2017年12月16日 (土)

創作四字熟語で振り返る2017年

今朝の朝日新聞。
「(天声人語)創作四字熟語で振り返る
 若き才能の奇想天外とも言える活躍だった。「棋聡天才(きそうてんさい)」の藤井聡太四段が成し遂げた「連聡棋録(れんそうきろく)」に胸が躍った。陸上100メートルで9秒台を出した桐生祥秀選手の「桐走十内(きそうてんない)」の疾走も光った。住友生命が募った年末恒例の創作四字熟語で、今年を振り返る▼伸びる一方のネット通販。その陰で疲弊する現場の叫びが伝わってくる「荷労困配(にろうこんぱい)」の宅配業界である。世の不満が煽(あお)り運転につながっているのか、「煽々恐々(せんせんきょうきょう)」の路上もある▼自然の脅威を感じたのは、船舶からのヒアリの侵入だ。「蟻来迷惑(ありきためいわく)」だが、手をこまねいてはいられない。夏には長雨にたたられた地域があり「閉口雨続(へいこううぞく)」の日々だった。「危険水威(きけんすいい)」のゲリラ豪雨は、すでに日常風景である▼世界ではこわもての指導者が幅をきかせ、礼賛する歌まで街に流れる習近平(シーチンピン)総書記はまさに「中央習権(ちゅうおうしゅうけん)」。馬耳東風ならぬ「万事虎風(ばんじとらふう)」のトランプ大統領の振る舞いに、慣れてしまうのが怖い▼食べ物も観光地も写真でインスタ映えしなければ売り込めないと「映利多売(はえりたばい)」が目立つ。問題すべてがうんこに関連するドリルがヒットし、「便教熱心(べんきょうねっしん)」の子どもが増えたそうな▼熟語の応募は11月初めまで。その後のニュースを小欄が補ってみた。引退した元横綱がいま口を開いて気持ちを述べるなら「悔綱一晩(かいこういちばん)」となるか。首相が「丁寧に説明する」と臨んだ特別国会は、十分な答弁も掘り下げた調査もなく終わった。「不答不掘(ふとうふくつ)」の姿勢を来年も続けるのは、勘弁してほしい。」(
2017/12/16付「朝日新聞」「天声人語」より)

いつも思うが、これらのセンスに、ウーンと唸(うな)る。とても自分には無いセンス。
住友生命の(ここ)から引くと・・・

◆◇◆ 優秀作品10編 ◆◇◆(順不同)
棋聡天才(きそうてんさい)」(奇想天外) 将棋の天才、藤井聡太棋士。

九九八新(きゅうきゅうはっしん)」(緊急発進)桐生祥秀選手、100メートルで日本人初の9秒98。

政変霹靂(せいへんへきれき)」(青天霹靂)衆議院解散、希望の党結党、民進党合流・・・。目まぐるしい政界の動き。

荷労困配(にろうこんぱい)」(疲労困憊)宅配業界の人手不足が深刻。

蟻来迷惑(ありきためいわく)」(有難迷惑)コンテナにくっついて猛毒を持つヒアリがやってきた。

世代皇代(せだいこうたい)」(世代交代)「退位特例法」成立。

J音無事(じぇいおんぶじ)」(平穏無事)国民に緊急避難を呼び掛けるJアラートが発動したが、事無きを得た。

中央習権(ちゅうおうしゅうけん)」(中央集権)中国は習近平体制で権力集中。

盆裸万笑(ぼんらばんしょう)」(森羅万象)アキラ100%さん、お盆ひとつの裸芸でブレーク。

珍文漢糞(ちんぶんかんぷん)」(珍紛漢紛)うんこが入った例文で、子どもが楽しく漢字を覚えられる。

ここ)の、選者の俵万智氏のコメントも見事。
「まさに青天霹靂だった政界の動き。疲労困憊の宅配便のドライバーさん。「政変霹靂(せいへんへきれき)」と「荷労困配(にろうこんぱい)」は、音の重なりを最大限に生かして、元の四字熟語の意味を効果的に響かせました。創作四字熟語の原点ともいうべきオーソドックスな作品です。「蟻来迷惑(ありきためいわく)」は、訓読みを取り入れた珍しい手法。「世代皇代(せだいこうたい)」と「中央習権(ちゅうおうしゅうけん)」は、漢字一字を変えただけで、まさに今年の四字熟語に。シンプルにしてインパクトのある出来栄えです。ローマ字を活用した作品も近年増えてきましたが「J音無事(じぇいおんぶ じ)」は、アラートを「音」一字で表現したところがミソですね。同じテーマで競う優秀作品が、今年は例年になく多くて、選ぶのに苦労しました。「棋聡天才(きそうてんさい)」と「連聡棋録(れんそうきろく)」、「桐走十内(きそうてんない)」と「 九九八新(きゅうきゅうはっしん)」など、それぞれに魅力のあるペアです。みなさんなら、どちらに軍配をあげるでしょうか。最後に、大いに笑わせてもらったのが「盆裸万笑(ぼんらばんしょう)」と「珍文漢糞(ちんぶんかんぷん)」。意味を凝縮させる漢字ならではの力が、遺憾なく発揮されています。」(住友生命のここより)

話は飛ぶが、上の天声人語で「手をこまねいてはいられない。」という表現がある。
実は自分も同じ使い方をするが「手をこまぬく」という使い方が正しいとも聞く。
広辞苑を引くと
こま‐ぬ・く【拱く】左右の手を胸の前で組み合せる。腕を組む。転じて、何もしないで見ている。傍観する。宇治拾遺物語5「―・きて、少しうつぶしたるやうにて」。「腕を―・く」「手を―・く」

こま‐ね・く【拱く】 コマヌクの訛。

まあ間違いでは無いようだが、「こまぬく」は使ったことが無い。でも良かった。朝日新聞でも使っているので、今後も堂々と使おう。

あっと言う間に年末である。カミさんが賀状の用意を始めた。自分が賀状を用意するのはずっと後だが、例年になく喪中のハガキが多い。9枚も来た。どうも年賀状を買い過ぎたようである。今年からは余った賀状には10円切手を貼らなければいけない。
こんな発表を見て、年末を否が応でも認識させられた。

