2009年7月 9日 (木)

「幸福は足元にあり」?~松原泰道師の話

先日読んだ至知8月号に102歳になられる南無の会会長 松原泰道師の言葉があり、心に残った。曰く・・・

明珠在掌
   南無の会会長 松原泰道
幸せは、我が内にある

すべてのものには、そのものをそのものたらしめる根源的な機能(はたらき)があります。一枚のちり紙も例外ではなく、ものを拭くという機能を備えています。携帯電話はいくら便利でも、ものを拭く機能はありません。すべてのものにはそれぞれ固有の機能があり、この機能を象徴的に明珠(みょうじゅ)、仏性(ぶっしょう)などと言います。
「明珠在掌(明珠掌(たなごころ)に在り)」という禅語は、その大切な象徴が手のひら、至近の距離の中にあることを説いています。
・・・・・・・
心を耕し、柔らかくする
釈尊がある農村で説法をしていました。そこは仏教に敵対意識を持つバラモン教の盛んな村で、一人の農民が釈尊を冷やかして言いました。
「ご出家よ、布教も結構だけれども、いまこの農村は、ご覧の通り猫の手も借りたいほどの農繁期だ。そんな説法などやめて、田んぼを耕してくれた方が皆助かるんだ」
釈尊は答えて言いました。「私も耕しています。あなた方の心を、私も耕しているのです」
怪訝な顔をする農民に釈尊は続けました。
「農土を放っておくと荒れ地になる。雑草もそのままにしておけば害を為しますが、抜いて土に埋めておけば立派な肥料になります。同じように、私たちも心を野放しにしておくと人間を駄目にしてしまいますが、煩悩をよく耕して心に漬け込んでいくと、悟りの肥やしになるのです」
悩みや苦しみもよく耕せば、それが幸福のもとになり得ます。
例えば、病気で苦しんでいる時にはこんな不幸はないと考えがちですが、あえて同じ病気に苦しむ患者さんを見舞って、治療の経緯を語るなら、相手の方から喜ばれ、病気になったおかげで自分自身も健康な時には味わえなかった喜びを得られるでしょう。これはあらゆる逆境にも当てはまります。その人の心一つでこの不況の中にも幸福を見出すことはできるものです。
幸福とは、他から与えられるものではなく、自ら発見してつかみ取っていくものです。与えられるものを待っているのではなく、マイナスの中にプラスを発見し、耕していくところに人生の生きがいはあります。両手の掌に鋤や鍬を持って一所懸命に耕していくことによって掌の中に明珠がつくられていくのです。
幸福は足元にあり。このことを忘れず、日々の生活の中から幸福を見出し、豊かな人生を築いていきたいものです。」(至知8月号より)

最近、駅から家までのバスの中から見る町の風景を、「美しい」と感じることがある。駅のタクシーのテールランプの灯り、照明に照らされた店先、そしてビルのネオン・・・。
毎日、当たり前に見ている風景が、心して見ると何ときれいなことか・・・・
般若心経では、人間の五感を「眼耳鼻舌身意・・・」と表しているが(ここ)、その中でも「見る」という機能は何事にも代えがたい。

フト立ち止まって、周囲を見回してみる。いま見えている情景を“意識”してみると、そこには素晴らしい光景が見えている。まずカラーだ。色が付いている。それに解像度は液晶テレビの比ではない。ほぼ無限大・・・。そして太陽光下から星明りの暗闇まで見えるダイナミックレンジの広さ。
しかもスクリーンの網膜は球形なのに、脳の働きでキチンと歪みのない平面に見える高性能・・・

確かに、「幸福」は身近にある。我々は“素晴らしいこと”を、何と「当たり前」として感謝の無い生活をしていることか。
何かこの一文で、自分の日頃の“感謝のない生活”を反省させられてしまった。

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2009年7月 8日 (水)

