2017年3月27日 (月)

「道徳教科書」の検定にみる不穏な世界と内閣支持率

最近になく「バッカみたい!」と思わせる話題である。
先日の朝日新聞にこんな記事があった。
パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に 道徳の教科書検定
 初めての小学校道徳の教科書検定が終わり、8社の24点66冊が出そろった。本来、「考え、議論する」を掲げたはずなのに、文部科学省が検定過程で付けた数々の意見からは、教科書作りに積極的に関与しようとする姿勢が浮き彫りになった。高校の地理歴史や公民の教科書でも、集団的自衛権や南京大虐殺などの記述が、文科省の指摘に従って横並びになった。
170327doutoku  「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物のパン屋の「おじさん」とタイトルを「おじいさん」に変え、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――。
 いずれも文科省が、道徳教科書の検定で「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と指摘し、出版社が改めた例だ。
 おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。
 「ここまで細かいとは」。各社の編集者はこうした検定のやり方に戸惑う。
 検定に臨んだ8社は、2015年に告示された指導要領が学年ごとに定める「節度、節制」「感謝」「国や郷土を愛する態度」など、19~22の「内容項目」を網羅することを求められた。
 学校図書(東京)の編集者は指導要領やその解説書を読み込み、出てくる単語をリスト化。本文や挿絵、設問に漏れなく反映されているか入念に点検したが、それでも項目の一部がカバーされていないという検定意見が数カ所ついた。別の出版社の編集者は「単語が網羅されなくても、道徳の大切さは伝えられる。字面だけで判断している印象だった」と不満を口にする。
 最終的に、検定では8社の計24点(66冊)の教科書に誤記や事実誤認を含めて244の意見がつき、このうち43が指導要領に合わず、「本全体を通じて内容項目が反映されていない」などの指摘だった。
 各社は指摘に沿って本文やイラストを修正したが、これまで検定の対象外だった副読本より、「横並び感」が強まった。
 中身だけでなく、文科省は教科書を使った授業のやり方にも注文をつけた。
 出版社は教師が指導しやすいようにと、読み物の冒頭や末尾に設問を入れるところが多かった。そんな中、低学年向けの教科書だけ、あえて設問を入れなかった社もあった。「指導の自主性を尊重したいという考えから」(編集者)だったが、指導要領が定めた「問題解決的な学習について適切な配慮がされていない」という意見がついた。
 最終的には、設問を挿入して検定を通ったが、編集者は「設問をあらかじめ示すことは、読み手の子どもに先入観を与え、読み方を規定することにつながりかねない。『考える道徳』に反しないか」と疑問視する。
 横並びの印象が強いのは検定だけが理由ではない。出版社側の思惑もある。
 各社が学年ごとに掲載した約30~40の教材には「定番」が目立つ。文科省の副読本「私たちの道徳」や旧文部省の道徳指導資料などにある教材を全社が引用。「はしの上のおおかみ」「花さき山」「ブラッドレーのせい求書」「雨のバス停留所で」「手品師」などは全社が掲載した。このほか、4社以上が採用した資料も少なくとも16ある。
 複数の出版社は「現場の教員から『授業の実践例が豊富な定番を使いたい』という声が多い」とし、「採択されるには、多くの先生が教えた経験のある教材を一定程度入れるしかない」(編集者)と打ち明ける。
 全ての教科書が扱った「いじめ」関連の内容では、ネット社会を背景に、ネットいじめについて学ぶ読み物が並び、仲間はずれにされる場面を演じるコーナーを設ける教科書もあった。(前田育穂、菅野雄介)

■地理歴史や公民、政府の主張が随所に
 一方、高校の地理歴史や公民では、戦後補償や安全保障などをめぐる記述で、政府の主張や立場が随所に反映された。
 14年の憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と15年成立の安全保障関連法は、現代社会と政治・経済の全8冊に掲載された。うち5冊が「閣議決定をもって一部『行使できる』ことに変更」など、集団的自衛権を使う際の前提になる「新3要件」に触れなかったり、例として1要件だけを取り上げたりした。「立法までの経緯などを記せば3要件は書かなくても理解できる」(編集者)といった判断だ。
 これに対し、文科省は「新3要件をすべて書かなければ、生徒にとって理解し難い」と指摘。その結果、8冊すべてに新3要件が掲載された。政府は3要件をもって集団的自衛権の行使は限定的なものだと強調しており、こうした点を踏まえたとみられる。
 戦後補償についても、日本史2冊に対し、慰安婦問題に関する15年末の日韓合意を書くよう求める検定意見がついた。「戦後補償を詳しく書く場合、日韓合意の記述は『最近の動向』として不可欠」というのが文科省の見解だ。ただ、検定中に、朴槿恵(パククネ)大統領をめぐる疑惑が浮上するなど、日韓合意の履行を危ぶむ声もある。執筆者の一人は「22年まで使う歴史の教科書に慌てて書く必要があったのか」と話す。
 14年1月に検定基準が改定され、ときの政権の立場が強調される傾向は強まっている。「政府見解がある場合はそれに基づいた記述」「近現代史では通説的な見解がない数字などはそのことを明示」といった内容で、この基準に基づく検定意見は今回も南京大虐殺(南京事件)の犠牲者数などで計11件あった。「日本では数万~十数万以上など諸説あり」「中国政府は30万以上を主張」と書いていても、「通説的な見解がない」ことを明確にするよう求められた。執筆者の一人は「教科書から多様性が失われ、マニュアル化が進んでいる」と心配する。(木村司、沢木香織)

■小学校道徳の「22の内容項目」(学習指導要領による)
善悪の判断、自律、自由と責任▽正直、誠実▽節度、節制▽個性の伸長▽希望と勇気、努力と強い意志▽真理の探究(5、6年生のみ)▽親切、思いやり▽感謝▽礼儀▽友情、信頼▽相互理解、寛容(3年生以降)▽規則の尊重▽公正、公平、社会正義▽勤労、公共の精神▽家族愛、家庭生活の充実▽よりよい学校生活、集団生活の充実▽伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度▽国際理解、国際親善▽生命の尊さ▽自然愛護▽感動、畏敬(いけい)の念▽よりよく生きる喜び(5、6年生のみ)」(
2017/03/24付「朝日新聞」より)

和菓子を否定するつもりもないが、子どもにとってパン屋は身近な存在。それなのに、パン屋を和菓子屋に、公園を和楽器を売る店に変更するとは、現政権への“忖度”も、事ここに極まれり、という話。

そう、こんな動きを推進するする力も大きい。その象徴になってしまったのが森友学園であり、それを日本の首相が「素晴らしい!」と絶賛している実態が暴露されてしまった。

世の中が、戦前の教育に戻ろうという空気になってから久しい。それが堂々と現れたのが、今回の籠池問題だが、アベ君は、自分の右傾化がバレて、怯(ひる)むどころか、国会では開き直って強弁の数々。元気の良いこと・・・
今回だけは、分かり易いので国民が良く見ているだろうと、内閣支持率の推移を“楽しみに”していた!?
その各紙の調査結果は・・・

