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2007年4月の18件の記事

2007年4月26日 (木)

高野山東京別院に行った

天気が良かったので、昼休みに近くの高野山東京別院(高輪)まで散歩。(このお寺の事は前にも書いた

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内陣に入ると、いつもはひと気が無いのに、今日は珍しく6~7人がお参りしていた。イスで静かに座っている人も・・・・。
それぞれ何を想ってお参りしているのだろう・・・
(自分は『明日からの上海が無事でありますように・・・』。アレッ?待てよ? お願い事は観音さまにしなければいけなかった?・・・・)

何とも平和な日々である。そう、これが大切なのだ・・・
(本当は平和ではないのだが、平和だと思い込むことが大事・・・)

*携帯を機種変した。新しい携帯のカメラの性能は・・・?

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2007年4月24日 (火)

「般若心経」を中国語で聞いた

ずっと気になっていた『中国語での般若心経』を聞いた。予想に反して、まったくの中国語だった。(まあ当然だが・・・)

ひょんなことで、丸山勇という仏教写真家の事を知り、氏の「CD付 般若心教の世界」という本を買ってしまった。
その本に、サンスクリット語・中国語・韓国語の般若心経の読経のCDが付いていた。

実は、中国語での般若心経の読み方に興味があった。
何故かというと、漢字で書いてある仏典は日本も中国も同じはず。これは、日本に仏典が入ってきたときに、その神聖さを保つためにあえて日本語に訳さなかった、と聞く。
そして、どこかで『中国語は日本の音読みに似ている』と聞いたことがあった(これが間違い)。日本の読経を聞いてみても、とうてい日本語とは思えない。
・・・とすると、『意外と中国の読経の読み方も日本の読み方も、同じかも知れないな・・・』ナンテ思ったのが間違いのもと・・・・。

CDを聞いてみると、中国語はまるで分からない。むしろ韓国語の方が少し日本語に似ている・・・・。(同じ漢字を読んでいるのだろう・・・)

中国語で、何となく発音が日本語に似ているのは、
「舎利子(ソオリイツ)」「菩提薩捶(プウティサアト)」「三貌三菩提(サンミャウサンプウテイ)」くらい・・。
最後の真言に至っては「羯諦羯諦波羅羯諦(チエティ チエティ ポロチエティ)波羅僧羯諦菩提薩婆訶(ポロスンチエティ プウティサアポホ)」という発音。

同じく、サンスクリット語では、
「舎利子(シャーリプトゥラ)」「三貌三菩提(サンヤクサンボーディム)」。
最後の真言は「羯諦羯諦波羅羯諦(ガテーガテー パーラガテー)波羅僧羯諦菩提薩婆訶(パーラサンガテー ボーディ スヴァ-ハー)」という発音。
こっちの方がよっぽど良く聞く発音だ。

韓国語では、
「舎利子(サリジャ)」「菩提薩捶(ボリサルタ)」「三貌三菩提(サンミャッサムボリ)」。
最後の真言は「羯諦羯諦波羅羯諦(アゼ アゼ バラアゼ)波羅僧羯諦菩提薩婆訶(バラスアゼ モジサバハ)」という発音。

こう並べてみると何か変だ。そもそも「訳すのがもったいないので音写した」と言われている部分が、何故この様に発音が違うのだ。
幾ら言葉は違っても、音をいわゆる「カタカナ」で表現したにしては、あまりに違い過ぎる。

しかし、日本の読経は『全くの日本語』だということが改めて分かった。読経は漢字を『日本語読み』で通読しているのだ。
でもこれは当然か・・・? 昔、そもそも日本語(発音)が最初にあって、文字が無かったので日本語を無理に漢字に当てはめた・・・? それが現在の日本語なのかも・・・

(先日寺子屋に行ったときに、東大名誉教授である先生に「中国語での読経は日本のと同じか?」と聞こうと思ったが、止めて良かった・・・・。バカ丸出しになる所だった。ホッ・・)

(参考記事)~MP3と各国語の心経を追加しました。(07/09/19)
サンスクリット語、中国語、韓国語の「般若心経」

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2007年4月23日 (月)

D.カーネギーの「人を動かす」(5/5)

D.カーネギーの「人を動かす」の紹介第5弾、最後だ。

改めてこの抜粋を読んでみて、つくずく『人(男)と人(男)との関係の根幹は“メンツ”だな・・・』と思った。(男はメンツを失わせると、絶対にうまく行かない。逆に、メンツさえ保っていれば、何とかなるもの・・・・)

しかし詰まるところ、当BLOGの第一声で書いたそれ恕(じょ)か、己の欲せざるところは、人に施すなかれ」が全てなんだろうな・・・?
(しかし現実は・・?)
自分は会社で、常に言っている。「売られたケンカは買う」「理不尽は一番嫌いだ」・・・・
そこには『仏教的な穏やかさ』は全くない。『人とうまくやろう・・・』というカケラもない。
前の会社(親会社)に居た時とは比べられない位、闘争的になっている。何か(ネジ?)が外れたのか?

