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2006年10月の15件の記事

2006年10月26日 (木)

ブッダの食中毒の原因

ブッダは80才で入滅したが、その時の状況が書いてある本があった。
ブッダが食中毒が原因で入滅した。とは色々な本に書いてあるが、その時の具体的な状況は、なかなか書いていない。
ところが、今日読んだ五木寛之の「霊の発見」という本に次のような記述があり、その時の状況を知った。
(ミーハーな小生が、“売れている”という新聞記事を見ただけで、五木寛之だから・・・と買ってしまった本。でも殆ど自分にフィットせず、斜め読みをしただけだが、ここの所だけ印象に残った・・・)

<聖地の霊感に打たれて、はじめてわかること> ~P190
鍛冶職人は、インドではむかしから、いちばん低層の被差別の民です。ブッダはその鍛冶屋の子が話を聞きたいというので、話をした。チェンダという鍛冶屋の息子は大感動して、あした供養をさせてください、自分たちのつくった料理を、あなたとお弟子さんに差し上げたいという。ブッダは快くそれを受けるわけです。インドでは賤民(せんみん)は触るだけじゃなく、見てもけがれると言われる世界でした。そういう最底辺の鍛冶屋の村へ出かけて食事を受ける。・・・
私は、その村に行ってみました。そこはいまでも、とにかくハエだらけで、牛の糞便と泥にまみれていて、井戸水もまっ黄色に濁っている。現代人には何ともたえがたい、そういう集落だった。
チェンダがブッダに心をこめて作った料理の数々が出てくる。その料理の水は、糞便を流した水と、一緒の川の水です。ブッダは、出されたキノコ料理を一口食べると、この料理はほかの弟子には出さないで、土の中に埋めなさいと言う。おそらく腐っていたのを感じたのでしょう。これは体によくない、と瞬間的に思ったけれども、でもブッダは、チェンダという貧しい鍛冶屋が、心をこめてつくったキノコ料理を、一口だけ食べてやめることはできなかった。最後まで食べ終える。それで、何時間かあとに、激烈な腹痛にみまわれ、歩けなくなる。・・・
・・・ひとりだけ付き従っているアーナンダに、「・・・くれぐれもチェンダを責めないように・・・」と言う。

この話が本当かどうかは分からないが、五木寛之はこの聖地クシナガラに行った時に、その聖地で霊感に打たれた。と書いている。
また“聖地をたどって訪ねるということは、畏れを知る意味でも大事”とも言う。

ところで、「聖地」とは何だ?
この本では「聖地は地球という生命体のツボ」と書いてある。

地球にも、生き物の呼吸点とか、ツボとか、そういう所がきっとあるのだろうと思えるんですよ。たとえば那智まで行かないと、那智の滝の霊験は感じられませんよね。・・・・
地球上の聖地・霊場といわれているところは、特異点というか、特異な一つのスポットで、そういうところに、より強度をもった、純度の高いエネルギーやビートがあらわれ出てくるのかも知れない。・・・・

今日の神社仏閣も、そのような由緒ある場所に建っているという。
(しかし自分はどこに行っても、あまり霊感を感じたことが無いな~・・・)

あまりフィットしなかった本ではあるが、ブッダ最後の旅の事情を知ることが出来たので、まあ良しとしよう。

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2006年10月25日 (水)

「生きて死ぬ智慧」のDVD BOOKが出ていた

柳澤桂子著「生きて死ぬ智慧(愛蔵版DVD BOOK)」というのを本屋で見かけた。
前に「般若心経」と「穏やかな心」というBLOGを書いたが、この本にはここで紹介した’05年10月放送のNHKハイビジョン特集「いのちで読む“般若心経”生命科学者・柳澤桂子の世界」の番組が再編集されてDVDとして付いている。
もちろん広瀬修子アナウンサーの名朗読も収録されている。

自分は、“この番組はD-VHS(デジタルハイビジョンビデオ)でハイビジョン録画してあるので今更DVDは要らない・・・・”と、この本を買うのを躊躇したが、待てよ、これは宝だ。
やはり明日、“宝物”として買ってこよう。

やはり良いものは誰が聞いても良い。この朗読は、何度聞いても心が洗われる。
般若心経の解釈は色々とあるが、普通は文字を追った訳。
このように262文字の一文字一文字に囚われず、般若心経の全体像を素直に受け止めたこのような表現、解釈も確かにあるのだろう。

誰も受け止め方は違うし、解釈も違う。それはそれで良いのだが、この様な本が出るということは柳澤さんの“意訳”が、世の人の心を捉えていることは間違いない。

般若心経をサンスクリット語から漢訳した玄奘三蔵さんも、日本でこの様に訳している事を知ったら、さぞビックリするだろう・・・・。

(06/10/29追)
ウーン。唸ってしまうな~・・・
広瀬修子アナウンサーの名朗読が、何と29分・・・。オリジナルでは12分弱。つまり、通読すると12分弱だが、文節を繰り返しくり返して読んでいるため、29分・・・・
自分にはフィットしない。やはり朗読は一回で良い。何度も繰り返したり、戻ったりすると、せっかくの文章の一貫性が崩れて訳が分からなくなってしまう。
“愛蔵版”と謳っているDVD BOOKだが、残念だ。

しかし画質は良い。オリジナルがハイビジョンのせいか画質は最高。

(関連記事)
「般若心経」と「穏やかな心」

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2006年10月22日 (日)

