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2006年7月の18件の記事

2006年7月31日 (月)

山田洋次の「息子」

たまたまつけたTV(BS2)で、山田洋次の「息子」をやっていたのでついつい見てしまった。

三國連太郎がしぶい。
上京してやっと真面目に働き出した次男が、耳の聞こえない彼女を紹介する場面。
三國連太郎の「息子の嫁っこになってくれますか?」・・・「ありがとう」・・・と頭を下げる場面が圧巻。
その後の、次の日3人でFAXを買うセリフ抜きの回想?シーンがまた良い。心温まる・・・

ラストシーン・・・
心臓病を抱えた父親がやっと岩手の雪に埋まった自宅に帰り、ポッと昔の囲炉裏の家族の賑わいが再現される場面では、“このまま死んじゃうんじゃないか?” “いや山田洋次だから大丈夫だ”という訳の分からない話をしながら・・・、カミさんと一緒に心配!
最後のシーンで、家の電灯が点く場面で、ああ良かったと安堵。何のこっちゃ!

しかし、ハリウッドのドタバタ映画と違った、このようなしっとりした映画も良いもの。
何よりも、“人間”を画いているのが良い。
我が家でもそのうち来るのだろうか・・・。いやいや当分来そうにないな。

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2006年7月29日 (土)

PINK FLOYDのDVD「pulse」が出るぞ

待ちに待ったピンク・フロイド(PINK FLOYD)のDVD「pulse」 (日本名:驚異)が9/6に発売されると聞き、早速amazonに予約を入れた。たぶん擦り切れるほど聞くであろうDVDである。

思い起こせば、友人の家に行ったときに「これを聞け」と聞かされたのが「原子心母」だった。72年の事である。
しかし正直、ムキになってPINK FLOYDを聞き始めたのは、92年に「光」というライブのLD(レーザーディスク)を買ってからだ。それ以来、発売されたPINK FLOYDは全て買った。
「pulse」は95年にLDが出たと同時に買ったが、これが出るまでは「Live at Pompeii」の「エコーズ」を最も良く聞いた。しかし音のゴージャスさではこの「pulse」のライブ版にはかなわない。何度かのドタキャン(発売延期)の果ての今回発売だが、音も多分5.1サラウンドだろうし、やはりこのDVDが最高だろう。

PINK FLOYDのアルバムも色々あるが、自分にとってはこの「pulse」が最も重要であり、何よりも生きたPINK FLOYDがそこに居る。

世界中の期待にも拘わらず、再結成されて再度ツアーが行われる可能性はほとんど無いというPINK FLOYD。
02年3月30日に聞いたロジャー・ウォーターズの東京公演。これが自分の唯一の生演奏体験だが、ロジャー・ウォーターズまで入れた往年のPINK FLOYDの再結成の期待は無理としても、何とか新たなアルバムが出ないものだろうか・・・

可能性はゼロではないので、メンバーが生きている限り待つことにしよう。

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2006年7月27日 (木)

神頼みなら「芝東照宮」

まだ東京は梅雨が明けていないが、今日は天気が良かったのでまた昼休みに、「芝東照宮」と「増上寺」に散歩に行った。8月に会社の事務所が移転するので、昼休みに来るのはこれが最後かも知れない・・・と思って。

「芝東照宮」は珍しく表の扉が開いていた。社務所にも人がいた。何か行事でもあるのかな?
今日は、自分も珍しく手水舎の水で両手を洗い、お賽銭箱に(思い切って)100円玉を入れ、鈴を鳴らして人目をはばかることなく大きな音とともに二礼二拍手一拝。(これからは当分来れませんよ・・・と)

ついで、増上寺に。ここでも(思い切って)100円玉を入れた。
阿弥陀様に手を合わせて、これからは当分来れませんよ・・・と。

午後、行き詰まっていた仕事に、新たな展開があった。ラッキー!!!

夕方、帰り道で思った。「やはりお賽銭に100円玉を奮発したせいだろう・・・」と。
阿弥陀様かな? それとも芝東照宮さん?
仏さまは、お願い事をするものでは無いという。
よって、ラッキーな新たな仕事の展開は、“芝東照宮さんに上げた100円玉だ!”という結論になった。
これに味をしめて、これからも「お願い事」があるときはこの芝東照宮に来て、“100円玉”を奮発する事にした。

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2006年7月25日 (火)

「華厳経」に“何か”を感じた

中村元の「仏典をよむ(4)~大乗の教え(下)」も第22回「華厳経(1)」である。

しかしこれは良い。まだ良く分からないが、“何か”を感じる・・・・・。

聖武天皇が旗を振って、大衆の力を集めて奈良東大寺の大仏を作ったが(752年)、この東大寺が華厳宗の総本山。 曰く・・・・・

「華厳経」の趣意は、事事無礙(じじむげ)の法界縁起(ほっかいえんぎ)の説にもとづいて菩薩行を説いているという。

事事無礙について説明すると、事とは現象、あるいは現象界の事物。それがひとつひとつお互いに異なっているのではない。とけ合っている。決してお互いに排除し合うものではなくて、とけ合っていてとどこおりがない、ということ。

すべてのものは因縁の連鎖、鎖、因果の網によってつながっている。つまり、一見したところでは個別的に異なっている事と事、つまり事物と事物は決して無関係のものではない。目に見えないところで結ばれている。経験世界では別々ですが、真理の世界から見るとお互いに寄り合っておこっている、いいかえると、ありとあらゆるものがお互いに原因となり結果となり、連鎖の網で結ばれて存在している。それを法界縁起という。

