2018年6月18日 (月)

映画「空飛ぶタイヤ」が良かった~「闘う戦士たちへ愛を込めて」

今日は、カミさんと映画「空飛ぶタイヤ」を見てきた。これが意外と良かった。カミさんも大満足。
この所、久しぶりに映画館に行っている。先日は「ゲティ家の身代金」を見て、次は「万引き家族」を見る予定。
この映画は、カミさんが主題歌とともに大のお気に入り。「反撃開始!」や「事故か事件か」「俺が闘わなくて誰が闘う」というキャッチコピーが気に入っている。

公式HPのストーリーにはこうある。
「よく晴れた日の午後に、1台のトレーラーが起こした脱輪事故。
整備不良を疑われた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、警察で信じられないことを聞く。
突然タイヤが外れた、と。
180618sora1 港北中央署刑事の高幡(寺脇康文)らに整備不良を疑われ、世間やマスコミ、銀行からもからバッシングをされる毎日。自暴自棄になりながらも、赤松運送の専務・宮代直吉(笹野高史)、整備士・門田駿一(阿部顕嵐)や妻・史絵(深田恭子)の支えもあり、独自の調査を開始した赤松は、車両の構造そのものに欠陥があるのではないかと気づき、製造元の大手自動車会社・ホープ自動車へ再調査を要求する。
一方、ホープ自動車カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)は、再三にわたる赤松の要求を疎ましく想いながらも、同僚の小牧重道(ムロツヨシ)や杉本元(中村蒼)と調査を進めていく内に、社内でひた隠しにされる真実の存在を知る。
180618sora2 同じ頃、ホープ銀行の本店営業本部・井崎一亮(高橋一生)は、週刊潮流の記者・榎本優子(小池栄子)より、グループ会社であるホープ自動車について探りを入れられ、その杜撰な経営計画と、ある噂について疑問を抱く。
それぞれが辿りついた先にあった真実は、大企業の“リコール隠し”──。
過去にも行われていたそれは、二度とあってはならないことだった。
その真実の前に立ちはだかる、ホープ自動車常務取締役・狩野威(岸部一徳)。
果たしてそれは事故なのか事件なのか。
男たちは大企業にどう立ち向かっていくのか。
正義とはなにか、守るべきものはなにか。
日本を代表するオールスターキャストによる世紀の大逆転エンタテインメント!」(
ここより)

まさに三菱自工による2002年の「大型トレーラーのタイヤ脱落事故」をベースにしている。内容が非常に分かり易く、TVドラマ的。勧善懲悪が気持ち良く、安心して見ていられる。
映画のエンディングに流れる主題歌がこれ。

<サザンオールスターズの「闘う戦士たちへ愛を込めて」>

「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」
  作詞・作曲:桑田佳祐

悲しい噂 風の中
悪魔が俺に囁いた
この世はすべて裏表
嘘と真実(まこと)の化かし合い

一か八かの勝負時
いつもアイツが現れる
悪意のドアをこじ開けて
心の隙間に忍び寄る

自分のために人を蹴落として
成り上がる事が人生さ
それを許さず抗(あらが)う相手には
殺(や)られる前に殺(や)るのが仁義だろう?

寄っといで 巨大都市(デっかいまち)へ
戦場で夢を見たかい?
しんどいね 生存競争(いきていくの)は
酔いどれ 涙で夜が明ける


時に気高く 情け深く
組織ん中で振る舞えば
同じ匂い嗅ぐハイエナが
餌を求めて群れをなす

疑惑の影が追ってくる
悪い予感に身悶える
魔力を持ったオンナ達
それに魂を売るオトコ達

西陽が俺の孤独を憐れんで
振り返ればそこに長い影
道に倒れた人を踏み越えて
見据えたゴールへとひた走る

さあ、おいでタフな野郎は
根性ねえ奴ぁ オサラバ
Night and Day この企業(ばしょ)で
闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて


大量の株が売られていった
何故だろう?
噂がひとり歩き始めた
どうしたの?
弊社を「ブラック」とメディアが言った
違う違う

寄っといで 巨大都市(デっかいまち)へ
戦場で夢を見たかい?
しんどいね 生存競争(いきていくの)は
酔いどれ 恋も捨てて…

さあ、おいでタフな野郎は
根性ねえ奴ぁ オサラバ
Night and Day この企業(ばしょ)で
闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて

この歌詞は、物語を頭に浮かべると何となく分かる。しかし「大量の株が売られていった」という歌詞は、何を差しているのだろう。別の事件か・・・?

映画の封切り日である6月15日の新聞広告にはビックリ。2ページにわたる全面広告には、180618soratobu 上の主題歌の歌詞全文が載っていた。「本日、反撃開始!」である。

この物語に限らす、企業の不祥事では、内部告発は欠かせない。内部告発無くては、企業犯罪を立証することは難しい。この物語も同じ。自浄作用がせめてもの救い。
愛媛県の中村時広知事が「うそは他人を巻き込むことになる」と言っていたが、企業のウソも、多くの社員や関係者を巻き込んでいく。しかし不祥事を起こす大企業にも、このように心ある社員は居る。しかし企業はその人たちを排除する。会社の事を考えて、と言いながら、その全てはエライ人の保身。どこかの国の政府と同じだ。

細かくは映画を見て頂くとして、見終わった感想は、夫婦ともに「良かったね~~!」。
こんな映画も珍しい。
今朝、Net予約で席を取ったときは、2~3人しか席が埋まっていなかった。カミさんも、平日とは言え封切り直後なのに、どうなることかと思っていたと言うが、行ってみると館内はそれなりに混んでいた。

今の日本の政治の世界は、閉塞感が充ちている。国民は、どうしようもないやりきれなさで一杯。
我々も一人ひとりは微力だが、赤松社長のように、「本日、反撃開始!」と戦いたいものである。

