2015年8月29日 (土)

在日米軍の殺人者を無罪にする役所間の連係プレー

前回(ここ)に引き続き、矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」からの話である。
こんな記載があった。
殺人者を無罪にする役所間の連係プレー
 ごく簡単に説明しておきますと、たとえば在日米軍の兵士が重大な犯罪をおかすとします。女性をレイプしたり、車で人をはねたり、ひどい場合には射殺したりする。すると、そのあつかいをめぐって、日本のエリート官僚と在日米軍高官をメンバーとする日米合同委員会で非公開の協議がおこなわれるわけです。
 実際に21歳の米兵が、46歳の日本人主婦を基地のなかで遊び半分に射殺した「ジラード事件」(1957年/群馬県)では、その日米合同委員会での秘密合意事項として、
「〔日本の検察が〕ジラードを殺人罪ではなく、傷害致死罪で起訴すること」
「日本側が、日本の訴訟代理人〔検察庁〕を通じて、日本の裁判所に対し判決を可能なかぎり軽くするように勧告すること」
 が合意されたことがわかっています。(『秘密のファイル』春名幹男/共同通信社)
 つまり、米軍と日本の官僚の代表が非公開で協議し、そこで決定された方針が法務省経由で検察庁に伝えられる。報告を受けた検察庁は、みずからが軽めの求刑をすると同時に、裁判所に対しても軽めの判決をするように働きかける。裁判所はその働きかけどおりに、ありえないほど軽い判決を出すという流れです。
 ジラード事件のケースでいうと、遊び半分で日本人女性を射殺したにもかかわらず、検察は秘密合意にしたがい、ジラードを殺人罪ではなく傷害致死罪で起訴し、「懲役5年」という異常に軽い求刑をしました。それを受けて前橋地方裁判所は、「懲役3年、執行猶予4年」という、さらに異常なほど軽い判決を出す。そして検察が控訴せず、そのまま「執行猶予」が確定。判決の2週間後には、ジラードはアメリカへの帰国が認められました。
 「アメリカとの協議(外務省)→異常に軽い求刑(法務省・検察庁)→異常に軽い判決(地方裁判所)→アメリカへの帰国(外務省)」
 という役所問の連携プレーによって、あきらかな殺人犯に対し事実上の無罪判決が実現したわけです。」((矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」P81~83より)

国会で26日、山本太郎議員が「自衛隊は、米軍の2軍ではないんですよ」などと言っていたらしいが、本当は「自衛隊は、米軍の指揮権の下で作戦に従事する一部隊に過ぎません。:深草徹氏」なのだろう。
だから米軍が何をしても、その部下である日本は何も言えない・・・

一番始末が悪いのは、全てが覆い隠されていること。そうならそうと、国民にちゃんと説明すればよい。しかし国民の目を不都合な事実からそらせ、表面上は独立国家のような風を装う。
本当は、新聞などのマスコミがその事実を赤裸々に暴露すれば良いが、どっこい営利企業のマスコミは、そうは動かない。
すると、国民は自分で勉強するしかない。

自分的には「性善説」でものごとを考えたいが、「それは甘い!性悪説で考えるべき・・」と言われてしまう。ま、そうかも・・・

嗚呼、アメリカ合衆国・日本州よ・・・

(関連記事)
在日米軍の事故と日本国憲法 

150829toguro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月28日 (金)

壊れたプリントヘッドで、正常だったプリンターを壊してしまった話

この記事は、先日体験した、Canonのプリンター560iのヘッドを交換した所、交換したヘッドが壊れていたため、結果として動いていた本体を壊し、続いて今まで動いていたヘッドまで連鎖的に壊してしまった悔恨の話である。

我が家では、カミさん用のPCに、レーザーのモノクロとカラーの2台、それにカラーのインクジェットの計3台のプリンターがつないである。でも日常的に使うのは、インク代が安いインクジェット。
自分のノートPCではほとんど印刷しないので、印刷時は、カミさんのPCで印刷していた。それがつい面倒になって、先日、全く同じ560iをヤフオクで落札して自室にもセットした。
まったく同じ機種にしたのは、インクを純正でない安い互換インクを使っているため、その保守のため、及びCD-Rの印刷が慣れているため。
これがスタート。年賀状しか印刷しない、という売り主の言葉通り、本体の動作はよいのだが、ヘッドが良くなかった。少し置いておくと、ヘッドが目詰まりするらしく、その都度、強力クリーニングをしないと、カラーがちゃんと印刷されない。インクジェットは、やはり継続的に使わないとダメなようだ。
Netでググりながら情報を得て、ヘッドをお湯で洗浄してみたりもしたが、状態は変わらなかった。そもそも自室ではモノクロ印刷で充分なのだが、CD-Rの印刷がカラーモードしか選択できず、文字がヘンな色になってしまうため、仕方なく強力クリーニングをするのだが、インクの消耗もバカにならない。

