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2006年11月の16件の記事

2006年11月30日 (木)

「梅原猛の授業 道徳」を読んだ

「梅原猛の授業 道徳」を読んだ。2年くらい前に「仏教」も読んだが、「道徳」はそれ以上に、何か心が洗われるような気がした。それは本に書いてある文言から、と言うよりも、梅原猛という人物から来る“気“なのかも知れない。
品格があり、熱意がある。そして持論を展開しながらも、人間的な暖かさを感じる。
また授業という、いわゆる“ライブレコーディング”なので迫力がある・・・・

しかしAmazonを覗いてみたら、書評でだいぶん厳しい意見もある。
“この種の本は、著者と同種の精神論が好きな人だけのためのものだと思う”と書き込んでいる人がいたが、確かに思い込み的な内容もあり、ハナに付く人もいるだろう。この手の本は、人によってフィットする人とそうでない人に分かれると言うことだ。まあ自分はその内、フィットした者・・・・ということだ。

昔、カミさんが「“隠された十字架”が良い」と言っていたので「梅原猛」という名前は知っていたが、読んだのは先の「仏教」に続いて2冊目。
改めて、ネットで梅原猛氏の略歴を読んでみた。やはり立命館大の教授や京都市立芸術大の学長を経験している教育者だ。この人間的な深みはここから来ているのだろうか?(内容については、追って書いてみようと思うが・・・)

中で、自分の生い立ちについても触れている。日経の「私の履歴書」で書いてくれないかな・・・、と思ってネットで検索していたら、既に01年5月に書いていた。本になって出ていないかと調べていたら、「神殺しの日本」という06/9発刊の本に日経「私の履歴書」の加筆修正版が載っているという。(グッドタイミング!それを教えてくれる“ネット”はすごい・・・・)

早速この本や、授業シリーズ最後の「梅原猛の授業 仏になろう」、そして代表作の「隠された十字架」を読んでみようと思いAmazonに頼んでしまった。
(タネを明かせば、この「道徳」もカミさんが読みたいというので買ったもの。しかし“時間が無い・・・・”と読まないので自分が読んでみたもの。でもこの人には惹かれたな・・・・。この勢いで数冊読んでみよう)

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2006年11月26日 (日)

「般若心経」勝手帖-06 色不異空空不異色

しゃーりーしー しきふーいーくー くー  ふー いーしき
舎利子色不異空空不異色

しき  そく  ぜー くー くーそく ぜー しきじゅーそーぎょーしきやくぶーにょーぜー
色即是空空即是色受想行識亦復如是

いよいよ一番有名なところ。最近になってやっとこの意味が分かってきたような気がする。
単純に訳すと「舎利子よ、色(物質)は空に異ならず、空は色に異ならないのだ。また、色は空であり、空は色である。受・想・行・識も同じだ」

「舎利子よ」は観音さまが、聞き手の代表としてブッダの10大弟子の筆頭、智慧第一と言われた舎利子(シャーリプトラ)に呼びかけている。
「色不異空」は二重否定。“色は空に異なることはない”という事は「色=空」。
「空不異色」は“空は色に異なることはない”と言うので「空=色」。
それを丁寧に繰り返して「色即是空」は“色はすなわち空だ”。つまり「色=空」。
「空即是色」は“空はすなわち色だ”。つまり「空=色」
4回同じ事を言っている。
「受想行識亦復如是」とは、“受も想も行も識も、色と同じだ”と言っている。つまり、受=空、想=空、行=空、識=空 だと言っている。

それでは「空」とは何だ?
「宇宙は粒子で出来ている」と訳した柳澤桂子さんの訳を借りると、昔、高校で化学の時間に“全てのものは分子で出来ている(分子は原子で出来ている)”と習った。
“H2O”は水・・・とか。つまり世の中の全てのものは、HとかOとかの分子が集まって出来ていることは誰でも知っている。ここで言う物質(色)は当然だが、物質の一種である生き物に宿っている“心(受想行識)”というものも、分子の集まりである“生き物”に宿っているので、やはり分子があればこそ存在している。
その分子(原子)は、宇宙の中で濃淡があり、濃の部分が我々が目に見える物質となり、淡の部分が真空の宇宙のような空間になる。これらは単に分子の濃淡という現象である。(自分が「ミクロの決死隊」になって分子の間をくぐり抜けられると実感できる)

よって宇宙の全ての現象は、常に移り変わって行く現象の一過程だ。この状態を「空」という・・・。
こんな解釈をしてみたが、どうだろう?

だから何が起きても(たとえ誰かが亡くなっても)、あんまりそれに拘って大騒ぎをする事は無いよ・・・・。と観音さまがこの経典で諭しているような気がしてきた。

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2006年11月25日 (土)

立川でモ-ツァルトのレクイエムを聴いた

今日、親戚(と言っても、貰った犬の“実家”だが・・・・)からS席のチケットを貰い、立川市市民会館でモーツァルトのレクイエムを聴いた。
<指揮>柳澤寿男 <ソプラノ>大岩千穂 <アルト>永井和子 <テノール>高丈二 <バリトン>稲垣俊也  <管弦楽>日本フルハーモニー交響楽団 <合唱>祝年にモーツァルトを歌う会(合唱指揮:市瀬寿子)

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曲は、モーツァルトの交響曲第41番“ジュピター”と「レクイエム」。
何と言ってもメインはレクイエムだが、合唱は「祝年にモーツァルトを歌う会」という、このコンサートのために結成されたという合唱団。