171216edison <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年12月13日 (水)

父権の失墜 夫は夫、わたしはわたし

先日の朝日新聞の記事である。
「(サザエさんをさがして)父権の失墜 夫は夫、わたしはわたし
 ハチマキ姿でさっそうとジョギングを楽しむこの漫画のおじいさんの姿は、街のいつもの風景としておなじみなのだろう。「よくつづくわネー」と感心するサザエ。カツオにいたっては、老い先の理想像を思い描いているようだ。犬の散歩をする街の人のまなざしも温かい。
171213sazae  当の主人公はしかし、カツオがうらやましがるような境遇とはほど遠かった。家庭では、子供に冷遇され、妻にも無視されて、夫としての権威は完全に失墜していたのだ。そんなおじいさんの複雑な胸中を、作者の長谷川町子さんは「子つめたく」から始まり、「妻とあわねど死にたくもなし」と結んだ短歌で切々とつづっている。
 えっ、これに似た短歌をどこかで見たことがあるって? 正解です。いわゆる「本歌取り」の技法を用いて、ある有名な短歌の一部をちゃっかりと借用していたのです。本歌を紹介すると……。
 《親も無し
 妻無し子無し版木無し
 金も無けれど死にたくも無し》
 作者は「寛政の三奇人」の一人、江戸中期の経世家の林子平(1738~93)。ロシア船の来航に危機感を募らせて海防の必要性を説き、著作『海国兵談』で「江戸の日本橋より唐、オランダまで境なしの水路なり」と喝破して人々を驚かせた人物だ。だが、幕府からは世を惑わせる本として発禁処分にされて版木は没収、蟄居(ちっきょ)を命じられる。短歌はその嘆きを詠んだものだ。この歌にちなんで自ら「六無斎」と号している。
 長谷川さんは、ジョギングおじいさんと六無斎の空虚な思いを重ね合わせて、短歌をしたためたというわけだ。・・・」
(2017/12/09付「朝日新聞」b3より)

話は変わるが、スカパーの「日本映画専門チャンネル」の「東海テレビドキュメンター傑作選」(ここ)を見ている。
3晩に亘って19作品を放映したので、全部録画し、順番に見ている。自分の好きなNHKのBSプレミアムの「ザ・ベストテレビ2017」(ここ)でも放送されたが、建築家の津端修一さん(90)と妻・英子さん(87)の慎ましい生活を描いた「人生フルーツ」をまた見てしまった。
そして、この番組の続編のような「樹木希林の居酒屋ばぁば」が興味深かった。

スカパーの解説にこうある。
樹木希林の居酒屋ばぁば
女優・樹木希林(74)と主婦・津端英子さん(89)が居酒屋で女子会をする。きっかけは「人171213izakaya 生フルーツ」。主人公・津端修一さんの妻として番組に登場した英子さんは、「居酒屋へ行ってみたい」と言い出して…。そんな話を聞いた希林さんが、名古屋の行きつけの居酒屋に英子さんをご招待。74歳と89歳がほろ酔い気分で語り合う。
その一か月後、趣味は「物件めぐり」だという希林さんが、愛知県春日井市の英子さんのお宅を訪問。今度は英子さん手作りのお菓子をいただきながら、再びばぁばの女子トークは大盛り上がり!夫のこと、孫のこと、食べ物や病気の話などなど…。人生の大先輩、2人のばぁばが本音で語り尽くす。」(
ここより)

この番組の中での二人の会話である。
「<英子さんは親戚の紹介で東京大学を出た修一さんと結婚しました。>
(英子)「たまたまそういう時に主人と会って、もううちの仲のことをきちっとやれば、一生食べさせてもらえるかな、なんて思って。好きとかそういうことでもなくて。」
(希林)「夫婦ゲンカなんかはしたことないでしょ?」
(英子)「ない」・・・
(英子)「主人は下着が好きで「かあさん、新しいのは気持ちがいいね」というので31日になると全部買い換える。だけど破れないからそのお古は私が着なきゃならないし。まあ男の人には最上のものを着せて、最上のものを食べさせるという、そういう昔からのあれがあるから。そういうものと思っていましたから。それが回り回って良くなるということだったですよ。そういうみんなからの教えですよね。」
(希林)「夫婦の在り方は・・・?」
(英子)「在り方って。私は主人の悪いところは言いません。だからいいところだけ。気が弱いのね、男の人は。」・・・・

(世の女性は色々と言いたいでしょうが)まあまあまあ・・・・。

津端修一さんは大正14年生まれというから、3つ下の英子さんは大正17年頃の生まれらしい。自分の両親は大正5年と10年なので、それよりも新しい世代。
でも、こんな考え方・・・
うちの両親も古かったが、これほどは男を立てなかったな・・・・

今日の記事はここまで。何か書けば書くほど、逆襲が怖いので・・・!?

171213esa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年12月11日 (月)

NHK受信料訴訟の最高裁判決~放送の不偏不党

6日にNHK受信料訴訟で、予想通り最高裁が合憲との判断を下した。
この判決の中で、下記判決文について、各紙の社説の論調を読み比べてみた。
「放送法が、NHKについて、営利目的の業務や広告放送を禁止し、財源を受信設備設置者から支払われる受信料で賄うこととしているのは、特定の個人、団体、国家機関などから財政面での支配や影響がNHKに及ぶことのないようにし、NHK放送を受信できる者に広く公平に負担を求めることで、NHKがそうした者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。」

