2016年6月29日 (水)

日本は2035年に崩壊!?~「実業」から「虚業」への結果

NHKラジオ第2で放送中の、カルチャーラジオ「科学と人間~地球と生命の46億年史」(東京工業大学地球生命研究所特命教授 丸山茂徳)(2016年4月~6月放送)(ここ)を聞いている。
宇宙や地球、そして生命の誕生、といったテーマで、なかなか興味深い話である。テキストを買おうかな・・・、でも難しそうだな・・と躊躇していたが、大分回が進んではいたが、先日、160629maruyama テキストを買ってしまった。そして現在、前の放送を聞きながら“復習中”。
それが、第12回「21世紀の日本の課題」(2016/06/24放送)から、ガラッとテーマが変わった。第11回の「宇宙に生物はいるか」というテーマからは、激変。しかし、その指摘を聞いていると、なるほど、と納得・・・。
日本が「実業」から「虚業」に変わって行くなかで、組織90年の法則に則ると、2035年頃には日本という組織が崩壊するかも・・・という話。

<カルチャーラジオ「地球と生命の46億年史」(12)より>

*この番組の全部(30分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。
●NHKのサイト(ここ)で全回を聴くことが出来る。

「虚業」という言葉は知らなかった。
広辞苑によると「きょ‐ぎょう【虚業】(「実業」をもじった語) 堅実でない事業。実を伴わない事業。 ―か【虚業家】」とあった。

NHKのテキストからその部分をメモしてみる。
実業と虚業
 われわれの社会の未来を考える上で、実業と虚業、そして組織の崩壊ということを考える必要があります。実業とは人間が生きていく上で、必要な衣食住を生産し、さらにより豊かなものを生み出す職業のことです。日本は食料自給率40%の国家です。日本で自給自足の生活をしようとしたら、人口1億2000万人のうち、4800万人しか養うことができません。つまり、残りの7200万人分の食料を外国から輸入しなければならない宿命を背負っています。それにはお金が必要です。食料を購入し代金を支払うために、日本は車やコンピューターなど様々な製品を製造し、それらを輸出することによって収入を得ねばならないのです。そのような製品をつくり出す産業が実業であり、もちろん、人間の食料を生産・採集する農業、漁業や、それらをサポートする農林水産関連産業も重要な基盤産業です。
 これに対して虚業とは、実業や基盤産業によって豊かになった国家における芸術やスポーツなどの職業をさすもので、物質的豊かさの上に精神的豊かさを充実させるための職業です。虚業ということばの中には、否定的なニュアンスがあるととらえる人もいますが、ここで表現したい本質的な意味合いは、人生に潤いを与える豊かさを目指すための職業であるということです。虚業は、古くからある収穫祭などに見ることができます。実業だけの社会で、毎日仕事をしていては疲れる一方なので、より豊かな人生を味わうためにこういった職業が発生してくるのです。しかし、国家が疲弊すると、そういった分野の職業は縮退せざるを得なくなります。人々は毎日の生活に精一杯にならざるを得ないからです。
 このような原理から考えて、史上最大の豊かな時代を迎えた日本で、芸術や芸能、スポーツなどが繁栄することは当然の結果であるといえます。しかし、虚業の発展は、同時に実業の衰退化と表裏一体の関係にあります。かつてのローマ帝国が滅んだ原因は、外国の台頭ではなく国家の中で実業が衰退し、虚業が巨大化したことにあります。つまり、虚業は、社会の衣食住の基盤を支えることはできないのです。重要なことは、食料自給率40%の日本にとって、能力のある多くの若者が虚業を目指すことは、実業の衰退を加速し、国家が内部から崩壊していく状況を招きかねないということです。ローマ帝国をはじめとする過去の歴史に学ぶとすれば、マスコミによる行き過ぎた虚業の宣伝は、国家の衰退につながるということを理解する必要があります。

組織の本能 組織は90年で崩壊する
・・・江戸時代が終わると、旧来の農民保有地に私的所有権が認められました。その第1世代では、富農が零細な農家を吸収し、巨大な豪農が生まれます。豪農の主人は真面目に農業をすることによって巨大化しますが、そのことによって地域の中心的役割を担うようになります。その地域の選挙で選ばれる議員やあるいは国会議員へと選出されると、地域のみならず日本の中心的役割を演ずる必要が生まれます。そこでは、教養が必要とされ、豊かな知識なくしてその役割を全うできません。したがって、第2世代に教養をつけさせる必要を認識し、大学へ進学するという道が開けることになります。第2世代は、父親の苦労を間近に見て育つために、科学や芸術、スポーツを専攻することは少ないでしょう。すぐに社会に役に立つ実業家を目指し、会社員や会社経営者への道を歩むことになります。しかし、その子供である第3代目は、父親の苦労を知らずに育ちます。そのために、第3世代になると虚業を選択する子供が育ち、第1世代から引き継いだ農地を手放し、第2世代が創業した会社を崩壊させてしまうのです。各世代の持続期間が約30年とすれば、近似的には30年×3世代の約90年で財産はすべて失われることになります。
 明治元年から数えて73年目(1941年)に、組織の内部崩壊によって、日本は太平洋戦争という無謀な戦争を選びました。そして、1945年の第2次世界大戦の敗戦というかたちで日本は廃墟と化しました。それが、日本がゼロから国家を再建する出発点となりました。戦後の復興は、第1世代の大活躍によって、田中角栄の時代をピークに再び黄金時代を迎えました。その背景には、日本は軍備を禁じられたという、非常に恵まれた環境にあったということも見逃してはならないでしょう。そしてその34年後、1979年にエズラ・ヴォーゲルが書いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の時期が日本国家史上最大の繁栄の時代でした。現代の日本は虚業が繁栄し、再び崩壊に向かう直前にあるといえるでしょう。組織の崩壊まで90年という法則を適用するなら、日本は2035年に崩壊するということになります。そしてそれは、第3世代の日本人が虚業の繁栄(実業の衰退)を担い国家の終わりを招くことを示唆しています。・・・・

