2012年5月24日 (木)

今朝の電車の中の風景~頼りになる日本のお母さん

今朝、電車で新聞を読んでいたら、向かいの席の子どもが泣き出した。前に人が立っているのでよく見えないが、毎朝大きなランドセルを背負った男の子が、二人並んで座っている席。今年私立の付属小学校に入学したのだろう一人が、前の駅で乗ってきて、自分と同じ駅で、お母さんに連れられた一人がその隣に座る。この4月以降のことだ。
前に立っていた中年男性が「どうしたの?」を話し掛けている(聞こえないが、たぶん・・)。しばらくして、次の駅に止まった。するとその駅で乗り込んできた若いお母さんとおぼしき女性ビジネスウーマンが、電車に乗ってその泣き声を聞くや、脱兎のごとく声を掛けていた男性をかき分けて子どもの所に寄る・・・・。(ホントウに“貴方たちではダメ!”とばかりに・・・)
よく見えなかったが、まもなく泣き声が止んだ。何だろうと思っていたら、次の駅で二人して降りていった。忘れ物をした?通学が怖くなった?とも思ったが、もう5月末。体調不良かも・・・。隣の席の相棒は、何をするワケでもなく、ただ呆然・・・・
それはそうだ。小学校1年生で、女の子ならともかく、男の子だと手助け出来るワケもなく・・・・(そのくせ、駅に着くとホームでふざけて走り回っているが・・)

付属の小学校にやっと入れた・・・と、毎朝6時半発の電車で30分の電車通学。中学生なら分かるが、小学校1年生からの電車通学はどうなんだろう? 幾ら学校がエスカレーターとは言え、あまり賛成は出来ない・・・。小学校は地元で良いのでは?
そう言えば、ウチの息子も中学の時、電車の中で気持ちが悪くなって吐いたことがあったという。やはり女性の人が介抱してくれたと、後で聞いた。

駅で降りた女性は、たぶん母親に連絡して、子どもを引き渡すまで一緒にいるのだろう。会社に遅れるかも知れないのに・・・
外国から来た人が、通勤電車の中の日本人を見て「何であんなにいつも不機嫌なの?」と感想を漏らすとか・・・。確かに電車の中は、皆知らんフリ。でも、いざとなったら、日本のお母さんは頼りがいのある、強い存在なのだ。ただし、それは相手が小学生だからかも・・・
何? もし泣いた子どもが自分の座席の隣だったら、どうしたかって? 当然、介抱したさ・・・。たぶん・・・・。恐らく・・・。自信無いけど・・・

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2012年5月23日 (水)

台所のTVで居間のタイムシフト録画を再生

カミさんに頼まれたことで、ほとんどはイヤイヤするのだが、時たま積極的に動くことがある。今回の台所のTV更新と、居間の録画機タイムシフトマシンの導入は、まさにカミさんのひと言で、自分が“過激に”動いた例・・・。

いつだったか、カミさんが「昔のテレビ番組を、後から見られるんだって?」と言う。東芝のブルーレイレコーダーのタイムシフトマシンのことだ。「買うか?」と聞くと「もったいないから要らない」という。
少し経って、「ビエラでは、台所から録画した番組が見られるんだって?」という。「買うか?」と聞くと「「もったいないから要らない」という。
その後もたまに同じような会話があった。ふと価格Comで見たら、最初に話があった時に比べ、東芝のレコーダーが1万円も高くなっている。これらは、時季があるのだ。
どうもこの手の話は、つい夢中になってしまう。日曜日にたまたま電気屋に寄った時に、レグザブルーレイのカタログを貰ってから、何かやる気になった。居間のDVDレコーダーも6年。まだまだ使えるが、そろそろ最新式に取り替えても良いかな・・・なんて言い訳をして・・・

どうせ買うなら容量の大きい方を・・ということで、東芝のレグザブルーレイDBR-M190と台所用の液晶TV、REGZA 19RE2を手配した。DBR-M190は5TBのHDD搭載。台所用のTVは一番小さいので19型。今までは、なるべく小さいものということで13型だったので、結構でかい。
しかし、TVの安いのにはビックリ。2万数千円で最新型が買える・・・・・
まずは自室でセッティングと画質などのチェック。「6チャンネル分を15日間分」を一時保管できるといううたい文句だが、画質は我慢の限度を超えている。三菱電機のTVでは、低画質モードでも充分に良い絵なのに・・・。仕方なく高画質モードで録画することにした。これだと一時保管は6日間だが、チャンネル数を5つにして、録画時間帯を午前中と夜だけにしたら、18日間分が保管できる。つまり、過去18日間の番組が後から自由に見られる。新聞の講評欄に良い番組だったと載っていたり、人から良かったと聞くと、今までは再放送を待つしか無かったが、これからは18日前であれば、全てを録画しているので、後から見ることができる・・・・・

