2019年6月24日 (月)

セミ成虫の寿命1週間は俗説! 1カ月生存「証明」

先日、こんな記事を見付けた。
セミ成虫の寿命1週間は俗説! 1カ月生存「証明」 岡山の高3 学会で最優秀賞
 「セミは地上に出てから1週間程度しか生きられない」というのは俗説で、実は1カ月くらい生きていることを、岡山県立笠岡高サイエンス部の3年植松蒼さんが独自の野外調査で“証明”した。調査の手法と結果を、5月に広島大で開かれた「中四国地区生物系三学会合同大会」で報告。高校生の部(動物分野)で最優秀賞を受賞した。
190624semi  調査手法は、捕まえたセミの羽に油性ペンで番号をマーキングして放し、後日、再捕獲を試みるというもの。植松さんは2016年の7月中旬から9月中旬にかけて、笠岡市内の住宅地や雑木林など4カ所でほぼ毎日、この調査を繰り返し、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど計863匹にマーキング。15匹を再捕獲し、4匹を再再捕獲した。
 植松さんは「なかなか再捕獲できず、調査の効率は非常に悪かった」と笑うが、調査の結果、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミの3種で10日以上の生存を確認。最長生存確認記録はアブラゼミが32日間、ツクツクボウシが26日間、クマゼミが15日間だった。
 植松さんは小学1年生のころから虫に興味を持ち、セミの鳴く時間帯や、雄と雌の羽化の時期の違いなどについて調べてきたという。セミの成虫の寿命の調査は「そもそもセミの死骸を夏の間に見かけることが少ないのはなぜか」と“短命説”に疑問を持ったことがきっかけだったという。
 合同大会の報告で、日本動物学会の研究者らから高い評価を受け、植松さんは「疑問を解決するために、自ら考えて取り組んだ点が認められたのでは」と喜んでいた。現在、調査の精度を上げるため、セミの鳴き声の波形を専用ソフトで解析して、個体をそれぞれ把握する手法の確立を目指している。
 植松さんは昨年8月、クマバチに寄生する南方系の昆虫「ヒラズゲンセイ」を広島県内で初めて発見。生息域が西に拡大していることを証明している。」(2019/06/19付「山陽新聞」ここより)

俗説では、幼虫として土の中で6~7年、成虫になって飛ぶようになって1週間、とか言われていたゼミの寿命。どうもそうでは無いらしい。Netでググると、土の中では2~5年、成虫になってからは、最長1ヶ月ほど生きることもあるという。
ググると、大阪市立大学で2005年に大規模な調査が行われたらしい(ここ)。
それによると、数百人の参加者が5500匹のセミにマーキングして追ったという。それによっても、最大30日ほど経って、生きているセミが見付かったという。

それにしても、野生の生態を調べるのは大変だ。見付けられる確率が非常に低いから。それを高校生が、夏休みを中心に2ヶ月間地道にやってのけたのは、大変な努力。こういう人が、研究者になるのだろう。凡人がどうでも良いようなことを、ひたすら研究する。
前に、ナマコの研究者がラジオで言っていた。「世界でナマコの生態を研究しているのは、自分だけではないか」と・・・
自然界の研究とはそんなもの。そう言えば、前に、ウォンバットはなぜ四角いウンチをするのか、という研究をしている人がいることを書いた(ここ)。

話は飛ぶが、NHKのクローズアップ現代「もし逮捕されたら・・・司法が変わる」(2019/06/18放送)を見た。歯科医師の夫婦が、高齢の母親を殴って死なせた、という疑いで逮捕され、3年に亘って身柄を拘束されたという。裁判では、暴れる母親を止めようとしただけと主張したが、母親が暴れた理由を説明出来なかったため、1審では傷害致死で8年の判決。未成年の2人の子どもがいるからと、ずっと保釈を請求し続けたが認められず、手紙も認められず、無罪につながる情報は得られなかった。裁判が終わった後、受け取れなかった手紙を開けると、1年以上前に報道機関から届いていた手紙には、母親が暴れた理由は攻撃性を共鳴る認知症のせいでは、と印されていた。2審では認知症で暴れる母親を止めようとしたことが認められ、無罪になったが、3年ぶりに見る子どもの顔は、いつの間にか大人の顔になっていた。という。

