2018年5月25日 (金)

樹木希林の「人生、上出来でございました」

今朝の朝日新聞に、、楽しみにしていた樹木希林さんのコラムがあった。最終回である。

「(語る 人生の贈りもの)樹木希林:14 人生、上出来でございました
 ■役者・樹木希林
 《今年1月で樹木さんは75歳になった》
 後期高齢者の仲間入りね。ここまで十分生かしてもらったなあ、って思います。私、自分の身体は自分のものだと考えていました。とんでもない。この身体は借りものなんですよね。最近、そう思うようになりました。借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と。
180525kikikirinn  ところが、若い頃からずっと、わがもの顔で使ってきましたからね。ぞんざいに扱いすぎました。今ごろになって「ごめんなさいね」と謝っても、もう遅いわね。
 「人間いつかは死ぬ」とよく言われます。これだけ長くがんと付き合っているとね、「いつかは死ぬ」じゃなくて「いつでも死ぬ」という感覚なんです。でも、借りていたものをお返しするんだと考えると、すごく楽ですよね。
 人から見ると、それを「覚悟」と言うのかもしれませんね。でも「覚悟」が決まっているということでもないの。だからといって、グラグラしているわけじゃない。現在まで、それなりに生きてきたように、それなりに死んでいくんだなって感じでしょうか。
 夫の内田裕也もね、大変な思いもしたけれど、ああいう人とかかわったというのは、偶然じゃないという気がしてきたの。ほとんど一緒にいなかったけどね。でも縁があったんだろうなあ、と。だから内田には「面白かったわ」と伝えているの。
 日本映画界にも、これを描きたいという意思をしっかり持った若い人が出てきましたね。すごくいいんじゃない? 日本って、東洋と西洋の思想をうまく料理出来るお国柄だから、すごい映画が出来ると思う。監督も役者も、もう少し層が厚くなってくると、とても楽しみだわね。私はもうお墓に入っているけどね。
 いまなら自信を持ってこう言えます。今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします。
 (聞き手 編集委員・石飛徳樹=おわり)」(
2018/05/25付「朝日新聞」p35より)

樹木希林さんが、自らのガンを告白したのが2013年だという。5年経った。しかしテレビで見る姿は、(舞台裏は別にして)元気な様子。
ガンを抱えているからだろうか、至って人生を達観している。上の一文も同じ。
しかしこの裏も表もないスタンスは素晴らしい。この記事で、希林さんの肩書きは「役者」だって・・・。「女優」では無いのだ・・・!

映画作品を見ていると、どれも役を“作って”いるようには見えない。自然体・・・。まるで、希林さんが演じるという前提で作品が作られているみたい。
体力的に、そろそろスローダウンかな、と思っていたら、どうしてどうして、先日、カンヌ映画祭で最高賞を取った「万引き家族」という作品に出ているという。
あらすじを見ると、今年の初めに放送された、広瀬すずと田中裕子のテレビドラマ『anone』(あのね)を思い出した。
話はそれるがこのドラマ、自分が好きだった2013年の『Woman』の再来を期待したが、消化不良で終わってしまった。どうも、寄せ集め家族というと、ついこのドラマを思い出して、あまりそそられない。
でもまあ、樹木希林さんを見るために、行ってみようか・・・

まるで、悟りを開いたお坊さんのように哲学的な樹木希林さんではある。

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2018年5月23日 (水)

2018年の「サラリーマン川柳」ベスト10

第一生命保険が「第一生命サラリーマン川柳コンクール」の第31回の投票結果を発表した。
そのベスト10は下記だという。

<2018年「サラ川ベスト10」>
①スポーツジム 車で行って チャリをこぐ (あたまで健康追求男)(3136)
②「ちがうだろ!」 妻が言うなら そうだろう (そら)(3113)
③ノーメイク 会社入れぬ 顔認証 (北鎌倉人)(3084)
④効率化 進めて気づく 俺が無駄 (さごじょう)(2929)
⑤電子化に ついて行けずに 紙対応 (トリッキー)(2503)
⑥「マジですか」 上司に使う 丁寧語( ビート留守)(2336)
⑦父からは ライン見たかと 電話来る (アカエタカ)(2135)
⑧「言っただろ!」 聞いてないけど 「すみません」 (中っ端)(1936)
⑨減る記憶 それでも増える パスワード (脳活)(1562)
⑩ほらあれよ 連想ゲームに 花が咲く (さっちゃん)(1552)

(第一生命のここより)

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例によって、自分が選んだベスト10(ここ)との答合わせをしてみる
2月に自分が選んだ10作品で、世論が選んだものと一致したのは、1位、2位、10位の3作品だった。そしてベスト10以下では、下記のように12位、19位、35位、39位、40位、47位、60位だったので、自分の感性はそれほど世論とずれていないことが分かった。

12)何事も 妻ファーストで うまくいく (よみ人知らず)
19)ウォーキング 秋に始めて 冬終わる (しゅうじのオヤジ)
35)俺ん家も 長期政権 嫁一強 (やす)
39)売り言葉 買って二倍に 返す妻 (剛球)
40)正直で 忖度なしの 体重計 (綾波翔太郎)
47)変わったね 太ったねとは 言い切れず (過去は過去)
60)空き缶日 他の缶見て 格差知る (第三発泡亭主)

それにしても、第一生命のサイトにあるマンガが面白い。実に言い当てている。特に2位の「違うだろ!」の車内の絵は、まさに我が家と同じ。
そのコメントが、「お父さんの家庭での生き抜く知恵が表れているのが面白い」「一見、妻を恐れる夫の叫びに聞こえるが、実は夫婦円満の秘訣。優しい夫の心遣いですね」とある。

我が家では、出掛けるときの運転手はいつも自分。それは良いのだが、いつも帰りは眠い・・・。
「ガンバレ!」と自分に掛け声をかけると、横からカミさんの“ピンタ”が飛んでくる。「運転中に危ないじゃないか!」と叫び、目が覚める!?