「般若心経」勝手帖-04 神と仏の違い

「神」と「仏」の違いが分からなくなってから、1年になる。
皆んな、困ると「神さま、仏さま・・・助けて・・・」と祈る。いったい神とは・・仏とは・・・何が違うのか・・・・。「仏さま、神さま・・」とは言わないので、神さまの方がエライ気がするが、未だに良く分らない。でもこんな事だろうと思って来た。

<日本における“神”とは・・・・>
・日本における神は、仏教が伝来する前から存在した“おおいなるもの” “人間を超越した威力をもつ存在”が神である。自然現象も含めた万物に霊魂が宿るとして畏怖し、それを祭った事に始まる。
・従って、キリスト教の神やイスラム教のアラーの神のような唯一絶対の神ではなく、「八百万の神」と言うように多くの神が存在する。
・社(やしろ)とは神の降りてくる場所、または神を祭る聖なる殿舎をいう。社殿が造られるようになったのは、仏教が伝来(538年)して国家権力に護られ、奈良時代に華やかに寺院が建てられたが、その影響で社殿を造るようになった。
・神社は「産土(うぶすな)型」と「勧請(かんじょう)型」の2つに分けられる。産土とは、人が生まれた土地をいい、産土神とは生まれた土地の守り神である。地元の人が五穀豊穣を祈ったりする。「勧請」とは神の分霊を請じ迎える事であり、勧請型の神社は、ある神社の神の分霊を移して祭る。天満宮、八幡宮、稲荷神社等々、有名な神社はこれが多い。
・「神宮」とは“伊勢神宮”をさし、「大社」とは“出雲大社”だけをさす。出雲大社は大国主命を祭っているが、伊勢神宮は神々の頂点に立つ天照大神を祭っているので、こっちの方が格が上になる。

<仏教の“仏さま”とは・・・>
・仏はもともと古代インドの実在者(ブッダ)であり、悟りを得たあと人々の前に絶対的な救済者となって現れた我々と同じ人間だ。彼がその後に崇(あが)められて神格化された。よって畏怖されたり畏れられて信仰の対象になったのではない。これが大きな違い。
・仏教が伝来した時に、古来から崇めていた神々の怒りをかうのではないかと恐れた豪族 物部氏は仏教打倒を主張したが、仏教を容認した蘇我氏と対立。聖徳太子は蘇我氏につき、蘇我馬子が物部守屋を討って日本は仏教国となる。
・飛鳥・奈良と仏教は政治に取り入れられ発展する。古来からの“神”信仰側は、今は盛りの仏教に様々な理屈を考え出して調和・追随し、「神仏習合」として一体化する。
・平安時代には仏教側から「神といっても、元をただせばみな仏。仏が日本人を救うために、神の姿で現れたのだ」という理屈が出てくる。こうして神と仏の合体は、平安時代から明治維新の「神仏分離令」まで続く。
(以上参考文献:岩井宏実著「日本の神々と仏」)

つまり、自分が「神と仏の違いが分からない・・・」と悩んだのも当然で、何と自分を分からなくさせるために、平安時代から江戸時代まで、営々と「神と仏は一緒」と仕組まれていた事が分かった。(自分が“混乱した”のは正常だったのだ)

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2006年10月21日 (土)

不思議な漢方医

得体の知れない漢方の名医(迷医?)がいる。荻窪の水小田医院という。東大の医学部卒というが、博士号・学会等にはまったく無縁というアウトサンダー?医師。荻窪の赤ひげ先生か・・・?

この病院は、カミさんが不眠症に困ってネットで中央線沿線の漢方医を探していた時、得体の知れない?HPを見つけた事が通うことになったきっかけ。
すべて健康保険扱いとの事で行ってみる事にした。荻窪の駅前は駅前だが、非常に分かりづらく、とても病院とは言えない雑居ビル(失礼)の一室。
看護婦さんはもちろん受付の人も居ない。先生一人だけ。ドアを開けるとガラガラと鈴が鳴り、それを聞いて先生が忽然と現れる・・・。天井の電灯も消えている。夏のクーラーも無く、窓を開けて風が・・・(電気代の節約だろうか? 待てよ?患者が若い女性の場合は先生と二人だけ・・・。何かキケン??だから窓を開けている??)

HPで自ら宣言している通り、まさに世間と一線を画したアウトサイダー医師。
問診だけで漢方薬を処方する。触診はするが検査はしない。「もともとからだは治ろうとしているのです」がスタンス。

それが効くのだ・・・・。
不眠症、鬱、過敏性大腸症候群、便秘等々・・・いわゆる西洋医学では相手にしてくれない訳の分からない症状を聞いて、出してくれる院外処方の漢方薬が効く。
これは面白い・・・と、口コミでカミさんが友人に紹介したら、友人の友人にまた話が伝わり、十数人が色々な症状で行ったという。(紹介料は貰っていない)