そして台所用のTVからも、居間のレコーダーに録画してあった番組を見られるようにする。TVとレコーダーそれぞれをLANケーブルでNTTの光ルーターにつなぐ。なるほど、TVのレグザリンクのボタンを押すと、居間のレコーダーに録画してある番組リストがズラリと出てくる。それで再生可能。しかも、タイムシフトの過去番組も、日にちとチャンネルを指定すると、リストが出て来て再生可能。でも探すのが結構大変・・・・。
唯一の欠点が、居間のレコーダーの電源が入っていないと、台所で見られないこと。いちいち電源を入れに行くのは面倒なので、東芝DVDインフォメーションセンターに「取説に、外部機器から電源を入れる方法が書いてあるが、このTVでは出来ないのか?」と電話で聞いてみた。すると電話口の女性が全くの素人・・。少し聞くと「お待ち下さい」と長時間引っ込む。そして別のことを聞くと、また「お待ち下さい」・・・。こまったもの・・・。
結局、レコーダーの電源ONの手間の問題はあるが、台所仕事をしながら、いつでも居間と同じ環境でTVを見ることが出来るようになった。

最後に残った“課題”が「停電対策」。このタイムシフトマシンは、指定した時間帯は全番組を録画する。つまりHDDが動きっぱなし。よってPCと同じで、絶対に電源を止められない。しかし、ウチのカミさんが良くやるのが、食洗機とアイロンを同時に使って居間のブレーカーを飛ばすこと。これだけは、注意していても必ずやらかす。せっかくのレコーダーを壊さないために、無停電電源(USP)の安いのを買おうかとも思ったが、昨年の計画停電を思い出し、まあ壊れる確率はそう高くないだろうと思ったり・・・・。結局、食洗機の電源を別系統から引くことにして、7mの電源延長ケーブルを手配することにした。Amazonで手配すると、送料無料で直ぐに送ってくれるので助かる・・・。
しかし昨夜、「何度でもブレーカーを飛ばすだろう」と言うと、「そんなこと当たり前でしょう。今頃気付くなんて・・・」と自分のミスを、今後も当然やらかす前提で話すカミさんは大物・・・

かくして、ここ数日で、カミさん用の自由自在TVが実現できた。やれやれ・・・なのだが、実はカミさんに「使い方を教える」と言っても、乗ってこないのっだ・・・・。「後で・・・」と。
結局このようなことは、自分の自己満足以外の何物でもない・・と思うのである。
つまり、金を遣い、頭を使い、体力を使い、「よし、これで台所から何でも見られるぞ」と得意になっても、それをどう使うかは所詮カミさん・・・。
あまり乗ってこないカミさんに、ちゃんと利用するように、教育が最大の課題だと今頃気が付く自分なのである。
さて、また今から使い方を習う気になったかどうか、聞きにいってくるかな・・・・(トホホ・・・)

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2012年5月22日 (火)

「団塊、嫌われぬ老後を~後輩犠牲の高福祉では」

自分たちにとって都合の悪い話、耳の痛い話は、当blogで取り上げない・・という考え方もあるが、この記事がどうも気になって仕方がない。棄てられないこの新聞の切り抜きが、「オレも・・・」と拙宅で“存在感”を示す。仕方がない。長文だけど取り上げてやるよ・・・・(写真はクリックで拡大)

団塊、嫌われぬ老後を~後輩犠牲の高福祉では
    本社コラムニスト 平田育夫
  「いい思いをしてきた戦後のベビーブーム世代が、実に多くの問題を若い世代に押しつけている」
 これは日本の話ではなく英国会議員のD・ウィレッツ氏が英国社会について書いた本、その名も「ザ・ピンチ」の一節である。
 高齢化する先進国に共通の悩みが、社会保障などの世代間格差なのだろう。
 日本のベビーブーム世代の代表は1947~49年生まれの「団塊の世代」。その先頭が今年65歳になっている。670万人のこの塊は、若い世代に迷惑をかけず老後を送れるだろうか。

Img_00051  「恵まれすぎ」などという若者らの声に釈然としない団塊世代も多いだろう。本当はどうなのか。
 年金、医療と介護で生涯に国から受け取る給付と保険料の支払額を比べよう。鈴木亘学習院大学教授(41)の推計(図)では、ほぼ50歳より上は受取額が支払額より多く、その下は支払額が受取額を上回る。団塊世代は2000万円前後の受け取り超過となる。
 この社会保障の格差が不当かどうかは、世代ごとの幸福度や社会への貢献も併せて考えねばなるまい。
 80歳代以上には戦場に行った人、空襲や原爆にあった人も多い。70歳代も戦後の食糧難に苦しんだ。今年79歳の男性が14歳の時の平均身長は、団塊世代である64歳の14歳時より11センチも低かった(文科省統計)。
 貧しさに耐え高度成長の礎を築いたのも70歳代以上が中心。その果実をいただいたのが団塊世代だ。
 団塊世代の大学卒業は70年代初め。その70年代に経済安定のため様々なシステムが導入されたとエコノミストの原田泰氏は「1970年体制の終焉(しゅうえん)」で説く。
 73年の石油危機後、資本自由化は止まり企業が保護された。金融の護送船団体制が本格的に確立し、銀行は人気就職先になる。
 安定した経済の下で職探しも楽で、昨今のように50社以上も回る学生はまれだった。総務省によると70年当時、15~24歳の失業率は2%で、最近の9.2%よりずっと低かった。
 病気や事業の失敗などでつらい思いをされた方もいる。それでも団塊世代は経済の面で相対的に恵まれていたとはいえるだろう。

