2017年4月24日 (月)

「真央選手一色の報道でいいの?」

今朝の朝日新聞の声の欄に、こんな投書が載っていた。
「(声)真央選手一色の報道でいいの?
    主婦(神奈川県 57)
 浅田真央選手の引退が大きなニュースになりました。彼女の偉業には尊敬の念を抱きます。しかし、メディアの扱いに疑問を感じました。
 引退が発表されると、多くのチャンネルが彼女の活躍を伝える放送になり、引退会見も生中継。どの局を見ても同じシーンが流れ、まるで災害時の緊急放送のようでした。放送内容も「感動をありがとう」の嵐。皆で同じ方を向くこの国の不気味さを感じました。
 そのころ、国の方向を大きく変える「共謀罪」や介護保険について議論されていました。この国のメディアはいつか、大事なニュースから国民の目をそらす操作に加担するのでは、という恐れを感じました。メディアのみなさん、どうか冷静な報道姿勢を貫いてください。」(
2017/04/24付「朝日新聞」p8「声」より)

引退記者会見の日(2017/04/12)、朝起きると、カミさんが「今日のテレビは真央ちゃん一色なのでつまらない」と言う。
朝食を採りながらチャンネルを回すと、なるほど真央ちゃん一色。結局テレビを切った。新聞も彼女の引退記事でいっぱい。結局、テレビも新聞も、真央ちゃん記事は一つも読まなかった。それほど、画一化された、押しつけの報道はキライ・・・

今朝の新聞を見て、同じような視点の人がいるのだ、と思った。このblogに取り上げるに当たって、何も見ず、何も読まなくては、書く資格は無いかな?と思って、タイムシフトレコーダーで12日の記者会見の模様を見ようかと思ったら、既に消えていた。Netで見るのも面倒なので、見ていない。
別に真央ちゃんキライでも何でもないが、付和雷同のメディアがキライ。日本に取って、それほどの大事件か? 引退と言うことは過去について話であり、将来の日本にとっての大事件ではない。それを、これほどまでに大きく取り上げることが分からない。視聴率が取れるから、ただそれだけなのだろう。

改めて、4月12日のテレビ番組表を眺めてみた(ここ)。「真央」で検索すると、この日の番組表で、ダブリを除くと「真央」が24ヒットした。
案の定、テレビ東京だけはヒットしない。一度もこの話題を取り上げなかったかどうかは分からないが、少なくても番組表に「真央」の文字は無かった。
テレビ東京は、2011年の東日本大震災のときも、その他の大事件のときも、全局同じ中継をしている中、ただ一局、グルメや旅番組を放送しており、チャンネルを合わせてホットしたことを思い出す。
現在のメディアは、数字が取れる話題ばかりを追い、国民が真に必要な事を追わない。NHKですら、上の番組表で「真央」が5件ヒットしている事からも、他の民放同様に、これを大きく取り上げていたことが分かる。まあ、これは単なる番組表からの話だが・・・

話は変わるが、22日夜の「フィギュアスケート国別対抗戦 女子フリー」をつい見てしまった。日本の選手が、2位、3位になった。これはこれで素晴らしいことだが、真央ちゃん大ファンのカミさんが言うに、「花がない。真央ちゃんは花があったが・・・」

足の長さは別にしても、顔の造作について、考えてしまう。頭や顔の形、目、眉、鼻、口の配置。それが「顔」なのだが、その形やバランスだけで「美人」や「可愛い」が決まってしまう。「真央ちゃん」や卓球の「愛ちゃん」は、そのバランス故に、国民からもてはやされた。しかし、その他の多くの選手は、幾ら実力があっても、それほど話題にならない。顔の造作だけは、本人の努力ではどうしようもない神のなせる業(わざ)。
神は実に不公平だ。もっとも神にしてみれば、別に不美人を作った気は無かろう。たまたま部品のバランスが良かった人が、人間界で美人と呼ばれているだけで、知ったこっちゃない、のかも・・・・

おっと話はずれた。幾ら民放でも、公共の電波を使ったメディア。視聴率だけでの視点でなく、もっと広い視点での多様性のある番組作りを期待したいもの・・・
例の森本学園問題では、この所、飽きてしまったのか、ワイドショーでも取り上げられなかった。それが今朝のテレビ朝日のモーニングショーで、久しぶりに取り上げていたが、この問題こそ、新しい事実が分かる都度、取り上げて欲しいもの。
テレビが飽きる⇒国民が飽きる・・・。これこそ、政権の思うつぼ。
メディアに多様性が無く、ただただ付和雷同して同じ事を伝えるだけなら、こんなに多くのテレビ局は不要なのである。

170424powerspot <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月22日 (土)