結果、次の2紙の指摘に興味が向いた。
朝日新聞(社説)NHK判決 公共放送の使命を常に
 家にテレビがある者はNHKと受信契約を結ばなければならない――。そう定める放送法の規定が「契約の自由」などを保障する憲法に反するかが争われた裁判で、最高裁大法廷は合憲とする判決を言い渡した。
 判断の根底にあるのは、公共放送の重要性に対する認識だ。特定の個人や国の機関などの支配・影響が及ばないようにするため、放送を受信できる者すべてに、広く公平に負担を求める仕組みにしているのは合理的だと、大法廷は結論づけた。
 問題は、判決が説く「公共放送のあるべき姿」と現実との、大きな隔たりである。
 NHK幹部が政治家と面会して意見を聞いた後、戦時下の性暴力を扱った番組内容を改変した事件。「政府が右ということを左というわけにはいかない」に象徴される、権力との緊張感を欠いた籾井(もみい)勝人前会長の言動。過剰演出や経費の着服などの不祥事も一向に絶えない。
 今回の裁判でNHK側は「時の政府や政権におもねることなく不偏不党を貫き、視聴率にとらわれない放送をするには、安定財源を確保する受信料制度が不可欠だ」と主張した。
 近年強まる政治家によるメディアへの介入・攻撃に抗し、この言葉どおりの報道や番組制作を真に実践しているか。職員一人ひとりが自らを省み、足元を点検する必要がある。
 メディアを取りまく環境が激変し、受信料制度に向けられる視線は厳しい。それでも多くの人が支払いに応じているのは、民間放送とは違った立場で、市民の知る権利にこたえ、民主主義の成熟と発展に貢献する放送に期待するからだ。
 思いが裏切られたと人々が考えたとき、制度を支える基盤は崩れる。関係者はその認識を胸に刻まなければならない。
 あわせて、NHKが道を踏み外していないか、政治の側が公共放送の意義をそこなう行いをしていないか、チェックの目を光らせ、おかしな動きにしっかり声をあげるのが、市民・視聴者の務めといえよう。
 最近のNHKは、民放との二元体制で放送を支えてきた歴史を踏まえずに事業の拡大をめざすなど、自らの事情を優先する姿勢に批判が寄せられている。
 今回の受信料裁判を機に、公共放送のあり方について、あらためて社会の関心が集まった。
 これからの時代にNHKが担う役割は何か。組織の規模や業務の内容は適正といえるか。NHKが置き去りにしてきた、こうした根源的な問題について議論を深めていきたい。」(
2017年12月7日付「朝日新聞」ここより)

琉球新報<社説>NHK受信料「合憲」 公共放送の責務自覚を
 最高裁はNHK受信料制度は合憲と初めて判断した。テレビがあれば受信契約を結び、受信料を支払う法的義務があると指摘。テレビを設置した時点にさかのぼり負担する義務があるとした。
 しかし、視聴者とNHKの関係は単に支払う、受け取るという関係ではない。公共放送はあくまでも国民の信頼によって成り立つ制度であり、受信料の額や政策など公共放送を支える視聴者の意見を取り入れる仕組みが必要だ。NHKは視聴者の公共放送の重い責務があることを忘れてはならない。
 訴訟では「受信設備を設置した者はNHKと受信契約を結ばなければならない」と定めた放送法64条1項の解釈などが争点となった。訴えられた男性側は「法的拘束力のない努力規定。支払う必要はない」と主張。支払いの強制は契約の自由を侵害し、違憲だと主張していた。
 最高裁大法廷は、受信料制度について「NHKに国家機関などからの影響が及ばないようにし、広く公平に負担を求める仕組みだ」として、「制度は国民の知る権利を充足するために採用され、表現の自由を確保するという放送法の目的を達成するために必要で合憲」とした。
 ただし、現行の受信料制度を疑問視する意見もある。電気や水道、ガスなどの公共料金は基本料と従量制で料金が決まる。しかし、NHKの受信料は見た、見ないにかかわらず一律定額となっている。利用状況に応じた料金設定があってもいいだろう。
 NHKは訴訟で、国家から独立した形で、安定的な財源を確保するために受信料制度は不可欠だと主張した。しかし、国家からの独立を疑問視したくなる事態も起きた。
 2013年11月、安倍晋三首相は、自身への支持を公言する作家百田尚樹氏らをNHK経営委員に任命した。経営委が会長に選んだ籾井勝人氏は14年1月の就任会見で「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」と述べ、政権と歩調を合わせる発言をした。15年2月には「従軍慰安婦の問題は政府のスタンスが見えないので放送は慎重に考える」などと発言し「自ら放送の自主・自律を投げ捨てる」として批判された。
 NHKが政府の意向に沿うような偏った番組を放送した場合、視聴者はどのようにして意思表示すればいいのか。
 現行の放送法上、視聴者は国会によるNHK予算の承認という間接的な手続きでしか運営に関与できない。受信料不払いは、視聴者の直接的な意思表示という側面もある。実際、職員の不祥事が相次いで発覚した04年以降支払い拒否が急増した。
 テレビを設置した時点で契約義務があるというのなら、主要先進国のように、政府ではなく市民の代表を含む独立行政委員会が放送政策を決める制度の導入などを検討すべきである。」
(2017年12月10日付「琉球新報」ここより)

上の記事で「今回の裁判でNHK側は「時の政府や政権におもねることなく不偏不党を貫き、視聴率にとらわれない放送をするには、安定財源を確保する受信料制度が不可欠だ」と主張した。」とある。判決もそれを追認した。
だとすると、安倍政権の籾井会長や百田委員の任命は、どう捉えたら良いのだろう?NHKの不偏不党に介入する政権から、どう守ろうとしているのだろう?
NHKの主張と判決が、政権によって踏みにじられているのが現実。それが許される仕組みがある。

実は、自分は大のNHKファン。いや、民放嫌いだった。特に民放のバラエティーがキライで、ズラリと並んでガハガハ笑ったり、食べ物をクチャクチャする口元を大写しするシーンが大キライだった。つまり自分はNHKしか見ない。逆にカミさんは民放しか見ない。
長い間のそのスタンスが劇的に変わったのが、「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」という籾井会長の出現。
これによって、NHKニュースや報道のスタンスに疑念が湧き、それ以来民放のニュースを見るようになった。
民放のニュースや報道番組のスタンスは、自分はどうも思い込みがある。TV朝日=朝日新聞、日テレ=読売新聞、TBS=毎日新聞、フジテレビ=産経新聞・・・
それで、ついTV朝日やTBSを良く見るようになった。