(追)
2018年6月2日付朝日新聞の全面広告に、原作者の池井戸潤さんのコメントが載っている。
「正義とはなにか。守るべきはなにか――」
<事件の影にある多くの「人生」を重層的に描いた>
ある日突然発生した、トレーラーのタイヤ脱落事故。整備不良が原因と指摘され窮地に陥った運送会社が、製造元の大手自動車会社を相手に決死の闘いを挑む物語『空飛ぶタイヤ』はいかにして生まれたのか? 原作者の池井戸潤さんに聞いた。

 この作品を書いたのは、今から13年前。ちょうど、大企業の不正やリコール隠しが相次いで表面化し、コンプライアンス(法令遵守)という概念が世で取りざたされ始めた頃です。
 僕自身、ニュースを見ていて、大企業なら許されるのか、また、法にさえ触れなければ何をやってもいいのか、といった疑問を感じていた。そこで、責任を負わされた小さな会社が日本有数の巨大企業に立ち向かっていく物語を書き始めました。
180618soratobu1  扱うモチーフがモチーフだけに、社会派作品、企業小説と位置づけられがちでしたが、描いているのはあくまでも「人」の物語。運送会社の運命を背負う主人公・赤松や自動車メーカーの担当者・沢田をはじめ、70人近くの人々が登場し、それぞれの立場で事件に対峙します。いわば70個もの人生が、事件の期間で輪切りにされているのが、この物語です。人々ののキャラクターがブレないように、執筆中は神経を使いました。
 映画『空飛ぶタイヤ』は、この長大な原作のエッセンスを的確に抽出し、しかも監督ならではの映像表現で見事にまとめてくださいました。長瀬智也さんが演じた熱い赤松と、原作のイメージ通りにクールなディーン・フジオカさんの沢田、その関係の変化がサラリと、かつ繊細に描かれていて、好感を持ちました。
 映画には登場しませんが、小説には、事故と同時期に赤松の家族に起こる、もうひとつのミステリアスな「事件」のエピソードが盛り込まれています。映画とともに楽しんでいただければと思います。」(
2018/06/02付「朝日新聞」p5より)

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2018年6月17日 (日)

12年目の車にドライブレコーダー(ZDR-015)を取り付けた話

我が家の愛車は、18年(2006年)型のヴィッツ。前にも言ったが、これが優秀な車で、69000キロを走っても、故障を知らない。しかし、来年の1月には13年目の車検を迎え、税金も少し上がるらしい。(自動車税34500円⇒39600円、車検時重量税24600円⇒34200円、計+14,700円)
そんなこともあって、今年中には新車に買え替えるつもりでいた。新車も13年乗るとすると、自分も83歳。生きているか、運転が出来ているかは別にして、これが最後の車であろう。それで、代わりは、故障知らずで気に入っている同じヴィッツにしようか、それとも人気のハイブリッド車のアクアか?
経済的にはヴィッツだが、トヨタもガソリン専用車はもう作らなくなるらしいし、アクアを買った友人が「アクアは良いよ~」と勧める。弟も「早く買ったら!」とあおる。

カタログを見て、どうせ買うならアクアだな。と決めた。友人が「アクアを買うなら営業マンを紹介するよ」と言うので、先日店に行ってみた。その友人に気を使ってか、非常に丁寧な対応。そして値引き額も大きい。(でも友人の値引き以下ではあるだろうが・・・)
しかし、店にあったアクアに座ってみてもあまり感激しない。今のヴィッツと変わらない。まあコンパクトカーなので当たり前だが。そして後座席を倒した時に、床がフラットにならないのが気にくわない。
「Netでみると、11月~12月にフルモデルチェンジするらしいが、それを待った方が良いかな?」と言うと、「そんな話は知らない」と言いながら、調べてくれて「ウワサでは8月という話もあるらしいが分からない」とのこと。
しかしこの4月のマイナーチェンジで、安全性が増したらしいので、まあそれでも良いか、との判断。そもそも、フルモデルチェンジに期待しているのは、安全性。スズキのように、対人での自動停止機能があると、老人には安心。そして、自分が付けたいと思っていたオプションが全て付いた「アクア特別仕様車S“Style Black”」というのがあることを知り、機種は決定!

機種が決まると、安い方が良い。Netでみるとカー用品店のオートバックスでも新車を売っていることを知り、見積もって貰った。すると、先のディーラーとほとんど同じ額。
いつも行っているヴィッツのディーラーは、値引きはまったくダメだった。

さてどうする?そもそも何で買い換える?故障も無く、まだまだ元気なのに・・・
タイヤが摩耗。左尻に自分が自宅駐車場の柱にぶつけたキズ。右後ろドアに、熱気を逃がそうとドアを開けたまま走り出してしまい、出窓にぶつけたキズ。カミさんが「ドライブレコーダーを付けよう」と言うのを、「今度新車にしたらね」と言ってきた宿題・・・・
普通、新車を買おうとするとワクワクするはず。それが無い。そもそもカミさんは新車に反対。理由は「キズを付けたらいけない」とビクビク乗るのがイヤ・・・・。