結局自分の場合、今更ながら『頭』と『口(クチ)』とがまったく連動していない事が分かった。
残された20年?(人生80年として)で、自分の体は「心と体(=頭と口)」がチャンと一体で動くようになるのだろうか?
とにかく本稿の結論は「カーネギーさんは別世界の人(宇宙人?)」ということだ。

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デール・カーネギー「人を動かす」より(5/5)~(原文通り)

4. 人を矯正する法
4-1.ますほめる
・「我々は、誉められた後では、苦言も大して苦く感じないものだ」(P216)
・「ますほめること」(P222)

4-3.遠まわしに注意をあたえる
・「・・・数人の従業員が煙草を吸っているのに出くわした。彼らの頭上には“禁煙”の掲示が出ている。シュワップは、その掲示を指して“君たちは、あの字が読めないのか”と言っただろうか。シュワップはそんなことは絶対に言わない。その男たちのそばへ行って、一人一人に葉巻を与え、“さあ、みんなで外へ出て吸ってきたまえ”と言った。もちろん彼らが禁を破って悪いと自覚しているのを、シュワップは見抜いていたが、それには一言も触れないで、心づくしの葉巻まで与え、面子を立ててやった・・・・」(P223)
・「遠回しに注意を与えること」(P224)

4-3.自分のあやまちを話す
・人に小言を言う場合、謙虚な態度で、自分は決して完全ではなく、よく失敗をするがと前置きをして、それから相手の間違いを注意してやると、相手はそれほど不愉快な思いをせずにすむものだ」(P226)
・「謙遜と称賛は、我々の日常の交際にも、大きな効果を発揮することが出来るはずだ」(P228)
・「まず自分のあやまちを話した後に、相手に注意を与えること」(P228)

4-4.命令をしない
・「ヤングは決して命令的なことは言わなかったそうだ。命令でなく、暗示を与えるのだ。“あれをせよ”“そうしてはいけない”などとは決して言わず“こう考えたらどうだろう”“これでうまく行くだろうか”と相手の意見を求めた」(P229)
・「命令をせず、意見をもとめること」(P230)

4-5.面子をうしなわせない
・「相手の面子を立てる!これは大切なことだ。自分の気持ちを通すために、他人の感情を踏みにじって行く。相手の自尊心などは全く考えない。人前もかまわずに、使用人や子供を叱りとばす。もう少し考えて、ひとこと二言思いやりのある言葉をかけ、相手の心情を理解してやれば、その方がはるかにうまく行くだろうに」(231)
・「人の面子を立ててやること」(P233)

4-6.わずかなことでもほめる
・「なぜ、鞭のかわりに肉を、批評のかわりに称賛を用いないのだ? たとえ少しでも相手が進歩を示せば、心からほめようではないか。それに力を得て、相手はますます進歩向上するだろう」(P234)
・「たとえわずかなことでも。惜しみなくほめてやること」(P237)

4-7.期待をかける
・「相手に美点を発揮させたければ、彼がその美点を備えている事にして、公然とそのように扱ってやるがよい。良い評判を立ててやると、その人間はあなたの期待を裏切らないように努めるだろう」(P239)
・「悪人と付き合わねばならない時は、彼を尊敬すべき紳士と見なして取り扱うことだ。それ以外に、彼に立ち向かう方法は無い。紳士扱いされると、彼は紳士として恥じないように非常に努力を払う。そして、人から信頼された事に非常な誇りを感じる」(P240)
・「期待をかけてやること」(P240)

4-8.激励する
・「子供や夫や従業員を、馬鹿だとか、能なしだとか、才能がないとか言って、ののしるのは、向上心の芽をつみ取ってしまうことになる。その逆を行くのだ。大いに元気付けて、やりさえすれば容易にやれると思いこませ、そして、相手の能力をこちらは信じているのだと知らせてやるのだ。そうすれば、相手は、自分の優秀さを示そうと賢明に頑張る」(P242)
・「激励して、能力に自信をもたせること(P243)

4-9.喜んで協力させる
・「婦人は、近所の悪童たちにひどく悩まされた事があった。庭に侵入して芝を荒らすのだ。おどしたりすかしたりしてみるが、さっぱり効き目がない。そこで彼女は悪童の大将に肩書きを与えて権威を持たせてやった。“探偵”という肩書きだ。そして、芝生への不法侵入者を取り締まる役を仰せつけた。この策は見事に効を奏した。探偵は裏庭で焚き火をして鉄棒を真っ赤に焼き、それを振りかざして不法侵入者たちを追っ払った」(P247)
・「喜んで協力させること」(P248)

・・・・・・

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(関連記事)
D.カーネギーの「人を動かす」(1/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(2/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(3/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(4/5)

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2007年4月21日 (土)

道の駅「八王子滝山」に行った

この4月にオープンしたという東京都内初の道の駅「八王子滝山」に行ってみた。直ぐ近く。もちろんカミさんからの口コミ。
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行ってみると、見物客が多いせいか車が入れず、少し行き過ぎた所にある第二駐車場に車を入れる。
もちろん設備は出来たてで、全てはピッカピカ。まず物産展が大にぎわい。八王子の産物が色々とある。地酒も・・・
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食堂には、何と「八王子ラーメン」とある。
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しかし、場所が悪い。
八王子インターに近いとはいえ、前の道路はメインではない。(滝山街道の一本南側に出来た新しい道路沿い)
国道16号を横浜方面に向かって、拝島橋を渡り、16号バイパスは左に曲がるがそこを右に曲がったところ。(でもその道路の反対側・・・)
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でもまあ、近くに名所が出来ると言うことは良いこと。
今日は試食しなかったが、そのうち「八王子ラーメン」とやらを食べに行ってみようか・・・。

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2007年4月20日 (金)

東京ドームのスイートシートに行った

ひょんな事から東京ドームのスイートシート(ルーム)に行った。中二階の特別応接室だ。
試合は「日本ハム」対「ソフトバンク」。ダルビッシュ投手の好投空しく、初回に取られた4点が重く、2対4でソフトバンクの勝ち。

東京ドームのスイートシートは、年間貸し切りであり、普通の人は入れない。よって価値ある写真なので載せてみる。
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ゲートは専用の31番ゲート。回転ドアを入ると受付があり、そこで切符を渡す。廊下に沿って個室がズラリ。部屋を入るとソファーとテーブル。全面ガラスの向こうにグランドが見える。
ガラスドアを開けて外に出ると、急に大きな歓声が聞こえる。仕切りのガラスの遮音効果はスゴイ。外に出た瞬間、「これはナマだ・・・」と感じる。もちろんTVと違って360度のパノラマ。投球のスピード感も生々しい。
外にはデラックスな椅子が10席。一部屋の定員は10人のようだ。そう言えば、部屋の中のソファーも10人分だ。