山口百恵の「横須賀ストーリー」

先日、朝日新聞にこんな記事が載った。
「(もういちど流行歌)「横須賀ストーリー」山口百恵 あまりに歌が巧かった17歳
 芸能界にいたのは、たった7年半。短い間にアイドルから国民的な歌姫へと駆け上がった山口百恵さんにとって、最大の転機となった一曲です。
     *
 「彼女は胃の中に歌を一度ストンと収め、はき出すように歌った。そこには彼女の17歳までの生き方、環境、すべてが表れていた」
 「横須賀ストーリー」を作曲した宇崎竜童さん(71)は、当時17歳だった百恵さんが、デモテープをもとに歌ったときの印象を強烈に覚えている。
 何人もの歌手に楽曲を提供してきた。宇崎さんが歌ったデモテープを渡すと、歌い方までコピーしてしまう歌手が多かった。だが、百恵さんは違った。
 「歌い出しの(拍をずらして刻む)シンコペーション、感情の込め方、発声。彼女はすべて自分のものにして、自然にできていた」
 あまりにも巧(うま)いので、ボイストレーナーがついて歌い方を指導しているのだろうと思っていたという。
170422yokosuka  作詞は妻の阿木燿子さん。神奈川県横須賀市育ちの百恵さんに重ねて書いた「横須賀ストーリー」は、レコード会社の求めでアルバム用に夫婦で用意した4曲のうちの1曲だった。
 「作曲の10年くらい前にイタリアブームがあって、『イタリアンロック』を意識して作った。『これを百恵さんが歌ったらカッコイイだろうな』と思って、サックスを使って」
 4曲の中で一番面白い曲に仕上がったと感じたが、アルバムには使われなかったので没になったと思っていたという。
 「シングルに採用されたとき? ああ、これまでの百恵さんとは違う、世界を変えていくつもりなんだなと感じました」
 アンケートでも、作り手同様、百恵さんの歌唱を称賛する声が相次いだ。
 「燃える情念をあの硬い表情で歌い上げる姿が本当に印象的だった」(宮城、55歳女性)、「無表情で歌うのに臨場感があった」(京都、65歳女性)。
 百恵さんが飛躍するきっかけとなった一曲だという見方も一致する。
 「初めて聴いたとき、百恵さんが『アイドル』から『大人の歌手』になったと感じた」(東京、56歳男性)、「山口百恵がこの曲を境に変わり、伝説の歌い手になった。そんな転機の一曲だと思う」(宮崎、64歳男性)。
 「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「ロックンロール・ウィドウ」……。宇崎さんと阿木さんはその後も、印象的な楽曲を提供し続けた。アルバム収録曲などを含め、その数約70曲。疾走するかのような速さで存在感を増した百恵さんの約4年を、夫婦も伴走した。
 引退について、宇崎さんが感じたことは、ふたつ。
 「『ああ、もう書かなくていいんだ』って、背負っていたものが下ろせた感じと、『もうちょっと書きたかったなあ』と。いつも挑戦状をたたきつけられて、プロとしての幅を広げてくれた存在でした」

 ■文学に飢えていた?
 歌謡界のトップアイドルから、なぜ畑違いの自分たちに曲が依頼されたのか。宇崎さんはずっと疑問に思ってきた。その謎が解けたのは、約30年後のことだ。
 「実は数年前、初めて百恵さん夫妻と一緒に4人で食事したんです」
 宇崎さんはそこで、本人の“ご指名”だったと確認する。百恵さんのラジオ番組にゲスト出演した際、即興で歌を作り、その場で披露したことがあった。「この人はこういうメロディーを書くんだ、じゃあ、私にも書いてくれるかなって。そう思ったみたいです」
 さらに歌唱指導を受けていたという思い込みも、勘違いだったと知る。「(録音の際)宇崎さんのデモテープしか聴いていませんって。本当に驚いた」
 確かに傑出した歌い手だったと思う。歌い方を注文し、その注文を超える歌が返ってくることもしばしば。普通の歌手は1カ所注意されると、そこを意識して別の部分が乱れるが、百恵さんにはあてはまらなかった。「夜中までドラマの収録をしてからスタジオに来てそれをやってのけるんですからね。超人でした」
 一方で、当時から百恵さんの知性や品格を感じ取っていた。「ラジオでご一緒したときも、いつも文庫本を持ち歩いていた。文学に飢えている感じ」。本当はもっと勉強したかったんだな、と思ったという。(岩本美帆)」(
2017/04/15付「朝日新聞」b2より)

<山口百恵の「横須賀ストーリー」>

「横須賀ストーリー」
  作詞:阿木燿子
  作曲:宇崎竜童

これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか

街の灯りが 映し出す
あなたの中の 見知らぬ人
私は少し 遅れながら
あなたの後 歩いていました
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
急な坂道 駆けのぼったら
今も海が 見えるでしょうか
ここは横須賀

話しかけても 気づかずに
ちいさなアクビ 重ねる人
私は熱い ミルクティーで
胸まで灼けて しまったようです
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
あなたの心 横切ったなら
汐の香り まだするでしょうか
ここは横須賀

一緒にいても 心だけ
ひとり勝手に 旅立つ人
私はいつも 置いてきぼり
あなたに今日は 聞きたいのです
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
これっきり これっきり
もうこれっきりですか
そう言いながら 今日も私は
波のように 抱かれるのでしょう
ここは横須賀

先日、「今ごろ!?山口百恵著「蒼い時」を読む」(ここ)という記事を書いたが、結局、まだまだ山口百恵は生きているということ。
しかし別の意味で、この歌も自分には新鮮・・・。何度も書いているが、自分は歌を聞いていても、まるで歌詞を理解していない。よって、この歌も、今初めて歌詞を文章として読んで、「この歌は、そういう歌だったのか・・・」と感心している始末・・・。自分にとっては、二度楽しめるのであ~る。

170422yamaguchiまあ、そんなバカな話は置いておいて、改めてwikiで、山口百恵のシングル曲を眺めてみると、確かにこの「横須賀ストーリー」で、歌の世界が変わった。ここからオトナの歌手への脱皮が始まった。これ以降の歌の凄まじいこと・・・

自分の備忘録を見ると、初めて買ったLPが1975年の2枚組のベストアルバム。「湖の決心」までだった。デビュー当時の歌は上手とは言えなかった。それが日に日に上手になって、新境地を拓いて行った。

上の音源は、自分の好きなハイレゾ音源(ここ)からダウンコンバートしたもの。40年経っても、昔の音はちゃんと“生きて”いる。
まだまだ楽しめる、若い頃に聞いた歌の数々である。

170422wasureta <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月20日 (木)