こんなイヤな話。そしてウソばかりの政治。テレビを点けると、新聞を開くと、そんな“悪い気”が入る話ばかり。
そんな中、先のウォンバットやナマコや、そしてこのセミの寿命の研究などの話を聞くと、現代の汚い世界とは別世界に生きる生活に、自分まで心が洗われる気がした。

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2019年6月22日 (土)

諏訪大社と辰野「ほたる祭り」に行く

昨日までの2日間(2019/06/20~21)で、諏訪大社と辰野の「ほたる祭り」に行ってきた。今日は、そのメモである。
「諏訪湖のホテル紅やで、部屋から花火を見たい」。カミさんの長年の願いである。5月頃、その話が出て、念願の!「ホテル紅や」に電話で花火の日の予約について聞いてみた。すると、4万発が打ち上げられるという「諏訪湖祭湖上花火大会」(2019/08/15)の日の予約は、常連客が優先で、一見(いちげん)の客は、なかなか予約が取れないとのこと。今年も既に一杯。
仕方が無いと、カミさんがホテル紅やのHPを見ていたら、「ほたるを観に行こう!」というプランがあった。それで、温泉に行く、という目的で行ってみることにして予約した。
ついでに、紅やのHPから「高速道路「約50%OFF」で上諏訪温泉へ行こう!」(ここ)というサービスを見付けたので高速料金も少し安くて済んだ。

さて、1日目(2019/06/20)。せっかくなので諏訪大社に行ってみようとググると、何と諏訪大社は4つに分かれているという。いや4社合わせて諏訪大社と言うのかも・・・。梅雨というのに、天気もまあまあ。天気の良い内に回ってしまおうと、順番に巡ってみることにした。
朝9時半、愛犬を近くの動物病院に預け、出発。中央道を西に。途中の双葉SAで休憩し、諏訪インターへ。

<諏訪大社上社前宮>
最初は、諏訪インターから最も近い上社前宮(まえみや)に行く。車を置いて登って行くと、大きな「御朱印帳はこちら」の看板。さっそくカミさんが受付に。すると料金は500円だという。いままでは例外なく300円だったので、ここは高い!
本殿に行こうとすると「前宮本殿 ここより百メートル上段」という看板。頑張って登って行く。大きな舞台が見える。頑張って登って行く道は、境内の道というより、普通の道路を行く感じ。上の方に本殿はあったが、少し寂しいたたずまい。

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<諏訪大社上社本宮>
次に訪れたのは近くの諏訪大社上社本宮(ほんみや)。ここの規模は大きかった。お腹が減ったせいか、太ももが笑う。参道の店で、おやきと蕎麦のチープなランチ。さて境内に。相変わらず御朱印は500円。参拝所の内側に拝殿があった。
そして、出口にあった苔むした手水石が何とも歴史を感じさせる。

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門を出て、右手に行くと布橋という渡り廊下。左下には神楽殿が見える。そして門から出ると、斬新なデザインのコーヒーショップ?
お茶していこうか、という話も出たが、なぜかスルー。

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右手に行くと、法華寺というお寺があった。ここには、忠臣蔵の吉良上野介の息子の吉良義周のお墓があるのだという。
もどって布橋の下を行くと、土俵がある。これは雷電為右衛門の土俵だという。そして神楽殿には、龍の大太鼓があった。

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<諏訪大社下社秋宮>
次に向かったのが、諏訪大社下社秋宮(あきみや)。
ここでも先ずは御朱印。それから神楽殿に向かう。ここには大きなしめ縄が目を引く。その奥に拝殿。

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右手に歩いて行くと「秋宮一之御柱」という看板。ここで気が付いた。どうもハゲた柱(失礼!)があるな、と思っていたが、彼の有名な御柱祭の御柱だったのだ。
御柱祭は、wikimによると「山中から御柱として樅(もみ)の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、長野県諏訪地方の各地区の氏子の分担で4箇所の各宮まで曳行し社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭である。この御柱祭りは7年目ごとに行われ、柱を更新する。氏子は、木遣りや喇叭に合わせて曳行する。正確には満6年間隔で行われる「6年に一度」だが、慣例として数え年の7年目ごとという意味で「7年に一度」「7年目」「数えで7年」などと表記される。」とある。
あの有名な木落は、6年毎に16本行われ、各宮の四方に建てられるという。