マスコミの社会的責任
 啓蒙活動の中心を担うマスコミの社会的責任を考えてみると、人間の歴史の中で、マスコミがこれだけの社会的重要性をもった時代はかつてなかったといえるでしょう。日本が近代化された明治以降に、日本の発展と崩壊を支配したのは、今日的視点から見れば、政治の迷走や軍部の暴走もさることながら、マスコミによって国民感情が煽られたことが主な原因であるといえます。現代でもますます加速度的に威力をもち、先ほど述べたような日本国民の内部崩壊、あるいは精神的崩壊の主要な原因もマスコミによる洗脳であるとさえいえます。つまり、虚業に憧れる世代をつくり出すことを助長しているからです。
 ここで、改めてマスコミの社会的責任を考えてみましょう。人間は1人では生きられないという宿命の論理的展開の延長線上にそれぞれの職業の社会的責任があり、科学者や工学中心の技術者、そして実業家、政治家の社会責任が存在しなくてはなりません。その中でのマスコミの社会的責任とは一般的には権力の監視です。日本が無謀な太平洋戦争に突き進んだ元凶の1つは、マスコミの戦争賛美論であり、権力の監視と正反対の方向に進んだことは自明です。それを反省することなく、マスコミは虚業賛美論によって、若者を虚業に向かわせる最大の原因となっているのは疑いありません。・・・」(
NHKカルチャーラジオ「地球と生命の46億年史」テキストp128~136より)

前にも何度か書いているが、自分はテレビのお笑い番組が大キライ。お笑い芸人さんが、詰まらないことで、手をたたいて大笑いしている姿は、とても見ていられない。それがどのチャンネルでも・・・なのである。それで、日本はこんなお手軽な番組で笑っていられる状態なのかと心配になる。

氏は、それが法則に則った進捗であり、そろそろ崩壊だという。
会社30年説というのは聞いたことがあるが、確かに1世代30年と考えると、90年でオシマイ、となることもうなづける。

氏は、日本の目指すべき方向として、食糧自給率100%、つまり明治初期の4000万人まで人口数を減らす。そして、戦争を無くし、軍備に費やす予算を最少にするために、「世界統一国家」が完成することだと言います。
そして、その啓蒙活動の中心を担うマスコミの社会的責任・・・・。

イギリスのEU離脱といい、次期米大統領候補のTPPの否定といい、結果として積み重ねてきた努力が泡のように消える時代に突入している。何でもそうだが、作ることは大変だが、壊すことはいとも簡単。
世界中が、良くない方向に進んでいる。我々はサッサとこの世からおさらばできるが、これから生まれる子どもたちの世代を考えると、うなってしまう。
上の放送を聞いて、考え込んでしまった。

160629mondai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月28日 (火)

子どもの貧困と子ども食堂

先日の朝日新聞に子どもの貧困の記事があった。
「(いちからわかる!)子どもの貧困格差、日本で深刻なの?
 ■先進41カ国で8番目に大きい。学力や健康に影響も
 アウルさん 子どもの貧困格差が深刻と聞いたわ。
 A その国の最貧困層の子どもが標準的な子どもに比べて、どれぐらい厳しい暮らしをしているか。それに着目したのが、子どもの貧困格差だ。貧困率が貧困の広がりを表すのに対し、貧困格差は深まりを示す指標だ。先進41カ国で日本は8番目に格差が大きかった。ユニセフ(国連児童基金)が4月に発表した。
  どう計算するの?
 A 厚生労働省の国民生活基礎調査から2012年の数値を使った。18歳未満の子どものいる家庭の年間手取り収入を家族の人数で調整した金額を、まず試算。それを順番に並べ、下から10%目と真ん中の子どもの金額差を数値化した。子どもに収入はないけれど、その金額に相当する生活水準にある、という考え方だ。
160628kodomonohinkon   それで結果は?
 A 下位10%目は84万円で、真ん中の211万円より127万円少なかった。最貧困層の子どもの金額は、標準的な子どもの4割にも満たない。上位の北欧諸国は6割以上だよ。
  順位は下がったの?
 A ユニセフが日本について分析したのは今回が初めて。今までは各国と比較可能な日本のデータがそろわなかった。ただ、首都大学東京の阿部彩教授が今回分析したところ、日本は1985年より格差が拡大している。
  貧困の度合いが大きいと、どんな問題が?
 A 貧困から脱するのが難しくなる。学力低下や健康悪化のリスクも高まるので、金銭的支援だけでなく、手厚く多彩な支援がもっと必要だ。
  対策をとらないと。
 A 限られた財源をどこに充てるかは、議論が必要。現金給付のほか、子育てにお金がかからないようにすることも考えないと。教材費なども含めた義務教育の完全無償化を望む声も大きいよ。(田中陽子)」(
2016/06/11付「朝日新聞」p2より)

日本の下位10%の(バーチャルの)“子どもの収入”は、84万円で、平均の211万円の6割ダウンだそうだ。そしてそれは先進41カ国中34位で、下から8番目なんだそうだ。
これをどう見る??

それに呼応するかように、今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(いちからわかる!)「子ども食堂」、全国に増えてるって?
 ■地域の人が運営し、料金安く。居場所作りをめざしている
 ホー先生 「子ども食堂」が各地でオープンしているそうじゃな。
 A 子どもが一人でも入れる「食堂」のことだね。おなかをすかせたり、家で一人でごはんを食べたりしている子を支えようと、地域の人がごはんを提供しているんだ。支援団体のほか、主婦や自営業者が仲間と一緒に公民館や寺などで開いている食堂も多い。
  子どもしか利用できないのかのう。
 A 親子連れや地域の人たちでにぎわう食堂もある。一方、支援の必要な子だけを対象にしているケースもある。
160628kodomosyokudou   増えたのはいつからじゃ?
 A 子ども食堂という呼び方は、2012年に東京都大田区で開かれた食堂が先駆けとされる。首都圏を中心に各地の食堂が集まる「こども食堂ネットワーク」には現在、約90カ所の食堂が参加し、その多くは昨年以降に開設されたそうだ。全国には数百カ所あるとも言われている。
  料金はどうなっているのじゃ?
 A 子どもは無料か、1食100~300円ほど。大人も300円程度が多いようだ。
  運営していくのは大変じゃろう。
 A 地域の人から食材を寄付してもらう食堂も多いけど、一番の課題は子どもたちにどうやって知ってもらい、来てもらうか。ネットワークが昨年7月から開いている「こども食堂のつくり方講座」には、これまで約140人が参加してノウハウを学んだそうだ。
  ホホウ!
 A 子どもの貧困が広く問題となり、何かできないかと思う人は増えている。ただ「貧困」を前面に出すと、食堂に来る子どもたちが偏見を持たれかねない。運営する人たちの多くは試行錯誤を重ねながら、子どもの居場所づくりに取り組んでいるんだ。(斉藤純江)」(
2016/06/28付「朝日新聞」p2より)

