2016年9月29日 (木)

バーチャルの海外旅行はいかが?~シカゴ・リオデジャネイロ紀行

さて今回は、“団塊Kさんの海外一人旅・紀行”で、「シカゴとリオデジャネイロ紀行」である。Kさんの2016年3月の一人旅。南米の空や風景が美しい。

★(ここ)にオリジナル「シカゴ・リオデジャネイロ紀行(44頁)」(2016年3月16日~23日)のPDFを置きます。

相変わらずの“事件”である。今回のアクシデントは、シカゴでのタクシーでのポッタクリ、そしてリオでの“賊”に襲われた事件。
いやはやブラジルも怖い。リオ五輪の反対デモで、「地獄へようこそ」というプラカードをテレビで見たが、あながちウソではなかったようだ。でも無事に帰国出来て何より。
それにしてもリオ五輪の5ヶ月前のリオ訪問だが、五輪の雰囲気が出て来ない。現地では、五輪はまだまだ先だったのかも・・・

いつも思うのだが、Kさんの“語学力あればこそ”の一人旅。今回もスペイン語を駆使して“戦って”いる。それに、誰彼無しに声をかける度胸は、天性のものなのだろう。

しかしそれで、まさに“世界”が広がる。いやはやたいしたもの。

話は変わるが、先日、(今更、だが)檀一雄の「火宅の人」を読んだ。この中に、かなりの長文で、招待された海外旅行の話が出てくる。これを読みながら、Kさんの紀行文とよく似ているな、と思った。Kさんの場合は、たった数日間の短い旅行だが、起こった出来事の詳細なドキュメンタリーはなかなかのもの。

著者Kさんの了解のもとに、今回から「団塊Kさんの海外一人旅・紀行」というカテゴリでシリーズ化したので、次回もお楽しみに。
“バーチャル”の一人旅ではある。

160929jiari <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年9月27日 (火)

「トイレ我慢できない… 運転士どうする?」~準備の心構え

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(ニュースQ3)トイレ我慢できない… 運転士どうする?
 JR東日本の運転士が、停車中の電車の運転席から外へ放尿していたことが問題になった。乗務中にあるまじき行為だが、さりとて生理現象は抑えられない。どう対処すればよいのか。
 ■停車駅で放尿発覚
 12日午後5時15分ごろ。総武線の上り普通列車が佐倉駅(千葉県)に停車すると、50代の男性運転士がホームと反対側の運転席のドアを開け、線路上に小便をし始めた。目撃160927jr 者が駅に通報して発覚。同社千葉支社が聞き取ったところ、運転士は「我慢できなかった」と反省したという。
 問題が起きたのは、始発駅を出た約1時間半後。終点の千葉駅まであと約20分だった。だが、電車は4両から8両に増結して折り返すことになっており、千葉駅では乗客を降ろした後、車両を連結させる作業が待っていた。運転士は「尿意があると作業に集中できないし、トイレに行けば作業に遅れると思った」と釈明したという。
 ■降りて遅延「怖い」
 JR東によると、運転士は輸送指令室に無線連絡すれば、停車中に駅や車内のトイレを使うことが認められている。ただ、佐倉駅での停車時間は約1分。駅構内のトイレまでは階段を往復しなければならない。運転士は乗務歴20年以上だが、過去にも数回、同様に用を足したことがあるという。
 新幹線の運転士経験のある30代のJR社員は「気持ちはわからなくはないが……」と話す。運転席につけば2時間以上降りられない。乗務前には必ずトイレに行った。特に腹痛のときは水分を取って無理に用を済ませたり、下痢止めを忍ばせたり。携帯トイレを運転席に持ちこむ同僚もいた。
 手続きを踏めば停車駅でトイレに行くことは認められ、罰則もなかったが、「安全と並んで時間は厳守。自分のことで遅れてはいけないという怖さがあった」。とはいえ、「運転席からするのは、ホームから立ちションするのと同じ。ありえない」と話す。
 トイレに行けず、悲劇につながった例もある。営団地下鉄(現・東京メトロ)の東西線で1977年、走行中の電車から車掌が転落死した。車掌室のドアが開き、ズボンが下りていたことなどから、用便中にカーブで振り落とされたとみられている。
 同様に長時間乗務が続く飛行機のパイロット。コックピットには機長と副操縦士がおり、1人が客室のトイレを使う間はもう1人が残って操縦する。ただ、相方がいても安心はできない。フランスでは2015年、独ジャーマンウィングス機の副操縦士が、トイレに行った機長をコックピットから閉め出して故意に墜落させ、150人が死亡した。日本や欧州の航空会社はその後、トイレの際は代わりに客室乗務員などがコックピットに入る「常時2人制」を取っている。
 ■病気の可能性注意
 JRの運転士に健康問題はなかったのか。日大の高橋悟主任教授(泌尿器科)は、尿意を我慢できずに過去にも繰り返していた点から、膀胱(ぼうこう)が縮むなどして急に強い尿意に襲われる「過活動膀胱」の可能性が高いとみる。40歳以上の日本人の10人に1人にみられ、特に50代の男性では、前立腺肥大に伴うものが多くなるという。「過活動膀胱は薬で治療できるが、産業医でも認識は薄い。長時間持ち場を離れられない職種では、雇用する側が健康管理の対象に入れてもいいのではないか」(工藤隆治)」(
2016/09/27付「朝日新聞」p37より)

最近の電車の運転の話題では、運転席でスマホをいじっていたとか、新幹線で運転台に足を乗せて走っていたとかの話があった。しかし、今日の話は切実だ。
自分はバスの運転手さんを見る度に、「大変な仕事だな」と思っていた。駅の外にトイレがある場所では、よく運転手さんが行っていた。バスの折り返し場でもトイレは設置してある。しかし、渋滞の時など、1時間以上の連続運転はザラでは?
この電車の例も同じ。自分など、絶対にトイレに行けない状況、と聞いただけでダメ。だからバスの旅行なども苦手。
たまたま自分は、現役時代、重要な会議などを除くと、自由にトイレに行ける環境での仕事だったので、楽だった。しかし、簡単にはトイレに行けない仕事は無数にある。その代表が運転手や車掌さん。他に迷惑が掛かる。上の電車の例でも、「運転士は輸送指令室に無線連絡すれば、停車中に駅や車内のトイレを使うことが認められている。」となっていても、それを実行した人がどれだけいるのか。ほとんど乗客がいないローカル線ならいざ知らず、2分間隔で走っている中央快速線などでは、絵に描いた餅では?

