2009年11月20日 (金)

森繁久彌「日曜名作座」再び・・・再放送を聴く

今日の夕刊によると、10日に亡くなった森繁久彌さんの告別式が今日行われたとのこと。
森繁久彌が亡くなって、ラジオ深夜便で「日曜名作座」の再放送があるだろう、と期待していたら、期待通り11月16日から19日まで“特番「ありがとう 森繁久彌さん-日曜名作座、再び-」”という番組が放送された。

内容的には、記念すべき「日曜名作座」シリーズ第1回の昭和32年4月7日に放送された尾崎士郎作「人生劇場・青春編」、そして最終回の平成15年1月19日に放送された藤沢周平作「夜の雷雨」、それに生前縁のあった向田邦子作「かわうそ」と、宮澤賢治作「セロ弾きのゴーシュ」の4本だった。どれも味わい深く、しんみりと聞いてしまった。
同じく、“特集・森繁久彌さんをしのんで~「芸と人」(昭和57年3月20・27日放送)”も放送され、何と「にっぽんのメロディー」(ここ)の中西龍アナウンサーがインタビューしていた。少し聴いてみよう。これは、インタビューの最初+最後の部分である。

<インタビュー「芸と人」森繁久彌~中西龍アナ>
     
(昭和57年3月20・27日放送)

そういえば今朝の新聞に、日曜名作座のCDの全面広告があった。そこに「日曜名作座は世界の文化遺産」という、この番組を演出した上野友夫さんの文章があった。曰く・・・

日曜名作座」は世界の文化遺産
昭和32年4月7日(日)22時15分から初放送された「日曜名作座」の前身は、同じ曜日、同じ時間帯で放送されていた「東京千一夜」である。
これは森繁久彌を中村メイコ二人によるバラエティ番組だったが、装いを新たにして、森繁久彌と加藤道子二人によるラジオドラマとして登場したのが「日曜名作座」である。
その頃、森繁久彌は「警察日記」「夫婦善哉」などの映画でブルーリボン賞、毎日映画コンクール主演男優賞を受賞していたが芸風は軽妙酒脱、そして年令も男盛りの40代、思い切り森繁らしい芝居をしてもらいたいと考えた。
まず「日曜名作座」の狙いはそこにあった。では相手役の女性は誰にする。選ばれたのがNHK東京放送劇団の1期生の加藤道子。彼女は七色の声の持主といわれたが、どちらかといえば芸術派、熱演派で、この二人の組み合わせが功を奏して、再放送を含めてだが、半世紀・50年に及ぶ長寿番組をなった。
「日曜名作座」の収録風景はスタートから最後まで変わらなかった。
森繁・加藤の二人が向かい合い、マイクが立てられたテーブルをはさんで超しかける。
男女二人で演じ分けるという形式のものであるが、「日曜名作座」のように、同じ出演者で、半世紀近く演じてきたのは、さすがにないという。我が「日曜名作座」は、今や世界的文化遺産といってもいいだろう。(上野友夫)」

思い出すと、自分が「ラジオ深夜便」を聞き始めたのが2007年11月(ここ)、そして「日曜名作座」を聞いたのが同じ11月末(ここ)。しかし翌2008年3月でこの番組は終わってしまったので、あまり聞いていない。03年以降の5年間は選りすぐりの作品を再放送していたというが、聞けずに残念だった。
せっかくの文化遺産。またシリーズで再放送を期待したいが無理かな・・・・

せめて今回再放送されたものだけでも聞いて、森繁節を堪能し、ご冥福を祈ろう。

特番「ありがとう 森繁久彌さん~日曜名作座、再び~」(2009/11/16~19放送~各40分)
(1)尾崎士郎作「人生劇場・青春編」(昭和32年4月7日放送の第1回と、同年5月26日放送の第7回の組み合わせ)
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(2)向田邦子作「かわうそ」(昭和56年11月8日放送)
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(3)宮澤賢治作「セロ弾きのゴーシュ」(昭和45年7月5日放送)
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(4)藤沢周平作「夜の雷雨」(平成15年1月19日放送~最終回)
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特集「森繁久彌さんをしのんで」
(A)「芸と人」森繁久彌(1)中西龍アナ(昭和57年3月20日放送)
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(B)「芸と人」森繁久彌(2)中西龍アナ(昭和57年3月27日放送)
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(関連記事)
森繁久彌の「銀座の雀」~巨星墜つ
NHKラジオの「日曜名作座」を聴く