「健康十訓」

今夜、同僚と飲みに行った居酒屋で、トイレに立ったら、朝顔の正面に「健康十訓」と称してこんな一文があった。用を足しながら、なるほど・・・と思った。曰く・・・

「健康十訓」
少肉多菜 少車多走
少塩多酢 少憂多眠
少糖多果 少憤多笑
少食多噛 少言多行
少衣多浴 少欲多施

090708kenkou1

(写真は携帯で撮ったので暗い・・・。クリックで拡大)
これは仏教の教えにも通じている。
誰が考えたのか分からないが、居酒屋のトイレに貼ってある、というのが何とも愉快だった。

夜も遅いので、今日はここまで・・・

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2009年7月 6日 (月)

「臓器移植法改正」~額田勲氏の主張

朝日新聞の2009/7/5付け「私の視点」は、額田勲氏の「臓器移植法改正 修正、医療全体と整合図れ」という主張で、医療現場からの同法への新鮮な意見で、なるほど・・と思った。曰く・・・

臓器移植法改正 修正、医療全体と整合図れ
   医師、神戸生命倫理研究会代表 額田(ぬかだ)勲
衆議院で臓器移植法の改正案が可決された。現行法が成立してから12年間、国会は3年を目途に法案を見直すとした約束を、どのように果たそうとしてきたのか。
四半世紀この方、脳死論議のピークの時代には日本社会が右肩上がりの経済成長に酔い、「人の命は何にも代えがたい」式の救命論を背景に臓器移植の導入が声高に叫ばれた。いま深刻な医療費抑制の時代を迎え、医療費や社会保障費が実質的に削減されて医療現場の悲鳴が高まり、状況は一変の様相である。
誤解と反発を恐れずに言えば、医療環境の激変に即して私の属する地域医療の現場などではとても臓器移植どころではない雰囲気が強まり、臓器移植という医療の位置づけは相対的に低下を余儀なくされた。法改正などの論議は影を潜めざるを得なくなっているように思われる。
例えば目下、小児の移植が話題になる一方、幼児救急における日本の救命率が先進国で最悪という事実が一つの焦点となっている。医療崩壊により、瀕死の幼児に適切な救命・救急を提供できず、本来なら救えた命が無残にも失われているとの批判は急である。いや、医療一般においても保険料率の引き上げ、医療費削減などが徹底される政策により、国民保険喪失のため受診が遅れて命を失うような「無念の死」が頻発している。
それら個別医療における矛盾は、以前であれば臓器移植と別次元の話と一笑に付された。だが、未曽有の危機に陥っている医療の現況では、臓器移植で救われる命と、経済的理由で受診できずに失われる命と、どちらがより重いのかが論じられても決しておかしくはない。
多大な医療費を要す脳死・臓器移植をめぐる費用対効果の論議は移植医療隆盛の米国でも絶えず繰り返され、80年代にはオレゴン州政府が臓器移植への公費支払いを拒絶して大きな反響を呼んだ。
低医療費政策の下で限られた医療資源を効率的に配分しなければならない厳しい現実を前にし、脳死・臓器移植と医療全体の整合性を図る本質的な論議は最優先のはずである。しかし、衆議院で可決された改正法案は提供臓器の増加だけを自己目的とした「臓器獲得強化法」というべき性格だ。臓器獲得促進のためには「脳死を人の死とせねばならない」との論拠だが、「脳死=人の死」が及ぼす脳死者への医療行為打ち切りや医療費負担、相続など民法上の問題等々をもっと考えるべきである。
今回の駆け込み審議では核心の論点、課題が多く棚上げにされた。医療崩壊をはじめ社会全体に及ぼす多大の影響に対し参議院が多面的、重層的な検討をされ、良識ある修正をするよう切望する。」(2009/7/5付 朝日新聞より)

この主張には、ハッとする指摘が多い。「幼児救急における日本の救命率が先進国で最悪という事実」。「臓器移植で救われる命と、経済的理由で受診できずに失われる命と、どちらがより重いのか」。そして、あえて「臓器獲得強化法」という過激な表現をして額田氏は警鐘を鳴らしている。