とは言っても、運転手もプロ。誰も用心はするだろう。
前に、英国のエリザベス女王は、行事の前にはほとんど水分を採らない、と聞いたことがある。女王もプロなのである。

そうは言っても、人間は生身。用心していても、何があるか分からない。上の“解”は、記事にもあるような携帯トイレを自分で運転席に持ち込むこと位しか無いのかも・・・
我が家でも、車のダッシュボードには、携帯トイレを入れてある。しかし幸いにも使った事はない。何事も用心なのである。

上の運転手も、それが日常的だと「×」だな。「やむを得ない」という情状よりも、モラルの問題になってしまう。逆に、それが初犯なら許す事になろう。

常に最悪を考えて、準備しておく。何事もそれが肝要。
思い起こすと、自分の通勤カバンには、何があっても対処できるように、色々なものを入れていた。携帯トイレこそ無かったが(昔は入れていた)、予備のクレジットカードをはじめ、頭痛の薬から名刺の予備まで、どんな緊急事態になっても、このカバンさえ持っていけば、何とかなった。まあ女性の重いハンドバックと同じだな・・・
その通勤カバンも、活躍の場を失って、ほこりを被ったままもう半年・・・・。
現役を退いて、この運転手さんと同じ状況はもう考えられず、「毎日が何と楽か!」という今の堕落の生活に、今更ながらハッとした!?

160927carnabi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年9月26日 (月)

映画「シン・ゴジラ」を見る

今日はカミさんと、映画「シン・ゴジラ」を見てきた。
この映画は、前からウワサでは聞いていたが、わざわざ映画館に行く気にはなっていなかった。しかし、先日、読売新聞の記事を読んで、俄然行って見る気になった。その記事というのがこれ・・・

「[地球を読む]非常時の危機対応 ゴジラにどう立ち向かう
  青山学院大学特任教授 御厨 貴 

 「この国はまだまだやれる」。映画「シン・ゴジラ」の中で、ゴジラ対策の任を負った官邸の政治家・矢口蘭堂のセリフに、ホッとした。今、社会現象となった話題の映画「シン・ゴジラ」はお子様向け娯楽映画ではなく、大人の鑑賞に堪える、いや大人向けの政治映画である。スクリーンに2時間くぎ付けとなること間違いなしだ。
160926mikuriya  始まってすぐ、これは3・11東日本大震災と福島原発事故、そして日米安全保障条約が絡んだ物語だと誰しも分かる。この5年間を経験した日本人につきつけられた「非常時にどう立ち向かうか」の問いに、見る者は待ったなしの感覚を持たされる。これ、考えないようにしてきたなと。
 コトが起きても案の定、政治は何も決められない。そもそも突然、東京湾に出現した“巨大不明生物”の存在を認めるか否かで、政治はあたふたするのだ。何も決められない、様子見だ! いつものことながら。
 政治決定のトライアングル―政治家・有識者・官邸―は、混乱の極みに陥る。中でも緊急時にトンチンカンな回答しか出せぬ有識者の役立たずぶりが、徹底的にカリカチュアライズされる。多くの政治家たちは、閣議や対策本部で無意味な感慨の吐露に終始する。しかし“決定権”を握る政治家は、いやが応でも現実と対峙たいじせざるをえない。
 そこで“不作為の均衡”を打破するのが、長谷川博己演ずる若き政務の官房副長官矢口蘭堂である。物語はそこから猛烈なスピード感をもって始まる。
 本来管轄が多岐にわたる複合課題は、まずは官僚体制内部の調整に手間取る。“不作為の均衡”が破られたからと言って、それはすぐには変わらない。
 各省庁のタテワリのかべは、ゴジラといえども破壊できぬ強さを誇るが、“外圧”への危機対応が進む中、一気に「決断力」が見えてくる。
 そのための人材集結がまた示唆的だ。政治家―官僚システムから疎外され除外された異端者、変わり者たちが各界から呼び出される。彼らは自分のオタク的興味でもってコトにあたる。あたかもゲームを楽しむかのように。そこに国家は意識されない。
 さらにここでは肩書と上下関係は無用だ。人材は育てられるものではない。その社会がどれだけ異端者を抱え込むゆとりを持っているか否か、そのノリシロの大きさこそが必要なのだと分かる。
 登場人物のセリフの言い回しは早いし、場面転換もめまぐるしい。その中でネマワシにこだわる官僚の自嘲的発言や行動様式がマメに描かれていく。このディテールの積み重ねが、デジャブのように3・11直後の日本を記憶から呼びさます。第2次世界大戦後を長く規定した「戦後」を脱して、「災後」の時代が到来したことを再確認できる。
“共存”する「災後」体制へ
 ゴジラは成長する。凶暴化するゴジラへの対応の中で、実は政治家や官僚も成長する。矢口蘭堂はもとより、他の政治家たちも危機に臨んで成長する。そこに「危機の政治過程」が成立するのだ。
 「この国も捨てたもんじゃない」。それは絶望の中で未来を託された政治家の発言だ。「スクラップ・アンド・ビルドでこの国はこれまでも復興してきた」の一語も泣かせる。これは、ベテランの上司たちを想定外のビーム乱射で一挙に失うという、危機に直面した若き政治家たちの成長譚たんに他ならない。ゴジラの成長に伴い、政治家として成長する矢口蘭堂には男の色気が漂う。
 コトナカレ主義者も変わる。偶然の継承順位で首相臨時代理を命ぜられた政治家は、自他ともに無能とされた人物。その彼が何も出来ぬという自覚故に、あたかも下克上的要求に対し愚直に「決定」をくり返す様は、政策決定機構が極端なまでにそぎ落とされた場合、アイロニカルだが意外に有効かもしれぬと感じられた。もっとも旧陸軍的下克上と化す危険性を常に伴うものでもあるのだが。
 アメリカでは大統領継承順位がネタになることが多い。しかしここで首相の継承順位がはっきりと描かれたのは興味深い。偶然のなせるワザで5位まで決まっているのだが、それも皆死んだらどうするのかとの問題提起的発言。これはけっこうシビアな現実的な問いかけではないか。
 シビアと言えば、日米安保体制もそうだ。アメリカは日本にとって本当の友人であるのかどうか。
 ゴジラ攻撃でも米軍はあくまでもアメリカの安全を第一に見すえている。だからゴジラが世界規模の原子力拡散の脅威になった時、アメリカは「目には目を」の先制攻撃の方針を躊躇ちゅうちょなく決める。
 日本はこの決定を受け入れざるをえない。究極の日米関係がここには冷徹に描かれている。
 他方、矢口たちは独自の対ゴジラ作戦を進める。だがそれは成功したのか否か。結局ゴジラの再活性化を防ぎつつも、日本人はゴジラと“共存”せねばならぬ運命を背負うことになるからだ。
 好ましからざる“共存”は、原子力発電所と、日本人との緊張関係をそれとなく示唆する。復興の長いプロセスの中で、ゴジラとどう“共存”したらよいか。政治はそれこそ今度は時間をかけてその問いに答えねばならない。
 ゴジラを語る会、ゴジラを語るブログ、暑い夏をさらに熱くするゴジラ語りの登場であった。しかも3・11から5年、はしなくも春に熊本震災が、そして今夏は日本列島をたび重なる自然災害が襲った。風水害の光景が目に映じるたびに、人はすぐさまゴジラを思い起こす。「戦後か」「災後か」をずっと考えてきた者にとって、ゴジラの常態化が示唆するものは大きい。
 そこでやはり「災後」の観念は広がっていく。
 実は「戦後」も近代史の中でいくたびか存在した。確かに、日清「戦後」、日露「戦後」、第1次世界大「戦後」、とそれは10年ごとに日本に訪れている。そのたびに「戦後体制」が形作られたのだ。そして最大にしておそらく最後の「戦後」が、あの戦争の終戦を機に始まった。今や71年である。
 この「戦後」のアナロジーを「災後」に適用できぬわけがない。関東大震「災後」、阪神・淡路大震「災後」、東日本大震「災後」、そして熊本震「災後」と来る。東京の場合は、関東大震「災後」から20年たって東京大空襲戦「災後」に結びつく。そう、ゴジラはかつて2度東京を襲ったのだ。自然災害そして戦時災害としてだ。
 ゴジラはいつかやってくる。地震を中心とする自然災害から、今や免れることの出来ぬ日本に、もっと思いを致さねばならぬ。「防災体制」そして「災後体制」を考慮に入れて、政治は進んでいくことになろう。
 災害をすべて予防し克服することはありえない。だとしたら、ゴジラと“共存”する体制を政治はめざすことになる。
 そのためには、「あきらめず最後までこの国を見すてずにやろう」。映画が訴えた不退転のメッセージにうなずく以外になかろう。」(
2016/09/18付「読売新聞」p1より)

