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2006年9月 6日 (水)

吉田茂とサンフランシスコ講和条約

NHK総合で放送した番組「その時歴史が動いた ~シリーズ  日本独立  その光と影~吉田茂とサンフランシスコ講和条約~  <後編>」(9/6 22:00~22:43)に感動した。
サンフランシスコ講和条約に漕ぎ着けるまでの吉田首相の苦労と、講和会議におけるアジア諸国の悲痛な叫びに・・・・・。

我々団塊世代にとって、“安保反対”という言葉は、内容は良く分からないものの青年期に良く聞いた言葉であった。
この番組は、それに至った吉田の“国を背負った苦悩・責任”を良く説明していた。

国の復興を目指しての、この吉田の類い希なリーダーシップ・・・。(ある意味“独断”だが・・・)
全ての組織のトップは(会社でも・・・)、それぞれに同様な立場で“決断する”宿命を負うが、吉田の負ったミッションはそれとはあまりにスケールが違い過ぎる。
当然、今の日本があるのもこの様な大人物の存在・実績の上に成り立っているが、政界引退後の、いわゆる「大磯」の存在も、時代背景的に必然だったと、今更ながら納得した。それほどの大人物だったのだろう。

そして特に印象に残ったのが、講和会議での日本が侵略したアジア諸国の悲痛な叫び・・・。
フィリピン・ロムロ代表の演説:
「あなたがたが我々に与えた傷は、どんな黄金やこの世のものをもってしても、元に戻せるものではない。しかし、運命は我々を隣人にした。我々は共に平和に生きるほかはない。そのためには我々が許しと友情の手を差し伸べる前に、日本には心からの悔恨と生まれ変わる証拠を示して欲しい」

侵略国日本に対し、憎しみ以外の何ものも無いであろうに、感情を抑え、全く発言権のない敵国・敗者の日本に対して、何という寛大な言葉だろう。この発言に日本は救われ、52か国中49か国が調印して条約は成立、日本は独立したという。

やはり重要なのはヨーロッパでなくてアジアだ。
タイ、ベトナム、台湾、オーストラリアには行った。今度はぜひフィリピンに行って、たくさんのお金を落としてこなければいけないな、と思った。


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コメント

はじめまして
僕もその番組、全部じゃないけど見ました。
でも、昨今の首相の靖国神社参拝問題、「日本は、そういうことがあったことなど忘れている」と他国から見られているのではないかと思いました。

投稿: おーくぼ | 2006年9月10日 (日) 14:03

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