自分はここで臓器移植法改正についての賛否を論ずるつもりもない。でも医療現場からのこの意見は、我々に“見落としていた大切な視点”を教えてくれているように思う。

言うまでも無く日本は国会議員を通して国民の意思を国政に反映させる。しかし、このような「脳死は人の死」だと“人の死を法律で決める”という倫理問題に、この代議員性がマッチしているかというと、自分ははなはだ疑問に思う・・・。
つまり、衆議院では人の生命に関する問題(=死生観、宗教観、価値観など)だとして(棄権の共産党を除き)どの党も党議拘束をかけなかったが、議員が“自由意志で投票”した考え方が、本当に全国民の集約された考え方になるのだろうか・・。
新聞は、内閣支持率は盛んに報道する。色々な手法で世論の動向を数字にする。しかし臓器移植法改正についての世論動向の数字は見たことが無い。確かに、内閣支持率と違って、興味のない人は「そんなの知らない」で終わるのかもしれない。しかし、国民の“真の意識”とは違った方向に進んでいるようで怖い。
意識は無いが、心臓は動き、子供も生める状況で、法律で「人間の死と決めた」ので“家族が同意した”ので臓器を摘出する・・・という動きを、(賛成263、反対167なので)61%の国民が本当に賛成しているのだろうか・・・
良識の府としての参議院。その存在意義がいま正に問われている。

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2009年7月 5日 (日)

毎日放送「映像07 夫はなぜ、死んだのか」をみて

先日NHK BS2で放送された「ザ・ベストテレビ」で、第28回「地方の時代」映像祭グランプリ作品の、毎日放送製作「映像’07 夫はなぜ、死んだのか~過労死認定の厚い壁」をみた。(2009/6/14放送)(~なおこの番組は、YouTubeに5つに分けられて載っている⇒ここ

ナレータは言う。
「内野博子さん(37)は、現在派遣社員で二人の子供を育てている。トヨタ自動車(堤工場)に勤めていた夫は6年前(2002年2月)、残業中に倒れ30歳で(致死性不整脈で)亡くなった。典型的な過労死だった。ところが労働基準監督署は労災の申請を棄却。棄却の理由は、倒れた時に一緒にいた上司が思いも寄らぬ証言をしていた。「長時間勤務は無かった。勝手に会社に残っていただけ・・」。
世界を席巻する日本の自動車産業。その躍進の裏で、過労死や過労自殺などが後を絶たない。過酷な労働の実態を認めようとしない国や企業を相手に、たった一人で裁判を戦った女性の記録です。・・・」