いままで、こんなに変わった医師は見たことがない。しかし確かに迷医ではある。

水小田医院の七不思議・・・・
・患者が少なく、ひとり数百円~千数百円の診療代で、果たしてビルの一室を借りることが出来るのだろうか?(この古いビルのオーナーか? ~街の漢方薬局は、症状を聞いて2週間分の薬を出して貰うと、1~2万円は簡単に掛かるが・・・・)
・天井の電気を消しているのは何故か?クーラーが無いのは何故か?(単なる電気代の節約か? まあ確かにクーラーは健康には良くないが・・・・)
・ドアの鈴が鳴ると、一体どこから出てくるのか?(裏でTVゲームでもやっているのか?)
・なぜこれほど働かなくて生活出来るのか? とても働く気があるとは思えない。午前2時間、午後2時間半しか働かない。もちろんいつもガラガラだから(失礼)正味は一日2~3時間? しかも閉める時間には大変正確らしく、閉院時間になるとキチンをドアを閉めるらしい。金儲けは必要無いらしく、とうていサービス精神があるとは思えない。
・何で待合室にイスが10個ほど(しかも不揃い)列んでいる? とても満席になるとは思えない。今まで通った中で、待っていた人の最高は3人位・・・(良く維持が出来るな~)
・医学の勉強よりも世の中の勉強を優先?? 先生はBLOGが趣味らしく、毎日のように更新されている。BLOGを見る限り、議論の対象が非常に広範囲。そうか患者の居ないときはネットで世の中を巡っているのか・・・・(先日まで手作りのBLOGの記事配置がメチャクチャだったが、さっき見たらちゃんとしていた。先生もだいぶんHPの作成技術が向上したらしい)
・親の遺産か?? とにかく、これほど貧乏を気にしない医者は見た事がない。どう考えても親の遺産か何かがあるのだろう・・・、というのがもっぱらのウワサである。

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2006年10月19日 (木)

薬師如来の薬壺の中身・・・

先日東京国立博物館の「仏像」展に行ったが、その時にカミさんと次のような話をした。

「薬師如来の持っている壺は、薬壺だって。中に入っている薬が欲しいよね・・・・」
「だれも見ていなかったら盗んじゃうのにね・・・」
この不謹慎さに、バチが当たったらしい。

今朝、不眠症のカミさんが明け方まで眠れなくて悶々としていたときに、悟り?を開いた・・・・?という。

“薬師如来の薬壺の中には、直ぐに死ねる毒薬が入っている”
何故かというと、
“悩み・苦しみは、みな自分が作っているもの。だから自分の存在が無くなれば悩みも無くなる・・・・。だから薬師如来は死をもって病気のあらゆる苦しみから救ってくれるのでは? だから薬壺の中身は青酸カリのような毒薬だ・・・”

なるほど。まさに空の思想だ。
しかし、幾ら眠れなくて詰まらないことを考えるとしても、この様な前向きでない事を夜になって思い出すとは、何か明るくないな~・・・・。
これも不謹慎なことを言った為の、薬師如来さまからのバチかな・・・と思った。
(このエッセーも何というバチ当たりの失礼な文章か・・・・)

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2006年10月18日 (水)

「般若心経」勝手帖-03 全文

(本来は最初に記すべきだったが、)念のため「般若心経」の全文を挙げておきます。
読み方は、自分が今読んでいる読み方を記した。これは自分が覚えた時に聞いたCDの読み方そのもの。
(手本にするべく色々なCDを聞いたが、ひろ さちや著「ポケット般若心経」に付いていたCDの「高野山金剛峯寺76人の専修学院生による読経」が自分に一番フィットしたのでそれを手本にした。
この録音は、朗々としていて響きが良く、聞いていて心が安まるので何百回聞いたでしょう・・・)
ついでに、般若心経の録音をひとつの「合唱曲」と捉えて、数十種類聞いた体験から自分勝手な評論をひとこと。
各録音で一番大きな違いが“読経者の人数”による違い。
当然一人だとその人の個性がそのまま出るが、その人の息継ぎのタイミングが、何度か聞いていると気になってくる。一緒に合唱する時、自分の呼吸のタイミングと合わない・・・。
数人だと息継ぎが平均化され、読経のスピードは一定で流れるものの、CDによっては読経者がそれぞれ勝手な高さで読経する場合があり聞きにくい。
それに対し、全員が同じ音程で唱えているCDは聞き易い。先の76人の大合唱は、まさに斉唱であり非常に聞き易い。
少し聞いてみよう。

<般若心経の読経~高野山金剛峯寺の専修学院生による>

*日本のお経は、漢訳したものをそのまま使っているという。

とすると、中国のお坊さんも、読経では日本と同じ読み方をするのかな?
上記の本に付いていたCDには、サンスクリット語での般若心経が入っていたが、いちど中国の人の般若心経の読経を聞いてみたいものである。我々の読み方とどう違うのかを知るために・・・・

   ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしーーんぎょー
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」

かんじーざいぼーさーぎょーじんはんにゃーはーらーみーたーじー
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時

しょうけんごーうん かい くー どー いっさい   くー やく
照見五蘊皆空度一切苦厄

しゃーりーしー しきふーいーくー くー  ふー いーしき
舎利子色不異空空不異色

しき  そく  ぜー くー くーそく ぜー しき
色即是空空即是色

じゅーそーぎょーしきやくぶーにょーぜー
受想行識亦復如是

しゃーりーしーぜーしょーほーくーそー
舎利子是諸法空相

ふーしょーふーめつふーくーふーじょーふーぞーふーげん
不生不滅不垢不浄不増不減

ぜーこーくーちゅーむーしきむーじゅーそーぎょーしき
是故空中無色無受想行識

むーげんにー びーぜっ しん にー
無眼耳鼻舌身意

むーしき  しょーこーみーそく  ほー
無色声香味触法

むーげんかい ないしー むー いーしきかい
無眼界乃至無意識界

むーむーみょーやくむーむーみょうじん
無無明亦無無明尽

ない しー むーろー しーやく むー ろー しー じん
乃至無老死亦無老死尽

むーくーしゅーめつどー
無苦集滅道

むーちーやく  むーとく いー むーしょーとっこー ぼーだいさっ たー
無智亦無得以無所得故菩提薩捶

えーはんにゃーはーらーみーたーこーしんむーけーげー むーけーげーこー
依般若波羅蜜多故心無罫礙無罫礙故

むー うー くー ふーおんりー いっ さい てん どーむーそー
無有恐怖遠離一切顛倒夢想

くーぎょーねーはんさんぜーしょーぶつえーはんにゃーはーらーみーたー
究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多