「共謀罪」~「戦前と違う」とは思わない 半藤一利さん

国会で審議が始まった「共謀罪」。テレビのコメンテーターは別として、半藤さんはどう捉えているのかな・・・と思っていたら、今朝の朝日新聞に載っていた。

「(問う「共謀罪」 表現者から)「戦前と違う」とは思わない 半藤一利さん
     窮屈になるのは、あっという間
                          ■作家・半藤一利さん(86)
 戦争は昔の話。本当にそう言い切れるのだろうか
     ◇
 私が11歳のとき太平洋戦争が始まった。東京大空襲では、逃げている途中に川に落ちて危うく死にそうになる経験もした。
170320handou  向島区(現・墨田区)の区議だったおやじは「日本は戦争に負ける」なんて言うもんだから、治安維持法違反で3回警察に引っ張られた。
 当時は戦争遂行のための「隣組」があった。「助けられたり、助けたり」という歌詞の明るい歌もあるが、住民同士を相互監視させる機能も果たした。いつの世も、民衆の中には政府に協力的な人がいる。「刺す」という言い方もあったけれど、おやじを密告した人がいたんだろう。
 歴史を研究してきた経験から言えるのは、戦争をする国家は必ず反戦を訴える人物を押さえつけようとするということだ。昔は治安維持法が使われたが、いまは「共謀罪」がそれに取って代わろうとしている。内心の自由を侵害するという点ではよく似ている。
 治安維持法は1925年の施行時、国体の変革を図る共産主義者らを取り締まるという明確な狙いがあった。その後の2度の改正で適用対象が拡大され、広く検挙できるようになった。
 政府は今回の法案の対象について「『組織的犯罪集団』に限る」「一般の人は関係ない」と説明しているが、将来の法改正によってどうなるか分からない。
 私に言わせると、安倍政権は憲法を空洞化し、「戦争できる国」をめざしている。今回の法案は(2013年成立の)特定秘密保護法や、(15年成立の)安全保障法制などと同じ流れにあると捉えるべきだ。歴史には後戻りができなくなる「ノー・リターン・ポイント」があるが、今の日本はかなり危険なところまで来てしまっていると思う。
 「今と昔とでは時代が違う」と言う人もいるが、私はそうは思わない。戦前の日本はずっと暗い時代だったと思い込んでいる若い人もいるが、太平洋戦争が始まる数年前までは明るかった。日中戦争での勝利を提灯(ちょうちん)行列で祝い、社会全体が高揚感に包まれていた。それが窮屈になるのは、あっという間だった。その時代を生きている人は案外、世の中がどの方向に向かっているのかを見極めるのが難しいものだ。
 今回の法案についてメディアはもっと敏感になるべきだ。例えば、辺野古(沖縄県名護市)での反基地運動。警察が「組織的な威力業務妨害罪にあたる」と判断した集会を取材した記者が、仲間とみなされて調べを受ける可能性はないか。「報道の自由」を頭から押さえつけるのは困難でも、様々なやり方で記者を萎縮させることはできる。
 法案が複雑な上、メディアによって「共謀罪」「テロ等準備罪」など様々な呼び方があり、一般の人は理解が難しいだろう。でも、その本質をしっかり見極めてほしい。安倍首相は法律ができなければ、「東京五輪を開けないと言っても過言ではない」と答弁した。それが仮に事実だったとしても、わずか2週間程度のイベントのために、100年先まで禍根を残すことがあってはならない。(聞き手・岩崎生之助)
     *
 はんどう・かずとし 「日本のいちばん長い日」「ノモンハンの夏」など昭和史関連の著作多数。「文芸春秋」の元編集長。」(
2017/04/20付「朝日新聞」P39より)

昭和史の大家である半藤さん。その半藤さんの言葉は、自分にとってみると、幾多の論者の言葉よりも重い。
どこから切り取って見ても、あまりに乱暴な法律「共謀罪」。民進党の山尾志桜里氏の厳しい質問に、金田法相がどううろたえようが、首相は動じない。
首相にこの自信を与えているのは、おごり・・・
それにしても、今の日本の政治はあまりに子供じみている。ボクちゃん政治がまかり通る。

話は変わるが、本棚にあった城山三郎の「落日燃ゆ」を“今ごろ”読んでいる。
広田弘毅の話だが、中身が濃い。文章の一行一行が重たい。
先日、読もうと思ってページをパラパラめくっただけで止めてしまった某女流作家の、母親との葛藤を描いた小説に比べると、大人と子供の差。こんな軽い小説は時間のムダ・・・。

それにしても、かつての政界は、大物政治家が多かった。その揉み合いの中から議論が進んだ。それに比べて、「1強」は絶対に良くない。戦前の関東軍の暴走を連想させる。
こんな専制政治がいつまで続くのか? 内閣支持率を盾に、傍若無人に振る舞う首相を、いつ止められるのだろう・・・
この本を読み終えたら、1巻で止まっている「小説吉田学校」にも、もう一度チャレンジしてみようかな、と思った。別に昔を懐かしむ懐古趣味はないけど・・・

170420sumimasen <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月19日 (水)

「東芝はノモンハン事件そっくり」

最近は、若者と同じく、家の中でもスマホを持ち歩っている。画面は小さいのだが、クイックに情報を得るには便利。前にも書いたが、その中でも「Yahoo!ニュース」というアプリを良く見ている。このアプリが便利なのは、「テーマ」というカテゴリがあり、「テーマを探す」に興味のある文言を登録しておくと、それに関したニュースだけを拾ってきて表示してくれる。
自分がいま「フォロー中」の言葉は、「東芝」と「森友学園への国有地売却問題」の二つ。
森友問題は、最近はニュースが無く、面白くない。それに対して東芝問題は、止まるところを知らず、益々蟻地獄に落ちて行っている。
そんな東芝に関するニュースの中で、次の記事に、妙に納得した。

「『失敗の本質』共著者が指摘 「東芝はノモンハン事件そっくり」〈AERA〉
 沈まぬはずの“電機の巨艦”が1兆円超の巨額損失の渦に飲み込まれようとしている。原因は原発事業の失敗だ。成長期や昭和のニッポンを力強く牽引し、明日は今日より豊かな生活をもたらした名門企業で、一体何が起こったのか。そのとき社員や関係者は何を見て、どう感じたのか。そして何が元凶だったのか。AERA 2017年4月17日号では「苦境の東芝」を大特集。関係者証言やジャーナリストの分析で全貌に迫った。
 日本軍の組織的欠陥を解き明かし、発刊から30年を経て読み継がれる名著『失敗の本質』。共著者の一人は、東芝という組織の中に、日本軍と驚くほどの類似性を読み取る。
*  *  *
 ビジネスパーソンが「座右の書」として挙げることの多い『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』(中公文庫)。人気の秘密は、先の大戦を戦略と組織の視点から分析している点にある。同書はノモンハン事件、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄という各作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗と捉え直し、日本型組織に共通する欠陥を浮き彫りにした。1984年、同書を世に問うた執筆者6人は、
「現代の組織にとっての教訓、あるいは反面教師として活用することが最も大きなねらい」
 と記した。それから30年あまり。日本を代表する企業、東芝が消滅の危機に瀕している。