そんな訳で、仕方なくヘッドを交換することにした。しかし新品だと6500円もする。ほとんど使わないので、中古で充分・・・

それで見付けたのが、「プリントヘッド QY6-0064中古品」というヤフオク。説明を見ると「CanonのMP710で使っていたが、本体が壊れたのでヘッドを出品」とのこと。
「エラーコードは##345で、ネットで調べるとヘッドを動かすメカ部分の故障らしいですが確証はありません。すなわちプリントヘッドそのもののエラーではなさそうですが、本文記載の通り確認する方法がないので・・・。」
出品者を責めるつもりもないが、これを信じてしまったのが、間違いの始まり。

落札して送られて来たヘッドを交換した所、何とプリンターの電源が落ちてしまい、電源ボタンやリセットボタンを押しても、ウンともスンとも言わなくなった。焦った・・・
元のヘッドに戻したいが、ヘッドがカバーの中に入り込んでいるため、それも出来ず・・・。

Netで見ると、しばらく時間を置くと良いらしい。Canonのサイトにも「電源コードを外した状態で、2分間放置してください。」とある。しかしダメ。
Netでググっていると、少し時間が経ったせいか、何とプリンターの電源が入った。ノズルチェックパターンの印刷をすると、色がまるでダメ。元のヘッドに戻したら、ちゃんと動くようだ。強力クリーニングをしたらちゃんと印刷できる。良かった~~
念のため、壊れていると思われるヘッドを付けると、やはり電源が入らない。
ヤレヤレ、送られて来たヘッドが壊れていたのだ、で一件落着、と思ったのがまた間違い。

5分で自動的に電源が落ちる設定にしてあるが、また電源が入らない。やはりウンともスンとも言わない。このヘッドは今まで使っていたヘッドなのに・・・
ナヌ?本体が壊れた??
プラグを抜いて、数時間放って置いても、やはり電源が入らない。ヘッドを動かすと、何と今度は動く。それでヘッドの交換実験も出来た。

結局、行き着いた状態は、
1)壊れたヘッドを付けると、電源が入らない状態になる。
2)“正常だった”ヘッドを付けると、オレンジランプが5回点滅。これはプリントヘッドの異常だという。
3)ヘッドを外すと、正常に電源が入り、PCからも制御可能。

<自分の理解>
・送られて来たヘッドは壊れていた。
・それを付けた正常な本体が壊れた。
・その壊れた本体に正常なヘッドを付けたため、そのヘッドも壊れた。

Netでググってみると、「##345というエラーコードは、どうやらヘッド部分が壊れたようで・・・」とという書き込みがあった。そして、「プリントヘッドを取り外した状態で電源を入れて電源が入るなら本体の基板はやられてはいません。」という書き込みもある。
しかし今回の場合は、「プリンターの修理屋ですが、電源が入らないプリントヘッドで、何台もの本体を壊したことがあるので、電源が入らないプリンターのヘッドは二度と使いません」との書き込みが、自分のケースに合っているようだ。

プリンターの原理は知らないが、今回の故障はこんな推移か??
・プリントヘッドの最悪の壊れモードは、デッドショート
・それを取り付けたため、本体のドライバー(ヘッドを駆動するアンプ)が、オープンモードではなく、ショートモードで壊れた
・その壊れたドライバーに、正常なヘッドを取り付けたため、過電圧などによって正常だったヘッドも壊れた

つまり、このプリンターにはもう何もつながず、静かに退場して貰うしかない・・・

もちろん、出品者からは送料込みで返金して貰ったが、今まで動いていたプリンターが壊れたため、買い換えるしかない。
「安物買いの銭失い」とは良く言うが、これを地で行ってしまった。

<今回での教訓>
・ヤフオクで、アマチュアからプリンターを買ってはいけない。ノズルチェックパターン印刷の画像が付いて、累計印刷枚数が表示されている等、ちゃんと動くことが表示されているプロからのプリンターを買おう。
・壊れた機器から外したプリントヘッドは、絶対に買ってはいけない。特に電源が入らなくなった本体から外したヘッドは絶対に使ってはいけない。ヘッドが原因で動かない場合は、壊れたヘッドで、成城だった本体が皆壊れてしまう可能性有り。

