2014年4月23日 (水)

「クモの巣はどう作る?」

自分がよく読む記事に、朝日新聞の「ののちゃんのDO科学」というのがある。先日はクモの巣の話だった。
「(ののちゃんのDO科学)クモの巣はどう作る?
 ののちゃん ウチの庭で、クモの巣を見つけたよ。
 藤原先生 巣の糸は、カイコの糸と同じたんぱく質でできてるのよ。
 のの カイコはマユだけど、クモの巣は獲物を捕まえる網だよね。
 先生 他にも、投げ縄ならぬ「投げ糸」で狩りをしたり、「受信糸」を張ってそれに触れる虫を察知したり、風になびかせた糸でタンポポの種のように飛んだり、糸で空気室を作って水中生活をしたり。交尾の前に雌を縛るなんて使い方もあるの。
 のの それはケシカラン!
 先生 でも、雌は後で簡単に糸をはずすので自由を奪われているわけではなく、まるで儀式みたいなの。クモの糸の使い道は本当にいろいろ。網を張らないクモも多いけど、糸と縁のないクモはいないの。
 のの それにしてもやっぱり巣の網が目立つよね。木と木の間に張り渡された網を見たこともあるよ。クモには羽がないのにどうやるの?
140423kumo  先生 木の枝などにいるクモが、スルスルと糸を出して風になびかせ、糸の先がどこかに届いたら、それを伝って網を作り始めるの。
 のの その次はどうするの?
 先生 横に渡した糸からぶら下がって、糸を引きながら下におりれば縦の糸が張れるでしょ。
 のの じゃ、斜めは? 縦横斜め、自由自在に糸を張れなくちゃ、あんなみごとな網は作れないよ。
 先生 ののちゃんが、出発点から糸巻きの糸を出しながら真っすぐ進み、途中で横に曲がって終点まで行ったとしましょう。そこで、引いてきた糸をピンと張ったら?
 のの 出発点と終点の間に斜めに糸が張れる!
 先生 そうした原理を応用して、いろんなクモが網を完成させるまでの動画やスケッチがネットに公開されていておもしろいよ。それに、イエオニグモやオニグモの網を見つけたら、夕方にその場所に目をやると、網を張り直す様子がよく見られるわ。完成まで数十分よ。
 のの しじゅう張り直してるの?
 先生 網の大きさやタイプによって張り直す大変さが違うから、めったに新調しないクモや、傷んだ所だけ直すクモもいるけど、イエオニグモなどは毎日のように張り直すよ。
 のの へー、何のために?
 先生 網は虫や葉が引っかかったりしてほころぶでしょ。それに、鳥などの天敵や獲物をかすめ取る邪魔者が、網を見つけてやって来るようなの。だからクモが狩りをしない時間、つまり夜行性のクモなら昼間まで網を張りっ放しにしておくのは良くないので、朝には片付けるのよ。
 のの 「片付ける」って?
 先生 糸を丸めて捨てたり、自分で食べてしまって、次に網を作るときに再利用したりするのよ。
 のの クモももったいないんだ!(取材協力=小野展嗣・国立科学博物館研究主幹、構成=武居克明)(
2014/04/05付「朝日新聞」e6より)

クモが巣を作る時に、最初はブラブラと風に乗って・・・というのは聞いたことがあったが、「クモが、スルスルと糸を出して風になびかせ、糸の先がどこかに届いたら、それを伝って網を作り始める」というのは知らなかった。
てっきり、枝に糸の端をしっかりと結び付け、クモ自身が枝からぶら下がって風でフラフラと飛んでいって、どこかの枝に飛びつき、最初の糸を張るとばかり思っていた。それが、どうも糸だけ出して風に任せるという。でも、糸だけを風に任せると、それが他の枝に届いた時に、どうやって枝に結び付ける?? 糸にくっつく力があって、それで枝に糸が絡まるのかな・・・。でも原理はそういうことらしい・・・。

散歩に行くと、たまにクモの巣を見付ける。茂みなどを歩いている時に、顔にべちゃっとくっつく巣は、迷惑この上ないが、人の通路にかかっていない巣は、ずっと同じ形で残っている事が多い。前に散歩の時に、歩きながらクモの巣を見付けると壊していたが、「クモだって生きるために作っているんだよ」とたしなめられ、それもそうだ・・・と、それ以降は壊していない。

自分は虫が大嫌い。だからクモも「敵」! もちろん家の中に入ってくる虫は、クモも含めて全部やっつける。(←カミさんが・・・)
でも自然の営みは雄大・・・。自然は知恵の結晶。だから“心の広い”自分は、直接自分に害を与えないものは許している・・・。
明日も、バス停の横にある大きなクモの巣がどうなっているか、“遠くから”見てみよう。

140423panda <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月22日 (火)

九官鳥がしゃべる・・・!!

