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2006年10月22日 (日)

「般若心経」勝手帖-04 神と仏の違い

「神」と「仏」の違いが分からなくなってから、1年になる。
皆んな、困ると「神さま、仏さま・・・助けて・・・」と祈る。いったい神とは・・仏とは・・・何が違うのか・・・・。「仏さま、神さま・・」とは言わないので、神さまの方がエライ気がするが、未だに良く分らない。でもこんな事だろうと思って来た。

<日本における“神”とは・・・・>
・日本における神は、仏教が伝来する前から存在した“おおいなるもの” “人間を超越した威力をもつ存在”が神である。自然現象も含めた万物に霊魂が宿るとして畏怖し、それを祭った事に始まる。
・従って、キリスト教の神やイスラム教のアラーの神のような唯一絶対の神ではなく、「八百万の神」と言うように多くの神が存在する。
・社(やしろ)とは神の降りてくる場所、または神を祭る聖なる殿舎をいう。社殿が造られるようになったのは、仏教が伝来(538年)して国家権力に護られ、奈良時代に華やかに寺院が建てられたが、その影響で社殿を造るようになった。
・神社は「産土(うぶすな)型」と「勧請(かんじょう)型」の2つに分けられる。産土とは、人が生まれた土地をいい、産土神とは生まれた土地の守り神である。地元の人が五穀豊穣を祈ったりする。「勧請」とは神の分霊を請じ迎える事であり、勧請型の神社は、ある神社の神の分霊を移して祭る。天満宮、八幡宮、稲荷神社等々、有名な神社はこれが多い。
・「神宮」とは“伊勢神宮”をさし、「大社」とは“出雲大社”だけをさす。出雲大社は大国主命を祭っているが、伊勢神宮は神々の頂点に立つ天照大神を祭っているので、こっちの方が格が上になる。

<仏教の“仏さま”とは・・・>
・仏はもともと古代インドの実在者(ブッダ)であり、悟りを得たあと人々の前に絶対的な救済者となって現れた我々と同じ人間だ。彼がその後に崇(あが)められて神格化された。よって畏怖されたり畏れられて信仰の対象になったのではない。これが大きな違い。
・仏教が伝来した時に、古来から崇めていた神々の怒りをかうのではないかと恐れた豪族 物部氏は仏教打倒を主張したが、仏教を容認した蘇我氏と対立。聖徳太子は蘇我氏につき、蘇我馬子が物部守屋を討って日本は仏教国となる。
・飛鳥・奈良と仏教は政治に取り入れられ発展する。古来からの“神”信仰側は、今は盛りの仏教に様々な理屈を考え出して調和・追随し、「神仏習合」として一体化する。
・平安時代には仏教側から「神といっても、元をただせばみな仏。仏が日本人を救うために、神の姿で現れたのだ」という理屈が出てくる。こうして神と仏の合体は、平安時代から明治維新の「神仏分離令」まで続く。
(以上参考文献:岩井宏実著「日本の神々と仏」)

つまり、自分が「神と仏の違いが分からない・・・」と悩んだのも当然で、何と自分を分からなくさせるために、平安時代から江戸時代まで、営々と「神と仏は一緒」と仕組まれていた事が分かった。(自分が“混乱した”のは正常だったのだ)

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