そして、カミさんが「君が代」に出てくる「さざれ石」がこれだと言う。

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<諏訪大社下社春宮>
最後に行ったのが、諏訪大社下社春宮(はるみや)。ここも神楽殿には大きなしめ縄。そしてあやめが奉納されており、あやめの鉢が神楽殿をぐるりと囲む。

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拝殿は神楽殿の裏手。目の前にどかっと神楽殿が鎮座しているので、ちょっと目障りでは???
そしてやはり拝殿の右手には、御柱が。
そしてここでやっと御朱印が4つそろった。どこも500円で、高かったが・・・

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さて、天気も良く、諏訪大社巡りが終わったので、一路ホテル紅やに。3時過ぎに着く。

<ホテル紅や>
案内された部屋は、11階の角部屋。畳敷きの和室にベッドが二つ。目の前に諏訪湖が広がる。なるほど、これなら花火をゴロンと横になって見られる。食事前に14階の展望風呂に行ったが、少し熱く、サッサと出てしまった。

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夕食は、ほたる狩りがあるので、5時半スタート。和食の結構豪勢な料理が出た。

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<辰野のほたる祭り>
7時過ぎにホテルの前からバスで出発。会場の「ほたる童謡公園」までは30~40分ほど。8時に着いて、9時まで自由散策。
ホテルを出発するときは雨が降り出し、皆傘を持参。でも、着いてみると空には星も見えた。バスはホテルが契約しているらしい。2つのホテルから計10人が乗った。

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バスが公園近付くにつれ、道路の脇には車が停まっている。これらも見物客だという。しかし、ここから歩くと遠い。幸いにも我々のバスは直ぐ近くの駐車場に。「9時の集合時間に遅れると歩いて帰ることになるよ」という運転手さんに見送られて会場に。少し歩いて行くと、ライトに照らされた臨時の入場券売り場。ホテルでもらった500円の券を渡す。券は「ホタル保護育成協力金」と言って入場券ではないようだ。
最も良い時間帯が午後8~9時とのことで、人も多い。つられて歩いて行くと、ほたるがあちこちに見え出す。会場は真っ暗で、案内板は蛍光塗料でボウッと浮かんでいる。奥に行くに連れ、段々とほたるの数が増える。一番奥に行ったとき、人も多いがほたるも多い。
真っ暗な茂みにほたるが乱舞している。その数は数百??カミさんは大満足。しばし足を止めて見入る。近くの人も同じ。たたずんでいる。
しかし、ほたるが多い=人も多い=カメラも多い。ということで、三脚に乗ったカメラが多い。もちろんフラッシュはたかないのだろうが、モニタ画面から出る光が邪魔。時々、あちこちでフラッシュの光も・・・。皆が真っ暗な中でほたるの光を楽しんでいるときのカメラは、やはりはた迷惑。運転手さんに聞くと、あんなかすかな光でも、長時間露光でカメラには写るらしい。

そもそもウチのカミさんは、なぜかほたるが好き。前にカミさんがほたるに凝り、近くのほたる公園に見に行ったことがある。ちょうど2年前だった(ここ)。そこでは500匹のほたるを放していたが、ここは数万のホタルが住んでおり、数千匹レベルのホタルが飛ぶという。
集合時間までに戻らないと、迷惑を掛ける。という思いが強く、早々に引き揚げる。真っ暗な公園で戻るのに自信が無かったが、何となくこっちの方だろうと歩いて行くと、戻れた。
集合時間までに余裕があったので、運転手さんに話を聞くと、この公園と駐車場は、あるひとりの個人の所有だという。つまり個人が作った公園で、個人がホタルを飼っているということらしい。
ホタルの寿命が短いため、見られるのは1週間。今年も6月15日から23日までの短期間で、雨が降ると見られないらしい。今回は、絶好の日と天候。結果的にラッキーな時期に、充分にホタルを見ることが出来た。もちろん、写真撮影は最初からあきらめていたので、ここへの写真のアップも無し。帰りのバスも順調で、8時半頃にはホテルに着いた。

