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2006年8月の8件の記事

2006年8月29日 (火)

欲しいもの~「それから」のサントラ盤

誰でも(小さい意味で)「欲しいが手に入らない」というものを一つや二つ持っているものである。
自分の場合、小学校の子供の時は鉱石ラジオが欲しくて、街のウィンドーに飾ってあった鉱石ラジオをいつも眺めに行くのが楽しみだった。これはとうとう買えなかった。
その後、カメラが欲しくて・・・。この500円のオモチャ(でも写る)のカメラは、たまたま家に来たお客さんから貰った小遣いで、何とか手に入れた。

オトナになって、金で手に入るモノはそれなりに手に入れた。
しかしここ20年、どうしても手に入らなかったモノがあった。廃盤のCD「映画“それから”のサントラCD」である。
何と、それが手に入った。(もっとも手に入ったのは、CDではなくてアナログのLPレコードだが・・・)
20年間探していたもので、聞くと期待に違わず素晴らしい。

この映画を見たのは、NHK TVで放映された88年の年末の事であった。たまたま録画して、その映画の雰囲気(特に藤谷美和子の雰囲気)に魅了され、そのバックの音楽の虜になった。
映画は、監督 森田芳光 、主演 松田優作 、音楽 梅林茂 で85年11月の公開。

その後、録画したVHS 3倍モードの画質ではなくて、何とか良い画質で・・・・と思い、ビデオテープで発売された時に即買った。しかしTVの録画よりも悪い画質にガッカリ。それからDVDの発売を待ち、05年11月にやっとDVDが発売になった。しかし如何せん音声はモノラル。
いつだったかサントラのCDが出ていたことを知りそれを探し始めたが、その時にはとっくに廃盤。オークションで時たま出るが、1万円を超える価格。
それが、先日Yahooオークションを見ていたら85年発売のサントラ盤LPが、1500円で出ていた。即買った。
プレヤーを何とか手名付けて音声をデジタルに落とし、自分でCD化した。
案の定、このサントラ盤の音楽は素晴らしい。DVDのモノラルでは得られないステレオの素晴らしい音。
それまで、このサントラ盤が手に入らないので、まだ発売中だった梅林茂集や松田優作集のCDを買って来て、断片的に「それから」のテーマを集めたが、やはりこのサントラ盤が最高。
(サントラ盤と言っても、映画の音をアルバムにそのまま落とすのでは無く、オリジナルの音楽の音源に、部分的に名セリフを被せる、という映画とは全く違うモノ)

しかし、とうとう最後に残っていた「探していたモノ」が無くなってしまった。
急に目標を失った恐ろしさ?を感じた・・・・・・????

念願のモノを入手出来た喜びと共に、目標が無くなった寂しさも感じるこの頃ではある。
(麻雀で天和を上がると“死ぬ”とか・・・・・。自分もヤバイかな? 考え過ぎ?)

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映画「それから」のテーマ

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2006年8月26日 (土)

通夜の法話の事

昨夜、同僚のお父さんが亡くなったとのことで、通夜に行った。藤岡の菩提寺、曹洞宗のお寺さんが執り行っていたが、いつもの“通り一遍”の機械的な通夜と違って、なかなか印象深い通夜ではあった。

曹洞宗とのことで、何か聞いたことのあるお経が読まれるかと聞いていたが、前半は殆どが和讃。後半では、予め紙が配られていた「無常御和讃」が読まれた。これがまさに演歌(大変に失礼)である。旋律があり、初めて聞いた・・・。

その後の法話が良かった。
亡くなったお父さんが、長い間その菩提寺の世話役をやっていたとかで、一緒に永平寺まで行ったときの逸話や、日頃色々と野菜などを持ってきてくれたことなどの話から始まり、死の意味、通夜・葬式の意義等、語尾がはっきりした明快な言葉でお話しをされ、自然とそのお話に聞き入ってしまった。
曰く、死は誰にでも来るが、人間はそれを“知識”としては持っていても、日頃事実として“認識”してはいない。(このお父様も長い間病気をされていたので、何時の頃か認識されたのだろう。)
世界60億人の誰もが、「明日がある」とは誰一人約束されてはいない。誰もが“明日がある前提”で生活している。よって日々大切に・・・・
そして通夜・葬儀は、“亡くなった方を皆で仏の世界に行けるように祈ること・・・”といった事をお話しされていた。