ヤレヤレ・・・

150828kabinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月27日 (木)

ボニージャックスの「母さんの蛇の目はむらさき」

暑い暑いと言ってきたが、ここ数日、20度に近い気温で、一気に秋の雰囲気がしてきた。
ボニージャックスが歌うサトウハチローの歌には、秋を歌うものが多い。
秋を歌ったものではないが、こんな歌はどうだろう・・・

<ボニージャックスの「母さんの蛇の目はむらさき」>

「母さんの蛇の目はむらさき」
  作詞:サトウハチロー
  作曲:西脇久夫

母さんの蛇の目はむらさき
母さんの手もうすむらさき
蛇の目の中で見る
母さんの鼻の先も
ぽっちりむらさき
ああそのポッチリが
何か悲しくうつくしく
なつかしく

母さんの蛇の目はむらさき
ああそのポッチリが
何か悲しくうつくしく
なつかしく
母さんの蛇の目はむらさき

同じように、ボニージャックスがサトウイチローを歌ったシリーズでは、「ちいさい秋みつけた」(ここここ)、「お月さんと坊や」(ここ)、「爪色の雨」(ここ)などがあるが、この歌の世界は、ボニージャックスならでは・・・のもの。ダークでは合わない。

しかし、このような歌も忘れ去られようとしているのだろうか?
Youtubeにも無い。Netで検索しても、ほとんど情報が無い。
それほど有名では無い歌なのだろうか・・・??

蛇の目傘か・・・
150827jyanomegasa 子どもの頃は、たぶん使ったと思うのだが、あまり覚えていない。
もちろん今は、いつもカバンに入っている折りたたみ傘。
家からちょっと出るときは、コンビニの透明傘・・・

本当に見なくなった蛇の目傘・・・
wikiによると「蛇の目(じゃのめ)とは、同心円を基調にした模様である。ヘビの目から名づ150827jyanome けられた。」とある。
しかし、「蛇の目」と聞くと、思い出すのが「蛇の目ミシン」。
Netで、「蛇の目ミシン」画像検索をしたら、何とも懐かしい写真が見付かった。
自分は小学校4年まで、埼玉県の与野にいた。その家にこのミシンはあっ150827misinn た。しかしそれはMITSUBISHIだった。
Netでみると、当時「三菱製 家庭用足踏みミシン」は結構有名だったらしく、今でも修理をしている会社があり、「三菱はあの三菱電機で、今はミシンの製造はしていませんが、さすが財閥だけあって・・・」という解説がある(ここ)。
我が家で三菱電機製品を買った最初かも!?

思い出すと、昭和30年代の初め、お袋が、当時単身赴任をしていた親父に隠れて洋裁の内職をしており(親父は内職反対!)、このミシンでいつも縫い物をしていた。
自分もこのミシンが好きで、タオルでゾウキンを縫うのが好きだった。でも、ガチャガチャと、あまりにたくさんミシンで縫うため、絞ったときに堅かった・・・

そして後年、両親が晩年を過ごした茨城の家にも、買い換えたのだろう、同じような足踏みミシンはあった。
実はその家も、取り壊しの日が近くなってきた。廃屋にするのが忍びなく、近く処分することになったからだ。
昭和42年からあの家に両親が二人で住んで29年、その後親父が亡くなってからお袋が一人で住んで18年。半世紀も両親が住んだ家が無くなる・・・

あまりこの歌とは関係無いものの、こんな寂しげな歌を聞きながら、誰も持て余している実家の古い家が壊されることに、一抹の寂しさを覚える、初秋である。

150827chiku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月25日 (火)

