2016年5月24日 (火)

大物・週3日登庁の石原都知事と、小物・舛添都知事の違い

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(THE HUFFINGTON POST)舛添知事たたきの功罪
   医療ガバナンス研究所理事長・上昌広(かみまさひろ)さん
 政治資金の私的流用などの問題を巡り、東京都の舛添要一知事への批判が強まっている。
 「このような振る舞いは慎んでもらいたいと思う。また、政治家としての責任はとっていただきたい。ただ、同時に舛添知事を、このような理由でたたくことが、果たして納税者の利益になるのかは疑問を感じる」。医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広さんは「『政治家・舛添要一』を正確に評価するために 厚労相時代の功績を振り返る」(18日)でそう訴える。
 舛添氏が政治家として卓越した能力を持っていると、上さんは評価する。特に厚労相時代、日本医師会や官僚といった「抵抗勢力」と闘って成し遂げた医学部の定員増が際だった業績だと指摘。医療への社会的関心が高まっていたことに加え、舛添氏は「誠実に勤務する姿」によって部下の信頼を得たのだという。
 上さんは「舛添たたきをすることは簡単だ。果たして、それだけでいいのか、納税者の皆さん、ぜひ、考えて頂きたい」と問う。(中野渉)」(
2016/05/24付「朝日新聞」p12より)

世の中、桝添外し一辺倒。実は自分もそのうちの一人なのだが、上に記事を読みながら、同じように御神輿を担ぐのでは面白くない。桝添知事の足を引っ張るのではなく、押す記事はないかと探したら、こんな記事(ここ)が見つかった。

ひらきなおれ!舛添要一
  渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会所属)2016年5月20日
舛添要一・東京都知事が、海外出張時の宿泊費の無駄遣い問題に始まり、公用車の乱用、都知事立候補時の政党助成金の流用、都知事就任後の政治資金の不適切な使用など様々な問題で追及されています。6月初旬からは東京都議会も始まるので、いよいよ、針のむしろに座ることになりそうですね。筆者は、舛添氏を擁護するつもりは全くなく、指摘されている問題が事実なら辞任止むなしか、と思います。しかし、舛添バッシングがここまで盛り上がった経過についてはどうにも納得いかない部分があり、他の事例との均衡から、いくつか指摘したいと思います。
「やりたい放題」は石原都政時代から
都知事の海外出張時の豪遊は以前から問題になっており、筆者が知っている限り、もっとも度が過ぎていたのは石原慎太郎氏が都知事だった時代です。当時、しんぶん赤旗は一生懸命追及していましたが、社会全体での問題にはついになりませんでした。石原氏の豪遊っぷりに比べると、舛添氏のなんてセコイくらいだと思います(だから許されるということではありません)。
【たとえば、2001年6月11~21日に行ったガラパゴス諸島(エクアドル)の視察。石原知事と二人の特別秘書など計8人で出張し、総額1444万円を支出しました。
~中略~
石原知事らは、エクアドル政府主催の昼食会などに出席した後、13日にガラパゴス諸島に入り、翌14日から18日まで4泊5日で、小型クルーザーと「ホテル並みの施設」(旅行会社ホームページ)を備える大型クルーズ船「サンタクルス」号で、ガラパゴス諸島を周回しました。
出典:2006年11月16日しんぶん赤旗「石原東京都知事 税金使った“海外旅行”豪遊 1回平均2000万円」】

公用車の乱用についても、確かに、別荘くらい自分の車で行けよ、恥を知れ、と思うわけですが、これも週3日しか都庁に来なかった石原慎太郎氏に比べると都庁に出勤するだけマシなんじゃないかとすら思えます(だから許されるわけではありません)。
舛添氏を追及するのであれば、一緒に、石原慎太郎氏の数々の所行も追及すべきなんじゃないかなと思います。法律と違い、政治責任に時効はありませんので。

政党助成金の流用は立候補時から指摘されていた
舛添氏の新党改革時代の政党助成金等の不正な流用についても、政治資金オンブズマンの活動で有名な上脇博之・神戸学院大学教授が、2014年2月の都知事選前の時期からずっと指摘していたことです(下記記事参照)。ドリル優子こと小渕優子氏の件などをみても、選挙前に指摘されていた「政治と金」問題は、当選すると“みそぎが済む”のが政権与党界隈の考え方のように思えるので、舛添氏にだけ潔白を求めるのが突出してみえます。なのでドリル氏や下村博文氏についてももっと突いてはどうでしょうか。そういえば、安倍首相の献金禁止企業からの政治献金問題や、地球13週分のガソリン代の問題もいつのまにかどこかへ行ってしまいましたね。後者についてはつい1ヶ月半ほど前の話で、支援者に対する利益供与の可能性すら指摘されている(週刊朝日2016.4.13)だけに、本来は捨て置けない問題のはずです。ガソリーヌ山尾こと民進党の山尾志桜里議員が、秘書を追及する、と言った記者会見の続報がいつまで経っても出てこないことも合わせ、丹念な報道が求められます。

上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場
「新党改革」(舛添要一代表)の借入金2億5000万円の違法返済問題
「新党改革」(舛添要一・代表)のマネーロンダリングにおける「グローバルネットワーク研究会」(舛添・代表)の重要な役割

甘利明・前大臣はどこへ行ったのか
不正な献金の話で言えば、最近ニュースになった話題で圧倒的にどす黒いのは甘利明氏の献金問題で、元検察官の複数の弁護士から、甘利氏やその秘書があっせん利得罪に問われる可能性すら指摘されています(拙稿「朝日・毎日は甘利氏の疑惑追及を幕引きしないと信じる」参照)。この件は、政治家が自分で集めたお金のセコイ流用の話ではなく、ワイロ性すら想定される話なので、問題の質がずっしりと重くなります。当の甘利氏は、国会には出てこない一方で、地元では元気に活動している、という指摘も一部にあり(日刊ゲンダイ「国会サボリの甘利氏も真っ青 地元で“落選させる会”が発足」)、舛添氏に対する疑惑と比べても、捨て置けない問題なのではないかと思います。