子ども食堂について、自分が最初に知ったのは、NHKラジオ深夜便の番組。食べていない子どもに、食べさせなくては・・・と近所の子どもたちに、ボランティアで食事を提供している女性の話だった。
子ども食堂については、テレビのドキュメンタリー番組でも取り上げており、全国に広がっているようだ。

上で紹介されていた「こども食堂ネットワーク」(ここ)のサイトによると、月1回が多く、月2回の所は少ない。
言うまでもなく、どんな子どもにも、「食」は最優先で与えなければいけないもの。しかし、現代の日本でも、それは「当たり前」ではない。それはゾッとする光景・・・・

先日、福岡で孫と会った。夕食で入った食堂。ふと、iPhoneで撮った短い動画に、2歳半の孫の声が入っていた。「もうすぐご飯が(買って?)来る~」「楽しみだね~(以下言語不明瞭)・・・」
こんな当たり前の光景が、当たり前ではないという現実・・・

また話が飛ぶが、昔、小学校低学年の頃、親父に叱られては、台所の板の間に正座させられた。そして「ご飯なし」。何で叱られたかは、もちろん覚えていない。しかし「ご飯抜き」の記憶は消えない。後でお袋が食べさせてくれたが、たった1食抜くだけでも、大事件だった。
しかし、自分の子どもを叱った時、我が家では「食事抜き」は無かった。それはカミさんが「食事をさせることは親の最大の義務」というスタンスを変えなかったから。自分も「確かにそうだな」と思ってきた。
しかし、世の中では、「一日のまともな食事は、学校給食だけ」という子どもが居り、夏休みなどはピンチ。その話を先生から聞いて、子ども食堂を始めた人もいる、とテレビのドキュメンタリーでは紹介していた。

今日も、たまたま行った豊田駅の前の鋪道に、ホームレスの人が寝ていた。雨が降った時、どうするのかと思った。それが子どもだったら、と考えると、心が縮む。

我々、「食事は当たり前」の世代が、親の色々な事情で「食べられない」子どもたちに、何か出来る事は無いか?
「こども食堂ネットワーク」(ここ)のサイトを眺めながら考えてしまった。
キーワードは「親から子への貧困の連鎖を断ち切る」こと。

なお、Netで見ると、Youtubeで子ども食堂についてのテレビ番組を見ることが出来る。(ここ)(ここ)など。
そこで紹介されていた、きずなづくり大賞2014東京都知事賞受賞作品 「あさやけ子ども食堂(山田和夫)」の作文も(ここ)で読むことが出来る。

160628satoko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月26日 (日)

ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」を聞く

今日は、ある人に誘われて、「多摩かたつむりの会」の第12回定期演奏会に行ってきた。場所は、武蔵小金井の駅前にある「小金井宮地楽器ホール」。
160626katatsumuri1 今日は、勘違いから始まった。「宮地楽器ホール」というので、楽器屋さんの店先の小ホールだとばかり思っていたら、何と大ホール。八王子のオリンパスホールと同じで、ホールの名前を売ったのだと分かった。
ホールは、7~8割の入りだろうか、たくさんの人。最前列まで人がいっぱい。それに壇上には、椅子が30以上。こんな大規模とは・・・。いやはや失礼しました。

この会は、「ホルンアンサンブル」だという。ホルンだけによる楽団を聞くのは初めて。最初の一音から、まずその音量に圧倒された。それはそうだ。オーケストラでも、ラッパの音は大きい。それが30も同時に鳴るのだから、それは大変な音。
それにしても、音域は大丈夫なのだろか?Netで見ると、ホルンはトランペットやトロンボーンに比べて、音域が広いそうだ。それで単一楽器によるアンサンブルが可能になるのか??

最初は、お馴染みのシベリウスの「フィンランディア」。意外とこの曲はホルン合奏に合う。重々しい160626katatsumuri2 北欧の音。しかし、そもそもホルンの音は、歯切れが悪い。それに目を覚まさせてくれるのが、パーカッション。その歯切れの良い音で、全体が引き締まる。
残念ながら、全体の“アンサンブル”はまあまあ。アマチュアなので仕方がない。
今日のコンセプトは「ジャズ」ということで、コントも交えて、ジャズの解説もあった。

ジャスの演奏の後は、ピアノ独奏が入った、ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」。これを聞いて、“来て良かった”と思った。
しかし、最初のホルンの音からして心配になった。大丈夫かな・・と。しかしピアノが入ってからは本格的。ピアニストは、まさにプロである。確実なタッチと、豊かな情感。もちろんミスタッチなど無い。
ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」。珍しいので聞いてみよう。

<ホルンとピアノによる「ラプソディー・イン・ブルー」>
(「多摩かたつむりの会」pf:青木里紗)

どの曲もそうだったが、残念ながらホルンの音量に対し、ピアノが負けている。ホルンに負けじとピアノが大音量を出す部分もあるが・・・・。原理的に仕方がないのだが、ホルンがピアノに気を遣って、少し音量を控えてくれると聞き易かったのだが・・・
そして知らなかったが、この曲は、ピアノ演奏が大変に難しい曲なのだそうだ。
貰ったパンフレットにこうあった。
「ピアノ独奏が入るこの曲は、一種のピアノ協奏曲風な雰囲気も持っており、ヨーロッパの160626katatu1 クラシック音楽とアメリカのジャズを融合させた、いわゆる「シンフォニックジャズ」として高く評価された曲である。
 ・・・と書くと聞こえは良いかもしれないが、このピアノがとにかく大変なのである。
(筆者もスコアを見たときに「マジでこれを弾くの!?」と思った)
 今回のソリストである青木さんがこの難曲をどう料理するのか。その一挙手一投足にご注目いただきたい。」