この番組で、多くの問題点を指摘していた。番組は次のように進む・・・
夫はなぜ、死んだのか~過労死認定の厚い壁」毎日放送製作
・“午前4時51分”の、会社からの夫が倒れたとの電話の留守電が残っている。
・亡くなる前の1か月間の残業時間は、博子さんが過労を心配して記録していた帰宅時間や、携帯電話の記録等の資料から、144時間35分あった。しかし工場の人事担当者の言い分とは食い違いがあった。(トヨタの工場勤務は、6:25~15:15と、16:10~1:00の2交代制で1週間毎に換わる。)そして改善活動の時間等を削り、両者で了解した残業時間は114時間2分になった。
・厚生労働省の過労死認定の基準は、「死亡直前の1か月間の残業時間が100時間以上、または死亡直前半年間の残業時間が平均で80時間以上」。よってこの基準を満たしていた。
・当時の上司は、博子さんに「・・上は過労死にしようという風にまとまっているので、労災がとれるようにしてくれると思う・・」と認めていた。しかし労基署からの通知は労災の不支給決定。その決定の根拠は、会社が提出した勤務表。それには残業時間はわずか45時間35分。6ヶ月の平均は30時間58分だった。これは残業時間が、上司の裁量で決められていたのが原因。
・倒れた当日は、4:20に意識不明になったのに、労基の決定は3:00。この1時間20分は、上司や同僚の証言で「世間話をしていたり、お茶を飲んでいた」ことになっていた。しかし当時の同僚は「そんなことは会社の方が許さないと思う。仕事が終わったらすみやかに帰れ、っていうことは、会社が常に口をすっぱくして言っていた」と言う。
・2005年7月、労基署を管轄する国を相手に提訴。争点は、会社にいた時間を労働時間として認めていない、ということ。
・提訴後、トヨタから博子さんに(ウワサの通り)“正社員として働かないか”と誘いがあった。しかしこれに応じれば、裁判を取りさげないといけないと考え、博子さんは断った。
・博子さんは労働保険審査会に再審査を申請した。労災認定の再審査は、地裁にあたる労働基準監督署に不服なら、労働局に申し立て、それも不服なら最高裁にあたる労働保険審査会申し立てる。これは裁判より迅速に判断するために作られた。しかし現実は1000件以上が積み残されていて、博子さんも1年半待たされた。それに開かれるのは一度だけ。時間も30分だけ。そして訴えた。「夫が亡くなって4年以上が経ちます。なぜこんなに時間が掛かるのか?残された遺族になぜ更なる負担が掛かるのか?・・・・」。この仕組みは役に立っていないのが実情。
・労基署は言う。強制調査の権限も無いため、出てきた資料で判断するしかない。人も不足しているため単なる数字で機械的に判断しているのが実態。「また(仕事が増える)労災の請求が上がってきちゃった」というのが本音。
・2007年4月27日付け新聞に「豊田労基所長ら処分」という記事が載る。2003年に自動車部品メーカから接待を受け、情報を漏らしていたとして処分されたという。不支給決定は、ちょうどその頃に該当する。そして博子さんは厚生労働省に出向いて抗議、労災認定のやり直しを求めた。
・2007年11月30日、名古屋地裁で勝利の判決。判決では、死亡1ヶ月前の残業時間を博子さんの主張をほぼ認め、死亡の原因が過労であると認定。そして会社がこれまで仕事とは認めなかった職場改善活動も、業務であると明確に判断。
・過労死問題を放置し続ける国と企業の責任は非常に重い・・。

NHKの取材に、毎日放送の奥田雅冶ディレクターは言う。
「内野さんが裁判で一番訴えていたのが、社員の自主活動と言われていた改善活動が、実際は会社の強制なんだということ。それが裁判で認められ、判決の半年後にトヨタが残業代を払うことになった。日本の長い慣習が女性一人の戦いで大きく変わることが起こり得ることを実感した。・・・」

この番組をみて、“一人の女性の戦いが日本企業の大きな流れを変えた”、という事実に感銘を受けた。そうなのだ。いわゆる「改善活動=QCサークル活動」は“仕事”なのだ。それは誰も分かっていた。しかし、自分が昔いた会社も含めて、誰も自主活動としてタダ働きをして、文句を言わない風土があった・・・。

そして“博子さんが、会社のウソに一人立ち向かったエネルギーの源泉は何か?・・”と、考えてしまった。それは自分の夫に対する“誇り”なのだろう。その誇りが、信じる自分の夫の行動を、真っ向から否定されること(残業として認めないこと)を許さなかったのかも・・・。
しかし、これだけ信頼の厚い夫婦、そして家庭を崩壊させた企業の責任は重い。
しかしその死は、妻の活動によって幾万人への計り知れない「効果(=改善活動は仕事である)」として蘇った・・・。
残された遺族が、その誇りを胸に、今後も力強く生きて行くことを祈ろう。そしてこのような番組で、この実態を世に問うた毎日放送にも敬意を表そう。
(なに?自分が過労死したらどうなるかって?? ←150%それは無いが、まあ“長いものには巻かれろ・・”かもね?)