それで思った。友人の独身貴族のH君でさえ、愛車は19年目と言っていた。13年以上乗って何が悪い!?タイヤもキズも直してやればまだまだ現役・・・(まあ、友人のY君は「今ごろ、バックするのに頭を窓から出すのか?」と冷やかしていたが・・・・)
そう思ったら、急激に新車を買う気が無くなった。そして急にやる気になったのが、今のヴィッツの化粧直し。
まずタイヤ。実は“スリップサイン”ギリギリまで減っている。もっと乗るとなったら、まずタイヤの交換が必要。銘柄はブリジストンにこだわる。イエローハットやオートバックスでは、一本1万円以上する。しかしジョイ本では7千円台。ここに決めた。電話で聞くと、在庫が無いので取り寄せるという。それで電話で予約。
そしてカミさんが、ホイールキャップが汚いと言うので、それを調べた。12年前の車だが、ヤフオクで中古が売っている。それを買えば、4本でも1万円ほど出せば手に入る。なんせ、ディーラーで買うと6千円以上するというから・・・
Netでみると、“新車外し”というのを売っている。新車を買った人が、アルミホイールに交換したため、ホイールキャップが余って出品しているのだ。しかし、同じヴィッツでも、旧型と新型ではホイールの形状が変わっている可能性がるとのこと。なかなか難しい。
ふと、“新車外しキャップ付スチールホイール4本”という出品を見付けた。これも同じで、新車のヴィッツを買ったが、アルミに替えたので余ったという。これなら安心。カタログを見ると、旧型(90系)も新型(130系)もタイヤの形名は同じだった。これが4本で送料込み8500円ほどで手に入った。
かくして、4本のタイヤがホールとキャップ込みで、46千円ほどでピッカピカになった。

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さて、次は尻のキズ。近くの車の修理・板金工場に初めて寄って聞いてみた。すると後のバンパーのキズが4.5万円、ドアのキズが5万円だという。さすがに尻込み・・・
Netで「ピッカーズ」という店を見付けた(ここ)。ドアのキズも全体を外して塗装するのではなく、部分的な対応だという。値段もまあリーズナブル。
Netで予約し(千円引き)、見積もってもらったら、バンパーの大きなえぐれキズは3万円+税、ドアの5センチのキズは、周囲もへこんでいるので10センチサイズになって22千円+税とのこと。バンパーは、ディーラーで昔交換して貰ったら38千円だったので、それらを意識しているのかも・・・
結局これで予約。しかし混んでいる。3週間待ちだった。
これで化粧も済んだ。・・・・・。とカミさんは「ドライブレコーダーは?」とのたまう。

それもするのか!?しかも、前に追突されてイヤな目に遭ったので、後のカメラも欲しいという。そしてNetで色々見ると、後のカメラの取付が大変そう。
カー用品店では、取付料は5~6千円で、リアカメラ付だと1.5~2万円ほどかかるらしい。高い。
結局選んだのが、価格コムで売れている「コムテックのZDR-015」という製品(ここ)。
180617a 実は機種選定ではあまり迷わなかった。国産の2台型ではこれしか無いようだし、GPSなど必要な機能は全て入っている。前は在庫不足で、数か月待ちだったようだが、今は在庫している店がある。Yahooショップで、ポイントまで含めると実質27千円ほどで入手。
180617b それを昨日取り付けた。やってみると意外と簡単。1時間ほどで終わるらしいが、慎重を期して作業したため、1時間半ほどかかった。
迷ったのが、正面のカメラの取付位置。結局Netの写真を参考に運転席のバックミラー裏に取り付け。後のカメラは、ワイパーの範囲内に取り付け。ケーブルの引き回しは、結構楽だった。リアカメラからのメーブルは、ドアパッキンのゴムのスキマや天井板のスキマに押し込み、前カメラのメーブルも、天井板とのスキマに押し込んだ。
押し込み工具は、前にふすま貼りをした(ここ)ときに買った竹べらを使用。マイナスドライバーにハンカチを巻くと良いが、ケーブルにキズを付けないためには、金属で無い方が良い。

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問題は、運転席左側の“Aピラー”の外し方。(ここ)に動画があったので、その通りにやったら取れた。
ここは重要。リアカメラのケーブルが長いため、Aピラーの中に束ねて収容。そして、Aピラーの上から針金を下に通す。そして下に出て来た針金の先端に、電源供給用のシガープラグからのケーブルの先端をくくり、引っ張っり出す。そのケーブルをたぐって、前方カメラまで通す。そのケーブルの隠し方は、前に書いた天井板とのスキマに。
シガープラグのケーブルも余るので、束ねて隠す。助手席の足下のケーブルは、コードクリップで天井に留める。

あとはカメラの設定をしてオシマイだが、設置を終わってみて、業者の作業料の高さに驚く。2万円も払うくらいなら、どこかのPCが出来る青年にでもバイトで頼んだ方が安い。経験が無くても、Netでどうやるかを調べて作業すれば、誰でも出来る。5千円も小遣いをあげれば、喜んでやるのでは???

カミさんと試しに一回りして、メモリーカードを外し、PCのビューワソフトで見てみた。このビューワソフトはWIN7では音が出ない。コムテックの「ZDR-015専用ビューワソフト」のHPに載っている「DirectX SDK」のインストールが必要。
出て来た画面は概ね満足だが、画面がカクカクする。画が飛ぶ。色々試してみたが、結局はPCの性能不足のようだ。
取説にこうある。
「・ビューワソフトをご使用する際は、下記に対応するパソコンのスペックを推奨します。
 OS:日本語版 Windows 7/ 8.1/10
 CPU:Core 2 Duo プロセッサ 2.8GHz同等以上を推奨
 メモリー:4GB以上を推奨
 画像解像度:SXGA(1280×1024ピクセル)以上を推奨」