こー とく  あー のく  たーらーさん みゃくさんぼーだい
故得阿耨多羅三貌三菩提

こーちーはんにゃーはーらーみーたー
故知般若波羅蜜多

ぜーだいじんしゅーぜーだいみょーしゅー
是大神呪是大明呪

ぜーむーじょーしゅーぜーむーとうどうしゅー
是無上呪是無等等呪

のーじょーいっさい くー  しん じつ ふーこー
能除一切苦真実不虚

こーせつはんにゃーはーらーみーたー
故説般若波羅蜜多

しゅうそくせつしゅーわつ
呪即説呪曰

ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー
羯諦羯諦波羅羯諦

 は    ら   そーぎゃーてーぼーじーそ    わ   かー
波羅僧羯諦菩提薩婆訶

はんにゃーしんぎょー
般若心経

(関連記事)
サンスクリット語、中国語、韓国語の「般若心経」

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2006年10月15日 (日)

土浦花火大会に感動した

昨夜(10/14)行われた茨城県の土浦全国花火競技大会に行った。ひょんな事から桟敷席の切符が手に入り、初めて花火大会を目の前で見た。とにかく素晴らしかった。
そしてカミさんに言わせると「涙が出るほど」感動した・・・・
一緒に行った人全員をして「今まで経験したどのショー・イベントよりも素晴らしかった」・・・・

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何でこれほどまでに感動したかを分析した。

1.花火大会として
・今回は、有料の桟敷席(6人の枡席で18千円)から見られたことが最大の勝因。見る場所は最も大切な要因で、少し離れるともうダメ。花火の微妙な美しさを堪能するには、特等席の桟敷席の切符を、何が何でも手に入れなければ・・・
・桟敷席からだと、まず目の画角(目で見える範囲)いっぱいに花火が見える。これは迫力がある。遠くからだと、花火が目の片隅にしか見えない。目にいっぱい映る花火は本当に芸術。特にスターマイン(連発)の素晴らしさ・・・。
・とにかく“ナマ”は違う。クラシック音楽もコンサート会場で聞くナマの音は、どんなに高いステレオ装置で聞く音よりも勝っているが、それと同じ。何が違うのだろう?画角以外に、TV等と違う無限大の解像度。肉眼では、TVや写真や遠くで見たときに失われる、消えていく一粒ひとつぶの光が、細かく最後まで見える事が大きな違いでは?
・それと音の迫力。ドンという、桟敷席の下から突き上げてくるような、音の迫力。体を震わせる・・・。これだけは、近くに居ないと体験できない。

2.土浦の大会として(18:00~20:30)
・秋田の大曲、熊本のやつしろと列ぶ、全国で3つしかない「全国花火競技大会」ならではの花火の水準の高さ。花火師がその名誉を懸けて、その心意気の全てをぶつける2万発、93の作品群。(入賞すれば、名誉と共に注文が増える・・・?)
・作品一つひとつで流される音楽のすごいこと。5.1サラウンド以上の会場全体を包む音の嵐・・・・。その光と音の競演に、もうビックリ。遠くからしか見たことがなかったので、近くでは音楽もあるんだ・・・と感激。
会場運営の素晴らしさ。土浦駅と会場を結ぶシャトルバスは、ノンストップで10分足らず。行きは16時過ぎだったがタクシーで近くまで行けたし、帰りは混雑を避けて終了予定の20:30の前の20:10頃にバス停に向かったが、ほとんど待たずにバスに乗れ、20:30にはもう土浦駅にいた。バスは4~5台がワンセットとして一斉に止まり、それに待っていた人が並列にどっと乗り終わると一斉に出発。続いてまた4~5台が一斉に来て止まり一斉に乗り込む・・・といった具合でその早いこと・・・・
・トイレも、沢山あった。スタート前の17時頃は列無し。しかし17時半頃は、“始まる前に・・”という人で10分くらい待つ列が出来ていた。しかし花火が始まった後の19:30頃は、また列は殆ど無かった。しかし、20:00前に帰るときに寄った時には、女子用は10人くらいの列(10分位)が出来ていた。しかし、これは入場制限がある桟敷席の近くだったからかも知れないが・・・
・たくさんの警備の人、会場運営の人が居り、混乱は全くない。出店も多く出ていて、人の流れもスムーズ。

3.結論
一生に一度だけでよいので、日本人である以上は、桟敷席から花火を見る事。日本の伝統文化の素晴らしさを堪能できる。~花火は江戸時代に渡来したらしいが・・・(遠くから見る花火と、目の前で連発される花火とは全く違う)
(追):花火大会は玉石混合である。また、同じ『桟敷』と言っても花火の見え方は千差万別。しかしこの土浦の大会は素晴らしい。場所といい、内容といい素晴らしい!(立川の花火大会を、桟敷から見ての再評価~07/7/28追記)

4.付録
・とは言っても、土浦の場合は桟敷席券は徹夜で列ぶ先着順と、抽選しか無く、地元以外では確かに不利。オークションに出る物は高いし・・・
・(07/8/26追記)07年のチケットがローソンチケットで当たった。倍率は分からないが、一つだけ半マス席をダメもとで応募したもの・・・。電話番号の数だけ申し込めるので、意外と当たるかも・・・・