確かに、鍵盤を走る指を見ていると、それは複雑。・・・にもかかわらず、ホルンと違って(失礼!)、このピアノだけは安心して聞いていられた。
このピアニスト、同じく貰ったパンフレットにはこうあった。
「青木里紗
 国立音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻出身。在学中は、ソロコンサートや卒業演奏会に選抜出演。卒業後、ザルツブルク夏期国際音楽アカデミーに参加。
160626katatu2  その後、クラシックに限らず様々なジャンルの音楽に関わりつつ、映画のサントラのレコーディングに参加するなど、楽曲のアレンジもこなす。
 現在、都内各地でのライブ活動、ミュージカル公演でのバンド出演、スクールコンサート、サロンコンサート、クルーザーやレストラン等でのイベント&パーティー演奏の他、ブライダルプレイヤー、ラウンジプレイヤーとしてなど幅広く活動している。
 Vocal&PianoのDUOユニット“fleuge”のメンバー。」

なるほど、やはりプロだった・・・

このような、アマチュアの演奏会は、楽団の関係者ならいざ知らず、我々のような第三者?にとっては、やはり“聞かせ所”は、欲しいもの。つまり今回の「ラプソディー・イン・ブルー」のように、「なるほど・・・」と、うならせる演奏が一つは欲しい。その点では大成功。
しかし、話を繰り返すが、音量のバランスはどうにかならないか・・・
ホルンの演奏者は、皆一生懸命音を出しているのは分かる。しかし会場で聞くと、そのバランスは、非常に大きい。フルオーケストラでも、ブラスが30人もいる事は無いので、幾らピアノ協奏曲でも、これほどの音量の差にはならないだろう。
上の音は、音量を圧縮してピアノの音を大きくしてみたが、ひょんなことで、音量のバランスについて考えてしまった。
併せて、演奏におけるプロとアマの差について、納得してしまった演奏会ではあった。

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2016年6月23日 (木)

喉の痛みに「蜜煉川貝枇杷膏」はいかが?

やっと探し当てた。中国の家庭薬「蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)」だ。
9年前の2007年4月末に、上海に行った(こ)。
当時、中国語を勉強中のカミさんが、中国に行ったら買う、という物をあらかじめ探して、買ってきた。その中に、「ビワのシロップ」があった。
160623china1 カミさんの記憶によると、上海から蘇州に行った日、その時のガイドさんに上海の店に連れて行って貰って、これを買ったという。
この甘いシロップが、何年もの間、我が家で「喉の特効薬」として君臨していた。風邪などで、喉が痛い時に、小さじ一杯のこのシロップを舐めると、アラ不思議、治ってしまうのである。
しかし、何年か前、古くなったので、棄ててしまった。名前もメモしないで・・・

無くなってしまうと、また欲しくなる・・・。数年前、Netで探して、「これかな」という物を買った。しかし着いてみると、サラサラとした液体。これでは無かった。
そして先週だったか、また同じ話が持ち上がって、またNetで探してみた。すると、「うん、これだな」というのが見付かった。それで注文してみた。
それが当たった。まさにこれだった。日本でも買えたのだ。

製品名は「京都念慈菴」が作っている「蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)」。
その使い方と効能は・・・
蜜煉川貝枇杷膏(みつれんせんばいびわこう)
製造元:京都念慈庵総厰
中国圏で人気の家庭保健薬で、大人から子供まで、誰でも安心して飲めます。『地球の歩き方』にも紹介されてます。
成分:川貝、枇杷の葉、沙参、茯神、橘紅、桔梗、半夏、北五味子、北杏仁、款冬花、遠志、甘草、蜂蜜、薄荷など。
効用:長引く咳、痰。風邪、喉の痛み、睡眠不足、タバコや飲酒過度、肌荒れなど。
用法用量:1回大さじ1、1日3回。薬をスプーンに移し、口に入れて、徐々に飲み込んでください。夏の暑い時は、冷蔵庫に冷やして、一層美味しく飲めます。
1箱150ml」(
ここより)

160623china2 160623china3 160623china4

Netで見ると、色々なところで購入が可能だ。しかし値段が結構違う。それで今回は「北京友諠商店ネットショップ」(ここ)という店に注文してみた。
一個の値段は税込み1,382円だが、他に送料と代行手数料1,500円が必要で、合計3,382円
だった。
Netから注文すると、次の日に振り込みの銀行口座番号がメールで来て、今回ゆうちょに振り込むと「入金受領のお知らせ」、そして「追跡番号のお知らせ」のメールが届いた。メールには日本の代行業者の住所、電話番号もあるので、安心。
そして、注文から10日後には届いた。見ると、香港製で、北京からの航空郵便だった。製造年月は2016年1月、有効期限は2018年12月とあった。

それにしても、便利な時代。Netで注文しただけで、個人輸入として中国から直送されてくるとは・・・

前にも書いたが、先のガイドさんの話によると、やはりこれは中国のどの家庭にも常備されている家庭薬らしい。
甘いシロップなので、子どももOK。一家におひとついかが??
喉の痛みには「蜜煉川貝枇杷膏」!!(宣伝料は貰っていないので、念のため)

160623kuroneko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月22日 (水)

「孫社長が心変わり」~ソフトバンク:245億円のアローラ副社長が退任

「ソフトバンク、アローラ氏に報酬165億円 孫氏後継候補」~会社は誰のものか?」ここ)という記事を書いたのは、ちょうど1年前の2015年6月20日だった。その時に、世間が懸念した両者の軋轢が、何とたった1年で発生し、もう退任だという。

ソフトバンクのアローラ副社長退任へ 孫氏と考えにずれ
 ソフトバンクグループ(SBG)は21日、孫正義社長が自身の後継者候補としていたニケシュ・アローラ副社長が22日の株主総会を最後に退任する、と発表した。SBGは株主総会にアローラ氏ら8人の取締役再任の人事案をかける予定だったが、急きょアローラ氏の選任部分を取り下げる。直前に首脳人事が変わるという異例の事態だ。
 SBGによると、アローラ氏は数年内に孫氏に代わってトップとして指揮をとりたい意向だったが、これに対して孫氏は当面、自身が指揮をとりたい考えだった。トップの座を譲る時期で両者の考えにずれがあり、結局、アローラ氏が退任を決めた。アローラ氏は7月1日付で顧問に就く。
 アローラ氏はインド出身。米携帯大手Tモバイルを経てグーグルに移り、同社の最高ビジネス責任者に就任。孫氏が2014年、165億円の高額報酬で招き、15年も約80億円という破格の報酬だった。SBGではインドやインドネシアの新興企業投資などを手がけてきた。
 孫氏はアローラ氏という腹心を得て、日本から世界に事業展開する「ソフトバンク2・0」を唱えてきたが、構想は大幅な修正を余儀なくされそうだ。(大鹿靖明)」(
2016/06/22「朝日新聞」p2ここより)

