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2006年12月 8日 (金)

梅原猛の「私の履歴書」を読んだ

梅原猛の「私の履歴書」を読んだ。と言っても日経(01/5月)ではなく「神殺しの日本」という本の後半の「大いなる知に導かれて」である。

氏の人生については「梅原猛の授業」に書いてあったので本にはスッと入れ、アットいう間に読んでしまった。この履歴書は、普通の時間軸を追った形式ではなく、かなり自由に書かれている。
本当の哲学の所は分からなかった。ニヒリズム云々・・・。自分は哲学者とは何をする人か良く分からないが、自分にとっての梅原猛は歴史学者&作家。でもこの本を読むと、本当の姿は(良く分からない)哲学者。

京都芸大の学長になったきっかけが、大学移転闘争だったことや、猿之助のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の作者が氏だったこと(もっとも自分は見たことがないが)、それに脳死臨調(臨時 脳死及び臓器移植調査会)の委員を務めたこと等は知らなかった。
ここに気になる文章があった。

心臓死は現代の人間の常識であるが、昔から人類は、たとえ心臓が止まり、身体が冷たくなってもなお魂が肉体に帰ることを願って「もがり」などを行った。死者への愛のために死をできるだけ遅く認めることが人類のゆかしい風習であるのに、心臓が鼓動している、身体の温かい人間を死者とすることは許されない。(P194)
*「もがり」とは、人が死んで葬られるまでの期間、故人の復活を願ってその遺体を布などで巻いたりお棺に納めて仮に安置することで、仏教が広まる前の日本でもこの風習があったことが知られている。

・・・・臓器の提供は家族の同意ではなく、主として本人の意思表示とした。・・・・
私は脳死を死と認めることには反対であるが、臓器移植については必ずしも反対ではない。私は臓器移植を、何万分の一かもしれない生の可能性を放棄して他人の命を助ける菩薩の行為として容認するものである。

また2度のガン(60才で大腸ガン、72才で胃ガン)を自己発見して全快したというからすごい。
それにしても、氏のこの温和な顔つきはどこから来るのだろう。仏教の影響か、まさに悟りの顔つき・・・。慈悲の顔・・・。
自分もこの顔に少しでも近付きたいものであるが、「理不尽は嫌いだ~!・・・」なんて某外資の大会社相手にケンカをしているようでは、まあ到底縁が無いな・・・・


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