とにかく、自分が今まで経験した全てのショー・イベントの中で、この花火大会が最高のショーであったことは間違いない。
江戸の昔から、人々はこのような最高のショーを楽しんでいたのかと、改めて花火文化の深さを味わった。

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2006年10月12日 (木)

価格比較サイトは“心”に良くない

(こんな事を書くと「そのサイトを使わなければ良い」わけで、別に問題はないのだが・・・・)
VTRのリモコンをなくしたのを機に、我が家の居間用に、とうとう地デジ付きのDVDレコーダを買おうか、という話になった。
いつもの通り、「価格.com」でどの店から買おうかと品定め・・・
まず機種選定・・・・。機械オンチのカミさん専用とすると、難しいのはダメだ。新型機種は簡易リモコン付きで良いのだが、まだ高いのでそうそう新型は買えない。当然新型が発売になった後の旧型(型番落ち)を狙う。色々と仕様を見ていて「ワケ録」が出来るという理由だけでHitachiに決定。番組毎に自動的にフォルダを作って分けてくれる機能は有り難い。HDD容量は、やはり余裕を持って500Gにしよう。と言うわけで機種はDV-DH500Dに決定。
それからが大変。型番落ちで価格がどんどん下がっている。1週間で2500円(3~4%)も下がっている。注文しようか・・・、いやもう少し待てばもっと下がるかも・・・・。

これは株価に似ている。極端に言うと、分単位で値段が変わり(1日に25回も最低値段が変わる場合がある)、少しでも躊躇しているとすぐに誰かが注文を出してしまって「完売しました・・・・」となり、高い販売店しか残っていない。タイミングだ。
(どうも、少しでも安い値段で買おうとしている人が、オンラインで待機しているらしい・・・・)

でもこの機種は、通販ではもう7万円を切っているが、昨日有楽町のビックカメラに行ったら86千円。よって、買うならやはり通販だ。
しかし通販は“心の平静”に良くない。サイトに登録しておくと「5円下げた店が登録されました・・・」といったメールが飛んでくる。心が乱される・・・・。(止めれば良いのに・・・)
1週間前には一日に25回も価格が下がったのに、昨日はたった2回。もう価格ダウンも限度かも・・・
次に**円の店が出たら注文しよう。・・・・

いつの間にかマネーゲームに夢中になっている自分を見てカミさんが言う。「何かに囚われている・・・」。その通りだ。
平穏な心を・・・・ナンテ言うのはどこ吹く風。直ぐに“本来の自分”に戻ってしまうこの現実の厳しさ・・・・・。化けの皮が剥がれないようにするには、どうしたら良いのだろうか・・・・

     おおっ!? ここまで書いて、念のためにHPを覗いたら、さっき「完売」だったが今1台在庫があると書いてある! ええいっ!注文してしまえ!
(やっと平常心が取り戻せる。ありがたいことだ・・・!?)

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2006年10月11日 (水)

昼休みに散歩する良い寺を見つけた

昼休みに散歩する良い寺を見つけた。高野山東京別院という。

8月に会社が高輪に移った。それから昼休みに散歩する良いお寺は無いものかと、天気の良い日は近くを散策していた。
しかし所詮大都会東京。周辺にお寺は多いものの、どこも規模が小さく普通の家の造りと同じで、木戸を開けて中に入るのも気が引けた。
仕方なく“東京のお寺はつまらん”という題ででも書こうかと思っていた矢先に見つかった。
高野山東京別院は前から知っており、正門から入った事があったが、奥までは入らなかった。名前から何となく事務所の雰囲気がして・・・
しかし今日、横の門から入ってみると本堂が目の前。扉は全て閉まっていたが、おばさんが扉を開けて参拝しているのを見て、自分も中に入ってみた。
大きい。増上寺ほどではないが、内陣も大規模で素晴らしい。しかも参拝者はほとんどいない。静かだ・・・

置いてあった冊子によると、
高野山東京別院は、慶長年間江戸に徳川幕府が開かれた際、高野山の宝門・寿門の学侶方の在番所の寺として、浅草の日輪寺に寄留して開創されたのが始まりです。明暦元年(1655)芝二本榎の地を下賜され、延宝元年、「高野山江戸在番所高野寺」として正式に建立されるに至りました。
とある。かなり由緒正しいお寺のようだ。

歩いて直ぐなので、昼休みの格好の休憩所?が見つかった。

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2006年10月10日 (火)

「般若心経」勝手帖-02 仏さまの種類と六波羅蜜

かん  じ-    ざい    ぼ-  さ-       ぎょうじん  はん にゃ- は-    ら-    み-   た-   じ-
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時

現代のビジネス社会では「結論を先に言え」というのが鉄則であるが、般若心経においても、まず先に結論を言っている。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
とは、「観音様がかつてほとけの智慧の完成を実践された時、世の中を構成する要素は5つに分類されるが、それらは皆実体が無い事を見抜き、あらゆる苦厄を取り除いたのであった」~だから皆も空(くう)を理解して苦悩から脱出せよ・・・と言っている。