アローラ氏と意見合わず 孫社長「あと5年は続ける」 ソフトバンク副社長退任
 ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義社長がほれ込み、高額報酬で招いたニケシュ・アローラ副社長が突如、退任する。早くトップになりたいアローラ氏と、なかなか地位を譲らない孫氏。2人の確執が一気に表面化した格好だ。ソフトバンク2・0はどこへゆくのか――。
 グーグル在職中のアローラ氏の手腕に感心した孫氏は2014年、頻繁に米西海岸に足を運び、アローラ氏を口説いた。最後は日本料理店の紙ナプキンに高額報酬を約束するサインをし、彼のスカウトに成功。アローラ氏も「マサ(孫正義氏のこと)は天才。彼と毎日一緒にいる」と一時は「相思相愛」の仲だった。
 アローラ氏は着任すると出身地のインドや東南アジアなどの新興企業に相次いで投資をし、インドでは大がかりな太陽光発電事業をスタートさせた。しかし、もともと日本市場が中心のSBG社内からは「ニケシュのために、いちいち英語で報告しないといけない」「人事権をちらつかされた」などと古参幹部を中心に戸惑う声があがっていた。孫氏もアローラ氏と意見が合わず、側近の前で珍しく愚痴をこぼすことも。アローラ氏も高額報酬の割には思ったほどの実績をあげていない。
 こうしたことからSBGは3月、国内統括会社と海外統括会社に分け、国内は古手の宮内謙取締役が、海外はアローラ氏が担うようすみ分けた。指揮系統を整理した格好だが、アローラ氏からすると権限が縮小したと映ったかもしれない。
 さらに匿名の投資家グループが米法律事務所を通じて1月、SBGに対してアローラ氏の調査を求める書簡を送付。大手投資ファンドのアドバイザーとの兼任などを問題視した。SBGは20日になって、取締役会に設けられた特別調査委員会が調査の結果、「評価するに値しない結論に至った」とのコメントを発表したばかりだった。
 孫氏は21日、「あと5年か10年は社長を続ける。その間ニケシュを待たせてはいけないと考えた」とコメントした。(大鹿靖明)」(
2016/06/22付「朝日新聞」p10ここより)

Netでググると、こんな記事もあった。
ソフトバンク:アローラ副社長が退任「孫社長が心変わり
ソフトバンクグループのニケシュ・アローラ副社長は任期切れとなる22日の株主総会で退任する。孫正義社長の後継者候補だったが、孫氏が当面、社長を続ける意欲を示し、在籍2年足らずでの退任となった。
 孫社長とアローラ副社長が21日夕、都内でブルームバーグなどに話した。8月で59歳になる孫氏は、アローラ氏を招へいした当初は60歳前後で社長を譲ろうと考えていたが、時期が近づくにつれて葛藤が生まれた、と説明。「正直な気持ちで、まだ社長を続けていきたいと伝えた」と話した。
 アローラ氏は「孫社長が心変わりし、もっと仕事をしようと思った以上、クレイジーな天才である孫社長には、大きな収益を生み出し続けてもらうべきだ」と述べた。退任は2人で話し合った結果といい、アローラ氏は7月以降、顧問として残る。アローラ氏が600億円相当の自己資金で購入していたソフトバンク株は、21日付終値で孫社長が購入する。
 アローラ氏はグーグルの最高事業責任者だった2014年に、孫氏に請われてソフトバンクに入社した。海外事業責任者として活発に合併・買収(M&A)を展開し、アリババ・グループ・ホールディングの一部保有株やゲーム開発会社スーパーセルの売却も主導した。15年3月期には166億円の報酬を受け取った。
宮内氏が副社長に
 「退任をよく見せることは難しい」とBGCパートナーズ(シンガポール)の日本株セールス担当マネジャー、アミール・アンバーザデ氏は指摘。アローラ氏が任せられてきた役割を考えると「株価が上がることはまずないだろう」と分析した。
 アローラ氏の後継の副社長には、宮内謙取締役が再び就任する。海外での投資活動や事業は孫氏のほか、ロナルド・フィッシャー取締役らが引き継ぐ。孫氏はアローラ氏の投資手法から、保有資産を「現金化することの大切さも学んだ」と説明。アリババやスーパーセルの売却により、「資金的余裕ができたことで、投資機会があれば速攻で動ける」と述べた。
 孫氏はアローラ氏を招へいした当初は60歳の誕生日を迎えたら、社長職を譲ろうと考えていたという。ただ残り1年余りとなった時点で、「やり残したことがいろいろある」と考え、職を譲るのが惜しくなった。「気持ちが成熟していないのにバトンを渡したら、渡した後にもめるのも嫌だ。だから正直に話したほうがいい」とし、「ニケシュには迷惑掛けたと申し訳ない気持ちでいっぱい」だと述べた。
 後継者育成は、創業者の孫氏が経営判断の多くを担うソフトバンクの長期的な課題だ。孫氏は「少なくとも5-10年は社長のまま走りたい」と話した。
 一部の投資家グループはアローラ氏の実績や適性に疑問を呈し、ソフトバンク取締役会に対し同氏の内部調査を行い、必要であれば解任するよう要求していた。ただ同社は、特別調査委員会が調査した結果として、評価するに値しない内容だとの結論に達したと20日に発表していた。(天野高志、Pavel Alpeyev、中村友治)」(
2016年6月21日 ブルームバーグここより)

まさに絵に描いたようなドタバタ劇。誰もが失笑するドタバタ劇。
しかし、この孫氏の独り相撲に投じられた会社のお金は、14年度165億円、15年度80億円の計245億円だという。
前にも書いたが、幾ら孫氏が創業者で、20%の株主とは言え、こんな事が可能であることに、まず驚く。会社から見れば、一人の人間に245億円の投資(アウトプット)をした。それに対する、インプット(成果)はいったい幾らなのだろう?とても245億円の利益を会社にもたらしたとは思えない。とすると、そのマイナス分は、孫氏はどのようにして株主や社員に説明するのだろう? どう責任を取るのだろう?