もちろん会った事もない同僚のお父上ではあるが、地方都市での良い意味での「檀家とお寺の信頼関係」をかいま見た気がして、心が温かくなった。
自分も、お通夜の事など左の耳から右の耳に通り抜けるのが常だったが、この様に心に留まるという事は、年のせいだろうか。それとも、このお寺さんのせい?
また自分にも、近くにこの様に生活に密着した菩提寺があれば、日々の生活も少しは変わったものになったかも・・・、と思ったりもして・・・・。
(一方、この斎場の受付には参った。持参した香典(通夜に行けない会社の同僚分もあり)の一つひとつに対しカードに記入しろという。個人情報がウルサい昨今、住所氏名から電話番号、故人との関係まで細かく・・・。芳名帳に書く事はいつものことだが、カードを渡されて管理されるのも、どうかと思った。まさに視点が通夜に来た人の視点ではなく、斎場の事務合理化の視点である・・・)

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2006年8月25日 (金)

海外での両替のこと

毎回、海外旅行で繰り返している失敗がある。日本から持っていった現地通貨の不足である。

今回も現地での現金(ユーロ)不足で参った。そして、現地での両替レートの悪いこと・・・・。

成田で@151円(1万円で66ユーロ位)で替えて行ったが、インスブルックのホテルでは@159円。

ザルツブルクの旧市街にあるインフォメーションで教えて貰った近くのホテルで換えて貰ったときは、手数料を7ユーロ取られて56ユーロ位。

ウィーンのシュテファン寺院の裏の両替屋ではレートが149.99で、手数料12.64ユーロを取られて(=逆算:レシートにはEBC 5.98と書いてあるが計算が合わない・・・)、やはり54ユーロしか貰えなかった。

レートだと、何と@185円!

一緒に行った人が「東京の**の**銀行だと安い」とか言っていたが、「無知は損をする」という見本を演じてしまった。

しかも余った現金を逆に成田で替えたら@142円・・・・。トホホ・・・

無意識?に「少なく持って行けば倹約できる・・・」なんていう淡い期待が背景にあることは分かってはいるが、結局「安物買いの銭失い」みたいな事になってしまった。

まあ、もう二度と海外には行かないので良いが・・・。(おとっと、だいぶん過激になってきたぞ・・・)

(色々と言い訳は出来るものである。本当の理由は***なのに・・・、ね)

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2006年8月24日 (木)

“時差ぼけ“で参った

ヨーロッパ(オーストリア)から戻って一週間になるが、ガンコな時差ボケには参った。夜寝て1~2時間経つと、目が覚めて眠れなくなる・・・・。

HPを見ると、時差が4~5時間以上あると症状が出てきて、西回りよりも東回りの方が、症状が強く出ることが分かっているという。まさにこれだな・・・。

昔、仕事でアメリカ西海岸に行ったときに、現地で時差ボケの為にボロボロになり、それ以来個人的な旅行では時差を避けた(という理由の)所にしか、行かなかった。

つまり地球の縦方向(南北の緯度方向)のみ。タイ・ベトナム(-2時間)、オーストラリア(+1時間)、そしてせいぜいハワイ(+5時間)止まりだったのが、今回いきなり-8時間(夏時間なので-7時間)・・・・・。無謀だった・・・・。

確かに、行くときは西回りだったので現地ではそれほど症状は出なかったが、帰りは東回りだったせいか日本に帰ってからボロボロ。(でも一週間くらいで治まるらしいので、もう一頑張りだな・・・・)

もう金輪際、横(東西方向)には動くまいと誓った。~しかし色々と理由は立つものである。(海外旅行で、もう遠出はしないという理由・・・・)

(本当の理由は***なのに・・・・、ね)

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2006年8月20日 (日)

オーストリアでビックリした事

・オーストリアの国中をバスで走ったが、道路は全く渋滞が無い。高速の入り口が無いので、どこからどこまでが高速なのか良く分からない。走っていると時々バスの運転席近くでピッという音がする。ETCの音だという。高速料金は全てETC。そもそもETCを作ったのは日本だが、日本が足踏みをしているのを横目に、ヨーロッパでの導入は早かったのだという。(止まって金を払う有料道路もあるというが)

・車は100%ヘッドライトを点けて走っている。理由は事故防止だという。

160129_2・ チロルに代表される家の窓・ベランダにあるゼラニウムという花。単なる飾りと思っていたら、本来の目的は「虫除け」とか。そうだよね。飾りだけのために毎日水を上げるのも大変。  

                           

・トイレはほとんど有料。高速道路のSAは無料だが、いったん店に入り、地下のトイレを使った後は、店を一巡しないと出られない構造。街の公衆トイレも、おばさんが居る有料トイレが多い。20~50セント(30~80円)。楽友協会大ホールのトイレも、ホール左右にある女子用は各3つしか個室が無いとかで、休憩時間は長蛇の列。(ホールの後方にもあったようだが・・) 男子用も個室が1つと、小用はコーナーに2つずつで、角の2つは隣の人と直角ではあるが尻がぶつかるほど狭い。これが天下のムジークフェラインザールとは・・・・。