<スーパーツルヤ 上諏訪店>
2日目(2019/06/21)は、早起きのカミさんにつられて、つい早起き。朝食はバイキング。
ホテルを出発し、まずは、なぜかカミさんが行きたいと言っていたツルヤというスーパーへ。聞くと2月にオープンしたばかりの店。行ってみると真新しい。それに結構規模が大きい。カミさんはスマホで店のチラシをチェック。それに加えて、家から持ってきた買う物リストを見ながら、カミさんは1時間以上をかけて、嬉々として品選び。自分から見ると単なるスーパーなのだが、信州ならではの品を中心にお買い物。もちろん男は荷物持ち。

<SUWAガラスの里>
それから「SUWAガラスの里」(ここ)というミュージアムに行く。入口で、スーパーで買った冷蔵食品をコインロッカーに。それから美術館に入った。これが結構見応えがあった。どの作品も、暗い会場でスポットライトで浮かび上がる幻想的な表情に見入ってしまった。
ランダムだが、あげてみる。

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美術館を出るとちょうどランチ時(どき)。非常に有名だというレストランでランチ。野菜中心だったので、自分的には今ひとつだが、カミさんは大満足。階下に行くと、大きなガラスショップ。日本最大級だという。カミさんは熱心に品定め。自分は椅子でウトウト・・・

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外に出ると、駐車場に人力車。ひとり500円。どこを回るのか・・・。そして、水陸両用バスが駐車していた。観光バスからも人が降りてくる。
でも全体的に、天気も良く、どこも混んでいなかったので、ラッキー。
かくして、1時半に現地発。途中、談合坂SAに寄ったが、4時過ぎには家に着いた。しめて350キロだった。
今日は雨。一日ずれていたら・・・。
体調も天気もラッキーで良かったミニ旅行ではあった。お疲れさまでした~。

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2019年6月19日 (水)

早稲田大学での「テレビドラマの授業」

先日、改めてNHKラジオ深夜便「だからテレビドラマはおもしろい 早稲田大学文学学術院教授 岡室美奈子」(2018/11/13放送)を聞いた。
かの早稲田で、10年前からテレビドラマの研究や授業が行われているという。相変わらず、自分の「ヘエ~」に引っ掛かったので、取り上げてみる。
そもそもこの音源は自分のPCの隅にずっと眠っていたもの。つまり、半年前の放送。そのうち取り上げようかと思いつつ、眠っていたもの。
遅いが、聞いてみよう。

<「だからテレビドラマはおもしろい」早稲田大学文学学術院教授 岡室美奈子>

いやはや大学にTVドラマの授業があるとはビックリ。でも聞いてみると、マジメな授業のようだ。
早稲田のHPには、氏のプロフィールをしてこう書いてある。
「文学学術院教授/坪内博士記念演劇博物館第八代館長 岡室美奈子
三重県生まれ。アイルランド国立大学ダブリン校にて博士号を取得。1997年、早稲田大学文学部専任講師、2000年、助教授を経て、2005年より教授。2007年より文化構想学部教授。現代演劇研究、テレビドラマ研究を専門とし、特にサミュエル・ベケット研究では、日本を代表する存在である。2013年には、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の第8代館長に就任。主な編著書に、『ベケット大全』(白水社)、『サミュエル・ベケット!-これからの批評』(水声社)、『六〇年代演劇再考』(水声社)などがある。」ここより)

それにしても、幾ら研究のためとは言え、テレビドラマを全部見るのは至難の業。氏は根っからTVドラマが好きなのだろう。
氏が優秀作品として紹介していた「透明なゆりかご」というドラマを見てみたいが、NHKの再放送の可能性は無さそう。(自分はミーハーなので、他人の高評価を参考にするのだ)

しかし、チャンバラ小説を読むようになってから(ここ)、めっきりTVドラマを見なくなった。
ウチのカミさんは、大好きで、シーズンになるとガイドブックを買ってきて、次は何を見ようかと研究している。そして録画しては見ている。たまに覗くと、出演者はいつも同じ。同じ俳優が、こっちのドラマではこの役、あっちのドラマではあの役、で代わり映えがしない。どうもそれが自分にはフィットしない。そして、いちいちドラマの設定を理解するのも面倒。
これもトシのせいかも知れない。もっとも、映画館に行っても、となりのカミさんにいちいち小声で、ドラマの展開を確認しながら見る。そもそも自分の頭の回転が、ドラマの進行に追い付いていないようだ。
Netでググったら「透明なゆりかご」というドラマはDVDが出ているらしい。借りて見てみる!?
相変わらず、TVを見るのも他人任せな老人ではある。