報道姿勢を除くと、NHKはやはりスゴイと思う、自分はドキュメンタリー番組が好きだが、NHKの番組はさすがである。
昨日のNHKスペシャル「追跡 東大研究不正~ゆらぐ科学立国ニッポン~」(2017/12/10放送)も、さすがだった。

ドキュメンタリーといえば、実は自分は4K番組視聴のために、スカパーの「日本映画専門チャンネル」を契約しているが、「東海テレビドキュメンタリー傑作選」(ここ)が素晴らしい。(2017/12/10~12放送)。
このシリーズは前から放送しているらしく、今回は新作含めて19作品。
自分の好きなNHK BSの「ザ・ベストテレビ」。民放を含めたドキュメンタリー番組の受賞作品だが、東海テレビは受賞の常連。それらがまとめて見られる。
このように民放も頑張っているが、NHKはやはり老舗。

NHKは今回の最高裁判決を肝に銘じ、籾井前会長の報道姿勢は論外で、今後の“不偏不党”は当然として、NHKでしか作れない秀逸な番組を期待したいものだ。
そして政権のNHKへの介入を、“今回最高裁判決を逆手に取って”何とか拒否して欲しいもの・・・。

171211sirokuro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年12月10日 (日)

沖縄旅行~その2

カミさんと三泊三日(2017/12/05~08)で沖縄に行ってきた。そのときの写真集「その2」である。

<<2日目~2017/12/07>>
朝食を早々に、8時半頃出発。天気は曇天。残念!

<道の駅かでな>
まずは嘉手納基地を一望できるという「道の駅かでな」に。なるほど、屋上に上がると目の前が基地。次々と飛行機が飛び立つ。望遠鏡で覗くと、遠い格納庫の中に戦闘機が見える。今回の旅行で一番基地を意識した瞬間であった。

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<海中道路>
天気が良ければ、昨日の古宇利大橋のように、ブルーの海が見られただろうに、とにかく残念。海が青くない。早々に引き上げた。沖縄の旅行はやはり夏の天気が良いときが旬!?

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<斎場御嶽(せーふぁうたき)>
沖縄の地名は、北海道と同じく、漢字の読み方が難しい。これも“さいじょうみたけ”と読みたいところ。しかし世界遺産だと言うから、これは自分が無知なだけ。
駐車場から少々遠い。入場券売り場のそばで、団子状の揚げパンを買ってそれをほおばりながら歩く。この揚げパン、Netで見ると「サーターアンダーギーは、沖縄県の揚げ菓子の一種。その名の通り砂糖を使用した生地を用いる球状の揚げドーナツである。首里方言で、サーターは砂糖、アンダーギーはアンダ(油)+アギ(揚げ)+語尾を伸ばすことで「油で揚げたもの」という意味になる。縁起の良い菓子とされる。」という解説があった。結構おいしい。
入り口で数分間の紹介ビデオを見てから入ると、霊験あらたかな森の中。石畳の道を歩くと祭壇がある。ここも高校生が多い。確かに聖地である。何かを感じる。

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<アジアン・ハーブレストラン カフェくるくま>
カーナビが裏道?を案内するので、急坂を登ってやっとたどり着いた。こんな所に店があるのかなと思いつつ・・・。表道路だったら楽だった。
それが結構大きなレストラン。タイ政府公認とある。標高140mというテラスからの眺めは最高(のハズ)。ただし今日は天気が良くないのでイマイチ。でも途中で少し陽が差して来た時には海が青くなった。ここも外人さんが多い。
注文はカレー。「ポークカレー」と言ったら、店員さんが「辛いのですが大丈夫ですか?」と聞く。良く見るとメニューに唐辛子のマークが5つ。それでマーク2つのビーフカレーを注文。
これが美味しかった。たっぷりのカレー。いやはや我が家のカレーにも匹敵する味。今回の旅行で一番気に入った料理だった。

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帰路に「ニライ橋・カナイ橋」も通ったが、青空でないので、景色もイマイチ。とにかく晴天でないと、せっかくの景色も台無しだ。

<平和祈念公園>
この公園と、次の「ひめゆりの塔」は30年前に来たときのことを覚えている。10月だったが、とにかく暑く、各県の慰霊碑から帰るのがツラくて、しばらくバスが来るのを待った記憶がある。
着くや「100円で一周しますよ」と声を掛けてくる。電気自動車で園内を回ってくれるという。それで、昔の記憶があるので、乗ることにした。これが大正解。広い園内を一回り。少々スピードが速くて良く見られなかったが・・・。ここも、とにかく高校生が多い。

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「沖縄県平和祈念資料館」で降り、館内を見学。「展示むずびのことば」が印象に残った。

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そして沖縄の犠牲者の刻印の「平和の礎」は、前回の記憶が鮮明に残っていた。

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<ひめゆりの塔>
ここも前回来た記憶がある。入り口に献花の売り場がある。カミさんが200円で買って花を供える。
前も思ったが、突然の穴(ひめゆり部隊の洞窟)に戸惑う。当時は、周囲は何も無かったのだろう。ただ洞窟があった。それが70年を経て、周囲が整備された結果、当時の洞窟のみが保存された?
そもそも沖縄は珊瑚礁の島だという。よって島に洞窟が多く、水は心配なかったという。

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帰りは「道の駅いとまん」に寄ってからホテルへ。
この帰路が渋滞で大変だった。国道58号をただひたすら北上するのだが、那覇市内の渋滞。3車線だが外側1車線は17:30~19:00はバス専用とある。タクシーもOKらしい。18:50くらいからその車線に車が乗り入れ、やっと順調に走り出した。40数キロで2時間半かかった。那覇の渋滞は聞いていたが、夕方の渋滞を体験。

<<3日目~2017/12/08>>
さて最終日。天気は雨模様。今日の目的は「美ら海水族館」のみ。出来たら、帰りに首里公園にも行きたかったが、昨夜の渋滞を見て、飛行機の時間に遅れることを危惧して、首里公園はあきらめた。そして高速を1時間半走って水族館に到着。

<沖縄美ら海水族館>
ここも30年前に観光バスで来たことがある。ただ大きな水槽の記憶だけがある。行ってみると、とにかく規模が大きい。そして2日間の休館明けのせいか、外人が多い。