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2009年7月 4日 (土)

特別な日の外食~「うなぎ藤田」

どの家にも“特別な日”に行く食事の場所はあるものだ。我が家は豊田の「うなぎ藤田」(ここ)。
今日は、まあ特別な日と言うわけでもないが、カミさんとこの「うなぎ藤田」に行った。案の定、7時前に行ったのだが満席状態・・・。食べた「うなぎ定食(花) 」(3800円)がこれ。(写真はクリックで拡大)

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自分がこの店を知ったのは古い。新入社員の頃、自分は工場にいたが、調理師の免許を持ったグルメの営業さんがいて、新人の自分を連れて行ってくれた。それ以来の付き合いなので、もう40年になる。
この店は、いわゆる弟子を育てる仕組みがあるらしく、奥の席に座った時は、調理場から師匠(?)が弟子を叱る声が聞こえたものだ。店の場所は完全な住宅街。周りに店は一軒もない。なぜこんな場所に店を作ったのか分からないが、最近は国道20号線のバイパスが開通したので、この国道からは非常に近くなった。それと、いつも駐車場に困っていたが、今日行ったら周囲に大分借り上げ駐車場が増えていた。
この店に来ると、いつも「高いだけのことはある・・・」とカミさんと話す。何でもそうだが、高い安いは満足度で決まる。高くても自分が満足すれば高いとは思わない。逆に幾ら安くても、満足しなければ安くはない。その点、この店の満足度は高いと思う。でも高いのであまり行かない。だから我が家では“特別な日”のための店なのである。(まあカミさんは、九州の息子が帰ってきた時も“特別な日”にしてあるらしいが・・・)

しかし、うなぎ一つをとっても店の評価は、人によって千差万別。ウチが友人に勧めた店も、必ずしも高評価とは限らない。逆に、勧められた店に我々が行っても、二度と行かない店も多い。それぞれの家の好みの問題なので、色々あって当然・・・。

我が家の近所に、かなり有名らしい「フランス家庭料理」の店がある。犬の散歩で前を通るたびにカミさんと話す。「もし我が家に可愛いヨメさんが来てくれたら、最初に家に来た時、まずこの店に連れて行こう・・・」。だからこの店には行かない。“その時”のために大事に取ってあるのだ。(でも“そんな日”は永久に来ないような予感がする・・・・)
我が家の“大事な食事場所”のひとコマではある。

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2009年7月 2日 (木)

「運命の女神」を捕まえる法・・・?

今日の日経新聞夕刊の1面下「あすへの話題」は、東大教授 北岡伸一氏の「運命の女神」という記事だった。曰く・・・

運命の女神
7月に入って、前期の講義も終わりに近づいてきた。・・・
(中略)・・・
そして、(試験で)こういう問題が出たらどう答えようか、ああいう問題が出たらどう答えようかと考えながら勉強するのと、ただ漫然と勉強するのとではぜんぜん違うのである。
イタリアの古い諺に、「運命の女神は前頭部にだけ毛があるが、後頭部ははげている」というものがある。したがって、運命の女神とすれ違ったときに、あっと思って手を伸ばしても、後頭部には毛がなくて、捕まえることが出来ない。あらかじめ、今にも運命の女神に出会うかもしれないと身構えているものだけが、彼女の前髪を捕まえることが出来る、という趣旨である。
チャンスは何時訪れるか、わからない。訪れるかどうかもわからない。しかし待ち構えているものだけが、チャンスを捕まえることが出来るという見方には、大きな真実が含まれている。試験はたいした問題ではないが、学生諸君には、これからの人生で、積極的に運命の女神の前髪を捕まえに行く人になってほしいと思う。」(2009/7/2付 日経新聞夕刊より)

このコラムを読みながら、先週の手仕事屋きち兵衛さんのコンサートでの話を思い出した。まったく同じことを言っている。(ここ)で、きち兵衛さん曰く・・・
「なぜ、勉強をするのか?勉強をしなければならないのか?・・ぼくはこう思う・・
① 頭の中に立派な図書館を作ること。作っておけば既成の答えでなく、自分で考えた答えが出てくる。
② 幸福になるための保険。チャンスが来たときすべての準備が整っている、これが勉強することで一番大切なこと。」(
ここのコメントより)