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2019年6月18日 (火)

番組ファイルリストの整理をした

自分はどうもムキになって物事をする性格らしい。
ここ数日、ムキになって、当blogの「番組ファイルリスト」(ここ)の整理をしてしまった。

今までは、主にラジオ番組をアップした記事をリスト化した「番組ZIPファイルリスト」を作っていた。長時間のラジオ番組は、ページを開く(ダウンロードする)のに時間がかかるため、そのサワリだけをmp3として直接聞けるようにして、番組の全体は、別にZIPファルとしてアップしていた。
それも、回線が高速になるにつれ、「もう必要ないかな?」と思って、長時間番組も直接聞けるようにしたのが、2018/8/19(ここ)だった。
それ以降、特に不便さもないので、ZIPファルとして別に挙げることは止めて、今までの記事も、ZIPファイルを全部「MP3プレヤー」で直接聞けるように、ここ数日で改修した。

改めて、以前の放送番組を目にすると、放送内容が耳によみがえってくる。自分にとっては、珠玉の番組なのである。
特に、2016/04/13の『NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的』ここ)と、2016/05/20の『改めてNHKラジオ「アフリカは今」から聞く衝撃』ここ)のシリーズ、2013/07/16の『NHKラジオ「植物って、すごい!」が面白かった』ここ)、2013/08/13の『百田尚樹著「海賊とよばれた男」の朗読』ここ)は、面白かった。
そして、2008/08/03の『中西龍の「にっぽんのメロディー」』ここ)、2009/11/20の『森繁久彌「日曜名作座」』ここ)も懐かしい。
FMシアターのラジオドラマもイヤホンで聴くと音が素晴らしく、そして死生観に関する各氏の話も、そのうち役に立つかも・・・

わざわざこんなことを書くのも気が引けるが、出来たら「番組ファイルリスト」(ここ)を一度開いてみて下さい。
ここ十数年間、特に通勤途中で聞いていた(今は、夜中に目が覚めた時に聞いているが・・・)ラジオ番組から、「ヘエ~」と思った番組を挙げてあります。

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2019年6月16日 (日)

「悲しみを癒やす旅路」~日本対がん協会 垣添忠生会長の話

先日、NHKラジオ深夜便で「「悲しみを癒やす旅路」日本対がん協会 会長 垣添忠生」(2019/06/08)が放送された。
氏については、当blogでも、2010年2月3日に「「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏」(ここ)、2012年2月16日に「「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話」(ここ)と2度ほど取り上げた。
あれから7年。今は日本対がん協会長として、「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」に挑戦しているという。

<「悲しみを癒やす旅路」~日本対がん協会 会長 垣添忠生>

Netでググっていたら、1年前の朝日新聞の記事が見付かった。上の放送の内容と似ているので、挙げてみる。

がんで妻亡くし、自身も…垣添忠生さん「孤立させない」
 がんで妻を亡くし、自身もがんを経験した日本対がん協会長の垣添忠生さん(76)が2月から約半年かけて全国を歩いて回り、がんサバイバーへの支援を呼びかけます。がんとの共生社会の実現にかける思いを聞きました。

がんサバイバーへの支援訴え、全国縦断へ
 2018年2月5日から約半年かけて、「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」に挑戦します。目的はがんサバイバーへの理解を深めてもらい、支援策への寄付を呼びかけることです。
 がんサバイバーとは、がんを経験したことがある人や治療中の人のことを指します。推計で約700万人います。

 福岡市にある九州がんセンターを最初に訪問し、全国がんセンター協議会に加盟する病院32カ所を歩いて回ります。ゴールは札幌市にある北海道がんセンターで、総移動距離は約3500キロ。このうちの一部では電車などを利用するかも知れませんが、体調や日程が許す限り歩きます。3千キロは自分の足で歩くつもりです。日程などは、特設サイト(https://www.gsclub.jp/walk)で随時、お知らせします。