創業者のような“お山の大将”が、後任者にそれまで持っていた権力を譲ることは難しい。いや、ほとんど不可能ではないか?
それを成し遂げたのは、本田宗一郎くらいしか知らない。

実は自分も現役時代、同じような事をしていた。自分の領分を誰かに譲った後、極端に寂しくなる。そして干渉したくなる。報告が遅いとイライラする。自分に“お伺い”をたてに来ないと怒る。スジが違うと分かっていても、それは感情の問題。
その点、孫氏は、それを予見して避けたのが今回の人事。しかし、2年前、孫氏はそんなにスムーズに禅譲が可能だと思っていたのか? もしそうだとすれば、勘違いも甚だしい。

それにしても、副社長から平取に降格せられたり、また副社長に上げられたり、宮内氏も大変だ。
今回に懲りて、孫氏も死ぬまで現役トップを貫くだろう。そして、孫氏にそれが出来なくなった時、ソフトバンクという会社がどうなるのか、ま、あまり関係無いけど・・・ね。

(付録)今日、初めてある新聞社から、世論調査の電話がかかってきた。「家族が二人の場合は、年下の人にお願いします」と言うので、残念ながらカミさんが回答した。
もちろん名前などは名乗らず、「今回の参院選では誰に投票しますか?」「安倍政権を支持しますか?」等々の質問に答えていった。
いままで、「世論調査はホントウにちゃんとやっているのか?」と、我が家では良く話題になっていたが、今回の電話で信じることにした。
裁判員もやってみたいが、こっちは一向に連絡がない。

160622hone <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月21日 (火)

郵便物の「不在連絡票」に思う

郵便の不在時の対応が、どうも気に入らない。
今日も、外出して戻ったら、佐川と郵便の2つの不在票が入っていた。放って置いたら、佐川の携帯から電話があり、これから届けに伺う、とのこと。

問題は、郵便物。郵便受けに入る物なら良いのだが、大きくて郵便受けに入らない物や、受け取り印の要る郵便物は、「郵便等ご不在連絡票」に書いてある通りに、こちらから連絡をしないと受け取れない。
通販など、来るのが分かっている郵便物なら分かるが、相手から一方的に送られてくる郵便物だと、こちらからアクションを起こさないと受け取れない、という状況がどうも気に入らない。
別にこちらは受け取りたいワケではない。そもそも、何が送られてきたかも分からないので、受け取らなければいけない義務もない。しかし“窓口まで取りに来い”といった「行動」を強制される。

改めて「不在連絡票」を眺めてみる。方法は5つ。1つ目はPC、スマホからの申し込み。や160621yuubinfuzai ってみると、住所氏名、電話番号、アドレス等々、とにかく色々な情報を登録しないといけない。
2つ目は、電話による自動受付。当日の再配達は18時までらしい。3つ目は、郵便・FAXによる申し込み。4つ目が郵便局の窓口での受け取り。5つ目がコールセンター。
カミさんが、電話の自動受付にチャレンジしたが、なぜかうまく行かない。それで、自分が試しにコールセンターに電話してみた。
しばらく待たされたが、19時までの受付なら、当日の21時までに配達するという。スマホでの登録と同じく、住所氏名、電話番号等、色々な情報聞かれた。
雑談としてコールセンターの人に聞いてみた。
「相手からの一方的な郵便物を、こちらから郵便局に出向かないと受け取れない、または連絡しないと、届けない、という郵便局の姿勢が、どうも気に食わない。“一度しか届けません” “もし不在だったら、在宅の時に届けるので、いつ在宅か連絡せよ”という姿勢が、“上から目線”で宅急便とは大違い」⇒「ゆうパックなどは、宅急便と同じく、再配達しています。」
「不在票が郵便受けで他の投函物に隠れてしまった、とかで、放って置いた場合はどうなるの?」⇒「保管期限を過ぎると、差出人に自動的に返送される。」

まあコールセンターの人に言っても仕方がないので、ここまでだったが、どうも“お上”のやり方のようで、気にくわない。結局、19時前に電話したら、20時前にはピンポーンが鳴った。わざわざこの一つの郵便物のために、バイクで来てくれたのだ。それはそれで大変。
しかし、この方が本当に効率的、そして顧客志向なのだろうか?
次の配達のときに、もう一度届けてくれる方が、受け取る側も楽だし、配達の人も、わざわざ一つの郵便物だけのために動かなくて済むと思うのだが・・・・

郵便配達の仕組みとして、“二度は届けない”という何か大きな理由があるのだろうか?自分には分からない。
そしてこの仕組みは、昔からそうだったのだろうか? それも分からないが、あまりに「顧客志向」から離れているようで、好かない。
うがった見方をすると、ゆうパックなどの民間の宅配便と競合する部分は、民間と同じようなサービスをするが、そうでない部分は、自分たちの都合で、手間を顧客に押し付けているように感じる。「一度だけ届けに行ったが、不在だったのでザンネンでした~。連絡をよこさないと、届けてあげないよ。放っておくと、返送しちゃうからね。」・・・・
心当たりの無い郵便物だと「勝手にしろ!」と言いたくなってしまう。
それに引き替え、クロネコは不在票に携帯番号が書いてあるので、直ぐにドライバーと連絡が付き、再配達してくれる。佐川は、コールセンターへの連絡など、郵便と同じような仕組みだったが、最近はドライバーの携帯番号が書いてあることもあるらしい。

ま、それにしても、自分も心が狭くなったもの。そんな事に目くじらを立てている・・・。
逆のケースが、スーパーなどのレジ打ちの人の対応。「いらっしゃいませ」の挨拶から始まって、生ものなどの梱包、ビン類への緩衝材の付加、等々、とにかく、そこまでやらなくても・・・と言いたくなるような丁寧な対応。
しかもそれは、どの店でもほぼ同じなのだ。つまりは、既に「日本の文化」になっている。
ま、それと引き替え、郵便の再配達の仕組みは、自分にとっては、「悪い日本の文化」のように思えてならない。
今日はグチでした。

160621sagawa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月20日 (月)

オーブントースターのヒーターを強引に修理した話

今日は、オーブントースターを強引に修理してしまった。(ここに書くつもりが無く、写真を撮らなかったのが残念!)