この仕様を満足しているDELLのPCでも試してみたが、何と、画面の左下角と右上の角を境に、ちょうど鏡で映したような画になっている。価格コムで見たら、同じ現象の人が居た(ここ)。
どうも解決策が無いようだ・・・。何でだ??とコーフンしていたら、心臓の動きがおかしい。
先日のPCの設定の時(ここ)と同じ。
今度はホンモノ。4年ぶりの持病、心房細動の再発だった。どうも、PC系のトラブルはいけない。つい夢中になってコーフンしてしまう。結果心臓に負担がかかり、NGに。
「弱ったな・・・。明日は日曜日だし・・・」。貰っているシベノールを飲むが簡単には止まらない。血圧を測ると138/101だが脈拍は160。まさに心臓が踊っている。心房細動に気が付かない人が半分だと言うが、自分には信じられない。
昨夜9時半に発症し、0時と4時に薬を飲んだところ、朝6時に目が覚めたときには止まっていた。ヤレヤレだが、ここ半年薬を止めていただけに、ショック。主治医は、「頓服で薬を飲んで、それでも止まらなかったら病院に来て!電気ショックで止めてあげる」と言っていたが・・・・
それにしても「何も無い(前日と何も変わらない)」ことの有り難さを再認識。
今後のPCのトラブルが鬼門。何かあったらまた夢中になって、心臓バクバクが始まる!?
ドライブレコーダーを取り付けたものの、とんだ厄日の一日ではあった。

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2018年6月14日 (木)

時代小説~親父の思い出

藤沢周平作品を全部読むぞ!と決心(ここ)してから2ヶ月余が経った。
藤沢作品は約60あるが、さっき「冤罪」を読み終わって、計29作品を読んだことになる。図書館の大活字本が気に入って読書し始めて、45冊目である。

このところ、すっかり生活が変わってしまった。以前は、必ずTVニュースを見て、新聞を精読し、社会や政治の動きに敏感になっていた。しかし、最近のニュースは目を背けたくなるものばかり。モリカケ問題の信じられない国(司法・立法・行政)の動き。幼児虐待などの悲惨。誘拐殺人の理不尽。スポーツ界の闇・・・・

悪い“気”は、体に良くない。だからついTVは見なくなってしまった。特に首相の顔や声は、目に入れたくない。チャンネルを替えるより、TVの電源を切った方が早い。
それで、最近は藤沢周平に逃げ込んでいる!?

「冤罪」の解説に「剣豪もの」という文字があった。その言葉で、22年前に80歳で亡くなった親父を思い出した。親父は多趣味だった。将棋、麻雀、野球、釣り、そして“積ん読”。
親父の場合、読書と言うよりは“積ん読”が好きだったのだと思う。家に読んだか読まないか分からない本が溢れていた。しかし週刊誌だけは読んでいたのだろうと思う。
文春、新潮、ポストに現代。毎週4誌を読んでいた。我々も田舎に帰ると、時間潰しにその週刊誌を読んだもの。
その本棚を占めていたのが、将棋の本と時代小説。分野的には「世界の七不思議」と剣豪ものが多かった。さっき「剣豪」という文字を見付けて、「何だ自分も(知らず知らずの内に)親父の後を追っている?」と思ってゾッと?した。

時代小説が多かったと思うが、誰の本を読んでいたか分からない。藤沢作品がそこにあったかどうかも分からない。実家は4年ほど前に処分してしまった(ここ)。もちろんその時に本も。
今思えば、もう少し詳細に写真を撮っておけば良かった。本棚の写真を撮っておけば、親父の読書傾向が少しは分かったかも知れない。それを知ってもどうって言うことは無いが、何だか後を追っているようで、ちょっと気になる。

そう言えば、兄貴も読書好きだった。現役時代、いわゆるベストセラー物は通勤電車の中で全て読んだと言っていた。弟も寝る前に時代小説をよく読むと言っていたので、先日会ったときに聞いてみたら、司馬遼太郎などを読むと言っていた。

読書に最も遠かった自分が追い付いた?ことで、兄弟3人ともに、読書という共通点が出来た。つまりは親父の血か??
何度も書くが、人間の死は二つあるという。肉体の死と、誰からも思い出されなくなる死。
22年前に肉体は死んだが、我々息子の中には、まだまだ生き続ける親父ではある。
(しかし兄弟3人で、相変わらず度々親父やお袋が“夢”に登場するのは自分だけ。理由は不明である。)

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2018年6月12日 (火)

森田童子が亡くなった~「ぼくたちの失敗」

今日の夕刊を見ていたらちょっとショックな記事。
森田童子さん死去 「高校教師」主題歌
 シンガー・ソングライターの森田童子(もりた・どうじ)さんが、4月24日に死去していたことが分かった。日本音楽著作権協会(JASRAC)広報部によると、死因は心不全で、65歳だった。
 1975年以降、7枚のアルバムを発表したが、83年に音楽活動を休止。76年に発表した「ぼくたちの失敗」が、93年に放送されたTBS系のドラマ「高校教師」の主題歌となり、人気を集めた。」(
2018/06/12付「朝日新聞」夕刊P12より)

自分も森田童子には凝った。当サイトでも何曲か紹介している(ここ)。
最初が10年前の2008年3月17日の「森田童子の「逆光線」・・・自死遺族の会」(ここ)という記事。
180612morita 「森田童子の全曲の音源を集めるぞ!」と(勝手に)宣言したのが2010年7月13日の記事「森田童子の「菜の花あかり」」(ここ)だった。
当時、森田童子のアルバムは“幻のCD”で、手に入れるのはオークションで高値で買うしか無かった。自分も苦労して全曲を集めたが、世の渇望を察知してか?2016年7月20日に全アルバムが再発売された。今でも簡単に買えるのが嬉しい。

そう言えば、彼女の代表作(最も知られている歌)をあげていないことに気が付いた。そもそも、当サイトは、有名な曲の紹介ではなく、自分の好みであげているのでこうなる。改めて聞いてみよう。

<森田童子の「ぼくたちの失敗」>

「ぼくたちの失敗」
  作詞・作曲:森田童子

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

君と話疲れて いつか 黙り こんだ
ストーブが代わりの電熱器 赤く燃えていた

地下のジャズ喫茶 変われないぼくたちがいた
悪い夢のように 時がなぜてゆく

ボクがひとりになった 部屋にきみの好きな
チャーリー・パーカー 見つけたヨ ぼくを忘れたカナ

だめになったぼくを見て 君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だネ

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

この歌は、1976年に発表された2ndアルバム「マザー・スカイ」に収録されていたもの。しかし上の音源は、それではなく、1981年にカセットで発売された「友への手紙 森田童子自選集」というアルバムのもの。

