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2007年6月19日 (火)

「死が最大の遺産」~父の想い出

しばらく放ってあった「大法輪」という雑誌の先月号(6月号)を、帰りの電車の中で読んでいたら、「死が最大の遺産」という高田都耶子(たかだつやこ)という人のエッセイが目にとまった。
題を見てもピンと来なかったが、読んでみてドキッとした。

高田都耶子氏は、高田好胤氏の娘さんだという。この「死が最大の遺産」というエッセイは、尾上松助という歌舞伎役者の、親としての死に様について書いたものだが、本題よりも最後の文にハッとした。曰く・・・

「私の父、高田好胤は、自著『親の姿 子の姿』の中で、次のように語っています。
 -夫が妻に、妻が夫に、そして親が子に、子が親にと、親しき者同士がお互いに残し合う最大の遺産は何でありましょうか。
 金銀、財宝、書画、骨董、動産、不動産、それに事業など、それは色々ありましょう。けれども・・・・・・・    ・・・むしろそれは魔物です。
 それでは何が最大の遺産なのか。敢えて申しあげますならば、厳粛な死、それこそ最大の遺産です。・・・・夫婦においてもそうでありますが、親子においてもなおさらにそうであります。特に親たるものは、永遠に生き続ける親子の対話の場を、親の姿で子供の心の中に残してあげていただくことを願います。その親の姿は決して肉体の姿をのみ申すのではありません。精神的な姿勢を親の願いを込めて私は親の後姿を申すのであります。・・・」

「父はこうも申しておりました。『真実の対話は、死に別れたその瞬間に始まるのです』」

自分の場合、10年前に亡くなった父は、3人兄弟の中で自分が一番縁がなかった。(カミさんは、次男で一番気むずかしくヘソが曲がっている自分は、幾ら親でも手を焼いたはずだ・・と、実に良く納得している)
子供の頃、何かで叱られて家から叩き出されたとき「大人になったら殺してやる」と何百回誓ったことか・・・(何で叱られたかは当然覚えていない。自分に不利なことは直ぐに忘れるのである)
大人になっても、父には近づかなかった。実家にタマに帰っても話をしなかった。それがいつの頃か、父が茶の間のいつも自分が座る特等席に「ここに座れ」と言うようになった。
晩年になって、お互い棘の先端が鈍ったのかも知れない。

その父が、確かに、亡くなってから自分の心にドカッと居座っている。生きている時には全く意識に登らなかったが、亡くなってから妙に父の事を思い出す。
兄が時々言う・・・
「実家に帰ったとき、パーカーのボールペンを出して『これ貰ったので、要るならあげるよ』と言うと『ちょうど良かった。買おうと思っていた』と喜んで貰ったという。それが、亡くなってから机を整理していたら、同じボールペンが何本も出てきた・・・」と涙を流す。(父がそんなに思いやりのある人間だとは、自分も全く知らなかった・・)

自分は親父の本当の姿は知らない。そこまで接触がなかった。しかし、この存在感は何だろう・・・・? まさに高田好胤氏の言う「死んで子の心に残した遺産」なのかも知れない・・・
確かに、亡くなった人の姿は、その瞬間で止まる。
良くTVで、ケンカをした後に死なれて後悔している人の姿を、ドラマなどで見る。それも死に別れた瞬間で世界(死んだ人)が止まるせいだろう・・・。
自分の場合も、死んだ瞬間に自分の姿はそこで止まり、その時の姿で「(エムズ)さんは、****な人だったな・・」という風に人の心に残るのだろう。もちろん子供にも・・・
だから、「優しい」と思われたい人は、いつ死んでもそう思われるために、常に「優しい」生活をしなければいけないし、ケチと思われたくない人は、常に他人に大盤振る舞いをしなければならない・・・。(「あの人は禿げていたな・・」というような容姿を修正する事は無理だが・・・)
でも、人間そうそう格好を付けても長続きしないので、結局、真の姿が見えてしまうのだろうが・・・。

そんな親不孝をした父だが、一度だけ親孝行をした。
昔、一度だけ父から直接電話が掛かってきたことがある。「お前、会社で*長になったんだって?何で言わないのだ」と文句を言った後で、何かお祝いをくれるという。こんな事は、生まれて初めてなのでビックリしたが、カミさんに急き立てられて、お仕立て券付きのYシャツをもらう事にした。
その時は何も気にしなかったが、同じサラリーマンだった父が、一番不肖な息子が世間並みになった事に心から喜んでくれたのだと、後になって気が付いた。
この時の出世は、自分にとって唯一の父への恩返しという意味で、今でも良かったと思っている。それが無ければ、死ぬまで父に対して“反抗の権化”だった自分の歴史は、重荷になっていた・・・

自分と父との関係も、何れは自分と息子の関係にもなる。
先日も、このblogで同じ様な事を書いた
決して格好を付けるつもりも無いし、てらうつもりも無いが、つくずく親子とは不思議な縁だな・・・と思うこの頃ではある。


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コメント

「真実の対話は、死に別れたその瞬間に始まる」とは、いいことを聞きました。これがあると思えば、娘を残して安心して死ねます。

投稿: 志村建世 | 2007年6月20日 (水) 22:15

納得です。

投稿: やっちゃん | 2007年6月21日 (木) 23:07

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