失敗の責任者が昇格
「東芝は日本軍の組織的な欠陥を克服することなく、相当程度に継承してしまった」
170419toshiba1  そう残念がるのは、同書の共同執筆者で経営学者の寺本義也さん(74)だ。現在もハリウッド大学院大学で教授として教壇に立つ。同教授によれば、東芝と日本軍は失敗の経緯や組織の特性まで共通点が多い。特に注目すべきは39年のノモンハン事件と、東芝による2006年のウェスチングハウス(WH)買収の類似性だという。
 ノモンハン事件とは、当時の満州国の西北部で起きたモンゴルとの国境線をめぐる紛争。衝突を拡大しない方針をとっていた東京の参謀本部に対し、満州を管轄していた関東軍が独断でモンゴルの後ろ盾だったソ連軍と激突し、大敗北を喫した。寺本教授は言う。
170419toshiba2 「東芝の本社を、ノモンハン事件当時の参謀本部だとすれば、WHは関東軍です。大事な情報を本部に上げずに現地で独走した点、極めて甘い戦況判断のもとで戦線を拡大した点、結果的にそれが組織全体の道を誤らせた点も全く同じです」
 さらに、失敗の責任者が追及されるどころか昇格した構図が「あまりにも似ていて驚いた」という。ノモンハン事件で無謀な作戦を仕切ったのは、関東軍の服部卓四郎中佐と辻政信少佐。この二人は事件のあと、東京の参謀本部の作戦課長及び班長に昇進し、ガダルカナルをはじめとする負け戦でも主導的立場にあった。一方東芝では、WHの買収を推し進めた志賀重範氏と、志賀氏が招聘したダニー・ロデリックWH元社長が、16年3月期に大幅な損失を出したにもかかわらず、志賀氏は東芝本社の会長に、ロデリック氏は東芝エネルギーシステムソリューションの社長に昇格していた。
「このコンビのもとでのWHの暴走が、東芝本体の危機につながったわけで、まさに第2のノモンハン事件と言っても過言ではない」(寺本教授)

願望は戦略ではない
『失敗の本質』のノモンハン事件の総括を読むと、東芝の姿が二重写しに見えてくる。
「情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていた。また統帥上も中央と現地の意思疎通が円滑を欠き、意見が対立すると、つねに積極策を主張する幕僚が向こう意気荒く慎重論を押し切り、上司もこれを許したことが失敗の原因であった」
 寺本教授は、日本軍と東芝は組織としての三つの共通した欠陥を抱えていたと分析する。一つ目は「戦略のあいまいさ」だ。『失敗の本質』ではこんな指摘がある。
「本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが日本軍ではこうしたありうべからざることがしばしば起こった」
 東芝のような大組織にとって、事業の方向づけと資源の配分を決める「戦略」は何よりも重要だ。しかし、一般には2千億円程度とみなされていたWHを約6千億円もの高値で買収したのはなぜなのか。寺本教授はその戦略の意図があいまいだという。
「当時の西田厚聰社長は、原子力企業で世界ナンバーワンになると考えていたのでしょうが、それは『願望』であって戦略ではない。願望はいくら積み上げても、戦略にはならない」

逐次投入の戦い方
 また重要な戦略であればあるほど、最悪の事態を想定したリスクマネジメントが必要だが、それも不十分だったと指摘する。東日本大震災は予測できないにせよ、最悪の事故が起きた場合に事業を継続できるか突き詰める必要があったはずだという。
 15年にWHがアメリカの原発建設会社を買収した判断も、根拠のない楽観主義と、経営学でいうところの「サンクコスト(埋没原価)・バイアス」によるものだと同教授は見る。サンクコストとはすでに使ってしまった費用のことで、途中で事業をやめても戻ってこない。しかし人間は失ってしまったものに価値を感じる傾向にあるため「あれだけ投資したのだからもったいない」とさらに投資を続けてしまうことを言う。
「ここまで兵力を投入したのだから撤退はできない、と逐次投入を続けた日本軍の戦い方と同じです」(同教授)
 もう一つ、組織そのものの欠陥として、日本軍と東芝に共通するのは「行き過ぎた縦割り」だ。『失敗の本質』では、「戦争において、近代的な大規模作戦を実施するには、陸・海・空の兵力を統合し、一貫性、整合性を確保しなければならないが、日本軍の統合能力は、米軍には遠く及ばなかった」と指摘している。東芝の場合、事業が多岐にわたるため、ある程度の縦割りは必要だが、「ガチガチの縦割り」(同教授)が他の部署に口を挟めない空気をつくった。
「原子力事業部がWH買収を進めようとした時、他の部門では疑問視する人もいながら消極的賛成に回ってしまった。組織論的に言うと、分業を進めれば進めるほど、統合が必要になるが、東芝は統合力に欠け、『総合電機』ならぬ『集合電機』になってしまった」(同教授)

過度な精神主義依存
 三つ目の共通の敗因は「ガバナンスの欠如」。結果として、おざなりの形式主義と過度の精神主義がまかり通った。社外取締役制度を導入したものの、機能を果たさず、15年には「チャレンジ」の名の下での過大な目標達成の強要が明らかになった。
「過度な精神主義に依存するのは組織の末期的症状。日本軍も敗北を重ねるごとにどんどん精神主義が強くなった。どんな作戦も最後は『敢闘精神で頑張れ』と。担当者が物資の補給が不十分だと訴えても上官は『それは君の敢闘精神が欠如しているからだ』と叫んで終わり。論理的な議論が封じられた」
「戦略があいまい」「硬直化した縦割り組織」「ガバナンス不全」。これらは東芝だけの問題ではない──。ソニー出身の経営学者で、戦略論を専門とする長内厚・早稲田大学大学院経営管理研究科教授の指摘も重い。
「日本企業の多くは技術力だけで差別化をはかり、かつてはそれで競争に勝てた。そのため、技術的な成果を出した人が、経営とは何か、戦略とは何かを学ばないまま、社長や取締役になっている。しかし、全体を俯瞰できる統合力と戦略が問われる時代には、それでは適応できない」
 長内教授には、大艦巨砲主義の時代の成功体験に縛られ、飛行機を主力にした制空権がモノをいう時代になっても戦艦大和や武蔵で戦おうとして負けた日本軍の姿が重なって見えるという。
 前出の寺本教授は取材の最後にこう警鐘を鳴らした。
「日本の企業の喫緊の課題は、本当の意味での『経営者』を育成する仕組みづくりです。日本軍の失敗、そして東芝の失敗から日本社会は教訓をつかみとらなければいけない」(編集部・石臥薫子)」(「
AERA」2017年4月17日号ここより)