 では社会への貢献はどうか。課長か部長の頃にバブルの恩恵に浴したが、その崩壊後は役員や幹部社員として事業の改革より人員削減などに傾きがちで、若者の就職難にもつながった。政界にも団塊世代はいたが経済の構造改革や社会保障の見直しには不熱心。
 こうして20年間の経済停滞や財政悪化に直接、間接に手を貸してきた。
 社会から得たものは多く与えたものの少ない世代。老いて厚い社会保障を受けるとなれば、若者の不満も分からなくはない。
 この世代の名前が由来する堺屋太一氏(76)の36年前の小説「団塊の世代」は、2000年時点での年金や医療保険の破綻を予想。若い官僚にこう言わせた。
  「(団塊世代は)まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過ごして来た」
  「福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった」
 滴察は当たったように思える。団塊世代は社会に何を還元できるのか。
 消費社会研究家の三浦展氏(53)は7年前の著書「団塊世代を総括する」でこの世代に起業を勧めた。成功すれば税収や雇用が増える。一定の所得がある人には国が年金を減らせる。
 ライフネット生命保険を6年前に設立した出口治明社長(64)の例もあるが、還暦過ぎのだれもができる芸当ではない。やはり社会保障改革や消費税増税に協力することが、立つ鳥跡を濁さない現実的な道か。
 冒頭に紹介した英国議員の書も、ベビーブーム世代に社会保障を含めた自制を説いている。

 社会保障の削減にあたり特定の世代を狙い撃ちすると制度をゆがめるので、基本は全世代が対象になる。それでも団塊世代の大群が本格的な受給者になる前に改革をすれば、後輩の負担を軽くできる。
 例えば公的年金の給付額を、少子化や寿命の延びに見合って年0.9%程度ずつ削る仕組みをデフレ下でも発動する。現役世代の賃金は減ったのだから文句は言えない。
 また基礎年金の支給開始年齢を66歳とし、団塊世代の最後である49年4月2日以降生まれの男性(現行制度は65歳開始)から実施する。暴論というなかれ、米国は29年前、ドイツも5年前に67歳への段階的引き上げを決めている。
 医療分野では70~74歳の自己負担1割について、団塊世代がこの年齢に達するまでに「一定以上の所得がある人は3割を負担する」仕組みに変える・・・・・・。
 病気や事業の失敗などで困っている高齢者には配慮が必要だが、介護を含め、支出を抑える手は多い。
 消費税増税も危うい情勢だが、政府は社会保障の抜本改革を先送りした。もし社会保障の膨張で財政破綻が迫れば、物価は急騰し年金や貯蓄に頼る人々を直撃する。70年代に消費者物価が2.46倍になったのを団塊世代は経験済みだ。
 だから改革は団塊世代にとって自分の問題でもある。数の力に頼み沈黙を決め込むのは、結局だれのためにもならない。この世代の一員として、そう思う。」(2012/05/14付「日経新聞」p5より)

「まったく痛いところを突きやがって・・・!」と思ったが、最後に「この世代の一員として、そう思う。」という言葉があるので、同じ穴の狢(むじな)。許してやるか・・・

まさに団塊の世代の中心、47年生まれの自分たちは、この指摘の通りだった。行け行けドンドン・・・
オイルショックの時の給料の上がり方は、まさに異常。会社が潰れる・・・ナンテ言うことは、夢にも思わなかった。ひたすら拡大の一途。今考えると、そっちの方が異常だったのだ!?

団塊世代が「逃げ得」と言われて久しい。しかし、自ら返上しようとは思わないのは、まさに上の記事の「沈黙を決め込む」ことに他ならない。それは分かっている。しかしな・・・・・・
今日は、書けば書くほど墓穴を掘るので、この辺で止めておく。
当記事を読んだ団塊の世代の各位が、それぞれの立場で“反省?”して“行動”することにしようぜ・・・・(まあ今晩、孫に小遣いを1000円あげるとか・・・)

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2012年5月21日 (月)

近くのソバ屋のおじいさん

今朝は日本中、金環日食の“お祭り”の日。東京地方は曇の予報に比べれば、薄日。ラッキー・・・・。金環食ピークの朝7時半の時刻には、自分はいつもの通り駅前のコーヒーショップ。
見ると、駅前広場には減光メガネをかざして太陽を見る人がたくさん・・・。自分がコーヒーショップに入った日蝕ピークの20分前頃は、何とか直射日光も当たっている。もちろん何の用意もしていない自分は、それとは無関係・・・
コーヒーショップの中からボヤーと外を眺めていると、7時半前後で確かに急速に辺りが暗くなるのは分かった。窓際のスタンド席の、机の上のダウンライトの光が急に明るくなった。つまり、まるで暗雲立ち込めたように周囲が暗くなった。直射日光は見えなかったので、“その瞬間”は曇ったのかも・・・