在日米軍の事故と日本国憲法

先日、米軍基地で、爆発事故があった。
米軍「保管ボンベ爆発」 相模原火災、市長は抗議文書提出
 相模原市中央区の在日米陸軍相模総合補給廠(しょう)の倉庫で起きた爆発火災で、市は24日、米軍側が「医療用、あるいは溶接用として保管してあった酸素、窒素などのボンベが爆発した」と市に説明したことを明らかにした。
 米軍は原因の究明を進める。在日米陸軍司令部広報室は「米軍の複数の組織が調査に当たる」としているが、組織名や調査期間のめどは明らかにしていない。
 日米地位協定により日本の警察や消防は捜査権を持たず、相模原市の加山俊夫市長は同日の記者会見で協定見直しを国に要請する考えを示した。
 加山市長は「施設内の検証で消防がなかなか立ち入ることができないと聞いている。今回、こういう事例が起きたので(日米が)相互連携を図れるよう、見直しを防衛省に要請したい」と述べた。
 また、同市長は在日米陸軍基地管理本部司令官に対し「ひとつ間違えば大災害となる極めて遺憾な事態で、強く抗議する。万全の対策を講じることを強く要請する」との文書を提出した。
 神奈川県の黒岩祐治知事も「基地周辺住民に大きな不安を与えた。県内には多数の米軍基地があり、早期の原因究明と再発防止策の徹底を強く求める」とコメントした。
 市消防局によると、爆発は24日午前0時45分ごろ発生し、平屋建ての倉庫1棟約900平方メートルを全焼、午前7時10分ごろに鎮火した。焼け跡に酸素ボンベなどが散乱。周辺住民が爆発音を聞いていた。同司令部広報室は「弾薬や放射性物質は保管していない」としている。〔共同〕」(2015/08/25付「日経」より)

こんな記事を読みながら、幾ら国内であっても、米軍基地は治外法権。日米地位協定は日本国憲法の上にあると、改めて認識。

先日、矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読んだ。
その中に、こんな一節がある。
「・・・もともと日米安保条約などの条約は、日本の航空法など、一般の国内法よりも強い。上位にあるそうです。これだけでも私などは「えーっ!」と驚いたのですが、みなさんはいか150825naze がでしょう?
 これは憲法98条2項にもとづく解釈で、「日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守する」ということが憲法で定められているからです。この点に関しては、ほぼすべての法学者の見解が一致しているそうです。
 その結果、どうなるか。条約が結ばれると、必要に応じて日本の法律(憲法以外の国内法)が書きかえられたり、「特別法」や「特例法」がつくられることになります。つまり下位の法律が、新しい上位の法律に合わせて内容を変えるわけですね。
 米軍機がなぜ、日本の住宅地上空でめちゃくちゃな低空飛行ができるのかという問題も法的構造は同じで、「日米安全保障条約」と、それにもとづく「日米地位協定」(在日米軍がもつ特権について定めた協定です)を結んだ結果、日本の国内法として、「航空特例法」という法律がつくられているからなのです。

アメリカ国務省のシナリオのもとに出された最高裁判決
 けれども、いくら条約(日米安保条約や日米地位協定)は守らなければならないといっても、国民の人権が侵害されていいはずはない。そうした場合は憲法が歯止めをかけることになっています。下の右の図の関係です。
150825kenpou  条約は一般の法律よりも強いが、憲法よりも弱い。近代憲法というのは基本的に、権力者の横暴から市民の人権を守るために生まれたものだからです。だから、いくら日本政府が日米安保条約を結んで、それが日本の航空法よりも強い(上位にある)といっても、もし住民の暮らしや健康に重大な障害があれば、きちんと憲法が機能してそうした飛行をやめさせる。これが本来の法治国家の姿です。
 ところが1959年に在日米軍の存在が憲法違反かどうかをめぐって争われた砂川裁判で、田中耕太郎という最高裁長官(前述したとおり、占領中の1950年から、独立の回復をまたいで、安保改訂のあった1960年まで在職しました)が、とんでもない最高裁判決を出してしまった。簡単に言うと、日米安保条約のような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断をしないでよいという判決を出したわけです()。
 するとどうなるか。安保に関する問題については、前ページの右下の三角形の図から、一番上の憲法の部分が消え、左下の図のような関係になってしまう。
 つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです。
 だから在日米軍というのは、日本国内でなにをやってもいい。住宅地での低空飛行や、事故現場の一方的な封鎖など、これまで例に出してきたさまざまな米軍の「違法行為」は、実はちっとも違法じゃなかった。日本の法体系のもとでは完全に合法だということがわかりました。ひどい話です。その後の米軍基地をめぐる騒音訴訟なども、すべてこの判決を応用する形で「米軍機の飛行差し止めはできない」という判決が出ているのです。
 そしてさらにひどい話がありました。それはこの砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基地をどうして日本に置きつづけたいアメリカ政府のシナリオのもとに、その指示と誘導によって進行したということです。この驚愕の事実は、いまから6年前(2008年)、アメリカの公文書によって初めてあきらかになりました。
 判決を出した日本の最高裁長官も、市民側とやりあった日本の最高検察庁も、アメリカ国務省からの指示および誘導を受けていたことがわかっています。『検証・法治国家崩壊』にすべて公文書の写真付きで解説してありますので、興味のある方はぜひお読みください。本当に驚愕の事実です。

