2015年4月26日 (日)

会計で「お愛想お願いします」は×~注意すべき敬語

今更、新入社員向けの記事でもないが、“「お愛想お願いします」は×”という見出しが気になった。自分も言うことがあるので・・・
新入社員 ここから講座 会計で「お愛想お願いします」は× 注意すべき敬語
 美しい言葉遣い&敬語を身に付けたい人は多い。上司との会話や電話応対、取引先とのやり取りなどで、敬語がきちんと使えるかどうかは、社会人としての信頼感を大きく左右する。前回につづいて、職場でのやりとり、会食の場、メールで間違って使っている敬語がないか、しっかりチェックしよう。
社内で
【1】資料を見たことを伝えるとき
△ 資料を見させていただきました
○ 資料を拝見しました
 敬語を知っている人なら謙譲語の「拝見する」を使うのが常識。「見させていただく」より洗練された印象を与える。
【2】上司や先輩に挨拶するとき
× ご苦労様です
○ お疲れ様です
 「ご苦労様」は目下の人をねぎらう言い方なので不適切。
【3】来客を伝えるとき
× 山本様が来られました
○ 山本様がお見えになりました
 「来られる」は受け身表現に取られかねない。「お見えになる」「お越しになる」「いらっしゃる」などの尊敬表現で。
【4】客を連れてきたことを上司に伝えるとき
× 山本様をお連れしました
○ 山本様をご案内いたしました
 「お連れする」は「連れてくる」「連行する」というニュアンスが含まれ、不快に思う人も。「ご案内する」が適切。
【5】上司の語学力について聞くとき
× 課長は中国語がおできになるんですか
○ 課長は中国語をお話しになるのですか
 目上の人に対して「できる」と能力を問うのは失礼に当たるので避けること。「お話しになる」と表現するのがよい。
【6】大学での専攻を伝えるとき
× 大学では経済学を学ばせていただきました
○ 大学では経済学を学んでおりました
 「~させていただく」は相手の許可を得て行うことに使うので、ここでは不適切。「学んでおりました」でよい。
【7】先輩の助言にお礼を言うとき
△ 先輩のアドバイス、参考になりました
○ 先輩のアドバイス、勉強になりました
 「参考になる」は相手を評価するような印象を与えるので、上司や先輩には「勉強になりました」と言うのが適切。
【8】相手の意見に納得するとき
× なるほどですね
○ おっしゃる通りですね
 「なるほど」に「ですね」を付けて丁寧にしたつもりでも、言葉として不適切。「おっしゃる通りですね」と言う。
【9】上司の話に心が動かされたと伝えるとき
× 部長のお話に感心いたしました
○ 部長のお話に感銘を受けました
 「感心する」は相手の行為に評価を下しているような印象に。目上の人には「感銘を受ける」「感服する」などを使う。
【10】上司に明日の予定を聞くとき
△ 明日、A社には課長も行かれますか?
○ 明日、A社には課長もいらっしゃいますか?
 「行かれる」は尊敬表現の「~される」と「行くことができる」の2通りの意味に取れる。「いらっしゃる」が適切。
【11】客が帰ったことを伝えるとき
× 山本様はお帰りになられました
○ 山本様はお帰りになりました
 「お帰りになられる」は過剰敬語。「お帰りになる」が適切。
【12】部長に聞いてほしいと先輩に伝えるとき
× 部長に伺ってください
○ 部長にお聞きください
 「伺う」は謙譲語なので、相手の行為に使うのは不適切。

受付業務で
【13】名刺をもらうとき
× お名刺のほう、よろしいですか?
○ お名刺を頂戴できますか?
 「~のほう」は接客などで使われがちだが、敬語とはいえないので不適切。謙譲語の「頂戴する」「いただく」を使う。
【14】担当者の不在を告げるとき
× 部長は不在ですが、いかがいたされますか?
○ 部長は不在ですが、いかがなさいますか?
 「いたす」は謙譲語で相手の行為に使うのは不適切。「いかがなさいますか」や「いかがいたしましょうか」と言う。
【15】資料を渡す場所を示すとき
× こちらで資料をご拝受ください
○ こちらで資料をお受け取りください
 「拝受」は謙譲語なので相手の行為には使わない。「お受け取りください」が適切。
【16】メールで非礼を丁寧に詫びるとき
× 厚くお詫び申し上げます
○ 深くお詫び申し上げます
 「厚く」はお礼など、よいことに使う表現。「深く」が適切。
【17】「お体を大切に」と言いたいとき
× お体、ご自愛ください
○ ご自愛ください
 「自愛」は「自分を大切にすること」、つまり体を大事にする意味が込められているので、「お体」は不要。
【18】提案書を見てほしいとき
× 提案書をご拝見いただけると幸いです
○ 提案書をご高覧いただけると幸いです
 「拝見」は謙譲語なので、相手の行為に対して使うのは不適切。相手の見る行為を敬う「ご高覧」が適切。
【19】返事を読んだと伝えるとき
× お返事読まさせていただきました
○ お返事を拝読いたしました
 「読まさせていただく」の「さ」は不要。「拝読」が適切。
【20】会食で店員を呼ぶとき
△ すみません
○ お願いします
 「すみません」は言い方によっては横柄に聞こえる。きちんとした印象を与えるには「お願いします」が適切。
【21】会計を依頼するとき
× お愛想お願いします
○ お会計をお願いします
 「お愛想」は店側が「お勘定」の代わりに使い始めた言葉なので、客側が使うのは不適切。「お会計」「お勘定」でよい。

この人に聞きました。
山岸弘子さん
 NHK学園専任講師。NHK学園で敬語指導に当たる傍ら、航空会社の接客資料の作成や、テレビのクイズ番組の敬語問題の監修にも携わる。全国で研修・講演も行う。著書に『すぐに使えて、きちんと伝わる 敬語サクッとノート』(永岡書店)など。(日経WOMAN 藤川明日香)」(2015/04/20「電子版日経」より)

上に21の例があるが、心配になってチェックしてしまった。
結果は、・・・(大きな声では言えないが)10勝2敗、9引き分け。
2敗は「× 山本様をお連れしました」と「× お愛想お願いします」。
特に、食堂で「お愛想」とは良く使う・・・。