さて、今日は他愛もない話。
会社の近くに、たぶん70代くらいだろう夫婦でやっている古いソバ屋がある。2週間に1度くらい自分も昼食にソバを食べに行く。そのソバ屋は、調理はおばあさんがやっていて、おじいさんは注文取り。なぜかというと、おじいさんは脳梗塞をやったらしく、まるでロレツが回らない。何を言っているのか、なかなか理解が出来ない。そんなことで、おばあさんが調理をしている。
でもそのおじいさん、客に気楽に声を掛ける。声を掛けられた客は、その言葉を聞き取ろうと一生懸命。そして困った顔をしながらも相槌を打つ。もちろん若い女性客もだ・・・。

前に、駅で電車に乗って、ふとホームを見たら、ちょうど同じ電車から降りたソバ屋のおじいさんがこっちを向いて手を振っている。思わずドアのガラス越しに、自分も手を振ってしまった。しかしこの光景は信じられない・・・。注文取り以外に話もしたことがないおじいさんが、自分に向かって手を振っている・・・・
そうか、おじいさんはたまにしか行かない自分を覚えていたんだ・・・

しばらくして、やはり駅に続く道を歩いていたら、前から来た人が急に立ち止まって、頭を下げる。ギョッとして見ると、やはりそのおじいさん。思わず自分も頭を下げた・・・。
会社関係以外の人から道端で挨拶されるのは実に珍しい・・・

そんなことがあってから、何かそのソバ屋に行きづらく・・・
先日久しぶりに行ったら、そのおじいさんから、また親しげに声を掛けられた。もちろん滑舌は最悪。でも自分なりに「駅で良く会いますね」と言ったと理解して「そうですね」と相槌を打った。それに、自分はそのそば屋に行くと、直ぐに新聞を探すので、「新聞が好きですね」という言葉も分かった。
ところがだ、先日また声を掛けられたのだが、「ん?」と聞き返しても、何を言っているのか分からない。よって、相槌を打つわけにも行かず「分からない」と言ってしまった!!するとおじいさんは、そそくさと調理場に行ってしまった。
ただそれだけのこと・・・・。

半年ほど前だったか、数ヶ月間、店が休んだことがあった。その時は、さすがに心配した。あのおじいさんの具合が悪くなったのかと・・・。そのまま閉店だとばかり思っていたら、散歩で近くを通ったときにまたやっていることを知って嬉しかった。
素知らぬ顔で入ったら、やはりおじいさんが入院していたらしい話をしていた。
しかし、くったくのないこのおじいさんが自分は好き。脳梗塞(かどうか分からないが)を隠そうともせず、堂々と調理場のおばあさんに向かって「たふかほは~~~(たぬきソバ~)」と大きな声で言っている。たまにおばあさんが出て来て「たぬきソバですよね」と確認に来るのがまた楽しい。

人間、生き甲斐が必要。昔ソバの名人でも、今は注文取りとお茶入れ。でもこのおじいさんは頑張っている。70歳なんて何のその・・・・(正確なトシは知らないが・・・)
自分がもし同じようになったら、このように堂々と他人の前に出て行けるだろうか? 引き籠もりにならないだろうか? いやはや尊敬してしまうな・・・。
今度またソバ屋に行って話し掛けられたら、たとえ何を話しているか分からなくても「そうですね~」と言うつもりだ。

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2012年5月19日 (土)

「言葉に出すことが大事」

先日の日経新聞にこんなコラムがあった。曰く・・・

言葉に出すことが大事
     日立製作所会長 川村 隆
 昔は「不言実行」が尊ばれた。大切なことは人に言わなくとも、自分ひとりでひっそりと、しかしきちんと実行するものだ、とされた。昔の男性は、もともと口が重いことを美徳としていた。
 連合艦隊司令長官の山本五十六も口が重い人で、きちんと説明して部下を納得させることをあまりしなかったという。真珠湾攻撃もミッドウェイ海戦も、意義や影響につきあらかじめ語られたならば結果も少しは違ったものになっていたかもしれない。
 軍隊でも会社でも、トップリーダーは部下にやらせようとすることの社会的意義や影響などを言葉に出して説明し、納得の上で実行させるのが肝要である。そうしないと部下から最大限の力を引き出せない。
これは男性が女性に向う時でも全く同じである。女性の決まり文句は「好きなら好きと面と向かってはっきり言ってほしい」ということ。何となく自分を好いてくれているらしい、素振りや目つきがそんな感じというだけではだめで、やはり言葉に出すことが大事らしい。
 会社では、従来の文書類に加え、メールが完全に定着して強力な武器になっており、社内外とも連絡はずいぶん迅速かつ多面的になった。階層を飛び越え、内外を飛び越えて、多様な情報や連絡が飛び交う情報爆発の時代になった。ただ、大切な意思決定やその伝達は、やはり今でも人間が顔と顔を突き合わせて、よし、これで行くぞ、いいな? とやっている。顔を見て、言葉に出して確認をするのである。
 人類が300万年も続けている言葉の使用は、5000年の歴史の文字使用より安心ができ、ましてここ20年のメールよりもはるかに心に届くのである。」(2012/05/14付「日経新聞」夕刊p1より)

