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2007年5月15日 (火)

唱歌「母の歌」が見つかった・・・

CDでどうしても見つからなかった歌(唱歌)が見つかった
「母こそは 命のいずみ いとし子を・・・・」という歌詞。
野上弥生子作詞・下総皖一作曲/文部省唱歌 「母の歌」という。

しかも、これを頼りにネットで探したら、BLOGにあった。あの歌声が・・・・・・
しかも偶然に、その記事はたった2日前に書かれたものだった。
そうだ、数日前は『母の日』だったっけ・・・

<桑名貞子「母の歌」>

「母の歌」
野上弥生子作詞・下総皖一作曲/文部省唱歌

母こそは 命のいずみ
いとし子を 胸にいだきて
ほほ笑めり 若やかに
うるわしきかな 母の姿

母こそは み国の力
おの子らを いくさの庭に
遠くやり 心勇む
雄々しきかな 母の姿

母こそは 千年(ちとせ)の光
人の世の あらんかぎり
地にはゆる 天つ日なり
大いなるかな 母の姿

この歌は、昭和18年に作られたと歌だという。ちょうど戦争末期。
そして、その時代的背景により、陰に隠れたらしい。
ネットで見たら、次の記述もある

「母の歌」野上弥生子作詞、下総皖一作曲。1943(昭和18)年2月文部省から発行された国民学校芸術科音楽の第5学年用教科書「初等科音楽」3に掲載。

自分がこの歌をどこで聞いたかは覚えていない。しかし1番の歌詞と、切ない心に滲みる女声の歌声が自分の頭にこびりついた。
それから数十年・・・。
「母」の歌、という題だけは知っていたので、童謡・唱歌のCDで「母のうた」があると買った。しかし全部違っていた。
89年に鮫島有美子の「ゆりかごの歌~童謡・唱歌集」というCDを買った時に、CDの解説に次のような文があった。

<鮫島さんの童謡   齋藤槇爾>
・・・・・今回のCDには童謡の名作はほぼ収録されている。わが貧しき幼年期を象徴する『風』と、『母』(野上弥生子作詞「母こそは命のいずみ、いとし子を胸にいだきて・・・・」)が入っていないのは残念だが、まあこれは次回に期したい。・・・

これで題が「母」だと分かったが、これは正式には「母の歌」だということが、今日分かった。
今一度探してみたが、やはりこの歌の女声のCDは出ていないようだ。聞けるのは今日探し当てたBLOGだけ

前にも散々探した歌があった。塩野雅子が歌う童謡「はなかげ」。
NHK FMで放送したものを聞き、何とかCDを!・・・、とオークションも含めて探したが、廃盤で手に入らなかった。しかし幸いにも07/7/7にNHK FMでまた放送され、今度はバッチリとMDに録音した。

前に、『欲しいもの~「それから」のサントラ盤』というBLOGを書いた。
この文は間違いで、実はそれ以外に、もうひとつ(これからもあるかも?)欲しかった歌があった訳だ。

でも人生長くなってくると、金では入手できない昔の想い出の価値は、はかり知れない。
しかしネットの時代は大変な時代だ。世の中で自分と同じように大切にしているところ(=BLOG=人・・・)を発見(?)することが出来るようになった来た。

自分も、このBLOGを書き始めてそろそろ1年になるが、このおかげで少しずつ世界が広くなって行くような気がする。
もしかしたら、(これを書き始める切っ掛けとなった)「定年恐怖症」を克服できるかな・・・??

(関連記事)
野上弥生子の「母の歌」と上落合小学校


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コメント

総合して考えると、野上弥生子の本来の題は「母」だったのではないでしょうか。そして2番の歌詞も「涙かくす」だった。それが教科書に掲載するときに「母の歌」となり、歌詞も「遠くやり 心勇む……」に変えられたが、野上弥生子はそれを拒めなかった。だから何も語っていない……。それにしても、鮫島有美子の声で聞きたいものですね。
 私の当日の記事をトラックバックさせていただきます。

投稿: 志村建世 | 2007年5月16日 (水) 11:45

最近に、由紀さおり・安田祥子の安田音楽事務所のホームページで、過去のアルバムのどれかに「母の歌」が入っているのを見た記憶があります。ご参考までに。

投稿: 志村建世 | 2007年5月16日 (水) 13:40

情報ありがとうございます。
確かに下記等で安田祥子の試聴が出来ました。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/150343

どうも自分の調べ方が悪かったようです・・・

投稿: エムズの片割れ | 2007年5月16日 (水) 23:03

還暦を過ぎて少年時代が懐かしくそのころ記憶に留めていた歌の歌詞、メロデイともおぼろげになりつつあり、インターネットを始めたのを機会にまた歌えるようになりたいといろいろなサイトで調べています。少年王者の歌、昭和の子供、青い風など。この母の歌も好きな曲でしたのにメロデイはまだ覚えていたのに歌詞は初めの数節だけしか分からなくなっていました。歌詞を全部知ることができましたが二番の歌詞は全然記憶にありません。教わらなかったのかも知れません。