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2009年11月19日 (木)

日本の貧困率は最悪~ひとり親世帯で(OECD)

今日は寒かった。東京は記録的な低温で、最高気温が9.4℃。11月で最高気温が10℃を割ったのは17年ぶりとか・・・。それで(?)今日は、“お寒い”話・・・

先日の新聞に、OECDの30カ国における貧困率で“日本は最悪”との記事があり、ヘエーと思った。曰く・・・

「厚生労働省は13日、国民の経済格差を表す指標の一つの「貧困率」のうち、ひとり親世帯の貧困率が2006年に54.3%だったと発表した。経済協力開発機構(OECD)が算出した00年代半ば時点ではOECD加盟国中最悪。・・・・」(2009/11/14日経より)

*「相対的貧困率」=国民の低所得者の割合を表す指標。全世帯の可処分所得を1人当たりに換算して並べ、中央値の半分に満たない人の割合を「相対的貧困率」と呼ぶ。2000年のデータで計算すると、等価可処分所得の中央値(例:100人中50番目の人)は約274万円であり、この半分の額である約137万円に満たない人の割合が貧困率となる。(詳細データはここ

<相対的貧困率>
1)デンマーク   5.3%
1)スウェーデン  5.3%
3)チェコ      5.8%
4)オーストリア  6.6%
5)ノルウェー   6.8%
6)フランス     7.1%
13)イギリス    8.3%
17)ドイツ     11.0%
18)イタリア    11.4%
19)カナダ     12.0%
24)韓国      14.6%
27)日本      14.9%
28)アメリカ    17.1%
29)トルコ      17.5%
30)メキシコ    18.4%
 OECD平均   10.6%

<ひとり親世帯>
1)デンマーク    6.8%
2)スウェーデン   7.9%
3)ノルウェー    13.3%
4)フィンランド   13.7%
7)フランス     19.3%
9)イギリス     23.7%
14)韓国      26.7%
25)ドイツ      41.5%
27)カナダ     44.7%
28)アイルランド  47.0%
29)アメリカ     47.5%
30)日本       58.7%
  OECD平均    30.8%

これによると、国民の低所得者の割合でみる相対的貧困率で、日本はOECD30か国中、ワースト4の14.9%だという。特にひとり親の世帯は最下位で、その割合は58.7%だという。母子・父子家庭の、何と6割が低所得者層に位置付けられている。
北欧の上位は頷けるが、我が日本が格差社会のアメリカに次ぐワースト4位とは、何とも寂しい。“累進課税の日本は社会主義国家のような総中流世帯・・”という自分の思い込みは“勘違い”だったのだ・・・!
調べてみると、90年代半ばは13.7%であり今回は14.9%、徐々に貧困率が上昇しているという。しかしこの数字は、年度で大きく変わる事はなく、この傾向は昔から続く・・・

先日テレビで、ベルリンの壁崩壊20周年にあたり、東西ドイツの現状についての番組があった。東西の壁が崩壊した直後、多くの東ベルリン市民が西ベルリンに入り、コーラを飲み、自由を実感した。しかしそれから20年、多くの東ドイツの人は資本主義自由経済に付いて行けず、職に就けないままに貧困生活を強いられているという。“それまで失業という言葉は無かったのに・・・”とつぶやく言葉が弱々しかった。同じ事は旧ソ連でも聞かれる。