東芝の凋落については、各メディアが面白おかしく論評している。上の記事も同じだが、それでもこの見方は、何か説得力がある。

170419toshiba3 昨夜(2017/04/18)は、建業法の「特定建設業」の許可を維持するために、エネルギーや社会インフラ事業など主要4事業をも分社化して2万人移籍、東芝本体は持ち株会社へ、と報道されたが、今日は日テレが「本体に人事・経理・総務など管理部門を残し1000人規模の人員削減を検討している」と報道した。(今見たら、サイトがエラーになるので、誤報かも知れない)

NAND事業の売却についても、連日色々な動きが報道され、株価もマネーゲームのように日々上下を繰り返している。
140年の歴史を持ち19万人の大企業が、たかだか2~3人の“サラリーマン社長”の選出を間違えると、こうなってしまう。
かつての山一証券と同じく、安心出来る会社などというものは無い。このことを、世のサラリーマンは、よくよく肝に念じなければいけない。

さて、もう一つの森友学園問題の尻つぼみは、「やっぱり~!」という感か?
何か新しい爆弾でも出てくれば、テレビのワイドショーが視聴率稼ぎに取り上げるのだろうが、このまま終わってはあまりに無念。アベ君の言いたい放題で終わってしまうとは・・・
そう言えば、さっき「森友学園の問題をめぐり、安倍晋三首相夫人の昭恵氏と夫人付職員だった経済産業省の谷査恵子氏に国家公務員法違反の疑いがあるとして、政治経済誌『日本タイムズ』発行人の川上道大氏は4月18日、検事総長と大阪地検特捜部宛てに告発状を送った。」というニュースが流れたが、地検もお役所。期待は出来ないだろう。
明るいニュースの無い世の中である。

170419jyana <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月18日 (火)

「世界調査でわかった健康長寿の食べ方上手」~家森幸男氏の講演

だいぶん前だが、NHKラジオ第2で、「文化講演会「世界調査でわかった健康長寿の食べ方上手」~武庫川女子大学国際健康開発研究所所長…家森幸男」(2017/02/19放送)を聞いた。
このお話は今後の参考のために残しておいた方が良いかな・・・と思って、取り上げてみる。

NHKのサイトにはこう解説がある。
文化講演会「世界調査でわかった健康長寿の食べ方上手」
   武庫川女子大学国際健康開発研究所所長…家森幸男

日本人が平均寿命で世界一長寿なのは、先進国の中で心臓死の数がもっとも低いからである。また米食でコレステロールが低く、大豆や魚の摂取が血管を良好に保つことも証明された。しかしこうした食事は塩分過多で、脳卒中などの疾患を起こしやすく、健康寿命は平均寿命より10年短い。それが近年、食事にいくつかの工夫を加えることで健康寿命を延ばせることがわかってきた。その工夫を伝授する。」(
ここより)

講演の最後の部分を聞いてみよう。
<「世界調査でわかった健康長寿の食べ方上手」~家森幸男>

*この番組の全部(60分)をお聞きになる方は、(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

気になった所をメモしてみる。
「野菜・果物をふんだんに食べる。脂肪の少ない肉も大事。
一日60gの大豆を採ると心臓死が防げる。
大豆のイソフラボンは血管の壁に働いて植物性のエストロジェンとして働いて一酸化窒素を作る。一酸化窒素は血管を拡張し、血液サラサラ効果がある。
要するに、血管の健康のためには大豆と野菜を食べると良い。
世界中を回って分かった。女性のきれいなところは長寿地域が多い。女性がきれいなのは肌の末梢循環がよい。肌に潤いがある。肌に潤いがあれば、脳や心臓や腎臓の臓器の末梢循環が良い。だから臓器が元気。臓器が元気ならば長寿につながる。そういう理屈。

肝臓は、動脈硬化を起こす悪玉コレステロールを処理する受け口。これを作らせるのが女性ホルモン。女性ホルモンの代わりが大豆のイソフラボン。だから大豆を食べると悪玉コレステロールが減って動脈硬化が減って心臓死が少なくなる。

次に乳がん。がん細胞の中にエストロジェンを入れると増殖する。そこにイソフラボンを入れると増殖しない。だから大豆は乳がんの予防になる。どれだけ採ったらよいか。イソフラボンにして60~70mg。納豆1.5パック食べれば良い。
前立腺がんも同じく納豆1.5パックの弱い女性ホルモンの作用で、増殖が抑えられる。
他にも骨の健康にも良い。

魚のタウリンは、肥満度が低い、血圧も低い、コレステロールも低いことが分かった。魚を多く採っている人は、心臓死が少ない。どれだけ食べたらよいか? 一切れの魚、80~100gの魚を食べればよい。

世界の人を、大豆と魚を採っている順にそれぞれ5グループ、全部で25のグループに分けたところ、両方とも一番少ないグループには日本人はゼロ。逆に両方とも一番多く採っている1/25のグループに、何と日本人は90%。日本食の特色は大豆や魚を食べていると言うこと。

日本人は大豆や魚をたくさん食べる⇒心筋梗塞が少ない⇒世界一寿命が長い

健康寿命を延ばすには?
マサイ族には高血圧はいない。2.5g。当時塩分を採っていなかった。
塩分の量で脳卒中の死亡率が確実に上がる。7g(今の日本人は平均11g)を目標に塩分を下げれば、脳卒中は起こらなくて済む。

大豆、野菜、魚、海草、乳製品を多く採っている人たちは、脳血管性の認知症を55%減らすことが出来る。アルツハイマー型の35%減らすことが出来る。
ヨーグルトは免疫力を上げる効果がある。