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やはり圧巻は「黒潮」の大水槽。2匹の大きなジンベイザメが悠々と泳ぐ。この大水槽は、深さ10m、幅35m、奥行き27m。そしてジンベイザメは、オスが体長8.6m、メスが7.8mもあるという。1匹は小判鮫?を引き連れている。

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時間はちょうどランチ時。カフェ「オーシャンブルー」で、20分待てば水槽に面した席が取れるという。そこでランチ。ここも外人が多い。タコライスとスパゲッティを頼んだが各600円と安い。味はそれなりだったが・・・。
足下で、お魚が休んでいる。確かに魚も休息が必要なのだろう。

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ついでに他の水槽の写真も少々。

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そして帰路に。道路のそばにお墓が見える。沖縄のお墓は大きく、まさに石の家。なるほど、これなら戦争の時に、直撃さえ受けなければ防空壕になる。

レンタカー屋に着いたのが3時。3日間の走行距離は486キロだった。
バスで空港に送って貰ったが、掲示板を見ると17:00発の予定が17:10になっている。時間があるので、A&Wという店でコーヒーを飲んで時間を潰す。
結局、乗る飛行機が着いたのが16:50。遅いな、と思っていたら、何と出発が17:45に変更になっていた。そして羽田に着いたのが、45分遅れの19:55だった。
羽田に着いた時の寒さ・・・。いやはや東京は北国だ。いや、沖縄は天国(南国)だ。
暮らすのは南国に限る。彼の大谷選手も、大リーグはロスの球団に決めたと言うが、札幌の寒さでよほど懲りたのだろう。決めた本音は、意外と気候かも知れないな。

というワケで、前泊を含めて久しぶりの3泊3日の旅行だった。天候は残念だったが、特にトラブルもなく、運転で眠かったが事故もなく、体調も問題無く、無事に過ぎた旅行であった。
次の日の朝に迎えに行った愛犬・メイ子は、その後、案の定体調を崩して苦戦中。15歳の老犬にとって、3泊のお泊まりでストレスが溜まったのだろう。

お疲れさまでした~。

(関連記事)
沖縄旅行~その1 

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2017年12月 9日 (土)

沖縄旅行~その1

カミさんと三泊三日(2017/12/05~08)で沖縄に行ってきた。今日はその写真集。
先日、弟が計画していたスペイン旅行が急病でキャンセルせざるを得なくなったという話を聞き、行けるときに行っておかないと・・・と、前からカミさんが行きたいと言っていた沖縄に行くことにした。「ホテル日航アリビラ」の2泊3日で、ガソリン満タン返し不要のレンタカー付というコース。二人で89,000円也。愛犬メイ子は近くのペットホテルに預けるしかない。

飛行機の時間帯によって、料金が追加となる。現地での滞在時間を確保する為、朝早い飛行機にして、羽田で前泊することにした。羽田のカプセルホテルは1泊5000円なので、自宅から朝一番のバスで出発して割増料金の飛行機に乗るのと、あまり違わない。
前泊は「ファーストキャビン羽田ターミナル1」(ここ)。19時からなので、20時頃に着いた。場所が羽田の第1ターミナル1Fにあるので便利。
受付で入室カードを貰うが、女性の大浴場が故障中とのことで、カミさんは4000円。男女は完全に分かれており、寝室とトイレ・洗面所・浴室もドアで別になっている。迷路のような廊下。9時頃に大浴場に入ってみたが、誰も居ないので貸し切り状態で極楽極楽。
女性用は満室に近かったらしいが、男性用は、3~4割では?さすがに、夜中にかけて、入室者の音がうるさかった。しかし、心配していた隣室の騒音も聞こえず、夜着やタオルもあるので手ぶらで泊まれた。初めてのカプセルホテルの体験だったが、まあまあ便利。
それに、受付の隣の部屋では軽食の自動販売機もあるという。

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<<1日目~2017/12/06>>
さて6:40の飛行機で沖縄に出発。ホテルの目の前から第2ターミナルへの連絡バスが出るのでこれも便利。定刻通り9時半に那覇空港着。カミさんはDFSの免税店で化粧品を買う。出発の時に商品を受け取るという。着いてビックリはその暖かさ。ずっと17度~20度以上あった。下着とシャツだけで充分。南国だ~~。(逆に、帰りの羽田に着いた時は凍えた!)

空港前のレンタカー受付でバスを待ち、レンタカー屋へ。さすがにたくさんのレンタカー屋が並んでいた。車は乗り慣れたヴィッツ。
さてレンタカーでのコースだが、出発の前に、カミさんが行きたいスポットを地図に印し、一筆書きでレンタカーでのルートを作成したが、何と美ら水族館が12月の第一(水)と(木)が休みという。大当たり。よって、ここだけは最終日の(金)に行くしかない。それで、1日目は本部半島、2日目が県南に行くことにして、3日目は水族館とした。

<アグリショップ しまちゅらら>
沖縄自動車道を終点の許田で降りる。ETCカードを持参したので、スイスイ。もちろん道路はガラガラ。最初に行ったのが「アグリショップ しまちゅらら」というショップ。良く分からない。

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<山原そば>
それから昼食の「やんばるそば」を食べる為「山原そば」という店に。これが超有名店らしいが、店の外観にビックリ。恐る恐る近寄ってみると、確かに中で客が食べている。ガタピシの入り口を入ると、結構人が居る。「ソーキそば」を頼む。ソーキとは豚の骨付き肉。自分はどうも苦手だったが、カミさんはペロリ。

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<農芸茶屋 四季の彩>
次に行ったのが近くの「農芸茶屋 四季の彩」。入り口はまるで民家。実に沖縄の家らしいたたずまい。客は居なかったがコーヒーを飲む。ネコがひなたぼっこ。トイレに行ったら、男子用の便器の内側にホースで水が引いてある。名の通りの“水洗便器”にビックリ。帰るときに、やはりガイドブック頼りらしい客とすれ違った。ガイドブックの威力はスゴイ。フリではなかなか来られない店。