J-CASTに、森田童子の訃報に際し、もう少し詳しい記事があった。
森田童子さん死去、素顔は謎のまま 「ぼくたちの失敗」大ヒット
   「ぼくたちの失敗」の大ヒットで知られるシンガーソングライター、森田童子(もりた・どうじ、本名不明)さんが2018年4月24日に亡くなっていたことが分かった。66歳だった。6月12日、各紙が報じた。日刊スポーツなどによると、日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていない。

「高校教師」でブレイク
   森田さんは1952年生まれ。友人の死をきっかけに歌い始めたといわれ、75年に「さよならぼくのともだち」でデビュー。全国各地の小さなライブハウスやテント公演などで歌い、学生層など若い世代を中心に、一部で熱狂的な人気を誇った。つぶやくようなトークや透明感のある声が特徴だった。しかし83年、新宿ロフト公演を最後に、時代に背を向けるかのようにひっそりと音楽活動を閉じた。
   再びスポットが当たったのは93年、テレビドラマ「高校教師」に作品が使われたのがきっかけ。再発売されたシングル「ぼくたちの失敗」は100万枚に迫るビッグヒットになり、アルバムも再リリースされるなどブレイクした。
   森田さんは「夢」や「希望」ではなく、徹底して「絶望」「憂鬱」「不幸」「孤独」を歌った。それが青春に躓いて、時代に取り残され、挫折感を味わうファン層に熱く支持された。
   「みんな夢でした」「君と淋しい風になる」「たとえばぼくが死んだら」など暗い曲がほとんどで「淋しい」がキーワード。女性だが、「ぼく」と称し、歌の中では太宰治や高橋和巳なども登場した。「安全カミソリがやさしくぼくの手首を走る」などという歌詞もあった。メジャーになることを目的とせず、カーリーヘアとサングラスがトレードマークで素顔や生い立ち、近況などのプライバシーは謎のままだった。

りりィや藤圭子、カルメン・マキ・・・
   森田さんは「高校教師」で脚光を浴びた後も沈黙を続け、マスコミの前には現れなかった。最近では2010年5月、朝日新聞の「うたの旅人」欄で、「ぼくたちの失敗」を担当した保科龍朗記者が、仲介者をたぐって接触を試みたが、「とても親しかった人との唐突な死別とみずからの病で『手紙すら書けないほど憔悴している』」という返答だった。
   ただ、依然として一部でカリスマ的な人気があり、16年は最新技術によるリマスターのアルバム全集が発売され、「全曲集」の楽譜も出版された。長年、ジャケット写真しかない歌手といわれていたが、3年ほど前、誰かがネットで大昔のライブの「お宝動画」や、ラジオにゲスト出演したときの貴重なトークを公開し、「森田童子が動いている」「生の声を初めて聴いた」と驚きが広がった。
   レコーディングには石川鷹彦さん、木田高介さんら一流アーティストが参加、「さよなら ぼくのともだち」は大森一樹監督の「オレンジロード急行」の挿入歌になり、「高校教師」では脚本家の野島伸司さんが、森田さんの曲にこだわるなど、プロの制作者の側からも高く評価されたシンガーソングライターだった。
   早生まれなどの違いはあるが、同学年に「私は泣いています」のりりィ(1952~2016)さん、「圭子の夢は夜ひらく」の藤圭子(1951~2013)さん、「時には母のない子のように」のカルメン・マキ(1951~)さんがいる。アングラ、演歌、フォークなど活動の場は違っていたが、謎めいた半生を背負った個性的な声の女性歌手が輩出した世代だった。」
(2018/06/12付「J-CASTニュース」(ここ)より)

確かに、藤圭子やりりィも、60歳ちょっとで亡くなっている。
若い人は、こんな訃報を聞いても、何も感じないだろう。しかし、我々と同じような世代の人の死は、なぜか沁みる。
人生、他の人に何らかの影響を与える何かが残せると良いが、なかなか難しい。森田童子は、31歳で音楽活動を終えたが、世から忘れ去られることなく、逝った。
米朝首脳会談の歴史的なこの日(2018/06/12)に、森田童子逝去の報。
我々凡人にはない才能があったから・・・!? 合掌。

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2018年6月10日 (日)

中島みゆきの「傾斜」

先に中島みゆきの歌を聴き直し、何曲かあげた。今日はその続きである。
中島みゆきの「傾斜」という歌を見付けた。

<中島みゆきの「傾斜」>

「傾斜」
  作詞・作曲:中島みゆき

傾斜10度の坂道を
腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
紫色の風呂敷包みは
また少しまた少し 重くなったようだ
彼女の自慢だった足は
うすい草履の上で 横すべり横すべり
のぼれども のぼれども
どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
愛から冬へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

息が苦しいのは きっと彼女が
出がけにしめた帯がきつすぎたのだろう
息子が彼女に邪険にするのは
きっと彼女が女房に似ているからだろう
あの子にどれだけやさしくしたかと
思い出すほど あの子は他人でもない
みせつけがましいと言われて
抜きすぎた白髪の残りはあと少し

誰かの娘が坂を降り 誰かの女が坂を降り
愛から夜へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり
としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
愛から冬へと人づたい
のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり
飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか

この歌は、1982年発売のアルバム「寒水魚」に納められていた歌で、wikiには「後に高校の国語教科書にその歌詞が掲載された曲である。」と解説がある。
この歌で高校生に何を教えようとしていたのだろう・・・??ちょと興味がわき、Netで検索してみた。