しゃくに障るのでNetで調べてみると、こんな記述が見付かった。
「「お愛想」という言葉は、会計時、お店側が「今日はわざわざお越しいただきましてありがとうございます。こちら、色々と不手際などございましたかもしれません。それなのに、会計のことを申し上げるなど愛想のないことで恐縮です。大変失礼いたしました。どうぞまた、これに懲りずにお越しくださいね」という意味で伝えるものです。
では、お客さん側である私たちがお店の人に「お愛想!」と言ってしまうと、どんな意味になってしまうのでしょう。
「お愛想」とお客さんが言ってしまうと
「このような愛想のない店からはもう出たいので、精算してくれ」というニュアンスになってしまう。
ここは無難に「お会計お願いします」「お勘定お願いします」という言い方にして、言葉の本来の意味合いを理解しておきたいところですね。」(
ここより)

考えてみると、「お愛想・・・」という言い方は、誰に教わったものでもない。誰かが使っていたので、それをまねて言っていただけ。
しかしそれは誤りだったのか・・・

これからは食堂で、「お勘定を・・」と言うことにしよう。
ああ人生! 何と奥深いことか!!(←オーバーだけど・・・)

150426sign<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月25日 (土)

「従来型携帯(ガラケー)の生産終了 国内各社、17年以降」

先日の日経新聞に、ガラケーの生産がいよいよ終息するという記事があった。
携帯電話の経緯が良く書かれているので、整理の意味で、読んでみよう。
従来型携帯(ガラケー)の生産終了 国内各社、17年以降
 パナソニックなど日本の携帯端末メーカーが独自の基本ソフト(OS)を載せた従来型携帯電話、通称「ガラケー」の生産を2017年以降に中止する。スマートフォン(スマホ)の普及が進み、ほぼ日本だけで通用する従来型携帯は開発が重荷になっていた。コスト削減のため、開発する全端末のOSをスマホの標準である米グーグルのアンドロイドに統一する。日本がかつてけん引した従来型携帯の基幹技術がその役割を終える。

NECは端末完全撤退
 スマホが主にタッチパネル式の画面を搭載し、様々なアプリ(応用ソフト)を取り込んで機能を拡充して使うのに対し、従来型携帯は通話やメールなどの機能に重点を置き、OSなど基幹技術を端末メーカーと通信各社が共同開発してきた。
 今回、メーカーは独自OSの携帯機種の生産を中止する。ただ、折り畳み式やボタンが付いている形状は中高年を中心に根強い人気があるため、外見や操作性が従来風の端末150425keitai1_2の生産は続けるが、実態は従来型ではなくアンドロイド機種となる。NTTドコモの「iモード」などのサービスは当面維持する。
 NECは現在、ドコモに従来型機種を供給しているが、16年3月に新規の開発をやめ、17年3月には生産も終える。既にスマホ事業も13年に中止しており、すべての携帯電話端末事業から撤退する。販売済みの製品は当面修理を受け付ける。
 富士通やシャープ、パナソニックなどの端末メーカーも相次ぎ、端末のOSをアンドロイドに切り替える。世界規模でスマホのシェアが高まるなか、従来型専用のOSや半導体を開発する意味合いが薄れたと判断。スマホ技術の全面採用で新製品開発コストを減らす狙いもある。
 メーカーの撤退を受け、ドコモも徐々に従来型機種の販売をやめ、見た目が従来型のアンドロイド機種を増やす。KDDI(au)やソフトバンクも同様の措置を取る見通し。既にKDDIが2月にシャープ製の見た目が従来型端末を発売しており、ドコモも年内に複数機種を投入すると決めている。

 日本の電機メーカーと通信各社は1990年代後半から端末の共同開発を加速。99年にはドコモが世界初の携帯を使ったインターネット接続サービス「iモード」を開始し、技術面で世界の通信・電機各社をけん引した。
 ただ、07年に米アップルが「iPhone(アイフォーン)」を発売。翌年からグーグルが世界の端末各社と組んで「アンドロイド」を投入するとスマホが一気に普及した。従来型携帯を得意としたノキアは端末事業を売却し、日本勢もリストラを強いられた。国内端末・通信各社がスマホ技術を全面採用することで、アップルとグーグルの2陣営への集約が進むことになる。」
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日本式携帯に幕 iモードなど、サービスは継続
 日本の携帯電話端末各社が「ガラケー」と呼ばれる日本独自の従来型携帯電話向けの基本ソフト(OS)や専用半導体の開発から撤退する。代わりに米グーグルのOS「アンドロイド」などを活用し、外見や操作性を従来型と近づけた端末として延命を図る。「ガラケー風」の携帯は生き残るが、端末とともにOSや半導体などを一体開発してきた日本の携帯の事業モデルは終息する。
 各社は従来型携帯向けOSの開発終了後も、アンドロイドを使って同様の携帯の開発を続ける。折り畳み式の形状で数字ボタンや十字キーで操作する使用感も維持する見通しだ。
 従来型携帯を利用するユーザー向けに「iモード」など既存のサービスも続ける。日本では150425keitai3シニア層を中心に従来型携帯の購入者がまだ半数程度いる。世界の主流はスマートフォン(スマホ)だが日本で販売をいきなりやめることはできない。消費者にとっては今まで通りの使い勝手の製品を購入・利用できる。
 これまでNECや富士通など国内大手端末メーカーとNTTドコモなど通信会社が一体となってOSや半導体などを開発し技術を蓄積してきた。今後こうした開発体制は大幅に縮小されそうだ。
 日本では1979年に始まった自動車向け携帯電話が携帯通信サービスの元祖だ。各社は端末の小型化などで米モトローラやフィンランドのノキアなど海外勢と競った。91年に小型携帯の先駆けとなる「mova(ムーバ)」を開始。巨大だった端末をポケットサイズに抑え、携帯の本格普及につなげた。
 99年にはドコモが携帯を使った世界初のインターネット接続サービス「iモード」を始めた。携帯の使い道が音声会話からデータ通信に広がり、着信メロディーや携帯向けゲームなどコンテンツ市場が成長する。
150425keitai2 転機は2007年。米アップルが「iPhone(アイフォーン)」を発売しスマホが爆発的に普及する。携帯向けコンテンツ配信もスマホの大画面やアプリ(応用ソフト)に取って代わられ、世界のコンテンツ産業も大きな変革を迫られた。日本の従来型携帯もシェアを徐々に奪われ、結果として生産撤退に追い込まれることになる。
 国内各社は今後、アンドロイドを活用して従来同様の端末を開発するものの長期的にはスマホに押される可能性が高い。世界のスマホ市場ではアップルや韓国サムスン電子、中国メーカーなどが覇権を握りつつある。
 日本勢は小型ディスプレーやカメラ用半導体などスマホ向けの部品開発で世界トップクラスにあるが、端末開発で世界をリードしてきた役割は終わる。世界のIT(情報技術)市場では米グーグルや人脈サイト最大手のフェイスブックなどスマホ向けサービスやアプリが力を増している。国内各社はスマホ生産を支える部品産業の競争力を高めると同時にネットサービスやアプリなどの新産業の育成が急務になる。」(2015/04/24付「日経新聞」p1、p3より)