席が何とも凄かった。一番前列の中央。指揮者とコンサートマスターが前方2メートル。まさに目の前。相撲で言う「砂被り」席だ。よって、いわゆる“指揮者の位置でナマのオーケストラを聴けた”貴重な体験・・・・というわけだ。
オーケストラの音のバランスからすると最上とはいえないが(やはりヴァイオリンが強い)、音が途切れたときに、指揮者の服の擦れ合う音が聞こえ、コンサートマスターのヴァイオリンの弓から、数本の毛が切れて、それを曲の合間に取る仕草が見える。また楽章と楽章の間で、指揮者が手を下ろしたとき、指の屈伸運動?(結んで開いて・・)をしているのが見える。
ホールの後ろだと、直接音よりもホールに反響した間接音が主になるが、最前列だと全てが直接音。

自分にとってレクイエムは最も好きな曲の一つだが、合唱・独唱があるためか、なかなか聞く機会がなかった。04/12にサントリーホールで大賀典雄指揮を聴いたのが初めてで、今日は2度目。
特に印象に残ったのが、楽章間の静寂。150人の合唱団とオーケストラが、一糸乱れぬ演奏で、楽章がスパッと終わると全くの静寂。少し置いて、指揮者が動くと緊張が解ける・・・。かなり訓練を積んだ合唱団らしい。
この合唱団も男声は女声の半分。どの合唱団も同じだが、これから団塊の世代が野に下る?と、様相も変わって来よう・・・

ところで、言うまでもなく「レクイエム」は、日本語で言うと「死者のためのミサ曲」。それなのに、この合唱団の上から3段目中央の男性は、なぜか終始楽しそうに歌っていた。
どうもそれが気になり、ついついその人の顔を覚えてしまった・・・・。
(この曲はモーツァルトが死の床で最後に作った悲しい未完成曲!なのだ・・・・)

ともあれ自分もそのうち、ぜひこのレクイエムをオーケストラと一緒に歌ってみたいものだ。
素人が歌える機会はなかなか無いのだが・・・(30数年前に、外山雄三で第九を歌った経験はあるものの・・・)

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2006年11月23日 (木)

「般若心経」勝手帖-05 「五蘊」とは

しょうけんごーうん かい くー どー いっさい くー やく
照見五蘊皆空度一切苦厄

02からの続きである
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
とは、「観音様がかつてほとけの智慧の完成を実践された時、世の中を構成する要素は5つに分類されるが、それらは皆実体が無い事を見抜き、あらゆるの苦厄を取り除いたのであった」

ここに般若心経のキーワードである「五蘊(ごうん)」と「空(くう)」が登場する。
「五蘊(ごうん)」とは、“この世を作る5つの要素”であり、それは物質(=身(色))と精神(=心(受・想・行・識)からなっている。
それらが空(固有の本性を持たない)であるから、逆に世界が成り立っている。という。

「色(しき)」とは物質であり、柳澤桂子さんは「生きて死ぬ智慧」で「宇宙は粒子に満ちています。粒子は自由に動き回って形を変えておたがいの関係の安定したところで静止します」と表現している。
つまり、宇宙は粒子の濃淡で出来ており、目の前の物体は粒子がたまたま濃い場所であり、逆に真空の空間は粒子が淡い場所だ、という。
だから物体がそこにあるのは、たまたまであって、いつまでもそこにあるわけではない。という。

「受(じゅ)」とは感受作用で、暑い・痛い・甘い・苦しい・・・・(肉体的・生理的な感覚)
「想(そう)」とは表象作用で、好き・嫌い・赤い花・・・(心に浮かぶ像を作る働き)
「行(ぎょう)」とは意思形成力で、心の働きが一定の方向に作用していく事(意志)
「識(しき)」とは認識・知覚作用で、眼・耳・鼻・舌・身・意という6種の感覚器官(六根=ろっこん)によって、色・声・香・味・触・法の6種の存在対象(六境=ろっきょう)を認識する働き。

「度一切苦厄」の「度」は、「度す」=「渡る」「渡す」つまり、向こう岸(彼岸)に渡す=救済すること、である。
つまり「すべて(一切)の苦しみ(苦)や災難(厄)のある此岸から離れて安楽の彼岸に渡る(度)」という意味。

(06.12.19追加)
では「苦」とは何か?“四苦八苦”と言うが、その意味は、
1)「生苦しょうく)」~生まれる苦しみ
2)「老苦(ろうく)」~年老いていく事の苦しみ
3)「病苦(びょうく)」~病むことの苦しみ
4)「死苦(しく)」~死ぬことの苦しみ
以上の「四苦」に次の4つを加えたものを「八苦」という。
5)「愛別離苦(あいべつりく)」~愛するものと分かれる苦しみ
6)「怨憎会苦(おんぞうえく)」~うらみや憎しみをもった相手と付き合う苦しみ
7)「求不得苦(ぐふとくく)」~欲しいのもが手に入らない苦しみ
8)「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」~我々の生存そのものの苦しみ

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2006年11月22日 (水)

NHK土曜ドラマ「ウォーカーズ」が面白い

HDD(ハードディスク)に録っておいたNHK土曜ドラマ「ウォーカーズ」を何とはなしに見ていたら、つい引き込まれてしまって、録画しておいた2回分を見てしまった。

ひょんな事から四国八十八カ所巡りをする主人公と、その周辺の(訳ありの)人々・・・・
四国八十八カ所のお寺が、次々と綺麗な画面で出てくる。
2回目(11/18放送)では、室戸岬の近くの「御厨人窟 (みくろど)」という場面が印象に残った。ここは19才の空海が修行をして、「空海」という名前を名乗った場所であるという。NHKのHPの「プロデューサー撮影日記」にはこうある。(しかしNHKのHPは至れり尽くせり・・・・)

空海が修行したという御厨人窟での撮影。虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という念仏を百日間で百万遍唱えたら、空に輝く明星が口に飛び込んだという。洞窟の入り口から見える空と海。

