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2007年5月12日 (土)

NHK「日本国憲法 誕生」は皆が見るべき番組だ

4/29に放送されたNHKスペシャル「日本国憲法 誕生」の再放送を見た(5/12PM BS2で)。
このBLOGの「・・・・・は皆が見るべき番組だ」というタイトルも過激だが、これは日本人であるからには、断片的な話だけに止まらず、「事実はキチンと認識すべきだ」という思いから来ているのである。

新聞で、NHKスペシャル「日本国憲法 誕生」という番組が非常に良かった、という評判を見て、たまたま今日(5/12PM BS2で)その再放送を見た。
結果、「今までに見た番組の中でも、最高の番組のひとつである」と思った。
理由は、「事実の重み」そのもの。
まさに、ナレータの一言ひとことが聞き逃せない言葉であり、中身が濃い番組であった。

そしてこの番組は、自分が知らなかった『憲法が作られた経緯』を良く教えてくれた。
視点を変えると、この様に分かり易く色々な事実を教えてくれるNHKはやはり必要だろう。(馬鹿馬鹿しいバラエティー番組ばかり作っている民放には全く期待していない・・)

事実は何よりも重い。
しかし報道も、ある切り口(価値観)から意図を持って報道すると大衆を誘導することが出来るのは周知の事実。でも事実は事実だ。もしそれに反論があれば、与野党の攻防と同じく、別の視点で反論すれば良いわけで、それが民主主義だ。

国民投票法案によると、“その時”は、TV等のマスコミを動員してPR・議論が為されるという。その時に、この様な番組は非常に有用になるとも思う。

この番組を、以下テキストで表現してみた。
非常に長くなるが、記す意味はあると思う。

=============

ナレータ:「憲法誕生の舞台裏で繰り広げられたGHQと日本政府の交渉、そしてそれを見つめ続けた国際社会。日本国憲法が生まれるまでの1年を追いました

日本国憲法の草案は、マッカーサーの指示のもと、GHQのスタッフ20人が、わずか一週間で作ったという。
そこに与えた、民間の憲法研究会が作った「憲法草案要綱」の重み・・・・

草案策定で中心的な役割を果たした、GHQ民政局法規課長 マイロ・ラウエル中佐:
「私は民間グループから提出された憲法に感心しました。これで(憲法改正が)大きく進展すると思いました」
「私はこの民間草案を使って若干の修正を加えれば、マッカーサー最高司令官が満足し得る憲法ができると考えました。それで私も民政局の仲間たちも安心したのです。これで憲法ができる、と」


憲法研究会「憲法草案要綱」では、既に下記の理念あり。
・ 日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
・ 天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル

  (天皇は君臨すれど統治せず)

以下番組は、時間軸と共に進む・・・・

S20年(1945年)
 8月15日 終戦
 8月30日 マッカーサー厚木に降り立つ
 9月27日 昭和天皇がマッカーサー元帥と会見
10月11日 幣原首相にマッカーサーが日本人の手で憲法を作れと指示
           ⇒「憲法問題調査委員会」設置
12月     翌46年2月下旬に極東委員会(連合国11ヶ国)が設置される事が決定
           (極東委員会が出来ると天皇制等が危ない・・・)

S21年(1946年)
 1月24日 マッカーサーと幣原(しではら)首相の会談

幣原首相:「自分は生きている間にどうしても天皇制を維持させたいと思うが協力してくれるか?」
マッカーサー:「天皇制は廃止すべきだとの強力な意見も出ているが、一滴の血も流さずに進駐できたのは、まったく日本の天皇の力に寄るところが大きい。出来るだけのことはしたい」

幣原首相:「世界から信用を無くしてしまった日本にとって、戦争を放棄するというようなことをはっきりと世界に声明すること、それだけが日本を信用してもらえる唯一のほこりとなることではないか」

2月 1日 毎日新聞が「憲法問題調査委員会」の改正案をスクープ
2月 4日 マッカーサーがGHQ民政局に、1週間で憲法草案を作るように指示
    
その時に指示された「マッカーサー・ノート
1.天皇は国の最上位(head)にある。(後の検討でsymbolに書き換えられる)
2.戦争の廃止
「国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍をもつ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に、与えられることもない。」

策定の中心となったのは、ラウエル陸軍中佐、ケーディス陸軍大佐、ハッシー海軍中佐の3名のメンバーからなる「運営委員会」。
そのうちのひとりで民政局次長のチャールズ・ケーディス陸軍大佐:
「マッカーサー・ノートの条文は、日本が攻撃された時に、防衛する権利さえも奪っているように思えました。どんな国であれ、自衛の権利は本来的に持っていて当然のものです。自国が攻撃されたら自分で守るという権利を否定するのは非現実的だと思ったのです。」