今日は平日なので、空いているとは思っていたが、10分前に入ったら誰も居ない。貸し切りかと思ったら、20人ほど入ってきた。残念!? まあ封切りから既に2ヶ月。とっくに旬を過ぎた映画だが、まだ一日に3回上映していた。

最初から三谷幸喜なみのウィット。政治家の動きが実にありそうで、コミカル。そして最初にゴジラの顔を見せた時は、そのコミカルな風貌に、この映画はパロディーか?と思ったほど。
160926shingodzilla “想定外”の異常事態での政治家のアタフタとする様子、そしてアメリカからの、まさに属国としての扱いは、日本の将来の姿を予見する。
最初、巨大不明生物を評して、“有識者”曰く。
「この動き。基本は蛇行ですが、補助として歩行も混じっていますね。エラらしき形状から水棲生物と仮定しても、肺魚の様な存在が推測で出来ます」
この“有識者”の無能ぶりが、今の社会でも、もてはやされている“有識者”を揶揄していて愉快。
最初にゴジラが姿を現した時の、“赤ちゃん”ゴジラの風貌には声を挙げて笑ってしまった。これからどうなるのだろうと心配しながら!?
自衛隊の出動の、「害虫駆除」という名目も愉快だし、海洋投棄された放射性廃棄物をエサに?進化したという想定も愉快。血液凝固剤の“経口投与”によってゴジラを“凍結”させるという最後の手段も奇想天外なら、その風景も福島原発の事故対応を連想させ、まさにパロディー。
その反面、アメリカを中心とする国連安保理が、都心のゴジラへの核攻撃を決議し、日本はそれに追従・・というのも、ブラックユーモア!?

ふと腕時計を見たら、上映時間の終わりまで残り10数分・・・。すると大規模な反撃。“無人在来線爆弾”が走ったと思ったら、ゴジラ近くのビルを倒してゴジラを攻撃。ビル群がリアルだったので、自分たちが今住んでいるマンションを利用された?人も多かったのでは!?

まま、ともあれ大規模なCG映画だった。ここまでダイナミックな音響と画面は、やはり家庭のテレビでは味わえない。
見終わったカミさんの評価も、好評。奢った甲斐があった!?

そして、映画の最後に延々と流されるスタッフの大規模さにも圧倒される。政府や自衛隊を初め、あらゆる組織名が延々と続く。非常に大規模な映画だという事が分かる。
なるほど・・「社会現象」という表現も分かる・・・

まあ日本も、これだけ政府を茶化しても協力が得られるので、まだまだ自由なのかも知れないな・・・と妙に感心した映画であった。
久しぶりに映画館に行って見た中では「◎」であった。楽しめた。

160926ooiocha <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年9月25日 (日)

「統合失調症の母」~医師・糸川昌成氏の話

前にも書いたが、夜寝て、1時間半ほど経つと、目が覚める事がある。その時は、開き直ってPCからウォークマンに転送しておいたNHKラジオ深夜便の番組を聞きながら、眠くなるのを待っている。
それで、昨夜聞いたのが、“明日へのことば「統合失調症の母からの贈り物」:東京都医学総合研究所病院等連携研究センター長・糸川昌成さん”(2016/09/19放送)という番組。これが少しショッキングな内容で、かえって目が覚めてしまった!?

NHKのサイトにはこう解説がある。
「糸川昌成さんは精神科の医師で、「統合失調症」研究の分野では第一人者です。
160925itokawa 実は幼いころ別れたきりになってしまった母が、統合失調症でした。糸川さんは生きているうちに再会しなかったことを悔やみ、母の死後、その足跡をたどるうちに「単に細胞を治すことだけが医療ではない、その人固有の生きる物語に寄り添うことが医療である。」ことに行きついたといいます。
番組では糸川さんに「統合失調症の母からの贈り物」と題してお話しいただきます。」(
ここより)

お話を少し聞いてみよう。

<「統合失調症の母からの贈り物」~糸川昌成氏の話>

*この番組の全部(41分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

うつ病もそうだが、統合失調症も、良い時と悪い時が交互に来るという。そして「反省と後悔」が一番悪いという。良いことだけを考えていれば良くなると言う。

自分の母親の病気の治療薬の研究を仕事としている氏の話は、かなり壮絶。
Netでググってみると、氏のこの放送以上の詳細なお話を聞く事が出来る(ここ)。それで、改めて全編聞いて(読んで)しまった。