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<古宇利大橋>
今回の旅で、最も良かったのがこの橋。全長2キロの橋と、まさにエメラルドグリーンの海。晴天のためか、とにかく海の色がきれい。
実は、自分は沖縄は1986年10月15日~19日に行ったことがある。石川火力発電所の仕事が終わったあとの(土)(日)に、一人で2日に亘って観光バスに乗った。そのときが曇天だったこともあり、沖縄の海がきれいとの印象は無かった。しかしやはり天気次第。今日の海は美しかった。

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<道の駅許田>
帰りに、「道の駅許田」に寄った。ここは沖縄にたくさんある道の駅の中でも有名らしい。特に宝くじ売り場は、高額当選者続出で全国的にも有名とか。それでダメ元で、年末ジャンボを連番で買ってはみたが、あまり当たる気がしない。

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<万座毛>
ホテルへの道筋で、次に寄ったのが万座毛。夕暮れ近かったが、外国の人ばかり。前に見た東尋坊と似ている。遠く日航のホテルが見える。東尋坊と違って、ここは自殺の名所ではないようだ。そして「おんなの駅」に寄ったあと、ホテルに。

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<ホテル日航アリビラ>
400室の豪勢なホテルが、家の一軒もないサトウキビ畑の端にあった。ホテルの庭は照明がきれい。前の海はホテル専用の海水浴場になっている。夏はさぞにぎやかだろう。

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部屋は最上階の9階だった。これも結構豪華。ガイドブックを見ると、このホテルは1泊朝食付で2万4千円から、らしいので、幾ら今回はパックとは言え、相当安くなっている。それと、ビックリしたのが、高校生の団体が入っていた。コンビニがあったので行ってみたが、高校生でいっぱい・・・。少々白けた。まあ我々も安く泊まっているのでエラそうなことは言えない。もう一つビックリしたのが、朝食バイキングの料理の豊富さ。評判通りである。
カミさんが「花火の音が聞こえる」と言うのでベランダに出てみたら、遠く打ち上げ花火が見える。後でフロントに聞いたら、誰かの結婚式で、私的に打ち上げたのだろう、とのこと。

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おっと、だいぶん長くなってしまった。今日は「その1」として、続きは明日書くことにしよう。

(関連記事)
沖縄旅行~その2 

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2017年12月 5日 (火)

自分の毒をどこに吐く?

先日の朝日新聞の記事。
「(日曜に想う)暮れの日々、不機嫌に一利もなし 編集委員・福島申二
 エッセーや小説を読んでいて、さりげなく差し挿(はさ)まれたようなひとことが胸にしみるときがある。
 信州で暮らす内科医にして芥川賞作家の南木佳士(なぎけいし)さんの書くものには、そうしたひとことが目に留まり、思いを深くめぐらすことが私には多い。医師として夫としての私的な来し方を描いた短編「白い花の木の下」から引く。
 「この身が生きのびるために言葉や態度に載せて排出した毒を吸ってくれる者がいて、だからこそいまこうして生きて在る」。そんな自らの罪業の深さに思い至った夫は、にわかに妻にやさしく接するようになったと文は続いていく。
 生きるために食べて排泄(はいせつ)するのはだれもが知っている。加えて人間というものは、心の中に絶えず「毒」が生成されていて、それを言葉や態度に載せて外に逃がさぬことには生きていけない厄介な存在らしい。胸に手をあててみれば、自省の痛みを引きつつ南木さんの一節にうなずく人は、少なくないと思う。
 日々の明け暮れのなかで、ありがたくも毒を吸ってくれる近親の者がいる。しかし、仕事上、他人の毒を吸わされる人もいる。震えるような悔しさで客の毒気に耐えている人の多いことが、流通や小売りなどの労働組合でつくるUAゼンセンの実態調査から浮かび上がった。
     *
 百貨店やスーパーなどで働く約5万人にアンケートで聞くと、7割以上が悪質なクレームを経験していた。暴言が最も多いが、説教や威嚇といった行為も目立つ。土下座の要求もあったという。
 一つひとつの事例は、言葉や態度に載せて吐き出される毒また毒の連続で、読んでいるだけでつらくなる。
 いくつかを挙げると――。
 商品の返品時に「おまえはバカか、謝るしかできないのか、言葉がわからないのか」と1時間近く電話で言われた。
 在庫がないと伝えると「売る気がないのか。私が店長だったらお前なんかクビにするぞ」と延々怒られた。
 混み合う時間に、レジが進まないのはお前のせいだと言われ、並んでいる間ずっと怒られ続けた。
 これは氷山の一角で、厄介な相手の年齢性別はさまざまだ。このような理不尽が最近増えていると感じるか、との問いには5割が増えていると答えていた。
 せつない一首を思い出す。
 〈わたくしの正しき事は主張せず客の激しき言葉に耐へゐる〉山口英子
 30年ほど前に出た「会社万葉集」(光文社)という本の中に見つけ、ノートに書き写した歌だ。作者の詳しい職種はわからないが、唇をかむように自分を押し殺す姿が浮かんで痛々しい。
 言った側は忘れても、言われた側は長く尾を引く。小売店舗にかぎらない。日本中のサービス業の現場で一日に吐かれる毒の総量は、一体どれぐらいになるのだろうと想像すれば空恐ろしい。
     *
 人が暮らしていくうえで、法律より広くモラルや常識の守備範囲がある。法律は人に、店で高飛車になるなと命じないし、他人に毒づくなとも言わない。しかし今、さまざまな場面で、人間社会の潤滑油というべきその守備範囲が、哀れに細っているように思われてならない。
 さて、今年も師走である。
 せき立てられるような季節は、腹の中に険しい感情をためやすく、言葉や態度に載せた毒がその量を増すときかもしれない。作家の幸田文は昭和の半ば、せわしい年の瀬の情景を小紙に寄せた。
 「歩道だって素直には歩けない、人がみんなやけにぶつかって来る。いきおい、そんならこっちからもぶつかってやれという気になって侘(わび)しかった」
 さすがにこの人は、心中に生じかけた毒を自らそっと解毒したようだ。
 聞くところでは、こうした毒の「大排出源」は男性の中高年世代というのが一説らしい。近しい人なら後で赦(ゆる)しも乞えるだろうが、どなたかとの、たまさかの一会(いちえ)を毒で苦いものにしたくはない。
 お仲間の一人として毒消しのゆとりを心身に保ちたいと思う。暮れの日々、不機嫌オーラに一利もなしと胸に畳む。」(
2017/12/03付「朝日新聞」p3より)