携帯事業は“生もの”と言われてきたが、まさにその通り。上の2002年と2013年のシェアを見ると一目瞭然。10年前に2割のトップシェアだったNECが撤退・・・。そして、東芝、三菱、三洋も、とっくに撤退。2002年に2位だったパナソニックも「その他」に落ちているようだ。

それにしても“生もの”はメーカーにとっては、やっかいな存在。ゲーム機も同じだが、当たれば爆発的に売れ、当たらなければ膨大は開発費が回収できない。
思い起こすと、最盛時は24時間稼働の派遣社員で、5000人くらいまで増えた自分の知っている携帯電話の工場も、今は跡形もない。

しかし「ガラケー」タイプが、まだ半数以上を占めているとは、これまた意外。まだまだ健在・・・。まあ、使う方からすれば、キーが欲しいのであって、中味がアンドロイドであろうが構わない。
それにしても、「日本がかつてけん引した従来型携帯の基幹技術がその役割を終える。」という文言が寂しい。でもこれは、かつて世界を席巻したノキアの凋落を見れば、仕方がないことかも・・・。
「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらはす」という言葉もあるので・・・

いつでもどこでも、という意味で使われていた「ユビキタス」という言葉も死語になった。つまり、それが当たり前の社会になってしまったから・・・
しかし・・・・。
前にも書いたが(ここ)、便利なツールはそれに“使われる”のではなく、“使いこなし”たいものである。

150425saikai<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月24日 (金)

梓みちよの「リンデンバウムの歌」

最近、こんな静かな歌が流れない。たまに聞くと、しみじみとする。

<梓みちよの「リンデンバウムの歌」>

「リンデンバウムの歌」
 作詞:岩谷時子
 作曲:山本直純

リンデンバウムの大きな幹に
愛の言葉を彫ってきた
リンデンバウムのみどりの木陰
勿忘草(わすれなぐさ)が咲いていた
牧笛(つのぶえ)がわたる夕べの空
ふたりの愛の星がのぼってくる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

リンデンバウムの繁みのなかで
森の泉がわいていた
リンデンバウムに夜がくるとき
夜鶯(ナイチンゲール)がないていた
ともしびがゆれる水のほとり
たのしい恋の歌が聞こえてくる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

リンデンバウムの月のあかりに
いつもあなたを待っていた
リンデンバウムは 私のほほに
つたう涙を知っていた
森かげに憩う旅人たち
なつかしい故里を夢みてる
私の好きな 好きなひと
私の甘いくちづけ あなただけに

この歌は、昭和39年(1964年)10月の発売だというから古い。もう半世紀も前の歌。でも決して、古臭くない。

ところで、「リンデンバウム」ってどんな花?とNetで探すと、本名は「セイヨウシナノキ」で別名を「リンデンバウム」と言うらしい。
またシューベルトの歌曲『菩提樹』(歌曲集『冬の旅』)で有名だというので、Netで見たら、この「菩提樹」の原題は「Der Lindenbaum」・・・。ん? 「リンデンバウム」=「菩提樹」??

ここ)によると、
「リンデ(和名:セイヨウボダイジュ=シナノキ科)は、釈迦がその下で悟りを開いた木、いわゆる菩提樹(和名:インドボダイジュ=クワ科)とは無縁の植物であり、ドイツでは仏教とは無関係に古代ゲルマン時代から親しまれてきた木である。」

リンデLinde
Lindenbaum(リンデンバウム=リンデの木)も同じ。その名は樹皮がしなやかであることに由来するという。和名:セイヨウボダイジュ(洋種菩提樹とも)。
冷温帯である欧州中部から南部の一帯にわたって分布するシナノキ科の落葉高木で、日150424lindenbaum1本で菩提樹と呼ばれる中国原産の樹木の近縁種。本来の菩提樹であるインドボダイジュとは全く異なる植物だが、その背景には、仏教がインドから中国にもたらされたとき、聖木のインドボダイジュ(クワ科)が熱帯植物なので、気温の低い中国では育たないための代用として、葉の形がやや似たシナノキ科の樹木が植えられて菩提樹と称され、さらにそれが臨済宗の僧、栄西により1168年に日本にもたらされたという経緯がある。
英名はLime tree(ライムの木)だが、もちろんライムでも柑橘類でもなく(ドイツもイギリスも柑橘類の北限以北)Linde treeが訛ったものであるらしい。よくよく名前を間違えられる木のようです。米名はLinden(リンデン)。」

この歌詞の「リンデンバウム」は、仏教の「菩提樹」ではないな。「ドイツでは古くから愛の象徴」だという「セイヨウボダイジュ」だな・・・

ともあれ、何とも優しい癒される歌ではある。

150424aisatsu<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月23日 (木)

新聞における「算用数字」と「漢数字」の使い分け

先日、朝日新聞にこんな記事があった。
「紙面を見ると、算用数字と漢数字が混在しています。どういう基準で使い分けているのでしょうか。(大阪府 無職女性 74歳)

 ■原則は「洋」 変化しない数字は「漢」
 現在、朝日新聞の数字の表記は洋数字(算用数字)を原則としています。漢数字との使い分けは、非常に大ざっぱに言うと「数量など変化するものは洋数字、変わらないものは漢数字」で、縦書きも横書きも同様です。
 日付は「1日、2日、……」と変わり得るので洋数字です。一方「一日中忙しかった」は「二日中~」などとは言わないので漢数字で、他にも「一匹おおかみ」「一を聞いて十を知る」など、慣用句やことわざに出てくる数字は漢数字を使います。
 ただし、変わり得る場合も漢数字のものがあります。囲碁、将棋の段位や歌舞伎、落語など古典芸能の「四代目中村鴈治郎」などです。「一つ、二つ」など「つ」を付ける場合も漢数字です。2001年に洋数字化した当初は「1つ、2つ」も認めたのですが「違和感がある」との声があり、漢数字に統一しました。
 使い分けの例を幾つか挙げてみます。「一人前の職人」は慣用句で変わらないので漢数字、「1人前の料理」は「2人前、3人前、……」もあるので洋数字です。「群衆の一人が話した」は人数が問題なのではなく「群衆の中の、とある人」という意味なので漢数字、「家族4人のうちの1人が話した」は「4人のうち何人話したか」が問題なので洋数字です。
 他の新聞の多くも洋数字中心の表記になっていますが、漢数字から移行した時期は毎日が1996年、読売が2005年などと違いがありました。(用語幹事補佐・八尋正史)」(2015/04/17付「朝日新聞」p37より)