ビジネスの世界では、「有言実行」が全て。でもその他の世界では、確かに「不言実行」が美徳・・・。でも現代ではもはや死語??
「不言実行」と聞いて、子どもの頃の通知表を思い出した。確か書かれていた・・・。フト探してみたら、あった。中学1年の時の通信簿の「行動の記録」に「不言実行型。今後もしっかり・・・。期待しています。」というコメントが書かれていた。
このとき、「不言実行」という言葉を知らず、これはどういうことだと母親に聞いた記憶がある。
しかし、大人しかった子ども時代とは裏腹に、大人になってからは不言実行など無縁・・・!? かと言って、「有言実行」の難しさは言うまでもない。そもそも予算がその筆頭。どの会社でも予算を与えられ、それに向かって走る。これこそ有言実行の世界。

社業では、メールの時代になって、随分と便利になった。エビデンスという意味では、「言った」「言わない」が無くなり、揉める事が少なくなった。しかし対人関係がドライになった面もある。よく“隣に座っている人にまで、メールを出す”と新聞などで揶揄されたこともある。それに、感情が入り込むと、メールはトラブルの原因となる。つまり言葉足らずで、表現しきれないとき、無用ないざこざを発生させる。

人間、思っている事を言葉だけで表現する事など、原理的に無理ではないかと自分は思う。だから単なる連絡ならいざ知らず、大事なことは面と向かって話をする事が絶対に必要。会って話をするという事は、言葉だけでなく全身で物事を表現することができる。もちろん、誤解も直ぐに正せる。

メールの時代になって、我々シルバー族が、若い人を本当に羨ましい・・と思う事がある。それは一目惚れの彼女に、自分の意志を伝える手段についてだ。今の若い人はメールでいとも簡単に直接アクセスでき、意志を伝える事ができる。しかし昔は自分の意志を伝える何の手段もない。ドラマでは、下駄箱にそうっと手紙を置いておく・・・なんていう場面もあったが、自分の周囲ではそんな話は聞いた事がなかった。つまり自分など、「不言不実行」で、何十人を“黙って見送った”ことか・・・・

人間、お互いを理解し合う事が、何よりも大事。しかしそれが何よりも難しいことを、トシと共に実感するこの頃である。

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2012年5月18日 (金)

STAXの高級ヘッドホンSR-009が素晴らしい

STAX(スタックス)の最高級ヘッドホン(イヤースピーカー)SR-009。自分の印象は、「素晴らしい」と言うより、「スゴい・・・!」

STAXの本社で、最高級ヘッドホンSR-009を“聴かされ”てから(ここ)、たった1週間で、まったく買う予定がなかったそれを手に入れているとは・・・。全くの予想外。でもさすが・・・・。その音は、期待に違(たが)わず・・・・

先日、ドライバー(ヘッドホンアンプ)SRM-007tAに続いて、とうとうこのヘッドホンを注文してしまったのだが(ここ)、一昨日、在庫があったヘッドホンが先に着いた。
箱を開くと、何と桐の箱が出て来た。超高級品は桐の箱に入れるという話はあるが、電子機器のヘッドホンが桐の箱に入っているとは・・・。それだけで、これは“ただ者ではない”、ということが分かる・・・。
さっそく、自分が持っていたイヤホン型イヤースピーカーセット(SRS-005S)のドライバーSRM-252Sにつなぐ。なるほど・・・。自分の持っているイヤホンタイプSR003とは“ケタが違う”音・・・。
でも・・・・。何かガッカリ・・・。試聴した、あの時の音とは違うのだ・・・。やはり廉価版のアンプでは本来の音が出ないのかな・・・と、注文してある高級ヘッドホンアンプの到着を待った。
そして、昨日アンプSRM-007tAが届いて、つないだ・・・。
そう、この音・・・。まさにこの音だ。

何と表現したら良いのだろう。最初に感じたのが、ベースのボーンという低音。これが実に心地よい。もちろん高音はキラキラと輝いている。何よりも、大きな音を出しても、その大音量に気が付かない。つまり、ウルサイとは全く思わないのだ。音が自然で、刺激的な要素がないためか、大きな音でも“豊かに”聞ける・・・??
ビックリしたのは、FM放送の音が素晴らしいこと。CDと遜色がない音が聞ける・・・・。
なるほど、これが天下のKENWOOD L-02の実力なのかも知れない。今までその実力を出し切れていなかった?? NHK FMの送信アンテナがスカイツリーに移って、電波が強くなったため、ノイズが全く無くなり、ゆとりを持って聞けるようになったが、そのこともあって、SR-009を通して聴くFM放送の音が予想外に素晴らしいのだ・・・。