「努力した人はそれだけ報われる」という大原則はその通りだ。しかし現実の日本は、資本主義の権化・アメリカに勝るとも劣らない格差社会を生んでいたとは・・・。
年金生活間近の我々には、もうどうすることも出来ないが、せめて若い世代にチャレンジの“チャンス”だけは与えられる社会になって欲しいものである。
賞味期限切れ間近の我々還暦世代は、せめて現役世代の一助となるべく、持っている金を大いに遣おうではないか。(←自分は持っていないので貢献できないけど・・・)

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2009年11月18日 (水)

「ただいま○○分待ち」の行列 実際は?~数学の世界

先日の新聞に「「ただいま○○分待ち」の行列 実際は?」という記事があり、面白く思って取っておいた。曰く・・・

「行列の待ち時間を並ぶ前に知ることはできるのだろうか。・・・『リトルの公式』を使えばある程度の時間を計算できる・・・。これは米国のジョン・リトル教授が証明した公式で待ち091116machijikan 時間を「行列の総人数÷行列に加わる人数」で算出する。例えば20人の行列に1分間あたり4人が新たに加わる場合、待ち時間は20÷4=5分。そこで考えた実験方法は、・・・」と、1)リトルの公式 2)施設の従業員に待ち時間を聞く 3)実際の待ち時間 を測定したものがこの表。(2009/11/14日経新聞p7より)(写真はクリックで拡大)
結果は、リトルの公式はかなりの精度だった。しかし、この公式が成り立つ条件として「列の長さが変らないこと。切符を買って列から離れる人と新たに買おうと加わる人の数が同じ」が必要。それに、施設側は待ち時間を長めに表記する傾向がある。これは実際の待ち時間が表示よりも長ければ苦情が出かねないから・・・。

話は飛ぶが、さっきボヤッと「NHKスペシャル 魔性の難問~リーマン予想・天才たちの闘い~」これ)を見た。テーマは「一見無秩序でバラバラな数列にしか見えない素数が、どのような規則で現れるか」 だ。中学だったか高校だったか忘れたが、「素数」ナンテいう言葉は懐かしい・・・。考えてみると、素数なんていう言葉が出てきた頃の「数学」は大好きだった。しかし大学に行ったとたん数学は大嫌いになった。なぜか?数学がホンモノになったから・・・(←要は急に難しくなって付いて行けなかった!?)
この番組にも出てきたが、∑が出てきて、その公式から人間味を感じることは出来なかった。高校までの数学は実に人間味あふれて好きだったのに・・・!?

この番組で、とにかくビックリしたのは、「リーマン予想」というとんでもない数学界の難問が、何と一般向けのTV番組として登場したことだった。昨夜も再放送をしていたが、映画「博士の愛した数式」に出てくる主人公も、この数学の世界に身を置く人だった。
この難しい「リーマン予想」の番組を見たあとで、『リトルの公式』の記事を改めて読んだら、なんという当たり前の公式か・・・・。列の人数が変らなければ、入れ替わった人数分だけ自分が列で進むのは当たり前。その入れ替わりが何回必要かで、待ち時間が計算できるのは当然・・・。

難しい「リーマン予想」を見た後だけに、自分の数学的感覚が昔に戻って(!)、『リトルの公式』がピンと来たのかもね??
しかし、この記事を読んだ時にピンと来なかったことだけは確か。それだけ自分にとって数学が遠くなった証拠・・? でも、かつてのビジネスの世界では、数学的な論理的な考え方が役に立ったと、自分では思っていたのだが・・・。
しかし、歴史の勉強はやり直そうかと思ってはいるが、数学のやり直しは一切考えていない自分ではある・・・。

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2009年11月17日 (火)

思い出のTV・ラジオ主題歌集(1)

新企画「思い出のTV・ラジオ主題歌集」ナンテいうのは如何?
我々還暦世代が子供の頃に聞いていたテレビ・ラジオの番組のテーマソングを集めてみた。こんな音楽を聴きながら懐かしさに浸るのも一興か?
戦後の番組から、古い番組から順に追いながら、気になった曲を聴いて行く。何回まで続くか分からないが・・・