オリンピック招致の2億円問題は都議会でも追及されるべきでは
6月初旬には、東京都議会が開催されるようです。今の展開だと、火だるまになった舛添都知事が、その前後に辞任に追い込まれる可能性もあり得るように思います。しかし、それで脇に追いやられてしまう可能性があるのが、2020年の東京オリンピック招致に絡む2億円の「コンサル料」問題です。
この「コンサル料」については、フランスで捜査当局が捜査に乗り出す一方で、日本ではJOC(日本オリンピック委員会)竹田恒和会長が、すでに存在しないと報道されているコンサル会社相手の守秘義務を楯に契約書の公開を拒否する法的には奇妙な展開の中で、主務大臣である馳文科大臣が早々に火消しを始めており(2016.5.17産経「東京五輪 馳文科相「核心に触れる情報必要だった」 コンサル料の妥当性強調」)、日本政府がこの問題を深める気がないのは明らかでしょう。
この点、「コンサル料」を支出したオリンピック招致委員会は東京都とJOCが中心になって結成されていたところ、東京都は、平成24年度、平成25年度に合計して33億円余の税金をオリンピック招致につぎ込んでいると思われ(東京都のHP:PDFなので注意)、25年度については使用途が「テクニカル・プレゼンテーション IOC総会での最終プレゼンテーション等」とされています。使用途として示されている時期が、「コンサル料」の支払いの時期と一致しているのです。この2億円の「コンサル料」については、出所が一向に明らかにならない点も含め、不自然な点が多すぎます。都民の税金が万一「コンサル料」に使われていないか、または、関連する他の不正な用途に使われていないか、都知事・都議会を挙げてチェックすべきと筆者は思うのです。オリンピック開催となれば、都民の税金のみならず、多額の国税が投入される祭典となるわけで、“言い出しっぺ”である都知事・都議会の責務は重大です。ところが、舛添氏のカネの問題で6月議会が紛糾すれば、この件がどこかへ吹き飛んでしまう可能性は大いにあるでしょう。

ひらきなおれ!舛添要一さん!
このような諸処の事情を鑑みると、舛添氏があっさり辞任する展開は、好ましくないように思います。まずは自身の疑惑について説明責任を果たしつつ、「政治と金」問題の先達たちに「貴方たちも同じ穴の狢じゃないか。何で私だけ火だるまなんだ」と開き直り、“ガソリンに火をつけて回る” のが、公平・正義の観点から重要と思います。オリンピック招致を巡る問題は、舛添氏就任前の問題であるだけに、本来的には追及しやすい立場のはずです。辞めるのであれば、せめて「コンサル料」に関する都の見解を明らかにしてからにして頂きたいと思います。まかり間違っても、舛添氏辞任と参院選で、オリンピック招致の問題が何やらうやむやになる超絶展開だけは止めて頂きたいと思います。」(
ここより)

読んでいて、何とも小気味よい。
指摘していることは、公正に読める。

その他に、下の記事(ここ)が痛快だ。
舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由(2016.05.09)
・・・・・・
さらに言えば、舛添都知事は「湯河原へ行っているときに大地震が起きたら指揮がとれないだろ!」と糾弾されているが、実は、石原氏にいたっては、都知事でありながら登庁すらせずに、たびたび“行方不明”になっていたという。
「サン毎」は04年1月25日号で石原氏の「勤務実態」についても追及しているのだが、入手した公文書によれば、石原氏の“出勤”は週平均でわずか3日程度。また、公用車の運転日誌によれば、登庁日も自宅を出るのはだいたい午前10〜11時ごろだったという。
 企業の相談役でも石原氏よりは“出勤”しているのでは?と思えるサボりっぷりだが、しかも問題は、知事日程表にしばしば登場する「庁外」なる文言だ。これは、知事の動向を職員たちが把握していない日を指す。つまり“動静不明”なわけだが、これが資料に記された1年間7カ月の期間で、なんと110日も数えられたという。
 つまり、今、舛添批判のひとつとなっている「都知事が緊急時に連絡がつかない」という問題についても、石原氏はその“先駆者”と言えるのだ。いや、一応湯河原の別荘にいることが分かっている舛添都知事と比較してみると、職員らが行く先を把握していなかったという石原氏のケースは「危機管理」の観点から見ても、よっぽどトンデモだろう。
 では、なぜ、目を爛々とか輝かせて舛添都知事を追及しているマスコミがあの時、石原都知事の問題を徹底追及しなかったのか。それは、石原批判が多くのメディアにとって“タブー”だからだ。
 ご存知のとおり、石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家であり、国会議員引退後、都知事になるまでは、保守論客として活躍していたため、マスコミ各社との関係が非常に深い。読売、産経、日本テレビ、フジテレビは幹部が石原べったり、「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」「週刊現代」も作家タブーで批判はご法度。テレビ朝日も石原プロモーションとの関係が深いため手が出せない。
 批判できるのは、せいぜい、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、TBSくらいなのだが、こうしたメディアも橋下徹前大阪市長をめぐって起きた構図と同じで、少しでも批判しようものなら、会見で吊るし上げられ、取材から排除されるため、どんどん沈黙するようになっていった。
 その結果、石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。
 にもかかわらず、舛添都知事だけが、マスコミから徹底批判されているのは、今の都知事にタブーになる要素がまったくないからだ。それどころか、安倍政権の顔色を伺っているマスコミからしてみれば、舛添都知事は叩きやすい相手なのだという。
・・・・
 舛添都知事の不正を暴くのは意味のあることだが、「マスコミもやる時はやるじゃないか」などと騙されてはいけない。強大な権力やコワモテ政治家には萎縮して何も言えず、お墨付きをもらった“ザコ”は血祭りにする。情けないことに、これが日本のメディアの現状なのである。(宮島みつや)」
ここより)

石原都知事は、1999年~2012年まで4選。つまり週3日出勤など、何をしても、都民は支持したという事。(なお、都知事の勤務時間は“決まっていない”そうだ。~2016/05/26TV朝日「羽鳥モーニングショー」による)
会社でもそうだが、誰も上の地位になるほど、自分の時間が無くなるもの。それが都のトップという最上位の立場でも、自分の時間を確保したというのは、まあ大物というか、公私混同の極みというか、言語を絶する。
上の記事のように、喝破することが出来るのは、Netの記事ならでは・・・
それに、今回指摘されているような“些細な!?”ことは、誰でもやっている事のような気がする。
誰も、たたけばホコリが出る。今度は、文春を向こうに回して、新潮あたりが、もっと大物の政治家をつかまえて、徹底的に調べれば、必ずドジは見つかる。
それが首相だったら、もと面白い。
おっと、日本のマスコミは“強大な権力やコワモテ政治家には萎縮して何も言え”なかったんだっけ・・・
新聞もテレビも総動員でお祭りをしている。それに国民が乗っかって・・・
これも、マスコミによる国民の扇動、と捉えると、何か背筋が寒い。クワバラクワバラ・・・

160524mama <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月23日 (月)