健康寿命を短くする原因は寝たきり。その原因は脳卒中や骨折。そして元気にしている人もインフルエンザになって肺炎になって亡くなる。肺炎は脳卒中を超えて死因の第3位。
原因は、脳卒中は食塩の過剰、骨折はカルシウム不足、インフルエンザは免疫力の低下。
まとめとして、何を食べたらよいか?「まごはやさしいよ」と覚える。
まめ、ごま、海草、野菜、魚、椎茸、いも+ヨーグルト。
これで10年伸びる。健康寿命、プラス10(テン)!」

こんな話を聞いているうちに、前に書いたこんな話を思い出した(ここ)。
カミさんの友人のある奥さんの話。
「自分はコレステロールが高いが、薬を飲むことにした。食事制限をすると、あれもダメこれもダメ、で何もかもおいしくない。それだったら、薬を飲んででも、おいしい物を食べたいじゃない!?」
節制と自分の体質に関する考え方・・・。そして薬に対する考え方・・・

タバコを吸う人が「好きなタバコを止めるくらいなら、少しばかり寿命が短くなってもOK」と豪語するが、いざ医師からタバコに関係する病名を告げられると、即禁煙する。という話をよく聞く。
結局、病気の怖さは、何よりも大きいという事。

さて、我が家の食事は、意外とこれに合っているかも・・・。カミさんが結構ウルサイので・・・
自分はあまり意識していないが、毎朝ヨーグルトは食べさせられている。納豆も、自分はいまひとつだが、カミさんは大好物で毎日食べている。ゴマもよく食べている。
カミさんの食生活はまさに模範的。しかし、日々の体調は万全とは言えない。老化が原因なのは分かっているが、いつも不調を訴えている。
一方自分は、まあまあの体調・・・。メイ子も、何とか現役を保っている。
塩分控えめはツライが、それでも病院での長患いは避けたいもの。
だから、この模範的な食生活に近付けられるよう、“ちょっとずつ”でも心がけたいものだ。

170418roudou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月17日 (月)

「北情勢緊迫も…戦争を煽る安倍首相と大政翼賛報道の恐怖」

最近、スマホで「Yahoo!ニュース」というアプリを良く使っている。そこで見付けたこんな記事・・・・
北情勢緊迫も…戦争を煽る安倍首相と大政翼賛報道の恐怖
 果たして6度目の核実験を強行するのか。北朝鮮情勢が緊迫する中、「戦争屋」の本性がムキ出しになってきたのが安倍首相だ。
 ここ最近は北朝鮮の脅威を煽る発言が目立ち、13日の参院外交防衛委で、北朝鮮が「サリンを(ミサイルの)弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と踏み込んだのに続き、14日も陸自の西部方面総監部の訓示で「北朝鮮の核・ミサイル開発は深刻さを増し、テロの脅威が世界に拡散している」と気炎を上げていた。
「北朝鮮の行動を改めさせる必要がある。圧力をかけていかなければ、彼らは対応を変えていかない」
「今のまま国際社会に挑戦を続けていけば、未来がないと北朝鮮に理解させないといけない」
 安倍首相の北朝鮮に対する発言はどんどん前のめりになっていて、トランプそっくり。今すぐにでも自衛隊に出撃命令を出してもおかしくない。朝鮮半島近海に空母「カール・ビンソン」などを派遣した米軍の後ろ盾を得て強気になっているのだろうが、本来はイケイケドンドンのトランプに自制を促すのがスジだ。それが先頭に立って北朝鮮を刺激しまくっているから許し難い。「戦争放棄」を掲げる日本の総理大臣としてあり得ない姿だ。
 安倍首相は昨年12月にオバマ前大統領と一緒にハワイ・真珠湾を訪れた際、「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない」と誓っていたが、やっぱり大ウソだったワケだ。

新聞・テレビも大政翼賛会に
 一方、そんな安倍首相の姿勢を少しも批判せず、挑発発言をタレ流している新聞・テレビも同罪だ。アフガン戦争やイラク戦争で証明されている通り、米国が軍事介入するほど事態はドロ沼化する。しかも、安倍政権が集団的自衛権の行使を認めたため、北とコトが起きれば自衛隊はいや応なく米軍と一緒に戦場に駆り出されるのだ。戦後70年間余り守り続170417abe けてきた「平和国家」を捨て去り、いよいよ殺し殺される「戦争国家」になるのだ。新聞・テレビは今こそ、「社会の木鐸」としての役割を果たすべきなのに、戦前と同じで「大政翼賛会」と化しているから、ムチャクチャだ。
「首相が率先して戦争を煽っているのだから、こんなバカな話はありません。中国の王毅外相は『武力では問題を解決できない』と呼び掛けていますが、本来は日本が果たすべき役割です。大体、本当に有事になったら(日本も)終わりですよ。自制を促さないメディアもどうかしています」(元外交官の天木直人氏)
 このままだと、安倍首相が「1億総玉砕」「本土決戦に備えよ」なんて言い出しかねない。(
2017/04/16付「日刊ゲンダイ」ここより)

まさに“歯に衣着せぬ”記事は「日刊ゲンダイ」に多い。
wikiを覗いてみると「論調~マスメディアを含む権力層に対する批判に定評がある。栗林利彰によれば、『日刊ゲンダイ』は公人や権力者について「疑わしきは、書く」という姿勢をとっており、これにより読者の共感を呼ぶような鋭い追及が可能になり、大新聞にない強みが生まれているという。」とある。
夕刊紙ならではの自由さがあるようだ。