テーブルの上にはオードブル。若いコンパニオンが飲み物を聞きに来る。外の席ではガラスコップはダメのようで、プラスチックのコップでビール。
コンパニオンさんは外の席にもチョコチョコ聞きに来てくれるので、飲み物が絶える事がない。

酒を飲みながら観戦&ソファーで談笑。TVを見ていて、誰かが打つと、外に出てワイワイ。
そしてデラックスな弁当と、食後のデザートのシャーベットを食べて、コーヒーを飲む。
・・・・とまあ、なかなか優越感に浸れる気分だ。

この部屋も自分は数度目だが、前に来たときは、隣のボックスに楽天の三木谷社長が居た。
しかしパリーグとセリーグの球団も言えないような自分の観戦では、選手も可哀想だな・・・・

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2007年4月19日 (木)

「足るを知ること」~無理だ・・・

「足を知ること・・・・・?」。そんな事は出来るわけが無いではないか・・・・

今日(07.4.19)の日経夕刊P15“シニア記者がつくるこころのページ”に「ライフワークとの出合い 丸山勇さんに聞く ~仏陀を追って『心』を撮る 悟りは『自然に任せる』」というコラムが載っていた。そのコラムの最後の文言がこうだ。

「・・インドで過ごした時間はそうした生き方を確固たるものにした。『あそこで学んだのは足るを知ること。背伸びせず、自然に任せて生きることだった。やりがいのあることに出合えたから、その大切さを実感することができたのかもしれないけどね」

丸山勇氏、プロカメラマン。
「・・・30年以上にわたって撮りためた25万点の写真。インドを中心にタイ、ラオス、ベトナム、カンボジアなどアジア各地に広がるブッダ(仏陀)の足跡、仏教遺跡を撮り続けてきた。作品は専門書はもちろん、教科書や事典、新聞、雑誌、テレビなどにしばしば使われる。・・・」

ネットで調べると本も出ている。・・・・・(ここまで書いてネット検索に熱中・・・・。と・・・)
CD付 般若心教の世界」を楽天ブックスに注文してしまった。amazon等のどの通販サイトも品切れ。こうなると人間欲しくなる。楽天ブックスにあった。と同時に発注してしまった。(自分も弱い人間だ・・・。でも中村元氏の名前もあるので間違いなかろう・・。と言い訳)

本題に戻ろう。「足るを知ること・・・・」。
普通の人間が本当に出来るのだろうか・・・・・。確かに、人間、好きなことが出来るのであれば、あまり金のことは言わなくなり、足ることを知るかも? しかし普通は到底到達出来ない世界だ。
丸山氏は、撮る対象がたまたまブッダだったので悟った??!

自分も、少しはブッダの本を読んでいるのだから、その入り口位には立ちたいもの。
まあさっき頼んだ本と、4/20に「カラー版ブッダの旅」(岩波新書)が出るというので、丸山氏の世界を垣間見てみる事にしよう。

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2007年4月18日 (水)

FM放送の音質はかなり良い

NHK FMの音質がかなり良い、というお話。
デジタル携帯(MP3)プレヤーに凝ってから3年近くなる。集めに集めて7800曲を40GのHDDプレヤーに入れて毎日持ち歩っている。音源は、自分で持っているCDは当然として、それまでに集めた(主にFM放送から録音した)音源に加え、特に衛星放送から集めた。(←自分が書いた)
その中で、昔録ったFM放送の音が意外と良いのだ。

音源としては、
1)CD⇒MP3(20KHz)
2)NHK FM放送 ⇒ MD ⇒ MP3(??KHz)
3)ミュージックバード(音楽専門の有料衛星デジタルラジオ)(16KHz) ⇒ MP3
4)スターデジオ(有料衛星デジタルラジオ)(13KHz) ⇒ MP3

だが、放送は帯域として、高音で13K~16KHzが原理的限界(ナイキスト周波数から)。
ミュージックバードは、音楽専門局と言うだけあって、(帯域圧縮をしていないCDと同じ)リニアPCMなので音は良い。32Kサンプリングなので、高域は16Kが限界。
スターデジオは100チャンネル放送のため、MPEG4で圧縮している。高域は13KHzが限界。
この音質の差は歴然。両方ともMP3に直接デコードしたものを聞いているが、それでも歴然。圧縮した音源は、ちょうどシュークリームみたい。つまり中身が入っていない、という音なのである。
それに比べて、アナログのFM放送の音が良いのだ。中身がぎっしり詰まっている音。

FM放送 ⇒ スターデジオ ⇒ ミュージックバード ⇒ CD
という順で、同じ曲でもより良い音で聞くため、MP3が手に入り(放送)次第、MP3ファイルを上書きをしている。しかし最近、「FM放送 ⇒ スターデジオ」が本当に正しいか疑問になってきた。

確かにノイズレベルはスターデジオのデジタル放送が圧倒的に良い。しかし音質といった時には、むしろアナログFM放送の方が良いような気がしてきた。

アナログFM放送の原理的な帯域は、何KHzまでなのだろう??と、ネットで色々と探ってみたが、出てこない。(追:どうも20~15KHzらしい)
圧縮技術は、「いかに人間にバレないか」が勝負。その点、MPEG4圧縮のスターデジオはバレバレ。しかし、100チャンネル放送というコンセプトからは仕方がない。

もうほとんどの音楽はMP3化してしまったが、たまにあるスターデジオで見つかった音源を、昔のFM放送の音源に取って代わらせて良いものか、実は“ハムレット”なのである。
(格好は悪いが昔の毛のオーバーをそのまま着るか、ペラペラのウィンドブレーカーにするか迷っている状態か?)
しかしせめてFM放送の原理的な高域の限界を知りたいものである。