2016年の「サラリーマン川柳」ベスト10

第一生命保険が「第一生命サラリーマン川柳コンクール」の第29回の投票結果を発表した。
そのベスト10は下記だという。

<2016年「私が選ぶサラ川ベスト10」>
1位「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」元自衛官(6305)
2位「じいちゃんが 建てても孫は ばあちゃんち」川享(4114)
3位「キミだけは オレのものだよ マイナンバー」マイナ(3881)
4位「娘来て 『誰もいないの?』 オレいるよ」チャッピー(3675)
5位「福沢を 崩した途端 去る野口」サイの京子(3477)
6位「カーナビよ 見放さないで 周辺で」トラ吉ジイジ(2551)
7位「決めるのは いつも現場に いない人」七色とうがらし(2427)
8位「妻が見る 『きょうの料理』 明日もでず」グルメ老(2358)
9位「ラインより 心に響く 置手紙」豆電球(2189)
10位「愛犬も 家族の番付 知っている」ワンワンマン(2060)

(第一生命のここより)

例によって、自分が選んだベスト10(ここ)との答合わせをしてみる。
2月に自分が選んだ10作品で、“大衆”が選んだものと一致したのは、2位、3位、4位、7位の4作品だった。そしてベスト10以下では、20位、27位、52位、60位、76位、79位に位置付けられていた。
これは自分のセンス(選んだ作品)の、世の中の評価との乖離を示すが、あまり合っていない。

それにしても、5位の意味が分からぬ。「福沢を 崩した途端 去る野口」??
あっ、そうか・・・。1万円札を崩したら、とたんに千円札が消えて行くということか・・・
あ~なるほど。それが分かっていたら、自分もベスト10に選んだのに・・・・。悟るのが遅かった!

しかし、1位の作品が断トツの得票数だが、自分には分からぬ。自分の場合、「退職金 貰った瞬間 ローン返済へ」なので、あまり関係無かったが・・・・

それにしても、毎年うらやむ、このセンスの持ち主たち・・・。
自分は作るのは到底無理なので、また来年も楽しませて下さい。

(関連記事)
2016年の「サラリーマン川柳」入選作 

160523kodomo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月22日 (日)

柴田元幸訳「現代語訳でよむ日本の憲法」を読む

先日、「英文で読む日本国憲法」(ここ)という記事を書いたが、注文していたその本、『現代語訳でよむ日本の憲法』=柴田元幸・翻訳がやっと届いた。
付録に、現代語訳した憲法の朗読のCDが付いており、それを聞きながら本をめくっていくと、55分で全文が読めてしまう。
それにしても、今更ながら、日本国憲法は短いと感じた。

当然だが、訳は、正文とはニュアンスが異なる。
例えば、この本では、衆議院が代表者会、参議院が評議員会と訳されている。非常に素直に、予断なく英文の憲法を読むと、こうなってくるらしい。
その中から、前文、第9条、そして最近話題になる第99条を聞いてみよう。

<「現代語訳でよむ日本の憲法」柴田元幸・訳より>

これを、正文を眺めながら聞くと、なかなか面白い。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

「第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

「第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

前に「ジェームス三木の「憲法はまだか」を読んだ」(ここ)という記事を書いた。
もう9年も前である。その時にも感じたが、GHQ草案は短期間に作成された。
この本のP126にある表によると、1945年2月3日にマッカーサーが三原則(天皇を元首とする、戦争を放棄する、封建制度を廃止する)を示し、民政局にGHQ草案の作成を指示し、翌4日に作業班が設置され、2月13日に日本側にGHQ草案が提示されたというから、まさに10日間で草案が出来たことになる。しかし、全文の短さを考えると、そんな乱暴な作業だったとも思えない。もちろん手本の欧米の憲法もあったわけで・・・

改めて、全文を聞いてみて、第102条が気になった。
「第百二条  この憲法による第一期の参議院議員のうち、その半数の者の任期は、これを三年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。」

つまり、「第四十六条  参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。」となっているが、最初の任期3年の人をどう決めたのだろうと・・・

Wikiによると「第1回参議院議員通常選挙」の項にこうある。
「この選挙は、日本国憲法の制定によって新しく設置された参議院における最初の選挙である。参議院議員の改選規定は日本国憲法第46条に定められているが、この選挙では第1期の参議院議員を選出したため、日本国憲法第102条の定めにより全議席の選出が行われ、当選者を当選順位に基づいて上位当選者と下位当選者の125人ずつ2つのグループに分けた。上位当選者の任期は規定どおりの6年として第3回参議院議員通常選挙における改選議席、下位当選者の任期は3年として第2回参議院議員通常選挙における改選議席とした。
なお、岐阜県選挙区では、定数2に立候補者が2名しかなく、無投票当選となった。そのため、どちらを上位当選者とするかはくじ引きで決定した。」

ま、そうだろうな・・・

もちろん日本国憲法の正文は日本語だが、世界の人たちは、日本語が分からないため、この公式な英語版を読んでいる。つまり、世界の人たちは、日本の憲法をこう理解している(読んでいる)のだ、という意味で、この訳は面白いと思った。
(英語の分かる人は英語原文(ここ)を味わえば良いが・・・)

(関連記事)
英文で読む日本国憲法 

160522ipaid <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月20日 (金)

改めてNHKラジオ「アフリカは今」から聞く衝撃

1ヶ月ほど前に、「NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的」(ここ)という記事を書いた。
NHKラジオ第2「カルチャーラジオ 歴史再発見 アフリカは今~カオス(混沌)と希望と 松本仁一」という番組が始まり、その内容に衝撃を受けたという話。その続編である。
(そもそも当サイトで、同じ話を2回取り上げるのは珍しいが、それだけ重たい話だという事・・・)
このシリーズは、4~6月の放送で、現在第7回まで放送されたが、前に増して衝撃的な話である。

★第1回から第7回までの放送を(ここ)に置くので、出来れば聞いて欲しい。

この番組のテキスト「歴史再発見 アフリカは今」から、一部を抜き書きしてみると・・・
第6回 他部族国家の問題~ジンバブエ p80より
・・・・
ついに部族内から反乱
 通貨が崩壊した09年、国連食糧計画(WFP)は、ジンバブエ1300万人の国民のうち510万人が飢餓状態にあると発表した。その年、ムガベ大統領は85歳の誕生日を祝うため、120万ドルをかけて大々的なパーティーを開いた。さらに同年、大統領はグレース夫人のため香港で580万ドルの大豪邸を購入した。
 こうしたことが相次ぎ、同じショナ族の中からさえ批判が強まる。中心になったのは、労組系の野党「民主変革運動」(MDC)だ。MDCは部族にとらわれない全国組織で、部族構成でいえばむしろショナ族出身者の方が多い。
 07年3月、MDC議長のモーガン・ツァンギライ(55)は容疑も示されずに逮捕され、取調べ室で暴行を受けた。頭を鉄棒で殴られ、入院は2か月に及んだ。今でも右目が不自由だ。ツァンギライは、翌08年3月の大統領選挙に立候補した。命をかけた立候補だった。
 ツァンギライもショナ族。「部族選挙」が崩れた。日本政府が派遣した選挙監視団までが「とても公平とはいいがたい」と評した選挙だった。それでもツァンギライが第1回投票で首位となった。しかし必要な過半数に足りず、決選投票となる。同時にツァンギライ攻撃が開始される。選挙期間中に交通事故に2度あった。いずれも対向車がぶつかってくる事故だった。ツァンギライは「生命が危険」を理由に撤退を表明。結局ムガベが「圧勝」で5選を決めた。ムガベは2013年に再選され、現在6期目だ。
 植民地化される前、アフリカの人々が最も強い帰属意識を持っていたのは部族だった。植民地支配が引いた国境線は、英・仏・ベルギーなど宗主国の力関係で引かれたもので、部族意識など無視された。国境線のままの独立は、アフリカに多くの「多部族国家」を作りだす。それは国民の帰属意識を形成するうえで大きな障害となった。アフリカのほとんどの国で、指導者は、自分の部族に国家の富を分配し、地位の安定を図る。その結果、国作りが放置された。・・・・」(NHKのテキストより)

