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2007年6月27日 (水)

伊藤久男の「ひめゆりの塔」

志村さんのblog「命を救う知識」を読んでいたら「ひめゆりの塔」という言葉が出ていた。
この記事は沖縄戦での悲惨さを書いたものだが、(悲しいかな)自分が先ず思い浮かべたのが、伊藤久男の歌「ひめゆりの塔」だった。
そこで今日はハンドルを切って、伊藤久男の思い出話である。

自分が伊藤久男を知ったのは中学の頃だったか・・・。確か「山のけむり」という歌からだったと思う。
高校の時、ちょうど図書館の新館が建って、土曜日の午後に新図書館の視聴覚ルームでレコードコンサートをやっていた。もちろん生徒の好きなヤツが段取るのだが・・・
そこに、自分で買った伊藤久男のEPのレコードを持ち込み、コンサートが始まる前に人が居ないのを良いことに、大きな音でかけたっけ・・・・。(今思うと、高校の図書館に伊藤久男の歌謡曲が流れた・・・。画期的?)
そこでかけた曲は「イオマンテの夜」と「サロマ湖の歌」だったな・・・・。

あの朗々としたバリトンの声は素晴らしかった。
自分が聞き始まったときには、既に「懐かしのメロディーの伊藤久男」だったが、あれから40年以上も経ってしまって、まったくの懐かしのメロディーだ。
伊藤久男の歌はほとんど聞いたが、ダイナミックな歌と、叙情歌の2つがある。
ダイナミックな歌では、「オロチョンの火祭り」「ブラジルの太鼓」など、叙情歌では「サビタの花」や「夕月の歌」など、数限りない。

中でも「ひめゆりの塔」は、実に伊藤久男らしい歌で圧巻であった。昭和28年7月15日発売のオリジナルの歌を聞いてみよう。

<伊藤久男「ひめゆりの塔」>

「ひめゆりの塔」
  作詞:西条八十
  作曲:古関裕而
  歌 :伊藤久男

1)首途(かどで)の朝は 愛らしき
 笑顔に 母を振りかえり
 ふりしハンケチ 今いずこ
 ああ 沖縄の 夜あらしに
 悲しく散りし ひめゆりの花

2)生まれの町も もえさかる
 炎の底に つつまれて
 飛ぶは宿なき はぐれ鳥
 ああ 鳴けばとて 鳴けばとて
 花びら折れし ひめゆりの花

3)黒潮むせぶ 沖縄の
 米須の浜の 月かげに
 ぬれて淋しき 石の塚
 母呼ぶ声の 永久(とこしえ)に
 流れて悲し ひめゆりの花

古関裕而の曲も素晴らしい。古関裕而についても後で書いてみよう。


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コメント

この歌の存在を、今まで知りませんでした。昭和23年という早い時期に出来ていたのが驚きです。「ひめゆり」の映画を見てきただけに、画面の海岸風景と、自分で踏んだ海岸の記憶とが、重なってきます。

投稿: 志村建世 | 2007年6月29日 (金) 23:16

退職後ずっと毎日覗かせていただいている昭和20年生まれ、茨城県住み、StaxのSR-3~SR-Σを使用した同じ趣味の爺です。6月は沖縄慰霊の月で、再び、ひめゆりの塔のSP版音源を聞かせていただきました。この歌を初めて聞いたのは昭和37年春、NHKのど自慢全国大会で歌った方がいた記憶が鮮烈でした。本頁に昭和23年7月と記されていますが、生誕100年記念Boxや古関記念館のリストには、昭和28年となっています。少し気になりましたのでお便りしました。

【エムズの片割れより】
大変失礼しました。昭和28年7月15日発売ですね。修正しました。
他にもミスを見付けたら教えて下さい。
それにしても、自分より2年先輩ですね。
ほとんど同じ趣味なようで・・・
自分の故郷・茨城も、市の名前が随分と変わり、段々と親近感が薄くなってしまいました。
竜ヶ崎は変化ありませんが・・・

投稿: 光圀 | 2019年6月21日 (金) 10:21

昭和29年、中学3年の時、学校の運動会でひめゆりの女学生になって、仮装行列に参加しました。モンペがもう我が家にはなくて、お隣のおばさんが戦争中に履いたものを借りました。顔を墨で塗って、行進しました。この歌を知らなかったので、歌は「花も蕾の若櫻、五尺の命引っ提げて 国の大事に準ずるは 我ら学徒の面目ぞ ああ紅の血は燃ゆる」という歌を歌いいました。学徒動員に出ていた12歳上の兄が「俺たちの歌だ」と言ったのを思い出します。
ひめゆりの塔の映画を観た友達は泣けて画面を見ていられなかったと言っておりました。戦争がない世界になって欲しいですね。

【エムズの片割れより】
この歌は昔から良く知っていましたが、映画を見たのは最近。
前のメモを開いたら、映画は、2007年7月に、国会図書館に行ったときに、半分ほど見た。との記録があしました。
全部通しで見たのは2017年7月。感想は、戦争の場面ばかりで、ストーリーがよく分からなかった。とありました。
前にあげたNHKラジオの「アフリカは今」(2016/04/13)を改めて聞いたら、アフリカでは内戦での兵隊の補充のために、子どもをさらって、子ども兵に仕立てている・・・とか。
人類はどうしてそこまで殺し合うのでしょうか?

投稿: 白萩 | 2019年6月21日 (金) 16:24

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