三浦友和が演じる定年直後の団塊の世代。
こんな番組を見ていると、他人事では無いな~と思ったり・・・・
「そのうちに時間が出来たら、我々も八十八カ所を回ろうか・・・」と言うと、カミさんからはつれない返事・・・・。
まあそんな事はないと思うが、いやに気になる四国八十八カ所ではある。

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2006年11月21日 (火)

インプラント~一番“価値のあった”買い物

長い人生で色々な買い物をするが、インプラントほど価値のあった買い物は無かったと、今でも思っている。(少しオーバーだが・・・)

今朝の朝日新聞に折り込まれていた「定年時代」に、 「インプラント治療ガイド」という本の広告があった。著者はインプラントセンター・八王子の きぬた泰和氏。
ふと懐かし?く思った。とうとうあの先生が本を書いたか・・・・と。

03年4月に、左下奥歯に3本のインプラントを90万円で入れてもう3年半になるが、その存在をもうすっかり忘れている。
つまりすっかり自分の歯になりきっているということ。

思い出すと、学生時代に遡る。食事の時に、奥歯の一本に詰めてあった金属が外れたらしく、その瞬間に噛んだため、歯が割れた。
それが切っ掛けで、しばらくしてその歯を抜き、ブリッジをしていたが、歯ぎしりの影響か、ブリッジをしていた片方の歯が傷んで抜け、今度は2本ブリッジをしたらまた台座の奥歯が傷んで抜けて、とうとう左奥の3本が抜けてしまった。
そしてあの時を迎える。あの時~つまり入れ歯を貰った時~自分は呆然と立ちすくんだ。(と言ったらオーバーだが・・・・)
「これから毎日、歯茎で支えたぶかぶかする入れ歯で食事するのか・・・・」と思うと奈落の底へ転落した。

でもそれからの動きは早かった。
カミさんが口コミで聞いてきたインプラントを調べ、その人から聞いたインプラントセンター・八王子に行き、即手術。
5ヶ月後に完成。それからもう3年半にもなるが、それ以来、歯のことは全く忘れている。つまり全く違和感が無いので意識に登らないのである。

きぬた歯科というのは西八王子駅南口駅前にある。普段は普通の若い歯医者さん。でもインプラントの経験だけは豊富らしい。海外でその道を極めたという。
駅前ではない別棟に、素晴らしい“インプラントセンター”があるが、そこはインプラントの手術(金属の根を埋め込む)をするときだけ。その時以外は駅前の「きぬた歯科」で治療。まあ“インプラントセンター”と謳っているので、看板は必要なのだろう・・・・。

自分の場合を簡単に紹介すると、電話で問い合わせて、きぬた医師に予約と金額を聞く。自分の場合は左下奥歯3本という事で(下顎の骨の厚さがあったので)一番易しい例という。30万円×3本で90万円。
手術当日は、麻酔を掛けて歯茎を切り開いて骨を露出させ、ドリルで穴を3つあけてチタンの台座を埋め込む。それから歯茎を縫っておしまい。
予約時間は3時だったが、終わったのが3時35分。時間にして35分。手術の正味は20分。早いと言うよりは乱暴。きぬたさんは鼻歌を歌いながらドリルでガガガ・・・。鼻歌は、まあ患者を安心させるためだろうが・・・・

一週間後に抜糸。4ヶ月後にまた歯茎を開いて埋め込んだ台座に土台の金具(ナットの部分)を取り付け、それが歯肉から表面に出るようにする。それから義歯を作ってボルトで取り付ける。
ここまで手術から5ヶ月掛かった。顎の骨にチタンの台座が骨と一体化するまでの時間が必要らしい。
しかしそれからはノントラブル。他の患者も同じらしく、保証は10年だが、患者がその後どうなったかは分からないと言っていた。それもそのはず、行く必要がないので患者はきぬたさんに行っていないのである。だから先生もその後の状況が分からない・・・
半年毎だったか、ハガキが来てチェックに来るように言われるが、サボっている。

とまあ、永く人生を過ごしてきて?今までで一番価値のあった買い物はこのインプラント義歯だ・・・・という事なのである。(生活の質・・・。毎日のことだから大切・・・・・)
体験的反省としては、多少金が掛かっても、1本抜けたときにインプラントを入れるべき。ブリッジにすると、次々に隣の歯にダメージが行く。
(人によってはインプラントが合わない人も居るらしいが、医師の経験で左右される??~極端な失敗例では、穴を深くあけすぎで顎の骨から突き抜けて大事になる。ここが経験・・・・・と、きぬたさんが言っていた)

しかしこの体験(奈落の底)以来、食後にキチンと歯磨きをするようになり、歯を大事にしているので、最近はあまり歯医者に行っていない。(エッヘン!?)

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2006年11月20日 (月)

「仏像の事典」を読んだ

熊田由美子監修「仏像の事典―仏像の見方・楽しみ方がよくわかるを読んだ。

本屋で何となく手にして買った本。これが意外と良かった。
仏像の見方について、如来・菩薩・明王・天部・羅漢等に分けて解説している。
それぞれの仏さま毎に、意味・像形・印相・構成・特徴が最初に記してあり、非常に分かり易い。

特に「姿」の解説が面白い。
如来は「服装は6年間の苦行の末に覚りを開いた釈尊の姿をもとにしている」といい、菩薩は「釈尊の出家前の姿である、インドの王族や貴族階級の服装をモデルにしている」のだそうだ。
だから如来はシンプルであり、菩薩はアクセサリーを付けているのか・・・・・。なるほど・・・・。

また菩薩について、
「菩薩の代表は観音菩薩だが、観音菩薩はさまざまに姿を変えて人々を救済する菩薩であったため、後にその多様な功徳を身体的に表現した変化(へんげ)観音が現れます。顔や目、手、足などが人間より多く表現され、千手観音、十一面観音、・・・・・などがこれにあたります。変化観音に対して、本来の観音を聖観音とよぶ場合があります」

