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2006年7月 9日 (日)

聖徳太子の教え

聖徳太子の言葉というものを初めて聞いた。聖徳太子はかなり現実論者であったらしい。

中村元の「仏典をよむ(3)~大乗の教え(上)」も第13/14回になった。「維摩経(ゆいまきょう)」と「勝鬘経(しょうまんぎょう)」である。
「維摩経」は現実生活の肯定(在家仏教)を説き、「勝鬘経」は女人の説法として有名で、紀元1~2世紀に作られたらしい。
日本では非常に重要な教典で、聖徳太子が「維摩経」「勝鬘経」「法華経」と合わせた「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」という解説書・注釈書を著したと伝えられ、我が国で著された一番古いものという。

「勝鬘経」は、ブッダの面前において、国王のお妃である勝鬘夫人がいろいろの問題について大乗の教えを説き、それに対してブッダが「そうだ、そうだ」と是認するという筋書き。
この中で、勝鬘夫人が三つの大願を立てるが、そこで

・・・・・
第三に「仏さまの説かれた正しい道筋を受け取る場合に、身と命と財とを捨てて実践致しましょう」
と言うが、
これについて聖徳太子は「実際問題として身命をすてるということはできない。ただ財を捨てるということは、だれでも心すればできるから、無理のないように、人々のために奉仕することを行え」という趣旨の事を説いています。この解釈の仕方は非常に現実的です。

とある。
「十七条憲法」とかの言葉は知っていたが、ここでは聖徳太子の考え方というものが具体的に出てきて、なかなか新鮮なであった。


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