なかなか含蓄のある一文である。とても他人事とは思えない・・・
「人間というものは、心の中に絶えず「毒」が生成されていて、それを言葉や態度に載せて外に逃がさぬことには生きていけない厄介な存在」という指摘は、なるほど・・・と思う。
いわゆるノイローゼ。心のモヤモヤを外に向かって排出できる人は罹らないし、内にこもる人はなりやすい。だから自分を守る為に毒を外に出す・・・?
そう考えると、「毒の「大排出源」は男性の中高年世代」の原因は何だろう?
家の中では、カミさんの毒消しに追われ、会社では上司の毒消しに追われる。よって、自分の毒は、無料でかつ安心して毒を受け取ってくれる、店員さんやコールセンターに向かう、ということになる。
でもその相手はたまったものではない。

そもそもこれは“お客さまは神さま”から来ているのかも知れない。周知のように、これは日本だけの文化らしい。欧米に行くと、“売ってやる”が基本的なスタンス。これは単なる役割分担の考え方から来ているのだろう。
これを見直そうという機運になっているのは、ヤマト運輸の最近の改善にも見て取れる。

昔、現役の時、電力会社に納めたシステムでトラブルと、その説明と謝罪が大変だった。それでいつも「オレだって電気料金を払っている立場からすると、電力のお客だ!」と毒づいたもの。でも同僚から「お客のところで、それを言ってみたら?」と茶化され、「言えるワケないだろう」と・・・

上の指摘、自分にも心当たりが無い訳でもないので、心することにしよう。しかし、自分のはけ口をどこに求めるか?
何せ、「人間というものは、心の中に絶えず「毒」が生成されていて、それを言葉や態度に載せて外に逃がさぬことには生きていけない厄介な存在」なので・・・

171205gatagata <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年12月 3日 (日)

トイレ行列で「お先にどうぞ」~後の人から「勝手に譲るな!」

YAHOO!のサイトを覗いていたら、「Yahoo!ニュース」の「アクセスランキング(国内)」の1位がこんな記事だった。
トイレ行列で「泣きそうな」女児に「お先にどうぞ」 後の人から「勝手に譲るな!」
 公共のトイレに長い行列ができていた。そこに泣きそうな女児を連れた母親がやってきて絶望的な顔をしたため列の先頭に居た自分が譲ったところ、「後ろの人のことも考えろ!」と怒られた。そんなツイートがネット上で賛否両論の大議論になっている。
 トイレを譲った人に対し「かっこいい!」「こんな大人でありたい!」という大絶賛のなか、「勝手に割り込ませるのはどうなのか?」「大人だって漏れそうなピンチはある」といった反発が起きている。

■「優しさの連鎖。素敵ですね」「かっこよすぎますよ!」
 話題のツイートは2017年11月30日に投稿されたもので、あらましはこんな具合だ。公共のトイレに長い行列ができ、自分が先頭に居た時に泣きそうな女児を連れた母親がやってきて絶望的な課顔をしたため「お先にどうぞ」と譲ってあげたところ、後ろ3番目くらいに並んでいた女性から、
171203toire   「勝手に譲るな、後ろの人のことも考えろ」
と怒られた。それで自分はそこを離れ列の一番後ろに並び直すことにした。怒った女性の順番は変わらない、と考えたためだ。すると、自分の後ろにいた2人も並び直したため怒った女性が列の先頭になり、ブツブツ言いながらトイレの個室に入って行った。自分も子連れの時に譲ってもらったことがあるし、子供の頃に間に合わずにお漏らしをして母親を困らせたことがある。もちろん大人でも切羽詰った状態の時もあり、自分の言動で怒った女性に恥をかかせてしまったのかもしれないが、
  「自分が逆の立場だったら、って常に考えてると損することも多いけど、思いやりをもって生きてる方が自分が気持ちいいですよね」
と結んだ。
 これに対し絶賛の声があがり、
  「優しさの連鎖。素敵ですね」
  「素敵。子供連れてのあのショック度ったらね。かっこよすぎますよ!」
  「私も子供小さい時は譲ってもらった事あるし、譲った事もある。 理屈とかじゃなくて切羽詰まった小さい女の子をどうにか助けたいって普通は思うんじゃないかなあ」
などといったことがツイッターや掲示板に書き込まれたが、
  「勝手に割り込ますのは美談でもなんでもないわ!」
などといった反発が結構多く出て大論争に発展している。
それが善意でも他人に強要する免罪符にはならない
 批判的意見としては、
  「とりあえず後ろには確認しろよ。並んでる立場だったら文句は言わないけど、イラっとはくるわ」
  「女の子に譲るのは自分の中の善意であって、それが善意だからと言って後ろに並んでいる人にまで強要できる免罪符にはならない」
  「お腹の手術してからおトイレ我慢出来なくなった。順番は守るけど小さい子に譲る余裕はない。本当にごめんね」
などといった意見が掲示板に書き込まれた。そして、
  「子供に譲るのは間違ってないけど、譲ったのなら最初から譲った本人は後ろに並ぶべき」
  「どっちの気持ちもわかるから、どちらかが悪いとか言えない」
といった感想も書き込まれている。」(
2017/12/03 J-CASTニュースここより)

誰でも、公衆トイレでは色々な体験があり、この光景も目に浮かぶのでは?
このケースの場合、やはり譲る時は、後の人に「譲ってあげて良いですか?」と声を掛けるか、自分が一番後に並び直すのが良いのだろう。