この文章で、今まで自分の頭の中で混乱していたものが解けた。観音さまにも色々あるが、その意味がやっと分かった。(前に、「十一面観自在菩薩像というのがあるが、良く見るとこれは怪物だ・・・」ナンテ書いてしまった。何というバチ当たりめが・・・・)

また「天部とは、バラモン教やヒンズー教で信仰されていた神々が仏教に取り入れられたものの総称で、仏やその教えを護り、人々に現世利益をもたらす役目があります。」とか・・・・
天部には、毘沙門天や帝釈天、弁財天など、聞いたことがある名前が多いが、そうだったのだ・・・・。金剛力士も天部のひとつという。(目から鱗だな・・・)

ともあれこの本一冊で、これから自分が仏像を見る目も、だいぶん進化すると思う。
「本も“出会い”だな」とつくづく思った。

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2006年11月19日 (日)

「チャングムの誓い」が終わった

NHK総合TVで54回に亘って放送されてきた「チャングムの誓い」がさっき終わった。第一回が05/10/8というから丸一年の連続放送だった。しかし自分は一度の欠席もなく見た。(まあHDD録画のおかげだが)

ミーハーの自分は、最初は見ずに、他人の評判を聞いて見る場合がほとんど。チャングムの誓いも、完全に母や兄の影響。BS2で先に放送された時の皆の評判を聞いていたので、総合TVで放送されると聞いたときに見ることにした。そしてはまった。
同じ様な例では「冬のソナタ」もそうだった。

しかしなるほど、このドラマはなかなか見応えがあった。途中、罠とか復讐とかの場面もあったが、最後は万々歳。
ハリウッドの大スペクタクルや、日本ドラマのしみじみした余韻・・とかは無いが、まあまあ面白かった。
TVドラマも、今回の終了で、ただひとつ見ていた連続モノが無くなってしまって寂しいが、また世間の評判を聞いて、再放送を見る事にしよう。

ところでTVドラマの見方だが、カミさんは「世間の評判は関係ない。自分の心に響くかどうかだ」というが、自分に言わせると「自分にフィットするかどうかは、全ての番組を見なければ分からない。そんな時間がある訳がない。だから先人達に見て貰って、皆が良いというのもには何かがあるはずなので、その中から選ぶのが最も効率の良い番組選びの方法だ・・・・”と反論する。
でもまあ、世間の評判通りに自分にフィットするかというと、その確率がはなはだ低いことも事実だ。だから今回で、見ているドラマが無くなった・・・・訳だけど。

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2006年11月18日 (土)

いじめられている君へ~朝日新聞

最近、朝日新聞の1面に「いじめられている君へ」というコラムが載っている。11/17は劇作家の鴻上尚史(こうかみしょうじ)氏だった。タイトルは「死なないで逃げて逃げて」。

カミさんが「これだ!」と言うので、読んでみた。なるほど。これは当たっている。
曰く:

 あなたが今、いじめられているのなら、今日、学校に行かなくていいのです。
 あなたに、まず、してほしいのは、学校から逃げることです。逃げて、逃げて、とことん逃げ続けることです。学校に行かない自分をせめる必要はありません。大人だって、会社がいやになったら、会社から逃げているのです。
 次にあなたにしてほしいのは、絶対に死なないことです。
 そのために、自分がどんなにひどくいじめられているか、周りにアピールしましょう。思い切って、「遺書」を書き、台所のテーブルにおいて、外出しましょう。学校に行かず、1日ブラブラして、大人に心配をかけましょう。そして、死にきれなかったと家にもどるのです。
 それでも、あなたの親があなたを無視するのなら、学校あてに送りましょう。あなたをいじめている人の名前と、あなたの名前を書いて送るのです。
 はずかしがることはありません。その学校から、ちゃんと逃げるために、「遺書」を送るのです。
 死んでも、安らぎはありません。死んでも、いじめたやつらは、絶対に反省しません。
 あなたは、「遺書」を書くことで、死なないで逃げるのです。
 だいじょうぶ。この世の中は、あなたが思うより、ずっと広いのです。
 あなたが安心して生活できる場所が、ぜったいにあります。それは、小さな村か南の島かもしれませんが、きっとあります。 
 僕は、南の島でなんとか生きのびた小学生を何人も見てきました。
 どうか勇気を持って逃げてください。(以上原文通り)

被害者に目線を合わせた、実に良いアドバイスだ。
カミさんが良く「溺れている人に、“ここまで泳いでくれば助けてあげる”という態度は傲慢だ。今溺れているのだから、何も求めずに助けてあげなければ・・・」と言う。まさにこのコラムは、そのスタンスだ。

数十年前を思い出しても、幸いに家ではそれほど大きな事件はなかった(と自分は思っている・・・。カミさんからは叱られるが・・・)。
でも以前住んでいた所の隣家で、「いじめられているので、転校する為にしばらく子供を連れて住む所をかわる」という人が居た。

「今、何が重要か・・・」という考え方について、今更ながらハッとさせられた。
最近の子供達の自殺についても、前の隣家のように親が“行動を起こす”事で最悪値を避けられる場合もある。
しかし、「会社が・・・」「お金が・・・」といった理由で、子供の悩みに目を塞ぐ場合が多い。
それで済めば良いが、もし最悪値になった時に、“あの時に行動を起こしていたら・・・”と後悔しても遅い訳で・・・・・・。