放送では出て来なかった父親の話や、公表することでの家族の話などもあり、色々と考えさせられてしまった。(あえてコメントは差し控える。)

統合失調症は、昔は精神分裂病。この呼び方は2002年まで使われていたそうだ。
この病気の家族を持っている人は、その存在を隠す。まさにハンセン病(らい病)(ここ)と同じだ。
自分は、うつ病も統合失調症も、遺伝するとは考えていない。もちろんハンセン病も。
しかし、世の中はどうか・・・である。
上の氏の話に「私が母のことを、本を書いてその最後に母の病気のことを公表したのですが、妻が必ずしも賛成ではなかったのです。3人の子どもがいる。特に7歳の娘がいます。妻の言葉ですが、あなたは、精神障害者のためにという、こう立派な覚悟があるのかもしれない。その“立派に”というのは、まあ、とても、何か…素直な意味ではない“立派に”という言い方でしたけども。で、『親の立派な覚悟のお陰で、子ども達まで犠牲にしていいの?』というふうに言われたのです。」というくだりがある(ここ)。

世の中に偏見がある病気を家族が患っている場合の、そして、自分の両親について、自分が知らない、という人生。
我々のように平々凡々の人生からは想像出来ない人生がそこにあった。

結局、解は「家族の理解」しかないのだろう。上の、子を思う奥さんの言葉もごく普通の反応だ。それでも、家族の理解がありさえすれば、逃げ場も出来て、うつ病も克服出来る。
病気も含めて、「家族」について考えさせられた氏のお話であった。

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2016年9月24日 (土)

「売れ残った食品はどこに行く?」~食品ロス問題

先日、朝日新聞でこんな記事を読んだ。
「(フォーラム)食べ物を捨てる:4 一歩前へ
弁当→飼料→卵や肉に
 スーパーやコンビニエンスストアで売れ残った食品はどこに行くのでしょうか?
 コンビニ大手のローソン。昼下がりに東京都内の店舗で、商品を棚から撤去していました。同社によると、消費期限の3時間前をめどに下げます。持ち帰って食べるまでの時間を見込んでいるのだそうです。ローソンで出る売れ残り食品は1店舗1日あたり7.8キロ(2015年度)。全国で年3万6千トンになります。
 消費期限が迫った商品を値引きする店もありますが、「24時間営業では、スーパーのように閉店前に売り切ることができず、値引きシールを貼る負担も重い」(同社)。売れ残りをゼロにするのは難しそうです。
160924syokuhinloss  千葉県市川市の食品リサイクル会社、農業技術マーケティング(伊藤秀幸社長)には、都内や千葉県内のローソン約450店舗で売れ残った弁当やおにぎり、サンドイッチがトラックで次々と運ばれてきます。消費期限前や切れたばかりのものです。「未利用資源で廃棄物ではありません」と野呂重之副社長は言います。
 基本的には手つかずの食品ですが、たまに缶や割り箸などが混じるので手で除きます。ほかはベルトで分別機に運ばれて、プラスチック容器とミンチ状になった食品残渣(ざんさ)に分けられます。残渣を乾燥機に入れると、さらさらの粒に。ふるいにかけて細かいプラスチックなどを取り除きます。飼料メーカーが配合して、養鶏用の飼料が出来上がります。
 飼料は千葉県内の養鶏場で使われます。卵は「エコで育った千葉のたまご」という名前で、千葉県と茨城県の一部のローソンで売られます。
 ローソンは全国約1万3千店の2割で売れ残り食品のリサイクルに取り組み、年8千トンが再生利用されているそうです。ただ、地域によってはリサイクル業者が少ないので、全国に広げるのは難しいといいます。
 スーパーやコンビニの食品ロスなどを利用して野菜や食肉を生産し、排出した店舗などで販売することを、「リサイクルループ(輪)」と呼びます。食品リサイクル法でループと認定されたのは、これまでに54事業あります。
 コンビニ大手のファミリーマートの都内など500店舗から出る食品残渣は液体飼料になり、その飼料で育てられた豚が、同社の弁当のおかずになります。スターバックスコーヒージャパンのコーヒーの豆かすは飼料や肥料にされ、とれた牛乳や野菜は店の乳製品やサンドイッチになります。イオン、ユニーなどのスーパーも、食品ロスを飼料化したり肥料化したりし、これを用いて生産された豚肉や野菜を自分たちの店で販売しています。
 食品リサイクル実施率は製造業95%、卸売業57%、小売業46%、外食産業24%と、加工が進んで私たちのテーブルに近くなるほど低くなっていきます。(今村尚徳、編集委員・石井徹)

◇「食品ロスが減っても飢餓に苦しむ人の食料が増えるわけではない」という声を聞きます。でも、国連食糧農業機関(FAO)は、食品ロスが世界的な食料の減少や価格の高騰につながることを懸念しています。満足に食べられない人は国内にもいます。
 食品ロスの削減に反対する人はいません。そういう問題こそ個人の心がけや善意だけでは解決しないように感じます。米国や韓国にはフードバンクの活用を促進する法律があり、フランスは食べられる食品を捨てることを法律で禁じました。私たちにはどんな社会経済システムの変革が可能なのか、消費者を含めて突き詰める必要がありそうです。 (石井徹)」(
2016/09/18付「朝日新聞」p9より)

コンビニなどで売れ残った弁当などは、ゴミ箱に棄てられ、それがホームレスの人の貴重な食糧になっていると、何かで見た。しかし、地域によっては、リサイクルが行われているらしい。しかしローソンでは2割ほど。小売業では46%、外食産業では24%だという。

前に「“目から鱗”の、素晴らしい超ローカルスーパー「一期家一笑」」(ここ)という記事を書いた。ここでは、売れ残りを減らす事で価格を下げている。
カミさんのお気に入りの近くの「角上魚類」(ここ)。ここでは、夕方、売れ残りそうな魚は、総菜に回し、その日のうちに売り切って、毎日の魚の新鮮さを保つらしい。

たまの(火)に行く、近くのイオンモール多摩平の森(ここ)。2年ほど前にオープンしたが、当初は客が少なく、特に巨大な食品売り場では、「あんなに在庫して売れ残ったものはどうするんだろう・・・」と、心配?したもの。最近は結構人が入っているものの、売れ残りはたくさん出るだろう。
どの店も、在庫を切らせる訳にはいかず、かと言って、売り切る事も難しい。結果、売れ残り食品は出る。
フードバンクのような活動もあるが、消費期限のある食品はなかなか難しい。