待てよ?自分の耳は壊れかけているんだっけ
毎日イヤホン付けて耳を酷使し、耳がこれ以上悪くなったらどうするんだ?
でもな~。数少ない趣味なので音楽くらい良いのでは?・・・
これもハムレットだな・・・・

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2007年4月17日 (火)

D.カーネギーの「人を動かす」(4/5)

D.カーネギーの「人を動かす」の紹介、第4弾だ。
もう意地になってきた。最後まで載せ続けるぞ!
(しかし読めば読むほど、実行は難しいな~)

フト思った。
木下藤吉郎(豊臣秀吉ではもうダメだ)が、もし「人を動かす」という本を書いていたら、たぶんミリオンセラーになっただろうに・・・・。実に惜しいな~~
(「秀吉が、若い頃“人を動かす極意”を得意の“ひらがな”で書き残していたことが、旧家の***家の倉の調査で分かった・・・」ナンテ、ニュースでやらないかな??)

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デール・カーネギー「人を動かす」より(4/5)~(原文通り)~続く

3.人を説得する法
3-6.しゃべらせる
・「売りつけるのではなく、買わせるように仕向けることが肝要だ」(P176)
・「敵を作りたければ、友に勝つがいい。味方を作りたければ、友に勝たせるがいい」(P177)
・「ドイツの諺にこういう意味のものがある-他人の失敗に対する喜び以上の喜びはない」(P177)
・「自分の成功は、できるだけ内輪に話さなければならない」(P177)
・「人にしゃべらせること」(P178)

3-7.思いつかせること
・「人から押しつけられた意見よりも、自分で思いついた意見の方を、我々は、はるかに大切にするものである」(P179)
・「人に思いつかせること」(P186)

3-8.人の身になる
・「他人にものを頼もうとする時には、まず目を閉じて、相手の立場から物事をよく考えてみようではないか。“どうすれば、相手はそれをやりたくなるだろうか”と考えてみることだ」(P191)
・「人の身になること」(P191)

3-9.同情をもつ
・「人間は、一般に、同情を欲しがる。子供は傷口を見せたがる。時には、同情を求めたいばかりに自分から傷をつける事さえある。大人も同様だ-傷口を見せ、災難や病気の話をする。ことに手術を受けた時の話などは、こと細かに話したがる。不幸な自分に対して自己憐憫を感じたい気持ちは、程度の差こそあれ、だれにもあるものだ」(P198)
・「人の考えや希望に対して同情をもつこと」(P199)

3-10.美しい心情に呼びかける
・「・・・相手にしゃべらせ、相手の期待通りに同情と興味を持って、その言葉に耳を傾けた。やがて、相手が冷静になったのを見定め、彼の公正な判断に訴えた。つまり、彼の美しい心情に呼びかけたのである」(P205)
・「人の美しい心情に呼びかけること」(P206)

3-11.演出を考える
・「現代は演出の時代である。単に事実を述べるだけでは十分ではない。事実に動きを与え、興味を添えて演出しなければならない。興行的な手法を用いる必要がある。映画、ラジオ、テレビなど、皆この手法を使っている。人の注意を引くには、これによるのが有効だ」(P208)
・「演出を考えること」(P210)

3-12.対抗意識を刺激する
・「“仕事には競争心が大切である。あくどい金儲けの競争ではなく、他人よりも優れたいという競争心を利用すべきである”優位を占めたいという欲求、対抗意識、負けじ魂、男の気概に訴える法だ」(P212)
・「成功者は、みなゲームが好きだ。自己表現の機会が与えられるからだ。存分に腕を振るって相手に勝つ機会、これが、色々な競争や競技を成立させる。優位を占めたい欲求、重要感を得たい願望、これを刺激するのだ」(P214)
・「対抗意識を刺激すること」(P214)

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(関連記事)
D.カーネギーの「人を動かす」(1/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(2/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(3/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(5/5)

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2007年4月16日 (月)

D.カーネギーの「人を動かす」(3/5)

D.カーネギーの「人を動かす」の紹介、第3弾だ。

今日、お茶の水駅前の本屋でこの本を手にとって見たら、346ページ。
自分の持っている本は291ページ。1972年発行の550円。
つまり、抜き書きしたページ番号を幾ら書いても、今売っている本とは違うということだ。
でもまあ良いだろう。

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デール・カーネギー「人を動かす」より(3/5)~(原文通り)~続く

3.人を説得する法
 3-1.議論を避ける
・「議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしか無いという結論に達した。その方法とは-議論を避けることだ」(P126)
・「議論したり反駁したりしているうちには、相手に勝つようなこともあるだろう。しかし、それは空しい勝利だ-相手の好意は絶対に勝ち得られないのだから」(P128)
・「誤解は、議論をもってしては永久に解けない。気転、外交性、慰撫、そして、相手の立場で同情的に考える思いやりをもってして、はじめて解ける」(P131)
・「自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇が無いはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりする事を思えば、いよいよ喧嘩は出来なくなるはずだ。こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大な事でも、相手に譲るべきだ。こちらに十分の理があると思われる場合でも、小さな事なら、譲ったほうがいい。細道で犬に出合ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲ったほうが賢明だ。たとえ、犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない」(P131)
・「議論に勝つ最善の方法は議論を避けるにありと心得ること」

3-2.誤りを指摘しない
・「自分の考えることが55%に達する自信もないとすれば、そういう人間に他人の間違い指摘する資格が、はたしてあるのだろうか」(P132)
・「そもそも、相手の間違いを、何のために指摘するのだ」(P132)
・「人を説得したければ、相手に気付かれないようにやることだ。誰にも感づかれないように。巧妙にやることだ。“教えない振りをして相手に教え、相手が知らないことは、忘れているのだと言ってやる”これが秘訣だ」(P133)
・「・・・だから、他人の間違いを指摘するようなまねは一切しないことに決めた」(P134)
・「相手が誰であろうと、口論をしてはいけない。相手のまちがいを指摘して怒らすようなことはせず、外交的手腕を少し用いるということだ」
・「相手の意見に敬意を払い、決して相手の誤りを指摘しないこと」