「今、何が重要か?」・・・・
「代替があるものは重要ではない。代替の効かない事を最重要に考えるべき」と思い出したのは、やっと最近。
会社に没頭していると、“会社あっての家庭(給料含む)”と考えてしまうが、会社は代替が効く。しかし家族は代替が効かない。その事にやっと気付いた?この頃・・・?
しかし、これから何らかの事件が起きたとき、会社(収入含む)をなげうって家族最優先に行動を起こせるだろうか? はなはだ自信は無い。
今更ながら、(偶然にも)子供が無事に育って良かった・・・と、胸をなで下ろす今日この頃である。

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2006年11月17日 (金)

内山田洋が亡くなった・・・(音の良い歌謡曲)

「内山田洋とクールファイブ」のリーダー内山田洋氏が先日亡くなった(2006/11/3享年70才)という。
前川清が離脱したのが、1987年というから本当の意味でのクールファイブの歌は20年前に終わっていた事になる。
自分は、趣味のひとつに「良い音で歌謡曲を聞くこと」を挙げているが、その原点がこのクールファイブのLPだった気がする。

Img_01711 「悲恋」(72/3)がB面一曲目にあったLPを買ったが(1973/10)、昼休みになると会社の友人を寮の部屋に連れてきては(入社早々は工場の敷地内にあった独身寮に住んでいた)このLPを聞かせ、「どうだ。良い音だろう」と自慢したものだった。
このLPはまさに擦り切れるくらい聞いたが、このLPが自分の“ハイファイ(今では死語になったが)歌謡曲”の原点だったのかも・・。

Image01021 思い出すと、クールファイブを聞き始まったのは1971年7月発売の「港の別れ唄」だったな~。中国地方へ出張したとき、旅先のどこかで耳にして・・・・・。
クールファイブの「港の別れ唄」を少しだけ聞いてみよう。

<内山田洋とクールファイブ「港の別れ唄」>

「港の別れ唄」
 作詞:有馬三恵子
 作曲:内山田洋

1)雨にうたれながらも
 じっと見つめた目と目
 あんな幸せだった恋も
 嘘になるのか
 二人ともこれっきりじゃ
 
淋しいと知っているのに
 ヨコハマ夢も消えて
 ついに別れてきたよ
 濡れたタバコをすてた雨の桟橋

2)夢を夢見た夜も
 今じゃはてなく遠い
 消えて行く君のその細いうしろ姿よ
 この腕をのばしたら
 済むのかも知れないに
 ヨコハマ夢も消えて
 なぜかあきらめた夜
 男泣きしたかった雨の桟橋

良い音の歌謡曲と言えば、五輪真弓も良く聞いた。
SONYのCDプレヤーの1号機を買って、CDを集め始まったが、(CDを最初に買ったのが82年12月だったが)85年にかけて立て続けに五輪真弓のCDを買った。
しかし何故か今はほとんど聞いていない・・・・。時代と共にフィットしなくなったのだろうか・・・・。

今はMP3の時代。いやはや大変な時代になったものだ。

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2006年11月16日 (木)

日経の私の履歴書(江頭邦雄氏)がおもしろい

11月の日経の「私の履歴書」は、味の素の会長 江頭邦雄氏である。
これが面白い。まるでドラマ・・・。

どうも「私の履歴書」というコラムは、面白い人とそうでない人に分かれるようだ。
月初め、読み出した印象で“今回はフィットしないな”、と感じると1ヶ月は全く読まないが、今回のように、巷の小説よりも面白い場合は、まさに連続小説を読む感じ。朝刊が待ち遠しい・・・

ネットで「江頭邦雄」を検索してみると「18年5月に日本経団連副会長」とある。
なるほど、かなり有名な方のようだ。
まあ有名であるかどうかはどうでも良いとしても、せっかくの人生、人に語れるようなダイナミックな生き方が出来ると、人生ラッキーだ。

なに?自分の場合??
こんなBLOGでブチョブチョ書くくらいが関の山さ・・・・(フン=自嘲気味に)

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2006年11月15日 (水)

ナンバープレイス~壮大な時間の浪費??

今日、ナンバープレイスは壮大な時間の浪費であることを悟った。

2週間ほど前の新聞の日曜版に、数字を入れるパズルが載っていた。縦横に9までの数字を埋めるゲーム。何とはなしにやってみたら、はまった・・・・。
次の週を楽しみにしていたら、一回限りだったらしく、単に正解が載っていただけ・・・・
聞くとかなり流行っているパズルとか・・・・。たまたま電車の中で本を片手に夢中になっているサラリーマンを見つけ、「何~んだ。本があるのか・・・」と・・・。
そして今週の初めに自分も東京駅の本屋で買ってしまった。
その帰り道、いつもはスヤスヤ寝る電車の中で、何と寝ないで3問!も解いてしまった。

それ以来、毎日帰りの電車の中で、寝ていない。
いつもは東京駅で読書を始めても、3つ目の駅である四谷まで保たない。つまり毎日スヤスヤと寝て帰るのが常だった・・・。
今週は、その生活習慣が崩れている。毎日、目は爛々と輝き、寝るなんてとんでもない。
会社の最寄り駅に着くやパズルを始めて、バスが家の近くに着くまで、ムキになって解いている。今日など、あやうくバスを降り損なう所だった・・・・

そして悟った。「ナンバープレイスは壮大な時間の浪費である」と・・・・・
明日からまた読書?と睡眠に戻ろう。そしてこれは現役リタイア後の楽しみに・・・・?

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2006年11月14日 (火)

オジサンの防寒対策~マフラーは役に立つ!