そしてこの歌詞について、こんな解説を見付けた。
「たとえば、出だしの「傾斜10度」。坂の角度が具体的です。30度もある坂道だと急すぎて、あまりに波乱万丈な人生を予感させるし、平凡な人生には「傾斜10度」くらいがちょうどいいのである。この「傾斜10度」という角度の具体的表現の中には、どんな人生だったかという、いわば何万言もってしても語り尽くすことのできない「人生」という抽象的なものの在り方が表現されているのである。すばらしいですね。
 そして『風呂敷包』。何十年生きても、本当に大切なものはそんなにたくさんはないのだよ。せいぜい「風呂敷」に包める程度でしかないのだ。そして、それでも、その荷物は少しずつ重くなり、そのせいもあって、自慢だった足は「横すべり」する。この「自慢だった足」というのも暗示的ですね。
「若いころは気丈な人だったのに、年取ってすっかり気弱になってしまったねぇ」なんて状態や、「お父さんも最近すっかり涙もろくなって、もう年かねぇ」なんて事を思わせたりもするのである。言わば「精神の足腰」なのである。そして最後は、結局「どこへも着きはしない」ような気がするというのだ。こんなにも生きてきて、まだ前が、行き着く先が見えない。あぁ、いったい私の人生って何だったのだろう。という思いで締めくくられる。

人は年をとるとボケる。これはどうしようもない現実なのである。・・・
その深刻な事態を「哀しい思い出がふえて、頭一杯になってしまい、もう入りきらなくなったので、忘れてしまう以外に仕方がない。」なんて、中島みゆきは捉えてしまい、「悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら 忘れるよりほかないじゃありませんか」と歌ってしまうのである。いけない事だと言っているのではないのですよ。あるいはそうおっしゃる人もいるかもしれないが、偽鑑先生はそんなきれい事より、この中島みゆきという人の人生や人間を見つめる眼に驚いて、感動してしまうのである。こんなことは、最近のエセロック歌手には逆立ちしたってできないのである。
 それに「飽和量」なんていう理科の教科書に出てくるような言葉を詞の言葉として使って、またそれを違和感なく使いこなしてしまう才能のすばらしさにまいってしまうのである。中島みゆきによって「飽和量」という言葉は新たな命を吹き込まれたと言ってもいいくらいなのである。・・・」
(「偽鑑先生の作文講座」ここより)

なるほど。こんな解釈もあるのか・・・。

一方、学術的?には、早稲田大学の論文?にこう記載があった。
「学習者がよく聴く音楽は、クラシックよりはポピュラーであり、その多くは歌詞が付いたものである。そこで音楽と国語科の接点を考えるときに、直ちに思いつくのはうたの歌詞ということになる。歌詞は、詩歌と同じ位相から教材化を検討することができる。現に、国語の教科書の中にも歌詞が教材として採録されるようになりつつある。高校の「現代文」の教科書を例にするなら、教材として歌詞が掲載された教科書が複数あった。1989年版学習指導要領に準拠した「現代文」の教科書から3例紹介する。

角川書店版教科書には、中島みゆきの「傾斜」の歌詞が収録されていた。「傾斜」は「文体・表現」という単元に収められ、後に次のような「学習」が付いている。
学習1
一 「傾斜」がイメージされている言葉を作品の中から列挙してみよう。
二 この歌詞は光景を叙述した部分と、感情を表出した部分(叙情の表出)とによって構成されている。それぞれその部分はどこか指摘してみよう。
三 この歌詞には次のような二つのリフレインがあるが、それぞれ表現されている意味を明らかにしてみよう(以下略)。
学習2
一 「傾斜」という言葉には何が暗示されているか、考えてみよう。またそれが高らかに歌われてるい部分を指摘してみよう。」(
早稲田大学の(ここ)より)

高校生も大変だ!?

しかし、古希を過ぎた自分にはなぜか心地良い歌だ。老化を認めてくれたようで・・・!?

さてこの歌は、2004年発売のアルバム「いまのきもち」でセルフカバーされているので、それも聞いてみよう。

<中島みゆきの「傾斜」(「いまもきもち」より)>

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2018年6月 7日 (木)

100m吉岡隆徳の「記録は生まれるべくして生まれる」~健康とは?

先日、NHKラジオ深夜便「カルチャーラジオ「声でつづる昭和人物史~吉岡隆徳」」(2018/5/28放送)を聞いていて、こんな言葉に出会った。

<NHK「声でつづる昭和人物史~吉岡隆徳」より>

ここでの吉岡隆徳の言葉、
「人間は記録を作ろうとか、勝ってやろうとか、いうときには絶対にダメだということを、私は身をもって経験した。記録は生まれるべくして生まれる、という気持ち。必ず意識をしない。これは競技に限らず、日常生活でもそのことが一番大切ではなかろうかと思っている。」
を聞いていて、色々なことを思い浮かべた。

仏教では、思い通りに行かないことを「苦」という。
我々の生活では、全てが思い通りにはいかない。もちろん競技もそうだが、日常生活、特に病(やまい)ではそうだ・・・

昨日、軽い脳梗塞の退院祝いをしたH君も、「ひとり暮らしなので、注意をしていたのだが・・・」と言っていた。
カミさんが昔からお付き合いがある神経内科の女医さん。夜、変だなと思って夫婦で話していたが、翌朝には「脳梗塞」。ご主人は脳外科医とか?
つまり、その道のプロの医師夫婦でも、自分たちの脳梗塞を発見できない・・・。

脳梗塞は、4時間半以内だと血栓を溶かす血栓溶解療法で治る可能性があるという。
それも全ては運だと思う。幾ら夫婦で暮らしていても、たまたま別室に居て倒れれば、直ぐに見付からないこともある。逆に運良く雑沓の中で倒れれば、誰かが見付けてくれる。
全て、運・・・

健康のために、ウォーキングをしている人が多い。自分も散歩を心掛けているが、これも程度問題。人間の足は、消耗品だという。過剰に足を使うと、ほころびが出て、日常生活に差し支えてしまう。

では、健康保持とは何だろう?
上の言葉を借りると、「病は、なりたくないと思ってもダメ。病はなるべくしてなる。意識をしないこと。」か・・・・?
あまり力まない方が良さそう。自然体で・・・!?
どうせ、なるようにしかならないから・・・!?