・産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が18、19両日に実施した調査では、内閣支持率は2月の前回比1・4ポイント減の57・4%で、ほぼ横ばいだった。
・読売新聞(18、19両日)は10ポイント減ながらも56%の高水準となり、日本テレビ(17~19日)は7・3ポイント減の47・6%だった。
・安倍内閣の支持率は、4ポイント下がって50.5%だったことがANN(TV朝日系)の世論調査で分かりました。調査は25日と26日に行いました。安倍内閣の支持率は50.5%で、支持しないと答えた人は3.3ポイント増えて31.2%でした。
・毎日新聞が今月11、12両日に実施した全国世論調査で、内閣支持率は2月の55%から50%に低下。不支持率は31%だった。支持率が下がったのは6カ月ぶりだ。
・共同通信社が25、26両日実施した全国電話世論調査によると、・・・内閣支持率は52.4%で前回の11、12両日調査に比べ3.3ポイント減った。不支持率は32.5%
・日本経済新聞社とテレビ東京による24~26日の世論調査で、安倍内閣の支持率は62%だった。2月下旬の前回調査(60%)と比べて横ばいだった。不支持率は前回と同じ30%。

挙げ句の果てに、こんな話も飛び出して・・・
世論調査の見解に相違/山本太郎氏VS安倍首相1
 「ちなみに、共同通信(の調査)で、内閣支持率は52(・4)%でした」。
 安倍晋三首相は27日の参院予算委員会で、25、26両日実施された共同通信社の全国電話世論調査で、森友学園の国有地格安払い下げ問題に関する政府の説明が「不十分」と答えた人が82・5%に上ったことを問われて、今も高水準の内閣支持率の数字を、自らアピールした。
 自由党の山本太郎共同代表が、政府の説明が不十分とする「82・5%」の数字をあげ、「総理、森友問題で一定の真相解明はなされたと考えますか」と質問。
 これに対し、首相は「政府としては、誠実に答弁している」と素っ気なく答えた上で、下落傾向とはいえ、今も5割を超えた内閣支持率をアピール。意表を突かれた形になった山本氏は「おめでとうございます」と応じるしかなく、委員会室は笑いに包まれた。・・・」(
2017/03/28付「日刊スポーツ」ここより)

ここまで国民がバカにされて、なお何も変わらない。官僚が国会で嘘八百を並べても国民は怒らない。
日本人は、いつからこんな他人任せな国民になってしまったのか・・・。60年安保の学生の熱気はどこに・・・
韓国の世論の激しさをバカにしている場合ではない。日本国民の無反応さは、子どもたちの将来を危うくする。
韓国の政権に楯突く世論を、羨ましくさえ感じるこの頃である。

170327korega <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月24日 (金)

籠池国会喚問~安倍一強政権に対する無力感

昨日(2017/03/23)は、籠池氏の国会喚問のテレビ中継を“全部”見てしまった。今朝、テレビのモーニングショーで、長嶋一茂氏が「51年の人生の中で、国会中継を初めて見た」と言っていたが、自分も“全部”見たのは初めて。

今朝の各紙の社説が、各紙のスタンスが現れていて面白いかな・・・と思っていたが、どの社説も、真相解明はこれから、とのスタンスで、あまり違いはなかった。
後刻、事件全体を俯瞰する意味で、朝日の社説だけ挙げておく。

籠池氏の喚問 昭恵氏の招致が必要
 安倍首相の妻の昭恵氏が、国有地払い下げに関与したことを疑わせる重大な証言だ。関与を全否定してきた首相の説明とも食い違う。解明のため昭恵氏を国会に招致する必要がある。
 学校法人「森友学園」理事長の籠池(かごいけ)泰典氏がきのう、衆参両院で証人喚問にのぞんだ。同氏は昭恵氏に国有地買い上げ条件の緩和に関し、「助けをいただこうと考えた」と証言した。
 籠池氏本人が15年10月、昭恵氏の携帯電話の留守番電話にメッセージを送り、翌月、首相官邸の昭恵氏付きの職員から「財務省の室長から回答を得ました」「現状では希望に沿うことはできません」などと書いたファクスが届いたという。
 事実なら昭恵氏が籠池氏の要望を誰かに伝え、職員を通じて返事をさせたことになる。
 菅官房長官はファクスの存在を認めた上で、「問い合わせへの回答」だと説明する。だが国の財産処分に関して要請を受けた首相夫人が何らかの動きをしていたなら、一定の関与をしていたことになる。
 政府は昭恵氏を「私人」だとし、認可や土地取引と無関係と強調する。だが首相夫人が公的存在であることは明らかで、説明責任は免れない。
 昭恵氏側が100万円を寄付したとされる問題で、籠池氏は「夫人の方から封筒をかばんの中から出した」と語り、同行の職員を昭恵氏が「人払いした」ため、園長室で一対一のやりとりだったと証言した。「寄付していないことを確認している」という首相側との言い分は、真っ向から食い違っている。
 もちろん、籠池氏の一連の証言が事実だとは限らない。解明するには、昭恵氏本人の公の場での証言が不可欠だ。
 首相の説明責任も問われる。国会で首相は「国有地払い下げや認可に私や妻が関係していたということになれば首相も国会議員も辞める」とまで語った。そこまで言うなら、ファクスの件を含め昭恵氏の行動をどう説明するつもりなのか。
 参院予算委員会はきょう、売却交渉をしていた時期に財務省理財局長だった迫田英典・国税庁長官と、近畿財務局長だった武内良樹・財務省国際局長を参考人招致する。
 籠池氏は複数の政治家名もあげたが、財務省や国土交通省がどう対応したのか、未解明のままだ。当時の実情を知る両氏は明確に答えるべきだ。
 また籠池氏は「刑事訴追の恐れ」を理由に、補助金不正疑惑について口をつぐんだ。解明はまだ、緒についたばかりだ。」(
2017/03/24付「朝日新聞」社説より)

さて、4時間半に及ぶ籠池理事長の国会証人喚問を聞いての印象だが、一私人とは思えない堂々たる陳述で、まさに籠池劇場。これにはプロの国会議員も「オオッ!」と思ったのでは??
何より、記憶違いや思い込みはあっただろうが、自分の信念に基づいて、誠実に証言していたように感じた。もしウソを言うと、そのウソを取り繕うために、またウソをつき、そのウソの説明にまたウソをついて、結局ボロボロになるもの。しかし、理事長の証言は一貫していてぶれなかったように感じた。
つまりは、3通の工事契約書について以外は、何でも話そうと開き直っていたのだろう。

100万円の安倍昭恵夫人からの寄付は、事実のように聞こえた。これがウソだったとすると、何の目的で言い出したのかが分からない。尊敬する安倍首相をおとしめるために、わざわざ作り出す? どうもヘンだ。
昭恵氏の携帯電話の留守番電話にメッセージを残し、それに対して秘書からファクスが届いたという一件。留守電の録音時間などは少なく、簡単な言葉しか入らない。それに対して、箇条書きの文書が届くのはヘン。たぶん籠池理事長の妻から、秘書宛の手紙に詳細なお願い事項が書かれており、それに対する返答があのFAXだったのだろう。

それにしても、もう失う物がない理事長の証言は明確だった。そして、言いたいことは全部言った、ということか・・・。それにしても、議員側の質問の高飛車ぶりは目に余った。特に衆院での葉梨自民党議員や、維新の下地議員の捨てゼリフ。何とも品性が無く、まさに「失礼!」。

それと、昨夜の日本外国特派員協会での記者会見での、次のやりとりが印象に残った。
「Q:籠池氏が安倍首相や昭恵夫人の関与を発言したらすぐに証人喚問が実現した。「偽証罪」という脅しも何度かあった。どう思うか?何のための証人喚問だったと思ったか?