一方、フランスでは法律で売れ残り食品の廃棄を禁止したそうだ。
売れ残り食品の廃棄を禁止する法律、フランスが全会一致で可決
膨大な食品の廃棄量に頭を悩ませるフランスで、大手スーパーマーケットがまだ食べられる食品を廃棄処分することを禁じる法律が制定された。
この法案は、5月21日にフランスの国民議会で全会一致で可決された。一連の法律によって、店舗の面積が400平方メートルを超えるスーパーマーケットは賞味期限切れなどで販売できなくなった食品を処分することができなくなる。
売れ残った食品は慈善団体に寄付するか、家畜の飼料や肥料に転用しなければならなくなり、法律に従っていることを証明するため、スーパーマーケットは慈善団体と契約を結ぶことも義務付けられる。・・・・(2015年05月25日)」(
ここより)

フランス、スーパーでの食料廃棄を法律で禁止
昨年5月フランスでスーパーマーケットの賞味期限切れ食品の廃棄が法的に禁止されたが、今月5日から実施されることになった。廃棄されるはずだった食品はフードバンク(品質に問題がない食品を生活困窮者などに配給するシステム)などの援助機関に回され、必要とする人々に配られる。これによって、毎年数百万人に無料の食事を提供できるようになるという。
また、延べ床面積400平方メートルを超える店舗には、売れ残り食品の受け入れを行っている慈善団体との契約を2016年7月までに結ぶことが義務付けられ、これを行わなければ、最高7万5000ユーロ(約975万円)の罰金が科されることになった。人の食用に適さなくなった売れ残り食品については、家畜の餌や堆肥として転用しなければならない。こうした法律は世界初となる。
フランスでは、毎年約2200万トンの食料が廃棄されており、そのうち本来食べられるのに廃棄されている「食品ロス」は約710万トン。67%が一般家庭、15%がレストラン、11%が小売店で廃棄される。
この法律は署名サイトChange.org上のキャンペーンを受けて制定されたもので、約21万人分の署名が集まった。これに尽力した活動家達は、こうした措置がEUレベルで取られるように、同じ署名活動を欧州全土で立ち上げようとしている。
・・・
日本は米国、フランスに次ぐ世界有数の食料廃棄国である(調査機関によって多少前後するが農林水産省の調べによると)。こうした現状に対し、日本でもフードバンクや形の悪い食材を安く提供する取り組みも行われているが、フードバンクの知名度は低く(2009年のアンケート調査だと7割以上が「知らなかった」)、今後さらなる政府による啓蒙や今回のような法律制定、個人の取り組みが期待される。・・・」(
2016/02/08 ここより)

ここ)によると、この法律も一人の市議の活動が実を結んだという。

「こども食堂」(ここ)の活動のように、日本でも、貧困の家庭や子どもがたくさんいる。
連日、マスコミは豊洲新市場の盛り土問題でお祭り騒ぎだが、それによって受ける影響(被害)と、先のフランスの市議によるこのような地道な活動と、それによるフランス社会の大きな改善。
同じ「食」に関する問題としても、もっともっと目を凝らさなければいけない問題は、他に山のようにあると思うのだが・・・

●メモ:カウント~940万

160924tsukiji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年9月22日 (木)

「改憲派から護憲派へ3点質問」~その2

先日(ここ)の続きである。
念のため、「問い」を再掲しておきます。

「(声 どう思いますか)8月11日付掲載の投稿「改憲派から護憲派へ3点質問」
 ■(声)改憲派から護憲派へ3点質問
 無職(愛知県 83)
 参院選の結果、憲法改正の議論が本格化しそうです。しかし、これまでの議論は改憲派と護憲派の意見がかみ合わないまま推移し、今日に至っているのではないでしょうか。
 この状況を改めるには、両派の間で質問と回答を重ねる議論が必要と考えます。「声」欄でやりとりができれば、多くの人に憲法について考えてもらえるのではないでしょうか。
 そこでまず、改憲派の私から護憲派のみなさんに質問させていただきます。
 (1)戦争放棄や戦力の不保持が9条に定められているが、それだけで日本は戦争を仕掛けられたり戦争に巻き込まれたりしないという根拠はあるか。
 (2)改憲派の「日本が第2次大戦後、戦争をせずにこられたのは、日米安保体制や自衛隊の存在のおかげ」という意見をどう思うか。この考えを否定されるなら、日本が平和を維持できた理由をどう考えているか。
 (3)日本の近隣には核武装を進める北朝鮮や、南シナ海や東シナ海で覇権をうかがう中国がいる。こうした国々の覇権主義的な行動を止めるには、対話のほか、抑止力として一定の軍事力も必要ではないのか。
 この3点について、ぜひ護憲派の方々のご意見を伺いたい。 (2016年8月11日付「朝日新聞」(声)より)」

2週目の今回は、こんな回答が載っていた。

「(声 どう思いますか)「改憲派から3点質問」 反響続々、逆質問も
 ■「ハト」の政策手段に知恵出そう
    無職 男性(東京都 84)
 「改憲派から護憲派へ3点質問」(8月11日)を拝見した。それぞれの点にお答えしたい。
 (1)は憲法9条だけで日本は戦争を仕掛けられたり巻き込まれたりしないという根拠になるかだ。
 日本は戦争の反省の上に立って、戦争放棄と戦力の不保持をうたった平和憲法を持った。この精神を体して各国と友好関係を築いてきたおかげで、70年以上も平和を維持できたと思う。
 (2)日本が戦争をせずにこられたのは、日米安保や自衛隊のおかげかどうかについて。
 護憲派も安保と自衛隊の役割を否定してはいない。必要な自衛策を用意したうえで、冷静な平和外交を展開すべきである。
 (3)は北朝鮮や中国への抑止力の必要性。
 安全保障では抑止と安心供与が車の両輪。抑止はタカ、安心供与はハトに例えうる。タカを飼う(軍事力を強化する)のは高くつくが、ハトの政策手段は無限で、知恵の出しどころ。「東アジア共同体」のような関係国が協力する枠組み作りで、覇権主義的行動を緩和できると思う。

 ■テロや紛争の流れに抗したい
    大学生 男性(東京都 22)
 護憲派と改憲派の意見交換、ひじょうに素晴らしいアイデアだと思います。
 (1)9条だけでは、戦争に巻き込まれない保証にはなりません。しかし、自らは戦争をしない、戦力を持たないと宣言するのは、相手を攻撃しないと宣言するのと同じです。だとすれば、戦争に巻き込まれる可能性はかなり低くなるのではないでしょうか。
 (2)日本が70年以上も戦争をせずにこられたのは、米国が同盟国として後ろについていたことが大きいでしょう。また日本が武力を持たず、対話による平和外交を続けてきた結果とも言えます。
 (3)近隣には、国際法に反した行動をとる国々があります。しかし抑止力として軍事力を持てば、その国々の危機感をあおり、さらに強硬な行動をとらせることにつながりませんか。力で抑えつけることは、戦争の引き金になるように感じます。テロや紛争の増加など、世界平和は遠のいているように思えます。しかし平和憲法を持つ日本こそが、この流れに逆らうべきではないでしょうか。