その道理を体得しますと、他人というものが他人ではなくなる。そこで自利即利他(じりそくりた)の菩薩(道を求める)行という事が説かれる。その修行には、自利と利他の二方面がある。存在している限り、生きている限りは必ず自分のためを考える。と同時に他人が別のものではないのだから、他人のためをも考えることになる。自利と利他の両方が相即している。

・・・道を求める心を起こしたときに、もうそこにはさとりが含まれている。

・・・道を求めたいという心を発(おこ)したとき、つまり「初発心」のときにもうさとりを完成している。

・・・・すなわち、他のものによってさとるのではない、自分が体得してさとるのだ、とするのです。道を求める心を起こしたところに、目標がそこにある。

ということは逆に、何か目標に達した場合にも、これでいいというのであってはならない。どこかに達したというのも、実はそれは初発心にほかならない。だから、人生はいつまでも初発心にほかならない。「初心忘るべからず」ということを申しますね。人生は絶えず道を求める。しかも最初のときの心がまえ、それで進んでいくのが本当の姿であるという事が含まれているのです。

・・・・・

「華厳経」はこういう具合に心を修養せよ、そこから慈悲の働きがあらわれてくる、という事をくりかえし説いております。

・・・ありとあらゆる人々のことを考えて、ともに手を携えて進もうという、その理想を「華厳経」は掲げているのです。

長々と転記してしまったが、空の思想とも通じる非常に奥深い教典らしい。自分に一番欠けている「心の修養」がテーマらしいので、少し真面目に研究してみようかと思った。

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2006年7月23日 (日)

映画「日本沈没」を見た

7/E期限のポイントで貰った招待券があったので、小生の一方的な好みで「日本沈没」を見に行った。

映画が終わって、隣のカミさんに「まあ△かな?」と話しかけたら、何と泣いている。涙ボロボロ。号泣したいのを我慢しているという。小生はキョトン。いやはやこれほどまでに評価が分かれた映画も珍しい。

<カミさん>

良かった。感動した。ロードオブザリングよりも良かった。ここ10年で一番感動した。初めから泣きっぱなしだった。号泣したかった。

どこが良かったって・・・・? だいたい草彅剛というのは嫌いだ。でも泣かされた。主人公の自己犠牲か?日本が無くなるという寂しさか?(私はやはり日本が好きなんだ) メイコ(愛犬の名)はどうする・・と考えたり・・・。人間は難民になれるが、犬は“難犬”にはなれない・・・・!?? 外国に逃げたくても知り合いがいない(もちろん英語も出来ない)。困った・・・。色々考えながら感動した。ディテールはどうでも良い。この映画は思わぬもうけものだった。良かった・・・。
カミさんの泣いている姿に唖然・・・。とうてい理解できずに呆気に取られて「何で? 何で?・・」と聞き出したのが上記)

<自分>

小生から見ると、この映画はCGを見に行くようなもので、ドルビーデジタルの音と共に楽しめた事は楽しめた。見慣れた建物が崩壊していく様は、実に迫力があった。

しかし、娯楽としての荒唐無稽は楽しめたものの、“・・・てなわけ無いだろう・・・!”の連続で、例えば・・・・、

・73年版の映画では、日本は沈没して日本人が世界の難民になる・・・で終わったはずが、新作では、日本を沈没させる原因のプレートを海底に何カ所か仕掛けた爆弾でそのプレートをぶった切る!という壮大な計画・・・。“・・・てなわけ無いだろう・・・!”

・6500m用の深海艇が壊れたため、旧型の2000mの深海艇で草彅君が海底に設置された爆弾に点火に行く。2000mを越えてもチャンと動く・・・。“・・・てなわけ無いだろう・・・!”  もし2800m(3800mだったかな?)でもチャンと動くとしたら、それはもう過剰設計も良いところで設計者としては×。

・ラストシーンでも、柴咲コウ君が逃げ場を失って山の中に取り残された家族を助けに、ヘリコプターでさっそうと降り立つが、“・・・てなわけ無いだろう・・・!” だいたいどうやって避難場所が分かるのだ? 携帯だって基地局がやられていて通じないだろうし、そもそも連絡の手段が無いだろう・・・!

しかし「ディテールはどうでも良い・・・」と感動して泣いている「女族」と、娯楽と理解しつつも、ついつい“・・・てなわけ無いだろう・・・!”と理屈で考えてしまう「男性」。

つくづく脳の仕組みが違うのだな・・・、と思い知らされた映画ではあった。

(寂しい話だが、唯一意見が合ったところは「もしチャンスがあったら、さっさと外国に逃げるな・・・」)

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2006年7月22日 (土)

旧日本フィル解散時(72年)の小澤征爾の「復活」

今日の日経朝刊(P32)に、“小澤征爾が再始動 エネルギッシュに「復活」“というコラムが載っていた。今年1月半ばから休養していた小澤征爾が、7/20にマーラーの交響曲第二番「復活」のコンサートで活動を再開したという。

その記事の中で、

「小澤とマーラーの「復活」には因縁もある。72年、旧日フィルが解散する前、最後の定期演奏会での「復活」の激しさは伝説となっている。音楽評論家の東条碩夫氏は「あの演奏会は小澤の日本での活動の一つの区切りになった。今回も70才で病を患った小澤の節目になる可能性がある」と見る。・・・・」