籠池氏:私は私人ですので、私人を証人喚問することは異常事態だと思う。参考人招致ではないから「嘘を付くな、嘘をちょっとでもついたら偽証罪だ」という脅しが常にあったという認識。
証人喚問は偽証罪が伴うので、刑事罰が伴うのでお話できません、ということがある。それをTVとかで流すことにより「あいつは何か隠している悪いヤツだ」という印象操作をかなりできたんではないかと思っている。
総理を侮辱したというだけで私人を国会で証人喚問するって一体、どんな国でしょうか。陰口も言えなくなる。」(
ここより)
ここでもハッキリ言っているが、理事長の発言が、政権の思惑の上を行っていて面白い。私人がプロの国会議員よりもうわてとは・・・

自分に都合の悪いことは隠す。これはどちらも。メールだろうが、理事長の妻からの手紙だろうが、何でも包み隠さず、全てを白日の下にさらすのが肝要。何でもオープンにして、それを皆で見る。それで初めて全体が分かる。財務省の全てを隠す体質など、論外。それが許されてしまう現状も不思議・・。そして佐川理財局長の紋切り型の答弁は、聞いていて不愉快極まりない。国民をバカにしている。
そして、今日行われたという、迫田英典国税庁長官と武内良樹財務省国際局長の参考人招致。これはまったく意味が無い。官僚の幹部が、政権に不利なことを言う訳がない。それは証人喚問でも同じ。例え、自分が犠牲になっても、首相に不利なことを言う訳がない。

それにしても、昭恵夫人という人は、ピュアな人間性なのだと思う。素直に純な人。性善説の人。しかし、自分に何の欲が無くても、回りはそれを利用しようとする。今回は、利用された。自分の立場の重みを自覚出来なかったのだろうか。

そして、籠池理事長から名指しされた政治家も、なかなかツライ。良かれと思って協力したのに、こんな形で糾弾されることになるとは・・・。まあ、お金をもらってやったのなら仕方がないが・・・

それにしても、首相にしても理事長にしても、妻の行動は完全には把握出来ていなかった。それが致命的。首相は、妻の行動を把握していなかったので、「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」とまで言ってしまったし、理事長は、妻から秘書宛に手紙が出されていたことを知らずに、想像で証言してしまったのだろう。たぶん・・・

ともあれ、安倍首相夫人が名誉校長ということで、忖度して国や府が動いたことは間違いないだろう。首相夫人からの問合せそのものが、官僚にとって圧力になることなど、誰でも分かる。
しかし、数の力で首相は潰しにかかる。数の力は大きい。その数を与えたのは国民。
どんなに野党が頑張ろうが、知らぬ存ぜぬで、押し通すのであろう。
さっきのニュースではこんな場面も・・・。今日の国会。FAXに関し、小池共産党議員が「『当方』というのは谷さん個人ですか?」と聞くと、官房長官が「それは当然、谷さん個人だと思います」と回答。場内は大笑い・・・。こんな答弁が許されてしまう。それが現実。
それでも、たぶん内閣支持率は下がらない。何とも、無力感にさいなまれる面白い“ドラマ”ではある。引き続き、注視して行こう。

170324bento <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月22日 (水)

ホスピスで聖書の言葉を伝えるチャプレン藤井理恵さんの話

先日、NHKラジオ深夜便の「明日へのことば」「人生の最期に寄り添って~藤井理恵さん(淀川キリスト教病院 チャプレン)」(2017/03/04放送)を聞いた。
NHKの解説にこうある。
「“チャプレン”とは教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者のことです。
170322fujii 藤井理恵さんは会社勤務時代、同僚の自死をきっかけに牧師となることを決意しました。大学院で神学を修めたあと、終末期医療を行うホスピスの草分けといわれる病院で“チャプレン”として勤務を始めました。
多くの患者の声を聞き、最期をみとる中で感じたこと、忘れられないことばの数々をお話しいただきます。」(
ここより)

お話を少し聞いてみよう。

<NHKラジオ深夜便~藤井理恵さんの話>

*この番組の全部(43分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

この話の中で、死に逝く人に話した聖書の言葉を、幾つか紹介していた。
「詩篇23~4
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」

「ヨハネによる福音書
わたしを信じる者は、死んでも生きる。」

「コリント人への第一の手紙4:7
いったい、あなたを偉くしているのは、だれなのか。あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇るのか。」

失うことを恐れている自分の能力は、そもそも神さまから頂いているもの。それを自分の物のように思って、自分の存在価値の裏付けにしてしまう。それが自分の物だと思っている時は、自分の思い通りにならない事に対して辛くなる。だからいったん手放すことが大切。

そして、最後にマザーテレサの言葉が紹介されていた。

「マザーテレサの祈り」
主よ、私は思い込んでいました。私の心が愛に満ちていると。
でも心に手を当ててみて、気づかされました。
私が愛していたのは他人ではなく、他人の中の自分を愛していた事実に。
主よ、私が自分自身から解放されますように。

主よ、私は思い込んでいました。私は何でも与えていたと。
でも、胸に手を当ててみて、わかったのです。
私の方こそ与えられていたのだと。
主よ、私が自分自身から解放されますように。

主よ、私は信じ切っていました。自分が貧しいことを。
でも、胸に手を当ててみて、気づかされました。
私は思い上がりと妬みとの心に膨れ上がっていたことを。
主よ、私が自分自身から解放されますように。

石川康輔訳「マザー・テレサの祈り」(ドンボスコ社刊)(ここより)

そして自分の最大の関心事?「死に際し、宗教の力は大きいのは、なぜ?」に対しては、こんな言葉。
「人間は、生きている時は横の関係(人とのつながり)の中で生き、その中で苦しみの答を見付けていくことがある。しかし、横の関係だけでは癒されない苦しみもある。その時は、縦のつながりの中で答を見付けていくことができる。限界を感じた時は、限界を超えたことにつながりたいと思う。死の恐怖を持っている人は、死を超えた希望があることを見付けたい。それは、私の場合は神さまとの関係の中で生まれてくる。」

ホスピスの草分けだという淀川キリスト教病院のチャプレンとして、26年、330人を看取った経験でのお話なので、なかなか深いものがある。

淀川キリスト教病院のチャプレンといえば、7年ほど前に同じラジオ深夜便で放送された「旅立つ人、看取る人 淀川キリスト教病院 名誉ホスピス長 柏木哲夫」(2010/1/18放送)を紹介したことがあった(ここ)。
さて、自分がなぜこのような番組が気になるか・・・。それはもちろん自分も死が怖いから・・・
死が怖くなった時に、宗教がその支えになるとは、良く聞く。しかし、それが何故かは良く分からなかった。しかし、このお話の中にその一つの解が示されていた。

幸いなことに、まだ自分は余命を告げられていない。しかし、いずれその時が来るだろう。その時は、この話をもう一度じっくりと聞きたい。それで、ここに録っておくのである。
(気弱な自分は、やはり突然死がいいかな~~~)
仏教については、前に一通り勉強した。キリスト教についても、何か本を読んでみようかな・・・

(関連記事)
“生きざま”の凝縮が“死にざま”に・・・? 