第7回 石油資源の搾取の構図~ナイジェリア p89より
・・・・
「まとめて独立」-アフリカ共通の悲劇
 西アフリカのギニア湾に面するナイジェリアは1914年にイギリス領となった。アフリカの中では比較的遅い植民地化だ。もともとナイジェリアという一つの地域ではなかった。ハウサ族を中心とする北部地域、ヨルバ族を中心とする西部地域、イボ族を中心とする南東部地域。大きく分けてその3つの異なる地域があり、それぞれに文化が違った。唯一の共通点はニジェール川とその支流が流れていることだ。それで英国は「ナイジェリア」と名をつけ、ひとくくりにして支配した。
 アジアの植民地化とは、そこがもっとも違う点だ。アジアでは「インド」という一応まとまった地域があり、それを英国が植民地にした。「中国」「フィリピン」など、ほとんどがそうだった。独立後はそれぞれが「インド」「中国」「フィリピン」になった。しかしアフリカは違う。「ナイジェリアという国」がもともとあったのではない。英国がばらばらな植民地を支配に都合がいいように仮にまとめただけの、一体感のない地域だった。
 例えば、首都アブジャを中心とした北部ハウサ系の人々はイスラム教でハウサ語を話し、人口の29%を占める。西部のラゴスを中心としたヨルバ系の人々は、ヨルバ語を話し、キリスト教や伝統宗教で、人口の21%。南東部ポートハーコートを中心としたイボ系の人々はイボ語を話し、キリスト教や伝統宗教で、人口の18%だ。それぞれが他のグループに対し「彼らも同じナイジェリア人」といった親近感や同朋意識は持っていない。
 1960年、そのばらばらな地域を、英国は1つの国として独立させてしまった。ばらばらにすると、地域によっては利権をフランスなどのライバル先進国に奪われる恐れがあると思ったのだ。中央政府は、人口が多い北部のハウサ族が支配するようになる。選挙をすれば必ずハウサの候補が勝つためだ。ハウサだけが政権を握る状態が続くと、政府はたちまち腐敗した。ジンバブエと同じ経過である。
 少数派イボ族の不満が高まり、67年5月、「ビアフラ共和国」としてナイジェリアからの独立を宣言する。これに対して中央政府は軍事力で対応した。「ビアフラ戦争」が始まった。英国の支援を受けた政府軍がビアフラを包囲し、食料など生活物資の輸送路を遮断したため、ビアフラは飢餓状態に陥る。武器弾薬も底をつき、70年、ついに降伏。ビアフラは東部州として中央政府の支配下に入ることになる。この戦争でビアフラ側の民間人150万から300万人が死亡したといわれる。・・・」(NHKのテキストより)

この番組の第2回は「かつて立派な王国があった」というタイトル。
つまり、アフリカはそれなりの歴史に基づく秩序があったが、それをヨーロッパのいわゆる列強が、自分たちの都合で、侵略し、支配し、そして放り出したため、今のアフリカの悲劇が生まれたという。
アフリカの人びとにとってみると、いつ終わるか分からない貧困が続いている。そして、一部の特権階級に富は偏る。
価値観は自分(の部族)さえ良ければ良い!?

先の東京五輪招致の賄賂疑惑も、贈賄相手のアフリカの実力者の顔を見ると、上のような日常から“ごく普通のこと”、と納得が行く。

なぜこのような政府の腐敗が止まらないのか。なぜ南アのマンデラのような指導者が現れて収拾出来ないのか? 結局、教育の貧困から人が育たないのが原因かも知れない。

日本にいると、遠いアフリカの国情には疎く、北朝鮮の独裁ばかりが目につく。しかし、世界を見渡すと、北朝鮮のような独裁国家はアフリカにはたくさんあるということらしい。

NHKのテキストは、放送内容がそのまま書かれている。放送を聞かないとしても、このテキストを読むだけでも価値がある。
放送は13回中第7回と、半分を過ぎた。この先の放送で、アフリカの現状を脱する明るい“解”の話が聞けるのか心配だが、じっと耳を澄ませて聞く事にしよう。
世界は広い・・・

(関連記事)
NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的 

●メモ:カウント~890万

160520aiaigasa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月18日 (水)

英文で読む日本国憲法

先日の朝日新聞で、日本国憲法の英語版を訳した本があると知った。
「(憲法を考える)英文で読む日本国憲法 アメリカ文学研究者、翻訳家・柴田元幸さん
 日本国憲法には日本語の「正文」のほかに英文版がある。70年前の憲法公布の際に、日本政府が発表した。GHQ草案とは異なる。海外では日本の憲法というとこれが読まれてきた。昨年、翻訳家の柴田元幸さんが新たに「現代語訳」し、出版した。英文を素直に読んで見えてきたという憲法のメッセージとは。