なるほど・・・。
当blogでもこれに倣うとしよう・・・
(当サイトでの、最短記録の記事であ~る)

150423byte<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月22日 (水)

「完治せずとも穏やかな人生」

どうもこんな記事が気になる。先日の日経新聞にこんな記事があった。
完治せずとも穏やかな人生
 滋賀県東近江市で、自宅のベッドに横たわる98歳の女性。1週間前から寝たきりとなり、前日から食事もほとんどとれなくなった。3月上旬のことだ。
 往診に来た永源寺診療所の医師、花戸貴司所長(44)が問いかける。「病院行こうか? 家にいたい?」「……ここがええんや」。かすかにまぶたを開けた女性が答えた。
 近くに住む孫(44)も「家族で最期の時間を大切に過ごしたい」。花戸所長は苦痛をとるための方法などを訪問看護師や薬剤師、介護ヘルパーらと話し合った。2日後、女性は自宅で静かに息を引き取った。

過剰な治療せず
 診療所がある東近江市の永源寺地区は人口約6千人の3割以上を高齢者が占める。自宅で最期を迎えることを9割が希望し、半数が実現している。「家族にとっても命や人生の役割について深く考えるきっかけになる」と花戸所長はいう。
 兵庫県尼崎市の長尾クリニックの長尾和宏院長(56)はこれまでに約800人を在宅でみとった。過剰な投薬や治療をやめ、穏やかな最期を迎える「平穏死」を実践する。
 ただ、あらゆる治療に消極的なわけではない。長尾院長は、胃に穴を開けてチューブで栄養剤などを入れる胃瘻(いろう)を勧めることもある。胃瘻は「不要な延命措置」の代表ととられがちだが、「治さないといけないものと、そうでないものを、はっきり説明したうえで対応する必要がある」という。
 「まあまあ型」と「とことん型」。近年、医療現場でこんな言葉がしばしば聞かれる。
 病気の完治を目指す「とことん」に対し、完治せずとも地域で生活ができるようにする「ま150422nikkeiあまあ」。病院経営管理などが専門の高橋泰・国際医療福祉大教授は「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」と指摘する。ところが「現在の日本には『とことん』型を提供しようとする病院が多い」ことが問題とみる。
 将来推計人口などによると、2010年からの30年間で75歳以上の人が800万人増え、税金や保険料などで医療費を支える65歳未満は3千万人減る。毎年1兆円ずつ増え続ける社会保障費をどう抑制するか。一つの解が「まあまあ」と「とことん」の使い分けだ。

患者の声に配慮
 「とことん」「まあまあ」を提唱した永生病院(東京都八王子市)の安藤高朗理事長によると、カギを握るのは患者のトリアージ(治療の優先度を決める緊急度判定)だ。病状に加えて本人や家族の希望を聞き、高度な専門医のもとで徹底的に治療するか、慢性期対応の病院などでじっくりみてもらうかを決める。安藤理事長は「最終的には患者本人の意思が優先される。どう生きたいのか考えておくことが重要だ」と話す。
 日本の医療は、すべての患者を100%健康にする目標に向かって進んできた。しかしその限界は見え始めている。年齢ピラミッドの変化に合わせ、限られた医療資源をどう分配するか。患者側にも「まあまあ」を受け入れる意識改革が必要だ。持続可能な医療の設計図を描くために一歩を踏み出す時は今しかない。」(2015/04/20付「日経新聞」p1より)

先日、同期の連中数人で集まったとき、「(今年はもう)68だぜ・・・」「もういいか・・・」「いや、70までは・・・」という話になった。
もう「お迎え」の話題が出る歳になってしまった。

上の記事は、人生、何年生きたら「ま、いいか」になるのかを教えてくれる。
つまり、「とことん型」は、“まだまだ(生き)足りない!” 「まあまあ型」は“(充分生きたので)ま、いいか”か・・・
それが「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」というのだから、我々もあと7~8年!? これは意外と短い・・・

我が家では、カミさんとお互いの終末期の迎え方について良く話しをする。「とことん型」で、イチかバチかの治療を提示されたとき、どう判断するか・・・。つまり、手術をすれば*割は治る可能性があるが、*割は、かえって寝たきりになってしまう可能性がある。と言われたとき、踏み出すかどうか・・・
寝たきりも、意識がちゃんとある場合と、意識はあるとしても認知症が進んでしまう時とがある。
カミさんは「ちゃんとした施設を探してあげるから・・」と言う。「冗談じゃない!オレは自宅がいいんだ!」と言ったものの、認知症になったら、とても自宅での介護はムリ・・・。
それはお袋と義母を施設で送ったことで体験済み。よって、それは仕方がないと思う。しかしそれは正常な意識がないことが条件・・・。シラフでは、一人で施設に行くのは、とても耐えられないな・・・

自分は、やはり75を過ぎれば「まあまあ型」を選ぶ気がする。そして、もし80を迎えられれば、かえって認知症も良いかもと・・・と。これはカミさんの「アナタは気が弱いから、認知症になった方が死の恐怖が無くなるので良いかも・・・」との言葉に同意しての気持ち・・・。

ここ1年で相次いで亡くなったお袋も義母も、認知症がある程度進んでいたので、少なくても死の恐怖は無かった。それは良かった・・・
しかし認知症でも、おとなしい認知症ならともかく、騒いで、身体拘束されるかも知れず・・・。
考えただけでゾッとする・・・

身近な話として、我が家の愛犬・メイ子も、老境に入っているらしい。食事が不規則。食べたり食べなかったり・・・。今までは1日2回のエサをサボったことなど無かったのに・・・
何を考えているのか・・。それが分からないだけに切ない。 メイ子も“その時”は、たぶん何も考えずに「あれ? 何かヘンだよ、おかあさん・・・」で死んでしまうのだろう。
少なくても、死の恐怖については、メイ子の方が幸せな気がするこの頃である。