17032281sai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月21日 (火)

国や自治体はどう動く? 姫路のこども園問題

最近は、特にやりきれないニュースが多い。中でも、姫路のこども園問題は、言語を絶するやりきれなさを覚えた。
少子高齢化に対する国の対策や、1年前の「保育園落ちた、日本死ね」(ここ)でもクローズアップされた保育園不足問題だが、そんな背景をも尻目に、こんな悪徳保育園もあるのだ。

悲惨な保育実態とは? 姫路・認定こども園問題
 定員を大幅に超える園児を自治体に隠して受け入れ、しかも園児らに食事を十分に与えなかったという劣悪な環境。兵庫県は全国初の認定取り消しとする方針です。
 「(同行した)保育所長経験者は監査後に涙を流していました。あまりにもでたらめだと」(市の担当者)
 19日急遽開いた会見。姫路市の担当者も驚きの表情を見せました。認定こども園の『わんずまざー保育園』。外観はきれいで、遊具も真新しいものが設置されています。しかし、異常な保育実態にあったことが判明しました。
 市によりますと園の定員は46人。しかしこれとは別に、私的に保護者と契約した22人を市に隠し勝手に受け入れていたのです。これは抜き打ち監査で発覚しましたが、その前の訪問日を事前に知らせる定期監査では、該当する園児22人全員を休ませるなど、隠蔽工作も図ったとみられます。
 「こんな園に生後8か月から2年間も通わせていたのかと思ったら、自分が子どもに申し訳ないというか情けない。誰も死ななかったのが不思議なくらいだと思います」(園に通わせていた保護者)
 保護者が「死ぬ危険性」もあったと訴える園の実態とは?20日、現役の保育士が答えました。
 「人手が足りない時に、子どもがケガをしてしまって、その時はかなりきつかったです」(現役の保育士)

 1.不十分な給食
 約70人の園児に対し園が発注した給食は約40人分。2歳児の給食は、白ご飯のほか、カレースプーン1杯ほどのわずかなおかずがあるだけです。一方、0歳児の給食です。ごはんもおかずも一つの器に盛られ、固形の具も入っています。少ない時は、必要な食事量の3分の1程度しか与えられていなかったといいます。
 「体重がなかなか増えないってことも連絡帳に書いてましたし。1歳半のときからずっと10キロ台で。給食でちゃんと栄養が取れてるなら大丈夫かなという思いもあったんですけど、それもあってすごく悔しいやら情けないやらです」(園に通わせていた母親)
 食事量について園長に取材すると、こう話しました。
 「70人全員が食事をとるわけではなく、給食が余ることもあった」(園長)

 2.保護者が来る直前だけ暖房
 「市によりますと、朝、保護者が来る2時間くらい暖房して、あとはまったく暖房をつけていなかったということです」(山根淳綺記者リポート)
 厚労省のガイドライン。室内を20度以上に保つべきとしていますが、監査の際、暖房はつかず、室温は14度ほどだったといいます。室温について市が園長に尋ねたところ…。
 「暖かくなってきたので空気を入れ替えていただけです」(園長)

 3.保育士の水増し
 書類上、園では保育士が13人働いていたことになっていましたが、3人に勤務実態はありませんでした。その一方で園児を勝手に増やしたため、働く側にとっても過酷な環境だと現役の保育士は話します。
 「何かを園長先生に言うことが難しい職場。休憩が取れない、まったく取れない。それくらい仕事に追われている。残業代がつかないけど、子どもが多いので時間通りにあがれない」(現役の保育士)
 浮き彫りになる劣悪な運営実態、専門家は…
 「今回は特異な例で、定員を1.5倍も超えて受け入れるとか、明らかに子どもに危害が及んでもおかしくない」(奈良女子大学生活環境学部 中山徹教授)
 「わんずまざー保育園」は、姫路市などから運営費として年間約5000万円を受け取っていて、市は刑事告訴も検討しています。」(
2017/03/21付「毎日放送」ここより)

地元の神戸新聞の記事がより詳しい。
給食のおかずスプーン1杯 姫路のこども園
 園児40人余りで発注された給食を約70人で分け、おかずがスプーン1杯だけの子も…。兵庫県と姫路市の特別監査で、異常な保育実態が明らかになった私立認定こども園「わんずまざー保育園」(同市飾磨区加茂)。定員を大幅に超える園児を受け入れる一方、保育士の人数を水増しし、虚偽の報告でつじつまを合わせていた。
 県と市が抜き打ちの特別監査に踏み切ったのは2月23日。関係者の情報提供がきっかけだった。
 市などによると、施設の面積などから算定された同園の定員は46人。だが、園内には0~5歳の約70人がひしめいていた。
170321kodomoenn  特別監査があった日、同園が外部発注した給食は42人分。おかずを取り分けたが、0、1歳児にはスプーン1杯分しか行き渡らなかったという。
 給食の不足は常態化し、土曜日に限っては10食のみに固定し、これを園児40人前後に分配。おやつは午後1回だけで、4、5歳児は「ビスケット3枚」もしくは「かっぱえびせん6本」に制限した。
 余った給食は冷凍保存し、足りない日に解凍して提供。1カ月以上過ぎても使うケースがあったという。
 また、給付金を水増し請求するため、架空の保育士3人を計上し、給与分は園長が個人的にプール。同じ敷地内で運営する学童保育の小学生らの送迎を保育士にさせたり、夜間のベビーシッターを兼務させたりしていたことも確認された。
 同園はこうした実態を隠すため、市への報告書類などを改ざんしていたという。
 小幡育子園長は神戸新聞の取材に対し、特別監査で指摘された項目を認め「(認定を受ける前の)認可外保育所だった時代の感覚で運営していた。プールしたお金は遊具購入などで園児に還元するつもりだった。認定こども園としての自覚が足りなかった」と謝罪した。
 県こども政策課の担当者は「認定以前の問題で衝撃を受けている。厳しく対処したい」としている。(金 旻革、木村信行)」
(2017/3/19付「神戸新聞」ここより)

姫路のこども園 保育士欠勤や遅刻で罰金、無給勤務
 不適切な保育実態が明らかになった兵庫県姫路市の私立認定こども園「わんずまざー保育園」が、保育士と不当な雇用契約を結んでいたことが20日、市などへの取材で分かった。給付金を受けるため市に提出した雇用契約書とは別に、欠勤や遅刻をすれば罰金や無給勤務を科す“裏契約”を交わしていた。市は労働基準法違反などの疑いもあるとみている。
 同園はこども園の認定を受けた2015年度以降、運営のため、年間約5千万円の公費を受給。保育士の人件費も含まれている。
 市などによると、同園はこども園への移行に伴い、市に雇用期間や賃金を記した契約書を提出。一方で一部の保育士と内容の違う契約書を交わしていた。
 “裏契約書”には、欠勤や遅刻、早退をした月は給与から1万円減額すると記載。無断欠勤すれば無給のボランティア勤務7日間、30分以上の遅刻なら2日間などとした。保護者を待たせた場合は「10日間のボランティア勤務、お客さま宅に謝罪」ともあった。
 また、祝日などで保育士の休日数が園の規定よりも多い月は、日数に応じて給与がカットされていたという。
 裏契約書は16年度になくなったが、その後も雇用状況は変わらなかったという。
 同園の保育士は「1日働いても無給で理不尽に感じたが、園の方針で従うしかなかった」と証言した。
 同園を巡っては、兵庫県と市の特別監査で、保育士数を実際よりも多く報告して給付金を水増し請求するなどの不正行為が判明した。県は近く、こども園の認定を取り消す方針。(金 旻革、木村信行)
(2017/3/21付「神戸新聞」ここより)