160518kenpou  ――柴田さんは現代アメリカ文学の翻訳の第一人者であり、村上春樹さんとの親交の深さでも知られています。なぜ今、日本国憲法の、それも英文版からの現代語訳をしようと思ったのですか。
 「もし英文版の文章がものすごく官僚的で、国民の権利なんか考えていないようだったら、やらなかったでしょうね。でも一昨年、英語雑誌の仕事で読んでみたら、そうではなかった。簡単に言えば、ちょっといい感じ、だった。新訳の形で出すことで、憲法の主体は僕らにある、自分たちで国を動かすんだという精神が見えるだろうと。だからやる気になったというのはあります」
 「日本語の憲法の正文って『黒い』ですよね。画数が多い感じがする。新訳することで、あの黒々しい感じがもうちょっと抜けるかなとは思いましたね。英文版の方がわかりやすい。英語よりも日本語の方が、時代とともに変化している度合いが強いので」
 ――訳す際に心がけたことは。
 「文学作品の翻訳でも、読者にこう見てほしい、こう読んでほしい、ということは考えません。英文を素直に読めばこう読めますというものを提示しようと。ただ、僕は憲法の専門家ではないので、憲法学者の木村草太さんに相談しながら現代語訳を進めました」
     *
 ――柴田訳を読んで、まず、前文の出だしで驚きました。正文の冒頭は「日本国民は、」ですが、柴田さんの訳は「私たち日本の人びとは、」で始まります。どうしてこう訳したのですか。
 「『私たち』としたのは単純に、英文にそう書いてあるからです。“We,the Japanese people,”とある。素直に訳せばWeは落とせないですね。だから訳す。問題はpeopleで、『国民』という訳はすぐには出てこない。しかも『国民』というと、その上に何か別の権力があるという響きがしてしまうような気がする。『人びと』のほうがそれは薄いかなと。でも『国民』が全然駄目というわけではありません」
 ――英文版はどういう英語ですか。翻訳家として英文を読み、どういう印象を受けましたか。
 「前文とか9条とか、明らかに普通の法律文書ではこういう言葉は使わないだろうなという、気合が入っている英語です。それは強く思いました」
 ――気合が入っている?
 「言葉の選び方が一つ。9条の正文で、国際平和を『誠実に希求し』とありますが、英文版は“Aspiring sincerely”です。『心から何々を願って』という表現で、法律的な言葉ではないですね」
 「戦争を『永久に放棄する』の英語は“forever renounce war”です。私も『永久に戦争を放棄する』と訳しましたが、foreverは、心情的に、絶対に、という気持ちを感じさせる言葉です」
 ――そうなんですか。
 「憲法とは、私たちはこういう人びとです、日本とはこういう国です、と海外に向けて見せる、アピールするものでもあると思います。ひどい戦争があった、二度と起こしてはならないという文脈のもとで書かれていることは間違いない。正文でも前文で『政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに』とある、この『再び』は、英文ではnever againと書かれています」
 「この憲法全体に、『人びと』が隠れた主語として存在している。二度と戦争を起こさないと決意したのは、日本政府のエリートではなく、我々日本の人びとなんだという構図が、英文からもはっきりしています」
 「12条で、憲法が保障する自由と権利を『人びとの不断の努力によって守るんだ』ということを述べていますが、英文版は“shall be maintained by the constant endeavor of the people”です。人びとはこうしなければという精神を述べています。具体的に何かを定めるというよりは、人びとの気持ちを導くような言葉です」
 ――本の中で、前文と9条と97条は、英文の質がほかと明らかに違うと書いていますね。
 「初めから英文版を読んできて、97条に来たら、突然ボルテージがバンとあがる感じがしました。“fruits of the age-old struggle of man to be free”とあります。僕はここを『長年にわたり人間が自由を求めて努力してきた果実である』と訳しました。こういう言葉が出てくると、一気に目が覚めるというか、『起きろ』と言われた感じがした。続けて“for all time inviolate”、これは正文では『永久』とありますが、僕は『未来永劫(えいごう)』としました。ここの英語は、気合が入っているというか、肩に力が入っている感じ。熱いです。ほかの条文とは違います」
 ――内閣の行政権を定めた65条で、正文は「行政権は、内閣に属する」ですが、柴田訳は「内閣には、法律に従い国政を執行する権限を与える」。「属する」と「与える」ではずいぶん違いますが。
 「新訳とは、じゃんけんの後出しなので、違いを際だたせなければという意識があったのかもしれません。英文は“shall be vested in the Cabinet”です。最初から『属している』とは書いていないだろうと考えました」
 ――内閣に「権限を与える」存在が別にいる、つまり主権者が与えるのだということですか。
 「そこまで計算して訳してはいませんが、そういう意図はありますね。僕はアメリカ文学ばかりやってきたので、政府に権限を与えるのは国民だというのが当然だと思っていて、あまり考えずにこういう訳が出てくるのでしょう」
 「人びとの上に誰かがいて、『あなたたちにこういう権利をやるからね』ではない。国会議員にせよ内閣にせよ、我々の代表者である、そういう意識が英文から感じられます」
     *
 ――翻訳していてあらためて気付いたことは。
 「99条の憲法順守義務が守られていないなとか、いろいろありますが……。アメリカの独立宣言がいい意味で生かされている、ことですね。だからこの憲法は押しつけだ、ととられたら僕の本意ではないけれど」
 「13条が幸福を追求する権利を定めています。生命、自由、幸福を追求する権利です。これはアメリカ独立宣言の中でも一番特徴的とされているところです。アメリカらしさが際立っているところがこの憲法に入っていることが、英文を見るとわかる。アメリカの理想が入り込んでいるのであれば、個人的にはいやではないです」
 ――日本語は読めないが、英語なら読めるという人が日本国憲法を知るのは、この英文版からです。どう読まれると思いますか。
 「もし僕が日本国憲法について何も知らないでこの英文を読み、一言で形容しろといわれたら、選ぶ言葉は『アイデアリスティック』(理想的)です。この言葉は二面性があって、『そんなの理想主義だ』と否定的に使われることもあるし、『理想的だ』と積極的、肯定的に使われることもある。個人的には後者を強調して言いたくなります。この憲法を読んでそう思う人は、海外でも多いでしょう」
 ――それにしても、ポール・オースターやリチャード・パワーズなど米文学の翻訳に取り組んできた柴田さんが憲法を新訳したのは意外でした。これまでは政治や社会の問題について発言すること自体、少なかったのでは。状況が変わったということですか。
 「たしかにそうですね。かつて多様性が大事だとあれだけ言われていたのに、今は言われなくなったのに愕然(がくぜん)としていて。もっとまともな世の中だったら、やらなかったかもしれないですね」(聞き手 編集委員・刀祢館正明)
     ◇
 しばたもとゆき 1954年生まれ。東大特任教授。昨年、日英対訳の「現代語訳でよむ 日本の憲法」(アルク)を出した。
◆憲法の英文版は官邸のサイト(ここ)で読める。」(
2016/05/12付「朝日新聞」p17よ

これは面白いな・・・と、Netでググってみたら、前に毎日新聞の書評に挙がっていたそうだ。
今週の本棚 池内紀・評 『現代語訳でよむ日本の憲法』=柴田元幸・翻訳、木村草太・法律用語監修(アルク・1620円)