 国内では、生涯のうちに2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなります。がんは誰がいつなってもおかしくない病気ですが、実際にがんと診断されると多くの患者さんは強い疎外感や孤立感を感じます。不安を抱え、インターネットで熱心に調べますが、そこには玉石混交の情報があふれています。例えば、免疫療法の中には科学的根拠のないものも多いのですが、患者さんや家族はそうしたものにすがりがちです。健康食品もそうです。

患者を孤立させないために
 患者さんや家族が必要とする情報や、信頼できる情報を届けたい。患者さんや家族、友人らが支え合う場をつくりたい。そう考え、日本対がん協会は2017年6月、「がんサバイバー・クラブ」を発足させました。

 クラブのスローガンは「がん患者を孤立させない」。ウェブサイト(https://www.gsclub.jp/別ウインドウで開きます)では、がん関連のニュース、予防や治療などに関する信頼できる情報を発信しています。相談業務や患者さんらが交流できるイベントも開催しています。このクラブの活動は会員の寄付によって支えられています。会員は現在、約1千人ですが、がんサバイバーが1千万人を超える時代がいずれ来ます。その1割にあたる100万人に会員になってもらうことが目標です。全国を歩いて支援を呼びかけようと、今回の「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」を企画しました。

 新たにがんと診断される人は毎年約100万人。治療法の進歩で5年生存率は6割を超えます。がんが治る病気、ともに生きることができる病気になってきたからこその問題も出てきました。治療と仕事の両立の問題です。働く世代(20~64歳)の患者さんは3割を占めます。しかし、厚生労働省研究班の調査では、働いていてがんと診断された人のうち、3割が依願退職し、約4%は解雇されていました。社会のがんに対する誤解や無理解が原因でしょう。

妻失った悲しみ癒やそうとお遍路へ
 私自身も50~60代で、早期の大腸がんと腎臓がんを経験しています。妻は06年、増殖が早くて転移しやすい肺がんの一種・小細胞がんと診断され、放射線治療や抗がん剤治療を受けましたが、全身に転移し、07年の大みそかに自宅で亡くなりました。自宅で過ごせたのは4日間でしたが、入院中にはほとんど食べられなかったのに、自宅では好物のアラ鍋を喜んで食べてくれました。在宅療養が起こした奇跡でしょうか。

 妻とは研修医の時に出会い、40年間連れ添いました。その妻がいなくなった後、昼間は国立がんセンター(現・国立がん研究センター)の名誉総長としての仕事をこなすことでつらさを和らげることができましたが、夜はお酒をのんでばかりでした。何を食べても砂をかんでいるような味しかしませんでした。まさに自分の半身をもがれたような感覚です。

190616kakizoe  15年夏から17年夏にかけては、妻を失った悲しみを癒やすため、四国の八十八カ所霊場を歩いて回りました。妻と一緒に歩いている感じがしました。
 今は毎日、腕立て伏せを130回、腹筋500回、背筋とスクワットを100回ずつ、さらにストレッチもしています。1日に1万歩は歩き、右ひざに少し痛みがある以外は健康です。
 日本対がん協会は民間団体としてのフットワークの軽さを生かし、国のがん対策としっかり連携して、血の通ったがん対策を進めたいですね。がん対策基本法も、全国がん登録も、多くの人が必要だと言い続けることで実現しました。がんサバイバー支援の重要性も訴え続ければ、世の中は少しずつ変わると信じています。(聞き手・南宏美)
     ◇
 〈かきぞえ・ただお〉 1941年大阪府生まれ。日本対がん協会長。東京大学医学部卒。泌尿器科医として膀胱(ぼうこう)がんや前立腺がんなどの治療に携わる。2002~07年国立がんセンター(現・国立がん研究センター)総長。著書に「妻を看取(みと)る日」(新潮社)。」(2018年2月2日付朝日新聞(ここ)より)


「国内では、生涯のうちに2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなります。」というガン。近くでは、奥さんが乳がんだった、という話はよく聞くが、幸いにも皆治っている。
しかし、我々も高齢者。他人事では無い。
それと、今さらながら、自宅療養について、考えさせられた話の内容であった。

(関連記事)
「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏 
「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話 

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2019年6月14日 (金)