もう冬である。昨日(11/13)の朝は、我が八王*では、何と3.6℃。
今朝は少し上がったが、それでも5~6℃。
電車を待つ駅のホームが吹きっさらし(ホームが空中に浮いている構造)なので、老体にはこたえる・・・・・

前にバスで、背広に何とマフラーだけを巻いている格好の悪い人を見かけた。
何という場違いな格好だろう・・・・、とバカにして忘れていた。
しかしこの寒さに、昨日の朝、ふとそれを思い出して同じ格好をしてみた。(良くなかったら、カバンにしまえば良いと・・・・・)
それが素晴らしいのである。寒さがかなり防げる。格好を気にせずに、ワイシャツが外から見えない位、ネクタイの周りをマフラーで覆ったら、イヤ暖かいこと・・・・
東京駅に着いたところで外すので、都会でも浮いた存在にならない・・・。
たまに、コートを着ている人を見かけるが、それよりも目立たない。これは良い。

しかし朝は凍えるのに昼は暑い。
昼休みに散歩で外に出たら、ワイシャツでも暑い位・・・・。まさにこの寒暖の差は砂漠なみだな・・・・・。
また、今朝の電車の中は暖房が入っていたので、ラッキーと思っていたら、途中で切れてしまった。東京駅に着いた頃は、おお寒う~~

しかし、この様などうでも良いことをここに書くこと自体、年のせいで少しの寒さも身に凍みてきた証拠?(それともBLOGのネタ切れ・・?)
でもこんな事を話題にしていたら「生涯現役が目標」・・・ナンテ、笑われてしまうな・・・

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2006年11月11日 (土)

やはり家の機械には“意志”がある?

先週、「家(うち)の機械には魂があるらしい」と“認め”たら、他の機械も次から次にその“意志”を出しやがって(失礼)、今週は大変な一週間だった。

土曜にPCが臓器(心臓=HDD)移植(交換)で生き返ったが、何と次の日に、そのPCと一緒に4年半前に買った無線LANの親機(ルータ)がギブアップした。
日曜日(11/5)の夕方に、ネットに繋がらなくなり、前にもあった現象なのでまた局側の問題だろうと放って置いた。しかし月曜朝にも復旧しない。
おかしいと思ってヤフーBBに電話したら、壊れていないと言う。言われた通りに(有線で繋いであるPCの)LANケーブルを直接モデムに繋ぐと動く。 無線LANだ・・・・・・!

また通販で安い(1.4万円)のを買おう、と買うモデル(WHR-HP-G54)を決めて、帰りがけに何とはなしに有楽町ビックカメラに寄ったら、何と4千円引きで特売(実質1.1万円)をやっている! 即買い。
なるほど、我が家の無線LAN君は、なかなか見上げたものだ。“買い”のチャンスを分かっていて、タイミング良くギブアップ宣言をしてくれたのか・・・・。
家に帰って繋ぐと、早い。 g 規格だけあって、カミさん専用の(有線LANの)PCでは、何と6.7M。これにはビックリ。2Fの自分のPCも、無線で5.3M。光に変える必要など全く無い。
しかし、それから他の3台の(旧型無線カードの)PCを繋ぐのに四苦八苦。結局“暗号無し”にしてしまった。

同じ月曜日、無線LANを買って家に帰ると、カミさんが「コピーがおかしい。時々帯状に絵が流れる」という。「次に流れたら、プリンターを変えて実験しろ」と言っておいたら、次の火曜日に「どのプリンターでも現象が出る」と言う。
何と今度はスキャナーが音を上げた。 買ってからたった2年だ。いくらカミさんの使用頻度が高いとは言え、あまりに短命。何も今のクーデターに付き合うことは無いのに・・・。まったく根性無しめ! 仕方なく、水曜日に通販に注文。
(家の機械の大暴動に、もうカンベンしてくれ~・・・)

トドメは無線LANの子機。
“暗号無し”にしてからも、どうしても繋がらなかったPCが、先の“心臓移植”で生き返ったPC。これに使っていたのが、まさに親機とパックのセットで買ったカード型の無線LANの子機。
どうやっても手が無くて、今朝(土曜日)バッファローの電話サポートに応援を求めた。結果、子機カードの故障という。
「何で俺だけ苦労しなければならないのか」と一緒に無線LANの子機も、一緒にギブアップしてしまった。
しかもこれらは一週間のうちの出来事・・・・・・

昔、松*電器の製品は非常に設計が“高度だ”と聞いたことがあった。
つまり、ある程度使っていると、多臓器不全になって死ぬ。よって使っていた人は、諦めがついて買い換える。
それに引き替え、東*や*立の製品は頑丈に作られているので、客はなかなか買い換えない・・・と。

今回も、前者だと素晴らしいが、本当だろうか?
否、自分は、「やはり家の機械には意志(魂)がある」と思っているのだが・・・・

しかし殉死?とは見上げたもの?
うちのカミさんは自分が死ぬと殉死するか?する訳無いだろう・・・!
ではカミさんが死んだら自分は殉死するか? (大きな声では言えないが)100%絶対にしない・・・。
でも結果として(食事を作る人が居なくなって)餓死するだろうから、結果は殉死する事と同じだな・・・と思っている!?

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2006年11月 4日 (土)

機械にも魂(生命)はある?

