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2006年9月 1日 (金)

山崎ハコのコンサート番組を見た

さっきまで、NHK BS2で山崎ハコのコンサートの番組(フォークの達人)をやっていて、D-VHSにデジタル録画できた。
自分にとって山崎ハコは幻のシンガーであった。つまり、めったにTVで見る機会が無いため、今日の番組では知っている曲は少なかったものの、まさに貴重な番組であった。

思い起こせば、自分が山崎ハコを初めて聞いたのはちょうど10年前である。こんな世界もあるのか・・・と、CDを集めたものである。聞くと、デビューが1975年だったというから自分は新参者。
新しい世界に入るのが苦手の自分だが、とにかく音楽の世界だけでも、“世界は広い・・・・・”。

また伴奏の安田裕美の柔らかなギターの音色が、また素晴らしい・・・。
ところで・・・と「安田裕美」をWikipediaで見てみたら、何と山崎ハコの夫だという! これまたビックリ。

この山崎ハコと安田裕美の演奏で「望郷」を少しだけ聞いてみよう。

<山崎ハコ(安田裕美)「望郷」>

「望郷」
 作詞・作曲:山崎ハコ

 青い空 白い雲 菜の花の小道を
 かけまわり ちょうちょとり遊んだふるさと

 まっ白な 霧の中 神社の石段を
 かけ上がり 手を合わせ泣いてた小さな子

 淋しくて 悲しくて 出て来た横浜
 やさしいと 思ってもみんな他人さ

 いつの間に こうなった 鏡の中には
 知らん人 疲れた顔で悲しげに笑ってた

 帰ろうか 帰ろうか 田舎のあの家へ
 青い空 白い雲の田舎へ帰ろうか

 あの家へ帰ろうか あの家へ帰ろうか
 あの家はもうないのに

番組の中で、山崎ハコが子供の時に一番感激したのは、ピンク・フロイド(Pink Floyd)のロックだと言っていた。
「中学校の時に、兄貴の持っていたレコードを内緒で聞いていたが、その中で心が止められないぐらい震えたのがロック。中でもピンクフロイドが好きで、ピンクフロイドの曲の中には自分が触れるフレーズが必ずある」と言っていた。

“そうか、山崎ハコと自分とはピンクフロイドで繋がっていたのか・・・”と勝手に思って、急に他人とは思えなくなった山崎ハコではある。


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コメント

40年前に北九州からここ日立市(茨城県)に出て来きました。山崎ハコの歌は最近「織江の唄」で知りました。彼女は大分県の日田市の生まれのようですが、今聞くと本当に切ない歌ですね。確かに、その当時北九州の後背地筑豊はこのような感じでした。
でも、別の地方の人に取り上げていただいて、嬉しいです。
    2010年1月28日

投稿: 九州のひと | 2010年1月28日 (木) 21:04

九州のひとさん

コメントありがとうございます。
日立ですか・・。自分には縁がある土地で、良く知っています。先日(8/31の記事)は、数十年ぶりに神峰公園に行って、吉田正記念館に行って来ました。九州-日立-当サイトと繋がっていて面白いですね。

投稿: エムズの片割れ | 2010年1月28日 (木) 22:56

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