ドリアン助川著「三姉妹」の朗読

最近楽しみにしている番組に、NHKラジオ深夜便の「ラジオ文芸館」がある。アナウンサーが短編小説を朗読する番組である。
自分は、そのうちblogに取り上げようかな、と思った録音はPCに保管しているが、先日PCを整理していたら、こんな番組が残っていた。少し前の放送だが、2019年3月18日に放送された、ドリアン助川著「三姉妹」の朗読である。

<ドリアン助川著「三姉妹」の朗読>

190614sanshimai Netでググってみると、この作品は「多摩川物語」というという文庫本に収録されている作品だそうだ。そしてこの文庫本は、明川哲也著「大幸運食堂」のリニューアル版だという。
聞いていて、何かほっこりする作品。自分はもちろんドリアン助川なる作家は知らない。どんな作家だろうと、見ていたら「あん」という題が出て来た。
何と、樹木希林主演の映画「あん」(ここ)の原作者だという。なるほど、有名作家なのだ。

作品についてのコメントはしないが、聞いていてイヤミが無く、心が温かくなる話である。
せっかくなので、買って全体を読んでみようかなと、収録されている「多摩川物語」という本を注文してしまった。

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2019年6月12日 (水)

同期会こぼれ話~夫は不在が良い!?

昨夜は年2回の会社の同期会。あるメンバーが、いまだにバイトしている立川の居酒屋のチェーン店。社員割りの2割引が大きい。
配布されたメンバー表を見ると、リストには37人が載っているが、今回の出席者は15人と少なかった。欠席の連絡があったのが14人で、連絡未が8人だった。

まだ働いている人が3~4人いるが、さすがにほとんどがリタイア。返信での近況報告では、家庭菜園をやったり親の介護、そして自分の健康に頑張っていたり・・・

190612doukikai いつもの、各人の近況報告では、孫の話が多かった。初めて女の子が生まれたとか・・・
M君は、奥さんが腕の骨を折り、家事を分担しているとか。その中で、奥さんが自分の頭を洗えないため、風呂で洗ってあげているとか。「ん~十年ぶりに女房のハダカを見た」と報告すると、「ただ見ただけか?」とのヤジ。皆で大笑い・・・
欧州へのひとり旅で120キロ歩いたとか、息子の股関節の手術のために北九州に行くという話もあった。名医を探して九州まで手術を受けに行く時代。確かに外科手術は医者次第。
その他、運転免許の更新時の高齢者講習会の話や、免許を返納した話など。運転経歴証明書の実物を初めて見たが、免許証と同じような物だった。

欠席者の中には、脊柱管狭窄症で、術後間もないので欠席とか、同じ病気で体調が悪いので欠席とか、難聴が進んだとか、体調不良者が徐々に多くなってきている。
ビックリしたのは、A君が、身長が7センチも縮まったと言っていた話。175センチあったのが、今は168センチだという。そんなに縮んで大丈夫か? 奥さんも肺がんで片肺を全摘したと言うし、病魔が我々世代にも段々と攻めてきているようだ。
自分は、先日の兄の延命治療拒否が、病院の現場で大変だったという体験談をしたら、皆が良く聞いてくれて、参考になったと好評だった。

会が終わって、いつものように二次会も無くサッサと帰ったら、カミさんが「もう帰ったの!?」と不評。「せっかくひとりの時間を満喫しようと思っていたのに・・・」だって。

今までの話とは関係無いが、今朝の朝日新聞にこんなコラムがあった。
(ひととき)夫と一緒が幸せ
 5月中旬、夫は学生時代を謳歌(おうか)した「クラシック音楽愛好会」の仲間と、仙台で1泊2日の「古希祝い」を開催した。
 幹事の夫は、1カ月以上も前から宿の手配や行程を何度も練り直し、手抜かりなく準備を進めてきた。仙台駅からの道順と、宿の雰囲気を確認するための下見には私も同伴した。
 いよいよ当日。「忘れ物はないかな?」と入念にチェックする夫を見送った。さあ、明日までの24時間を思う存分息抜きして、「おひとりさま」を楽しもうと開放感に浸った。
 結婚して41年、転勤や単身赴任もなくずっと一緒に暮らしてきた。それが当たり前の生活だった。最近は三度の食事作りも面倒くさくなり、市販のお総菜や缶詰で手抜きをして、夫にダメ出しされる。今日はその文句もない。
 好きなメニューを作って1人で黙々と食べた。何か味気ない。テレビを見ても新聞を読んでも上の空。ふと机に置いていったスケジュール表を眺め、「盛り上がっているだろうか。雨降りだが楽しんでいるだろうか」と気にかかる。けんかしてもダメ出しされても、元気で一緒に暮らせるのが一番の幸せだと気付いた。(仙台市 主婦 65歳)」(2019/06/12付「朝日新聞」p25より)