 ■安保法制で平和、改憲は不要
    公務員 男性(大阪府 57)
 護憲派への質問に答える。
 (1)は、成立した安全保障法制によって、憲法の範囲内で日本の防衛体制が強化されることになっている。ゆえに私は日本が世界に誇れる憲法は変える必要はないと考える。ここでもし改憲を叫ぶなら、安保法制を成立させた意味はない。安保法制で日米同盟はより強化されたため、他国は容易に日本に手を出せないだろう。
 (2)については、日本が戦争を仕掛けられなかったのは日米安保体制があったからだ。戦争放棄を叫ぶだけでは、野心の強い国にとって日本は攻めやすいだけである。
 (3)は、一定の軍事力を持っていても、核武装した国と戦って勝てるはずがない。大事なのは、日米同盟を強化し、万が一、日本が攻撃を受けたときに、防衛できる態勢を整えることだ。
 日本の平和は安保法制でよりゆるぎないものになった。政争にあおられてか、安保法制を「戦争法」などと呼ぶ人たちがいるのは残念だ。自らの勉強不足をさらけだすことにならないだろうか。

 ■隣国からの攻撃、考えられない
    作家 男性(愛知県 60)
 私も意見を述べさせてもらいたいと思います。
 (1)戦争は「このままでは他国から攻められるから、その前に攻撃しなければならない」として始められることが多いもの。攻撃を放棄している国が攻められることはあり得ません。
 (2)平和を維持できたのは、憲法で戦争を放棄したから。在日米軍は、日本にある基地を自国の戦略に利用してきただけです。
 (3)北朝鮮の核・ミサイル開発など様々な行動は、自国存続のためのものでしょう。中国の東シナ海などでの活動も、彼らからすれば主権を持つ海域のパトロールをしているだけです。日本への攻撃など考えられません。
 近隣国の脅威を針小棒大に言い立て、これを理由として憲法を改正する動きのほうが心配です。自民党の改憲草案をみると、有事の際に政府の権限を強化する緊急事態条項の導入など、全体に個人の人権、自由を制限しようとしていると感じます。日本の平和にとっては、そうした動きのほうが大きな脅威であるといえます。

 ◆担当者から
 護憲派と改憲派の間で、キャッチボールのように議論を進めたい。そういう思いから、最初のボールとなる「改憲派」の方の投稿を8月に掲載しました。
 200通近い反響があり、2週にわたって8人の護憲派の方の投稿を紹介しました。9条の意義だけでなく、その理念を具体化させる外交があってこそ平和が保てるといった意見が寄せられました。冷戦後の世界情勢を踏まえた議論の必要性を訴える方、文民統制の大切さを主張する方もいました。
 改憲派への「逆質問」もありました。「9条を改めれば平和が維持できるという根拠はあるのか」といった質問です。安全保障に関して「沖縄の犠牲の上に成り立つ安保体制でよいのか」「集団的自衛権の名の下に自衛隊が海外で活動を広げれば、結果として戦争やテロのリスクを高めないか」という問いかけもありました。
 これらの逆質問への回答も含め、「改憲派」の方々からのご意見をお待ちしています。護憲派の方も、引き続き考えをお寄せください。(山本晃一)」)
2016/09/21付「朝日新聞」p16「声」より)

(1)についてだが、先日のコメントにも書いたが(ここ)、この事実をどう捉えるか?
「欧州で第二次大戦が勃発した当初、ドイツの周辺国は選択を迫られた。ドイツ側に付くか否か、それとも中立を守るか、である。このうち、中立を守ろうとしたオランダやベルギー、ノルウェーなどの西欧・北欧諸国はドイツ軍によって軒並み中立を踏み潰され、占領下に置かれた。他の西欧諸国のうち、中立を堅持できたのはスイスとスウェーデン、ポルトガルだけである(スペインは枢軸側についた中立だったが、東部戦線に義勇兵を派遣している)。
 しかしドイツ軍は戦時中、ひそかにスイスとスウェーデンへの侵攻計画も立案していた。中立という概念が、大国の都合から見ればいかに脆いかを示すエピソードといえる。」(「
徹底図解 第二次世界大戦」P82より)」

つまり、幾ら中立を宣言していても、自衛力の無い国は、いとも簡単に侵略されてしまうという事実。このことからも自衛力はもっていないといけない。

ふと、スイスに徴兵制があることを思い出して、ググってみた。するとこんな記事が見つかった。
スイス、徴兵制廃止を否決 国民投票、伝統を支持
スイスで22日、男性への徴兵制を廃止すべきかどうかを問う国民投票が行われ、地元メディアによると、廃止は反対多数で否決されることが確実となった。
 国民皆兵制の武装中立を維持するスイスでは近年、「他国から現実の脅威にさらされているわけではなく金の無駄遣いだ」として徴兵制の廃止を求める声が出ているが、国民の多くが伝統的な制度を支持した形だ。
 政府も国防能力を脅かすとして徴兵制廃止に反対を表明していた。
 地元メディアによると、徴兵が終わった後も予備役のため銃を自宅に保管できることから、銃規制をめぐる議論も活発化している。2011年には徴兵が終わった後も自宅に銃を保管できる制度を見直すかどうかを問う国民投票が行われ、反対多数で否決された。(共同)」(
2013/9/23「産経ニュース」ここより)

「・・・結果は有権者の73%という圧倒的多数が徴兵制の廃止に反対し、26州すべてで廃止反対派が勝利。今後も一部の職業軍人ではなく、国民全体で国防を担うとの意思が示された。・・・」(「ニューズウィーク」ここより)

武装独立と国民皆兵制を国防戦略の基本に据えているスイス・・・・。こんな記事もあった。
「経済的な効果や軍事的な効率性から、軍隊を職業軍人に限定すれば、スイスが「北大西洋条約機構(NATO)に加盟することになってしまう」危険性があるというのである。日本の文脈で言い直せば、集団的自衛権に取り込まれる危険性があるということだ。
つまり、スイスは、集団的自衛権を拒否するために、市民からなる軍隊の基礎となる徴兵を求めているということである。
 他国との軍事同盟を排除して、自国防衛を貫徹させるためには、市民が自らが市民社会の防衛の責務を担うために、徴兵を必要とするという考え方である。」(
ここより)

自国の平和は、天から降ってくる訳ではない。それなりの努力が必要だということ。
スイスは、徴兵制で自国を守ることを選択。そして日本は・・・・?