と書いてあった。

実はそのコンサートには自分も行ったので、色々と思い出された。

72年6月16日(金)19:00 東京文化会館。日本フィル 第243回定演。文化放送からの支援打ち切りでの、6/Eの解散を控えた最終コンサート。首席指揮者の小澤征爾による“復活”を掛けた「復活」演奏会だった。

学生時代、小生はショルティ/ロンドン響の「復活」を聞き込んでおり、それに比べてこの演奏会の熱気は、未だに覚えている。

演奏が終わって、楽員が下がっても聴衆が帰らない。拍手が長く続き、小澤征爾が何度呼び出された事か。これが数十分続いた事を鮮明に覚えている。

「確かその時の演奏を録音したな」と思って探してみたら、オープンテープが出てきた。当時NHK FMで放送されたものの録音である。

オープンデッキもまだ捨てていないのでもし動いたら、時間が取れた時にCDに焼いておこうと思う。数多くのコンサート経験の中で、最も印象に残っているコンサートの一つではあった。

ちなみに、数日前に、昔聞き込んだショルティ/ロンドン響の「復活」のCDが、金沢にある通販サイトで手に入る事が分かり、たまたま注文した所であった。

福田康夫も年齢(70才)から自民党総裁選断念とか・・・・。

妙に「復活」という言葉が心に滲みるこの頃である。

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2006年7月19日 (水)

浄土を観想する「観無量寿経」

今日は、中村元の「仏典をよむ(4)~大乗の教え(下)」の中の「観無量寿経」である。

これは「阿弥陀経」「大無量寿経」とあわせて「浄土三部経」と呼ばれて浄土教の根本教典であるという。また「観無量寿経」はサンスクリット原典もチベット語訳も存在せず、宋の時代の漢訳(西暦450年頃)のみが存在するという。

「観無量寿経」は、阿弥陀仏ならびに極楽浄土の観想(かんそう=心にじっと思い浮かべ想像すること)を教えている事で有名とか。

この教典の物語は・・・・

「王舎城(ブッダがいた頃の大国であるマガダ国の首都)」の太子の「阿闍世(あじゃせ)」が、ブッダの従兄弟であった「調達(じょうだつ)」にそそのかされて、父であり国王であった「頻婆娑羅(びんばしゃら)」を幽閉する。

お妃の「韋提希(いだいけ)」は、何とか国王を救いたいと思い、体に食物(ヨーグルトに蜂蜜を加え小麦(米)を混ぜたもの)を塗り、首飾りの中にブドウジュースを入れて、密かに国王に奉った。

そのうちに太子が門番に「王はまだ生きているか?」と聞いて、妃が助けている事を知り、怒って自分の母であるお妃を殺そうとする。

そこに「月光(がっこう)」という家臣(当時の名医)が「父を殺害する例はたくさんあるが、自分の母を殺したという王は聞いたことがない。もし母を殺すというのなら我々はここにいてはならない」と意見する。

そこで太子は殺すのを止めて妃も宮殿に幽閉する。

妃が嘆いていると、ブッダが現れた。妃は自分の首飾りを絶って全身を地に投げて号泣し「仏さま、私は昔どんな罪を犯してこのような悪い子を産んだのでしょう。ブッダもまた何の因縁があってこのような悪い者と親族になったのですか?私はこのような俗悪の世界ではなく、清らかな行いのある世界、浄土に生まれ変わりたいものです」という願いを申し述べた。するとブッダは「西の方にある極楽浄土を目に見えるようにしえあげよう」と言って、極楽世界を「観想」つまり思い浮かべるための十六の方法を教えます。

1)「日想観(にっそうかん)」=日没を観想して西方の浄土を想う。

2)「水想観(すいそうかん)」=水や氷の姿を連想して極楽の大地が瑠璃のようにきらめいていると想う。

3)「地想観(じそうかん)」=水の姿を観想して極楽の大地を観想する。

4)「樹想観(じゅそうかん)」=極楽の色々の樹が宝石をちりばめてキラキラとした不思議な姿を想観する。

5)「宝池観(ほうちかん)」=宝の池を観ずる。

6)「宝楼観(ほうろうかん)」=宝よりなる高殿を観ずる。

7)「華座観(けざかん)」=阿弥陀仏の立派な台座を観ずる。

8)「像想観(ぞうそうかん)」=仏像を観想して阿弥陀仏を想う。

9)「真身観(しんしんかん)」=真実のすがたを観想する。

10)「観音観(かんのんかん)」=観音さまを観想する。

11)「勢至観(せいしかん)」=勢至菩薩を観想する。

12)「普観想観(ふかんそうかん)」=あまねく仏・菩薩・浄土などを観想する。

13)「雑想観(ざっそうかん)」=仏さまの本当の身体や仏像など、色々な姿をまじえて観想する。

14)「上観(じょうかん)」=「上品三生(じょうぼんさんしょう)」を観想する。

15)「中観(ちゅうかん)」=「中品三生(ちゅうぼんさんしょう)」を観想する。

16)「下観(げかん)」=「下品三生(げぼんさんしょう)」を観想する。

こうして妃と侍女たちは阿弥陀仏に対する信仰を得た。

という物語でした。

こうして文字にしてみると、何か自分が分かった気になるのは不思議である。

前の「観音経」にしても「阿弥陀経」にしても書いたら分かった気になったので、しばらく文字にしてみる事にしよう。

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2006年7月18日 (火)

死ぬときは阿弥陀さまに“SOS”

中村元の「仏典をよむ(4)~大乗の教え(下)」も第19回「阿弥陀経」である。

観音経と同じく、これも非常に分かりやすい。西暦1世紀頃に北インドで成立したという。

現世を「穢土(えど=汚れたところ)」と考え、彼岸の世界に「浄土」を求める信仰が生まれ、その中で一番影響の大きかったのが阿弥陀仏の浄土である極楽世界の観念だという。

阿弥陀仏はサンスクリット語で、アミターバまたはアミターユスと言い、アミタは「限られていない」、アーバーは「光」という意味なので「無量光(むりょうこう)」と訳し、アーユスは「寿命」という意味なので「無量寿(むりょうじゅ)」と訳すという。結局、阿弥陀(アミダ)とは当て字(音を写した)だ。

阿弥陀経の内容は極楽浄土の見事な姿を端的に述べたものとかで、具体的で分かりやすい。

では極楽世界とはどの様なところか?