夕刊紙と言えば、先日NHKの「アナザーストーリーズ 運命の分岐点「山口組対一和会~史上最大の抗争~」」(2017/04/17再放送ここ)を見た。

暴力団の抗争に、一般全国紙がほとんど報道しない中、神戸や大阪の夕刊紙は、どぎつく報道したそうだ。自由な夕刊紙の方が、意外と本質を突いていることがあるのかも・・・

話は変わるが、昨日行われたトルコの国民投票の結果・・・。
トルコの国民投票で大統領の権限強化に賛成派が51%を占め、与党は勝利宣言
トルコで16日、大統領の権限を強化する憲法改正案についての国民投票が行われ、賛成派が過半数を占める結果となった。
99.45%の票が数えられた段階で、賛成派が51.37%、反対派が48.63%を占めた。選挙管理委員会も、16日夜の段階で賛成派が過半数となったことを認めている。
・・・
フランスのテレビ局「フランス24」の報道によると、テレビの選挙報道は「90%がエルドアン支持の内容だった」という。それでも51%ほどしか獲得できなかったのだとすれば、反エルドアン勢力はかなり根強いものだったと言えそうだ。
反対派の国民の大きな懸念は、憲法改正によって事実上の独裁政治が行われる可能性だ。すでに現実化していると見る人もいる。昨年のクーデーター未遂事件後、クーデーターに何らかの形で関係していたとして数万人規模の市民が逮捕され、10万人以上が職を追われている。
メディア現場でも粛清が行われている。トルコ人ジャーナリストのヤブズ・ベイダー氏によると、当局に逮捕され、投獄中のジャーナリストや編集幹部は150人から160人に上る。政府批判を紙面、ニュースサイト、ソーシャルメディア上で行うと粛清の対象になってしまう。
トルコ出身だが今はオランダに住むジャーナリスト、エフェ・ケレム・ソゼリ氏の調査によると、2007年から政府によるメディアの検閲範囲が次第に広がってゆき、2015年には国家の安全保障に損害を与えるウェブサイトは、政府が4時間以内に閉鎖できる権利を持つようになったという。
「メディアのほとんどを政府が直接、間接的に支配しているのが実情」(トルコのメディア状況をモニターする「ターキー・ブロックス」のアルポ・トーカー氏、談)ということもあり、今後、さらにメディア統制が厳しくなるのは必須だ。・・・」(
ここより)

権力がメディアを支配し、その扇動による国民投票で何とか過半数を制する。そして、それを根拠に独裁体制を確立する・・・。
日本も、数の力、つまりは国民の投票による信任を盾に、戦争への道に進んでいる。

現在の北朝鮮問題についても、今朝のTV朝日「モーニングショー」(2017/04/17)で玉ちゃんがこう言っていた。
「アメリカが先制攻撃をするよ、と言ったら、日本はハイと言うだけ。政府はそう言うだろうが、国民はハイとは言えない。アメリカ本土が危ないと考えて先制攻撃したら、アメリカ本土の被害はない。しかし全面戦争になったら、被害を受けるのは韓国と日本。それなのに、国民はハイとは言えない。我々が声を挙げなければダメ。」「アメリカが先制攻撃をかける場合、日本はイエスというのかノーと言うのかの議論が為されていないまま、このような状況が続いている。」「北朝鮮が日本本土も、と言ってきた。それは横田であり横須賀。米軍のヘッドクォーターは横田にあるので、そこを狙われたら、日本全体の問題になる」

つまり、横田に近い当地も、他人事ではない、ということ。
安倍政権が、北朝鮮問題を好機と捉えて、メディアを利用して「だから戦力増強は必要。自国を守るために自衛隊の参戦は必要」と扇動する・・・・。
有り得ないことが、どんどん実現してしまう今の世の中。憲法の「戦争放棄」という言葉が絵空事になりかねない日本。
何度も書いているが、そうさせているのは、投票によって安倍政権を支持している国民そのものなのである。

170417jab <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月15日 (土)

Panaのデジカメ「DMC-SZ7」の修理に失敗した話

実は「デジカメの修理をした話」という記事を書くつもりだったが、失敗してしまったので、タイトルを変えた。トホホ・・・。(エムズくんでも失敗することはあるのだ!)

カミさんが愛用してきたデジカメは、とにかく軽いパナソニックの「DMC-SZ7」(2012/05/30購入)という製品。本体が116g、バッテリー・メモリー込みでも133gしかない。その前に5年1704140 間使った「DMC-FX30」(ここ)という機種も、本体が132gのものだった。
この製品もよくゴミが入り、前の機種ほどレンズ部の分解が楽ではないので、メーカーにゴミ取りの修理に出したことがあった。
それが壊れたのが2016/11/03。何枚か撮っているときに、絞りが開きっぱなしになった。明らかな故障である。4年しか使っていないが、まあ潮時かな、と思って、新機種に替えることにした。我が家の機種の選択基準は “軽さ”。同じPana製品で選ぼうと思ったが、Panaでは、もうデジカメには力を入れていないらしく、同じシリーズの後継機種DMC-SZ10も、163gと重くなって、そもそも売り切れで手に入らない。
それで仕方なく、老舗のCANON製を買おうかと、123gと最も軽い「IXY190」という機種を選んだ。
しかし、どうもこの画質が気にくわない。電灯色の部屋のホワイトバランスがいまひとつで、白くならない。そして画質がぴりっとしない。もちろんこれは主観。相性の問題。
それに比べて、iPhoneのデジカメ機能は素晴らしい。画素数が劣るが、画質はさすがにアップルが社運を賭けているだけあって、その辺のデジカメよりもよっぽど良い。
それで、カミさんはデジカメだが、自分はもっぱらスマホを使っている。

さて本題だが、CANONの画質が自分にはフィットしないので、いっそPana製を修理してしまおうかと考えた。久しぶりに壊れたデジカメの電源を入れると、絞りも正常でちゃんと写る。パソコンに転送してもOK。しかし、写した写真をカメラで確認するとき、液晶画面が縦になる。そして「電源を入れ直して下さい」と出る。

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これは「本体基板の交換で直るな」と判断・・・。
まず分解してみて、自分で基板の交換が出来るかどうかを判断。
本体の下部3カ所とサイド2カ所のビスを取ると、裏のカバーが簡単に取れる。右側にある操作部の基板は、下の基板とコネクタでつながっているので、上に持ち上げると下の基板のコネクタが外れて取れる。その状態でその下にある白いプラスチックも外す。金属シャーシに取り付けられた液晶は、上下で本体と噛み合っているの、マイナスドライバーでそれを外すと液晶が外れる。

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レンズ部は、フラットケーブル2つで基板とつながっているので、小型ラジオペンチを使って外す。液晶もフラットケーブルでつながっているので外す。本体基板は、ビス一つと、上のシャッターの基板と、コネクタでつながっているので、右側の外部接続端子を逃がしながら、下方向に引くと取れる。かくして、本体の制御基板が外れることを確認した。
組立はこの逆。

