせめてサラリーマンからのリタイア(定年)後は、その様なシェアの争奪戦からは離れて、静かな生活をしたいもの。
心の平穏を求めて仏教の世界を勉強するのも、そのひとつ・・・・

ちなみに宗教の世界シェア(人口比)は、
・世界宗教①キリスト教33.1%(カトリック17.3%、プロテスタント5.8%、東方正教会3.4%)②イスラム教20.3%(スンニ派17.0%、シーア派2.8%)③ヒンズー教13.3%④儒教・道教・中国の民間宗教6.3%⑤仏教5.9%(大乗仏教3.3%、上座部仏教2.2%、チベット仏教0.4%)・・・・
だそうだ。(「世界の三大宗教」より)

“平穏”を求める宗教の世界も、長い歴史の中ではシェア争いをしてきた事実があることは、何とも皮肉な事ではある。(でも、仏教の世界では聞かないけどね・・・)

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2007年8月 1日 (水)

NHKが08年に「ネット有料配信事業」に参入??

日経ビジネスを読んでいたら、NHKが「ネット有料配信事業」、つまりビデオ・オン・デマンド事業に参入するという記事が載っていた。(日経ビジネス 07/7/30号 P8)

それによると、1950年のNHK創設以来与えられてきた任務、つまり「放送市場を開拓する」という任務が、総務省によって「ほぼ完了した」と判断され、それに代わる「インターネットの映像配信事業を本格的に立ち上げる」というミッションが新たに与えられるという。どうもチャンネル削減の代わりらしい。
現在は放送法で禁じられているNHKのインターネット事業だが、今秋の臨時国会でこの規程の改定を目指すという。
また、NHKのネット配信の部門は、競争原理を重視した独立採算とし、受信料収入は充てないで、「1番組当たり数百円」という課金モデルでビジネスを展開させるという。
08年に始めるネット有料配信のイメージは、「1週間以内に放送された番組で見逃した番組」と「過去50年以上にわたり放送してきた約60万本の番組のうち、懐かしの番組(当初約1000本)」を提供する。施設は、既にその事を見越して建設したNHKアーカイブス(川口)を利用するらしい。

先日、この施設に行ってみたが、言われてみると“なるほど”と頷く。単にVTRテープの保管庫にしては立派過ぎた。

一方、民放は「有料のネット配信が大きなビジネスになるという気はしない。NHKさん、どうぞやったらどうですか」(7/19 日本民放連の広瀬会長)との見解という。
何故かというと、2001年に総務省がNHKに対してどこまでネット事業参入を容認するかを検討していた時、この規制緩和にこの民放連が大反対して潰した。そして民放各社が番組のネット配信を試みたがことごとく失敗したので、このような展開になったらしい。
もうひとつ、総務省はNHKを使って「通信と放送の融合」を進めようとする目論見もあるらしい。

さて、この動きをどう見るか?自分は大賛成派である。
NHKアーカイブス川口や愛宕の放送会館で見ることが出来た昔の番組を、自分のパソコンで自由に見ることが出来るのであれば、有料で結構だ。

ネットで検索してみると、どうもこの話題は06年5月にもあがっていたらしい。その時は、NHKアーカイブスで公開されているのが全55万本中5700本。少ない理由は権利処理。だから時間が経つと、どんどん提供番組が増える・・・という構造には、なっていないらしい。
また視聴の方法は、いったんPCにダウンロードしてから視聴し、一定期間経つと自動的に消去される仕組みらしい。また同様のサービスを英国BBCがこの7月27日から開始したとの事。

しかし肝心なのは、有料に耐えられるだけの番組内容か・・と、それに見合う料金体系か・・・である。それと、何より重要なのが、どれだけの数の番組を提供できるか・・・。これが少なければ、一度はアクセスしても、ナーンだと、二度とアクセスしなくなる。
よって、一番難物の権利関係がどう整理されて、どれだけの数の番組が提供されるのか・・。
素直に考えると、これは大変に困難と見る。NHKがそれに耐えて提供番組が増えるかどうか・・・。それには誰かがblogに書いていたが、NHKの番組を政府が全部買い取り、権利処理が不要になる立法を行う・・・といった、奇想天外の方法を採らない限り実現は非常に難しいように感じる。(それでもなお、NHKの今後に期待したいが・・・)

コストについても、現代は映画のDVDは、ネットでリクエストすると2~3日後には自宅のポストに届けられ、返却は近くの郵便ポストに投函するだけの時代。しかも料金は480円(~180円)。

しかし前向きに捉えると、もし番組ストックが充実して定額制などが出来、昔の番組が自由に見られるようになると、原理的に日本の“録画文化”は崩壊する訳で?(録画しておく必要が無くなる?)、これは大変な“文化大革命”になる? (もっとも、民放も同じように出来る・・・という前提だが・・)

なぜこれだけ自分が期待するかというと、NHKの番組は、受信料を営々と払い続けてきた国民の財産・文化であり、著作権者が全てを差配するべき物ではないと思うからである。だから国民の利便性を最優先に考え、前向きの動きを期待しつつ、今後も見守っていきたい。
(もっとも先日の参議院選挙で世の中が大きく変化したので、秋の法案改訂も、どうなるか分からない・・・??)

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