)正確には「日米安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度な政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は(略)裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする」(「判決要旨六」)という判決でした。」(矢部宏治(著)「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」P42~45より)

在日米軍と日本との関係は、かつての占領時代と何も変わっていない、という現実を、日本人はもう少し意識しなければいけない。
それを前提に世の中の動きを見ると、裁判も政治の動きも、理解出来る部分が多い。

我が家の上空も、毎日横田基地への飛行機が飛んでいる。もし我が家に墜落したら、米軍がすっ飛んできて、その周囲は治外法権化するのだろう。
嗚呼、アメリカ合衆国・日本州よ・・・

(関連記事)
在日米軍の殺人者を無罪にする役所間の連係プレー 

150825sabaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月24日 (月)

「部首の情け」

先日の朝日新聞にこんなコラムがあった。
「(ことばの食感)部首の情け 中村明
 「松という字を分析すれば君と僕との差し向かい」という粋な俚謡(りよう)があるとか。「松」という漢字を左側の扁(へん)と右側の旁(つくり)とに分けると「木」と「公」になる。「木」を音読みしてボク。「公」は「公達」や「公子さん」などキミと訓読みする例がある。それを利用して「君」と「僕」に通わせ、男女の仲睦(むつ)まじい場面を想定したことば遊びだ。何やら四畳半趣味という雰囲気を感じないでもないが、思いがけない発想の転換は心にくいばかりである。
 真偽のほどは定かでないが、こんな話もあるらしい。昔、狐(きつね)に瓜(うり)畑を荒らされて困り果てた人が、墨黒々と「己(おの)が身のつくりを喰(くら)ふ狐かな」と記した札を作り、それを狐除けとしてその畑に立てたという。「狐」という漢字が、けもの扁と「瓜」という旁から構成されているところに目をつけた、斬新な思いつきだ。狐が瓜を食うのは、自分自身の一部を食い荒らしていることになる、というのである。
 普通の日本人は、「狐」に「瓜」が潜んでいるとは気づきにくいから、思いがけない発見ににやりとする。アイデアはなかなかのものだし、着想には感心するが、よほど教養のある狐でないと通じないから、効果のほどは疑問である。(早稲田大名誉教授)」(2015/08/22付「朝日新聞」b3より)

「俚謡」という言葉、知ってた??
例によって「広辞苑」によると
「り‐よう【里謡・俚謡】‥エウ
 民間のはやりうた。一地方の、いなかびたうた。さとうた。俗謡。民謡。」
だって・・・

それはそれとして、漢字一文字でも楽しめるものらしい・・・。
「松」がキミとボクか・・・。なるほど・・・
「真」は「十」個の「貝」? 「紀」は「己」を「糸」でぐるぐる巻き?
この所ニュースでにぎわしている寝屋川の事件でも無かろうが・・・??

色々な人の名前を分解して考えてみた。その人にイメージが近くなるかどうか・・・
フムフム、ナルホド・・・
でもこんなシャレ、教養が無いと楽しめない。
それに頭が疲れる! やっぱりこんな楽しみは、疲れるのでダメだな・・・

150824kao <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月21日 (金)

