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2007年1月20日 (土)

「中村元―仏教の教え 人生の知恵」を読んだ

中村元―仏教の教え 人生の知恵」という本を読んだ。大哲学者の“中村元学”の入門書である。

しかし一人の人間が、一生の間にこの様に膨大なアウトプット(著述・業績)が出せるものか・・・・という事に、先ず驚嘆した。
学生時代にドイツ政府から賞を授与されたという抜群のドイツ語力や、英語、フランス語はもとより、パーリ語、サンスクリット語の仏典原典からの翻訳等、その語学力故に世界中の人が影響を受けたという中村元氏。この本で、その人柄が良く分かった。

その中で、「はじめての人のための中村学入門 中村先生が生涯をかけられた事典 堀内伸二」に書いてあったエピソードが印象に残った。(P178)

「・・・・先生は、この成果を発展させて新たな事典を編纂する必要性を感じ、この事典の刊行後ただちにその仕事に取りかかられたのである。そして実に20年という長い歳月を費やして原稿が整えられ、昭和42年暮れ、あとは出版を待つのみとなった。
 ところが、事もあろうに不慮の事件により、出版社に預けてあった200字詰め約4万枚の原稿のすべてが紛失してしまったのである。信じられない出来事が起こったのである。原稿を管理していた出版社が、移転の際の不手際から起こした紛失事故であったようである。事の真相はともあれ、よほどの事件であったことは確かで、新聞十数社による報道記事、テレビ出演などの報道機関を通じての発見協力始め、届けを受けた所轄の警察署では5人の捜査員を投入・捜査、また仕切りや屋、探偵社への依頼、古紙回収ないし製紙会社への依頼、風呂屋のポスター等々、その規模は大変なもので、文字通り血眼になっての捜査が展開された。それというのも「このような研究はだれにでもできるものではない。仏教界にとってかけがえのない大損失。・・・・中村教授は一般の人にも仏教を理解してもらうにはどうしたら良いか、と深い語学力を応用してわかりやすいことばで説明、コツコツと研究をかさねていた。その方法はあらゆる文献を集めて新解釈をさがしだすというもので、仏教語近代化をめざす画期的なもの。・・・・原稿がもどらなければ、もうあれだけの大成されたものは書けないだろう」という、当時、立正大学仏教学部長であった坂本幸男博士のことばに端的に示されている学術的価値があったからである。
 先生のもとに紛失のことが伝えられたのは、12月9日のちょうど夕食時であった。電話を切られたあと先生は「どういうことかよくわからないんだが、原稿がなくなったと言うんだよ」とのみ。ご家族の方に静かに語られたそうである。中村先生のご息女でいらっしゃる三木純子さんからこの話を伺った時、内心、先生らしいお一言だなーと思い、また先生のそのときのお顔が何となく想像された。
 当時の新聞記事に載せられている先生のコメントの中に「カードの整理から管理保管、手伝いの人の世話まで、いろいろと気をくばってくれた家内は、・・・『あれはわたしもずいぶんお手伝いしましたのに』といって顔をくもらせます。それをみると、わたしが悪かったような気がしてつらい思いをします」「もし見つからなくても、投げ出してしまっては協力いただいた数多くの方々に申し訳ない」と、周りの方々への思いやりの言葉が実に多いことに気付く。先生は、紛失した出版社の批判は、この電話を受けられた後においても、ついに口にされることが無かったそうである。
・・・・・・・・また紛失後8年目にしてようやく「佛教語大辞典」の刊行をみたときには、御家族に「おかげでより良いものができた」とおっしゃられたそうである。驚くことに、「投げ出してしまっては協力いただいた数多くの方々に申し訳ない」とのことば通り、紛失の連絡を受けた10日後には、再編集のための打合せを始められている。」

実に人柄が良く出ているエピソード文なので、つい転記してしまった。
(自分など、PCがロックして書きかけのデータが消えてしまったときなど、PCを窓から放り出そうとする。まあそもそも人間の構造が違うので、比べるまでもないが・・・)

しかし下記の言葉が中村元氏の真の原点を表しているような気がした。

「先生は、「<東洋のこころ>というものがあるとすれば、それはいったい何か。その底に流れるものを求めての半生であったといっても、過言ではないように思います。・・・・その何かこそ『温かなこころ』ということではないかと思うのです」と晩年述べられている。」(P181)


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