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2006年12月29日 (金)

「般若心経」勝手帖-08 無眼耳鼻舌身意

ぜーこーくーちゅーむーしきむーじゅーそーぎょーしき
是故空中受想行識

むーげんにー びーぜっ しん にー
眼耳鼻舌身意

むーしき  しょーこーみーそく  ほー
色声香味触法

むーげんかい ないしー むー いーしきかい
眼界乃至意識界

「是故空中」とは「だから空(くう)の中には(・・・が無い)」という意。
では何が「無」」だと言っているのか・・・? ここから、21個の「無」が始まる。
まず「色受想行識」が無だと言っている。次に「眼耳鼻舌身意」、次に「色声香味触法」、そして「眼界~意識界」が無だと言っている。

「色受想行識」は五蘊(この世を作る5つの要素)であり、意味は前に書いた。前は、「五蘊皆空」のように、五蘊は全て“空”だと言っていたが、今度は「五蘊(色受想行識)」は“無”だと言っている。
「眼耳鼻舌身意」と「色声香味触法」は対を成している。「眼耳鼻舌身意」はまさに病院の眼科、耳鼻科、口腔外科?(舌)、皮膚科/内科/外科(身)、精神科(意)であり、そこで医師が直すのが、色/形などの物質()がで見える事、耳でが聞こえること、りが嗅げる事、わえること、って分かること、そして最後が分かりづらいが、識による存在(法)(=心によって把握される存在)・・という訳である。
「眼耳鼻舌身意」は六根(ろっこん)と言い、「色声香味触法」は六境(ろっきょう)という。
そしてこの12の知覚を生じる場を「十二処(じゅうにしょ)」(=12の知覚を生じる場)という。

次に、「眼界~(乃至=ないし)意識界」とは十八界(=18の知覚認識の要素)の事であり、中間が省略されている。正確には、眼界から意界までの六根、色界から法界までの六境、そして眼識界から意識界までの六識(ろくしき)で、6×3界で十八界である。これが全て「無」だと言っている。

では「無」とは何だ? 「無」とは、決してそれ自体で固定的にあるのではなく(分子の固まり具合の違い・・)、縁起(えんぎ=いわゆる“縁”)として相い関連しあって仮に存在しているのである。という事。つまり、空(くう)だな。

つまり「般若心経」というお経は、「苦しみや心の迷いが生じたときは、偏見を捨てて、視点を転換して別の方向から考えてみなさい。そうすれば、迷いや苦しみが楽しみに変わるかも知れない」と教えている。(「声を出して覚える般若心経」P57)

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