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2007年5月 9日 (水)

「日本国憲法」を読んだ

今日、会社から帰るときに、降りた地元のJRの駅で「**市民九条の会」という人たちが大勢でビラを配っていた。

憲法改正の議論が新聞・TVを賑わしている。せっかくの機会なので少し冷静に考えてみるか・・・。我が国の憲法も(自分と同じように)還暦を迎えたというし・・・。
(自分もまた学生時代に、ご多分に漏れず「憲法第九条は絶対に変えてはいけない」と吹き込まれたひとりであり、この様に初めから思い込まずに事態を冷静に見られるようになってきたのは、まあ年の功かも・・・?)

駅で貰ったビラで、反対派が言うには、「・・・・憲法第九条を改正して。自衛『軍』を作り上げ、日本をアメリカと一緒になって海外で戦争をする国にしようとするものです。・・・(原文通り)」とある。
またビラには「国民投票法案の慎重審議と廃案をもとめます」とある。理由は、1)最低投票率がない。 2)運動が制限される。(500万人の教職員・公務員が憲法を語ることを規制) 3)有料CM⇒改憲派が独占?! とあった。

なるほど。反対の視点はこういう事か・・・・
でも、上記2)項については、法案では、正確には「第百五条 教育者は、学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して国民投票運動をすることができない。」であり、自分はこれは当然だと思うが・・・。
反対運動となると、どうしても拡大解釈が出てくるのかも・・・。CMについても同様。~Wikipedia参照

話が横にそれるが、先日、新橋にある兄の事務所に遊びに行った際、帰りがけに「日本国憲法」の朱線付きのコピーを持たされた。兄曰く「憲法なんて読んだことが無いだろう。一度読んでみろ・・・」。

渡されたコピーを読んでみて、まず涙が出た(オーバーだが)。
憲法の前文で高らかに謳っているその崇高な理念に対して・・・。
「・・・・日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。・・・・日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

まさに涙が出る位に感激するこの論調からは、戦争直後の、戦争に対する国民の嫌悪感がしんしんと伝わってくる。しかしこの崇高さは素晴らしい。(今頃気付くのも遅いが・・・)

話を戻して、第九条を改めて読むと・・・・

第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

反対派の論調は先に書いたが、確かに推進派の言う「独立国家として、はたして自衛戦争まで放棄するのか?」という疑問は、自分も湧いてくる。
しかも日本の軍隊は既に存在しており、自衛隊の不要論はあまり聞かない。
とすると、そろそろ憲法改正の議論をしても良いのかも知れない。

逆に、それとは正反対に、今まで何となく済ませてきたのだから、今更はっきりさせる必要性があるのか?という疑問もわく。
確かに実態にはそぐわないが、その状態を長い間続けてきたのだから、もう慣れたろう。反対があるのならそのままにして置いたら?という安易な考えもある。しかも、何かの『ブレーキ』にはなっているかも知れないし・・・?

結論として、なぜ「今」その時期なのかをもう少し勉強してみないと自分としては判断できない事が分かった。
何か大きな変化点があったのか?そこが分からない。
ビラには「これはアメリカからの要求によるものです」とあったが・・・

しかし、これだけは言える。少なくとも「国民投票法案」はキチッと議論して制定しても良いのではないか?
なぜならば「第九章 改正  第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とあり、既に憲法で『国民投票』という言葉を使っている。
それなのに、その法律が今まで議論・制定されていないのは問題かも?
しかも、今回の法案は与野党が散々詰めてきた案だとも聞くし・・・

しかし恥ずかしながら、初めて(還暦になって)還暦になった憲法を読んだ。
今まで、読まなければいけない状況にならなかったのは国民としてラッキーだった訳だ。

つくずく、日本は本当に平和な国だ(平和ボケも含めて)と思うこの頃ではある。


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コメント

半世紀にわたって成功をもたらしてきた制度の根本的見直しの必要性が認識されるようになって来た。
問題は、
1.軍の役割を見直すべきかどうか。?
見直すとすればどう見直すか。?
2.環境、バイオ倫理、知的所有権に関する提案は。
3.官僚制度の権限、役割、構造について定期的な見直しを義務付ける規定は。
4.女性の権利を高める規定制定は。
5.外国からの移民と少数民族の役割と権利を再検討する規定は。
等等が考えられる。

しかし、規定も大切だが日本国民の平和を願う思いがここまで成功裏に守ってきたように感じる。
50年後を見て、細かな規定に捉われず大きな視点にたった改憲がなされるべき。


投稿: 小鹿ちゃん | 2007年5月10日 (木) 23:27

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