自分は、(勝手に)機械にも魂(意志の力)が存在すると思っている。

4年半前に買ったノートパソコン(dynabook T3/480CME)が昨夜壊れた。ハードディスク(HDD)の故障である。
このPCは、1年前に新しいのを買ったので、現役は引退したものの、今度はデジタルラジオ(衛星CS放送)の録音という専用の仕事を任され、それまでの“時々使う”立場から、“連続運転”というハードな仕事に変わり、いつ寿命が尽きるかと心配だったが、昨夜とうとう音を上げた。

ここ一日二日、連続録音している筈が途中で止まってPCが固まっているので、おかしいな・・・と思っていたが、再立ち上げをしたらHDDがカタカタと音を立て始まった・・・。ヤバイ。
それでも何とか苦しげにWinを立ち上げて・・・と思っているうちに、また固まる・・・・。

もうトシだろう、と諦めようとしたが、完全ダウンという訳でも無い。エラーのブルーの画面が出たり、色々と見たことの無いようなエラーメッセージが出るが、強制的に電源を切って再投入すると立ち上がる“事もある”。このままではデータを消さないとヤバイ。データも一応はバックアップしてあるが、念のためにもう一度・・・と思ったり・・・。

それで、最後の力を振り絞って貰うことにして、大事なデータ順に外付けHDDに落とそうとした。しかしこれも完全ではなく、途中で力尽きた。
最後にはデータの消去。ヤバイデータは何とか消せた。メールのデータ消去も時間が掛かったが何とか消せた。途中何度も休みつつ、何度も再立ち上げを繰り返しつつ・・・。
そして何とかごみ箱を空にして個人情報を消せたのが、午前2時を回った頃・・・・
HDDはカタカタと音を立てながらも、よく頑張った。

さーて、このPCは棄てて、録音専用のノートをもう一台買おうかとネットで調べると、やはり5~6万はする。どうしようかと・・・・

今朝になって電源を入れると、一晩寝て疲れが取れたせいかHDDも静かに何事も無かったように立ち上がる。バックアップを諦めたデータもあったのに全部消してしまった・・・と残念に思ったり・・・
それから“東芝PC工房”とやらに電話して聞いてみると、一般市販品のHDDを取り付ければリカバリCDで生き返ることを知り、このPCも、もうひと頑張りして貰うことにした。
近くのPCショップに聞くと40Gで1万円という。これで決まり。
午後買い物の帰りにHDDを買って、夕方からムキになて手術。HDDはビス2本で簡単に取り替えられたし、再セットアップも、前にやったのと同じ。まさに臓器移植だ。そして夕飯前には各種デジタル録音用のフリーソフトも入れて、立派に生き返った。
倒れたのが休日、という好条件から、1日も経たない内に現役にカンバックできた。

想えば、前に会社のPCでも同じ様なことがあった。
ブルーのHDDエラーの画面が出てきた時は、こっちの人間側が固まってしまった。タカをくくっていたので、何のバックアップも取っていなかったため、さすがに青くなった。それどころか、頭が真っ白になった。まさに神さま仏さまである。
その時も、奇跡的にセーフモードで立ち上がり、データをサーバーに移すことが出来た。死の前の最後の頑張りである。そしてバックアップが終わるとHDDがばったり・・・。
この時も“機械にも生命(魂)がある”と思った。頑張れ!と念じれば応えてくれる・・・・。

話替わって、我が家でいつも話題になるのが「ガス給湯器」である。パーパスのTP-FQ2160RMというものだが、家を建てて以来18年間、まったく故障が無い。自分も設計屋の端くれだが、これは素晴らしい。もし壊れても、必ず同じメーカの物にしようと、心の(金の)準備は整っているのだが、老骨むち打って音を上げない。
しかも偉いことには、自分で自分を修理する。
つまり時たま、「ええい!こんなに汚くてはやってられん!」と急に室外機がボコボコと大きな音を立てる。ビックリして電源を切るのだが、その後に給湯器の内部の湯垢が大量に湯船に出てくる。そして勝手にきれいになって、また頑張っている。
このように人間を当てにせずに、自分で頑張る姿には敬服する。
よってこの給湯器も、人間の意志で(本人(?)がギブアップする前に)取り替えては失礼だ、という事になり、自ら表明するまではこのまま使い続ける事にしている。

つまり、我が家では「機械や物にも魂(意志力)がある」と思っている。

昔から、人々は自然の驚異に対して、“万物に神が宿る”としたが、我が家の色々なものにも、事によったら神が宿っているのかも・・・・?
(しかしSONYのベータVTRは、昔の記録をDVDに落とす間もなく勝手に退陣した。SONYの機械には神が宿っていないのか・・・・?~20年も前の機械だから仕方がないが・・・)

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2006年11月 2日 (木)

耳が壊れた(突発性難聴)話

右耳が壊れて(突発性難聴)から8年になる。でも通勤では毎日MP3で音楽を楽しんでいる・・・・。不思議な脳のメカニズムの話である。

8年前(1998/7/31)に、北海道に旅行したときに右耳の耳鳴りがひどくなり、ホテルの部屋のTVで実験したら、何と右耳が聞こえない。ちょうどスピーカユニットを箱をつけないで鳴らした音。いや壊れたラジオの音?。低音が聞こえない。旅行の前に近所の耳鼻咽喉科に行って聴力検査もしたが、大変だ!という話は無く、薬(ステロイドの飲み薬だった)を貰っただけだった。急に悪化したのか・・・・

旅行から帰って、メニエール病の友人の薦めで信濃町のK大病院に行った(8/4)。聴力検査をやった途端「立派な突発性難聴」と言われた。125Hzで75dB、1Kで40dB。即ステロイド点滴を2週間。最初は多く、段々と減らして行く。これが効いた。医者は「これは戻るぞ・・・」と言う。薬はメニエール病用の薬が主。
「突発性難聴は発症後2週間経つと固定してしまって治らない。それ以前に治療の開始が必要。また低音性難聴は高音性よりも治りが良い」と言われたが、最初の1カ月間は色々な症状(音がビリつく。音に影がある。等々)が出たものの、1カ月経つと125,250Hzで20dB、500Hzで5dBと完全に復帰した(9/4)。しかしそれで話は終わらない。

それから2ヶ月後(11/13)に再発。125~1Kまで55dB、2KHzで20dB。今度は飲み薬でのステロイド。2週間飲んだが効き目無し。副作用でフラフラ(気持が悪い)になり、医師に言ったら即投薬中止。医師が「それだけ聞こえれば、日常生活に支障無いでしょ?気にしない事」ナンテ言われてギブアップ宣言された(12/5)。
ところがその二日後に勝手に良くなった。250Hzで25dB、500Hzで10dBまで復帰。もう正常そのもの。しかしそれで話は終わらない。

