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2006年10月 4日 (水)

早期発見ははたして大切か?

五木寛之の「こころ・と・かだら」という本を読み終わった。第十章「健康幻想を排す」で、また気になった文言があったので、少し転記する。曰く・・・・(原文通り)

“早期発見ははたして大切か”
・・・ガンは劇的な病気のような印象がありますが、実際にはゆっくりと時間をかけて成長してくる病気だそうです。
ですからあわててタバコをやめたところで、すぐに肺ガン予防の役に立つわけではないといいます。五年も、十年も前にスタートした異常が、表に現れてから大騒ぎしたところでしかたがありません。
たとえば遠い宇宙のかなたで起こった星の大爆発は、それが光として地上の我々にわかったときは、すでに何百年何千年も昔の事件です。つまり、いまは、すでに過去なのです。というのは、なにかが起こってしまってからぼくらに察知されたのだと考えてもいいでしょう。
ガンになった、のではない。ガンが時間をかけてゆっくりと進行していたことに気づかず、それが目に見える時点でようやく発見できたということにすぎません。・・・・
はっきり言えば、ぼくはガンが手のつけようがないほど進んで発見されることを望んでいるのです。早く気がつかなかったということは、それまでなんとなく普通に暮らせてきたということでしょう。ぼくの独断と偏見では、ガンの完全治癒など幻想ではないかと思います。もしガンがなくなったとしても、死はなくならない。ガンも死への進行過程のひとつの現象にすぎません。もし、科学が死をなくしたとすれば、人間は自殺するしか道はないのです。・・・・
・・・ぼくは自分を健康な人間だと思ったことはいちどもありません。すでに事は起こっている。それに気づくのが、明日のなのか五年先なのか、それがわからないだけの話です。・・・・

自分が、もしガンを宣告されたとき、五木寛之のような考え方、捉え方が出来るだろうか?
確かに、自分の叔父の例でも(表面的には)元気だったのがガンの手術で肝臓を取り、それから苦しんで結局死んだ。だったら見つからなかった方が、“普通に生きた時間”は確かに長かったと思う。
言い換えれば“どうせ死ぬんだから人間も動物として生き、動物として死のう”という五木寛之の考え方(=自然に任せて)・・・・。
(怖いので)まあ自分に当てはめて考えるのはよす事にしよう。


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