我が家から見ると、まるで夢のお話。
いつも、食事が終わると「解散!」の号令の元、2階と1階に分かれるのだが、それでも亭主の「存在」そのものがストレスらしい。そして、たまに同期会があっても、サッサと帰ってくる亭主が気にくわない。
ヤドカリ亭主と元気印の女性。勝てるワケが無い。

しかし、幸いなことにまだ亡くなった同期はひとりだけ。離婚もいない(たぶん)。連絡がない人も、メールは届いているとのこと。
同期入社から49年。古希を超えて、これからイヤな話が入ってくる世代に突入した、我々同期生ではある。

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2019年6月10日 (月)

あさみちゆきの「港のカラス」

何度も書いているが、自分の趣味は良い音で好きな歌謡曲を聞くこと。その要求に合致してくれたひとつが、このあさみちゆきの「港のカラス」という曲。
ボーンというベースが何とも心地良い。

<あさみちゆきの「港のカラス」>

「港のカラス」
  作詞:高田ひろお
  作曲:杉本真人

憎い恋しい あの人は
わたしに何も 云わないで
アラビア文字の 貨物船
日暮れに乗って 行っちゃった

港カモメの 群れのなか
わたしはカラス 赤い目の
夕焼け色の 電柱で
あのひとそっと 見送った

昔 異人さんに 連れられて
少女も船に 乗ってった
行ったら帰る あてもない
昔も今も 横浜は

山で暮らせば いいものを
街まで来たら 捨てられた
今夜もひとり 止まり木で
カァーカァー泣いて 飲むだけさ

この歌は、2003年12月17日発売というから、もう16年も前の歌。改めて歌詞を読むと、童謡「赤い靴」を連想する。横浜は港の街・・・。
しかしカラスという鳥。意外と獰猛でビックリする。“燃えるゴミ”を道端に出した日、出し方が悪いと、カラスが突っついて、ゴミを道路に散乱させる。そのエネルギーは凄まじい。ある意味、怖い鳥。

ところで、いまだに「あさみちゆき」という名が覚えられない。間違える。
wikiで見ると「「あさみ ちゆき」という個性的な名前の由来は、故郷の山口県における朝の海の景色が好きということから名字の「あさみ」。「ちゆき」は若くして亡くなった兄の名前「智幸」から。初めて芸名を知った人の中には、名字が「あさみち」、名が「ゆき」と勘違いする人も多い。
「井の頭公園の歌姫」と親しまれ、デビューしてから現在でも月に1回、井の頭公園でのストリートライブを続けている。 歌謡曲、フォーク、演歌、J-POPとジャンルを飛び越え、古きよき昭和を感じさせる歌を聴かせる。」とのこと。
なるほど・・・
しかし、ひらがなの名前は、かえって難しい。「浅海智幸」と書けば間違えないが・・・

話を戻すと、聞くと同時に「良い音だな~」と思った曲は、すぐに3つ思い出す。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」(ここ)。そしてフリオ・イグレシアスの「ラ・クンパルシータ」(ここ)と、このあさみちゆきの「港のカラス」。

最近は、こんな音源にはなかなか会えない。
まあまたFM放送を録音して、こんな心地良い音源を探そう。

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★メモ
ココログのリニューアルによるHTML5への置き換えに伴い、FlashPlayerに対応しなくなったことによる「MP3プレイヤー」の改修を、2019/05/29~2019/06/09実施。
<現在の記述>
<p><a href="MP3ファイルへのファイルパス">サンプル</a></p>

<プレイヤー表示にするための記述>
<p><audio src="MP3ファイルへのファイルパス" controls="controls"></audio></p>

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