これより西方、十万億の仏国土を過ぎたところに阿弥陀という仏がいて説法をしている。その国の衆生は、もろもろの苦しみがなく、楽しみだけを受けるので、その国の名を極楽と名付けたという。

その世界とは、・・・

・七重の欄干のような石垣、珠玉で飾った網、並木が巡らされており、四宝(金、銀、瑠璃(青玉)、玻璃(はり=水晶))で飾られている。

・七つの宝で飾られている池がある。そこには八つの功徳(澄んでいる。冷たい。甘美。軽く柔らか。潤沢。安らか。飲むと飢渇などのわずらいを除く。飲み終わっては身体の健康を増す)のある水が満ちている。池の底には金の砂を敷きつめている。池の周りの階段は四宝から作られている。(真四角なスタジアムを連想)

・階道の上の方には高い建物がある。これも金銀瑠璃・・・で飾られている。池のなかには蓮華が咲いていて、花の大きさは車輪のようである。青い蓮華には青い光が、黄色い蓮華には黄色い光が、赤い蓮華には赤い光が、白い蓮華には白い光がさしている。どれも微妙でかぐわしい香りがする。

・極楽ではいつも天の音楽を奏している。地面は黄金よりなる。

・昼夜六時(一日に六回)に、マンダーラの美しい花をふらせる。

・その国で生きている人は、いつも清々しい朝に、めいめいが花を飾る器を持ち、フウッと他の世界に飛んでいって十万億の仏さまを供養して、朝食の時に帰ってくる。それから食事をして、そぞろ歩き(経行)する。

・また極楽には、珍しい色とりどりの鳥がいて、昼夜六時に和やかな雅やかないい声を出している。

では、なぜこの仏さまは阿弥陀というのか? かの仏さまの光(光明)は無限であり、十万の国を照らす。それに妨げが無い。また極楽の仏さまの寿命、ならびにそこに住んでいる人の命も無量無辺で限られることがない。それで阿弥陀と称されるのだ。そして数え切れない多くの弟子がいる。菩薩方も多くいる。極楽とはこのように素晴らしい所だ。

従って、願を発してあの国に生まれようと願うべきである。なぜならば、このような優れた方々と同じ所で会うことが出来るからである。

これはまことに有り難い事であって、功徳を積んだからといってなかなか直ぐに生まれることは出来ないはずである。しかし信仰を持っている人は、阿弥陀さまの名号を一心不乱に心で思っているならば、その人の臨終の時に、阿弥陀さまは清らかな方々と共にその前においで下さる。そして命が終わってから阿弥陀さまの極楽浄土に行って生まれることが出来るのである。・・・・・・

なるほど・・・。

前に「阿弥陀堂だより」という映画を見たが、亡くなった人の名札を村の阿弥陀堂に納め供養していた訳が、これで分かった。(今頃・・・・)

昨年12月10日にNHKで「夢の美術館 うるわしのアジア仏の美100選」という番組をやっていたが、その中で平安時代の「臨終行儀」の紹介があった。

それは屏風の「山越阿弥陀図」に描かれている阿弥陀さまの合掌している指先の所に孔をあけ、そこから五色の紐を引いて臨終の人が握り、 口で南無阿弥陀仏と祈れば極楽に行ける・・・という。

この場面は、妙にリアリティがあって印象的だった。

まあ自分は、死ぬときには大騒ぎをすることは確実。たぶんその時は阿弥陀さまも何もかも吹っ飛んで大騒ぎ・・・・。

うちの冷たいカミさんは「自分の方が必ず先に逝く。そんなウルサイ人の面倒は見られないから」という。まったくその通りでグウの音も出ないが、今から少しずつでも唱えれば、静かに死ねるのであろうか? いやいや幾ら考えてもまったく自信はない。

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2006年7月17日 (月)

ベータのテープをDVDに落とした

25年前のベータのVTRテープを、DVDに落とした。

昨日、
>・・・・’81年12月にNHKで放送された「喜多郎&秀星コンサート~透明な宇宙を求めて~」(’81.10.11 ホテルニューオータニで収録)は昔のベータで録画したが・・・・

と書いた。
確か捨てていなかったな・・・と思い出し、テープを探したら出てきた。
昔のベータのVTRもずっと電源を入れっぱなしにしておいたお陰で、何とかギリギリ動いたので、PC(Qosmio)で初めてDVDに焼いた。

PCはちょうど1年前に買い換えたが、DVD化のアプリはまったく使っていなかった。
ベータのテープは、数十本を未だに持っているが、気になる番組やビデオカメラでの家族の記録テープは、ベータのVTRが動く今の内にDVD化しておこうと思った。