150422nigakunai<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月21日 (火)

神奈川県~猫、初の殺処分ゼロ達成

先日カミさんがテレビで、神奈川県の猫の殺処分ゼロを達成したというニュースを見ていて(ここ)、「やれば出来る」と、記事に取り上げて欲しいと言う・・・。
Netで検索すると、「神奈川新聞」の記事が一番詳しい。

猫、初の殺処分ゼロ達成 飼育や里親ヘボランティア尽力
 県は16日、2 0 14年度に県動物保護センター(平塚市)に収容された猫の殺処分が初めてゼロを達成したと発表した。猫は多産で外飼いが多く、持ち込まれる子猫が多いため、殺処分ゼロが難しいと言われるが、ボランティア団体が一時飼育や里親探しに尽力した。県によると、都道府県レベルでは初めて。
同センターは、犬の殺処分ゼロも13、14年度と2年連続で達成した。
150421kanagawa2 県によると、横浜、川崎、横須賀の3市以外から動物が持ち込まれる同センターは、14年度に猫を595匹収容。このうち、492匹をセンターの登録ボランティア(42団体・個人)が引き取ったほか、譲渡会で県民が22匹を譲り受け、1匹が飼い主に戻った。収容中の病死もあったが、13年度に398匹あった殺処分は行わなかった。
 特にボランティアが引き取り数を前年度の167匹から3倍近く増やした。県は「犬の殺処分ゼロに刺激され、相当に頑張って引き取り、新しい飼い主を探す活動を懸命にやってくれた」としている。
 県は、猫殺処分ゼロの継続を目指し、県民に対し▽子猫の収容数を減らすための飼い猫の避妊・去勢手術▽離乳前の子猫の引き取り、などをさらに呼び掛けていく。
 築40年以上たち老朽化した同センターの施設改善も検討。有識者でつくる検討会が今月スタートしており、収容犬のストレスを軽減して里親が見つかりやすいようにするための飼育スペースの個室化や、県の動物愛護行政のあり方に関して夏ごろに結論を出す予定。
150421kanagawa1 丸くなって眠る猫、爪を研ぐ猫、跳び回る猫…。多くが、県動物保護センターから引き取られ、殺処分を免れた猫だ。相模原市中央区の猫保護シェルター「たんぽぽの里」。その数、現在70匹以上。16日夕は、女性ボランティアが1人で掃除や猫の遊び相手を担っていた。「捨てられて人間不信になった猫もいる。『人は怖くない』と教えてあげるのも大切なこと」
 一つの命も殺さない-。その意志で2014年度、同センターから成猫32匹、幼猫133匹を引き取った。これ以外に飼い主から直接受け入れた猫は一時保護も含めて200匹を超える。
 石丸雅代代表にとって念願の殺処分ゼロ達成だが、わずかなボランティアだけで継続していくには限界があることも認識している。続けるには「広く市民が意識を共有することが不可欠」と指摘する。
 例えば、「野良猫が子猫を産まないよう、地域が進んで避妊・去勢手術を施すこと。猫を飼う場合も、最後まで面倒を見られるのかよく考えること」。成猫の場合、飼い主の引っ越しや出産、高齢化などによって飼い続けられなくなるなど、人間の事情によるケースがほとんどだ。ボランティアたちは、引き取った猫の新たな里親に対して飼育方法を説明するなどして飼育の定着に努めている。

 それでも、同センターへの持ち込みはなくならず、昨年度は595匹だった。安易に猫を手放す飼い主が後を絶たない中で、独自の策を講じる自治体もある。千葉県は4月に施行した動物愛護管理条例で、飼育できなくなったら他の飼い主に譲渡することや、適正に飼育できない場合は飼わないことなどを県民に求めている。
 石丸代表は「達成はゴールではなく、スタート。殺処分をしないためにどうするか、皆で考えるきっかけにしてほしい」と重ねて強調した。」(
2015/04/17付「神奈川新聞」(ここ)より)

この問題は、「いのち」をどう捉えるかを我々に投げかけてくる。
「命は地球より重い」という言葉があったな…と思って検索してみると、wikiに「1977年9月28日に、日本赤軍が起こしたダッカ日航機ハイジャック事件で、日本政府は10月1日に福田赳夫内閣総理大臣(当時)が「一人の生命は地球より重い」と述べて、身代金600万ドルの支払いおよび、超法規的措置として獄中メンバーなどの引き渡しを決断。」とあった。
そうか…。あくまでも重いのは「人の命」であって、動物の命は対象ではなかった。つまり動物の命は、人間にとって重くない??

子どもはよく虫を殺す。これを止めるべきか?という議論があり、あるテレビで先生が、子どもが虫を殺すのは普通のことで、それで生死を学んでいく、と言っていた。
しかし、その対象が虫ではなく身近な犬や猫だと、オトナでもたじろぐ。“要らなくなって”、例え自分で殺さないとしても、自分で処置する事が出来ず、殺されると分かっていながら、市役所に持ち込む事になる。
でもそれも、遠回りの殺し・・・

散歩の時に、よく居眠りをしている野良猫を見かける。そしていつも話す。「いったいどこで食べ物を見付け、どこで水を飲んでいるのだろう・・・」と。
どこかの家で、野良猫に食べ物を与えているのかも知れない。あるいは、食べていないのかも・・・。でも猫はちゃんと生きている。
原理的に、野良猫がいれば、子猫も生まれる。人が何もしなくても、野良猫がいるだけで、それは増えていく。すると野良猫一掃が必要になる??