・ウィーンの(有名なシュトラウス像のある)市立公園の隣を流れるウィーン川。公園を散歩していても、その“どぶ川”の臭いこと。市内に落書きも多く、少しガッカリ。またザルツブルクも含め、市内観光用の馬車がまき散らす馬糞も道路にそのまま。うっかり踏んづけたりして参った・・・・。

・オーストリアはカフェだらけ。ウィーンで有名だという(ブルク劇場隣の)“ラントマン”という店に入ってみたが、出てきたコーヒーのぬるいこと。これが普通なのかな?

・ヨーロッパは“EUという国が一つ”という感じがした。もちろん行き来自由だし、インスブルックからザルツブルクへの高速も、一旦ドイツ領内に出てからまたオーストリアに戻る。

・今年のヨーロッパは異常気象だという。ウィーンも7月は連日30℃を越え、旅行者はクーラーの無いホテルに帰って来ても暑くて寝られず、一転して8月に入ると連日雨で寒く、中旬までで晴れたのは2日間だけだったという。(自分が着いた時は2Wぶりの晴れ)

・オーストリアの天気の変化の激しいこと・・・。天気予報はいつも「晴れと曇りと雨」。それが当たる。朝は雨か曇りで始まって、午後2時位から晴れ間が出てきて、夕方は晴天・・・。山の天気と言えばそれまでだが、1時間で曇りの天気が夏の晴天に変わる早さにはビックリ。

・いわゆる“旧市街”の狭いこと。ザルツブルクでは、こんな狭い空間(旧市街)でモーツアルトが活躍し、貴族が闊歩したのかとビックリ。

・ザルツブルクで今年だけやっている「Viva MOZART」(8ユーロ)にガッカリ。162421 あまりに「芸術的」過ぎて、何を言いたいのか良く分からない。真っ青な照明の部屋があったり・・・・。よっぽど「モーツアルトの家」の方が、日本語ガイドがあって分かり易かった。

・ヨーロッパで日本の話題は皆無。TVでCNNをつけていたが、日本のニュースは小泉さんの靖国参拝のニュースだけだった。

・結論=世界中で日本ほど良い国はない。日本人で良かった・・・・

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2006年8月19日 (土)

ウィーン楽友協会大ホールに行った

8/16、ウィーンの楽友協会大ホール(ムジークフェラインザール=別名“黄金のホール”)に行った。202420
(今回の旅行ツアーに入っていた音楽会だが、まさか楽友協会ホールとは・・)
元旦にTV中継される、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートが開催されている場所であり、何よりも自分も子供の頃からレコード録音で馴染みのホールである。

席は中央やや後方(17列目中央。天井のシャンデリアで言うと前から4つ目のシャンデリアの真下だった)

第一印象は、とにかく小さい。座席数1680というから、NHKホールの3677や東京文化会館2300、サントリーホール2000と比べても圧倒的に小さい。220851 (しかも最後方には、何と立ち見席がある)

それにホール全体が、異様に黄金に輝いている。照明が電灯色の黄色であり、壁等の装飾が全て金であるため、カメラのホワイトバランスが追い付かない。上記の全体写真は電灯色モードで撮ったもの。

それと、何と装飾が煌びやかな事か。ホールの天井、後方、サイドを撮ってみた。(カメラのホワイトバランスは手動で合わせた)
ヨーロッパの中世の建築物と同様に、絢爛豪華な彫刻で満ち溢れ、良いか悪いかは別にしてとにかくスゴイ・・・。

201440 201247_1 201749_1

肝心の音だが、正直良く分からなかった。
30人規模のウィーン・モーツァルト・オーケストラの演奏だったが、会場の(黄金の)雰囲気に飲まれたか、18世紀の団員の服装に飲まれたか・・・、格別良いとも・・・・。
ただ、一人しか居なかったコントラバスの音が良く聞こえた事は確か。

演奏会その物はまさに観光用で、観客はほとんどが団体観光客。
オーケストラの隣の席も、中国?のカジュアルな団体客。
写真・ビデオ撮影も禁止されていないとの事で、演奏中もフラッシュがパチパチ。ビデオ撮影も堂々と・・・。(日本では考えられないが)
演奏中も照明はそのまま。日本では、演奏中は会場の照明を落とすが・・・・

しかし、今回の初めてのヨーロッパ(=オーストリア一周)旅行で、最も印象に残ったのが、このコンサート・・・では無くてムジークフェラインザールの会場ではあった。
今後、今回のように出合い頭?(=フェラインザールとは全く予想していなかった)のコンサートではなく、ウィーンフィルのチャンとしたコンサートをこのホールで聞くことはあるのだろうか?いや無いな・・・