3-3.誤りをみとめる
・「自分に誤りがあるとわかれば、相手の言う事をさきに自分で言ってしまうのだ。そうすれば、相手には何も言う事が無くなる。十中八、九まで、相手は寛大になり、こちらの誤りを許す態度に出るだろう」(P147)
・「自分の誤りを直ちに快く認めること」

3-4,おだやかに話す
・「腹が立った時、相手を思いきりやっつければ、さぞかし胸がすくだろう。だがやっつけられた方は、同じように胸がすくだろうか?喧嘩ごしでやっつけられて。気持ち良くこちらの思い通りに動いてくれるだろうか」(P153)
・「もし、相手が拳をかためてやってくれば、こちらも負けずに拳を固めて迎える。だが、相手が“お互い良く相談してみようではありませか。そして、もし、意見の相違があれば、その理由や問題点を突き止めましょう”と穏やかに言えば、やがて、意見の相違は思ったほどでもなく、互いに忍耐と率直さと善意を持てば、解決できることがわかる」(P153)
・「おだやかに話すこと」

3-5.“イエス”と答えられ問題をえらぶ
・「はじめに“イエス”と多く言わせれば言わせるほど、相手をこちらの思うところへ引っ張って行くことが容易になる」(P166)
・「相手が“イエス”と答える問題を選ぶこと」

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2007年4月15日 (日)

NHK「新シルクロード~激動の大地をゆく」が始まった

NHKスペシャル「新シルクロード ~激動の大地をゆく」という重たい番組が始まった。
今夜は第1集「炎と十字架」。 カスピ海と黒海にはさまれた南コーカサスの三つの国、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアを行く。

見終わった後の、自分の顔の“笑みの無さ”は何だろう。「現実」という迫力に打ちのめされたか・・・?
昨日(4/14)終わったアンコール放送「NHK特集『シルクロード』第2部 ローマへの道」の石坂浩二と喜多郎の悠々たる内容とは全く違う。
前は数千年前の遺跡を悠々と訪ねたが、今回は「たった13年前の民族紛争で廃墟と化した民家」の“遺跡”なのだ。

見終わった後の、この“重たい後味”・・・・。
世界は広い。我々(と言うより自分)が知らない様々な世界の現実がここにある。そして理不尽な戦争によって人が死んでいる現実が、まだまだそこにある・・・・。
日本という平和な国に当然のように生活し、“納豆がどうだとか、生命保険会社はキタナい・・・”なんていう話が話題になるノー天気な日常。そのように暮らしていることが、何か罪悪であるような気がしてきた。(たぶん、今だけだろうが・・・・)

言うまでもないが、この番組のディレクターと納豆のディレクターの、質の違い・・・
この番組で言いたいことは何だろう?
「ノー天気な日本人さん。“井の中の蛙”で良いのか?世界の中では、まだまだやる事はあるのでは・・・?美しい日本を作る前に・・・」ナンテ言っているのかな・・・?

しかし、“世界史&世界地理大嫌い”人間にとっては、この番組はなかなか勉強になりそうだ。
最近のクセで世界地図を片手に番組を見た。聞いたことのあった国ではあるが、こんな所にあったのか・・・から始まった。
しかし、ハイビジョンの鮮明な映像で映し出されたのは、アゼルバイジャンとアルメニアの民族紛争による難民の現実とは・・・・・。
日本から見ると、コーカサスの小さな国の民族紛争など良く分からない・・・。しかし現地に行ってみると、そこには目を背けられない現実が・・・・。これだけは行ってみないと分からない。

高校の頃は自分もそれなりに世界の国は知っていた。しかしそれから40年。世界の国は、まったく変わってしまった。
還暦が近づいた今、この番組は、もう一度世界の国々の現状を自分の目で眺めてみる良い機会になるかも知れない・・・。
自分で企画するのは大変なので、テレビと共に・・・・。
(BShiの「世界の小さな国」という番組もなかなか面白いが、ついでにこの番組も、シルクロードに拘らないで、アフリカ等にも行ってくれないかな・・・・?)

フト思い出した。
この「後味」は、昔学生の時に見た北海道の「晴れた摩周湖」と同じだ。それまでゲタゲタ笑っていた皆が、摩周湖を見た瞬間、ハッと急に静かになった・・・・。真(まこと=真実)は心臓をえぐる。

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D.カーネギーの「人を動かす」(2/5)

D.カーネギーの「人を動かす」の紹介、第2弾だ。

この永遠のベストセラーの最大の欠点は、本の題であろう。
「人を動かす」という人を喰った傲慢な題。
自分もこの題を聞いたときに抵抗を覚えたものだ。
原題は「HOW TO WIN FRIENDS AND INFLUENCE PEOPLE」だが、自分なら「人と円滑な人間関係を作る方法」とか何とか・・・
でもこれでは刺激が無くて、売れないのかも・・・?
ともあれ、せっかく抜き出しをコピーし出したので最後まで。
(最後までコピーするには5回位必要のようである)

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デール・カーネギー「人を動かす」より(2/5)~(原文通り)~続く

2.人に好かれる法
2-1.誠実な関心をよせる
・「友を得るには、相手の関心を引こうとするよりも、相手に純粋な関心を寄せることだ」(P55)
・「我々は、自分に関心をよせてくれる人々に関心をよせる」(P67)