これで案は下記のようになった。
「国権の発動たる戦争は、廃止する。いかなる国であれ他の国との間の紛争解決の手段としては、武力による威嚇または、武力の行使は、永久に放棄する。」

ラウエル陸軍中佐は生前、このように証言しています。
「民間の「憲法研究会」について、ケーディスたちと話し合った事はありますか?」
「確かに話しました。憲法研究会の草案に関する私のリポートをケーディスと議論し、ホイットニー准将に提出する前に彼の承認を受けたはずです。私たちは確かにそれを使いました。私は使いました。意識的あるいは無意識的に影響を受けたことは確かです。」

女性の人権については当時22才のベアテ・ゴードンさんという女性が作成。日本で5~15才まで生活。女性のために何かしたかった。⇒婚姻は両性の合意のみで成立。

2月12日 GHQ草案が完成
2月13日 GHQから日本政府に、GHQ草案を提示
2月22日 幣原首相が、受け入れを前提に2週間で政府案を作るように指示
3月 4日 政府案をGHQに提出(既にワシントンで極東委員会が発足)
3月 5日 政府とGHQとの徹夜会議の末、GHQと合意案完成
3月 6日 政府が緊急記者会見で「憲法改正草案要綱」を発表
3月14日 極東委員会で、米国が「マッカーサーの承認は個人的な承認であり、承認の権限は極東委員会にある」と説明。
4月10日 戦後初の総選挙。女性にも選挙権。吉田内閣誕生。
6月    第90回 帝国議会国会で審議開始。
7月 2日 極東委員会で国民主権の明確化⇒マッカーサーに指示

国会の委員会で、森戸辰男が、ドイツのワイマール憲法を手本に、生存権の追加を要求。草案「国民は健康にして文化的な水準の生活を営む権利を有す」
義務義務教育も、教師からの陳情で「初等教育」⇒「普通教育」に期間延長。

第九条の原文:
「国の主権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,他国との間の国際紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戦力は,これを保持してはならない。。国の交戦権は、これを認めない。」

7月27日 社会党の鈴木義男が提案
第九条の前に「日本国は平和を愛好し国際審議を重んずることを国是とする」という趣旨を入れたい。

7月29日 芦田均委員長が試案を提示
陸海空軍その他の戦力は,これを保持してはならない。国の交戦権は,これを認めない。」
⇒「陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。」とし、
本国民は,正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、」と「前掲の目的を達するため、」の文言を追加。

日本国民は,正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力は,これを保持せず。国の交戦権を否認することを声明す。
前掲の目的を達するため国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。」

8月 1日 社会党の鈴木義男が元の順序の方が良い。と発言。
進歩党 犬養健が1項2項の入れ替えを提案

日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。
前掲の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」

ナレータ「その時、芦田委員長が確認のために読み上げた条文は一カ所だけ条文が変わっていました。それまで『前掲の目的』とされていたものが『前項の目的』に変わり、そのまま委員会の修正案として承認されたのです。芦田は、ここで言う前項とは『国際平和の希求を指す』と説明しました。しかし芦田の説明とは別な解釈が出来ると気付いた人物がいました。事務方として審議に参会していた法制局の佐藤辰男です。佐藤の指摘は、前項の目的が第一項の『国際紛争を解決する手段』としての戦争放棄を指すと読むことも出来る。その結果、それ以外の目的、つまり自衛のためには戦力を持てると解釈できるというものでした。芦田は後に、この解釈同じく、自衛力を持つことは認められていると主張します

9月21日 9条の修正で極東委員会は紛糾。ソ連が「文民」の導入を要求
9月24日 マッカーサーが吉田首相にシビリアンコントロールの導入を要求。吉田首相、受け入れ。
9月25日 極東委員会の冒頭で、マッカーサーから送られてきた電文:「全ての閣僚は文民、という条文追加につき、日本政府を説得した」が紹介され、極東委員会で九条の改正は承認された。
11月3日 日本国憲法公布

これが今回議論されている第九条の経緯である。
色々とネットで検索していくと、憲法は『ウィキペディア(Wikipedia)』にも説明が詳しい。第9条についても詳しい
しかし一番詳しいのは、国立国会図書館の資料のようだ。
良い機会なので色々と勉強してみるか・・・・


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