戦後70年」の意味深い成果
 ほとんど知られていないことだが、日本国憲法は二つある。一つは日本語、もう一つは英語でつづられていて、ともに1946年11月3日に公布された。
 「英語でつづられ」とくれば、すぐさまGHQ(連合国軍総司令部)作成の憲法草案をいわれそうだが、ちがうのだ。GHQ草案をたたき台にして日本国憲法が完成した。当時、日本はGHQ占領下にあり、官報は日本語と英語で出されていた。おのずと新憲法は英訳されて英文官報に載せられた。HIROHITO(天皇)につづいて吉田茂ほか、田中耕太郎、石橋湛山(たんざん)、金森(かなもり)徳次郎など、戦後の代表的な知性が英語のつづりで連署している。
 訳者が「はじめに」で述べている。
 「この本は、それを現代日本語に訳したものです」
 おおかたの人はアッケにとられるかもしれない。日本国憲法は現代日本語で書かれている。英訳されたものを日本語に訳すと、元の日本国憲法にもどるのではないのか?
 日本国憲法と「現代語訳日本の憲法」とは同じものだが、しかし違っている。たしかに日本国憲法に書かれているが、すぐには見えないものが現代語訳を通して見えてくる。ひそかに隠されたかもしれないものが明るみに出てくる。現憲法の語りの特性、これをつづった人たちの語感、感情の高ぶりまでもが見えてくる。
 なぜそのようなフシギが生じたのか。柴田元幸という得がたい翻訳者の力である。彼は原文のもつ「観念」を、過不足なくつたえる役をつとめた。より多からず、より少なからずつたえる。それはとてもとても難しいことなのだ。個性的に、独創的に訳すことがどんなにラクであるか。現代アメリカ文学で数々の修羅場をくぐってきた人だからこそできたことだろう。
 法律にはうとい訳者のために、憲法学者の木村草太が監修をつとめた。両者の対談「英語からみた『日本の憲法』」が収録されていて、そのなかで柴田元幸は述べている。憲法だから全体的には「法律の文章」だが、「前文」と(戦争の放棄を明記した)「第9条」と(基本的人権にかかわる)「第97条」は、「英文の質」「気合いの入り方」があきらかに違っている。主語がきちんと明示され、誤解の余地のない言葉が使われている。ためしに現代語訳第9条前半。
 「正義と秩序にもとづく国際平和を心から希(ねが)って、日本の人びとは永久に戦争を放棄する。国として戦争を行なう権利を放棄し、国同士の争いに決着をつける手段として武力で威嚇すること、また武力を行使することを放棄するのである」
 つねづね日本国憲法は悪文として槍玉(やりだま)にあげられてきた。とりわけ改憲派は声高く、憲法正文の和文脈と欧文脈がゴッタになった文体を、それこそGHQに「押しつけられた」ことの証拠であるように言い立てる。
 風変わりな仕事を引き受けたばかりに、訳者は一つの「法律の文章」が成長していく過程をつぶさに知った。人類の希望を一段と輝かせる条項を盛りこもうとしたのである。日本語がねじれ、ぎこちないのは当然だ。
 「日本国憲法英文版は、全体としては非常に明快だし、日本語の正文も十分口語的で明快です。そもそもこの英文版から、正文とはかけ離れた、ものすごく分かりやすくくだいた日本語が出てくるべきではないと思うんです」
 言葉を尊重する人のこの上なく誠実な見方である。「戦後70年」のカラ騒ぎのなかにはじめて、まさに今、とりわけ意味深い成果がもたらされた。」(
2015年9月6日付「毎日新聞」ここより)

買おうと思ったが、時すでに遅し。どの通販サイトも品切れ。一応頼んだものの、いつ送られてくるか分からない。
でも、何か楽しい。憲法に書いてあることの“解釈”が学問になっているが、英訳は、所詮ホンモノとは違う。普通は意訳だ。
それに何と書いてあるのか?・・・
自分が英語が堪能なら、もちろん英語版を“味わう”。しかし英語オンチの自分は、このような訳した本を読むしかない。
その本を読んでから、またコメントすることにしたい。

(関連記事)
柴田元幸訳「現代語訳でよむ日本の憲法」を読む 

160518neoki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月15日 (日)

「電通タブー」~東京五輪の賄賂疑惑、日本のメディアでは「電通」の名が消える

海外の報道で、東京五輪の賄賂疑惑で、電通が絡んでいるにも拘わらず、日本のマスコミはそれを報道していないという。
東京五輪招致で1億6千万円の“裏金”に「電通も関与」とイギリス紙報道! だが国内メディアは一言も電通に触れず
 衝撃的ニュースが飛び込んできた。2020年東京五輪を巡る、招致委員側による“巨額「裏金」疑惑”を英紙「ガーディアン」が報じたのだ。記事によれば、招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)のラミネ・ディアク元会長の息子、パパマッサタ・ディアク氏が関係するシンガポールの会社の口座に、総額130万ユーロ(約1億6千万円)を支払っていた疑い。すでにフランスの検察当局が捜査に乗り出しているという。
 ディアク親子は五輪開催地の選考に関与していたと見られている。ラミネ氏は、13年まで国際オリンピック委員会(IOC)の委員を兼任しており、また、息子のパパマッサタ氏も国際陸連でマーケティングコンサルタントを務めていた。つまり、五輪開催地の投票に強い影響力を持つ人物なのだ。また、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)の第三者委員会が1月に公表した報告書によれば、日本側が国際陸連に協賛金を支払った証言があるという。
 ここまで証拠が揃っており、フランスの検察当局も動き出していることを考えると、日本側の五輪招致に際した“裏金疑惑”は濃厚。ところが、これを受けた国内メディアの報道は、不可解なほど腰砕けだ。テレビでは今朝から、この招致裏金疑惑について一切報じていない。新聞もまた、ガーディアンの記事をアリバイ的に紹介しただけで、疑惑の詳細についてはほとんど踏み込んでいない。しかも、報道を否定する五輪組織委や政府のコメントを垂れ流すなど、早くも“火消しモード”になりつつある。
 そして、今回のガーディアンのスクープには、国内メディアが全く触れようとしない、もうひとつの疑惑がある。それが、この裏金疑惑に、大手広告代理店・電通が関与していたのではないかという疑惑だ。
 電通といえば、招致活動から東京五輪に食い込み、招致決定後は東京五輪のマーケティング専任代理店として、あらゆるマーケティングや広告利権を一手に掌握すべく動いていたことは周知のとおりだ。
 ガーディアンの記事によれば、パパマッサタ・ディアク氏は、今回の疑惑だけでなく17年の世界陸上と20年のオリンピック入札の際、カタールに500万ドルを要求するなどいわく付きの人物だった。問題は、パパマッサタ氏が国際陸連と電通とのスポンサー契約の権利を持っていたということだ。さらに今回の招致委員会の裏金疑惑についても、ガーディアンは電通がなんらかの形で関与していた疑いを指摘している。記事では、電通と国際陸連とのスポンサー契約は、ラミネ・ディアク氏が会長任期の最後の1カ月で、一方的に29年まで延長させたものだったという事実が明かされている。さらに、招致委員会が裏金を振り込んだとみられる口座を開設した人物は、電通の子会社のコンサルタントであったという。
 東京五輪招致の裏金をめぐる、疑惑の人物と電通との衝撃的な関係。
 だが、電通に重大疑惑が浮上しているにもかかわらず、国内メディアはこれに一切触れていない。
 その理由はもちろん電通がマスコミ最大のタブーだからだ。広告収入に大きく依存するテレビ局はもちろん、あらゆる新聞、テレビ、雑誌などのメディアにとって、アンタッチャブルな存在であることは、今さら言うまでもないだろう。
 前述のとおり、そもそも電通は招致活動から東京五輪に食い込み、東京五輪のマーケティング専任代理店として、あらゆるマーケティングや広告利権をすべて掌握している。たとえば、昨年浮上した佐野研二郎氏デザインの五輪エンブレム「盗用」問題では、電通から審査委員として出向した2名が、佐野氏の原案についてほかの審査委員の同意を得ずに、2度の修正を主導していたことも判明している。だが、このときも、マスコミは電通の責任追及に及び腰だった。
 そして今回の、東京五輪招致の裏金と電通の関与疑惑も、大マスコミはそろいもそろって口をつぐんでいるわけだ。電通タブーを抱えた国内メディアが、今後この疑惑を追及することはできるのだろうか、メディアの動きも注視していきたい。(宮島みつや)」(
2016/05/12付ここより)