この問題は、今朝(2017/03/21)のTV朝日の「モーニングショー」でも取り上げていた。そこで今も働いている現役保育士の話によると、「外部に言えなかったのは、園長が怖かったから」。
ある4歳児の保護者は「体重が4月に量って5月に量ったら1Kg近く減っていた」。
抜き打ち監査をした市の説明によると、「ちょっとショッキングな話なんですが、ご飯を残しますよね。冷蔵冷凍保存しますよね。後日、残っているものを解凍して出すことをしていた」。本来、破棄すべき食べ残したおかずを後日食べさせるとは・・・

しかし入園希望者は後を絶たなかったという。
認定こども園とは、幼稚園と保育所の2つの機能を備えた施設。よって、幼児教育を受けながら保育時間を延ばすことが出来るので、共働きの家族から人気の施設だった。そして午後7時半まで預けることが出来た。
1歳の娘を通わせている保護者は「私も負い目がある。どこにも行くところが無くて、それでも私は仕事復帰しなくちゃいけなくて、どこも受け入れてくれなくて、ここに電話したら「じゃあ見てあげます」って言われて・・・。市を通していないから悪いことは分かっているけど、そんなふうに言ってくれているから、お願いしますと・・・」。その後ろめたさから、回りのママ友にも相談出来ずに自分ひとりで抱えてしまって、今回の問題発覚で、自分ひとりではなかった、22人も同じような人がいた、とビックリしていたという。
そして、園長は「親御さんが大変で受け入れてあげたかった」と言っているが?という問いに対して、現役保育士は「そんなことはなかったと思います。お金もうけと思っていました」。
そして、保育士が園長に意見を言うと、子ども達の前で叱責されてしまい、子ども達が怯えてしまうので言えなくなった、とのこと。

現在いる保育士10人も、3月末で8人が退職予定だとのこと。

そして番組では、こんなコメントがあった。「待機児童の問題が根本。保育園を増やして、競争させるしかない」「少子高齢化で日本は大変だと言いながら、実際に子どもを育てているお母さんや子どもがこんな状態の国って、いったいどうするの?」・・・

まさに文句を口に出せない障害者、老人、幼児を食い物にしている経営者たち。
しかし、それでもなお「預かってくれるだけで有り難い」と思う親たちがいる。

調べてみたが、この件を社説などで取り上げている新聞はまだない。全国のメディアがこの問題をどう取り上げるのかを注視したい。
そして、出来るならこの事件が、昨年の「日本死ね」のような、待機児童に対する国の無策を糾弾するキッカケになれば良いな、と思う。

170321neko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月19日 (日)

母の実家、宮原家の家系図を作った話

この所、母方の祖先が気になり、実家の宮原家の原戸籍を取り寄せて、家系図を作ってしまった。江戸時代以来の家系である。
NHKのテレビ番組に「ファミリーヒストリー」というのがある。その番組紹介に、「第一線で活躍する著名人をゲストに迎え、その家族史を徹底取材。本人も知らない家族の秘話を紹介します。VTRを初めて見たゲストは、何を感じ、何を語るのか。それは自らの「アイデンティティ」や「家族の絆」を見つめることにつながります。驚きあり、涙ありのドキュメントです。」とある。
別にそれをまねた訳でもないが・・・

先日、弟が伯母の七回忌をやってくれた。子供が既に亡くなっていた伯母は、我々甥しか身よりはいなかったのである。そして、弟が無縁墓化する宮原家のお墓を、墓じまいしたいと言って、住職と相談し、ほぼ無料で墓じまいできることになった。(普通は、離壇料などが必要になるが、今回は住職が事情を汲んでくれて、お骨を無縁墓に移してくれて、お墓の撤去費用は、次の人に譲るお金でまかなってくれるとのこと)
そのお墓は、お袋の実家のお墓であり、お袋の両親も眠っている。昔流に言うと、婿養子を貰って家を継いだ伯母が亡くなったことで、宮原家は断絶することになったが、信心深い?弟が、そのまま放っては置けないと、処置に動いてくれたもの。
そんなことがきっかけで、そして墓じまいするときの供養になるかな・・・とも思って、先祖代々を振り返ってみた。

伯母の納骨の時の住職の言葉を思い出した。
「人間には2つの死がある。一つは肉体が滅んだ時の死。もう一つは、自分の記憶が全ての人の頭から消え去ったとき・・・」(ここ

以下の記録は、自分のためのメモ(心の整理)である。実名で書いてしまうが、全員が亡くなっており、個人情報やプライバシーの問題はないはず・・・。

今回、先祖をたどってみようと思い立った理由の一つが、弟からお墓に7つの遺骨があると聞いたから。それらが、誰なのか・・・。お袋の実家なので、名前と家系くらいは知りたいと思ったのだ。
そして、今の機会を逃すと、永遠に宮原家の歴史は埋もれてしまう。まあ、それにどんな意味があるのか、また、それらが分かっても、それを知って喜ぶ人など、もう居ないのだが・・・・

今回の調査で手に入れた原戸籍は10通。まず、親父の原戸籍から、お袋の長崎市の戸籍住所を知り、その原戸籍から大阪市、三浦村(長崎県大村市)、また長崎市とたどって全体が分かった。その転籍はめまぐるしく、お袋の住んできた経緯が分かった。

①明治元年(1968年)2月11日
 長崎県東彼杵郡三浦村233番地(現・大村市)(戸主:宮原文右衛門)

②大正8年12月18日 ★お袋たち3姉妹はここで生まれる
 長崎市勝山町8番地(宮原文右衛門)

③大正14年7月24日
 長崎市茂田町13番地(宮原文右衛門)

④大正14年9月2日
 長崎市銭座町1丁目54番地(宮原文右衛門)

⑤大正14年11月4日
 長崎市平戸小屋町103番地(宮原文右衛門)

⑥大正15年12月13日(家督相続)
 長崎市平戸小屋町103番地(宮原傳次郎)

⑦昭和2年6月10日
 長崎県東彼杵郡三浦村(現・大村市)日泊郷769番地(宮原傳次郎)

⑧昭和3年8月25日
 大阪市西成区津村町548番地(宮原傳次郎)

⑨昭和12年5月10日
 大阪市東成区猪飼野大通1丁目50番地(宮原傳次郎)

⑩昭和17年11月19日
 長崎市岩川町40番地の46(宮原傳次郎)

⑪昭和18年8月1日 家督相続 ★お袋はここから嫁に
 長崎市岩川町40番地の46(宮原清二)

⑫昭和26年6月18日 
 静岡県焼津市焼津(本町4丁目)710番地の3(宮原清二)

⑬平成5年7月23日
 茨城県龍ヶ崎市3163番地(宮原秀子)