①<「とんがり帽子」(コロムビアゆりかご会、川田正子)>

敗戦直後の時代背景をもとに、長野県の高原にある戦争孤児の施設を舞台にした物語の「鐘の鳴る丘」の主題歌。映画化もされてヒットした。もちろん曲は知っているが、番組を聴いたことはない。当時0歳なので当然・・・(昭和22年(1947年)7月~昭和25年(1950年)12月NHKラジオで放送)(関連記事:ここ

②<「さくらんぼ大将」(川田孝子、コロムビアゆりかご会)>

「鐘の鳴る丘」の後、昭和26年からNHKラジオから放送された。もちろん自分は知らない。

③<「笛吹童子の歌」(上高田少年合唱団)>

昭和28年に1年にわたって放送された「新諸国物語 笛吹童子」(昭和28年(1953年)1月5日~12月31日NHKラジオで放送)。この作品も映画化され、中村錦之助(後の萬屋錦之介)と東 千代之介の主演で人気となった。これは少し知っているが、記憶があやふや・・(関連記事:ここ

④<「ヤン坊ニン坊トン坊」(里見京子、横山道代、黒柳徹子)>

これも多分聞いた事が無い。(昭和29年(1954年)4月~昭和32年(1957年)3月31日NHKラジオで放送)

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2009年11月16日 (月)

ここ20年間の銀行の変遷~23行から6行へ

先の市町村合併では、自分の頭の中にあった昔の都市の名前が消えてしまい、ワケが分からなくなっているが、実は銀行の合併劇も同様に、自分の頭の中はワケが分からなくなって取り残されていた。
091117ginko ところが、先日の日経新聞(2009/11/15p4)に、その変遷を示した図が掲載され、この記事は取っておこう・・・と思った。そこで“手軽なblog”にメモしておくことにした。(blogは実に簡便な「メモの入れ物」なのである。~検索機能で直ぐに見つかるので・・)(写真はクリックで拡大)

銀行の名で自分の頭にあるのは、やはりこの図の20年前の23行。これならイメージが湧く。しかしその後の合併劇で何がなんだか分からなくなった。特に分からないのが、ひらがなの行名。「さくら」「あさひ」「あおぞら」「みずほ」そして「りそな」・・・
正直言って、漢字が残っている行名ならだいたい見当が付くのだが、ひらがなは分からない。特に「みずほ」と「りそな」が分からない。

各社のHPには下記のように紹介されている。
「「みずほ(瑞穂)」は、「みずみずしい稲の穂」を表す言葉であり、「みずほ(瑞穂)の国」は、実り豊かな国を意味する日本国の美称として用いられています。この名称は、グローバルな金融市場において、日本を代表する金融機関として、最高水準の総合金融サービスにより、国内外のすべてのお客さまに豊かな実りをご提供していくという決意を込めたものです。みずみずしさを感じさせる若々しい語感は、新しい企業文化にふさわしく、広くみなさまに親しんでいただける名称であると考えています。」(みずほFGのHP(ここ)より)

「「りそな」は、ラテン語で「Resona=共鳴する、響きわたる」という意味を持っています。私たちにとって、もっとも大切なものは、お客さまの声です。お客さまの声に耳を傾け、共鳴し、響き合いながら、お客さまとの間に揺るぎない絆を築いていこうという思いをこのネーミングに込めました。」(りそなHDのHP(ここ)より)

一方「UFJ」というのも分からない。同じくHPによると、
「「三和銀行」と「東海銀行」の合併により誕生した。社名は「United Financial of Japan」の頭文字をとり、「我が国を代表する総合金融グループを創造していく」という思いが込められている。」(UFJ銀行のHP(ここ)による)

これらを見ていくと、「りそな」は造語に近い。同じ造語で有名なのがSONY。
「音『SONIC』の語源となったラテン語の『SONUS (ソヌス)』と小さいとか坊やという意味の『SONNY』から来ています。簡単な名前で、どこの国の言葉でもだいたい同じように読めて、発音できることが大事ということで考案されました。」(SONYのHPより)