何とか免許の返上は、先に送りたいのだが・・・

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2018年5月21日 (月)

「忖度を生むリーダー」~ウソの連鎖

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(政治季評)忖度を生むリーダー 辞めぬ限り混乱は続く 豊永郁子
 アイヒマンというナチスの官僚をご存じだろうか。ユダヤ人を絶滅収容所に大量輸送する任に当たり、戦後十数年の南米などでの潜伏生活の後、エルサレムで裁判にかけられ、死刑となった。この裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは「エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」を執筆し、大量殺戮(さつりく)がいかに起こったかを分析した。

 前国税庁長官・財務省理財局長の佐川宣寿氏の証人喚問を見ていて、そのアイヒマンを思い出した。当時、佐川氏ら官僚たちの行動の説明として「忖度(そんたく)」という耳慣れない言葉が脚光を浴びていた。他人の内心を推し量ること、その意図を酌んで行動することを意味する。私はふと、アーレントがこの日本語を知っていたらアイヒマンの行動を説明する苦労を少しは省けたのではないかと考えた。国会で首相の指示の有無を問いつめられる佐川氏の姿が、法廷でヒトラーの命令の有無を問われるアイヒマンに重なったのである。
     *
 森友学園問題――国有地が森友学園に破格の安値で払い下げられた件、さらに財務省がこの払い下げに関する公文書を改ざんした件――については、官僚たちが首相の意向を忖度して行動したという見方が有力になっている。国会で最大の争点となった首相ないし首相夫人からの財務省への指示があったかどうかは不明のままだ。

 アイヒマン裁判でも、アイヒマンにヒトラーからの命令があったかどうかが大きな争点となった。アイヒマンがヒトラーの意志を法とみなし、これを粛々と、ときに喜々として遂行していたことは確かだ。しかし大量虐殺について、ヒトラーの直接または間接の命令を受けていたのか、それが抗(あらが)えない命令だったのかなどは、どうもはっきりしない。

 ナチスの高官や指揮官たちは、ニュルンベルク裁判でそうであったが、大量虐殺に関するヒトラーの命令の有無についてはそろって言葉を濁す。絶滅収容所での空前絶後の蛮行も、各地に展開した殺戮部隊による虐殺も、彼らのヒトラーの意志に対する忖度が起こしたということなのだろうか。命令ではなく忖度が残虐行為の起源だったのだろうか。

 さて、他人の考えを推察してこれを実行する「忖度」による行為は、一見、忠誠心などを背景にした無私の行為と見える。しかしそうでないことは、ヒトラーへの絶対的忠誠の行動に、様々な個人的な思惑や欲望を潜ませたナチスの人々の例を見ればよくわかる。

 冒頭で紹介したアーレントの著書は、副題が示唆するように、ユダヤ人虐殺が、関与した諸個人のいかにくだらない、ありふれた動機を推進力に展開したかを描き出す。出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄(みえ)、ちょっとした意地の悪さ、復讐(ふくしゅう)心、各種の(ときに変質的な)欲望。「ヒトラーの意志」は、そうした人間的な諸動機の隠れ蓑(みの)となった。私欲のない謹厳な官吏を自任したアイヒマンも、昇進への強い執着を持ち、役得を大いに楽しんだという。

 つまり、他人の意志を推察してこれを遂行する、そこに働くのは他人の意志だけではないということだ。忖度による行動には、忖度する側の利己的な思惑――小さな悪――がこっそり忍び込む。ナチスの関係者たちは残虐行為への関与について「ヒトラーの意志」を理由にするが、それは彼らの動機の全てではなかった。様々な小さなありふれた悪が「ヒトラーの意志」を隠れ蓑に働き、そうした小さな悪が積み上がり、巨大な悪のシステムが現実化した。それは忖度する側にも忖度される側にも全容の見えないシステムだったろう。
     *
 このように森友学園問題に関して、ナチスに言及するのは大げさに聞こえるかもしれない。しかし、証人喚問を見ていると、官僚たちの違法行為も辞さぬ「忖度」は、国家のためという建前をちらつかせながらも個人的な昇進や経済的利得(将来の所得など)の計算に強く動機づけられているように感じられ、彼らはこの動機によってどんなリーダーのどんな意向をも忖度し、率先して行動するのだろうかと心配になった。また、今回の問題で、もし言われているように、ひとりの人間が国家に違法行為を強いられたために自殺したとすれば、そこに顔を覗(のぞ)かせているのは、犯罪国家に個人が従わされる全体主義の悪そのものではないか、この事態の禍々(まがまが)しさを官僚たちはわかっているのだろうか、と思った。

 以上からは、次の結論も導かれる。安倍首相は辞める必要がある。一連の問題における「関与」がなくともだ。忖度されるリーダーはそれだけで辞任に値するからだ。

 すなわち、あるリーダーの周辺に忖度が起こるとき、彼はもはや国家と社会、個人にとって危険な存在である。そうしたリーダーは一見強力に見えるが、忖度がもたらす混乱を収拾できない。さらにリーダーの意向を忖度する行動が、忖度する個人の小さな、しかし油断のならない悪を国家と社会に蔓延(はびこ)らせる。

 すでに安倍氏の意向を忖度することは、安倍政権の統治の下での基本ルールとなった観がある。従って、忖度はやまず、不祥事も続くであろう。安倍氏が辞めない限りは。
     ◇
 とよなが・いくこ 専門は政治学。早稲田大学教授。著書に「新版 サッチャリズムの世紀」「新保守主義の作用」。」(
2018/05/19付「朝日新聞」p14より)

今日、愛媛県から、安倍首相と加計理事長が、首相の説明よりも2年も前に会って、獣医学部新設についての説明をしていたというニュース速報があった。
愛媛県知事の言うように、ウソは他人を巻き込む。付いたウソは、関係者全員がウソの上塗りをして口裏合わせしなければ、どこかからほころぶ。そんな当たり前の事を、国の代表者が行っている。誰もがウソだと分かる誠意のない説明は、国民にはバレバレ。
それでも、昨日報道された内閣支持率は、前月に比べ3%上がっているという。まったく分からない。首相の後継者が見えないのが原因か?
・・・とすると、日本という国は、大変な人材不足の国という事になる。世界に冠たる経済大国の日本に、リーダー候補が居ない!