「暑いから」もそうだが、こんな事も言い訳に、健康保持の散歩を逃げている最近の自分である。

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2018年6月 4日 (月)

nanacoで税金を払った話

70年入社の同期が5人集まって、時たま珈琲会(お茶会)を開く。古希を過ぎた爺さん会である。主にY君が主催なのだが、なかなか開催のメールが来ない。自身の山登りで忙しいせいらしい。
その会は最初3人でやるようになって、そこに自分が入り、最後にT君が加わって計5人になった。天気の良い日に、Y君の庭のテラスで、H君が持ってきた珈琲の道具で豆を挽き、珈琲を飲んで雑談。それからランチに繰り出して解散。3時間余の雑談会である。
先日、老舗のメンバーのH君が、軽い脳梗塞で入院したという知らせが届いた。5月12日に入院したという。その後リハビリテーション病院に転院して、今はリハビリをしているという。
1ヶ月ほどの入院の予定が、6月4日に退院するというので、退院祝いをかねて、お茶会をする事になった。

ここからが本題だが、前回のお茶会で、そのH君から、税金を払うときに、nanacoで払うと、いう話を聞いた。普通は銀行振り込み。手間が省けるので、それが一番と思っていた。しかし、節約家はいるもので、「そんな面倒なことをして、何のメリットがあるのか?」と聞くと、「税金を払える電子マネーはnanacoだけ。そのnanacoにクレジットカードから振り込んだときに、得られるポイントがメリット」だという。
対象の税金は、固定資産税、健康保険。自動車税。ひと声40万円として、1.2%のポイントだと、約5千円弱のポイント。これにメリットを感じない人は今まで通り。
自分は年金生活者として、そして世の中の仕組みを知るため?にチャレンジをしてみたのは今日の話。

Netで検索すると「nanacoとクレジットカードで税金や公共料金を節約するために気をつけること【2018年版】」(ここ)というサイトがあって、実に懇切丁寧に書いてある。
自分もこの通りに実行してみた。水道は銀行振り込みの場合、少し安くしてくれる仕組みがあったので、そのまま。年金から天引きされる介護保険と住民税は仕方が無いので、自分の場合は、国民健保保険と固定資産税、自動車税の3つが対象。

・市役所で、自動振替の停止の申請をする。
・イトーヨーカドーに「8がつく日(手数料が無料になる)」に行ってnanacoカードを作成。
・nanacoにチャージするときに1.2%のポイントが付く「リクルートカード」を新たに申請。加えて、(土)(日)に申請すると、計8000円分の期間限定ポイントが貰えるので、「ポンパレモール」で本などを買う。
・ポイントが付くnanacoへのチャージは、毎月16日~翌15日までの間で、3万円まで、の制限があるので、16日を過ぎたら毎月3万円を入れておく。
・セブンイレブンで、nanacoで納税。

その他、カードとnanacoとの紐付けなど色々な手続きがあり、正直面倒・・・
そして、毎月のチャージや紙での納税期限の厳守など、期限を守る必要があるので、自分の場合、スマホのYahooカレンダーに、1年分の予定を入れておいた。

初めての例で、先日、早速nanacoで自動車税を納付してみた。なるほど、だいたい動きが分かった・・・・。
手間の代わりに数千円。これも労働賃か??
何もしないと、頭が鈍る。自分に「何日には何をしないといけない」と追い込むのも、ボケ防止につながるかも知れない!?
H君の指導の下、そんな言い訳をしながら、しばらくやってみるつもりである。

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2018年6月 2日 (土)

長尾和宏さんの「日本が壊れないために」

相変わらず、カミさんが時々「読め」と持ってくるプリント。今回は、カミさんがよく読んでいる長尾和宏さんのブログの記事である。

「日本が壊れないために」~長尾和宏さんのBlogより
・・・・(略)・・・
3年前、ある犯罪者(常習犯)の決定的瞬間をビデオに捕えた。犯罪の様子がビデオにバッチリ映っているので警察に通報した。
当然、法に照らして適正に裁かれる、と誰でも思うだろう。ところがまったくその反対で、逆に訴えられ返される始末。
その犯罪者の父親や兄など身内が兵庫県警の警察官だったのだ。彼らが尼崎南警察署の副所長に娘の犯罪のもみ消しを依頼した。
副所長(当時)は私に「お父さんに頼まれて困っている」と話した。その結果だろう、尼崎検察庁は信じられないことに「無罪放免」とした。
絵にかいたような身内の犯罪のもみ消し。
いくら犯罪者を捕まえても、身内の「忖度」でもみ消して、無罪放免に。しかも逆に訴え返されるという事態に発展・・・
尼崎検察庁の担当検事に話を聞きに行った。その検事は「私は有罪だと思うが、上司からの圧力でもみ消しに」と。
弁護士さんに相談すると検察庁が一旦下した判断を覆すためには検察審査会というところにかけるしかない、ということを知った。
しかし検察審査会で逆転する確率は、1%くらいであるとも。しかし納得できない判決なので、警察審査会に賭けることに。
そしてその結果、半年くらい時間はかかるも「無罪は無効」との判決を得た。警察や検察は完全に腐っているが、検察審査会は機能していることを知った。
しかし、ここからが長かった。
ようやく尼崎裁判所での裁判になった。打ち合わせや出廷は大きな負担になる。
そもそも犯罪者を捕まえたのに、なぜこちらが被害者みたいになるのか。捜査情報は全く知らされないまま、被害者を執拗に捜査するが逆じゃないか?
警察や検察とは、犯罪者は取り調べずに、被害者を取り調べる組織であると知った。
そもそも警察官や検察官は、ひとりひとりが「絶対神」である、そうだ。冤罪事件に詳しいという東京赤坂の弁護士さんにそう聞いて愕然とした。
彼らは国民の治安や幸福や正義のために働いているのではない!国家システム、つまり総理大臣に忠誠を誓うために働いていると。
トップ官僚が「記憶に無い」と言えば出世できる仕組みが理解できるだろう。私は超個人的な経験を通じて、この国の統治システムの大きな欠陥を知った。
日本国には警察や検察官を取り締まる法律が存在しないのである。これは致命的欠陥だと思う。
韓国の歴代大統領の逮捕劇だけでなく米国のトランプ大統領でも大統領命令が通らないという「ブレーキシステム」を有している。
しかし日本は、そうした「権力のブレーキ」が無い国である。
だから権力者(政治家、警察、検察官)の犯罪が、後をたたない。それは犯罪を犯しても断罪されないという欠陥構造に原因がある。