3年経った頃に高音の耳鳴り。しかし「突発性難聴は再発しない」「突発性難聴は片耳だけ」という原則にあぐらをかいて病院に行かなかった。結果、人間ドックでの聴力検査で今度は立派な「高音性難聴」。低音は良いが、4KHzで30dB、8KHzで55dB。それから半年以上、同じK大病院で薬を貰ったが、時すでに遅しで何の効果も無かった。ここで打ち止め。
(その後、耳鳴りを気にしなくするため、K大病院の自律神経訓練をやったが効果無し。また相当長期間に亘って精神安定剤(ワイパックス)を飲んだ。~色々な安定剤を貰ったが、ワイパックスが一番効いた)

この経験で分かったこと。
1)発症の原因はストレス。上司との人間関係でのストレス。今となっては何(誰)がストレスだったかが明確に分かっている。普通は即刻入院させて、外部からの情報を遮断する。(ストレスで発症する病気は、その時に体で一番弱いところに現象が出てくるという。自分の場合は耳だった。医師に「子供の時に中耳炎とかやらなかった?」と聞かれたが、確かに記憶にある・・・)

2)耳鳴りは、耳のAGC(Automatic Gain Control=自動音量調整)が効いているため。つまり自分の場合は右耳の高音の感度が落ちているため、脳が勝手にその帯域のゲイン(感度)を上げるため、耳鳴りになる。

3)左耳は正常だが、右耳が変な周波数特性のため、ステレオ音楽を聞くとものすごい違和感。よってスピーカからの音楽はダメ。しかしイヤホンはあまり違和感が無い。よってそれからはイヤホンで音楽を聞いている。

4)右耳だけで聞くと、音が少し高い方にズレて聞こえる。(半音くらい高く聞こえる) しかし両耳で聞くと脳が制御し、左の音を元に右耳の音程を修正するため、あまり違和感が無い。また右耳も低音は聞こえるため歌手の音像はちゃんと中央に聞こえる。もちろん高音は左しか聞こえないが、もともとそのような録音もあるわけで、問題はない。

5)しかし、“右耳だけ”の実力はかなり弱い。右側から話をされても、音の解像度が悪いため聞き取れない。AGC(自動音量調整)が効いて耳鳴りは相変わらず・・・。どうしても右サイドから話しかけられると、体をひねって左耳で聞くようにしている。

良い点?
1)昔のモノラル録音時代、モノラル音源を疑似ステレオにするためにBPF(バンドパスフィルター)を通して、左チャンネルを高音、右チャンネルを低音にしたものがあったが、今の自分は全ての音がそれ。MP3で昔のモノラル録音を聞くことがあるが、みんなステレオ(左チャンネルから高音、右チャンネルから低音・・・)に聞こえる。これはメリットだ。(トホホ・・・・)

子供の時からラジオ作りが好きで、音楽が好きだった。よって、電気メーカに入ってオーディオの仕事がしたかった。それに耳には絶対の自信があって、聴力検査が楽しみだった。それだけに、耳が壊れたときのショックは大変だった。(両耳だったら・・と思うと、ぞっ!とする)

しかし、MP3では192Kサンプリングと160Kサンプリングの音は聞き分けられないが、CS放送のミュージックバード(PCMリニア)からMP3化した音と、スターデジオ(MPEG4)の圧縮した音源からMP3化した音の違いは分かる。もう執念だ・・・

しかし何?ベートーヴェンが耳が壊れた(両耳)後で第九を作曲したって??それは何かの間違い。出来る訳がない。原理的にあり得ない。幾ら天才でも、それは100%無理。(耳が壊れてみて、それが良く分かる。聞こえないのに、和音が認識できる訳がない)
よって今後の研究で「ベートーヴェンの(耳が壊れた後に作曲されたという)第九等の作品は、実は聞こえていた時に作曲されており、ベートーヴェンが“出し惜しみ”をしていた事が、最近の研究で分かった」という発表があるのではないかと思う。
   ↑
(2011/06/28追)
この自分の思い込みは間違いだった。2011年6月28日付けの作曲家“ヨシオ”さんのコメントを参照下さい。

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(補足-070605)~先輩からのアドバイス=このページへのアクセスが多いので追記。

・耳鳴りが気になったら、まず自分で下記のチェックを! ⇒ 突発性難聴は必ず片耳で発症するため、耳孔を片方ずつ指で塞いでTVの音を聞いてみると良い。同じように聞こえるかどうか? またTVの音量を下げて、良い方の片耳で聞けるギリギリの音量にして、耳鳴りのする方の耳が同様に聞こえるかどうか? (耳鳴りは、聴力が落ちているために耳鳴りという現象になる為)

・上記チェックでヤバイと思ったら、必ず大学病院に行くこと。あえて近くの大病院とは書かない。普通の大病院では(死ぬことがないため)町の耳鼻科と同じで、はなはだ心もとなく、時間を失して取り返しがつかなくなる。大学病院では、紹介状が無い場合5千円取られるが、金の問題ではない。とにかく駆け込むこと。(自分は、紹介状が無いと大学病院は見てくれないのでは・・?と躊躇したのが痛かった。5千円で飛び込み初診OK~K大の例)

・しかも急ぐ! 発症後2週間経ったら症状が固定化し、何をしても戻らない。発見と同時に治療開始が絶対に必要!(火事と同じで、初期の対応間違いが一生に影響する)

・ストレスが原因のため、出来れば2週間の入院が望ましい。目的は情報遮断によるストレスからの解放。(大学病院ではとても入院させてくれないが・・・)

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