さすがに25年前のビデオカメラのテープからは、下の息子がチンポコ丸出しで“おしめ”を取り替えている場面が出て来た。(そいつからさっき“車を買い換えた”とのメール。俺も年を取るはずだ・・・)

いかんな。
>頭の中が回顧録的に動き出している。まずいな・・・。
>俺の人生も、“まとめ”に入ってきたのだろうか?
>“生涯現役”の自分の目標も、何か怪しくなってきた今日この頃である。
と先日書いたのに、同じ動きだ。

待てよ・・・? “こだわらずに・・”とも書いたな・・・。
まあ力を抜いて、自分に都合の良いように考えることにしよう。

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2006年7月16日 (日)

喜多郎の「1000年女王」のCD

喜多郎の「1000年女王」のCDを、アメリカの通販サイトに注文してしまった。

知る人ぞ知る喜多郎の「1000年女王(サントラ)」は、日本では唯一CD化されていないアルバムである。1925021_1
’82年2月発売のアナログレコードは、当時買って今も持っている。
今はそれをMP3化して聞いているが、CDを入手できる可能性が出てきたので思い切って注文してみた。

http://www.bestcddvd.com/music/kitaro-653/millennia_oasis_cd-5008.html 

“MILLENNIA”のタイトルで、“OASIS”との2CD分が$11.99。送料$5と手数料$2で合計$18.99との事。
クレジットカードで決済。サーテちゃんと来るかどうか・・・・
(ちゃんと着いたら、追記報告します)

思えば喜多郎の名を知ったのは、(定番通り)’80年のNHK特集「シルクロード」の番組から。
それからは喜多郎の全てのレコードを買いあさり、何度かコンサートにも行った。

しかし、喜多郎の音楽に夢中になったのは、’83/12の「飛雲」のアルバム位まで。
それ以降の喜多郎の音楽は、何故か段々と心に入って来なくなってしまった。

“全ての喜多郎のアルバムは買う”と決めて、それまでのアナログレコードは全てCDに買い換え、発売されたアルバムは全て買い続けてはみたが、段々聞かなくなってしまった。
そしてとうとう’02年の「水に祈りて」を最後に買わなくなった。
(案の定、新しいアルバムは買ってはみたがほとんど聞いていない)

ミュージシャンも時代・年代と共に変わって行く。
ベートーヴェンやモーツァルトだって、年代(成長)と共に曲想は変わっている。
自分はどうもその変化(成長)について行けず、取り残されたみたいだ。

「俺は喜多郎の音楽が好きなのではなくて、“初期の喜多郎の音楽”が好きなのだ」に変えてみたら、気が楽になった。(別に誰に言い訳をする必要もないのだが・・・・)

成長する相手に付いて行けない・・・・・?
カミさんは別に自分と同じ様な(遅々とした?)成長なので気にならないが・・・、待てよ!?息子どもの成長にも、俺は付いて行けないのか・・・?、と思ったら少しヤバイ感じがした。

(改めて、喜多郎は長岡秀星のジャケットのアルバムの頃が一番良い。79~81年「OASIS」「絲綢之路」「敦煌」「氣」・・・。 ’81年12月にNHKで放送された「喜多郎&秀星コンサート~透明な宇宙を求めて~」(’81.10.11 ホテルニューオータニで収録)は昔のベータで録画したが、あり得ない再放送を未だに夢見ている・・・)

*追)即日、「10日ほどで出荷する」とメールで返事がきた。

*追:8/23)CDが送られてきたぞ。何とロシアからだ。HPは米国なので(電話番号)、てっきりアメリカからだと思っていたら、ロシア ペテルスブルグから送られてきた。8/15発送の8/23着。発注からちょうど1ヶ月掛かった訳だがCDはもちろん新品。どうやら信用できるサイトらしい。後はクレジットの決済が心配だが多分大丈夫だろう。なおCDが2枚かと思っていたら、1枚のCDに2CD分が詰め込んであった。(オークションを覗くと、このCDが何と14,800円で出されている・・・)

*追:9/15)クレジットカードの明細が来た。8/13付けで「TRANSCD-2(S.-PETERSBURG)」の名称で、2,255円落ちていた。結果、このサイトでの購入は全く問題なかった。逆算すると118.7円/$のレート。リーズナブルだ。
ちなみに、上記のサイトは英文だが、PCに付いていた翻訳ツールを利用すると、Q&Aのページも含めて全部日本語に訳してくれるので有り難かった。

●結論:喜多郎の「1000年女王」のCDが欲しい人は、上記サイトで2千円強で買えますよ~~。(“エムズの片割れ”のお薦め)

(追加 07-3-17)~改2010/08/26
お問い合わせが多いので、サイトでの申し込み方をご案内します。(クリックで拡大)

1000nen1 1000nen2 1000nen3

*クレジットカードはVISAかマスターしか使えないようです。
(なおこの訳は、PCが勝手に訳したので責任は持ちません・・・)

(付録)「プレリュード」と「スペース・クイーン」を少し聞いてみよう。

(参考記事)
喜多郎の「無限水」
喜多郎の「ロシアへの想い」
喜多郎の「空の雲」

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2006年7月15日 (土)

これからの“SOS”は観音さま

中村元の「仏典をよむ(3)~大乗の教え(上)」も第18回になり「観音経」である。
15~17回の「法華経」は正直分からなかった。日本仏教思想の主流にあるという法華経だが、凡夫には難解だ。
それに引き替え、「観音経」は分かり易い。
「観音経」は、「観世音菩薩普門品第二十五」(法華経の第二十五章)を独立の教典として扱ったもの、と聞いていたが、元来単行教典であったものが中国で「法華経」に吸収されたという。