とにかく、これはすごい・・・・
カミさんを呼んで聴かせた。「スゴイだろう~~」「ス・ゴ・イ・だろ~」・・・
カミさん曰く「音が大きすぎる!」「自分の好きなサザンをやれ」・・と言っても、自分は持っていないし・・・
「そんなに重く無いじゃない・・」「耳によくフィットして心地よいね」「アナタは禿げているので、頭の汗が直接ヘッドバンドに付いて、汚れてダメになるのでは?交換してくれるのかな?」「アンプにホコリが付くので、天井のあるラックを買ったら?」・・・

とんでも無い所に話が飛ぶが、6年前、「インプラント~一番“価値のあった”買い物」(ここ)という記事を書いた。
自分が奥歯3本にインプラントを入れたのが2003年なので、もう9年にもなる。もちろんノントラブル。90万円かかったが、人未だに人生でもっとも安い買い物だったと思っている。
実は今回、このヘッドホンを買って、その時のことを思い出した。
つまり、このヘッドホンとアンプは、40数万円という値段こそしたが、少しオーバーだがこれからの自分の生涯で、“最愛の伴侶”となるような気がする・・・。
一番心配していた重量も、カミさんが言うように、今のところそれほど気にならない。いや、それを気にする前に、その音にひれ伏してしまう。素晴らしい音に、重いというネガティブさが吹っ飛んだ感じ・・・
実は昨夜も、午前1時頃目を覚ました。そして、のそのそと、ヘッドホンを耳に・・・。そしてウーンと唸る・・・。負けた・・・・。
今回買った真空管アンプもヘッドホンも、エージングを経ると、もっと音がこなれて良くなるらしい。NetではSTAXは最低200時間のエージングが必要とも・・・。しかしまさか、自分が今頃真空管アンプを買うとは・・・・

自分はあと何年生きるのか・・・。80歳まであと15年ほど。それまでこの音で音楽が聴けると思うと、つい嬉しくなってしまう。素晴らしいものは、金銭感覚をマヒさせる。
このSR-009に合わせた最高級アンプの開発のウワサ(期待?)もチラホラ・・・・? 将来、それが実現した時は、もしかすると値段関係無しに買っちゃうかも・・・

それにしても、たかだかヘッドホン。それが、これだけの感激・感動を自分に与えてくれるとは予想外・・。それを考えると、40数万円なんて、安いもの・・・。STAXはメンテナンスも定評があるので心配ない。なによりも、このヘッドホンは、持ち主登録制。つまり、このことからも、“STAXが将来的に相当な決意で1台1台のSR-009を保守してくれる”という意志を感じる。安心この上ない。
最後に残念なことを2つ。ドライバーSRM-007tAに入力切り替えが付いているのは便利だが、電源を投入すると、CH1が常に選択されてしう。つまり、CH3のXLR入力でつないだ場合など、電源投入後に必ずCH3を選択するという、二度手間が必要。ラッチングリレーや不揮発性メモリの利用で、電源断時のCHを覚えておいてくれると便利なのだが・・・。それとSR-009の左右の判別が結構面倒。SR-003だと、右CHに赤い札が付いているので、暗い中でも左右が直ぐに判別できる。SR-009はヘッドホン下の「L・R」またはケーブルの模様を見ないと分からないので不便・・・
でも、右耳が難聴の自分でもこれだけ感激するのだから、健常者はどれほどに聞こえるのか・・・
まあ今回、自分の“宝物”が一つ増えた・・・。良い買い物をした。

<付録1~開発者の対談>
Youtubeに、この機種の開発についての対談が載っていた。ご参考に・・・

Youtubeのオリジナルは(ここ)。

<付録2~スタックス研究>
120518stax 少し古いが、「ヘッドホンブック2011」に「スタックス研究」という記事があった。スタックスは1938年創業で、当初の社名は昭和光音工業株式会社といっていたそうで、当初はNHKにコンデンサースピーカーやマイクなどを納入しており、その時のブランドが「スタックス」で、1963年にスタックス工業株式会社に変更したとか。その歴史についても書いてあるので、参考にPDFを(ここ)に置きます。

(参考記事)
STAXのコンデンサー型イヤホン(SR-003)を使ってみて・・ 
STAXのヘッドホン試聴室に行った~SR-009に魅了される 
STAXの最高級ヘッドホンSR-009を注文 

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2012年5月17日 (木)

「告知すると約束したけど」

先日の朝日新聞の「ひととき」欄に「告知すると約束したけど」という投稿があった。
何とも難しいテーマだ。曰く・・・

告知すると約束したけど
 私ども夫婦は元気な時、もしどちらか一方が不治の病にかかって主治医から「予後宣告」を受けたら、どうしてほしいかを話し合った。
 私は「知らせないでほしい」、主人は「知らせてほしい。残された時間をそれなりに充実させ、やり残したことをやり、会っておきたい人に会って旅立ちたい」と言って、お互いの気持ちを約束した。
 いま、現実にその時が来てしまったけれど、私は主人に告知できない。
 彼は悪性の脳腫瘍に侵され、手術の結果、予後1年と宣告された。歩行困難、言語障害と、重い負荷をかけられた体の機能は日に日に落ちていき、思考力も衰えていく。「やり残したことをやる」のも「会いたい人に会う」のも、元気で何でもできる状態の時のことで、今の彼には望めない。
 それでも約束を果たすべきか? 告知によって生きる意欲をなくし、自暴自棄になってしまうのではないか? 自分で納得のいく人生の幕引きをしたいのでは? 周りが知っていて、自分は何も知らないなんて!
 もうそんなに時間がないのに、無表情でベッドに横たわる彼の姿を見ながら、私はまだ迷っている。(主婦 70歳)」(2012/05/16付「朝日新聞」p33より)