2-2.笑顔を忘れない
・「私は、人の悪口を言わないことにしました。悪口を言う代わりに、誉めることにしています。自分の欲する事については何も言わずに、もっぱら、他人の立場に身を置いて物事を考えるように努めています」(P72)
・「快活さを失った場合、それを取り戻す最善の方法は、いかにも快活そうに振る舞い、快活そうにしゃべることだ」(P72)
・「笑顔で人に接すること」(P77)

2-3.名前を覚える
・「名前というものは、当人にとって、最も快い、最も大切な響きを持つものだという事を忘れないこと」(P87)

2-4.聞き手にまわる
・「好ましい第一印象を与えることに失敗するのは、たいていの場合、注意深く相手の言う事を聞かないからだ」(P98)
・「あなたの話し相手は、あなたの事に対して持つ興味の百倍もの興味を、自分自身の事に対して持っているのである」(P100)

2-5.関心のありかを見抜く
・「人の心をとらえる近道は、相手が最も深い関心を持っている問題を話題にする事だ」(P101)
・「相手が関心を持っていることを見抜いて話題にすること」(P105)

2-6.心からほめる
・「常に相手に重要感を持たせること」(P108)
・「すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ」(P108)
・「相手の心を確実に手に入れる方法は、相手が相手なりの世界で重要な人物であることを率直に認め、そのことをうまく相手に悟らせることだ。(P112)
・女性に愛される方法について質問すると彼はこう答えた-「別に難しいことは何もしません。相手のことばかり話していればいいのです」(P121)
・「相手に重要感を与える-しかも、誠意をこめてこれを行うこと」(P122)

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D.カーネギーの「人を動かす」(1/5)
D.カーネギーの「人を動かす」(3/5)
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2007年4月14日 (土)

エライお坊さんの人間臭さ

偉い?お坊さんも結構人間臭いんだな~・・・というお話。
ひょんな事から「大法輪」という雑誌の5月号を買った。
その巻頭法話に真宗佛光寺派宗務総長 大谷義博氏の「賜る信心」というコラムが載っていた。
巻頭に出てくるのだからかなり偉いお坊さんなのだろうが、結構人間臭く、面白かった。曰く・・・

「・・・・何を信じれば生きていけるのか。・・・答えは一つ、わが身、わが心を信ずる以外に道は無いのではないか。
数年前・・・・、近所のJ病院に行くと採尿を求められ。紙コップを渡すなり医師はひどい血尿だという。即座に腎臓、膀胱のレントゲンを撮りたいということでX線室に移動、原因は即断できないが、かなり大きな腫瘍らしき陰が見える。そこから出血している可能性が考えられるとの診察、直ちに入院を勧められた。・・・・・何がなんだか分からないまま、入院患者に早変わり。
こうなると癌と直感し、悪い方に悪い方に考えてしまうものだ。今まで聞かせてもらい、お伝えもしてきたつもりのお念仏の教えはひとかけらも出てこない。すべてを失ったような言いしれぬ脱落状態に陥った。投薬もなく一切の治療も施されないまま一ヶ月の検査入院を余儀なくさせられた。担当した三人の医師の共通した結論は一過性のものと判断、腫瘍も何も見あたらないと診断が下った。
こうした体験を通して、あらためて仏語の「無有代者(むうたいしゃ)」という誰にも代わってもらえない事実を受け止めざるを得なかった。」

「・・・話は変わるが、私は年末になると必ずと言っていいほど宝くじを買うことにしている。おもしろいことに、買ったとたんに今まで静かであった心がざわめき出すのだ。・・・・今年は、もしや当たるかもしれん。その予測がよぎるやいなや、頭の中はもう使い道を考えているのだ。
まず秘密にする事を前提に使途の項目を列記しながら迷い始める。買い求めたというだけで様々な煩悩が際限なく広がっていく。勝手な想像と分かっていながら止まらないところがお粗末ながら私の心だ。・・・」

これは面白い。
エライお坊さんも何のことはない。我々と同じではないか・・・・
(仏教は心の平安を目指しているように思えたのだが・・・)

自分など、“心が乱れる”ので株はやらない。宝くじも同じで、最近は買わなくなった。
自分の方が、よっぽどお坊さんらしいな・・・・と思った。
(もっとも真の理由は、資金が無いためかも知れないが・・・。まあ良いだろう)

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2007年4月13日 (金)

D.カーネギーの「人を動かす」(1/5)

今朝(07/4/13)の新聞に、D.カーネギーの「人を動かす」の広告が載っていた。自己啓発書の原点だ。
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1937年の発売以来、世界で880万部売れ、邦訳累計でも440万部売れたという。
(ちなみに歴代ベストセラーは、1位が「広辞苑」で1100万部、「星の王子さま」が600万部、「窓ぎわのトットちゃん」が578万部というから、440万部はスゴイ)

自分がこの本を知ったのはサラリーマンになった時だった。誰に紹介されたかは忘れたが、ある意味“我が人生はこの本に近付くための戦い?”であったのかも知れない。
この本を知ってから40年弱にもなるが、結論としては、まあ戦いは負けだな・・・
つまり、書いてあるようなことは到底出来なかったということ。(これからも出来るとはとても思えないので、敗北宣言だ)