話を戻そう。
2年後に尼崎地裁でやっと「有罪」の判決が出た。しかし大阪高裁に上告され、また半年が経過した。
高裁でも「有罪」判決が出たが、警察官一家は最高裁まで持ち込んだ。しかし、先週、最高裁でもやっと「有罪」判決が出て、罪が確定した。
結局、泥棒さんを捕まえてから3年を要した。弁護士費用だけでも300万円以上かかった。
私は、泥棒さんは恨んでいない。なぜならそれは「病気」だから。
前科があり再犯を繰り返していることも、最近知った。毎回、黙秘と身内のもみ消しで切り抜けてきたことも。
許せないのは、警察と検察の犯罪常習性である。治安を守る立場の人達が結託して身内の犯罪をもみ消すという犯罪を繰り返す国。
日本という国がそんな状態にあることを身を持って知らされた。だから国会での「記憶にない」騒動も裏側が容易に想像できる。
野党がやるべきは「権力を取り締まることができる法律」を造ることだ。しかし野党である限り永遠にそれは実現せず、権力者やりたい放題が続く。
99%の国民はまともに生きている。日本人としてのモラルや美徳がある。
しかし1%の権力者は、犯罪をやりたい放題の現状にある。犯罪を犯しても絶対に捕まらないことを知っているので犯罪ができる国。
恐ろしいのは、そんな国家の行く末である。事実、私の身の周りでもそんな事件が起きた。
奇跡的に最高裁で勝ったが、もし負けたら日本国籍を捨てようと思ってきた。しかし勝ったので、この国が壊れないことを願い、今後もしばらく発信する。
まさに夢のような、信じかたい3年間だったが、学んだことが沢山あった。
このブログに警察や検察の批判を書くのは、この国が壊れて欲しくないから。
先週最高裁判決が下ったので今日初めて3年間闘ってきた経緯を書いた。鉄道事故裁判の高井さんもそうだったが、私自身も感無量の週であった。
超個人的な話に、ここまでお付き合い頂いた皆さまに心からお礼を申し上げます。」(
2018/05/20付「長尾和宏さんのBlogここより)

長尾和宏氏は、当blogでも何度か取り上げている尼崎で在宅看取りのクリニックを開いている医師(ここ)。
NHKラジオ深夜便で聞いて、長尾さんのことを知り、当サイトで最初に取り上げたのが5年前だった(ここ)。
それ以来、ファンになったカミさんが、Blogも読んでいる。そこで気になって印刷したのが、この記事。

氏は「日本が壊れないために」と謳っているが、もうダメではないかと、最近思う。
国会だけでなく、日大アメフト、女子レスリング等など、デタラメのオンパレード。
とうとう、福田元首相までが疑問を呈したという。

「福田元首相が佐川氏不起訴に疑問「命絶った人はどうなる」
「自ら命を絶った人はどうなるのか」――。福田康夫元首相が大阪地検の決定に疑問を呈した。
 福田氏は1日、都内の日本記者クラブで会見を開き、森友疑惑に言及。決裁文書改ざん問題で「記録を残すのは歴史を積み上げることだ。公文書は石垣のひとつ。ちゃんとした石でなければ困る」と語った。
 さらに佐川宣寿前国税庁長官らが不起訴処分になったことについて、「不起訴でおとがめなしとなれば、自ら命を絶った人はどうなるのか」と疑問を投げかけた。今年3月、国有地売却を担当した近畿財務局の男性職員が「書き換えをさせられた」とのメモを残して自殺したことを引き合いに出した格好だ。
 さらに福田氏は、安倍首相の「李下に冠を正さず」「信なくば立たず」という発言について「(言葉の意味を)分かってない人が多いんじゃないか」と語った。」(
2018/06/02付「日刊ゲンダイ」ここより)

国民が最後の砦だと思っていた大阪地検特捜部までもが、上の尼崎の検察のように政権に取り込まれているように見える。三権分立の行政のデタラメを、司法もブレーキをかけられず、立法府も行政から舐められている始末。どこが三権分立なのか分からない。
今回、「日本はウソを付いても良い国」と世界に知らしめてしまった。もちろん子どもたちにも「ウソはダメ」と言えなくなってしまった日本。
長尾氏には残念だが、「日本は壊れてしまった」と思わざるを得ない。
ひとりの独裁者のウソと保身のために、国民の税金で働いているこれだけ多くの人たちが、そのウソ隠しのために動いている。
国内の自浄作用が見込めない現在、“世界から相手にされない日本”に国民が気付くまで待つしか無いのだろうか。

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