「観自在菩薩」とはいわゆる観音様のことで、観世音菩薩とも言う。
(脱線)世界の4大宗教の内訳は、キリスト教が35%、イスラム教が19%、ヒンドゥー教が14%、そして仏教が6%ということだが、仏教の最大の特徴は、仏さまがたくさんいるということだ。仏の種類は大きく「如来」「菩薩」「明王」「天部」「その他」に分かれる。
一番エライ?のが「如来」で、阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来、薬師如来等がおられる。
次にエライのが「菩薩」で、サンスクリット語のボーディサットヴァを音写したもの。菩薩とは、まだ如来になる前の修行者であり、如来の有資格者であるがあえてこの世にとどまり人々を救済している。菩薩には、弥勒菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、地蔵菩薩、日光菩薩、月光菩薩等々がおられる。
「明王(みょうおう)」は如来が姿を変えて人々を救うために必死になっているお姿なので恐い形相になっている。不動明王、愛染明王等。
「天部(てんぶ)」とは、古代インドの神々が土台となって生まれた仏さまで、弁財天、毘沙門天、吉祥天、韋駄天、帝釈天、梵天等々どこかで来たことのある名前が多い。
(詳細は別途)

「行深(ぎょうじん)」とは、実践という意味。つまり「般若波羅蜜多(智慧の完成)」を実践していた時、という事になる。(昔、高校の時に習った漢文を思い出すな・・・)
菩薩はもともと修行者の意味だが、菩薩の道を行く修行者は「六波羅蜜(ろくはらみつ)」といわれる次の6つを実践しなければならない。
1.布施(ふせ)=惜しまず施すこと。与えること。
2.持戒(じかい)=身を正しく保つこと。
3.忍辱(にんにく)=どんなことにも耐えること。
4.精進(しょうじん)=常に努力し、前進すること。
5.禅定(ぜんじょう)=どんなときでも心を乱さないこと。
6.智慧(ちえ)=物事を正しく認識すること。
「深」は智慧を含めて6項目全部という意味である。

パーラミター(波羅蜜多)は「完成」という意味であるから、悟りの世界に到達することをいう。我々凡夫も六波羅蜜を実践すれば、少しずつ悟りの世界に近づき、いつかは到達して仏になることができるという。

*まてよ、このままメモって行くと話があっちこっちに飛んで、訳がわからなくなる?
 でもいいや、般若心経に戻ってくれば・・・・。
 あくまで般若心経の一言ひとことを順番に考察していくと、色々の事にぶつかるという事で・・・・・。最後のギャーテーに行き着く頃には何となく仏教が見えて来るようになるかも・・・・

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2006年10月 9日 (月)

「般若心経」勝手帖-01“般若波羅蜜多”が分からん

「般若心経」に接してから2年半になる。数ヶ月で暗唱はした。それ以来、通勤の時などに良く唱えている。
しかし唱えるだけで、正直分からない。なかなか自分のものにならない。やはりこの凝縮した262文字は、あまりに精緻なため凡夫には難解だ。

受験時代、良く新聞の折り込み広告の裏を使って、暗記する言葉を“書いて覚えた”ものである。
それに倣って、ここでは(なかなか自分のものにならない)般若心経を、自分なりの文字でここに書くことで自分のものにならないかな・・・という、試みである。
一文字ずつ書いては確認して行こう。数多く読んだ般若心経の本の、同じ文字の所の解釈を確認しながら、自分の理解したところを綴って行こう。つまり勝手な解釈なので“勝手帖”である。(自分の勉強のために・・・・)

ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしーんぎょう
仏説摩訶般若波羅蜜多心経

般若心経のタイトルである。唐代の仏典目録によると11種の漢訳があったといい、そのほとんどの訳に「般若波羅蜜多心経」という言葉が使われている。
単純な訳では“素晴らしいほとけのさとりの世界に至る肝心かなめの心のお経”という事になるか・・・。

「仏説」とはお経の決まり文句で「私はこのように(お釈迦様から)聞きました」といった意味。経典を作るようになる前は、教えは全て語り伝えたものなので、この決まり文句も理解できる。お釈迦様は文字としては何も残さなかったので、“(誰が何と言おうが俺は)こう聞きました・・・”というスタンスは正しい。
しかし「仏説」と唱えるのは真言宗だけで他の宗派は言わないそうだ。

「摩訶」は“大きな・偉大な”という意味。サンスクリット語で「マハー」を漢字で音写したもの。日本語でいうカタカナで、当て字だ。(中国ではカタカナが無いので不便だ。どういう漢字を当てはめるかは訳者によって様々・・・)

「般若」は“仏の智慧・さとりの智慧”。サンスクリット語で「プラジニャー(パンニャー)」を漢字で音写したもの。しかしこれが一番難しい・・・・。
「般若の智慧とは“鏡”である。どんな物を映しても、鏡それ自体はいつも清らかである。」(鎌田茂雄「般若心経講話」)・・・やっぱり分からん。
goo辞典では、〔仏〕 空(くう)など仏教の真理に即して、正しく物事を認識し判断する能力。これによって執着や愛憎などの煩悩(ぼんのう)を消滅させることができる。六波羅蜜の一つ。般若(はんにや)。《智慧》 ・・・・とある。
この“智慧”については良く分からないので最後まで宿題として残しておく。これが分かったら卒業だ。

追)「あなただけの般若心経」(P18)にこうあった。
智慧とは、小ざかしい智慧ではなく、ものごとを正しく識別する能力、あるいはすべてを見通す見識のことです。具体的には、先を見通して物事に対処することです。」(06.12.19)

「波羅蜜多」は“到彼岸(とうひがん)=彼岸(向こう岸=さとりの世界=浄土)に渡ること”。サンスクリット語で「パーラミター」を漢字で音写したもの。
(これらの言葉を意訳せずになぜ音写したかというと、あまりに畏れ多いので訳さなかった・・・、という事らしい。)
この「波羅蜜多」も宿題とする。良く分からん。“さとりの世界”とは何だ・・・・?