この教典の趣旨は簡単。
「観音さま・・・」と唱えれば(すがれば)どの様な状況(七難・・・等)でも観音さまが助けに来てくれる、というもの。
ストーリーは、無尽意(むじんに)菩薩が世尊(ブッダ)に観音菩薩について色々と聞く・・・、という形を取っている。
観音というのは衆生の音を聞く事・・・。(確かに、目で見るよりも音で聞く方が広い範囲をカバーできる。たまたま今、外は雷が鳴って雹と共に、にわか雨が降ってきたが、雷鳴は大分前から鳴っていた。でも目で見える範囲は庭だけ・・・。ナルホド・・・)

救ってくれる七難(外部からの災難)とは、
1)火=火災
2)水=インドの洪水・・
3)羅刹(らせつ)=鬼~宝物を求め大海に繰り出し、暴風雨に遭って遭難して鬼(羅刹)のいる国に流されても、誰か一人でも観世音菩薩の御名を唱えれば全員羅刹の難を逃れる。
4)刀杖(とうじょう)=人から害せられようとしている時に、観世音菩薩の御名を唱えればその悪漢が振りかざした刀などの武器は粉々に砕けてしまう。
5)鬼=夜叉(人に害をなす半ば神のような神霊)や羅刹などが来て、人を悩まそうとしたときに、観世音菩薩の御名を称えるのを聞いたならば、この悪鬼はへこたれてしまって、悪い目をもってこれを視ることさえもできない。もちろん害を加えることなどできなくなる。
6)枷鎖(かさ)=捕らえられて手枷(かせ)足枷をはめられて拘禁束縛されている場合でも、観世音菩薩の御名を称えると、免れるであろう。~これは罪のある人も無い人も同じであるという。ここで、罪のある人が逃れられるのはおかしい、という考え方もあるが、インド奥地の盗賊は義賊が多く、お金持ちから奪って貧しい人に配るのだという。

7)怨賊(おんぞく)=怨みをいだく賊が満ちているなか、隊商を率いて進んでいる時に、皆で観世音菩薩の御名を称えると、賊から免れるであろう。

また人間の根本にある三つの毒(内部からの災難)から離れることができる、という。
三つの毒とは、
1)
淫欲
2)
瞋恚(しんに)=怒り、憎悪
3)
愚痴=迷い、迷妄

また観音さまを拝むと子宝に恵まれるという。
男の子が欲しいと思って礼拝供養すると、福徳と智慧がそなわった男の子が生まれるであろう。
女の子が欲しいと思うならば、容姿端麗な多くの人に愛され、敬われるような女の子が産まれるであろう。

しかも、多く寄進した人の功徳と、チョットだけ拝んだ人の功徳には区別が無いという。
また観音さまは、相手に応じて相手の姿で(三十三身)教え導いてくれる、という。

ここまで聞いて、無尽意菩薩は自分の首飾りを観音菩薩に法施として差し出したが観音菩薩は受け取らない。
見かねて世尊が横から助け舟を出して「とにかくみな生きとし生けるもののためにこれを受けなさい」とアドバイス。
それで観音さまはその首飾りを受け取って二つに分け、一つはブッダに差し上げ、一つは多宝仏の塔に奉った。

・・・・・という物語でした。

何のことはない。観音経の勝手な解説をしてしまった・・・・

しかし今頃気が付いた。
十一面観自在菩薩像」というのがあるが、良く見るとこれは怪物だ。しかしその意味(人々のさまざまな苦難に対応するため、すべての方向に顔を向けた観音)を考えると、ナルホドと納得した。
俺の信仰心もまだまだだな、と思うこの頃である。

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2006年7月14日 (金)

湿った音(ナマのバイオリンの音)の素晴らしさ

TV朝日の「題名のない音楽会21」収録の見物に、初台の東京オペラシティに行った。
良く分からないイタリアの歌手(パトリツィオ・ブアンネ)の歌(8/20放映)と、葉加瀬太郎のモーツァルト(8/27放映)。
葉加瀬太郎は知らなかったが、顔はどこかで見たことがあったな~・・・
しかしこのホールは木製のホールで、非常に天井が高い特殊な形をしている。

音楽会そのものは、TVの収録という事でカメラの動きが煩わしく、何となく馴染めなかったが、バイオリンのナマの音にはいつもながら感激。
しっとりとした湿った音。いつも音楽会の初めは、この弦の音に魅了される。

原理的には、ナマの音には倍音が多く含まれているため、しっとりと聞こえるのだろう。

ただし直ぐに慣れてしまい、感激は初めだけなのは何故だろう?

昔のフルトヴェングラーの名演も、今はSPのプアーな音でしか聞けないが、そのホールに居た人はこの様な素晴らしいナマの音で聞いた訳で、何とも羨ましい・・・

これから時間が出来たら、TV収録のようなタダのコンサートを探して色々と行ってみようか?女性に負けないで。(このコンサートも8割は女性・・・。定年後らしいの老夫婦も多かった。みんな同じようなことを考えているのかな・・・?)