ビジネスの世界でも、「管理」で一番重要なのは「予測管理」だという。起きるであろう良くない状態を予測し、そうならないように、あらかじめ手を打っておくこと・・。
しかし哲学者の手仕事屋きち兵衛さんだけでなく、東大の先生も同じことを言うという事は、これはやはり真実なのだろう。
あらかじめ準備をしておけば、訪れたチャンスをモノに出来る・・。確かに“勉強”は、あらかじめ行う準備のひとつで、その準備の幅を広げること。
株の投資家が、「幾ら予測管理しても、又あらかじめ準備していても一向に“幸福”にならない・・・」ナンテいう話は聞かないで、素直にこの言葉に耳を傾けてみてはどうだろう。

(関連記事)
手仕事屋きち兵衛さんのコンサートに行く~唱歌「故郷」

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2009年7月 1日 (水)

井の頭公園と今日の吉祥寺

実は、今日は自分にとっての再出発の日・・・。(大きな声では言えないが、前の会社が昨日で分解・・・・)
今日からの(新しい職場への)通勤路は、吉祥寺駅で乗り換え・・・。たまたま今日は会社の創立記念日で半ドンだったので、帰りに吉祥寺駅で降りて、井の頭公園に行ってみた。天気は曇天。人はまばら・・・・。

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公園に入ると、ぷーんと“草むら”の匂い。緑が濃い。この公園に来たのは、たぶん2度目だ。前に来たのは10年をはるかに越えるほど前。その時は天気が良くて、公園ではミュージシャンが演奏をして自分のCDを売っていたのを覚えている。でも今日は、平日のせいか、静か・・・。(写真はクリックで拡大)

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池の向こうに赤い建物。「井之頭 弁財天尊」とある。隣には観音さまの像。池には貸しボート屋もあったが、今日は浮かんでいるのは一艘だけ。散策している人はやはり初老の人が多い。でもジョギングしている若い人も・・・・

P10505911 それから、「せっかく吉祥寺に行くなら、名物の最中(もなか)を買ってきて!ついでに隣の肉屋でメンチを2~3個買ってきて」というカミさんからの宿題を果たしに、北口へ。そこでビックリ・・。長蛇の列・・・。何とそれが件(くだん)の「メンチカツ」を買うための列、と知って買う気が失せた。先日新聞に、列があったら自分も並ぶか?ナンテいう記事があったが、自分は決して並ばない。しかしビックリだ。店の前の通りをふさがないように間を空けて、その向こうに延々と・・・。たかだかメンチカツではないか・・・(カミさんへの“買えなかった言い訳”のために証拠として撮った写真がこれ)
P10505921 ・・・と隣の「最中(もなか)屋」に回ると、何とここも列・・・。まあここは10人くらいの列だったので、仕方なく並んで10個540円の最中を買った。店の人が、こっちの方に並んでください・・と声を出していた。

でも、平日の昼下がりというのに、何で吉祥寺だけはこんなに賑やかなのだろう。「一番住みたい街」のベストワンと言うが・・・
ともあれ、前に長男が同じようにここで降りて通勤していた駅、次男もこの町には縁がある。そして今日から自分もここで乗り換え・・・・
そんなワケで吉祥寺は、我が家にとっては縁のある街。だから、いずれここに住む??←そんなワケないだろう!カミさんの夢のまた夢だけど・・・

*(付録)「悉有仏性」
昨日、散々お世話になった会社のノートパソコン(dynabook Satellite K16)に別れを告げた。本体の左手前は腕時計がぶつかって塗装が剥げ、キーは磨り減ってテカテカと光る。そんなパソコンだが、ただの一度も不具合が無かった。何のトラブルも無かった。
そのパソコンを仕事の最後に、データ消去のために初期化した。順調にリカバリされて、買ったときの初期設定の画面が出た。ここまでは良かったが、何とアイコンが動かない。そしてキーも受け付けなくなった。仕方が無いので、IS担当にそのまま持って行って引き継いだが、この事態に考え込んでしまった。
「このパソコンは自分に殉死したのでは?」と・・・。今までは健気(けなげ)にも、幾らトシをとっても自分に迷惑を掛けまいと頑張ってきた。そしてその役目が終わった途端に、力尽きたのではないか・・・・・。
ISの担当者が、「どうせ全データを消しますので、あとはこちらでやります」と言っていたが、その後ちゃんと復活したか気に掛かる。でも、問い合わせはしない。廃却処分にすることは決まっているが、何とか健康のままで別れたかった。しかし・・・・
自分は“機械にも魂はある”と信じている。