「書くこと」の意味

先日、朝日新聞でこんな記事を読んだ。
「(記者有論)若い世代の投稿 自分を、他人を、動かす言葉
           声編集・加藤真太郎
 新聞投稿指導の達人がいる。
 東京都町田市立小山中学校の社会科教諭の芝田実さん(52)。「投稿チャレンジ」と銘打ち、宿題の一つとして生徒たちに思い思いの投稿文を書かせる。文章には手を加えず、生徒が希望する朝日、毎日、読売、東京、産経の5紙いずれかに送る。3月まで勤めた立川市立立川第七中学校では、12年間に2万通以上を投稿。1123本が紙面に載った。
 私が担当する朝日新聞の「声」欄にも毎週、多い時は10通を超える投稿が芝田先生から届く。原動力を知りたくて、会いに行った。
 なぜ新聞投稿なのかを、芝田先生はこう話す。「世の中の動きに関心を持ち、自分の考えを発信できる人間に育ってほしい。新聞投稿を書くと、そのために必要な情報収集力、思考力、まとめる力、表現力、発信力が育まれるのです」
 小山中の教室での指導の現場を拝見した。生徒たちが「部活動」「ありがとう」「税金」など自分が書きたいテーマで原稿用紙に向かう。目安は20分間。半分ほどしか埋められない子もいた。芝田先生は「最初は書けなくても、続けることで力がつく」と励ます。
 生徒たちの姿を見ながら、私は「書くこと」の意味を考えた。
 まず、何を書くか考える。それを探すために自分自身の内面を見つめる。夢、目標、悩みごと、いじめ、マナー、政治、教育、平和……。テーマによって、関心は家族や友人、先生といった身近な存在から社会、国、世界へと広がっていくだろう。知らないことは学び、調べなければならない。投稿文には、もう一つの要素が加わる。読む人に理解してもらうための表現力や発信力だ。
 自分の中にあるモヤモヤしたものを文字にして、社会と結びつける。それは自分を発見することであり、自分を鍛えることでもある。
 この一連の作業を芝田先生は「成長の種」と話した。言い得て妙だ。
 こんな例があったという。教師に暴言を吐いたり、授業を抜け出したりしていた女子生徒の投稿が新聞に載った。その後も何度か載り、周囲の見る目が変わった。自信がついたのだろう。生活態度が変わり、自ら投稿に書いた通り、高校合格に向けて懸命に勉強に取り組んだ。
 「声」欄には、1日に200通ほどの投稿が寄せられる。若い世代の意見が、世代を超えた議論に広がることも少なくない。4月に掲載した「シニア世代は働くべきではない」をはじめ、高校生の投稿に賛否両論が寄せられ、何度か反響欄「どう思いますか」につながった。ここに来て、安全保障関連法案や戦争に関する投稿が若い世代からも増えている。
 若い人の「言葉の力」は、多くの人の気持ちを動かす。その力が増すように応援したい。」(2015/08/14付「朝日新聞」p14より)

ここに書かれている芝田実先生のスタンスは、大いに同感。
「新聞投稿を書くと、そのために必要な情報収集力、思考力、まとめる力、表現力、発信力が育まれるのです」・・・
その通りだと思う。

ふと、大学1年(教養)の時のいわゆる「国語」の試験を思い出した。日本文学だったか、課目は忘れたが、試験で「書くこと」についての小論文の出題。
たまたま当時、日記を付けていたので、祖母の短歌の趣味のことなどから、書くことについて、色々と書いた。書きたいことが幾らでも浮かび、答案用紙の裏まで書き殴った。
答案の返却の時、最初に呼ばれた。「A」とあった。

しかしサラリーマンになって、あまり「書く」ことは無くなった。それがメールの時代になってから、書くことが日常化した。
それ以来、このblogも含め、自分にとって「書くこと」は日常化している。

過去の自分の文章を読み返すことはほとんど無いが、でもそろそろ人生の締めくくり。
当blogも含め、後の人の迷惑にならない程度に、書き残すことにしようか・・・

150821henji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月20日 (木)

森山良子の「Ale Ale Ale」

先日、なちさんから、こんな歌があるのを教えて頂いた。
何ともとぼけた歌である。

<森山良子の「Ale Ale Ale」>

「Ale Ale Ale」
  作詞:村上ゆき/森山良子
  作曲:村上ゆき

ああ あの時のあの Ano Ano Ano
あの人の名前がでてこない
ほらあの時会った あの人なの
もうわかってるのに思い出せない

ほらあのとき食べた Ale Ale Ale
あの店の名前が出てこない
あなたと行った いえあなたじゃなかった
じゃあ だれ それは だあれ

ああ 私の好きな Ano Ano Ano
あのハリウッドスターの名前が出てこない
ジョニー トニー ダニー ハリー
リリリリ リチャード
こんなに夢中に 恋焦がれているのに

ああ 今日も 忘れた あれを忘れた
とりに戻れば ドアのカギがない
あれ 確かここに いえ、違うこっちだわ
探す間に 忘れたものを 忘れたわ

あれよあれよと言う間に
あっという間に時は流れ

あれよ あれよ あれよ あれよ
どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそうそう それなのよ

ああ 学び舎の友 懐かしい友
還暦 時を超えて また出会う
どお?元気? 互いに変わり果て
誰が先生か生徒かわからない

ああ 初恋の彼 青春の憧れ
あの日のままの 笑顔が浮かぶ
あれはあなただった いえ あなたじゃなかった
じゃあ だれ あなたはだあれ?