もう少し具体的にかいてある記事がこれだ。
東京オリンピック賄賂疑惑、日本のメディア報道では「電通」の名が消える
仏検察が2020年東京五輪招致をめぐる賄賂疑惑について捜査を始めたことが各メディアで報道されている。報道の発端となった英誌The Guardianでは、今回の件についてはっきりと大手広告代理店「電通」の関与を示唆しているにもかかわらず、日本のメディアによる報道では「電通」の名前が姿を消している。
参考:(
ここ
電通は新聞、テレビ局、雑誌といった日本のほとんどのメディアに大きな影響力を持っているため、日本の報道機関では電通批判がタブーとなっている。今回の報道でもその電通の影響力が浮き彫りになった。
まずThe Guardianでは記事にて2つの相関図を掲載している。1つ目の図には電通が入っていないもの。日本の多くのメディアではこちらの図が使われている。
2つ目の図表ではっきりと電通の関与が示唆されている。もちろん日本のメディアが報じるべきはこちらの図だろう。
だが、5月13日のテレビ朝日グッドモーニングでの報道は誰もが違和感を覚えるものだった。

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これにネット上は大騒ぎ。
図表を加工こそしていないが、あえて電通が入っていない図表を使って電通の関与を報道していない。
160515dentu4 5月11日にTwitterに投稿されたツイートの貴重なまとめ。新聞の報道もテレビと変わらない状況。
電通の機嫌を損ねると食っていけない日本のマスコミ。
佐野研二郎氏がデザインした五輪エンブレムのコネ騒動でも電通は絡んでいた。近いうち、この事実を記事にしたnetgeekに圧力がかかるかもしれない。残念ながら、日本の「報道の自由、世界ランキング」は先進国とは思えないほど低い。・・・
The Guardianでは電通が今回の賄賂の橋渡しをした疑いが強いと報道しているのに対し、日本のメディアでは徹底して「電通」の名前を出すことすらしていない。恐るべし電通…。広告収入に頼る日本の報道機関にとって最大のタブーは電通である。」(
ここより)

なるほど・・・。
ここ)にも面白い記事があった。

昨年6月、自民党議員の勉強会で「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」などとの発言があったが(ここ)、まさにマスコミの各社にとっては、広告収入こそが、命綱。
その点では、マスコミに対して、政府以上の圧力団体が電通なのかも知れない。よって、電通が不利になる事件は、日本では報道されない。唯一声を挙げるのは、これらNetの記事。
「電通タブー」という言葉を初めて知った今回の事件である。

160515shinniri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月13日 (金)

初めてハローワークに行った話

初めてハローワークに行ってしまった。良く聞くハローワーク。自分にとっては初体験・・・
先日、前の会社から封筒が届いた。曰く。「本日離職票が届きましたので送付いたします。一時金が出ますので、職安にお持ち下さい」。
ん?70歳近くでも失業保険が出る???

ハローサークに電話してみると、「緑の書類が一緒に入っていたでしょう。1ページの下に書いてある物を持って、来て下さい」とのこと。
それで、数日後に行ってみた。確か、この辺りだが・・・。あったあった。
昼前に行ったが、それほど人は居ない。受付で聞くと「この書類を書いて・・」という。もう仕事をする気もないので、素直に書いて言われた窓口に持って行くと、係の人が対応してくれた。
「仕事を探す気は無いのですか?」「もう雇ってくれるところも無いだろうから・・・」「それでは一時金は出ませんよ。就職活動をしているが、就職出来ない人に出る給付金なので」「じゃあ仕事を探しています」「ではこちらに丸を付けて、訂正印を押して下さい」

そっか、ここはハローワーク。仕事を探すところ。それなのに、ヌケヌケと「もう仕事をする気はないけど、一時金が貰えるのなら欲しい」というのは、ダメみたい・・・
でも幸いにも係の人は慣れていて、「5月13日の朝9時に来れますか?」「来ます」
誰かから、この呼び出しが重要、と聞いたことがあったので、ここは素直に・・・
「となりの窓口で呼びますので待っていて下さい」。
見ると「資格決定後の職業相談コーナー」と書いてある。ほどなく呼ばれて、「どんな仕事を探していますか?職種は?時間は?・・・」
「なるほど、仕事を探してくれる!?」ちょっと心構えが出来ていなかったのでドギマギ・・・
でも相手も慣れたもの。小さい声で「いちおうハローワークカードを作っておきます。2日来れば終わりますから、指定日に来て下さい。」

それで今日行ってきたというワケ。指定の9時前には着こうと、早めに出たつもりだったが、道路が混んでいて、着いたのが9時ジャスト。言われた箱に赤いしおりを入れて待つ。
案の定、ジャストに着いても、順番はラスト。座る椅子をやっと見付ける。
待っている人は、数十人。百人はいないと思うが、待合椅子にほとんど空きが無い。
こっちは、覚悟を決めて新聞読み・・・
残りがあと数人、というところで、やっと呼ばれた。相手は最初に対応してくれた人。
言われるままに、書類に丸を付け、「あとで呼びますから待っていて下さい」
なるほど、皆、2回呼ばれていたが、ここで待っていた人は、全部自分と同じ「65歳を超えた人」だったのだ。
流れ作業的だったので、1時間もかからずに呼ばれ、「1週間ほどで、この金額が振り込まれます」と言われて終わった。なるほど、今日は、まだ就職出来てない証明日だったのだ。