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2009年6月29日 (月)

「感謝」ということ・・・・・

最近、“感謝”という言葉が頭に良く浮かぶ。「何に対して?」→「大いなるものに対して・・・!?」

昔、子供の頃、10年以上前に亡くなった親父から、「お前は感謝が足りない。感謝の念が無ければ人間は何が出来てもダメだ」と、それこそ何百回、何千回、何万回と言われ続けていた。しかしヘソが曲がっていた自分は、言われる度に反抗し、「感謝」とは逆の行動を取ったものだった。
しかしトシを取るというのは良いもので、段々と体の力が抜けて行く。“力み”が抜けて行く。そして自然体になり、“大いなるもの”への感謝の気持ちが出てくる。
大いなるものとは何か?それは人智が及ばないもの・・・。それは神さまかも知れないし、観音さまかも知れないし、または仏さまかも知れない。それらの“何か”に対して、最近、なぜか感謝したくなる・・・。

あまり細かくは書けないが、この6月末で自分のサラリーマン生活も2度目の大きな節目を迎える。これは明らかに“人の力”の支援の賜物。でも細かい点で、“何か”がサポートしてくれているような気がしてならない・・・・。だから何となく“大いなるもの”に感謝したくなるのである。
具体的には何かって?(ツマラナイ話だと思うだろうが)例えばパソコン。最近、体の応用が効かなくなったせいか、パソコンのキーボードと体との相性(腱鞘炎?)で、散々振り回された事があった。(ここ

それ以来、パソコンは会社で使い慣れた“dynabook Satellite K11/K16”シリーズでないとダメ、と思い込んでいる。これは理屈ではない・・・・。3年も前のXPマシンにこだわっている自分もヘンだが、これは実体験を積み重ねた結果なので仕方がない。でも、会社で愛用しているこのK16機と分かれる日(6月末)が近くなってきた。そして焦った・・。別れなければ・・・・。先日、フトNetで検索してみると、何と中古のK11が売りに出ている! そして手に入ったのだ。半年前の自宅用と今回の会社用の、2つのK11が手に入った・・・・。これは、自分としては“大いなるものの為せるワザ”と思わないワケにはいかないのである。(まあ細かくはK16とタッチが違う気がするが、気のせいだろう・・・)

昼休みの散歩で良く行った高野山東京別院。これも最後である。今日は天気も良かったので、弘法大師や観音さまに般若心経を唱えてきた。お世話になりました・・・、と。そして、朝食の常連だった新橋駅構内のパン屋や、行き帰りの駅のトイレにも・・・・。

こんなに素直になった自分・・。もし、あの世から現世を眺める事が出来たら、さぞ親父がビックリしている事だろう・・・。
でも腑に落ちないのが、カミさんがいつも「あなたは“性格が悪い”と言われていたでしょう!」と未だに言うこと・・・。「アア、昔から親父がいつも“お前は性格が悪い”言っていたよ・・」と応えるのだが、(もう半世紀以上も経っているのに、)親父の「お前は心掛けが悪い」「お前は感謝が足りない」という言葉が頭から離れないので、カミさんの言を否定できない。待てよ?これは今なら立派な「幼児虐待」ではないか?
でもまあ昔の事なので許してやるか・・・?
7月からの再スタートを前に、感謝を知り、少しだけ大人になった気分の自分ではある。(←カミさんは認めてないけど・・・)

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