明日、もはや社会問題化した日大/関学大のアメリカンフットボールの試合における暴力事件に関し、日大の選手が記者会見をするという。
エライ人が付いたウソに、弱い者が付き合わされる連鎖。それが断ち切れるのかどうか・・・
佐川さんや柳瀬さんは、官僚としての実績があるので、それを棄てられず、エライ人のウソに付き合うしかない。まさに上の記事と同じ構図。
しかし、学生は自分の今後の人生がかかっている。監督という絶対的にエライ人のウソに付き合うことが、自分のこれからの人生にどれだけの悪影響を与えるか・・・
怪我を負わせた実行者としての責任はあるものの、単なる学生時代だけのスポーツの監督との関係で、長い人生に負い目を持つ必要は無い。
今の行動が、これからの自分の長い人生に、燈台の光のビームのように照らしている。いつ思い出しても、胸を張れるような、そしてこれから生まれるであろう我が子に対しても、堂々と説明出来る行動を期待したい。薄汚れた官僚とは違うのである。

最近は、将棋の藤井さんと、大リーグの大谷選手の他に明るいニュースを与える人がいない。この二人の活躍からニュース番組を始めれば、日本は少しは明るくなるかも・・・!?
救いようのない日本のリーダーではある。

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2018年5月19日 (土)

“ドキドキ“は心臓に良くない~WIN7からWIN10化への準備

Windows 7の延長サポートの終了日は2020年1月14日だという。あと1年半である。
前のXPのときも、WIN7への移行が面倒だった。よって「自分は(昔と違ってフリーズしなくなった)XPで充分である」と、当時うそぶいていた。しかし、アクセスするサイトで、XPでは受け付けない所が続出し、陥落した。
そして慣れてみるとWIN7の便利なこと・・・。
さて今度はどうか。WIN10をインストールしたPCもあるが、使い勝手が全く違う。そもそもWIN10の勉強をしていないが、まだまだ拒否感があって、当分はWIN7である。

PC本体は、ここにも何度か書いているが、自分の指にフィットした、2006年発売のdynabookのノートしか使わない。このキーボードに手が慣れているため、その他の機種ではダメなのである(と思い込んでいるのである)。そもそもこの機種はXPの時代の機種。それをWIN7にアップグレードしたものを中古PC屋から買って使っている。自分でSSDに換装したこともあり、ディスプレーの表示が不充分なのを除くと、スピードの点などでは特に不満はない。

問題は、WIN7のサポートが終わった後、どうするかだ・・・・
壊れたときの予備のために、同じ機種を何台も持っており(何せ1台1万円ちょっとなので)、前のWIN10無料アップデート期間に、そのうちの何台かアップして、Radikoolでのラジオ録音にだけ使っている。
自分の常用機は、T7200の当時の高性能の機種。WIN7が終わったら、心を入れ替えて最新機種に買い換えるか、それともこの機種をWIN10にして使うか・・・・。
そもそも、2020年時点で14年も前の機種がWIN10に耐えられるのか?

Netで見ていたら、何と今でもWIN10を無料でインストール出来ることを知った(ここ)。
この情報は「Windows 10 無償アップグレード」で検索するとたくさん出てくる。Microsoftには「Windows 10 のダウンロード」(ここ)というページが今もある。
それに従ってインストールDVDを作成し、実験的に1台のPCでやってみた。もちろん失敗を前提に、現在のイメージはバックアップしておいた。結果は、3時間ほど掛かったが、成功。
途中で、インストールしているアプリをチェックし、自分の場合、「ATOK2010」と「Microsoft Security Essentials」はWIN10に対応していないと判定された。
今回は、インストールの最後に、HDDアクセスランプが止まっても、マウスのアイコンだけが黒い画面に出ていて、少し心配したが、Netで見ると「Control-Alt-Delete」で画面が出るとあったので、試したら、画面が出てきて終了する事が出来た。
このアップグレードでは、その前にインストールしてあったアプリがそのまま使える事が便利。

さて、1年半後にATOKが使えなくなる。新たしいのを買わなくては・・・。調べてみると、ATOKのパッケージ版はATOK2017までで、それ以降は毎月の使用料(300円?)が主になるそうなので、今のうちに買っておこうかと、ジャストシステムで「ATOK2017 AAA優待版」を購入。結構安い。

さてここからが本題だが、先日ネットオークションで、12年前のこの自分のお気に入り機種が出品されていた。送料込み5千円ほど。書斎を含めて常時2台使っているが、予備が1台あるので、それ以上は要らないかな?と思いつつ、つい買ってしまった。それが着いたのが昨日。
程度も性能も良い。大満足の買い物とほくそ笑んだが、各種の設定がおわって、新しいアプリをインストールしようとすると、DVDドライブが動かない。デバイスマネージャーで着ると「!」マーク。復活を色々と試みたが全部失敗。どうもレジストリが壊れているみたい・・・。昨夕から夜中にかけて、色々やったが、結局はWIN7のクリーンインストールで復活した。これから各種アプリをインストールして、最後にWIN10にアップグレードしておいて、WIN7の終息に備える予定。

どうも自分は、異常値になると夢中になってしまうクセがある。パソコンのトラブルが一番良い例。その復活に夢中になってしまう。結果、夕食などそっちのけ。
昨夜も、「ああしたらどうか」「こうしたらどうなるか」の連続。その都度「どうなる?」と心臓がドキドキ・バクバク。結果、血圧が上がり、不整脈(期外収縮)が頻発。
カミさんから「おかしい。声は枯れているし・・・」。脈拍も急上昇し、血圧を測ったらこれも急上昇。やはり“緊張”が心臓に負担をかけているのだろう。
カミさんから、「たった5千円で、脳梗塞にでもなったら、バカみたい。ご苦労さま!財産はしっかり貰っておくから」と言われる始末。確かに、心臓に良くない。オークションで、他の人と落札を争っているときに似ている。「こんちきしょう!また値を上げやがった。こっちも高値で再入札だ!」と夢中になっているときは、血圧が上がっているはず。

22年前に脳出血で亡くなった親父を思い出す。親父は麻雀をやっている最中に、脳出血で倒れ、翌日亡くなった。今まで冗談で「役満の大きいのがテンパッタから?」と言っていたが、ことによると本当かも・・・。つまり、特に老人はドキドキの時、危ない。
若くて美しい看護士さんに、体を触れられたときもドキドキして危ない!!