SONYについては、昔(昭和30年代)竹ひご飛行機(ライトプレーン)に「ソニー号」というのSony2 があって、竹ひごの上に貼った紙に「SONY」と誇らしく印刷されており、良く知っていた。そして「ソニー」って何?と疑問に思い、語源を聞いたので当時から知っていた。また大学の就職活動でSONYに企業訪問に行ったとき、担当者から「SONYは“ソニー電気”ではありません。これは将来どのような分野にも進出出来るように単にSony Corporationとしています」と紹介されたのを今でも覚えている。もっとも、あれから40年近く経ったが、“SONY電気”以外に広げたような印象は無いけど・・・

話が飛んだ。銀行は製造業などと違って、どの銀行も同じような仕事をしている。それだけに店舗の重複など、合併の効果はあるのだろう。しかしカンバンをどうするかは、大問題。確かに「太陽神戸三井銀行」というのも素人的には分かり易いが、長続きはしない。合併時に一番大きな銀行名にするというのも、される側にとっては抵抗感があるのだろう。だから「喧嘩両成敗(?)」的に、どこにも関係の無い行名にする・・・。まあそれも分かるが、少なくてもその行名に「すべてのお客さまに豊かな実りをご提供していく」とか「もっとも大切なものは、お客さまの声です」とかいう「顧客志向」は無いな・・・

ふと山崎豊子の「華麗なる一族」を思い出した。小が大を食って銀行合併をしたが、実はそれは、もっと大きな銀行から合併される第一段階だった・・・、という結末だったように記憶している。

でも、生き残りを賭けた合併も悪い事ばかりではない。当blogの記事の中の、“小椋佳が語る「少しは私に愛を下さい」の誕生秘話”ここの頁の下の方)のように、「この歌は勧銀時代、アメリカに留学していた時、3日遅れで送られてきた日経新聞を見たら、“勧銀が第一銀行と合併”と載っていた。それで勧銀のトレードマークのバラともお別れか・・・と思って出来た歌だという。」と、名曲が生まれるキッカケにもなるのだ。
少なくても自分にとっては、銀行名がどうなろうと「少しは私に愛を下さい」の方が重大なのだ・・・。相変わらず“りそな”と“みずほ”の区別がつかない自分ではある・・・

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2009年11月15日 (日)

「生かされているいのち」

前の記事(これ)に引き続き、「大法輪(2009年12号これ)」で気になった記事。

「釈尊の「覚り」
  真宗大谷派教学研究所長・大谷大学前学長 小川一乗
・・ところで、釈尊の「覚り」とは、生まれ死ぬ「いのち」への目覚めです。私たちは、「いのち」を私のものであると、「私のいのち」として、それを私物化して生きています。しかし、釈尊は、「私のいのち」ではなく、さまざまな因縁によって「生かされているいのち」であることを明らかにされました。それが「覚り」を支えている「いのち」への目覚めです。「生かされているいのち」であるから「縁起するいのち」であり、因縁が尽きれば残存する「いのち」はありえないから、「無我なるいのち」であり、そのような「いのち」は本来的には「空(ゼロ)なるいのち」なのです。
私たちは「いのち」を私物化して、自分の思い通りに生きようとします。しかし、思い通りに生きられず、苦悩が絶えません。「生かされているいのち」を生きていることへの目覚めがないからです。釈尊の「覚り」に同感したとき、「私のいのち」という自我(エゴ)の思いによって作り出されている苦悩から開放されて生きる者となれます。そのような仏に成りたい、と願わずにはおれません。
そういう私たちのために、大乗の菩薩たちは、「すべての人びとが仏に成らなければ、私も仏に成らない」という、菩薩行を展開したのです。」(「大法輪」2009/12号p57より)

まさに我々は、自分の命は自分のものと思っている。だから例えば病を宣告されたとき、「何でオレだけが・・」と思う。何かによって「生かされている」なんて、とても思えないので・・・。でもそれが本道だという。それが目指す道(覚り)だという・・・。
そして「因縁が尽きれば、空なるいのち」だという。言葉では「そうだろうな」と分かっても、心では分かっていない。なぜか?「空」が分かっていないから・・・
だから自分には「覚り」なんて程遠い世界・・・。