*前に抜書きしたものを下記に貼り付けてみる。出版後70年も経っているので著作権的にも許されるだろう・・・

==========================
デール・カーネギー「人を動かす」より(1/5)~(原文通り)~続く

1.人を動かす原理
1-1.盗人にも五分の理をみとめる
・「人間はたとえ自分がどんなに間違っていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだ」(P7)
・「他人のあら探しは何の役にも立たない。相手はすぐさま防御体制をしいて、何とか自分を正当化しようとするだろう」(P7)
・「人を非難することの無益さは、歴史にも幾多の例がある」(P8)
・「人を非難するのは、ちょうど天にむかってつばをするようなもので、必ず我が身にかえって来る。人の過ちを正したり人をやっつけたりすると、結局、相手は逆にこちらをうらんでくる」(P10)
・「手きびしい非難や詰問は、たいていの場合、何の役にも立たない」(P15)
・「他人の欠点をため直してやろうという気持ちは、確かに立派であり、賞賛に価する。だがどうして先ず自分の欠点を改めに掛からないのだろう?なまじっか他人の矯正をするよりも、自分を直す方がよっぽど得であり、かつ危険も少ない」(P16)
・「思う存分他人のあら探しをやってよろしい。だが、その前に自分が完全になっていることが条件だ」(P16)
・「自分の家の玄関が汚れているのに、隣家の屋根の雪に難癖をつけるな」(P16)
・「死ぬまで他人に恨まれたい方は、人を辛辣に批評してさえしておればよろしい。その批評が当たっておればおるほど、効果はてきめんだ」(P17)
・「およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するという事を、良く心得ておかねばならない」(P17)
・「成功の秘訣は“人の悪口を決して言わず、長所をほめること”」(P18)
・「理解と寛容は、優れた品性と克己心をそなえた人にして、はじめて持ちうる徳である」(P18)

1-2.重要性を持たせる
・「人を動かす秘訣は・・・自ら動き出したくなる気持ちを起こさせること-これが秘訣だ」(P19)
・「人間の持つ最も根強い衝動は、“重要人物たらんとする欲求”だ」(P20)
・「自己の重要感を満足させる方法によって、その人間の性格が決まる」(P23)
・「他人の長所を伸ばすには、誉めることと、励ます事が何よりの方法だ。上司に叱られる事ほど、向上心を害するものはない。私は決して人を避難しない。人を働かせるには奨励が必要だと私は信じている。だから、私は人を誉める事が大好きだが、けなす事は大嫌いだ。気に入った事があれば、心から賞賛し、惜しみなく賞賛を与える」(P28)
・「どんなに地位の高い人でも、小言を言われて働く時よりも、誉められて働くときの方が、仕事に熱がこもり、出来具合も良くなるようである」(P28)
・「やさしい誉め言葉は、夜明けの星の奏でる音楽のように、いつまでも記憶に残り、心の糧となるものなのだ」(P30)
・「お世辞と感謝の言葉とは、どう違うか? 答えは簡単である。後者は真実であり、前者は真実でない。後者は心から出るが、前者は口から出る。後者は没我的で、前者は利己的である。後者は誰からも喜ばれ、前者は誰からも嫌われる」(P31)
・「自分の長所、欲求を忘れて、他人の長所を考えようではないか。そうすれば、お世辞などは全く無用になる。ウソでない心からの賞賛を与えよう。シュワッブのように、“心から賞賛し、惜しみなく賞辞を与え”よう。相手は、それを、心の奥深くしまい込んで、終生忘れないだろう-与えた本人が忘れても、受けた相手は、いつまでも忘れないでいつくしむだろう」(P33)

1-3.人の立場に身を置く
・「人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ」(P35)
・「成功に秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることの出来る能力である」(P39)
・「他人の立場に自分を置くことができ、他人の心の動きを理解できる人は、将来を心配する必要などはない」(P46)

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2007年4月12日 (木)

寺子屋に入った

先日、(現代版の)寺子屋に入った。東方学院という。
「東洋思想の研究およびその成果の普及」が目的!!の寺子屋で、東大名誉教授だった中村元博士が創設した。(創設が昭和45年というから、自分がちょうどサラリーマンになった年だ)

考えてみると、会社以外の団体に入れてもらったのは初めて。まさに“恐る恐る”行ってみた・・・。
まず先週開催されたガイダンスで、居られる先生方の“立派さ”に圧倒された。
どうも、大学院を出て、大学の先生に就職が決まるまでの中継ぎで居られる先生も多いらしい。
あまりにアカデミックで「失敗したかな・・!?」と心配になった。
講義の数は大変に多いが、ほとんどが平日の昼間なので自分には無理だ。
先生方の話では、講座によっては生徒が1~2名の所もあり、まさにマンツーマンとの事。それでいて授業料が一科目年間で4万円(別に入会金が3.5万円)。まさにボランティアのかたまり。これは創設者の中村元先生の理念なのだろう。

先日の第1回の講義。古いマンションの一室・・・。。
自分の選んだ講義は、数少ない夜間の講義。東大名誉教授の先生と、生徒15人で教室はもう満杯。そのうち5人は女性。年齢的には(自分も含めて)ほとんどが初老の人達だった。
講義は来週から。授業は、何だか先生が当てた生徒が順番にテキストを朗読する形で進めて行くらしい。先生は、これが自分のやり方だと言っていた。(先生に当てられるなど、大学以来だ)
しかし先生は76歳らしいが、まだまだお元気。

テキストは中村元著「仏典をよむ」だとか・・・。
これは先日、自分が散々読んだ本だし、元となったNHKの放送録音も何度も聞いている。このブログにも前に書いた。奇遇だがこれなら自信があるぞ・・・。

さてさて、今後はどうなるのだろう? 週一回のペースはちょうど良いが、どこまで皆に溶け込めるかが心配だ。(他人のなかに入って行くのは全くの苦手。自信は無い。弱ったけど仕方がないな・・・)

しかし、大学以来はじめて入った学校。(つまり40年近く、会社生活に埋没していて別の世界を知らないのだ)
これはまさに、2~3年後??に見えている“定年後の時間のつぶし方”の足慣らしなのである。

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2007年4月11日 (水)

早稲田の斎藤投手の父親は偉い

先日(07/4/7)の朝日新聞スポーツ欄(P19)のコラム「佑&愛 6」を読んで、早大に進んだ斎藤投手及びその父親の考え方は偉いと思った。曰く・・・

「・・・斎藤自身は将来の青写真を、こう描く。『プロ野球選手が目標ですけど、それが終わった後の、第二の人生も考えて。もちろん、野球で活躍して一生暮らせればいいですけど。教員とか、メディア関係も』
 地に足の着いた考えは、親の人生哲学が投影されている。父の寿孝は『プロ野球選手の寿命は1軍でプレーするクラスの選手でも10年ぐらい。佑樹には、引退後の長い人生を考え、一般社会で生きていける人間になるための勉強を大学でしっかりしてほしい』・・・」