「心」「経」は“波羅蜜多の心髄(エッセンス)を説く経典”という意味。般若経600巻のエッセンスが般若心経262文字に詰まっている。「経」とは経・律・論の3種の仏教文献のうち、仏が教えを説いたもの。(経・律・論すべてを修めた者を「三蔵」と称す。=三蔵法師)

次から中に入って行こう。
(もっとも“タイトル(=般若波羅蜜多心経)”の意味で行き詰まっているのが現実だが・・・・)

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2006年10月 8日 (日)

東京国立博物館の「仏像」展に行った

東京国立博物館で始まった「仏像~一木(いちぼく)にこめられた祈り」展にカミさんと二人で行った。
初めての休日なので混むかと思い、午前中に行ったが程良い混み方で良かった。

<自分の感想>
さすがホンモノは違う。写真や幾らハイビジョンTVでも、実物の息遣いにはかなわない。500円の音声ガイドも分かり易く良かった。
今回の展示は一木(いちぼく)造りの像を集めたものらしく、十一面観世音菩薩立像が多かった。同じ十一面観世音菩薩立像でも色々とあること・・・・
しかし前半の展示は良かったものの、後半は何か自分にフィットしなかった。

まず、第3章 鉈彫(なたぼり)の技法。
・・・平安時代の10世紀後半から12世紀頃を中心に、表面にノミ目をのこす不思議な一木彫像が流行しました。これらの像をいま鉈彫(なたぼり)と呼んでいます。実際には鉈による裁断面を残すのではなく、表現がいかにも荒いのでこう呼ばれます。・・・
とあるが、表面にノミのあとを残す現代的な表現に、幾ら平安時代の作とは言え、自分には仏さまのイメージと何かかけ離れた、違和感を感じた。

第4章 円空と木喰
正直言って二人とも知らなかった。円空は64年間の生涯に全国を行脚して12万体の仏像を彫ったという。1年に1800体・・・。それ故、みな荒削りの仏像。まさに現代の彫刻と同じ様で、自分には何かフィットしなかった。
木喰(もくじき)も同様で、日本全国におびただしい数の遺品が残るというが、顔がみな阿羅漢のように温和で、仏像とは何か違う感じがした。

しかし、これらの大きなそして重い仏像を全国からキズを付けずに運んでくるのは大変だったろう、と妙なところに感心したり・・・・

<カミさんの感想>
「もういい。やはり仏さまは実際のお寺に行って、階段を登り、(お寺の周囲の木々の間を流れてくる)風の匂いを感じ、やっと仏さまに出合う。それが本当。この様に東京に幾ら集めてもそれは本当ではない。もういい」

何かミーハーの自分が、カミさんにその本質を教えられてしまった感じがした日曜日ではあった。

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2006年10月 7日 (土)

「あきらめ」と「空(くう)」

五木寛之の「こころ・と・かだら」という本に、次のような文章があった。第4章「あきらめる人間」から・・・

・・・・だから、病気というものが目の前に立ちはだかると、あきらめることなくそれと闘って、打倒して健康を取り戻すという考えかたになるのでしょう。
しかし人間には寿命というものがある。それは、宇宙そのものが有限であるということと同じように、絶対に動かしようのない事実なんです。
自分たちの存在が有限で、無限の命などというものはないんだということを、ぼくらはこのへんではっきり知るべきでしょう。これがいい意味での「あきらめる」ということだと、ぼくは思います。
「あきらめる」というのは、じつは「あきらかに究める」ということだと言われています。物事を明らかにし、その本質を究めること。勇気をもって真実を見つめ、それを認めることが、本当の「あきらめる」ということであるらしい。・・・
・・・人間というものは、くり返し生まれ変わりながら、この宇宙のなかを漂い流れていく、塵芥のような存在であるという事実を、ぼくらは受け入れる必要があるのです。・・・
・・・それよりも、むしろ、人間の命は有限であると、まずしっかりあきらめることです。そして、いま、生きていることへの感謝の気持ちをもったり、生きているこの瞬間を十分に味わう。そのようなしなやかな心をもつことのほうが、・・・・

・・・こんなひどい環境のなかで、からだは本当によくやっているなあ、こんな状況のなかでよく自分を支えてくれているなあと、自分のからだに謙虚な感謝の気持ちをもったとき、からだのほうも心に向かって、微笑みを返してくれるかもしれません。・・・・

自分の体に語りかける・・・・。
そうなんだ。自分の体は自分のもの、という勘違い・・・。自分の体は自分の思い通りになる、という勘違い・・・。そこから色々なアンバランスが生じてくるのは事実。

五木寛之という人は、「百寺巡礼」でも知られているように、仏教に非常に造詣の深い人だが、ここで言っていることはまさに仏教、そして空(くう)の心を説いているように感じた。

久しぶりに良い本と出会えた。

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2006年10月 4日 (水)

早期発見ははたして大切か?