ここから分かることは、転居しても、今は戸籍は移さず住民票だけを移すが、昔は、転居と同時に戸籍も移したようだ。
生前、お袋に聞いた昔の思い出話として、2012年3月17日付で、こんなメモが残っていた。
「お袋の長崎時代~大阪時代のキーワード。長崎は「ひらどごや」。大阪は「きんのう小学校。仁徳天皇御陵のそば。道頓堀」「伯母ちゃんは長崎の三浦村に」。大阪では「てらまち通り。塩原ぎげい女学校学園、大野病院」。
調べたら「長崎市平戸小屋町」に「朝日小学校」があるので、その校門前に家があった? 長崎の三浦村は現・大村市。
大阪は、道頓堀と大野記念病院とは近い。しかし仁徳天皇御陵は遠い。塩原技芸学校は神戸。寺町通りは、あるにはあるが・・・」

仁徳天皇陵は堺市なので、これは大阪城の勘違いかも?でも、何となく遺跡というニュアンスは合っている。
お袋の年齢で追うと、3歳で母親(自分の祖母)が亡くなった後、4歳から7歳まで住んでいたのが長崎市平戸小屋町。そこでは、小学校前でお饅頭屋を営んでおり、お正月などは、学校にお饅頭を納めていたとか。
その後、7歳の時に大阪に出て、父親(祖父)はデパートに勤め、お袋が21歳の時まで大阪に住んでいた。この間、父親には再婚の話も多く、2度目の母親とお袋ははうまくいっていたが、亡くなってしまった。そして、3度目の母親とはウマが合わず、父親に「お母さんと自分のどちらを取るのか?」と父親に迫ったと言うから、お袋も気が強い。しかし戸籍にはどちらの母親も記載が無く、正式に再婚した形跡はなかった。
そして昭和17年4月に伯母が結婚して焼津に移り、同じ11月に父親と二人で長崎に戻っている。これは父親(自分の祖父)が胃がんを患ったため、故郷に戻った。そして昭和18年8月に亡くなるまで、お袋一人で看病し、看取ったという。お袋は、父親が大好きだったが、その看病は大変で、亡くなった時は、やっと自由になれる、と思ったそうだ。
その後、一人になったお袋は、伯母(お袋の姉)を頼って焼津に行き、縁あって親父と結婚するにあたって、伯母の夫(婿養子)の実家の小石家が、両親が居ないのは不憫だからと、いったん小石家に養女として入って、半年後にそこから嫁に行った。
その時のことをお袋から聞いたことがあったが、「お父さんが、東京からわざわざ焼津に会いに来た。それで、どうしてもと言うので、結婚してあげた」とのこと。お袋はどこまでも気が強い。
カミさんが「どんなお父さんだった?」と聞いたことがあったが、お袋は、「よう分からん人だった」と言っていたとか・・・。これらの話は、生前、自分の家にお袋が1週間泊まりに来たことがあったが、その時にカミさんが聞き取ったもの。

170319miyahara1 戸籍を追って書いてみた家系図に従って眺めてみる。一番古い人は、宮原市太郎という高祖父。生まれも亡くなった年も分からない。江戸時代のことだ。曾祖父は宮原文右衛門といい、嘉永5(1852)年9月5日生で、大正15年12月13日に74歳で亡くなっている。明治維新を15歳で迎えていることになる。曾祖母の宮原ミヨは、安政3(1856)年2月15日の生まれで、大正10年7月24日に65歳で亡くなっている。同じく明治維新は12歳で迎えている。
そして子供として、祖父の長男・宮原傳次郎をはじめとして、長女・トキ(結婚して他家に)、次女・ニワ(23歳で没)、次男・政治(分家)、三女・ツ子(生まれてまもなく養女に)の5人を生んだ。
その中で、政治という人の子供、つまりお袋の従姉妹たちとは、若い時は行き来があったようで、前に親父からの言い伝えで自分の家の家系図を書いた時に、色々名前が出ていた。しかし、それ以外の人は、今回の戸籍で初めて名前が分かった程度。

そして祖父・宮原傳次郎は、明治15年12月11日生まれで、先に書いたように昭和18年8月1日に60歳で 胃がんで亡くなった。
そして祖母のキンは、明治22年8月7日に生まれ、大正13年11月25日に35歳という若さで、はやり病(スペイン風邪?)で亡くなった。当時、伯母の秀子は7歳、お袋は3歳、妹の郁子は1歳半。幼子を残しての死は、無念であったろう。
祖母は、19歳で結婚して、35歳で亡くなるまで、1男6女を生んだ。ほぼ2年に一人である。でもなかなか育たなかった。
長女の文枝は、お袋から14も年上だった事もあり、頼りにしていたという。しかし23歳で結婚したが、25歳で亡くなってしまった。確か、かっけだったと聞いた。
長男の武は8ヶ月で亡くなっていたが、今回の戸籍を見るまでは、その存在を知らなかった。今まで、男の兄弟がいたことは聞いたことが無かった。夭逝したのでお袋の記憶になかったのかも・・・
次女のセイは、清子という名で聞いていた。結核でずっと養生しており、14歳で亡くなっている。お袋の8歳年上で、亡くなった時はお袋が6歳だったので、記憶に残っていたらしい。
三女の知恵子は、2歳で夭逝。誕生日が自分と同じなので、それを知った時に、不思議な因縁を感じた。そして四女の伯母、五女のお袋、六女の郁子が生まれる。
妹の郁子は、生後1歳半で母親を亡くしたため、4歳の時に養女に行った。
生き残った伯母とお袋の姉妹とは、没交渉だったが、仙台に住み、大人になってから交流があったと聞く。その息子も家に遊びに来ていた。
今回、戸籍を見てビックリしたのは、養子が居たと言うこと。昭和5年に当時17歳の四郎という養子を貰っている。しかし、たった3ヶ月で離縁して、元の戸籍に戻っている。
これは、跡取りとして貰ったものの、何かうまく行かずに、離縁したのだろう。そんな試みもあったのだろうが、当時はお袋は9歳。記憶には残っていなかったようで、そんな話を聞いたことが無い。そもそも生前にこんな調査をしておけば、もっと生きた情報が得られただろうに、今となっては手遅れだ。

もうひとつビックリしたのが、伯母に実子が二人も居たと言うこと。生前、お袋からは、伯母は子供が出来ず、自分がお袋のお腹の中にいた時に、「生まれたら、養子にちょうだい」と言われていた、と聞いたことがあった。それが今回分からなくなった。自分が生まれた後にも息子が生まれ、その子が2ヶ月で夭逝してしまい、その半年後に養子・清人を貰っていた。
まだ子供が産めたのに、自分を養子に、とは分からない。
伯母が、親父が亡くなった後に、お袋と一緒に住み始めたが、仏壇に確か赤ちゃんの写真があった。それが、二人のどちらかは分からないが、あれが実子だったのかと、今ごろ気付いた。
お袋の生前「伯母に実子が居たんだって?」と聞けば、直ぐに分かったのだろうが、今となっては分からない。

