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2007年8月15日 (水)

太平洋戦争を考える(2)~マニラ市街戦での殺戮

NHKhiで「ハイビジョン特集  証言記録 マニラ市街戦 ~死者12万 焦土への1か月~」という8/5に放送された番組(の録画)を見た(再:[BS1]9/1(土) 後1:10-3:00)

今日は、62年目の戦争記念日である。(と同時に親父の11年目の命日だな~・・・⇒本件と関係ないが・・・)
それで、NHKから色々な戦争特集番組が放送されているが、1945年2月3日から3月3日の太平洋戦争最大のマニラ市街戦。この証言ドキュメンタリーは、なかなか見応えがあった。
内容のあまりの悲惨さに、途中で見るのを止めたが、思い直してさっき(今夜)最後まで見た。

先に、沖縄戦争の映画「ひめゆり」を見たが、同じ手法で、当時の人の証言から、マニラ市街戦の惨劇を振り返っている。
そこには、一般市民が戦争に巻き込まれ、10万人もの犠牲者を出した過程が生々しく再現されており、自分としても、かなりのショックを受けながら見た。

番組のナレータにより、印象に残った場面を綴ってみる。
最初のナレータ。
これは戦前アメリカの統治下の、フィリピン マニラの映像です。人口は100万。そこには美しい町並みがあり、東南アジアでも指折りの豊かさがありました。・・・
そのマニラが戦場となりました。1945年市民が暮らす町中で、日本とアメリカが熾烈な戦闘を重ねたマニラ市街戦です。わずか1ヶ月で破壊されたマニラの町並み。死者12万人。そのうち10万人はマニラの市民でした。なぜマニラは戦場となってしまったのか。なぜこれほどまでの市民を犠牲にすることになってしまったのか、あの時、マニラで戦った日本・アメリカの元兵士、そしてマニラの市民38人の証言によって記録します。・・・

・・・・(火炎放射器で火達磨になって転げ回る人・・・・・)・・・

1945年2月17日。フィリピン総合病院が米軍により制圧され、飢餓にあえいでいた7000人が救出されました。しかし降伏する兵士は少なく、日本兵達は地下室に逃げ込み、籠城を続けます。こうした日本兵に対して、アメリカは火炎放射器を使います。フィリピン総合病院から救出されたリカルド・ザルコさんはその有り様を目撃していました。
「あんな武器は使っちゃいけない。日本兵の体は油で揚げられたみたいになりました。それでも日本兵は転がりながら米兵を撃っていました。日本兵は死の間際まで戦っていました

・・・・・・・・・
日本軍の掃討のために無差別攻撃をする米軍。
ゲリラ掃討の名の下の日本軍による殺戮。
それぞれの軍に味方した、フィリピン人通しの殺し合い。
・・・・・・・

フォートサンチャゴに作られた地下壕。ここからはフィリピン人男性およそ600人の遺体が発見されました。
2月24日、イントラムロスで発見されアメリカ軍に押収された、日本軍の大隊の命令書(マニラ海軍防衛隊大隊至急命令)。『フィリピン人を殺すのは極力一カ所に纏め、弾薬と労力を消費せず処分せよ』・・・

そして死者、
日本軍      16,555人
米軍        1,010人
フィリピン人  100,000人(米軍公刊先史より)

(最後のナレータ)
ビューティフルダウンタウンと呼ばれた美しい町マニラ。そのマニラで普通の生活を営んでいた市民達、日本とアメリカ、大国どうしが戦ったマニラ市街戦。その戦場とされたマニラを逃げまどい、亡くなった市民の姿です。なぜ10万もの市民が犠牲にならなければならなかったのか・・・・」

1942年にフィリピンを日本に占領され、マニラを去る時にマッカーサーが言った言葉 「私は帰ってくる」・・・・・。
米軍は日本兵を掃討するため、フィリピン人の犠牲もやむを得ないとし、日本軍は、抗日ゲリラの掃討を理由にフィリピン人を犠牲に・・・・

この悲劇が、日本でどのくらい語られているのだろう・・・?(戦争をこれから勉強しようとしている自分には分からないが・・)
高校の日本史の教科書(山川出版p341)には、フィリピンについてこの様な記述がある。
「・・・その結果、日本軍は仏印・フィリピンをはじめ各地で組織的な抗日運動に直面するようになった。(注:日本の敗戦後、これらの民族解放運動は植民地の本国軍と戦って自力で独立を勝ちとり、結果的に、アジアにおける欧米の植民地支配は一掃された)」
いや、これしかない・・・。