ウチで使っているオーブントースターは、いつもAmazonで“売れている”製品を安く買っている。1年ほど前、使っていたトースターがだいぶん汚くなってきたので、買い換えることにした。いつものようにAmazonで、「ベストセラー1位」という文字に踊らされて、今までと同じメーカーの物を買った。何と2千円!安過ぎる!
ところが、そこからが問題。我が家では、ほとんど、冷凍の食パンを焼くのだが、上面がこんがり焼ける頃は、下面が真っ白。つまり上下での焼けのムラがひどい。
ウーンとうなったが、買ってしまったので、仕方が無く使っていた。結局、冷凍の食パンを焼く時は、少し経ったら上下をひっくり返して焼くしかなかった。

使い出して、1年。だいぶ汚れてきたので、買い換えようかという話になった。前に使っていたモデルが焼きムラが無く良かったので、そのモデルと同じ物に戻そうと思った。すると、昨年までは売っていたが、今は廃止になっていて同じモデルが手に入らない。
それで、その後継機種を買おうかと、クチコミを読むと、やはり焼きムラはあるらしい。
160620toaster1 いっそのこと、中古でも良いので、好印象の前のモデルを買おうかとヤフオクで検索。すると運良く、状態の良い物が見付かった。それを落札。
送られて来たものを開梱したら、何と内部のヒーターの石英ガラスが割れている。梱包を厳重にし過ぎて、かえって梱包材から圧力がかかり、割れ160620toaster4 たらしい。(出品者に連絡したら、返金するので、壊れた現品は処分してくれとのこと)
せっかく、新品同様の“欲しいモデル”が手に入ったのに惜しい!

それで今日、「壊れたモデル+汚いモデル=欲しいモデル」に修理できないか、調べてみる事にした。
まずヒーターのパワー。このメーカーの製品は、どれも上560W、下440W。しかし、今使っている“汚いモデル”は、1000Wとしか仕様に書いていない。それで今日、メーカーに電話で確認してみた。結果、こんなことが分かった。
*昨年2千円で買ったモデルは、他のものと同じく上560W、下440W。⇒つまり、汚いモデルのヒーターをそのまま壊れたモデルに取り付ければ復活する!

・「ヒーターのそばに付いている金属の棒は何?モデルによって、上に付いていたり、下に付いていたりするが・・・」⇒「それは強度を増すために付いている。モデルによって上に付いたり下に付いたりしている理由は、工場に確認しないと分からない。当社は工場は持っていないので、聞くしかない」
・「今使っているモデルは、ヒーターの中央部が暗い。前使っていたモデルは均等」⇒「それは中央のニクロム線を伸ばしているので、温度が低いのが原因。設計のため」
・「今使っているモデルは、食パンを焼くと下が白い。」⇒「オーブントースターの場合、ピザなどを焼く時に上を主に焼きたいため、上が強くなっている。よって食パンは苦手。設計をそうしている。」
・「ヒーターに付いている金属棒によって火力が弱まることはないか?」⇒「それは無い」
・「焼き網が、モデルによってメッシュ状と金属棒タイプがあるが、それが原因で下が白くなることはないか?」⇒「メッシュ状のものは材料のコストが高い。焼き方に違いはない。」
・「ヒーターが割れたが、修理は可能か?」⇒「可能だが、送料の半分を持って貰うため、新品を買う方が安くなる。」

そうか・・・。設計的に上のヒーターが強く、それが原因で焼きムラが出るのか・・・。しかし、前に使っていたモデルのように、焼きムラが出ないものもある。つまり、ヒーターのパワーだけでなく、形状の設計(違い)によって、色々・・・
つまり結論として、以前使っていたモデルは良かったので、それを実現すれば良い。つまりは、ガラスが割れているものの修理だ。

まず分解。両サイドのカバーを外すと、ヒーターの交換が可能。ヒーターを分解しているうちに、ヒーターそのものは設計の問題があるので、ヒーター全体の交換ではなく、石英ガラスだけを取り替えることにした。そして割れた棒状の石英ガラスを外す。
それから「汚い今使っているモデル」も同様に、ネジを外して分解し、ヒーター部の石英ガラスを外す。幸いにも径が同じだった。しかしヒーターのビスは、3mmと4mmだったので、やはりヒーターは同じ物ではない。よって全体を変えない方が良い。
かくして、割れたガラスだけを交換した。
それで復活。もちろん試運転もバッチリ。当たり前だ。

かくして、無料で、1年前まで使っていたモデルのほぼ新品が手に入った。
オーブントースターはAmazonで2千円~3千円と安い。しかし、我が家のように、冷凍食パンが中心などの使い方によっては、焼きムラなど不満が出る。それには、「満足していたモデル」に戻すのが一番安心。要はそれをどう手に入れるか・・・

またしても、“夢中になって”修理したので、少し腰が痛くなってしまった。ヤレヤレ・・・

160620nekoze <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年6月19日 (日)

物の整理中・・・

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(be between 読者とつくる)「持たない暮らし」にあこがれる?
 「断捨離」「ときめく片付け」「10着しか服を持たない」……あふれる物との闘い方が流行する様は、物の豊かな時代の必然のようです。さらに進んで持ち物を極限まで減らし、空き部屋のような空間で暮らす「ミニマリスト」に関心が集まるこのごろ、「持たない暮らし」にあこがれる人がやはり多数を占める結果となりました。

