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2007年5月 6日 (日)

「般若心経」勝手帖-10 無苦集滅道

むーくーしゅーめつどー
無苦集滅道

むーちーやく  むーとく いー むーしょーとっこー
無智亦無得以無所得故

NHKで「趣味悠々 はじめての写経~般若心経を書く~」という番組があるが、ここで解説されている「ひろさちや」さん流の解釈では、

『「苦集滅道も無い。また智も無ければ得ることも無い。一切が得ることが無いのだから」という意味。
「苦」は苦しみ。「集」は原因。苦しみの原因。苦しみの原因を無くせば苦しみが無くなる。「道」というのは方法。苦集滅道は4つの真理だった。
しかしそんなものは拘る必要はない。何で苦しみを無くそうとするのだ。
サンスクリット語で「ドゥフカ」という言葉があるが、これは「思うがままにならないこと」という意味。
私たちは、思うがままにならないことを思うがままにしようとする。そうすると苦しくなる。例えば昨日読めなかった漢字をひとつ読めるようになっていく。これは自分の努力で出来る。しかし、他人さんが絡んできて、あの人よりもうまくなりたいと思うと、思うがままにならない。
従って、思うがままになる事と、思うがままにならないことをしっかり分けて、思うがままにならないことを思うがままにしようとしなければ良いのだ。それが般若心経の教えだと理解して下さい。でも、思うがままになることはしっかりと努力して欲しい。・・・・』

「無苦集滅道」とは、「苦・集・滅・道、すなわち悟りにいたる四つの真理もない」
「苦集滅道」は四諦(したい)のこと。「諦」は「あきらめる」のではなく、「あきらかにする」の意。言い換えれば「四つの真理」。四諦(四つの真理)とは、

・苦諦(くたい=苦という真理):迷いの生は一切皆苦。老・病・死に代表される苦に満ちている。
・集諦(じったい=苦の原因という真理):その苦しみは、我々の尽きない欲望(煩悩)の集積として生じている。
・滅諦(めったい=苦の消滅という真理):煩悩を無くせば苦も消滅し、平安な悟りの境地に達する。
・道諦(どうたい=苦の消滅の道という真理):煩悩をなくすには、常に修行していかねければならない。それには八つの正しい方法=八正道(はっしょうどう)がある。
                      (「般若心経の本」より)

八正道とは、
1)正しく、道理にかなった、ものの見方をすること。(生見)
2)正しく、道理にかなった、ものの考え方をすること。(正思惟)
3)正しく、道理にかなった、ものの言い方をすること。(正語)
4)正しく、道理にかなった、行動をすること。(正業)
5)正しく、道理にかなった、生活をすること。(正命)
6)正しく、道理にかなった、精進、努力をすること。(正精進)
7)正しく、道理にかなったことを記憶して、正しい信念をもつこと。(正念)
8)正しく、道理にかなった、心の落ち着きと、心の統一をはかること。(生定)
              (「声を出して覚える般若心経」より)

般若心経ではそれらの真理も無いという。

次に「無智」とあるが、この「智」は知るという作用をあらわす。真理を見極めようとする思索の働きの意。「得」はその思索によって得られるのもの。
従って「無智亦無得」は、「思索もなく、思索によって得るものもない」
般若心経ではそれらも無いという。

「以無所得故」は、「思索によって得るところのものは無いのだから」という意味。

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