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2006年10月 9日 (月)

「般若心経」勝手帖-01“般若波羅蜜多”が分からん

「般若心経」に接してから2年半になる。数ヶ月で暗唱はした。それ以来、通勤の時などに良く唱えている。
しかし唱えるだけで、正直分からない。なかなか自分のものにならない。やはりこの凝縮した262文字は、あまりに精緻なため凡夫には難解だ。

受験時代、良く新聞の折り込み広告の裏を使って、暗記する言葉を“書いて覚えた”ものである。
それに倣って、ここでは(なかなか自分のものにならない)般若心経を、自分なりの文字でここに書くことで自分のものにならないかな・・・という、試みである。
一文字ずつ書いては確認して行こう。数多く読んだ般若心経の本の、同じ文字の所の解釈を確認しながら、自分の理解したところを綴って行こう。つまり勝手な解釈なので“勝手帖”である。(自分の勉強のために・・・・)

ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしーんぎょう
仏説摩訶般若波羅蜜多心経

般若心経のタイトルである。唐代の仏典目録によると11種の漢訳があったといい、そのほとんどの訳に「般若波羅蜜多心経」という言葉が使われている。
単純な訳では“素晴らしいほとけのさとりの世界に至る肝心かなめの心のお経”という事になるか・・・。

「仏説」とはお経の決まり文句で「私はこのように(お釈迦様から)聞きました」といった意味。経典を作るようになる前は、教えは全て語り伝えたものなので、この決まり文句も理解できる。お釈迦様は文字としては何も残さなかったので、“(誰が何と言おうが俺は)こう聞きました・・・”というスタンスは正しい。
しかし「仏説」と唱えるのは真言宗だけで他の宗派は言わないそうだ。

「摩訶」は“大きな・偉大な”という意味。サンスクリット語で「マハー」を漢字で音写したもの。日本語でいうカタカナで、当て字だ。(中国ではカタカナが無いので不便だ。どういう漢字を当てはめるかは訳者によって様々・・・)

「般若」は“仏の智慧・さとりの智慧”。サンスクリット語で「プラジニャー(パンニャー)」を漢字で音写したもの。しかしこれが一番難しい・・・・。
「般若の智慧とは“鏡”である。どんな物を映しても、鏡それ自体はいつも清らかである。」(鎌田茂雄「般若心経講話」)・・・やっぱり分からん。
goo辞典では、〔仏〕 空(くう)など仏教の真理に即して、正しく物事を認識し判断する能力。これによって執着や愛憎などの煩悩(ぼんのう)を消滅させることができる。六波羅蜜の一つ。般若(はんにや)。《智慧》 ・・・・とある。
この“智慧”については良く分からないので最後まで宿題として残しておく。これが分かったら卒業だ。

追)「あなただけの般若心経」(P18)にこうあった。
智慧とは、小ざかしい智慧ではなく、ものごとを正しく識別する能力、あるいはすべてを見通す見識のことです。具体的には、先を見通して物事に対処することです。」(06.12.19)

「波羅蜜多」は“到彼岸(とうひがん)=彼岸(向こう岸=さとりの世界=浄土)に渡ること”。サンスクリット語で「パーラミター」を漢字で音写したもの。
(これらの言葉を意訳せずになぜ音写したかというと、あまりに畏れ多いので訳さなかった・・・、という事らしい。)
この「波羅蜜多」も宿題とする。良く分からん。“さとりの世界”とは何だ・・・・?

「心」「経」は“波羅蜜多の心髄(エッセンス)を説く経典”という意味。般若経600巻のエッセンスが般若心経262文字に詰まっている。「経」とは経・律・論の3種の仏教文献のうち、仏が教えを説いたもの。(経・律・論すべてを修めた者を「三蔵」と称す。=三蔵法師)

次から中に入って行こう。
(もっとも“タイトル(=般若波羅蜜多心経)”の意味で行き詰まっているのが現実だが・・・・)

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