実はまったく同じ話を我が家でもしている。ウチの場合は、自分は「知らせないでほしい」。カミさんは「知らせて欲しい」。
しかし、この投稿の筆者と同じように、いざとなった時、果たして約束通りに知らせることができるのかどうか・・・。たぶん、その時の状況によって変わってくるだろう。つまり、この主婦が指摘しているように、「知らせて欲しい」には目的がある。その目的が果たされる状況なら、たぶん躊躇無く知らせる。しかし、目的が果たせない状況とすると、自分もこの主婦のように躊躇してしまうと思う。
カミさんにこの話をしたら、先の投稿は、状況が分からないが、既に手遅れ。告知の時機を逸してしまっている、と言う。もしそのような状況になったときは、本人が手遅れにならない前に、つまり「やり残したことをやる」ことが出来る段階で、告知しなければいけない、という。
ウチのカミさんからは、「自分の命なのだから、必ず知らせろ」と言われているだけに、そんな時は、どのような段階で言うべきか、難しい?? いや、簡単・・・。つまり自分は何でも直ぐに言ってしまうので、「隠そうか・・」という“迷う段階”が無いのだ。

今日の夕飯のとき、NHKクローズアップ現代で「人生の最期 どう迎える?~岐路に立つ延命医療~」という番組をやっていた。胃ろうでながらえている人の家族が、本当にこれで良かったのか・・と悩んでいる・・・。
人生の最期をどう迎えるか。先の告知と違って、これについては、我が家でははっきりしている。胃ろうなど論外。尊厳死の宣誓書にもサイン済(ここ)。

話は飛ぶが、一昨日の夜中、カミさんが水様便で眠れなかったという。当然次の日はグロッキー。同じものを食べていて、自分は大丈夫・・。先日、自分も同様な状況になったが(ここ)、食中毒にしては少し変だ。やはりウィルス性の風邪の一種かも・・・
でも昨日、グロッキーのカミさんを前に、自分の人生で一番のリスクは、自分の健康問題ではなく、“カミさんの健康”こそが自分にとっての最大のリスクであることが、身に沁みて分かった。
つまり、コンビニに行っても、たった一食なのに自分で食べたいものを選ぶのに、とんでもない時間がかかる。つまりコンビニでは、自分が食べたいと思うものが売っていないのである・・。それに台所の後片付けが“怖い”・・・・

家庭で、当たり前の事が機能しなくなった時、あっと言う間に家庭(否、我が家)は崩壊する!? 原因は(台所の後片付けから逃げている!!)自分の甘え・・・。それは分かっているが、これはもう理屈ではない・・。仕方がないので、食事の後片付けから逃げるために、生涯現役を貫く??
まだ早いが(?)、そのうちに、自分が先に告知されたら、“カミさんが先にいなくなる”という最大のリスクを回避出来た・・とホッとすると思うが、どうだろう・・・。いやそんなハズはないな・・。自分の場合は「怖いので知らせるな」と言ってあるので・・・。でも、今は医者が勝手に言ってしまうかも・・・。これも“予定通り”には行かないのだろうな・・・
「60を越えたら、誰でも(いつ告知のときが来ても)おかしくない」がカミさんの持論。
あまり考えたくないテーマだが、かと言って誰も逃げられるワケもなく・・・・。ウーン・・・

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2012年5月16日 (水)