1年半後のWIN10のことで、昨夜はあやうく死に損なった。これから“ドキドキ”は極力避けるようにしないといけないな、と思った。
数日前、同期の友人が、軽い脳梗塞で入院したと聞いた。古希を過ぎ、もう何があっても不思議でない。「PCのWIN10化で亡くなった」「ヤフオクの競売で興奮して亡くなった」ではシャレにもならない・・・・。
“ドキドキ”を避ける生活をしよう!と思ったPC事件ではある。

追)先日書いた「家の修理を始めた話(引き戸と浴室扉)」の続きである。
自室の引き戸の戸車の交換。本日部品が届き、無事に修理完了。その体験談(苦労話)は(ここ)。

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2018年5月17日 (木)

絵本「りゅうになりたかったへび」

ウチのカミさんは、絵本大好き人間。
今朝、「この新しいのを(ポイントで)買って」と言ってきた。
180517ryuu1 松谷みよ子という人の、「りゅうになりたかったへび」という絵本だが、見るとあまりにも汚い絵本。昔、古本で買ったようだ。(汚い写真で失礼!)
カミさんは、持っておきたい絵本は自分で買っている。まずは図書館等で実物を見て、気に入るとホンモノを買う。これも永く取っておきたい絵本だという。
「数分で読めるから読んでみて」というので、ざっと読んだ。
なるほど・・・。老夫婦のおとぎ話だ。
良かったら、一緒におとぎ話の世界へ・・・・

「りゅうになりたかったへび」~松谷みよ子(著)

むかしむかし、といっても、きのうのきのうくらい、むかしのことです。
あるところに、小さいおじいさんと、小さいおばあさんがすんでいました。
小さいおじいさんと、小さいおばあさんは、いつもいっしょでした。
小さいおじいさんがはたけをたがやすと、小さいおばあさんがたねをまきました。
小さいおじいさんがパンをこねると、小さいおばあさんがパンをやきました。
小さいおじいさんがやぎをつれて原っぱへいくと、小さいおばあさんはかごいっぱい、花をつんでかえりました。
ふたりはびんぼうでしたけれど、とてもしあわせでした。
「おじいさんがいるものねえ」
おばあさんはいいました。
「おばあさんがいるからねえ」
おじいさんもいいました。

ところがある日のこと、おじいさんがおばあさんにいいました。
「わしはきょう、ちょっと町へ買いものにいってくるよ」
「おや、それならわたしもいきますよ」
小さいいおばあさんはいそいそといいました。
「糸とはりとボタンと……。それからなにかありましたよ、買うものが」
「それは、わしが買ってくるよ」
小さいおじいさんはいそいでいいました。
そうして、ぼうしをあたまにのっけると、さっさとでかけてしまいました。
「まあ」
小さいおばあさんはびっくりして、口をあけたままおじいさんをみおくりました。
ああ、あんまりです。
いつもならきっと、いっしょにいこうよというのに……。だいいち、糸だって赤いのか白いのか黒いのか、それにボタンだってまるいのか四かくいのか三かくか、いろいろあるではありませんか。それをなんにもきかないでいっちまうなんて! 小さいおばあさんは、かたい木のいすにすわって、すこしなき、小さいなみだをこぼしました。