投稿: mugimakidori | 2008年5月 6日 (火) 16:00

mugimakidori さん

コメントありがとうございます。
何だか自分と同じように人生振り返り??
色々な歌を聞くと、不思議にその当時の光景が目に浮かびますね。
還暦を一つの区切りとして、気ままに振り返っています。(リンクしてあるサイトで聞けなくなったので、mp3をアップしました)

投稿: エムズの片割れ | 2008年5月 6日 (火) 17:07

はじめまして♪
小学生の頃、祖母のお祝いの席で唄った記憶があり、また唄いたいな~と検索していてこちらにたどり着きました。
音源まで聴けて有難いです。
ありがとうございます。
何度も聞かせていただきます。

投稿: えぃり~ | 2008年12月 7日 (日) 17:28

えぃり~ さん

コメントありがとうございます。
皆知っている歌なのに、意外とCDが無いのは歌詞のせいでしょうかね?
鮫島さんが歌ってくれると良いのですが・・・

投稿: エムズの片割れ | 2008年12月 7日 (日) 22:16

私は中学2年生(昭和28年)の音楽の時間にこの歌を習いました。教科書に載っていましたが、2番はなかったと思います。その後、2番の歌詞を知って、反戦を貫いた野上弥生子がなぜこの歌を作ったのか不思議でなりませんでした。時代だったのですね。
本当に若いお母さんが赤ちゃんを抱いている姿は美しいものです。野上弥生子の『迷路』、ぜひ今の若い人たちに読んでいただきたいと思っています。

投稿: 白萩 | 2008年12月 7日 (日) 23:28

エムズの片割れさんのブログで志村さんのブログを知り、
そちらでもコメントさせていただきました。

自分のブログでもご紹介させていただきたいのですがよろしいでしょうか・・・

って、まだ書いてませんけど!

投稿: えぃり~ | 2008年12月 8日 (月) 09:40

白萩さん

そうですか。やはり音楽の教科書ですよね。私もそのうちその本を読んでみようかな・・・。

==========
えぃり~さん

志村さんの記事は自分とは違って学術的ですよね。
なお当サイトをPRして頂けるのは大変にありがたい事です。ご自由にどうぞ・・・

投稿: エムズの片割れ | 2008年12月 8日 (月) 22:12

自分の日記でも書かせていただきました。
ありがとうございます。
ただ今、唄えるよう練習中です♪

投稿: えぃり~ | 2008年12月11日 (木) 21:36

mugimakidoriさん少年王者の歌、とても懐かしいです。昭和25年ごろの歌でしょうか。物語はわかりませんが、小学校の先生が教えてくれました。まだ2番までは歌えます。「大密林に轟くは少年王者の叫び声~」ですよね。最も私は歌は下手なので、鼻歌で歌うだけです。
それと、何年ごろか覚えておりませんが、『風流剣士』というラジオドラマがありました。歌が良かったのですが、正確に覚えておりません。「高い空見て考える 金も持ちたい恋もしたい 立身出世を夢に見る ~」という歌ですが、覚えて居られる方いらっしゃいませんか。「青空仲間」という面白い歌で始まるドラマもありましたね。ラジオしか楽しみがない時代でした。

投稿: 白萩 | 2008年12月16日 (火) 22:06

白萩さん

ブログのこと あまり知りません。ここに 勝手に書いて イイのでしょうか。(失礼がありましたらm(__)m ) 

『風流剣士』とは! 懐かしいですねェ。私が新入社員時代 昭和30年、東京・阿佐ヶ谷の下宿で 聴いてました。

記憶している歌詞は 次の通りです。

♪ 高い空見て考えろ 風が流れる雲が飛ぶ 今日は斬り合い明日は戦(アシタハ イクサ) 武士は強いがよいと言う 

しかしこの世で絶えぬのは 金も持ちたい恋もしたい 立身出世を夢に見る 欲で固めたその中で 

侍だとて忘れてならぬ それは風流・風流ごころ ♪

当時 同室で同期のF君と 日曜日に蒲団など干しながら、大声で歌っていました。本当に”立身出世”に拘るなんて くだらないと思ってました。

イイ時代でした、たまらなく懐かしいです。

投稿: tenking | 2009年2月10日 (火) 09:35

tenking様 『風流剣士』の歌詞、有難うございました。私の周りにはこの歌を知っている人が無く、折角の良い歌が埋もれてしまうのかと残念に思っておりました。
今の時代にも当てはまる歌ですね。最も最近は出世どころではなく、首さえ危ない時代になってしまいました。昭和30年ごろの歌だったのですね。メロディは何となく覚えておりますので、これから鼻歌でも正確な歌詞で歌う事ができます。有難うございました。
「母の歌」からそれてしまいましたが、お許し下さい。