「冷や飯を食う」~川淵三郎氏の例

先日の朝日新聞「耕論」に「冷や飯を食う」という記事があった。その中に、サッカーの川淵三郎氏の話があった。曰く・・・

サッカーに賭ける転機に
     日本サッカー協会名誉会長 川淵三郎さん
 今でも24年前の、あの時のことを忘れません。サラリーマン人生で、ある意味、絶頂期にいた頃でした。突然、思いも寄らない人事を告げられました。
 当時51歳の私は、古河電工名古屋支店銅製品販売部門の部長でした。仕事は順調で取扱量は社内でもトップクラス。次は、前任者と同様に東京に戻って本社の部長だと信じていました。
 ところが、受けた辞令は100%子会社の部長。その頃はサッカーから離れ、将来は本社の重役に、と夢を思い描いていました。同期入社の約90人の中でも順当にポストを歩んでいたから、まさかの左遷です。
 異動は、支店長から自宅への電話で告げられました。頭の中は真っ白、声も出ません。ロスタイムで追いつかれ、ワールドカップ出場を逃した日本代表の「ドーハの悲劇」を現地で目の当たりにした時と同じぐらいのショックでしたね。
 「これからの人生、どうしようか」と落ち込みました。世間から見れば左遷ではない人事も、本人の感情は違うものです。私のことを古河電工の出世頭と見てくれていた取引先の役員からも「何か悪いことでもしたんですか」と、同情の言葉をかけてもらいました。
 退職という選択肢も頭の中をよぎりました。しかし、独り立ちして食べていけるのかと考え、やはり難しいと思い直しました。サラリーマンは、言わば「まな板の上の鯉」です。組織に左遷はつきもの。同期入社の中で将来の役員間違いなしと見られていた東京大卒の人間も、関連会社に出向していました。会社員人生、すべて思い通りにはいかない、必ず挫折が待ちかまえているんだと思います。
 幸いにも、私には立ち直るきっかけがあった。当時の日本サッカーリーグから、リーグの運営責任者への誘いを受けたのです。人気が低迷していたサッカーを、プロ化で押し上げようという機運が高まっていました。
 子会社への出向を受け入れ、会社勤めとの二足のわらじを3年続け、91年、Jリーグのチェアマン就任を機に退社しました。最初はプロ化できるなんて確たる見通しがあったわけではありませんが、あの左遷があったからこそ、サッカー界の改革に賭けようと決意できました。
 そうは言っても、今も心に引っかかりがあります。あのとき、本社の人事責任者は直接、私に告げなかった。大事な人事は一対一のサシで話をするべきです。そうでないと、しこりが残る。左遷は、異動を言い渡す方の力量も問われるのです。
 会社員生活は30年に及びました。不遇をかこった時に、仕事以外に何か打ち込めるもの、没頭できるものを持っておくことも大事でしょう。私にとって、サッカーが人生のよりどころになりました。(聞き手・角津栄一)
*川淵三郎さん:36年生まれ。東京五輪サッカー日本代表、ロス五輪代表監督。 91年にJリーグ初代チェアマン。日本サッカー協会会長も6年務める。」(2012/05/13付「朝日新聞」p19より)

先日「新渡戸稲造の人生訓」(ここ)という記事を書いたが、それと同じような話。
人間、挫折は付きもの。しかし復活劇はある・・という話。
WIKIをみると「1988年6月、古河産業へ出向、取締役伸銅品部長」とあった。そして、こんな記述も・・・・
「1988年、森健兒から日本サッカーリーグ(JSL)総務主事の後任を頼まれ引き受けるが、森は「川淵さんはおそらく古河電工の役員として東京に戻れると思っていたんでしょう。ところが東京に戻ることになったものの、本体の古河電工ではなく系列の古河産業に出向だったんです。もしこれが本体の役員だったら彼はそっちに行ってサッカーに関わっていなかったと思いますよ。権力志向の強い人だから。これからどうなるかわからないサッカーより彼はそっちを選んだでしょう」と話している。『「ダイヤモンド・サッカー」の時代』のインタビューでも、川淵はほぼ同内容の話をしている。「サラリーマンとして先が見えた以上、このままでは生きていく上で夢がない。では自分の目指すことのできる夢って何だろうと考えたときに、それはサッカーしかないと思ったんです。それで総務主事の話を引き受けることにした」。

この話は、何が真実か分からない。つまり、見る視点でいかようにも捉えられる。氏の言うように左遷かも知れないし、会社組織からすると順当な人事かも知れない。“権力志向の強い人”が本当だとすると、保守的な会社はこのような人材は扱いが難しいため、登用を避けるかも・・・。特に、本人が本社役員を期待していればいるほど、なかなか期待通りには動かないもの。人事とはそういうもの。そして、その内示を面と向かって言うのは、余程の覚悟が要るので、安易に電話で・・・!?(普通は有り得ない内示方法なので、周囲は相当に氏が怖かったのでは・・・?)

しかし、その後はまさに“水を得た魚”のような活躍が始まる。まさに適材適所を地で行っている話だ。

この話を聞いて、自分なりに理解したポイントは、「個性派は古い伝統のある会社ほど、評価が得られにくい」「出る杭は打たれる」「仕事以外に没頭できるものを持っておくことは大事」・・・
氏も同様とのことだが、業務に打ち込めば打ち込むほど、他の世界(氏の場合サッカー)との距離が広がる。しかし、逆境で別の世界に転じた場合、その別の世界で生き延びられるだけ深さがあるかどうか・・・。
普通のサラリーマンは、今までの仕事から干された時、転身などなかなか出来ないもの。別の世界・・と言っても、その世界は極めて浅いもの。そもそも忙しいので、なかなかそんな世界の準備は難しい。しかしそう言っていては、“逃げている(言い訳している)”としか見られないのが事実だが・・・・。
もう自分など、もうリタイア組なので関係無いが、現役世代には、この話を糧にして欲しいものだ。つまり、いつ逆境に陥るか・・・・。それは誰も分からない。それは仕事上かも知れないし、私的なことかも知れない。その時に、前向きに生きる別の選択肢を持っているかどうか・・・。それが人間としての強さ・・。
それは、日ごろの準備無くしては有り得ないだろう。

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