このテーマは奥が深い。性善説で答えるのは簡単だが、性悪説(第二次大戦のドイツの侵略など)で考えると、あまりキレイな解は浮かばない。
重たいテーマ・・・。色々な視点から考えたいもの・・・。

(関連記事)
「改憲派から護憲派へ3点質問」 

160922kenka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年9月20日 (火)

PKO海外派遣に対する現役自衛官の本音~「報道ステーション」より

安保法成立から1年。いよいよ動き出した・・・
昨夜のテレビ朝日の「報道ステーション」(2016/09/19放送)で「「安保法」成立から1年・変質するPKOの“現実”」というタイトルで、現役自衛官の本音が語られていた。
この発言は、まさに今まで皆が予想していた言葉だった。「そうだろうな・・・」と思ったが、この発言内容は、せめて当サイトに永く留めておきたい。

<現役自衛官の本音~「報道ステーション」(2016/09/19放送)より>

「安保法成立から1年。では実際に派遣される側の自衛官はどんな思いなのか。現役の自衛官に話しを聞いてきました。
“やっぱりイメージがわかない。(自衛隊に)入ったときの約束は、国民を守るためが1番。大規模災害で支援して、国民から「ありがとう」と言われるのが一番モチベーションが上がる。だけど駆けつけ警護は(対象が)日本人の人たちでないし、日本の土地でもないし、何をしにわざわざ行くのか。”
安保法成立後、海外派遣についてアンケートを取らされたといいます。三択しなかない。①熱望する ②命令とあらば行く ③行かない ③「行かない」も○をつけたら、後から上司に呼ばれて「何で行けないんだ」と。結局延々と問い詰められたから、じゃあ②「命令とあらば行く」でいいですと。半強制的に変えられたアンケートが、「自衛隊の意識は高い」と発表されても、違うんだよなと。”

本音は別にあると?
“全然違いますよね。たぶん何かあったときには、家族にこのアンケートを見せるのかなと。「本人は希望していました」と。何かあった時の逃げじゃないけど、それが見えてすごく嫌です。
「家族が(いる)。だから俺はいけません」と頑(かたく)なに断った先輩がいた。そうしたら、その先輩は僻地のほうに転属とか、単身赴任で飛ばされるとか、よく分からない人事がある。
幹部の人たちの中にも、私たちの前では「(海外派遣)行くよ」と答えるが、お酒の席で話す時は「行かねえよ」と。
・・・・
(自衛官の)誰かが犠牲になって死なないと、この安保が駄目なのか良いのか、もう一度議題に上る事は無いのかなと。”・・・」(
2016/09/19放送 TV朝日「報道ステーション」から)

この現役自衛官の本音は、「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない。」というNHKでは、絶対に報道しないものだろう。
「NHKスペシャル 現役自衛官の本音~海外派遣」という番組でも放送されれば、自分はNHKを見直すのだが・・・

ついでに、今日の朝日新聞の夕刊に、こんな記事があった。
駆けつけ警護に即応チーム 陸自、設置方針 南スーダンPKO
 陸上自衛隊が、南スーダンに派遣する国連平和維持活動(PKO)部隊に安全保障関連法に基づく駆けつけ警護などの新任務が付与された場合、それに対応する即応対処チーム(QRF)を部隊内に設けることがわかった。機関銃や小銃で武装した隊員を中心に医官、救急救命士なども加えたチームにするという。
 南スーダンの部隊は約350人。道路補修などを担う施設隊員が中心で、ほかに宿営地内外を警備する隊員らで構成されている。政府は11月以降に現地入りする次期派遣部隊に新任務を付与するかどうかを、来月にも判断する見通しだ。
 陸自関係者によると、QRFは40~50人程度。国連やNGOの職員らが離れた場所で武装集団に襲われた際、武器を持って助けに行く駆けつけ警護や、他国軍と共同で行う宿営地警備を担う。負傷者の応急処置をする医官や司法警察官の資格を持つ警務隊員もチームに加わり、交代で24時間態勢で警戒に当たる。
 陸自幹部は「現場に急行して敵を攻撃し、駆逐できる高い戦闘能力を持たせる」としており、今後、南スーダンの市街地を模した演習場内の施設などで訓練を重ねるという。
 QRFは、2004年に始まったイラク復興支援活動で、テロリストの襲撃などに備えて初めて組織された。機関銃や無反動砲などで武装した隊員ら約30人で1チームを編成し、緊急出動に備えて8台の装甲車両に分乗し待機していた。
 自衛隊の海外の任務では、正当防衛や緊急避難の場合にのみ相手に危害を与える射撃が認められている。イラクでは武器使用基準を緩和し、停止命令を無視して進む自爆テロの恐れがある車両や、ロケット砲を発射しようとする武装勢力に対しては、相手の攻撃がなくても危害を加える射撃を認めた。南スーダンでもイラク派遣時と同様に、武器使用基準を緩和することを想定している。(谷田邦一)」(
2016/09/20付「朝日新聞」夕刊p1より)

選挙が終わって、まさに「いよいよ」である。

そう言えば、この自衛隊の海外派遣に対し、先日当サイトに「今から「世界の戦争に志願」する人を募っておいたらどうだろう。自衛隊内で、「そんなことは約束して入っていない」という雰囲気になれば、志願者は極小だろう。すると、政府はどうするのか・・・」(ここ)と書いた。それが大きな間違いだった。
自衛隊員と言えどもサラリーマン。上司の命令には従わないと、飛ばされる。自由意志など無いのだ。たぶん、福島原発に派遣されるサラリーマンも同じなのだろう。会社から、“自由意志での”アンケートで、「原発の作業に従事しますか?」と聞かれて、「熱望します!」と書かされているのだろう。

直ぐに忘れる日本国民。やはり先の自衛隊員が言うように、誰かが戦地で戦死して、初めて安保法案の現実に意識が向くのだろう。それで政府の支持率の低下に結びつくのかどうか・・・

(付録~当サイトお薦めの番組)
「ザ・ベストテレビ2016」
ここ
第1部[BSプレミアム]2016年9月25日(日) 午後0:45~午後4:58(253分)
▽午後0:50ごろ~民放連賞テレビ報道番組「奥底の悲しみ 戦後70年引揚げ者の記憶」(山口放送)
▽午後1:58ごろ~ATP賞「NHKスペシャル いのち 瀬戸内寂聴密着500日」
▽午後3:00~民放連賞テレビ教養番組「TUFルポルタージュ ふつうの家族 ある障がい者夫婦の22年」(テレビユー福島)
▽午後3:59ごろ~放送文化基金賞「民教協スペシャル しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと」(青森放送)