それにしても神奈川県の取り組みは、素晴らしい。2年前に1000匹もいた殺処分がゼロとは・・・。
費用的にも、殺処分が一番効率的。それを、手間暇を掛けて、命を救っているのだという。これは自治体として、相当な意志が必要だし、費用的にも県民の理解が必要だ。もちろん、ボランティアさんにとっても、大変な作業であり、永久に続けられる仕組みとも思えない。

この動きを、「いのちの大切さ」という視点で見守りたい。そして、広く多くの自治体が後を追うことを期待したい。

●メモ:カウント~720万

150521kanasibari<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月18日 (土)

「車のリモコンキー、なぜ間違わない?」~防げない不正送金

車のリモコンは、つくづく頭が良いと思う。先日、その解説があった。
「(ののちゃんのDO科学)車のリモコンキー、なぜ間違わない?
 ■解除電波に「合言葉」が乗ってるの
 ののちゃん 最近の車はキーをドアの穴に差し込まなくても、ボタンを押すだけでカギが開くね。
 藤原先生 ボタンを押すと「ロックを解除しなさい」という命令の電波が出るの。10メートルぐらいは届くわ。エアコンやテレビのリモコンをイメージすればいいわ。
 のの テレビがたくさん並んでいる電器屋さんでリモコンを押したら、隣のテレビのチャンネルまで変わってしまったことがあるよ。同じ車種の車だと間違ってカギが開いちゃう心配はないのかな。
 先生 それはないわ。さて、どういう仕組みでしょう?
 のの わかった。ラジオなら放送局ごとに書いてある数字が違うもん。「80.0」とか「954」とか。その数字が違うんでしょ。
 先生 周波数のことね。電波が1秒間に振動する数をもとにした数字でふつうはヘルツという単位を使うわ。確かにラジオで使われている電波は局ごとに周波数が違うけど、実は車のキーの電波は315メガヘルツ前後で、だいたいどこも同じなの。
 のの ええ! ならどうやって?
 先生 「ドアを開けなさい」という命令とは別に、車に割り振られた登録番号(ID)の情報を150418nono電波に乗せて送っているの。あるメーカーでは「0」か「1」かで32桁分のIDがあるというわ。約43億通りにもなるの。車がそのIDを覚えていて、一致しないとドアは開かないの。
 のの うーん、むつかしい。
 先生 ラジオで流れる言葉をイメージして。周波数が同じでも話の中身はいつも違うでしょう。電波の中に互いしか知らない「合言葉」が入っていて、それを言ったときだけドアを開けてくれる仕組みなの。
 のの 合言葉がバレるとドアが開けられてしまいそうだな。
 先生 特殊な機器を使えば、車のキーの電波を「盗聴」することもできなくはないわ。そこで最近はIDとは別にボタンを押す度に変わっていくパスワードを潜ませてあるの。車の方は、どういう法則でパスワードが変わっていくかを知っているから毎回変わっても大丈夫なの。
 のの この前乗った車はドアに手をかざしただけでカギが開いたよ。
 先生 これは手をかざすとまずドアから弱い電波が出る仕組みなの。通常、315メガヘルツとは別の周波数の電波を使うわ。ドアから80センチぐらいの範囲にキーがあると、その電波を受信したキーから「ドアを開けなさい」という返事の電波が出るの。トランクの中にキーを忘れたまま閉めても大丈夫な「閉じ込め防止機能」がついた車もある。トランクを閉めた瞬間に電波が出て、トランクにキーがあるとわかると自動的にロックが解除されるの。
 のの 先生より頭がいいとか?
 先生 それにはまだ及ばないわ。(取材協力=日産自動車電子技術開発本部の大平桂慈さん、構成=行方史郎)」(2015/04/11付「朝日新聞」e6より)

車のリモコンでスゴイと思うのは、キーの場所を認識している所。つまり、車内にキーを置いたままにすると、警告が出るし、トランクも同じ。ドアの内外の、たった数センチをも区別している。これはもの凄く頭が良い。
でも、良く電池が切れる。よって、我が家ではいつ電池が切れても良いように、100円ショップで買った電池をダッシュボードに入れてある。これで安心・・

話は変わるが、究極のパスワートと思っていたワンタイムパスワードが、無力になる被害が出ているそうだ。
ワンタイムパスワードでも被害 不正送金の新ウイルス
 インターネットバンキングで不正送金させる新型ウイルスに、国内で約4万4千台のパソコンが感染していた。警視庁が10日、発表した。大手銀行が導入した、取引ごとにパスワードが変わる仕組みを利用していても被害が出ていた。警視庁は指令を出す海外のサーバーを突き止め、ウイルスの無力化を始めた。
150418pw サイバー犯罪対策課によると、ウイルス感染したパソコンに指令を出すサーバーの一つを特定し、接続情報を収集。今年2~3月の1カ月間で約8万2千台の感染を確認した。うち約3万8千台は国外で、感染はその後も1週間に数千台規模で広がっているという。
 ウイルスは、改ざんしたウェブサイトの閲覧などでパソコンに侵入。感染後は利用者に気づかれずに外部から遠隔操作が可能となる。利用者がネットバンキングにログインしたのを検知すると、偽の手続き画面を表示させてパスワードの入力を誘導。「読み込んでいます」などと表示する間に自動的に不正送金する。
 同課はセキュリティー大手と新たなシステムを開発。感染したパソコンがこの外部サーバーに接続した際に、不正送金を指示するデータの代わりに無害なデータを取得させ、ウイルスが働かないようにする取り組みを今月から始めた。
150418pw1 従来のウイルスは、盗んだパスワードで犯人が利用者になりすまして送金していた。そのため、各行はログインごとに異なる「ワンタイムパスワード」を導入。だが新型ウイルスでは、それでも防げない事例が三井住友や三菱東京UFJなどで確認されている。
 警察庁によると、昨年1年間全体の不正送金被害は1876件、約29億1千万円で過去最悪を記録した。(津田六平)」(2015/04/10付「朝日新聞」より)(
写真は同「毎日新聞」(ここ)他より)

この仕組みを見ると、まさにお手上げ。本人はワンタイムパスワードを使って、安心してログインしているつもりが、裏で誰かが振込先と金額を入れている。銀行から「操作された」というメールが来ても、自分は操作しているのだから不信に思わない。残金を見たり、振込先から「入金されない」という連絡が来るまで、不正送金されていることが分からない。
自衛の対策として、銀行の一回当たりの送金金額を低く抑えるとかが必要になってくるが、上の例などでは、銀行はどこまで補償してくれるのだろう・・・
それにしても、つくづく“究極の対策“というのは無いのだ・・・と思う。

車の開閉などなら、それほど被害は大きくないが、これからのマイナンバーなど、たぶんどう対策をしても破られるであろう仕組みが、次々にリリースされていく。すると、破られる前提で全てを考えなければならない・・・。ま、税金含め、隠したい項目が無い自分など、どうでも良いけど・・・(おっと、今日は車のキーの話だった・・・)

150418okan<付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年4月16日 (木)

ニトリ・似鳥昭雄社長の日経「私の履歴書」

先日、朝起きて居間に行くと、コタツの上に新聞が大きく開かれていた。「何だ!読みっぱ140416gendaiなしで」と片付けたら、カミさんが「これを見せたかったの」と言って紙面を指す。
「週刊現代」の広告に、「日経新聞の連載が「面白すぎる」と大評判・ニトリ社長に聞いた「私の履歴書」ホントのところ」という見出し。