自分も現役時代、電車に乗るとお腹の具合が悪くなることが多かった。今で言う過敏性大腸症候群だったのかも知れない。だから電車は苦手だった。
今でも思い出すのが、現役時代に、ある顧客の所に行く為に、電車に乗ったところ、ある乗換駅でお腹がヤバイ。直ぐにトイレに駆け込んだが、通勤時間帯のために、数人が並んでいる。でも我慢出来ない。並んでいる人を無視して、個室をドンドン。並んでいる人のことまで考えられない。すると一つ個室が空いた。先頭の人に「良いですか?」と聞いて、うなずくのを見るや個室に飛び込み、間に合った。後の人の事を考え、直ぐに個室を出たが、先頭の人は居なかった。お礼に千円札でも渡そうかと思っていたが・・・
この時、もし間に合っていなかったら、スーツを汚し、そのままでは駅での同僚との待ち合わせにも間に合わず、相手の会社にも行けなかった。今考えても、ゾッとする経験。

電車の中でお腹の具合が悪くなったとき、“その後”の事を考えると、恥も外聞もなく対処するしかない。いまだに覚えているのが、新橋駅での出来事。ある朝の通勤時間帯に、新橋駅の階段下のトイレに行くと、中年のサラリーマンが、個室の前で、新聞紙を敷いて、そこにズボンを下ろして下痢っていた。公衆の面前で、いくら個室が空かないと言っても・・・と、その時は思ったが、その後、これはサラリーマンの鏡だと思うようになった。
この人も、そのピンチさえ乗り越えられれば、何事も無かったように、その後の仕事が出来る。しかし、もしスーツを汚していたら、その後の対処は大変な事になる。ズボンの処置、会社への連絡、その他諸々。つまりサラリーマンは絶対にスーツを汚(漏ら)してはならない。

それで自分は、前に譲って貰った体験から、その後は“それ風”の人には譲るようにしている。つまり、自分の後に並んでいる人の様子が変だったら「お先に入りますか?」と声を掛けるようにしている。
しかし困るのが、並んでいないので、個室で“ゆっくり”していたら、個室を出たら並んでいた、という場合。別に人に迷惑を掛ける気が無いので、さっさと出ればよいだけのことだが・・・・。よって、男の場合、並んでいなくても、緊急事態の場合は、ドアをトントン叩く。自分が入っている場合は、急ぐ人が居ることが分かって直ぐに出るし、逆の場合も「用が済んでいたらスマホなどいじってないで早く出てくれ」の合図になる。

何事も、そして幾ら知らない人との間でも、優しさと品位を持って行動したいものである。(自分が持ち合わせていないだけに・・・トホホ)

171203toir <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年11月30日 (木)

日本語の表現力の素晴らしさ~ノベライズ作家…豊田美加氏の話

先日、NHKラジオ第2の「文化講演会「映像を小説にする、楽しさと難しさ」ノベライズ作家…豊田美加」(2017/11/19放送)を聞いた。日本語について、なかなか興味深い話であった。

NHKのサイトにこう解説がある。
「「映像を小説にする、楽しさと難しさ」ノベライズ作家…豊田美加
171130toyodamika 台詞とト書きで構成される映画やドラマの脚本を、ストーリーを膨らませつつ、時には創作を加え小説に仕立てる、こうして豊田さんが手がけたノベライズ小説は大河ドラマ「おんな城主 直虎」など40冊以上になる。小説化するとき重要なのは語彙力だという。例えば「笑う」も微笑・苦笑・破顔など様々あり、その場面に相応しい表現を探す苦労がある。日本語の奥深さと向き合うノベライズ作家が、その舞台裏を語る。」(
NHKのここより)

少し聞いてみよう。
<文化講演会「映像を小説にする、楽しさと難しさ」ノベライズ作家…豊田美加>

*この番組の全部(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

・日本語は語彙が豊かで素晴らしい言語。
・「8色の絵の具(語彙)と200色の絵の具、どちらが色彩豊かで美しいと思いますか?」
・日本語には複合動詞がたくさんある。すべてニュアンスが違う。外国語には無いので、外国の人はそれが苦手。
・日本語を90%理解する為に必要な語彙数は1万語。それに対して英語は3000語、スペイン語・フランス語は2000語。子どもたちでも頭の中に1万語の語彙が入っている。
・大学生は5万語、広辞苑は24万語入っていて100%日本語を理解する。
・日本語は喜怒哀楽の言葉が豊か。
・言葉で感性が磨かれる。
・擬態語も日本語は豊か。英語は350語、日本語は1200語。
・源氏物語で、紫式部は黒髪の擬態語で3つ書き分けている。「つやつや」は主人公クラスの女性。「はらはら」は脇役の女性、「ゆらゆら」は子供。
・台湾は、戦前は日本が統治していた50年間、日本語が母国語だったので、85歳位以上の人は、日本語が流ちょう。しかしその後国民党が入ってきた以降は、逆に日本語禁止。だから戦前の日本語のキレイな大和言葉がそのまま残っている。

思い返すと、我々が台湾に行ったのは2002年8月だった。夜、ホテルの近くのコンビニで、台湾のラーメンを選んでいると、普段着姿のおじいさんが「何か困っていることがありますか?日本語が出来ますよ」と声をかけてきた。その時はビックリしたが、戦前は日本語教育が為されていたことを改めて知った。

話を戻そう。そもそも「ノベライズ作家」という存在を初めて知った。ノベライズとは「小説化」の意味だという。なるほど、脚本が先にあるので、創造というより原本の拡大化。
小説は、いわゆる映像を文字化する作業。文字によって、読者の頭の中に映像を想像させる。小説家の表現力は大変なもの。
カミさんが好きでいつも見ているTBSテレビの「プレバト!!」。その「俳句の才能査定ランキング」で夏井先生が、いつも「映像」のことを言う。俳句の短い言葉で、読み手に映像を想像させないとダメ・・・と。

言葉によって磨かれる感性と表現力。
このblogも、文字によって何かを表現することは同じ。自分は外国語大キライ人間なので、外国語と日本語とを比較することは出来ないが、言われてみると、確かに日本語は表現の豊かさで、素晴らしいのかも知れない。
下の孫も、そろそろ1歳半。上のお姉ちゃんのマネが大好きなので、そろそろしゃべり出すかな??
改めて日本語というものを客観視させられた話であった。

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