 ■「捨てられない」は悪か
 モノを極力持たない「ミニマリスト」の流行は欧米発。米国の男性2人組「ザ・ミニマリスツ」はウェブで200万人の読者を獲得するなど注目を集める。エッセー集『minimalism 30歳からはじめるミニマル・ライフ』(フィルムアート社)は、物を減らすハウツーよりも、どんな生き方をするかについて多くの紙幅を割く。ミニマリズムとは「有意義な生活や人生を送るためのツール」。本当の目的は、自由、幸福に生きることだという。
160619dansyari  一方、beモニターの皆さんの「すっきり」願望は、もっと切実な体験に基づく。
 「母の遺品の多さに参った。母はきちんとした性格だったが体力、気力が衰え放置していたのだと思う。体力があるうちに断捨離をしなければ」(兵庫、70歳男性)、「夫の叔母をワンルームの老人マンションに転居させたが、元の3DKの賃貸が荷物の山。現在両方の家賃を払っている。自分は子どもに迷惑をかけないよう体力のある間に身軽になりたい」(大阪、58歳女性)。
 なぜ、捨てられないのか。
 「『使えるからと取っておいてはダメ』と片付け本にあるが、壊れてない物は捨てられない」(東京、51歳女性)、「必要な時のためにと捨てきれないのが貧乏人の性(さが)。物を持たないのは実は豊かな証し」(大阪、56歳女性)。
 他人にはゴミでも、自分にとっては宝だということも。
 「昔集めたアイドルグッズ。手に入れた時の苦労や使ったお金を思うとゴミにもできない」(兵庫、56歳女性)、「現役時代の書類は、生きてきた軌跡と思うとなかなか処分できない」(長野、64歳男性)、「結婚の時に親がそろえてくれた和服類など一度も手を通さないまま。裏地にシミが出てしまい、処分するしかないが……」(千葉、79歳女性)。
 結果、家族の中の意思統一が難題に。「夫が何でもとっておくので本当にいや。中学の時の洋服とか。別れて暮らしたい」(東京、52歳女性)、「終活を意識して自分のものは順次廃棄しているが、空いたスペースに妻がものを詰め込んで、家の中が片付かない」(千葉、58歳男性)。
 とはいえ、すべての物がありがたく、持つことが幸せだった時代は確かにあった。
 「戦後、中国からリュックサック一つで引き揚げてきた。物が増えると暮らしが一段上昇したように感じられ、心が豊かになる。物に囲まれるのが夢だったからか捨てられない」(福岡、78歳男性)
 そもそも、持たない暮らしってそんなにステキかしら?という根源的な疑問も。
 「物のない、すっきりしたお宅にうかがうと寂しい。家は適度に散らかっていてちょうどいい」(東京、77歳女性)、「シンプルライフを目指し欲しい物も我慢していたが、仕事のモチベーションが下がった」(群馬、46歳女性)。持たない暮らしを実践し、がらんどうに近い部屋に暮らす神奈川の男性(32)も「たまに、好きな物が適度にある部屋に憧れる」。
 「物を持たないこと自体が目的になって、快適に生活するという本来の目的が見えにくくなっていることに違和感がある」(福島、27歳男性)という指摘もあった。
 数年前、ブームの片付け法に乗って後悔した山形の女性(51)は「持たない暮らしに注目しつつも冷静に受け止めたい」。少なくとも捨てられないことは、絶望的な悪癖だとも言えないはずだ。(大庭牧子)」(
2016/06/18付「朝日新聞」b10より)

3月で“毎日が日曜日”になって、身辺整理を始めた。要は、自分の持ち物の、不要品の処分である。
今まで、ほとんど何も捨てなかった。定年後、時間が出来たら“見るから”“読むから”と、全てをため込んできた。そして今、時間が出来た。さてと・・・
まず、自分の趣味のオーディオ関係の機材は、使わないものは全て処分した。何のことはない、ヤフオクで全て売り払った。そして今あるのは、日常使っている機材だけ。
書籍は、処分が難しい。売れないのである。昔の新刊本など、Amazonで見ても、中古品は全て1円だ。よって、まとめて市の処分場に運ぶことにした。というのは、先日、雑誌・雑紙の日に家の前に出したら、多すぎたせいか、本の束をひとつ置いていかれた。一度にたくさん出すな、という意思表示だ。それから直接処分場に持って行くことにした。

貰った本を処分するのは抵抗がないが、自分で昔読んだ本は、少し抵抗がある。よって、毎日、1冊ずつ、ざっと読み返してから処分するかどうかを考える事にした。
しかし、今まで処分した物で、後で失敗した、という事が無い。これは我ながら意外・・・
つまりは、“棄てられる”ということだ。
でも、上の記事の「物のない、すっきりしたお宅にうかがうと寂しい。家は適度に散らかっていてちょうどいい」という意見に賛同だ。ほどほどが良い・・・。

他の部屋の整理も始めた。天袋にあった着物類も全て処分した。もちろん着物は着ないが、昔、お袋や伯母が、「もったいないから」と“貰わされた”もの。
前に、義母がそごうデパートで100万円で買ったという加賀友禅・浜ちりめんを3万円ほどで処分したが、先日テレビ(2016/06/17「ニッポンのミカタ」)でやっていた「タンス屋」という着物のリサイクル業者の番組で、あれでもラッキーだったということを知った。
テレビによると、家庭のタンスに眠っている着物は40兆円! しかし買い取りが出来るのは、正絹と帯だけだという。ウールなど、それ以外は、査定ゼロ。処分に困った家庭が査定をして貰っていたが、買い取ってもらえたのが40点のうち9点、金額が7500円。他の家で、これは良いと評価してくれた小紋も査定は2500円。57点のうち買ってくれたのが9点で1万円。あまりの安さに、ビックリだが、仕方なく売っていた。
どうも着物のリサイクルは、相場の1%位で買い取って、洗濯して売りに出す時は、20万円が1万5千円と、1割以下らしい。
こんな話を聞いていると、着物は宝石と似ている。デパートで新品を買う時は高くても、売る時は二束三文。まあ、棄てるしかないな・・・

話は変わるが、2年ほど前に「3軒分の実家の遺品を30万円で整理した話」(ここ)という記事を書いた。
そうなのだ。自分の物をたくさん持っていても、自分に処理能力があるうちは、自分で責任が取れるので良いが、自分たちが“さっさと居なくなった”後、それを遺族に片付けさせるのは如何なものか・・・。残されて、それを整理する人は大変だ。
つまりは、歳を取ったら、やはり「断捨離」が必要だ、ということだろう。

今日は涼しい。こんな日には、部屋を順番に整理して行くと良いのだが、この所ちょっと停滞気味。
ここに書くことによって、“自分に檄を飛ばす”年金生活者ではある。

160619kutusita <付録>「ボケて(bokete)」より

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