あれよあれよと言う間に あっという間に時は流れ
あれよ あれよ あれよ あれよ
どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそうっ それなのよ

ないないないない わからない ついてゆけない
リモコン パソコン 合コン
アイコン マザコン レンコン ダイコン・・・
でも大丈夫よ 何も恐れはしない
くじけない あきらめない 負けられない

春が来た ガタが来た どこに来た
足に来た 腰に来た 目にも来た
でも変わらないわ あの頃と同じよ 恋心 真心 乙女心

あれよあれよあれよと言う間に あっという間に時は流れ
あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ どれよ どれよ
あのね えーと ほらあの そうそう あ それなのよ

あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ めがね どこよ
あのね えーと 今日 何曜日?
あれよ あれよ あれよ あれよ どれよ どれよ どれよ どれよ
それよ それよ それよ ほら それ それなのよ

前に、同じく森山良子の「30年を2時間半で」(ここ)という歌を取り上げた。
森山良子にはこんな自虐的なウィットを愛する側面もあるらしい。

段々と衰える体・・・。こんな調子で笑い飛ばそう!

それにしても、左腕の五十肩(七十肩)。発症から4ヶ月。最悪値を保っている。しかし今日は、腕組みが出来たので、もしかすると良い方へ戻り出した??
とにかく、まずは左手で尻の財布を取りたい、と願う老人ではある。

150820yabe <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年8月17日 (月)

山口百恵のハイレゾ音源が素晴らしい

このところ、ハイレゾ音源に凝っている。
先日、清水の舞台から飛び降りた心境で、高価な6800円の山口百恵のハイレゾ集『ゴールデン☆アイドル 山口百恵』(96kHz/24bit FLAC)を買ってみた。CDとそんなに変わらないだろうと思いつつ・・・。

150817momoe まず大好きな「曼珠沙華」を再生してみてビックリ。意外や、素晴らしい音質なのである。冒頭のギターの何と生々しいことか・・・。心に響く! 続いて聞いた「謝肉祭」も同様・・・
今までのCDが、ステレオ装置で聞く室内オーケストラとすると、この山口百恵のハイレゾ音源は、コンサートホールでフルオーケストラを聴いている感じ・・・と言っては言い過ぎか!?

実は自分は、あまりハイレゾ音源は評価していなかった。最初に買ったのが、「運命」の定番、クライバー/ウィーンフィルのWAVのハイレゾ音源。これが自分の駄耳では、CDとの区別が付かなかった。ナーンダ・・・、と第一印象が悪い。続いて買ったカラヤンなどのクラシックのハイレゾのデモ盤も、それほど感激がない。「繰り返して聞こう」と言う気が起こらないのである。
そして、満を持して買った待望の布施明の5.6MHz、DSDですら、最高の音を出すはずが、何とも期待外れ・・・。確かに原理的に音は良いのだろうが、心に響かない。感激がない。
よって、「何だ!ハイレゾ音源もたいしたことはないな・・・」と思い込んでいた。

それがひょんな事で先日、山口百恵のFLAC 96K 24bitのハイレゾ音源を買ったところ、これが素晴らしいのである。CDとの比較は必要ない。心に響くかどうかだけだ。
つられて、他の曲も色々と買ってしまった。どれもFLACだが、山口百恵ほどではないとしても、どれも生々しい音・・・

なぜDSDの布施明が響かないのか? なぜこの山口百恵(だけ?)がすごいのか?これが疑問・・・
レコード会社の、KINGとSONYの違いか? いや、歌謡曲のレコード録音など、同じだろう。そもそも録音スタジオの機器など、そんなに違うはずはない。
レコード会社のハイレゾ化の時の処理? それも、そんなに違いがあるとは思えない。
後から買った倍賞千恵子も、確かに良いが、山口百恵ほど感激しない。

音源の分析は、周波数特性くらいしか自分には出来ない。最初の109秒の分析をしてみた。それがこれ・・・
<山口百恵「曼珠沙華」>
(ハイレゾ音源)(同CD音源)

150817hr1 150817cd1

150817hr2 150817cd2

(それぞれmp3にダウンコンバートして、音量を92dBに調整)
(ハイレゾ音源)(同CD音源)~明らかにCDの高域が高い。

150817hr3 150817cd3

<倍賞千恵子「忘れな草をあなたに」>
(ハイレゾ音源)(同CD音源)