実はこの連載、非常にユニークだったので、内容をカミさんに話したことがあり、それでこの広告にカミさんが気が付いたらしい。
今月(2015年4月)の、ニトリ創業者・似鳥昭雄社長の「私の履歴書」は、異例ずくめ。もう半月を過ぎたが、まだ成功の段階に至っていない。

その前半のハチャメチャ人生を、少し抜粋すると・・・
「子供だった昭和20年代は本当に過酷だった。とにかくちょっとでもへまをすると両親からは殴られる。今の時代なら虐待ととられるかもしれない。空腹のあまり「もっと食べたい」なんて言ったら、味噌汁をぶっかけられ、ぶん殴られた。
 父からも月に一回ぐらい、気絶するまでなぐられた。熱があっても手伝いは休めない。逆に「気が抜けている」とひどく怒られる。だから頭はいつもコブだらけだった。「これは愛のムチだ」なんて、考えたことはない。それが当たり前だし、疑問には思わなかった。しかも食器が飛び交う激しい夫婦げんかも絶えなかった。勝つのは腕っ節が強い母だ。」(3回より)

「家では殴られながらこき使われ、学校でも悲惨な目に遭っていた。小学生時代はまさにいじめられっ子。ヤミ米屋だったものだから、「ヤミ屋、ヤミ屋」としょっちゅうののしられた。クラスでも有数の貧乏一家で、着ている衣服はつぎはぎだらけ。体も小さく、トイレに呼びつけられてやはり殴られる。」
「当然勉強はできない。のみ込みが悪く、先生が何を言っているのか分からない。だから通信簿も5段階の1か2ばかり。」(4回より)

「中学校の時、北海道大学の職員が住む住宅地へヤミ米を配達しているときの話だ。札幌市内を流れる創成川沿いでばったりと同級生たちと出くわした。嫌な予感が走ったが、もう避けられない。同級生たちは自転車もろとも川に突き落とした。頭から突っ込んでいれば死んでいただろう。
 どろどろの姿で家に帰ると、母は驚きながらこういった。「米はどうしたの」。私はいたずらされ、川に突き落とされたことを話すと「落ちた米を拾ってこい」という。まるで漫画のような世界だが、仕方がないので創成川に戻り、どろどろの米を持ち帰った。それを食べたのは言うまでもない。」
「中学校時代も勉強は相変わらず。先生の言うことが頭に入ってこないので、授業中は漫画ばかりを書いていた。当然高校入試はことごとく落ちた。最後のとりでは北海道工業高校(現在の北海道尚志学園高校)。ここを落ちたら全滅だが、やはり不合格だった。
 私は「何か手を打たなくては」と考えた。ヤミ米の販売先の友人が北海道工業高校の校長先生だった。夜中に米1俵を届け、「何としてでも合格したいんです」と訴えた。そのおかげかどうかは分からない。補欠合格となった。」
「成績は相変わらず悪い。1年生60人中、成績は58番目。ところが私より下だった2人は程なくやめてしまう。学年どん尻が私の定位置となった。」(5回より)

「そんな短大生活も終わりを迎えた。やはりもう少し大学生活を満喫したい。そこで編入試験を受けたのが北海学園大学だ。当時から道内の私立大学ではトップクラスで、憧れていた。もちろん自分の実力ではとうてい入れない。試験科目は英語と経済学。そこでカンニングを思いついた。英語は編入試験を受ける同じ短大の友人に任せ、経済学は「俺がやる」と決めた。
 ところが英語を担当する友人が問題を解くのに必死で、見せてくれない。一方、経済学の試験内容は「マルクスレーニン主義について知っていることを書け」。私も必死で書いたが、教える余裕などなかった。おかげで英語はさっぱりだった。
結果は私が合格し、友人は落ちた。飛び上がって喜んだ。私の点数は経済学が70点で、英語は5点。両方で70点が合格ラインだった。友人は「なんでおまえが受かるんだ」と愚痴る。それまでとにかくいじめられ、バカにされてきたため、周囲を見返すつもりで北海学園大学には入りたかった。」(6回より)

「名門大学へ入ってもこんな調子で、品格もへったくれもない。アルバイトでは夜のスナックで客の未払い金の「取り立て屋」をしたことがあった。当時は高倉健や菅原文太らの任侠映画の時代。私は浴衣を着て、「その筋の人」を演じる。
 近所に住む弟分を引き連れ、ツケを払わない客の元へ出向く。「ごめんなすって」。もちろんなかなか支払いに応じようとはしない。そこで弟分が暴れる。そして兄貴役の私が「お客さんは払わないとは言ってないだろう」となだめ役に回る。するとたいていの客は払ってくれる。スナックのママは「どうやって回収したの」と驚き、取り立てたお金の半分をもらった。
 あとはパチンコ、ビリヤードにスマートボール。特にビリヤードには自信があり、ハスラーとしてずいぶん稼いだ。この頃、家出して大通公園をうろつく女性が増えてたので、仕事のあっせんをして紹介料をもらっていた。」(7回より)

「契約も取れないまま。ノルマが達成できない他の新入社員は相次ぎ辞めさせられた。私も解雇の対象だが、一つだけ生き残る道を見いだした。花札だ。
 所長が大の花札好きで、毎日のように所長室に呼ばれ、朝方まで付き合わされる。実は花札は得意中の得意で、ほぼ所長を負かしていた。私へのツケは3カ月分の給料に相当する金額になり、催促しても払ってもらえない。私はこう言い放った。「クビの時は借金を返してくださいよ」
 6カ月が過ぎた。契約は相変わらず取れない私だが、花札のおかげで辞めさせられない。ところが本社がこのことに気づき、所長に解雇するように伝えた。所長は私へのツケをどこかで工面し、「悪いけど、これで辞めてくれ」とお金を渡され、ついに解雇されてしまった。」(8回より)