でもこの文章は、般若心経を解説しているようにも聞こえる・・。ふと柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」の全文朗読を思い出して聴いてしまった。(これ ←聞いた事がない方はぜひ一度ここをたたいてみて下さい。=Windows Media Player)

肩を怒らせないで生きる事の難しさ・・。でも自分も還暦を過ぎて、だいぶん肩から力が抜けてきたとは思うのだが・・・・。

<付録>
「木魚」はなぜ魚に関係するのか?
昔、中国人が魚をじっくりと観察し、魚が四六時中、目を閉じないことに気付いたという。そのことから、古くから中国では魚は夜も昼も眠らない勤勉な生き物であると考えられたのだ。・・・読経中や座禅中、あるいは師匠の話を聞いているときに、つい居眠りをして大目玉を食らった僧侶も少なくなかっただろう。そこで、怠惰や居眠りを戒めるために、勤勉な魚の形をした鳴り物を考案したのである。・・・(「大法輪」2009/12号p184より)

(関連記事)
「般若心経」と「穏やかな心」

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2009年11月14日 (土)

ちあきなおみの「紅とんぼ」

ふとさっきTVを点けたら、BS2で「歌伝説 ちあきなおみの世界」(H17年)の再放送をしていた。最初の紹介で、ちあきなおみの誕生日が自分とほとんど同じと聞いて、自分の生きてきた年代と照らし合わせながらツイ見てしまった。あの時は自分は・・・と。

前に「かもめの街」について書いた(ここ)が、ちあきなおみの歌唱力は素晴らしい。番組の中で船村徹が「(ちあきなおみは)おたまじゃくしの裏を歌えるということ。おたまじゃくしをなぞっていく歌い方は誰でもやるが、文章で言うと行間を読むというか、それが我々の世界ではおたまじゃくしの裏側を歌い、弾くということ。それが出来る人だなと思った。“紅とんぼ”の場合でも、そうじゃないとあの曲は無理ですよね。それをピシッとやってくれた」と言っていた。
歌のこころを歌えないとプロにはなれない・・・。聞く人の心を揺さぶらない・・・。ちあきなおみは、それが出来たので芸能界からH4年に去ってから、既に17年も経っているのに未だに語り継がれる・・・。

<ちあきなおみの「紅とんぼ」>

「紅とんぼ」
  作詞:吉田 旺 
  作曲:船村 徹

空にしてって 酒も肴も
今日でお終い 店仕舞
五年ありがとう 楽しかったわ
いろいろお世話になりました
しんみりしないでよ ケンさん
新宿駅裏 紅とんぼ
想いだしてね 時々は

いいのいいから ツケは帳消し
みつぐ相手も いないもの
だけどみなさん 飽きもしないで
よくよく通ってくれました
唄ってよ騒いでよ しんちゃん
新宿駅裏 紅とんぼ
想いだしてね 時々は

だからほんとよ 故里へ帰るの
誰も貰っちゃ くれないし
みんなありがとう うれしかったわ
あふれてきちゃった想い出が
笑ってよ涕(な)かないで チーちゃん
新宿駅裏 紅とんぼ
想いだしてね 時々は

たまたま先日、テレビ東京の「空から日本を見てみよう」(これ)で新宿駅の周辺を映していたが、大きなビルの間に、低層階の一角があった。戦後から続く横丁だという。
この歌は、そんな店を舞台にしているのだろう。
多くの世のサラリーマンは、会社の帰りにこんな店で一杯飲んでウワを晴らして帰るのが一般的だった。今はどうなのだろう?
自分の場合は、あまりこの雰囲気が好きで無かったので、自分から進んで行く事は無かった。誘われれば付き合ったが、そのうちに居酒屋チェーンが台頭し、そっちに行く事が多かった。よって、この歌で歌われたような店には縁が無かったな・・・。
何か古き良き日本を歌っているような名曲ではある。

(関連記事)
“ちあきなおみ”と“すぎもとまさと”の「かもめの街」

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2009年11月13日 (金)