*一緒に行った人が、ザルツブルクでザルツブルク音楽祭に来ていたウィーンフィルを聞いたという。前々から予約を頼んでおき、ザルツブルクに居た8/12pmしかチャンスが無かったが、3日前に空席があると分かり、聞いたという。日本円で1万円チョットとか。
ホンモノを聞くには、それなりの努力と語学力が要るといういうことだ。

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2006年8月 4日 (金)

またまた「芝東照宮」

今日は一日、自部門での業務用車両の自損事故の報告で大忙し・・・・。ったく・・・。

週末から2Wちょっと出掛けるので、「何事もありませんように・・・・」と、(お気に入りの)芝東照宮にお参りに行こうかと思っていたら、これで何と「交通事故が避けられますように・・・」もお願いする羽目になってしまった。

本日が(事務所移転の関係で)この界隈を昼休みに散歩できる最後の日なので、炎天下無理して行った。そしてお賽銭を、何と500円も奮発して、2つ頼んでしまった。(我が人生で、お賽銭の最高新記録ではないか?)

考えてみたら、熊野さんにも頼んでおいたっけ・・・・と思い出した。
二人の神様に頼んではいけない、と誰かに聞いたことがある。それぞれの神様がひがむのだという。うちと縁のある(と勝手に思っている)熊野さんと、(勝手に御利益があると思っている)芝東照宮さんの二人に頼んではまずかったかな?と反省?

しかし最近の自分は、いとも簡単に神様に頼っていないか? でも、ちょっと遠い場所の天候や、交通安全は神様に頼るしか無かろう・・・・? 
どうせ神様もいい加減?で(失礼)、「何故事故なんだ・・・!」「否、自損で済んだのは神様のお陰」というお馴染みの「ものは考えよう」なので、まあこれも気楽に行こう。

ところで、神様は何のお土産が喜ぶのだろう・・・ナンテ、別に考えてはいないが・・
(本日は、何といい加減なBLOGなのだろう・・・・)

追)~それで、本BLOGも2Wお休みしま~す。メイコ(愛犬)も実家に里帰り・・・・。里に帰って伸び伸び出来るのか、はてまた両親とのドタバタでガックリ疲れるのか・・・。帰ったらメイコにゆっくり聞こう。

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2006年8月 2日 (水)

中村元「仏典をよむ」を読んだ

中村元の「仏典をよむ(4)~大乗の教え(下)」を読み終えた。26回のNHKの放送(85/4~9月)とその内容をまとめた4冊である。
読み終えて、自分として色々と“悟りの境地”に達した事が分かった。

1)まず、耳から入った情報は頭に残らずに、全て抜けるということ。
この放送は、2~3回、MP3で通勤の時に聞いたはずだが、今回本を読みながら聞いてみて、何と新鮮だったことか。
つまり、何度聞いても頭には全く残らなかった、という事が分かった。
(どおりで、歌を聞いても歌詞が頭に残らないはずだ~本BLOG 6/5付け参照)

2)次に、中村元という先生の偉大さが分かった。
東大の教授を長くやっていたというが、無限にある仏典をサンスクリット原典で研究、訳している。鳩摩羅什や玄奘三蔵が数多くの仏典を、サンスクリット語から漢訳したが、それと同じくサンスクリットを日本語に訳すというのも大変な偉業のはず。それにインドの遺跡にも数多く行ったというし、その活動の範囲はすごい。
人間、一生掛ければ、このような足跡を残すことも出来るのだ。
(それに比べて自分の人生では、何かを残したか?)

3)お経(仏典)の言わんとする事が少しは分かってきた?
仕組みだけは分かってきたぞ。原文はサンスクリット語で、それを中国で漢訳し、日本ではそれをそのまま使っている。理由は、日本語に訳すと、お経の有り難みが消えるから・・・?らしい。お経には色々なしきたりがあって、まず「如是我聞(かくのごとくわれ聞けり」という決まり文句から始まるとか、単位が非常にオーバー(十万億仏土とか、千億仏とか・・・)とか、・・・・。
しかしお経は千数百年経っても何も変わらない。前に国立博物館で鎌倉時代?の阿弥陀経?だったかを見たが、達筆で同じ文字がそのまま書かれているのは、何か不思議な気がしたものである。

ともあれ、いままで色々と乱読してきたが、この本のお陰でバラバラだったものが少しずつ頭の中で体系化してくるような気がしたのは進歩かも?
まあしばらくは色々と読んでみよう。それと中村元先生の本も少し読んでみようか・・・?

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