前に、お袋から、自分と弟との間に、堕ろした女の子がいたと聞いたことがあった。それを聞いた時は衝撃だった。若しかしたら、妹がいたかも・・・なので。

全ては、時間の経過と共に消えて行く。般若心経が教えるように、全ては「空」。
でも、何かこれらの事実は、一度は自分の心にピンで留めておきたい。そして、このblogにメモすることで何故か安心する。これも「忘れないことによる供養」なのかも知れない。
ついでに、父親系の系譜もたどりたいが、戦災で役所が焼けたこともあり、分かるかどうか・・・

“毎日が日曜日”の自分は、カミさんにバカにされながら、こんな事に時間を費やしているのであ~る。

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2017年3月16日 (木)

下重暁子の講演会「“家族という病”を考える」

先日、NHKラジオ第2で、文化講演会「“家族という病”を考える」作家・下重暁子(2017/02/26放送)を聞いた。
NHKの解説にこうある・
「“家族という病”を考える 作家…下重暁子
日本人の多くが「一家だんらん」という呪縛にとらわれていると考える下重さん。日本の家170316simojyuu 族について、もっとも近くにいながら、じつは一番理解していない存在であるとも言う。家族がらみのトラブルも続発している昨今、そうした家族がなぜ美化され続けるのか?『家族という病』、『家族という病2』の著者である下重さんが、家族とは何か?を問いかけながら、新しい家族のあり方を提起する。」(
ここより)

一部を聞いてみよう。

<下重暁子の講演会「“家族という病”を考える」より>

*この番組の全部(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

さて、下重暁子という名は知っていたが、タレントだとばかり思っていた。それが100冊も上梓した、れっきとした作家だそうだ。
その作家・下重暁子氏が「家族という病」という新書を出してベストセラーだという。カミさんに聞いたら、カミさんは知っていたが自分は初耳・・・
講演を聞いてみると、相変わらずの滑舌の良さで、「家族」というものを喝破されていた。
確かに、辛辣な物言だが、“然り”と思う分は聞いていても違和感はない。しかし、自分をさんざん可愛がってくれた人を見下す態度には、少々食傷気味。
まあ色々あるかな・・・と思って、Amazonの「家族という病」という本を覗いてみると、案の定、様々な評価があるようだ。

レビューの件数が344件は多い。しかしその55%が、最低の星一つ。
その最初に出てくるレビューには「要するに下重さんのご自分の家族への愚痴、一般の家族へのコンプレックスとも言えるものをただ感情のままに丸めてぶつけてくるだけのヒステリックな自分語り本です。・・・」という意見。
逆に星4つの好意的なレビューは「「家族なんだから」「親なんだから」「育ててもらってるんだから」「親のことそんなに悪く言うもんじゃないよ」という無責任な言葉におしつぶされそうな人には、適した本ではないでしょうか。親の犠牲になるべきかどうか、選択を迫られている人にはおすすめです。・・・」という言葉も・・・。

しかし、それほど評価が低い本が、なぜそんなに売れているのか? 図書館で検索してみたら、9冊在庫で予約数が41件。つまり評価とは別に、読みたいと思っている人が多いと言うこと。
結局、「家族」というものが、誰にとっても“重たいテーマ”ということか・・・

前にも書いたが(ここ)、20年前に亡くなった親父の口癖は、「絶対に子ども達とは一緒に住まない。他人が家に入ってくると、気を遣って窮屈。夫婦だけが自由で良い」。

親や兄弟などとの距離感は非常に難しい。近すぎても問題を起こすし、遠すぎても悩みを生むことがある。ただ一つ言えることは、間が険悪になると、始末に負えない、ということ。関係の修復がまず無理、ということ。
特に兄弟間はそのようだ。親の遺産相続をめぐっての葬式での言い争いで、それ以降没交渉になる例は、枚挙に暇がないという。周囲にもその体験者は多い。
我々夫婦間でも、家族についての会話が非常に多い。話の内容の過半数は家族の話かも知れない。

さて、自分はこの講演を聞いただけで充分なので、本を読む気はないが、とにかく家族関係は難しい。そして一旦トラブルと修復が難しい。そもそも歳をとると、修復は不可能・・・
それを前提に、家族とはよくよく気を付けて付き合いましょう。という再認識が出来ればそれで良いのでは?と思いながら聞いた講演であった。

●メモ:カウント~1010万

170316hitori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月14日 (火)

昔の切手をヤフオクで処分した話

自分が切手ブームに巻き込まれたのは昭和32年11月のこと(ここ)。それは「切手趣味週間」の「まりつき」という切手を良く覚えているから・・・。その発売が昭和3年11月1日なのだ。それから「小河内ダム」「関門トンネル」、そして「アジア大会」の絵柄も良く覚えている。
しかし同じ昭和32年の3月に発売になった「国際連合加盟」は手に入らず、憧れであった。

自分以上に切手に夢中になっていたのが、兄貴。3歳年上の兄貴は、切手収集に凝りに凝った。その兄貴から、昔収集した切手の処分を頼まれた。個別切手(1枚ずつ)のストックブックが2冊、シートのストックブックが4冊。
170314kitte3 そしてシートから兄貴の切手収集の歴史が見えてくる。個別の切手の収集は上の昭和32年からだが、お小遣いでシートを買い出したのは、「第13回国民体育大会」(昭和33(1958)年10月19日発売)から。そして最後が、「太平洋学術会議」(昭和41(1966)年8月22日発売)だった。つまりシートの収集は、中学2年の秋から、大学4年の夏までだった事が分かった。

さて、膨大な切手をどう処分するか・・・。Netでググってみると、兄貴は「苦労して集めたので、大変な価値がある」と思っていたが、現実は冷たい。つまり、ブームが去った今は、切手は手紙に貼って使う価値はあるが、それ以上の価値を認めてくれる人は非常に少ない、ということ。つまり、趣味で切手収集をしている人口は非常に少ないということ。兄貴は、欲しいという子ども(孫)が居れば、上げたいというが、今の子どもは誰も見向きもしない。それで、結局は処分。つまり、お金に換えようかと・・・

170314kitte1 その処分については、(ここ)が分かり易かった。つまり最も使い易いヤフオク(ネットオークション)での処分についての解説である。それによると、やはり切手収集家以外で処分すると、額面の75%程度が上限らしい。それで自分だが、街の買取業者に持って行くことは最初から諦めた。たたかれて、額面の半分にもならないかも知れないので・・・

170314kitte2 まず、超有名な「月と雁」「見返り美人」からヤフオクに出してみた。案の定、8円の切手だが、1300円ほどで売れた。それを除くと、高値で売れるものはない。
それで、ここ数日、シートを頑張って出品した。すると、結構落札されている。ここ数日、それらの出荷(発送)で大忙し・・・
一通り、シートの出品が終わったので、整理してみた。すると、売れた切手が46種(回)。額面の総額が27,967円で、売れた額が42,960円だった。その率、154%。この中には、上の特異な2種と、大量な約1万4千円分の「お年玉当選切手」があったので、それを除くと、額面が13,330円で、売値合計が24,960円だった。つまり187%。
これは、先の75%に比べて、好成績では?
そして、まだ出品中が90項目程度あるので、10万円を目指そうか・・・

だいぶん、ヤフオクに出品する時のコツが分かってきた。上のサイトにも詳しいが、自分はこうした・・・。
1)写真は、スキャナーで表と裏を撮る。そしてデジカメで、裏面の写真を、なるべく電灯の光を反射してピカピカ光っているところを撮る。
これは収集家は、裏面にちゃんと糊が付いていて、新品同様だという状態を知りたいから。
たまたま兄貴の切手は、昔買った時、そのままストックブックに収納して、それ以降、手を付けていない。よって状態は上々・・・