150817wahr1 150817wacd1

150817wahr2 150817wacd2

原理的に、20KHz以下は同じ特性(波形)で、ハイレゾだけ20K以上の成分が多い、という認識だったが、どうもこのグラフをみるとそうではない。横の時間軸を合わせて比べてみても、かなり波形が違う・・・。つまり周波数毎のバランスが違う。
mp3にダウンコンバートして同じ条件でmp3帯域だけを比較してみても、画面を切り替えてみると一目瞭然。CD音源の高域が高いことが分かる。
オリジナルのアナログマスターテープを単にデジタル化しているだけとしたら、同じはずだが、これらFLACの音源が、レコード会社で色々と処理をした結果だとすると、布施明のDSDはむしろマスターと同じ? だからCDと同じように聞こえてしまう?? クラシックも、何もしていないので、CDと同じに聞こえてしまう??
良く分からない・・・

ことによると、自分の再生機のSONYのHAP-Z1ESとの相乗効果??? DSDは何もしていないが、FLACは150817sony1 HAP-Z1ESで色々やっている・・・。そのために、自分の耳には心地よく聞こえる??

改めてHAP-Z1ESのサイトを見てしまった。5.6MHz、DSDとFLACとの処理の違いは何か? 5.6MHz、DSDはスルーでアナログフィルターに行くのに150817sony2対して、PCM系は、「DSDリマスタリングエンジン」と「DSEE(デジタル・サウンド・エンハンスメント・エンジン)」を通っている。
これかな??

自分が聞いている環境は、HAP-Z1ES ⇒ (アンプ)STAX SRM-007tA ⇒(ヘッドホン)同SR-009 という単純システム。自分の「良い音」の定義は「大音量でもうるさくない音」。ボリュームを上げると、ハイレゾ、CD、MP3の違いはハッキリ。MP3などは直ぐにうるさく感じられるが、ハイレゾはさすがに、大音量でもうるさくない(耳にとげとげしく刺さらない)。

とにかく、結果として、布施明のDSD音源よりも、FLACの山口百恵のハイレゾ音源の方が、自分にとっては、感動があった。
お金があれば、布施明のFLACを買ってDSDと比較すれば良いのだが、二重投資をする勇気もない。
ともあれ、この山口百恵で、すっかりハイレゾ音源の虜になってしまった。同じSONYなので、五輪真弓も買ってみようか? キングレコードよりも、自分にとって相性がよいのかも・・・
結局は、アナログテープからハイレゾ音源に変換する時の、マスタリングの妙なのかも知れないが、それがこれほどの効果を上げるとは・・・。山口百恵のハイレゾ化は、誰のマスタリングなのだろう・・・

自分の趣味は歌謡曲を良い音で聞くこと。幸いなことに、良く聞いた1970年代の歌は、全てがアナログマスターの時代。CD規格(44k、16bit)のマスターの音源には期待していない。44Kのハイレゾ化音源は買うつもりはない。しかし、この山口百恵の音源のように、アナログマスターからの色々な歌手のハイレゾ音源の発売は期待される。
森昌子、クールファイブ、小柳ルミ子、ブルーコメッツ、中島みゆき、さだまさし・・・・。昔よく聞いた歌謡曲のハイレゾ音源。先日、五木ひろしが発売になった。まだ“買う決心”は付いていないものの、これから多分続々と発売されるであろうアナログマスターからの昔の歌謡曲のハイレゾ音源。レコード会社にとっても、音源の再活用なのでほとんど費用はかからないだろう。だからどんどん発売して欲しいもの・・・。
我々にとっても、高価な機器に買い換えるよりも、ハイレゾ音源の購入の方が、よっぽど効果が期待できて安上がり。
今後のリリースが楽しみな反面、数千円の音源の購入に「贅沢かな?」とためらっている老人ではある。

(2015/08/20追)
同じSONYレコードの五輪真弓のハイレゾ音源を買ってみた。案の定、山口百恵ほどの違いは感じられない。やはりアナログテープからハイレゾ化するときの、マスタリングの違いらしい。
山口百恵のマスタリングをしたと同じ人のハイレゾ音源を買ってみたいものである。

ここ)に「オリジナルマスターテープから新たにリマスタリングし、ハイレゾ音源として配信。」という記事があった。やっぱり・・・

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歌謡曲のハイレゾと、元気な還暦過ぎの歌手たち

●メモ:カウント~770万

150817ningyo <付録>「ボケて(bokete)」より

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