第2部[BSプレミアム]2016年9月26日(月) 午後0:45~午後4:15(210分)
▽午後0:51ごろ~“地方の時代”映像祭賞「ウォッチン!プラスSP 海風に舞う 石巻・十三浜 神楽とともに生きる人々」(東北放送)
▽午後1:54ごろ~ギャラクシー賞「報道ステーション 特集ドイツ・ワイマール憲法の“教訓”」(テレビ朝日)
▽午後2:33ごろ~文化庁芸術祭賞「ETV特集 薬禍の歳月~サリドマイド事件50年」(NHK)

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2016年9月18日 (日)

FMシアター「ほかの誰でもないアヤコ」~イモトアヤコ

昨夜は寝付かれなかった。それで、その数時間前に録音しておいたFMシアター「ほかの誰でもないアヤコ」(2016/09/17放送)を聞く事にした。眠くなるまで・・・
ところが、つい最後まで聞いてしまった。その主演、「もしかして・・・」と思ったら、やはりそうだった。主人公はイモトアヤコ。その軽快なしゃべり方から、自分が民放ドラマで唯一見ていた(先週終わってしまったが)日テレのドラマ「家を売る女」(ここ)に出て来た“白洲美加”ではないか・・・と。それで、終わった後に夜中にPCで調べたら、やはりそうだった。

「家を売る女」。この“白洲美加”を演じていた女優が、どうも気になっていた。決して美人さ160918shirasu んではないダメ社員。最後に「あなたは仕事に向かない。自分の足で立つことは不可能です。守ってくれる人を見付けなさい。それが白洲美加の生きる道です。」と言われてしまう。
そのイモトアヤコ。カミさんに聞いたら、頑張り屋さんで、“イッテQ”とかいう番組に出ているお笑い芸人さんそうだ。自分はもちろん知らなかった。イモトアヤコという名も初めて聞いた。
でもこのラジオドラマは、軽快で、つい最後まで聞いてしまった。

NHKのサイトにはこう解説がある。
「(FMシアター)ほかの誰でもないアヤコ
イモトアヤコ演じる究極のダメ女が、生死の境で人生の希望を探す
【あらすじ】雨の日、女友だち栄子に「傘を届けてよ」と頼まれたアヤコ(30)は、駅前の階段で足をすべらせ頭を強打、気がついたらお花畑にいた。死神の使いから、「今までの人生でこんないいことしたって説明できないと、あの世に連れて行きます。制限時間は45分」と言われる。果たして自分に生きる値打ちがあったのだろうか?ダメ女アヤコは、30年の我が身のエピソードを振り返り、必死で生き残るための希望を探すのだった。(NHK FM 2016年9月17日 午後10時放送」(
NHKのここより)

この中で、両親が語るこんな場面が気になった。

<FMシアター「ほかの誰でもないアヤコ」より>

*この番組の全部(50分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

「つまらないですね。つまらないもんですね。子どもを育てるって・・・」というセリフ・・・

話は飛ぶが、今朝の朝日新聞の投稿欄にこんな記事があった。
「(声)子育てはエンターテインメント
 医療事務 男性(茨城県 38)
 6歳の娘と11カ月の息子を育てています。これから親になる友人、知人や同僚らに「子育てって大変ですか?」と聞かれます。必ず「楽しいよ。毎日が最高のエンターテインメント」と答えます。
 世の中には妊娠したくてもできない人や、厳しい環境で子育てを楽しむどころではない人がいます。私の妻だって楽しいだけではないかも知れません。こうしたことに配慮して、イヤミにならないように「やっぱり子育ては大変だ」と答えるのが無難だというのは分かっています。
 それでも私は、声を大にして「子育ては最高のエンターテインメントだ」と言いたい。大変なこともあるけれど、それ以上に子の成長、笑顔、しぐさ、声、匂い、全部が楽しい。テーマパークなんか目じゃありません。きっと私は、恵まれた環境にいるのでしょう。
 子育ての先輩が楽しさを隠し、口をそろえて「大変だ」と言うと、後輩たちが迷います。子育てに喜びを見いだしている人は、ありのままに「楽しい」と言っても良いと思うのです。」(
2016/09/18付「朝日新聞」p8「声」より)

あまりにキレイな美しい意見に、自分は反感を感じる。棚の上から評論しているようで・・・。
逆に、昨日の新聞にこんな記事もあった。

虐待死、0歳が6割 14年度44人中27人、無理心中除き
2014年度中に虐待で亡くなったと確認された18歳未満の子どもは71人で、無理心中を除けば前年度より8人多い44人に上った。そのうち0歳児は27人で初めて6割を超え、15人は生後24時間以内に死亡していた。厚生労働省が16日、児童虐待による死亡事例の検証結果を公表した。
 無理心中以外では39人が3歳までに亡くなり、9割近くを占めた。主な加害者は実母が28人と最も多く、次いで実父が3人だった。
・・・
 望まない妊娠をした母親が孤立したまま出産し、虐待につながった――。生後24時間以内に死亡した15人を分析すると、こんな背景が浮かぶ。子どもの虐待死を防ぐには、妊娠中や周産期の母親に対する支援体制の強化が求められる。
 生後24時間以内に死亡した15人の加害者は、全員実母だった。14人は望まない妊娠で、11人は母子健康手帳を受け取らず妊婦健診も受けていなかった。
 一方、13人の実父は同居していなかった。このうち5人は実父が特定できず、3人は行方不明などで連絡が取れなかった。・・・・」(
2016/09/17付「朝日新聞」p3より)

このドラマでは、(不細工に)生まれた子どもに、「幸福ポイント」という考え方を教え、何とか心だけでも幸せになって欲しいと、親は願う。幾ら女の子でも、外見はどうしようもない。でも親は責任を負う。

この世に生まれ出る赤ちゃんの環境は様々。望まれて生まれてこない子どもも多い。
ふと、熊本の「赤ちゃんポスト」を思い出した。不幸な生まれの赤ちゃんの、幸福への架け橋・・・

こんなドラマを聞きながら、生まれながらの(外見を含めた)“人間”、そして生きる価値に付いて、考えてしまった。

160918kabin <付録>「ボケて(bokete)」より

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«「戦場に立つということ」~現実味を帯びる海外派兵