2)“同梱可能”として出品する
収集家にとって、送料はバカに出来ない。10円切手が20枚(額面200円)のシートを300円で落札しても、それを送るのに、定形外郵便で120円かかる。結局420円の買い物になってしまう。そのムダを省くのは、大量に一緒に買って貰う。つまりは、選択肢を多く。よって、ここ2日で、100数十枚のシートを同時に出品した。すると案の定、3~7件ほど一緒に落札してくれる。それでも、送料は120~140円で済むので、効率が良い。

でも、これで売れても、実際の実入りは少ない。300円で落札して貰っても、ヤフオクに1割程度取られるので、270円。実際に手紙に貼って使うと200円で使えるので、ヤフオクで売った効果は70円にしかならない。出品には、写真を撮ったり、切手の状態を書いたり、手間がかかる。そして何よりも、出荷の手間が結構大変。入金を確認してから、相手の住所を封筒に書き、切手が折れないように、堅いボール紙で厳封し、ポストに・・・・
幾ら100円ショップで買うとしても、使う段ボールや封筒、そしてプリンターのインクまで考えると、もうかった70円など吹っ飛んでしまう!?

まあそれはそれとして、額面が一枚50円の切手は出品せずに、手紙に貼って使う事にした。つまり、ヤフオクの傾向として、50円の10枚シートが良くて600円。つまり、ヤフオクに60円持って行かれるとすると、もうけは40円。それではとてもペイしない。手紙に貼って使うに限る・・・

それともうひと工夫。バラの切手は、とにかく使う。落札者への封筒に、10円切手を12枚ズラリと貼る。郵便局で消印を押すのが大変だろうが、構わずにとにかく貼る。そして使ってしまう。これが一番。
この所、近くの郵便局では評判になっているかも・・・!? ひとつの封筒に切手が10枚以上貼られたものがたくさん発送されているので・・・

ともあれ、売れるのはシートだけ。個別に集めた2冊の切手は、どう処分するか・・・・
一枚ずつ出品するわけにもいかず、さてさて・・・
でも、兄貴が子どもの頃に一生懸命集めたものも、結局額面の総額は、到底10万円に届かない。
子どもの頃に、広かった道が、大人になって行ってみると、その狭いのに驚くことがある。それと同じか・・・。子どもの頃のお金は、大人になって見ると、たった数万円・・・

でも、たくさんの人が自分の出品に応札してくれている。これは、まだ世の中に切手収集を趣味としている人が居る、ということ。
切手の状態は良いので、出来るだけ売ってしまい、残りは手紙に貼るしかない・・・

さてさて自分の手間賃は幾ら貰おうかな? 売値が総額10万円に達したとしても、その換金にかかった時間と手間は、とても10万円では済みそうにない。
つまりは「落札された!」という達成感!?にでも意義を見出さないと、とてもやっていられない作業かも・・・ね。

170314hikure <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年3月12日 (日)

森田由美恵の新録音「潮風の吹く町」

前に、森田由美恵の「潮風の吹く町」について書いた(ここ)。もう10年も前の事である。
先日、「ひこわん」さんんから、その新録音CDが発売(2017/02/08発売)になったという情報を頂いた(ここ)。
それで早速そのCDを手配した。先ほど着いたCDを再生してみて、その声がほとんど変わっていないのにはビックリした。新旧を比べてみよう。

<森田由美恵の新録音「潮風の吹く町」>

「潮風の吹く町」
  作詞:なかにし礼
  作曲:浜 圭介

ふるさとは 遠い北の果て
潮風の吹く町
荒れた手をして 網をあむ
小さな母の肩
浜なすの花が 咲く頃に
帰ろうと思いながら 二年が過ぎた

海鳴りが唄う 子守唄
潮風の吹く町
今日も夜なべの 針仕事
乱れた母の髪
許してね私 悪い子ね
帰ろうと思いながら 四年が過ぎた

雪ふれば つらい冬が来る
潮風の吹く町
凍る井戸水 汲みながら
吐息も白い母
もう二度と そばをはなれない
逢いたくて甘えたくて 夜汽車にのった
逢いたくて甘えたくて 夜汽車にのった

そして旧録音がこれ。

<森田由美恵の「潮風の吹く町」>

Netでググってみると、(ここ)にプロフィールがあった。
森田由美恵のプロフィール
3歳より歌い始め、1969年フジサンケイグループ主催「全国歌謡コンテスト」優勝。1971年、170312morita1 東芝音楽工業より「潮風の吹く町」でデビュー。30万枚を売り上げるヒットで数々の新人賞を受賞。その後、ポリドールで森田恵子と改名して数枚のシングルをリリース。実力派として評価される。その後、体調を崩して表舞台からは身を引くが、ヴォイストレーナーとして活動する中、発声と美容・健康法を融合したトレーニング法を開発。「輝く美顔エクササイズ」などの著書も170312morita2 話題となり、ヴォイス・マエストロとして活躍する。シンガーとしては、2016年3月、7月、音楽朗読劇「また君に恋してる」主演。インディーズ・リリースや舞台、LIVE などを中心に活動中だが、メジャーリリースとしては「月光桜」がかなり久々のCDリリースとなる。兵庫県神戸市出身。趣味:ツーリング(オートバイ)、ドライブ(車)、入浴、バービー人形コレクション、動物のケア(数十匹の犬・猫と暮らす)。」

旧録音盤は1971年の発売とある。つまり、46年ぶりの再録音である。それにしても、各地でコンサートを開いている大歌手と違って、ほとんどCDを出していない歌手が、半世紀を経てこの歌声・・・
前に森昌子がカムバックしたとき、発声に非常に苦労したと聞いた。往年の声は、そうそう維持出来ない。半世紀、発声を維持出来たのには、それなりの努力があったのだと思う。

聞いてみて、アレンジはまあまあ許容差内か・・・。オリジナルのアレンジが頭に残っているため、あまりに斬新なアレンジには付いて行けないが、イントロ部分を除いて、あまり違和感はない。

昔から愛聴してきた歌の音源は、ほとんどCD音源を手に入れた。しかし、CDが見付からなかった数少ない音源がこの歌。
この歌のCDは出ていないものと思っていた。しかし、Netでググると、何とCD化されている事が分かった。「愛愁唄」というCDにカップリングされているようだ。しかし、Netで検索しても、このCDの情報はほとんど無い。運が良ければ手に入るかな??

それにしても、こんな事があるのだ。半世紀前に聞いた歌が最新録音でよみがえる・・・
繰り返すが、このアレンジが、そう奇抜でないのが良い。他の歌でも、例え再録されても、アレンジがあまりに斬新で、とても聞くに堪えない録音も多いのだ。ファンとしては、同じ楽譜での再録が希望だが・・・・

他の昔の名曲も、このように再録してくれると嬉しいが、到底同じ声が期待出来ないので、まあ無理か・・・
ひこわんさんからの情報で、良い音源を手に入れた。繰り返すが、こんなこともあるのだ・・・!

(関連記事)
森田由美恵の「潮風の吹く町」 

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