山崎ハコの「白い花」と「こころの花」

昨日は、天皇の即位20周年の記念行事が行われ、何とEXILEというグループが歌ったという。J-POPと天皇・・、何かピンと来ないが、前に奈良・東大寺大仏殿昭和大修理落慶記念行事で、さだまさしが歌った。この時もアレッと思ったが、その時代の楽曲が奉納されるということで、何の不思議も無いとか・・。まあ昨日も同じ視点かな?
091113yamazakihako でも最近の歌は、このように賑やかなものが多い。昔はシンプルだが心に響く歌が多かった・・・。ナンテいうわけで、今日はギター伴奏のシンプルな歌、山崎ハコの「白い花」を・・・
この「白い花」は山崎ハコの1976年5月発売のセカンドアルバム「綱渡り」に収録された歌。新録音盤を聞いてみよう。(写真はクリックで拡大~ここから借用)

<山崎ハコの「白い花」>

「白い花」
  作詞:山崎ハコ
  作曲:山崎ハコ

私の目の前の白い花
人目にもつかず咲いているけれど
幸せそうに ほほえんで
香りを漂わせる
できることなら この指で
お前を摘んでしまいたい
あの人の心に 誇らしく
咲いてるお前を

白い花びら はにかんで
とてもきれいに見えるわ
お前のように 咲きたかった
あの人の心の中に

ひそかに きれいに 咲くがいい
美しい白い花よ
あの人と いっしょに 生きて行け
あの人をなぐさめながら

お前をみつめて 生きて行く
私の気持ち知らないで
私にやさしいほほえみを
かえす 白い花
ひそかに きれいに 咲くがいい
ほほえむ 白い花よ
あの人と いつまでも 生きて行け
あの人をなぐさめながら

上の写真にも写っている夫君の安田裕美のギターが、何と柔らかくしっとりとしていることか・・・・。そして歌詞の何と恐ろしい・・・(研ナオコの「愚図」を連想させる歌詞だね・・)

091113tabino この「白い花」と旋律が同じで、同じ山崎ハコが歌う「こころの花」という別の歌がある。調べてみると、前進座公演「旅の終りに」という芝居の挿入歌として五木寛之が詞をつけたものだという。この芝居は、前進座創立七十周年記念特別公演として、中村梅雀の主演で2001年から2004年にかけて全国を巡回したもので、山崎ハコはギター伴奏の安田裕美と共にこの芝居に出演し、舞台でこの「こころの花」を歌ったという。この歌の録音が素晴らしい。

<山崎ハコの「こころの花」>

「こころの花」
  作詞:五木寛之
  作曲:山崎ハコ

私のこころに咲いている
桔梗の白い花よ
かすかに汚れているけれど
それでもきれいよ
この世に生きて行く切なさを
身に滲みて知りながら
やさしく微笑んで咲いている
小さな白い花

真っ赤に咲く花もあるけれど
桔梗の白い花よ
ひっそりゆれている横顔が
とてもきれいよ
私も小さな白い花
ずいぶん汚れちまったけれど
お前のように清らかに
この世に生きたい

雨に打たれながら咲いている
桔梗の白い花よ
あの人の心に届けたい
私の想いを
誰にも知られずに咲いている
小さな花だけれど
いつかはきっと振り返る
気付いてくれるでしょう

その日を信じて咲くがいい
桔梗の白い花よ
みんなの心に咲くがいい
りりしく美しく

091113kikyou 091113kokoronohana 091113kokorono

どちらが好きか? 自分は山崎ハコのオリジナルの方が、迫力があって好きだな・・・。
ふと桔梗の花というのはどんな花かと探してみたら、こんな花だという。白い桔梗の花もあるらしい。
ともあれ、時代のせいか、最近はこのような曲調の歌が聞けなくなった。よって古い歌を思い出して聞くしかないよね。

*なお、上の話と関係ないけど、今日は米オバマ大統領来日で大騒ぎ。それと今日は我が家の結婚“33回忌”だそうだ。よくもまあ33年も・・・・!?

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