「2カ月後、滝川市で10人ぐらいの水道工事の現場監督をするようになった。主に上水道と家庭を結ぶのが仕事だ。
 監督になったのはいいが、現場作業員をまとめるのが大変だった。昔からの似鳥コンクリートで働く社員もいるが、半分は東北など各地から集まる季節労働者だ。そのリーダー格は体中に入れ墨を彫り、100キロはある巨漢だった。昼間から酒を飲み、面倒な仕事は避ける。昔からいる作業員は当然不満も生まれる。
 ちょっと不満があると季節工たちはストライキに入る。そこでリーダーに「みんなと同じように仕事をしてくれないか」と頼んだ。すると「文句があるなら部下たちを引き揚げるぞ」と脅す。「どうしたら言うことを聞いてくれるのか」と聞くと、「力比べ、相撲、花札、酒で全部勝ったらな」という。
 花札、酒なら勝てるかもしれない。相撲は得意だが、相手は大きい。まず花札は勝った。力比べは70~80キロの石を持ち、何歩歩けるのかという競争だ。石を運ぶのは仕事で慣れており、勝利。そして相撲だ。体重は65キロしかないが、奇跡的に勝てた。次は酒飲み競争。こちらは勝負がつかず、引き分けた。すると親分は「大学出の割にやるじゃないか。言うことは聞いてやる」と言い、和解できた。
 これには生えぬき社員も感心してくれた。道内のどこの現場よりチームはまとまり、仕事のスピードはどこより速く、利益率も群を抜いた。」(9回より)

「1967年(昭和42年)12月に開業した「似鳥家具卸センター北支店」だが、4カ月たっても、売り上げは全く伸びない。・・・
 窮状を見かねた母がある日、こんな提案をしてきた。「結婚すればいい。そうすれば炊事洗濯だけでなく、販売も配送も手伝ってくれる」と言う。好きな女性を連れてこいと言うので、大学時代からの知り合いでお気に入りの女性を母に紹介した。すると母はこう言う。「あの子はいい娘さんね。でも美人はお客さんから嫉妬されるから」と認めず、「愛嬌があり、丈夫で長持ちする人を連れてきなさい」と言う。
 お見合いの数はわずか数カ月間で7回。ただ、こちらが気に入っても「長時間労働で親と同居」という過酷な条件で結婚してもらえる人は少ない。その年の春、8回目のお見合いで出会ったのが今の家内の百百代(ももよ)だ。
 百百代は北海道興部(おこっぺ)町出身で、札幌市の洋裁学校で勉強し、妹とアパートに住んでいた。その大家が母の友人という関係から縁が生まれた。2回ほど会ったが、百百代は「好きな人がいる」と断ってきた。実は結婚するには早すぎるという理由だった。あるとき実家に戻ったところ、なぜか百百代が父と母と一緒にいる。どうやら両親の眼鏡にかなったようだ。
 父は「いいお嬢さんじゃないか。結婚しろよ」と迫る。断ってきたのは相手のはずだが、百百代は父母の熱心な説得に応じて、実家を訪ねてきたという。何より家具店を切り盛りすることに興味を覚えたそうだ。両親は「朝までに返事しろ」と強硬で、結局結婚を決めた。24歳の私と20歳の百百代は68年6月16日、札幌ロイヤルホテルで式を挙げた。結婚式を含め、2人で会ったのはたったの3回だ。
 家内は愛想がいいだけでない。何でも高校時代は「女番長」だったそうで、度胸も満点。商売上手で年間700万円の売上高が採算ラインだったが、結婚1年目から1000万円に達した。居住スペースだった2階も売り場にして2年目には1500万円にまで伸びた。
 私は配達と仕入れに専念できた。実はこの役割分担が似鳥家具センターが成長する原動力になった。もし私が販売がうまかったら、ただの優良店に終わっていた。私が仕入れや物流、店作りに集中したことで企業として羽ばたくことができたわけだから。」(11回より)

「だが麻生店が開店した頃、地元百貨店の家具売り場の責任者を営業部長としてスカウトしたところ、再び会社倒産の危機を迎えた。営業部長が仕入れ価格を水増しして、自分の懐に入れていたのだ。大事な業務をあっさり新参者に任せてしまう私は本当に脇が甘い。店頭価格がじわり上昇し、客足も低下。売り上げは下降線をたどった。
 ある取引先から「お宅の営業部長から賄賂を要求されて困っている」という話を聞いた。実際に賄賂を断った問屋は打ち切られていく。一度問い詰めたら、「会社のためにやっているのに、なぜそんなことを言うのか」と逆ギレしてくる。昼間から札幌競馬場をうろつき、競馬三昧。さらにひどい話がある。勝手に会社の商品を札幌から離れた石狩市などで売っていたのだ。
 社内犯罪の根は深かった。営業部長だけではなく、20人の社員のうち、私と身内、一部の社員を除く16人が連座していた。ある夜、私の家に酔っ払った営業部長がやってきて、ドアをどんどん蹴る。家に上げると「俺を疑っているらしいが、証拠がないだろう。逆らったら会社をつぶすぞ」と脅す。私と家内は目の前に座らされる。たまたま家にあった洋酒「ナポレオン」もすべて飲み干された。米国視察時に奮発して買った楽しみだったのに。
 私と営業部長は社内の味方を増やそうと、お互いに社員に飲ませ食わせの大盤振る舞いをした。もう奪い合いだ。すると調子に乗った社員たちは「懇親会を開きたいのですが」と飲み代を請求してくる。断ることもできず、交際費はうなぎ登りだ。眠れない日々が続いた。店の販売員も売り上げを懐に入れる始末。再び資金繰りの危機を迎えた。「これはつぶれる」。このままつぶれたら一生後悔する。やるだけやってつぶれてやろうと腹をくくった。」(15回より)

ついつい面白くて、長くなってしまった・・・
「人の不幸は蜜の味」という。他人の不幸話は、聞いていて楽しい!!優越感に浸れるから・・?
でも、このニトリ社長の話は、少々度が過ぎている。ここまで赤裸々に自分のネガティブな過去をさらけ出せるものだろうか・・・。何のてらいも屈託もなく、伸び伸びと自分の敗北の(?)前半生を振り返っている。

自分も今までたくさんの「私の履歴書」を読んできた。しかし、ここまで敗戦を書き連ねた例は知らない。こんな話を読んでいると、かえって氏のこれから語る“底抜けの自信”を感じてしまう。最後の逆転劇があるからこそ、自信を持ってこんな敗戦談が書けるのだろう。
Netで検索しても、氏の経歴については、あまり記載が見つからない。wikiにも記載は少ない。
ともあれ、いつから反撃に出て来るのか・・・。今朝の16回目を読むと、いよいよ反撃かな・・・とも感じるが、“予断を許さない”!?
月も半ばを過ぎた。後半の“つまらない成功談”を楽しみに読む事にしよう。

150416post<付録>「ボケて(bokete)」より

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