五木寛之の「こころ・と・かだら」という本を読み終わった。第十章「健康幻想を排す」で、また気になった文言があったので、少し転記する。曰く・・・・(原文通り)

“早期発見ははたして大切か”
・・・ガンは劇的な病気のような印象がありますが、実際にはゆっくりと時間をかけて成長してくる病気だそうです。
ですからあわててタバコをやめたところで、すぐに肺ガン予防の役に立つわけではないといいます。五年も、十年も前にスタートした異常が、表に現れてから大騒ぎしたところでしかたがありません。
たとえば遠い宇宙のかなたで起こった星の大爆発は、それが光として地上の我々にわかったときは、すでに何百年何千年も昔の事件です。つまり、いまは、すでに過去なのです。というのは、なにかが起こってしまってからぼくらに察知されたのだと考えてもいいでしょう。
ガンになった、のではない。ガンが時間をかけてゆっくりと進行していたことに気づかず、それが目に見える時点でようやく発見できたということにすぎません。・・・・
はっきり言えば、ぼくはガンが手のつけようがないほど進んで発見されることを望んでいるのです。早く気がつかなかったということは、それまでなんとなく普通に暮らせてきたということでしょう。ぼくの独断と偏見では、ガンの完全治癒など幻想ではないかと思います。もしガンがなくなったとしても、死はなくならない。ガンも死への進行過程のひとつの現象にすぎません。もし、科学が死をなくしたとすれば、人間は自殺するしか道はないのです。・・・・
・・・ぼくは自分を健康な人間だと思ったことはいちどもありません。すでに事は起こっている。それに気づくのが、明日のなのか五年先なのか、それがわからないだけの話です。・・・・

自分が、もしガンを宣告されたとき、五木寛之のような考え方、捉え方が出来るだろうか?
確かに、自分の叔父の例でも(表面的には)元気だったのがガンの手術で肝臓を取り、それから苦しんで結局死んだ。だったら見つからなかった方が、“普通に生きた時間”は確かに長かったと思う。
言い換えれば“どうせ死ぬんだから人間も動物として生き、動物として死のう”という五木寛之の考え方(=自然に任せて)・・・・。
(怖いので)まあ自分に当てはめて考えるのはよす事にしよう。

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2006年10月 2日 (月)

「患者と医師の関係」

五木寛之の「こころ・と・かだら」という本を読んでいる。帰りのバスの中で、第九章「患者と医師の関係」の所を読み、深く頷いたので、またまた転記したくなった。曰く・・・(原文通り)

“病院へ行きたくない本当の理由”
・・・突然、いわゆる下血というやつに見舞われたのです。・・・どうしても病院で正式の検査を受ける気になりません。・・・・ぼくは決して病院嫌いでもありませんし、・・・・・友人には医師が多く、・・・・それにもかかわらず、自分で病院に行きたくないというのは、一体いかなるコンプレックスのしわざでしょうか。・・・・
たとえば、病院にいけばその瞬間から自分が自分でなくなるような予感がある。じゃあなにになるかと言えば<患者>になる。・・・・<患者>になる、ということは、どことなく<囚人>になる、という語感と共通のところがあります。・・・・弁護士を必要とする人は<依頼人>と呼ばれます。<囚人>とは呼ばない。
<患者>のことを英語で<ペイシェント>と呼ぶのは暗示的です。<耐える人>というのは、病気やケガの苦痛に耐える人という意味でしょうが、病院に来た以上、本来は<ペイシェント>であってはいけないのではないかと思うのです。
私たちが医師に治療を依頼するのは、病気やケガによる肉体的・精神的苦痛から解放してもらうためであって、苦痛を耐えるためではないはずです。痛みを医師に訴え、それから楽になることを依頼するのです。
しかし、実際には病院内の患者の立場は、<苦痛に耐え>、また<治療に耐え>、<患者としての立場に耐える>人、というのが実体ではないでしょうか。
・・・・<依頼人>にはなってもいいけれど、どうも<患者>にはなりたくない、という気がするのです。<患者>という言葉自体に、一般社会における人間関係から切り離された存在の匂いがする。
また治療や検査に際しては、医師と患者の信頼関係が必要です。・・・・しかし、患者の方から考えてみますと、古い友人の医師ならともかく、初対面の医師をどう信頼すればいいのでしょうか。
・・・・せめて<依頼人>として扱ってくれるような病院があれば、などと勝手なことを夢想するのです。
十八世紀にパリ病院が発足したとき、若い医師たちは・・・・・・「病人を診るより、まず病気を診よ」というスローガンを・・・
・・・「人間を忘れて病気を診る」というまちがいが、自然に広がってきていはしないか。・・・

長々と書いてしまった。
前に、近くの大学付属病院に行ったら、初診での症状を書いたアンケートを看護婦さんに渡すとしばらくして「これとこれの検査をしてきてくれ」と言われ、苦痛を伴うかなり大がかりな検査をして、その結果が出てから初めて診察となった。
その時、患者の一言の言葉も聞かず、顔も見ないで、単に症状を書いたメモだけで検査を指示し、出てきた検査データだけで診療している医師であることにガッカリして、二度と行かなくなった事があった。
これはまさに「人間を忘れて病気を診る」典型だったな、と今更ながら思った。

先日の大腸内視鏡での穿孔の医療過誤の記憶も新しかったため、まさにこの本は現在の医療の課題を実に良く言い当てていると思った。
これから自分も病気になったときにどうするか、考え込んでしまいそう・・・・
しかしだからと言って、(歯科は別として)病院と五十数年も縁がなかった(具合が悪くても病院に行かなかった)という五木寛之もスゴイ。

しかし久しぶりに自分にフィットする本に出合った。
たまたま本屋で手に取って、何となく買った本だったが・・・・
しかし、この本の最初を読んだだけでフィットすると感じたため、昨日同じシリーズの別の本を買おうかと思ったが、手にするとフィットしなかった・・・・・。
医師と同じく、本も“出会い”だな、と思った。

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