さてそのころおじいさんは、小さいからだに大きなぼうしをかぶってせっせとあるいていました。
「きょうばかりは、おばあさんといっしょってわけにはいかんのだ。なにしろ、おばあさんのたんじょう日のプレゼントを買いにいくのだからな」
それにしてもおばあさんには、どんなプレゼントかいいでしょう?
「それはちゃんとわかってるさ」おじいさんは、くすくすわらいました。「おばあさんには、チョコレートボンボンをひとふくろ。それがいちばんさ。よろこぶぞう」
小さいおじいさんはうれしくなって、おもわず目のまえの小石をポーンとけっとばしました。
そのとたんでした。
ごうーっとかぜがふき、あたりはまっくらになったかとおもうと、すさましいこえがしたのです。
「だれだあ!わしのあたまに石をぶつけたのは!」
おじいさんはおもわず、へたへたとすわりこみました。
「お、お、おたすけを……。どこのどなたさまかしりませんが、わしは、その、なにげなく小石をちょっとばかり、そのう……」
「だまれ!」
すこしずつ、すこしずつ、あたりがあかるくなっていき、目のまえにあらわれたのは、一ぴきの大きなへびでした。
へびは、まっかな口を、かーっとあけ、火のようないきをはいていいました。
「わしはりゅうになろうとおもって、ながいながいあいだ、しゅぎょうをしてきたのだ。そうして、あとひといきでりゅうになれるというところまできた。そのたいせつなときにおまえは、わしに石をなげたな。
それでもう、いままでのしゅぎょうは、めちゃめちゃになったわい。もうかんべんならん。おまえをひとのみに、くってやる!」
「へびどん、たしかにわしがわるかった。しらないとはいえ、石ころをぶつけてしまったのは、もうしわけないことでした。どうかおゆるしください」
小さいおじいさんは、こしをぬかしたまま、なんべんもあたまをさげてあやまりました。
でも、へびはききません。
「いいや、どんなことがあってもゆるせん。あとひといきでりゅうになれたのに、天にのぼれたというのに、おまえのためにじゃまをされた。どうでもこうでものむ!」
小さいおじいさんは、かくごをきめました。’
「へびどん、わしはおまえにのまれますだ。けどなあ、わしのたのみもきいてくだされ。うちにまっているおばあさんに、せめてひとめあってわけをはなしておきたいですだ。そうしたらすぐにもどりますから、あぐりとでも、つるりとでものんでくだされ」
へびは、うなりました。
「それではいってこい。しかし、すぐにもどらぬときには、ばあさんもろとも、のんでしまうぞう」
心さいおじいさんは、きっとすぐもどりますとやくそくをして、とぼとぼうちへかえりました。
小さいおばあさんは、いりぐちのまえに、いすをだして、すわっていました。
こうしていれば、だれよりも早く、おじいさんのかおがみられます。といってもこのうちには、おじいさんとおばあさんしか、すんでいないのですけどね。
「あれ、おじいさんだわ。もうかえってきたわ。ずいぶん早いけど、どうしたのかしら」
おばあさんは手をよって、
「おじいさーん」
とよぼうとして、やめました。
「にくらしいおじいさん。わたしをおいて町へいくなんて。いいわ、しらんぷりしてやりましょ」
「おや、雨かしら?」
上をむいたおばあさんは、あっとさけびました。
おじいさんがないているのです!
「いったいどうしたの! おじいさん!おじいさんてば、どうしたんですよ」
「わしは、これこれ、こういうわけで、へびにのまれなくっちゃなんないんだよ」
おじいさんは、なみだをふきました。
「じゃあな」
小さいおじいさんは、とつぜんはしりだしました。そうしないではいられなかったのです。むちゅうではしってはしって、ようやくたちどまり、うしろをふりむくと、うしろに小さいおばあさんが、はあはあいって、たっていました。
おばあさんは、トマトのように、まっかになっていました。
「なんだっていうんです!わたしをおいて、ひとりでへびにのまれるなんて! わたしたちはいつだって、なにをするんだって、いつもいっしょでしよ。もっとも、さっきは、ひとりで町へいっちまったけど。
ごらんなさい。だからとんださいなんにあったんですよ。わたしゃ、とにかくついていきますがらね」
小さいおばあさんは、おじいさんの手をとると、さっさとあるきはじめました。
「あたしゃへびなんて、こわくありませんよ。そうだわ、ぼうでたたいてやろうかしら」
「おまえ、ぼうでたたけるくらいのへびじゃないんだよ。そりゃあもう、大きいへびなんだから……」
「そいじや、ひっかいて……」
小さいおばあさんは、口をおさえました。おどろいたのなんのって、目のまえにへび、それも、みあげるような大きなへびが、まっかな口をあけ、かまくびをもたげていたのです。
「ふん、やくそくどおり、かえってきたな。それでは、いいか、じじい。かくごをしろよ、さあ、ひとのみに、のんでやるぞう-」
「へびさん! わたしゃどうしたらいいんです!」
小さいおばあさんは、バケツをひっくりかえしたように、わあわあなきだしました。
「おじいさんだけがたよりなのに、おじいさんがのまれちまったら、いなくなったら、アンアンアン」
しゃくりあげしゃくりあげ、ころげまわり、あしをばたばたさせて、おばあさんはなきました。
そのさわぎがあんまりひどいので、へびは、げんなりしたように、おじいさんをながめました。
「せっかくのうまいごちそうも、こうさわがしくては、あじもわるくなるというものだ」
「ここにチョコレートボンボンがあればなあ」
おじいさんは、なげきました。
「わしはそいつを、町へ買いにいくところだったんで」
へびはとうとう、おばあさんの上にかがみこんで、どなりました。
「ばあさん! おまえのすきなものは、なんでもだしてくれるはこをやるから、もうなくな!」
「えっ? なんのはこですって?」            ゛
「すきなものがでてくるはこだっ」
「まあ! チョコレートボンボンも?」
「あたりまえだ。さあ、これをやるからおとなしくしろ。うるさいと、じじいものめん」
へびは、小さなはこを一つだしてきました。
「ばしいものをいって、このポッチをおせ。ただし、ねがいごとは三っだぞ」
「じゃあね、じゃあね、チョコレートボンボン、でてこい!」
どどーん。
ぎんの大ざらに山もりのチョコレートボンボン。
小さいおばあさんは、子どものようによろこんで手をたたき、たちまちなみだをふくと、チョコレートボンボンにとびつきました。そしてしあわせそうに一つつまんでまず口にいれ、もう一つつまんでおじいさんの口にいれ、もう一つをへびの口にほうりこみ、それからすわりこんで、たべはじめました。
「たべおわるまで、じかんがあるだろう。そのまにおまえを、のむことにしよう」
へびはぺろりと、したなめずりしました。
「ねえおじいさん、つぎに、なにをおねがいしようかしら」
「おじいさんがいなくなったら、さびしいものねえ。そうだ、あたし毛糸の玉をどっさりほしいわ。そうしたら、たくさん、たくさん、たくさん、ひざかけだの、ケープだの、セーターだのあんで……。ねえおじいさん、それがいいわねえ」
「おまえ、そんなはかな。おかねがいいよ、おかね……」
おじいさんはいいかけて、口をおさえました。
おばあさんは、
「毛糸の玉、いっぱいいっぱいね!」といながら、もうポッチをおしていたのです。
ボワーン。
あーおどろいた。もう、いえほどの、いいえ、もっとたくさんの、いろとりどりの毛糸の玉が、つみあがりました。
「でも、あたし…」
とつぜんおばあさんは、ボンボンをたべるのをやめました。
「へびさん、おじいさんがいなくなったら、こわいものがきたらどうするの? あたし、こわがりなの。もし、どろぼうがきたら……」
「どろぼうなんて、こやしないよ、おばあさん」
おじいさんがなだめました。                        止
「さいごの一つのねがいは、ようくかんがえるんだ。一生つかいきれないおかねとかさ」
「でも、 そうしたら、ますますどろぼうがきますよう」
おばあさんの目から、なみだがもわーっとふきだしました。
ウワーン、アンアンアン……。
「うるさいばばあだ。いつになってもじじいをのめんではないか」へびは、かんかんになりました。
「ばあさん、さいごの一つはとっておいて、おそろしいやつがきたらじごくへとんでいけ! っていってやればいいんだ。わかったな、さあ、じじい、のむぞう」
へびは、かーつと口をあけました。そのとたんです。小さいおばあさんは、さけびました。
「へびめ、りゅうになって、天たかくとんでいけ!」
ごうーっ。すさまじいあらしがおこりました。
へびはみるみるひかりかがやくりゅうになって、目をぱちくりさせながら、空のはてへとんでいってしまい、やがてみえなくなり、そして、あらしは、しずまりました。
「やれまあ、なんてこった」
小さいおじいさんは、ぽかんとしていいました。
180517ryuu2 「まったく、なんてこった。あいつはじぶんでねがいごとをすれば、りゅうになれたんじゃないか。あれ、それにしてもおばあさんや。あのあらしのおかけで、あのはこも、ボンボンも、毛糸の山も、みんなとんじまったな」
「いいんですよ」
おばあさんはにっこりしました。
「あたしには、おじいさんがいればいいの」