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2006年7月 9日 (日)

「チゴイネルワイゼン」の想い出

先日(7/7)の日経夕刊のコラム「こころの玉手箱」に、ヴァイオリニスト前橋汀子がヤッシャ・ハイフェッツの思い出について書いていた。

ふと思い出した。ハイフェッツが弾いたサラサーテのチゴイネルワイゼン。これが小生クラシックの原点。
探したら中3(62年)の時に買ったレコードが出てきた。1145471 45回転EP盤。スタインベルク指揮/RCAビクター交響楽団。51年録音。懐かしくてとても捨てられなかったもの。

鳥の子供は、卵から出てきた時に見たものを親と認識する、という事を聞いた事があったが、音楽も同じようで、チゴイネルワイゼンもいったんハイフェッツからスタートすると、誰の演奏を聞いても違和感を覚える。

最近の例では、ブラームスの交響曲第1番も同じであった。持っているCDを皆MP3にして通勤で聞いてみたが、全部しっくりしない。昔散々聞いたカラヤン/ウィーン・フィルの59年録音を1000円で買ってきた。これだ!

つまり全ての曲が、一番最初に買ったレコードの演奏に耳が慣れており、それが一番フィットする事が分かった。それ以来、昔買ったレコードと同じ演奏をCDで揃えるのが新たな趣味になってきたようだ。

ワルター/コロンビア響のマーラーNo.1、レフ・オボーリンのクロイツェル、ヨッフムのカルミナ・ブラーナ、イッセルシュテットの第九、ハイフェッツのメンチャ(メンデルスゾーン、チャイコフスキーのVC)、クライバーンのチャイコフスキーPC No.1、等々。

考えてみると、会社生活が一段落して来たせいか、頭の中が回顧録的に動き出している。まずいな・・・。
俺の人生も、“まとめ”に入ってきたのだろうか?
“生涯現役”の自分の目標も、何か怪しくなってきた今日この頃である。

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聖徳太子の教え

聖徳太子の言葉というものを初めて聞いた。聖徳太子はかなり現実論者であったらしい。

中村元の「仏典をよむ(3)~大乗の教え(上)」も第13/14回になった。「維摩経(ゆいまきょう)」と「勝鬘経(しょうまんぎょう)」である。
「維摩経」は現実生活の肯定(在家仏教)を説き、「勝鬘経」は女人の説法として有名で、紀元1~2世紀に作られたらしい。
日本では非常に重要な教典で、聖徳太子が「維摩経」「勝鬘経」「法華経」と合わせた「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」という解説書・注釈書を著したと伝えられ、我が国で著された一番古いものという。

「勝鬘経」は、ブッダの面前において、国王のお妃である勝鬘夫人がいろいろの問題について大乗の教えを説き、それに対してブッダが「そうだ、そうだ」と是認するという筋書き。
この中で、勝鬘夫人が三つの大願を立てるが、そこで

・・・・・
第三に「仏さまの説かれた正しい道筋を受け取る場合に、身と命と財とを捨てて実践致しましょう」
と言うが、
これについて聖徳太子は「実際問題として身命をすてるということはできない。ただ財を捨てるということは、だれでも心すればできるから、無理のないように、人々のために奉仕することを行え」という趣旨の事を説いています。この解釈の仕方は非常に現実的です。

とある。
「十七条憲法」とかの言葉は知っていたが、ここでは聖徳太子の考え方というものが具体的に出てきて、なかなか新鮮なであった。

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2006年7月 5日 (水)

自分には縁のない「三輪清浄」

「三輪清浄(さんりんしょうじょう)」という言葉はどこかで聞いた事があったが、このような意味とすると、自分には全く縁がない言葉だということが分かった。

中村元の「仏典をよむ(3)~大乗の教え(上)」も第12回になった。「空の思想~般若心経・金剛般若経」である。

「般若心経」は別に考えるとして、「金剛般若経」である。これは空の思想にもとづいて、我々の心構えを説いている、という。

ここで次の紹介がある。(P30)

「菩薩は法においてまさに住する所無くして布施を行ずべし」

(中村元訳=求道者はものにとらわれて施しをしてはならない)

「菩薩は法においてまさに住する所無くして布施を行ずべし」は、特に重要な言葉です。何かにとらわれることなくして、人にものを与えることを行えというのです。この場合に「三輪清浄(さんりんしょうじょう)」ということを仏教ではいいます。つまり、施し与える主体と、それを受ける人、そのあいだに渡されるもの、その三つが清らかでなければならないのです。

 現代の生活にもとづいて申しますならば、「おれがあの男にこういうことをしてやったんだ」といった思い上がりやこだわりがあると、与えたものとか、援助とかいうものは清らかではない。清らかな、屈託のない境地で、人のために尽くすべきである、こういうことを説いていまして、これはその後、大乗仏教の実践の基本となります。この「三輪清浄」の教えは現代でも大きく意味を持っていると信じます。

参った。反省した。

さっきの夕食で、俺はメイコ(愛犬)に「三輪清浄」で食べ物をあげたか?

確かにメイコは、実に“けなげ”にじっと俺から何かをくれるのを待っていた。これは純粋であり清らかである。

夕食のサラダも、現在も俺は生きているので“清らか(毒は入っていなかったようだ)”である。

問題は自分である。俺はメイコのけなげさに打たれてサラダを少し“施した”が、実は俺の心には「お前、一度で良いから帰ったときに玄関に迎えに来いよ」(実は生まれてから一度も俺を迎えに来たことが無いのである~自分に寄ってくるのは食事の時だけ)みたいな下心が無かったか? いや確実に“あった”。

やはり自分にとって、「三輪清浄」は縁のない言葉のようだ。

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2006年7月 3日 (月)