あまりに自分は不勉強だったが、そもそもこの給付金というのは、「求職活動を支援するための給付として「求職者給付」があり、高年齢継続被保険者に対する「高年齢求職者給付金」がある」という事らしい。

かくして、めでたく「雇用保険高年齢受給資格者証」を貰った。そこには、予想から少し多い金額が書かれていた。
この書類を見ると、「離職時賃金日額」が載っており、それが基本になるらしい。自分の場合は、スローダウンしたので、最後の賃金は安かった。それでこんなもの。

ともあれ、まったく予想外の小遣いが手に入った。確かに46年間に払った失業保険の金額は合計どの位になるかは見当も付かない。それなのに、いちどもお世話になったことがなかったので、最後の退職お祝い金としても“お涙金”は、“お祝い金”なのかも知れない。

ハローワークからの帰り道、シャープが、東芝が、そして三菱自動車が危ない中、自分の場合、よくもハローワークの場所さえ分からなくて済んだもの、と自分の生きた“時代”に感謝。団塊の世代は「やり逃げ」世代と言われるが、その通りかも、と思いながら駅まで歩いた。

160513zou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2016年5月11日 (水)

休市日の築地市場と、鹿児島アンテナショップの豚しゃぶランチ

今日は、築地市場と各県のアンテナショップ巡りで、1万2千歩も歩いてしまった!
カミさんがある旅行会社のミニツアーに参加しようかと言い出したのは、正月明け。「OK!」と返事をしたまま、4ヶ月後の今日が来てしまった。

10時に築地市場駅に集合。参加者は、我々を含んで、おばあさん5名と、おじいさん2名、それにガイドさん一人。皆、60~70台。まあ、4時間のミニ歩きツアーだが、平日のこんなツアーに参加するのは、時間がある人だけ。
さて築地市場に向かって出発!・・・と、参加の男性が「今日は築地は休みでしょう?今そばを通ってきたが休みだった」。ガイドさん「エエッ!?」
でも気を取り戻して、行ってみるとやはり休み。どの店も閉まっている。開いているのは寿司屋だけ。
「ここが吉野屋の1号店。でも今日は閉まっているが・・・」。
そして場外に出て、波除(なみよけ)稲荷神社。曇っていた天気も、少し日が差して・・・

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場外市場へ歩いて行った時、ガイドさんが店の前まで行って紹介してくれたのが「刺身BAR P10202151 河岸頭(かしがしら)」。3000円の「名物 築地場外丼」がもの凄いらしい。
そして築地場外市場は、大賑わいだった。紀文がある。そして案内所の前の人だかりは、卵焼き屋。ズラリと人の列。ほとんどが中国の人。買ってはImg_00021 ほおばっている。並ぶのもイヤなので、帰りがけに土産用を買ってみた。
ふと思い出した。この店、前にテレビのドキュメンタリーで放送していた店だ。
歩きながら、薩摩揚げが一本100円というのを見付けた。これを買ってカミさんと歩きながら食べる。結構うまい。うなぎも一本買ってみた。そして珍しいクジラカツも買ってみた。
それにしても、日本人が居るのか?と心配してしまうほど、中国の人が多い。価格表示も、全て税込み。外人さんに「消費税を入れると108円」というもの格好が悪い。店員さんも、我々日本人が「コレ下さい」と言うと、ホットしているような・・・。
確かに、観光地!?築地も、外人さんで持っている感じ。

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実はこのミニツアー、各県のアンテナショップ巡りも目的。色々な県を廻ったが、銀座熊本館が圧巻。SONYビルの隣、外堀通りに面した古いビルに、熊本県の色々な出先が入居しているらしい。そrにしても、立派な風格のあるビル。日動画廊も同じビル。

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昼食は、かごしま遊楽館(ここ)の2階のレストラン「遊食豚彩いちにいさん」で「黒豚の野菜蒸しセット(1,150円)」(ここ)。
この豚汁を最初にすすった時、「これはうまい!」と感嘆!甘いみそ。自分にはピッタリ。炊き込みご飯もうまいし、ほっかほかの豚しゃぶも、デザートのパインも・・・
しかし、ここから事件!食べ終わったあと、カミさんが自分には合わなかったという。他のツアー客にとっても、「甘い」という評価だったらしい。
しかし自分にはピッタリ。そもそも九州の味は甘い!?
前に九州の「さしみ醤油」の事を書いた(ここ)。どうも自分には九州の味が合うようなのである。
確かに、お袋は長崎生まれ。その血統のせいか???
毎週でも食べたい「「黒豚の野菜蒸しセット」、自分は◎だがカミさんは△。味の話は、なかなか難しい・・・・
この豚汁のミソ。レストランの店員さんに「このミソは下のアンテナショップで売っているの?」と聞きたかったが、無理かな・・と思って、食後、1階のかごしまのアンテナショップで聞いてみた。「上のレストランで今、豚汁を食べたが、同じミソはある?」「全く同じではないが、この麦ミソが近い」と言う。それで、つい買ってしまった。
しかし、この味は、カミさんはキライ。いくらミソを買っても、家でカミさんがそれを使って味噌汁を作ってくれるかどうか・・・・

かくして、12000歩を歩いて、新橋駅で解散。
・・・と、久しぶりの新橋。前に行っていた店でコーヒーを飲もうと、駅前のコーヒーショップに行くが、皆消えている・・・!たった7年前に通った店が軒並み・・・
この7年間の激変にビックリ!?

今日のイベントを振り返るに、築地市場が休市日の日に、日程を組むとは、ツアー会社も怠慢では?この企画は15年12月に作ったらしい。多くの人が関係する築地市場の休日予定。ツアー会社が、築地市場の休市の日を確認していなかったと思われる。
まあそんなものか・・・
それと、海外旅行などに行くと、バスが休憩と称してお土産屋に長時間停まる。結局それはツアー会社とお土産屋のコラボなのだが、自分にとって、今日のミニツアーは、そのお土産屋だけを廻る企画のように思われた。それを有償で、わざわざ廻る・・・。そしてそれぞれの店で土産を買いながら・・・・
ウチのカミさんは、それを承知で楽しんでいる。この店では、ソフトクリームが美味しいらしい・・・とか言いながら。
まあ、県のアンテナショップなので、コラボも有り得ず、公正は公正だが・・・・
何?今日の収穫??
自分にとっては、ランチが自分に合ったのと、4時間歩いても、帰ってそれほどダメージは無かった。これは収穫・・・・
次は、旅行雑誌の勧める外歩きを辿ってみよう。

160511remocon <付録>「ボケて(bokete)」より

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