カミさんは、目の前の物事(チョコレートボンボンと毛糸の玉)を見る女と、将来(お金)を見る男の違いがあるという。
でも仲の良い老夫婦の信頼感の話。
「ようねん文庫」とあるので、小さな子ども向け。文字も平仮名。
Netで検索すると、Youtubeで紙芝居にもなっている(ここ)。

こんな世界に入り込むのも、一服の清涼剤か!?
我が家にとっては、遠い世界だが!??

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2018年5月16日 (水)

京王堀之内の「花畑かたくり」と日野・豊田の「Kitchen & Cafe Canaan(カナン)」

今日はカミさんに誘われて、八王子・京王堀之内にあるレストラン「花畑かたくり」(ここ)でランチ。これが、予想外に(失礼!)おいしかったので記事にする気になった。

そもそもこのレストランは、11年前にも当サイトに「障害者が働くレストラン「花畑かたくり」(京王堀之内)」(ここ)として書いている。

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カミさんは良く行くらしいが、自分は久しぶり。ここで「シェフの逸品「広東焼きそば(塩味の海鮮焼きそば)税込み820円」を頼んだのだが、これがまさに逸品だった。

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改めて紹介すると、場所は「八王子市堀之内1236-8」、日野市豊田と京王堀之内を結ぶ「平山通り」に面しており、我々も良く通る道。東京薬科大の東だが、実は結婚して10年ほどこの近くに住んでいた。当時はこの道は開通していなかった。
ここは前にも書いたが、社会福祉法人「柚木かたくりの会」(ここ)の障害者自立支援施設。よって、店員さんは障害者の方々。ウチのカミさんは、このような施設を応援している。
しかし、お料理や、一緒に売っているパンはホンモノ。野菜も売っている。
シェフは、中華料理が得意、と聞いたことがあり、今日の焼きそばもさすがと思った。
昼ちょっと過ぎに行ったのだが、広い駐車場に結構車が停まっており、テーブルも満席直前。自分たちの後からも続々とお客が来ていた。カミさんに言わせると、リピーターが多いのだそうだ。

ついでに、もうひとつ紹介しよう。日野・豊田の旭が丘中央公園の前にあるカフェレストラン「Kitchen & Cafe Canaan(カナン)」(ここ)。住所は「日野市旭が丘3-6-6」
ここは社会福祉法人東京光の家“光の家就労ホーム”が運営するセルフサービス式のカフェレストランで、目の不自由な人も店員さんとして対応している。

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実はこの建物は、ある電気メーカーの工場の「クラブ」(飲み会の建物)だったもの。工場の撤退に際して、近くの社会福祉法人が買い取って開業したもの。自分も散々通った建物だったのである。それが、入ってみると改装して1Fは様変わり。いつも宴会をしていた2Fがどうなっているかは分からないが、庭もきれいになっていた。
180516canaan4 11時から4時までの営業だが、飲み放題(ドリンクバー)付なので、女子会のグループが長時間鎮座していた。
昼頃にも行ったが、近くのサラリーマンで満席。よって1時前にはだいぶ空く。結構料理もホンモノだった。駐車場もあり、広い公園(旭が丘中央公園)で遊んだ帰りにちょっと寄るには良いのかも・・・
写真を少し並べておく。

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最近気になった、近くのグルメではある。

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2018年5月14日 (月)

加計集中審議で、野党質問にせせら笑う安倍首相と麻生副総理

今朝(2018/05/14)の朝日新聞にこんな記事があった。
「(政治断簡)私たちは、黙らない 編集委員・高橋純子
 あっそうなのデベソなの。
 出典は今もってナゾだが、幼き頃、くだらん屁理屈(へりくつ)をこねると母にこういなされた。
 「はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」
 あっそうなのデベソなの。
 「セクハラ罪っていう罪はない」
 あっそうなの副総理なの。
 無知であることは罪ではないが、無知に開き直る無恥は罪、ましてや政治家であれば大罪であると、私は思う。
 2008年、首相に就任したかの氏は所信表明演説で、「この言葉よ、届けと念じます」と初々しく前置きし、語った。「日本は、明るくなければなりません。(略)わたしども日本人とは、決して豊かでないにもかかわらず、実によく笑い、ほほ笑む国民だったことを知っています」
     *
 それから10年。この国は、暗い。実によく冷笑し、嘲笑し、無恥な者が威張り散らす陰気で陰険な空気に覆われている。政治家が率先して範を垂れ、せっせと種をまいてきた結果である。
 セクハラという人権侵害に対し、明確に自分の言葉で謝罪しないばかりか、加害者をかばい、被害を告発した側に非があるかのごとき発言を続ける。そのようなむちゃくちゃを、この国の最高責任者は我関せずと放置している。
 かくして社会に垂れ流されるメッセージは。
 逆らっても無駄だ。
 お前たちは無力だ。
 物理的に暴力を振るわれているわけではない。なのに力ずくで抑え込まれたような、口をふさがれたような、恐怖と屈辱が身の内で膨れる。
 「1億総活躍」だと。
 「女性が輝く社会」だと。
 ちゃんちゃらおかしくて、ヘソで茶を沸かしてしまったではないか。
 ぶぶ漬けでもどうどす?
     *
 女という性への抑圧は、至るところに転がっている。黄金週間、たまたま立ち寄ったインテリア店で、はたと目に留まったピンク色のスリッパ。甲の部分に刺繍(ししゅう)がしてある。「I'm Yours」。私は、あなたのもの……。カップル仕様なのだろうか、深緑色の方は「You're mine(あなたは私のもの)」だ。
 もちろんピンクの方を履く男性もいるだろう。わかっている。それでもピンクに課された「私はあなたのもの」にぎゅううと胸が痛んだのは、1週間前、「私は私のもの」という訴えを聞いたからだ。
 東京・新宿駅東口の広場。「私は黙らない」というイベントで、学生や主婦、女性も男性も次々マイクを握った。
 レイプされた経験を語った彼女。この問題は男と女の闘いではなく、共に立ち上がらなければと言った彼。それぞれの声は時に怒りに震え、涙にぬれ、それでも、前に向かってまっすぐに放たれる。自らを鼓舞するため。傷つけられた誰かを励ますため。共に笑える社会を築くため。
 「私はもう黙らない。あなたは何も悪くない。あなたは決してひとりじゃない」
 私たちは黙らない。声を上げることをあきらめない。この国にはびこる冷笑と嘲笑を打ち破る。いつか、必ず。」(
2018/05/14付「朝日新聞」p4より)