温故知新?~戸籍の場所を訪ねた

昔から一度行ってみたい場所があった。実家の戸籍の住所である。

今日はたまたま会社の創立記念日(本来は7/1)で、半ドンだったので、会社の帰りに何処かに寄ろうと思っていた。
美術館等は月曜日で全部休みだったので、前から行ってみたいと思っていた実家の戸籍(自分も結婚して新戸籍を作るまでは同じ)の住所を訪ねてみた。

場所は、墨田区両国1-7-*。
両国駅を降り、 相撲の国技館を後に、地図を頼りに歩いていくと、
戸籍の住所は両国橋のたもとだった。

060703_142101 060703_143603

あった!!
その住所の所には、どこかの会社のビルが建っていた。

060703_142901 060703_143301

まあ、他人にとっては全く面白くない話だが、ここは自分にとっては意味のある場所なのである。
10年前に亡くなった親父が子供の時にここで過ごし、小学校1年の時に関東大震災(1923年(大正12年)9月1日午前11時58分)に遭って家が焼け、その後祖父が勤めていた“氷屋”の会社の不況・整理に伴って田舎に引っ越してからは、ここの住所だけが戸籍として残ったという。

帰りに同じ番地の所を回ってみると、変な建物がある。
「春日野部屋」と看板が掛かっていた。
しかし、それらしいのは入り口だけで、上はマンション風。
現在の相撲部屋は、どうもお相撲さんが全員マンションの個室に入っているようだ。

060703_144201 060703_144301

それにしても、日本の戸籍制度は面白い。
自分は全く行ったことがないのに、「自分の戸籍は・・・」と一生その住所を大切にする場合がある。

たぶん親父もその後は行ったことが無かっただろうし、お袋に至ってはそこがどんな所か興味も無い。
何かで昔読んだが、“皇居の住所を戸籍にしている”人も居るとか・・・。

まあ戸籍は、「引っ越しても変わらない住所」以上の意味は無いのかも知れないが、今回は自分のルーツの一欠片として、少し興味を抱かせる場所であった。

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2006年7月 2日 (日)

女性の特質とおじさんの特質

女性は群(むれ)やすく、おじさんは苦手?

先日、仕事であるプロジェクトを立ち上げるべく、派遣会社から数十人のメンバーの紹介を受けた。
結果的に女性が9割のメンバー構成になったが、初顔合わせの時のこと、全員が全くの初対面のはずなのに・・・・
・女性は例外無く、まるで旧知の友人に会った時のごとき動き。すぐにペチャペチャ始まるし、昼食も皆で仲良く店探し・・・(エ!?皆さん前から知っていたの??・・・)
・20台前半の男性も、直ぐに隣の若い女性と意気投合?
・問題は30台以降の男性。自己紹介で「あまりの女性の多さにビックリ」と一人ビビっていて孤立無援。

一緒にこれから仕事をする仲間・プロジェクトなので、みんなが仲良くなるのは願ってもないことだが、何で女性はそんなに簡単に友人になれるのだろう?
カミさんに言わせると、どうもこれは何の不思議も無い“当然の動き”らしい・・・・。

それに引き替え、男性は・・・・

老人ホームでも、女性は皆で直ぐに群れてペチャペチャ。逆に男性は孤独にあっちに一人、こっちに一人・・・が普通だという。
自分も全く同様だ。

会社の同僚が居なくなったときに孤独にならないために、今から訓練が必要だが、高校時代の英語の試験よりも自信が無い・・・

急に「濡れ落ち葉」という言葉が身近に感じた今日この頃である。

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2006年7月 1日 (土)

「小椋佳」との出会いと別れ

もちろん正確には「小椋佳のレコードとの出会い」である。
若い頃、仕事で九州に出張した際、同僚の自宅に招かれて聞かされたのが「彷徨」というレコード。帰京して直ぐに買った。74年8月末のことである。
小椋佳のHPによると、「彷徨」は’72.3.1の発売というから、まあまあ自分は小椋佳ファンの老舗と言えるかも知れない。
このアルバムの曲は全部好きだ。その頃のアルバムも。

力まない自然な歌声。心が洗われるような素直な旋律。
「少しは私に愛を下さい」「坊やおねむり「ほんの二つで死んでゆく」・・・

自分が大好きな「ほんの二つで死んでゆく」を少し聞いてみよう。しかし、この歌が出来た時、さすがに小椋佳の奥さんが「縁起でもない」と言ったそうな・・。しかし愛情満ち溢れる詩ではある・・・。

<小椋佳「ほんの二つで死んでゆく」>

「ほんの二つで死んでゆく」
 作詞・作曲:小椋佳

 池よりも湖よりも海よりも
 深い涙を知るために
 あなたにサヨナラ言うのです
 人の世のおとぎ話をかき集め
 ほんの二つで死んで行く
 あなたのまわりをかざりたい

 月よりも太陽よりも星よりも
 遠くはるかな旅をして
 あなたをさがして呼ぶでしょう
 雨がふる 僕はしずくをかき集め
 ほんの二つで死んで行く
 あなたの小舟を浮かべたい

 はかない運命に死ぬ時も
 ゆりかごにゆれているように

しかし好きだったのは75年までのアルバムでそれ以降の曲は、なぜか付いて行けなくなった。

時代と共に人の心(曲想)は変わって行くもの。
お互いの心も変わっていく。
小椋佳も自分も・・・・

お互いが変わって行く以上(これも“空”の思想だな・・・)、小椋佳との相思相愛?も時間と共に薄れていくのは仕方がないこと。
(ここまで書いて“ドキッ”とした。少し居間に降りて、カミさんと雑談でもしてくるか・・・)

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