まったく同感だ。父親として、一時の流行に浮かされていない。冷静に現実を見つめている。何よりも「売れるときに売っておこう・・・」という刹那的な考えが無い。立派だ。
このコラムでは、以下の“事実”にも言及している。

「・・・ドラフト制度が始まった65年から03年までを調査した『日本プロ野球のドラフト制度に関する研究』によると、高卒、大卒、社会人出身のうち、1軍の試合経験なしに引退する選手の4分の3が高卒だ。投手の場合、1軍経験なしに引退するのは高卒は37.3%と、大卒の15.9%に比べて高い。執筆者の一人、日体大スポーツ局の黒田次郎は『近年、高卒の平均在籍年数は4年に満たない。大学卒業前の若さでお払い箱になる計算だ』と指摘する。・・・」

(プロ将棋の世界でも、26才で4段に昇段できなければ退会とか。将棋以外の世界で生きていく為には、この位で止めさせなければ・・・という心遣いとのこと)

何でもこの斎藤投手というのは、06年の甲子園で有名になって「ハンカチ王子」とか言われているそうだ。
自分は、このテの浮いた話は大嫌いなので、全く感心が無かったが、このコラムを読んで感心した。まさに父親の教育の成果・父親の人生観の現れなのだろう。

ヤンキースの松井選手も人格者で立派だが(松井選手の父親は歌手まがいなので嫌いだが)、これから早大の斎藤投手がどの様な人生を歩んでいくのか、少し関心を持つことにしよう。

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2007年4月 8日 (日)

いつもの散歩道

桜が満開。いつもの散歩道を写真に撮ってみた。

オリンパスの中央研究所の裏の階段を、多摩川の方に降りていくと、階段の途中に「西玉神社」というのがある。何の神さまを祀っているのかは分からない。
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階段を降りると「真言宗智山派比慮宝山大蔵院福生寺」というお寺がある。開創は元和をいうから400年の歴史?
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多摩川に出ると、側にあるのが「平町公園」
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昨夜の雨のせいか、水が堰をゴウゴウと流れていた。
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少し歩くと、数年前に整備したグランドで、少年野球中。
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そして八高線の線路の下を通って・・・。ちょうど八高線の電車が来た。
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多摩大橋の方に歩いていくと「多摩大橋飛行場?(勝手につけた・・)」があるのはご存じ??(もっとも模型飛行機だけど・・・)
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そして「多摩水再生センター」の屋上にあるのが「八石下広場」~何て読むんだろう・・・
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そして、雑木林の中を通って、またオリンパス中央研究所の裏まで、3.2K、小一時間のメイ子との散歩なのであります。拝島橋の方を眺めると、青空がきれい。
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この道を「中まわり」と言う。

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2007年4月 4日 (水)

ロシア民謡「鶴」の国内唯一?のCD

06年の7月頃まで、BS朝日でやっていた韓国ドラマ「砂時計」の主題歌のCDが手に入った。IOSIF KOBZONという人が歌う「CRANES」という曲だ。

昨年のある晩、兄貴から電話があり「今、『BS朝日』をつけろ。今流れている曲が良いだろう・・・」と言う。
「なーんだ。ロシア民謡の『鶴(つる)』だ」と答えた。(「鶴」という歌については、前に自分のBLOGでも書いた)

兄貴が、このCDが欲しいというので、NETで調べたら、IOSIF KOBZON というロシア人が歌う「CRANES」というタイトルの歌だという事が分かった。
CDは韓国の通販サイトで売っていた。このサイトで試聴も出来る。しかしこのサイトはハングルなので読めない。

後日、カミさんの友達に韓国の三世さんが居り、その人にこのサイトのハングルを読んで貰ったら、やはり韓国の国内だけの通販サイトだと分かった。やはり韓国内でしか売っていないようだ。
しかしその三世さんが『何とか韓国に連絡して、入手してあげる』という話になり、頼んだ。

そして、その三世さんが色々と苦労してくれた結果、何とかそのCDが手に入ったのである。ラッキー。まさにロシア民謡的に、低音で朗々と歌う『鶴』・・・・・。
録音はロシアのMELODIYAで87年。それを韓国でライセンスを取得してCD化。94/12/15発売のCDだった。まさに日本に唯一のCDだ。
少しだけ聞いてみよう・・・

<イオシーフ・コブゾーン(IOSIF KOBZON)の「鶴」>

自分は、よほどこの歌に縁があるようだ。
(入手したCDは兄貴にプレゼントしよう。たぶん日本に存在する唯一のCDだろうから・・・・)

(関係記事)
鮫島有美子のロシア民謡「鶴」
ロシア民謡「鶴」は広島の原水禁大会がきっかけ・・

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2007年4月 1日 (日)

桜が満開だ

暑い一日だった。
静岡では31℃を越えたとか・・・ニュースでやっていた。
いつもの散歩道も、桜が7分~満開。
(せっかく携帯で撮ったので載せておきましょう・・・)

八王子水再生センターの多摩川側の桜>

Ts290170

<八高線と多摩川が交差するところの桜>
Ml_ts290169

<八王子水再生センターの建家屋上に設置してある公園から多摩川の多摩大橋を望む>
Ts290173

来週の日曜日まで、桜が持てば良いが・・・
そう言えば、今日から新年度。
4月1日はエイプリルフールだったな。
しかしこの言葉も最近では死語だな・・・。
(何を言いたい? 今日は単に天気が良かったね・・・・だけ)

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