上のセクハラもそうだが、今日(2018/05/14)の予算委員会での集中審議。ニュースでその断片を聞いただけで、非常に不愉快。“真摯に対応”の全く逆の、せせら笑う対応に、あきれ果てる。野党の質問に首相と副総理がヤジを飛ばして質問の腰を折る。「謝れば良いんだろう」と開き直って、口先だけの「ゴメン」を言う・・・・

<加計集中審議>首相、追及かわし続ける 麻生氏、渋々謝罪
 安倍晋三首相が出席して行われた14日の衆参予算委員会集中審議。野党は学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡る問題に加え、財務省の福田淳一前事務次官のセクハラ問題を巡る麻生太郎財務相の責任もただした。安倍首相が野党からの度重なるヤジにいらだちを見せつつ追及をかわし続けた一方、麻生氏が審議を中断させる場面もあり、深まらない論戦が続いた。
 「自分がしゃべりたいんだよ、この人は」。衆院予算委で、国民民主党の玉木雄一郎共同代表が北朝鮮非核化を巡って政府の考えをただした際、麻生氏が閣僚席からこう発言し、質疑は一時紛糾した。再開後、玉木氏は「閣僚がこのような態度では、まともな審議ができない。国会を不正常にしているのは安倍政権だ」と抗議。河村建夫委員長も「閣僚もそうだが、質疑中は静粛に願いたい」と注意した。
 柳瀬唯夫元首相秘書官は10日の参考人招致で、加計学園関係者と計3回面会しながら首相に報告しなかったと答弁した。野党の質問はこれを受け、加計学園問題に集中。首相は「手続きに問題はない」と繰り返したが、重なるヤジに、「私が話してますから、ちょっと静かにしてください」などといら立つ様子も見せた。
 午後の参院予算委でも、野党議員は「柳瀬氏の報告がないのは不自然だ」「(首相が)学園理事長と親しいなら、獣医学部についても会話しているのでは」と追及。だが、首相は「プロセスに一点の曇りもない」と批判をかわし続けた。
 一方、麻生氏は衆院予算委で、前事務次官のセクハラ問題で女性社員のセクハラ被害を申し出たテレビ朝日に対し「おわびを申し上げます」と陳謝した。
 立憲民主党の川内博史氏から「被害女性への謝罪はないのか」と求められた麻生氏は「文書でおわびという形を申し上げており、向こうからも『深く受け止めております』というご返事をいただいた」「役所としてはきちんと申し上げたと思っている」と自説を展開。川内氏に「改めて口頭で言えということを言っておられるんですか」と問い返し、「最初からおわび申し上げていると思うが」としたうえで、渋々謝罪した。【蒔田備憲、飯田憲、井出晋平】

◇報告なし、信じられない 元総務相の片山善博・早稲田大院教授(政治学)の話
 秘書官の作法として、首相と近しい人物との面会は首相のあだになる可能性もあり本人に相談する。指示がないのに柳瀬唯夫元首相秘書官が加計学園関係者と面会し、報告もしなかったとは信じられず、首相答弁は作り話としか思えない。「チーム安倍」の柳瀬氏が指南する時点で、加計ありきだったとの印象は拭えない。首相が一点の曇りもないと言うのなら、与党は野党が求める証人喚問などに応じるべきだ。

◇審議停滞は首相の責任 岩本美砂子・三重大教授(政治学)の話
 柳瀬唯夫元首相秘書官が加計学園関係者と3度会っていたことが判明しても、首相は新設を昨年1月まで知らなかったと言い張っている。誰もが分かる矛盾で、完全な行き詰まりだ。審議が進まないのは「野党がサボっているから」という声があるが、このような答弁をする首相の責任だ。これでは国民の信頼は得られない。森友・自衛隊の日報隠し・セクハラ問題もあり、支持率にボディーブローのように効いていくと思う。」(
2018/05/14 21:22配信「毎日新聞」ここより)

これは全て内閣支持率が下がらないから。何を言っても、これ以上支持率は下がらないという、おごりからの姿勢。ここまでバカにされて、それでも支持をする国民。
対抗馬が居ないせいだ、とTV朝日の「報道ステーション」では指摘していたが、なぜ国民は怒らないのか?
段々国民が慣れてくるという指摘もある。「逆らっても無駄だ。」「お前たちは無力だ。」と、ここまで明け透けに言われても、なぜそんな政権にお願いをする!?

我が家では、とうとう居間でニュースを見られなくなってしまった。
あの国民をバカにした政府の面々を見るだけで不愉快。100%ウソ答弁だと国民は分かっていながら、支持率が下がらないことも不愉快。
「ぶぶ漬けでもどうどす?」と、なぜ国民は怒らないのだろう?