投稿: 白萩 | 2009年2月11日 (水) 17:46

今、テレビで「笑ってこらえて」を観ておりましたら、戦後の墨塗り教科書を集めている人が写りました。音楽の教科書の「母のうた」の2番の歌詞に墨がぬられているのが見えました。この時から2番が抜けたのですね。私は昭和21年に小学校に入学したのですが、教科書は戦争中の物で国語は「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」でした。墨塗りは覚えておりません。学校が焼けてなかったので、青空教室で雨が降れば、出席だけ取って休みでした。5年生まで正常な日課ではありませんでした。低学力なのでしょうか。あんまり不便は感じませんが・・・それにしても、全く何にもない世の中でした。家も家財も皆焼けてしまい、良く生きてこられたと思います。親に感謝です。

投稿: 白萩 | 2009年4月22日 (水) 21:06

白萩 さん

さっき新聞を読んでいたら「100年に一度の不況なんて騒いでいるが、たった60年前の終戦の時は本当に何も無かった。今の不況も、人災を天災と言いくるめているだけではないか?」という意見が載っていました。
自分は知りませんが、終戦直後はそんな時代だったのですね。

投稿: エムズの片割れ | 2009年4月23日 (木) 20:58

中学1年の頃、この主題歌のメロディーが好きで”風流”の意味も分からず番組を聞いていました。何時頃の番組かおぼえていませんが、夜10時頃だったのでしょうか。しかし中1の身には起きているのが大変でなかなか最後まで聞ける事が少なかったように記憶しています。今でも”それは風流、風流ごころ”の所だけは、歌詞もメロディーも覚えています。他の部分のメロディーも是非聞きたいのですが。どなたかご存知の方はないでしょうか。

【エムズの片割れより】
そんな番組があったのですか・・・

投稿: 武中 | 2011年3月31日 (木) 20:07

パソコンでインターネットができるようになったおよそ10年前、「母こそは命の泉」だけで検索したらMIDIのメロディーが聞けたのに感激しました。
今回また思いついて検索していたらここに辿りつきました。
女性の歌声が聴けたのは嬉しい限りです。
ありがとうございました。
以来、知りたいことがあれば先ずWebで検索するのが日常になっています。
また、その時にMIDIとは?から深入りが始まり今も著作権無効の童謡や唱歌を弄って拙いMIDIを作っています。
歳と共に子供の頃の思い出に浸ることが多くなったようにも思います。
ご活躍をお祈りいたしております。
また伺います。
ありがとうございました。

【エムズの片割れより】
この歌は、大昔の音楽の教科書に載っていたので、たぶんある年齢以上なら誰でも知っている曲です。
それが、これほど忘れ去られているとは残念ですね。

投稿: とらじろう | 2012年2月26日 (日) 16:22

はじめまして。
子供のころ「母こそは命の泉」だけをどこで聴いたか覚えていました。
インターネットをやり始めて検索したらどこかのサイトでMIDIの曲と歌詞が現れて感動しました。
以降、サイト片手にMIDIを我流でやり始めたことを思い出しました。
以前にもエムズの片割れさんのブログに伺ったことが何度かありましたが、今回改めて内容の素晴らしさに驚いております。
また伺います。
ありがとうございました。

【エムズの片割れより】
コメントありがとうございます。過分なご評価、痛み入ります。
この歌は、音源が少なく、貴重品です。

投稿: とらじろう | 2013年4月11日 (木) 19:24

風流剣士は、私のたいへんだいすきなラジオ番組でした。
剣の達人でありながらあらそいごとをこのまず、すべての試合で逃げ切るという話は、その当時も今も戦争はいけないことだというのが背景にある思いがして感銘を受けていました。

【エムズの片割れより】
そうですか・・・

投稿: 高橋 年雄 | 2013年9月 8日 (日) 21:10

「風流剣士」、今でも歌っています。
ラジオドラマを聴いていたのは10歳を過ぎた頃でしょうか。私の憶えている歌詞は…

 高い空見て考える
 風は流れる
 雲は飛ぶ
 きょうは斬り合い
 あしたはいくさ
 武士は強いがよいという

 侍なれど
 忘れてならぬ
 それは風流
 風流ごころ

 武士も人なら人並みに
 金も持ちたい
 恋もしたい
 立身出世を
 夢に見て
 欲で鍛えたこの腕で

 南無や八幡大菩薩
 南無や八幡大菩薩

「南無や…」の前に何かあったような気もしますが思い出せません。

平和だ民主主義だと今以上に「建前」全盛だったそのころ、「本音」むき出しのこの歌詞はどこか異質で、本当に高い空を吹く風のごとく爽快に感じられたものでした。
ただ、年少だったため、「風流」という言葉の意味は、完全には分かりませんでした。

投稿: Moriyaoyaji | 2015年4月 4日 (土) 22:01

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受信: 2007年5月16日 (水) 11:48

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