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2007年5月 8日 (火)

電車の優先席の優先度

電車に優先席(旧シルバーシート)というのがあるが、今日はそのお話。
今朝、電車の優先席に座っていると、途中の駅でピクニックとおぼしきスニーカーを履いた老夫婦が乗ってきた。
向かい側の優先席の前に立つ。と、その席に座っていたサラリーマンの人がスッと立って、おじいさんの肩を叩きながら、「どうぞ」と言う。おじいさんはお礼を言いながら、その時は座るのをおばあさんに譲ったが、すぐに隣の席の人が降りたので二人とも座れた。

ここで論ずるのは、優先席の優先度である。
我々サラリーマンは、東京までの1時間の通勤が大変にツライ。特に自分のように還暦近くなると、体力的に座って通勤することが必須の条件である。よって座るために、わざわざ早く駅に行き、冬は吹きっさらしのホームで凍えながら長い列を作って電車を待つ。帰りも、通勤経路をわざわざ遠回りをして、始発の駅から乗るようにしている。
その努力をしてやっと座るのだが、まだ朝6時台だというのに、ピクニックに行く老夫婦に本当に席を譲らなければいけないのだろうか? はなはだ疑問になってきた。

前に、子供を抱いた若いお父さんが、『当然自分が優先・・・』とばかりに、優先席に座っている人に「席を譲ってもらえますか?」と言って、自分が座ったのを見た事がある。これは本当に正しい姿なのだろうか?
また別の例では、初老の品の良い紳士が、タッチの差で間に合わず、ひとつだけ空いていた優先席に中年の女性が座ったら、「その席は私が座るのです」と言って女性に立たせ、当然とばかりに自分が座った。そして、その女性は、気まずくなって電車から降りてしまったのを見たこともある。
これも正しい姿なのだろうか?

おっとっと、さっきの話の続き。
終点の東京駅のホームに着く直前、さっきのおじいさんが立って、譲ってくれたサラリ-マンに近付くと「大変だったでしょう。ありがとうございました」とお礼を言っていた。
それを聞いて、自分の硬い心が何か緩んで、温かくなっていくのを感じた。
まあ、許してあげるか・・・・
(自分だったら同じように席を譲るだろうか? それはもちろん譲るでしょう・・!? ←これは負け惜しみである)

話変わって、この通勤時間も考えようによっては有用だ。
自分の場合、サラリーマンの最初の5年は会社の敷地内にあった寮に住み、通勤時間はゼロ。その後の20数年は片道15分の車通勤だった。
よって東京通いはここ5年だけだが、激変した事として、良く本を読むようになった。

恥ずかしい話だが、電車通勤をするまで、ほとんど本は読まなかった。仕事が忙しく、仕事以外の事に時間を掛けられなかった事もあるが、五木寛之氏の言うように、還暦が近くなるにつれて、確かに『自分の生活』をしつつあるような気がする。
新しい自分をみつける為には、通勤の時間もまた良いことなのかも知れない


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