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2018年5月13日 (日)

家の修理を始めた話(引き戸と浴室扉)

我が家は築30年。それにしては、当時ヒットしていた規格住宅のせいか、30年経っても満足度は高い。トヨタ車と同じだ。
そうは言っても、徐々に故障箇所は出てくる。自室のベランダに面した引き戸も、開け閉めが“重く”なって久しい。現役の時は、休日しか開けなかった戸も、今では当然毎日の開け閉め。
1805131_2 前に一度ベランダに引き戸をはずしてチェックしたことがある。しかし「重い」原因は分からなかった。戸車もちゃんと回るし、レールに擦っている様子もない。「仕方がない、プロに頼むしかないか」と思って、住宅メーカーのメンテ会社に電話したところ、セールスウーマンが「挨拶がてら」と見に来た。
1805130 それで調べてくれて、戸車の図面を送ってきた。たぶんそれだと思うが、交換に来ると出張料が最低でも8千円かかるという。また、部品が図面と違う場合は、サッシ会社の人が来て、合う部品を探して取り付けるので、もっと費用が掛かるという。

年金生活者はお金が無い。それで全て自分でやることにした。まず部品の照合。引き戸を再度はずして、戸車を取り外し、図面を元に照らし合わせた。すると形状は同じだが、大きさが微妙に違う。さてどうする?
引き戸を元に戻した後、ふと思った。ほとんど動かさない引き戸の戸車を外して、それと交換しよう・・・。
古くて修理が出来ない電子機器では、部品取りのためにジャンク品を手に入れ、修理したい機器の故障部品をそのジャンク品から取り外して使うのが一般的。これも同じ。
そうするためには、引き戸を横倒しにする必要がある。二重ガラスの引き戸は非常に重い。ひとりではとても無理。それでカミさんにSOS。二人がかりで2枚の引き戸をベランダに横に置いた。それで一つ目をいつも動かさない戸から外して、交換。二つ目を外そうとするが、今度はビスが外れない。
その戸車を見ると、発見! 何と車の一部が削れており、回転しないで車を削りながら滑っている事が分かった。回転しないで滑ることで、引き戸は動くものの、重いのだ。これは正常な物と交換したい。しかしプラスネジが回らない。CRCの潤滑剤を付けてもダメ。これ以上頑張ると、ねじ山が完全になめってしまう(ネジ山が取れてしまう)怖れがあるんで中止。
仕方がないので、片側が削れているプラスチック製の車を、やすりで何とか回るように削ることにした。角を削っても、楕円近くなるだけだが、何とか回転してくれると軽くなるはず。
そんな事で修理?してみたが、今後を考えると新品の部品に替えた方が良いのは当然。
住宅メーカーには、「部品のサイズはひとまわり小さいが、収納は出来るので、これでよいので手配して」とお願い。

180513neji 残るはプラスネジの外し。
するとAmazonで「アネックス(ANEX) なめたネジはずしビット カラー塗装仕様 ステンレスネジ対応 3本組 ANH23」という製品を発見した。なめった(つぶれた)ネジ穴に、まずドリルで導入穴を空け、そこに逆方向のタッピングネジのように先端を埋め込んで回すもの。なるほど・・・納得。
180513neji1 それで、この部品を手配した。これが手に入れば、今後はネジ山が壊れても怖くない。
住宅メーカーから戸車が入ったら、重い引き戸をまたベランダに横にして、戸車を交換しよう。今後は、電動ドリルで・・・。

しかし、上の作業、つまり二重ガラスの引き戸を外してベランダに置き、戸車を一つ交換して、もうひとつは車をヤスリ掛け。そして引き戸を元に戻した作業だけで、実はヘトヘト。居間の床にしばらくゴロリとダウン。
つくづく体力が無くなったことを実感した。

1805132 それともうひとつ。浴室の吊り扉も修理?した。こちらは、だいぶん前から、きちっと閉まらない。“く”の字に折れる扉なのだが、最後のガチャ!が出来ない。自分はいつも足で下を蹴飛ばして閉めるのだが、カミさんはいつも開けたままで入浴している。せっかく住宅メーカーを呼ぶのなら、こちらも頼もうかと調査!
1805133 すると、原因は長期間の使用で、扉が下がっており、扉の下部にあるストッパーが効かない事が分かった。これは部品を交換してもダメ。歪んでしまった扉全体を交換する羽目になりそう・・・。しかし、年金生活者はお金が無いのであ~る。さてどうする?
扉下部のモールド製のストッパーを外して、逆向きに入れ替えてみたがダメ。斜めになった突起部分をヤスリで削って滑らかにしてみたがダメ。原理的には、扉が下がってストッパーの部品が下がり過ぎているいることが原因なので、何とかストッパーを上げてやれば直るはず。それでやったことは、モールド製のストッパーの座を、ヤスリで数㎜削った。そうすることで、突起部分の出っ張りが小さくなり、滑らかに動くはず!
かくして、修理完了。カミさんも手で扉を閉めることが出来るようになった。

そもそも、何でも「原理的には」がキー。現象を見て、原因を探し、代替案を考える。30年も経った部品はそうそう手に入らない。修理の人を呼べば、すぐに1万円は掛かる。
それで、いつも使うところと、使わないところを分け、無い部品もいつも使わない部分から外して交換することで済めば、自分の手間だけで直ることもある。

それにしてもこの家は、昔高品質住宅を謳っていただけのことはある。良く持っているが、これからもどんどんガタは出てくるだろう。
自分の体力も確実に衰えてきてはいるが、まあもうひと頑張りしてみよう。

(2018/05/19追)
メーカーから、戸車が届いた。2個で代引き手数料込みで4千円弱。早速取り替え作業。そ180513toguruma0 れにしても二重ガラスの引き戸は重い。カミさんと二人で横にするだけでフーフー。
壊れている戸車を、今度は電動ドリルで外そうとしたが案の定、ネジ穴がなめった(つぶれた)。それで「なめたネジ外しビット」を使った。最初はネジが深く、なかなかドリルが届かない。それでドリルの延長アタッチメントを使って、ようやく届いた。テキはステンレスのM4トラス。でも何とか下穴が開いた。慎重に深く・・・。それで、下穴に食い込むビットを交換。電動ドリルのスイッチを入れたら、ガガガとともに、あーら不思議、ネジが外れた!!

改めて外した戸車を見ると、正常な戸車は、長年の回転で車のレールに当たる部分が摩耗しているが、不良品は、回転せずにある一カ所で滑っており、そこだけが水平に減っていた。でもあらかじめ用具をそろえておいたので、何とか修理が出来た。
でも、体力的には段々辛くなっている。今も腰が痛い!?

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●メモ:カウント~1130万

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