マニラ市街戦でのマニラ市民の犠牲者10万は、原爆による広島の死者(被爆後5年間に)20万人以上、長崎の14万人以上、沖縄戦での民間人死亡者9.4万人にも匹敵する惨事である。
しかも、フィリピン市民は一方的に占領され、戦争当事国とは違う・・・・。

とかく戦争というと、『自国の犠牲』ばかりが前面に出てしまう。しかし、この番組は『事実はそれだけではない』事を指摘している。戦争の悲劇は、あまりに底が広いが、戦争体験を風化させないためにも、このような新たな切り口での指摘は重要だと思った。
また我々日本人は、韓国を筆頭に中国・アジアでの対日感情が非常に悪い原因がどこにあるのかを、(幾ら戦後世代だとはいえ)その文化を受け継いている者として、今一度自覚する必要があるかも知れない。
このドキュメンタリーを見ると、それについても「なるほどな・・・」と納得してしまう説得力がある。
まあ我が家でも、もし機会があったらマニラにも行ってみたいと思う。そしてフィリピンの人達の日本人に対する『冷たさ』も味わって来たいと思った。

(関係記事)
「太平洋戦争」を考える(1)

太平洋戦争を考える(3)~NHK「日中戦争」を見た


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コメント

マニラは、私が最初に訪れた外国の町でした。日本軍蛮行の跡も保存されていましたが、人々の親しさに救われました。海洋性の明るい国民性なのかもしれません。

投稿: 志村建世 | 2007年8月16日 (木) 16:38

フィリピンには毎年のように遊びに行く40代後半の女性です。アメリカ留学中(1980年~82年)にフィリピン人の親友ができて彼女の家を訪ねたのが最初の訪問(1983年)でした。ホスピタリティあふれるフィリピン人の家族のパーティに招かれて、最初に聞かされたことは、私の親友の親戚から、親友のお爺さんは「日本兵にひどい目」にあったということ。親友からは一言もそのことは聞かされていなかったので、本当にビックリしました。2年ほど前にも、別のフィリピン人の友人に子供が生まれて、GOD MOTHERになりました。「日本人の私がなってもいいのかなぁ?」と不安に感じましたが、暖かく迎えてくれました。
個人レベルの付き合いでは、フィリピン人はカトリックの信仰厚く、とても思いやりがあるやさしい人達です。しかし戦後60年以上たってもなお、まだ戦争中の日本人の蛮行に対して「悪感情」を持っている人もいることも事実です。それを知らない日本人達が増えているので、私なりに伝えていけたらと思います。

投稿: サンパギータ | 2007年8月17日 (金) 11:10

サンパギータさん

コメントありがとうございます。
本blogの06/9/6の記事「吉田茂とサンフランシスコ講和条約」に、以下の文章を書いたのを思い出しました。(左上の「サイト内検索」にフィリピンと入れて検索すると出てきます)

・・・・・
『そして特に印象に残ったのが、講和会議での日本が侵略したアジア諸国の悲痛な叫び・・・。
フィリピン・ロムロ代表の演説:
「あなたがたが我々に与えた傷は、どんな黄金やこの世のものをもってしても、元に戻せるものではない。しかし、運命は我々を隣人にした。我々は共に平和に生きるほかはない。そのためには我々が許しと友情の手を差し伸べる前に、日本には心からの悔恨と生まれ変わる証拠を示して欲しい」

この言葉に代表されるフィリピンの人達の「心」に、我々日本人が少しでも近付くためには、どうしたら良いのでしょうか・・・?

投稿: エムズの片割れ | 2007年8月17日 (金) 11:49

講和条約でのロムロ代表の言葉は胸を打ちます。教えていただき有難うございます。1983年にホームパーティの席上で「30年前だったら日本人なんて、絶対パーティには呼ばなかったよ」と言われた私が、それから20 年たった2000年代には、フィリピン人の「結婚式」や「洗礼式」に招待されるようになったのは、この半世紀以上の間に、日比関係へ思いをはせて、ご尽力をつくした様々な人々のお陰であると思えるのです。日々の生活の中での「信頼関係の積みかさね」、「謙虚さと献身、お互いの立場を思いやる心」が私たちが同じ人間同士として、心を近づける唯一の方法であると感じております。

投稿: サンパギータ | 2007年8月18日 (土) 20:05

本記事を紹介させて頂きました。
宜しくご了解下さい。

【エムズの片割れより】
ご丁寧にありがとうございました。

投稿: 大津留公彦 | 2012年8月12日 (日) 17:22

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