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さて、では正常な基板をどのようにして手に入れるか? やはりネットオークション。
液晶基板が割れているというジャンク品を見付けた。送料を入れて1250円。あくまでもジャンク品なので、基板が正常かどうかは分からない。でも、まあ千円を捨てる覚悟で、これを手に入れた。
修理の基板交換は、人間で言う心臓移植のようなもの。徐々に壊れた臓器よりも、交通事故で一発で壊れが方が、内臓は生きている可能性がある。それで「液晶が割れている」という言葉を重視。落として液晶を割って、そのまま使わなくなった。つまりは“内部の電気部品は生きている”ことに賭けた。

ここまでは良かったのだが、これからが誤算。着いたジャンク品に、バッテリーを入れてスイッチを入れても、ウンともスンとも言わない。明らかな「故障品」だった。
ここまででガックリ。しかし、せっかくだからと、着いたジャンク品を分解して基板を交換してみた。しかし、案の定、ウンともスンとも言わなかった。つまりは基板ごと壊れていたジャンク品だった。
仕方が無く、元の基板に戻したのだが、下記のようにかえって絵が出なくなってしまった。
17041510 このような発振現象は、アースの接続不良の現象に似ているが、そんな部分もないため、手が打てない。壊れた基板を入れたので、他の部分が壊れてしまったのかも知れない。
再度、もうちょっと程度の良い(基板が生きている)ジャンク品を手に入れて、基板交換にチャレンジしてみるか???
Panaに修理を頼むと、(定額10000+送料500)×1.08=11,340円。やはりメーカー修理には出せない。自分で直すか、買い換えるかしかない・・・。

しかし勉強になった。オークションの「動作は確認していません」というコメントは、「完全な故障品で、電源すら入りません」と読むべきだということを覚えた。今度手に入れるジャンク品は、少なくても内部機器が生きていることが確認出来る物を選ぼう。

話は変わるが、息子が孫の写真をNetにアップしてくれるが、その画質がなかなか素晴らしい。見るとSONYの「DSC-RX100」という機種。これを調べてみると、価格コムで、何とコメント数が24000件。2012年6月発売というが、未だに現役の名機だと知った。
値段も、自分が買った物の2倍もする。しかし肝心の重量は240gと、今の8割も重い。
カミさんに、画質優先なら少し重くなるが・・・と言ったら、画質よりも軽い方がよい、とのこと。まあ我が家の選択肢は、何と言っても軽さ・・・

繰り返すが、iPhoneの画質は素晴らしい。コンパクトデジカメが売れないはずだ。
それに、コンパクトデジカメには、ゴミの入り込みという重大な構造上の欠点がある。電源スイッチを入れる度に、ズームレンズが伸び縮みする。つまりは、センサーの前の空間に空気が出たり入ったりする。それによって、ゴミが入り込み、センサーに付くと、ズームアップしたときに、画面に黒い点が出現する。Panaはそれに対して弱い。前にゴミ取りの修理に出したとき、4千円近くかかってしまった。

何のことはない。今回は失敗談である。基板が生きていれば、多分直っただろうに・・・
でも、Panaのデジカメの分解は意外と易しい事が分かった。良いジャンク品が見付かったら、もう一度、修理にチャレンジしてみよう。

170415iscream <付録>「ボケて(bokete)」より

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2017年4月13日 (木)

クール・ファイブの「ふたりの旅路」

自分の趣味は、ベッドで寝ながら、ヘッドホンで歌謡曲を聞くこと・・・
前に、同期会で「ハイレゾ」が話題になったことがある。「ハイレゾって何だ?」と・・・
自分が、「前川清を38万円のヘッドホンで、最高の音質で聞くのだ」と解説?すると、「何で前川清を良い音で聞かにゃならんのだ?」と言いやがる。
まったく、前川清の高音質を理解しないダメ人間?が同期には多い。

この所、自分の愛用のHDDプレヤーHAP-Z1ES(ここ)で、WAV音源に一新した歌謡曲を、歌い手の「あ」から順番に聞いている。昨夜、やっと「う」の内山田洋とクール・ファイブの順番になって、聞いていたら、1曲だけMP3音源がある。
こんな名曲なのに、何でCD音源が手に入らないのだろうと、Netで検索するも、Net上に情報がない。それではここでピンで留めておく必要があるな・・・と挙げることにした。

<クール・ファイブの「ふたりの旅路」>

「ふたりの旅路」
  作詩:山口洋子
  作曲:猪俣公章

つらい別離が あるのなら
いっそ死にたい この海で
窓をふるわす さい果ての
船の汽笛を ききながら
泣いて 泣いて 泣いて どうなる
旅に出た ふたり

他人は噂を するけれど
わたしばかりが なぜわるい
甘い言葉も つい愚痴に
かわる女の 涙ぐせ
明日は 明日は 明日は どこやら
あてもない ふたり

ひとつななめに 流れ星
恋の闇夜に 消えてゆく
燃えてみじかい 人生を
落ちてゆくのが 運命なら
いのち いのち いのち あずけて
どこまでも ふたり

ところが、である、この歌は五木ひろしの持ち歌だったと気が付いた。何だ、バカバカしい。単なるカバーか・・・。カバーなので、CDも「猪俣公章オリジナル作品集」というものだけに収録されていた。
しかし、猪俣公章の作品は、前川清に合う。ピッタリだ。この歌がクール・ファイブの持ち歌だと言っても、何の不自然さも無い。

最近、良くハイレゾ音源を買っている。結構発売されてきた。布施明を筆頭に、ブルーコメッツや喜多郎も出たし、最近では、さだまさしも出た。
しかし、前川清の音源はCD時代なので、期待出来ないが、クール・ファイブ時代はアナログ録音の時代。ハイレゾ音源が発売される可能性は充分にある。楽しみに待つか・・・

おっと、オリジナルの五木ひろし盤も、いちおう聞いておこう。

<五木ひろしの「ふたりの旅路」>

●メモ:カウント~1020万

170413neteta <付録>「ボケて(bokete)」より

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