今日の我が家は、カミさんがたまたま見付けて来たyoutubeの九官鳥の話で持ちきり・・・
インコの足の形を見ようと、youtubeをネットサーフィンしていたら、偶然見付けたのだとか・・・

自分もそれを見せられて、これが鳥の声かとビックリ・・・
下にyoutubeの“あべちゃんシリーズ”を参考に・・・(作者のサイトは(ここ)。たくさんの動画がアップされている)

まるでホンモノの女性の声・・・。何か細工をしているのだろう思ったが、どうもホンモノらしい・・・

上のあべちゃんも、セリフのバリエーションはそう多くないようだが、繰り返し同じ言葉をインプットすることで覚えてしまうのだろう。そして、鳥に教えると言うより、周囲で繰り返し話している言葉を勝手に覚えてしまうので、場合によってはヤバイ・・・。
それにしても、声の質(女性の声)まで真似てしまうとは・・・。youtubeには他に男性の声の九官鳥の動画もある。正直、鳥が話をするのをじっくりと聞いたのは初めてだが、あまりにリアル・・・。

ウチには九官鳥は居ないので安心だが、もし自分がいつもクセのように使う言葉を、イヤミのように鳥が繰り返し話している姿を想像すると、いやはや恐ろしい・・・。
日常的に、言葉遣いには注意しないといけないね・・・

140422doubutu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月20日 (日)

「気になるへそのゴマ、取ってもいいの?」

昨日の朝日新聞に、何と、へそのゴマについての記事があった。
「(元気のひけつ)へそのゴマとは
気になるへそのゴマ、取ってもいいの?~オイルと綿棒でやさしく
 子どものころに、へそのゴマはおなかが痛くなるから取ってはいけない、と言われた記憶があります。本当はどうなのでしょうか。放置しておいてもいいのでしょうか。考え出すと気になって、風呂場で視線はついつい、へその穴へと向かいます。
 そもそも、へそのゴマとは何なのか。「へその皮膚から落ちてくる角質に、皮脂などの油分が一緒になり、あかとなってかたまったものです」と住吉皮膚科(東京)の住吉孝二院長は言う。汚れもつくので黒っぽくなり、ゴマのように見える。
 見た目に美しくない。だから、ついつい取りたくなる。ただ、ちょっと待って。へそは腹膜に接していて、腹膜のすぐ下には腸がある。あまりいじくると腸を刺激してしまう。そうするとおなかが痛くなってしまうこともあるという。
140420hesonogoma  「必ず取らなくてはいけないというものではない。無理に取ろうとして、腹膜を刺激してしまうことのほうが心配」と住吉さん。細菌が繁殖することで臭いの原因にもなるが、普段は入浴の際にせっけんなどの泡でやさしく手洗いしてあげれば十分。刺激の強いナイロンタオルなどは避けたほうが無難だ。
 ただ、十分に洗い落とせず、長年放置されたままだと、あかがかたまって石のようになってしまうこともある。「臍石(さいせき)」と呼ばれる。へそを洗ってはいけないとの教えを守って、黒いかたまりがへそからのぞいたことに驚いて、皮膚科を受診する人もいるそうだ。
 医療の学会誌での報告もある。「臨床皮膚科」(2007年7月)で、静岡市立清水病院の杉浦丹(まこと)副院長(皮膚科)が報告した30歳男性のケースもそのひとつだ。
 へそ周辺の痛みに加え、腫れや赤みを訴えて受診した。黄色っぽいうみも出ていて、炎症の確認ができた。入院してへその下を少し切り開き、連日洗浄を繰り返したところ、4日目に人さし指の爪ぐらいの大きさの臍石が出てきた。その後、炎症は急速に改善したという。
 杉浦さんによると、臍石によってへその穴がふさがり、細菌感染を悪化させた可能性があるという。へそのすぐ下は腹膜なので、へその炎症は腹膜炎に進む恐れもある。腹膜炎になると腹痛や発熱などが起きうる。
 ただし、こんなケースは「非常に珍しい。珍しいからこそ学会誌に報告したわけです」と杉浦さん。この報告をする際、臍石による何らかの症状の報告を国内外の論文で調べたところ、1983~2003年に10症例だったという。
 とはいえ、時折はへその掃除もしたい。指の爪を立ててガリガリ取るのは禁物。へその穴にオリーブ油をたらし、少しおいてから綿棒などを使うとうまくとれやすいという。神経質になる必要はなく、杉浦さんは「1~数カ月に一度ぐらいでいいのでは」と話す。(武田耕太)
インフォメーション
 「日本のへそ」と宣言しているのが、兵庫県西脇市。経緯度で日本列島の中央に位置するため、という。1977年に宣言。その後、町おこしにつなげ、特産品として「日本のへそのゴマ」と名付けたゴマ栽培も行う。ゴマは抗酸化作用があるとされ、栄養豊富。「黒ゴマだと少々グロテスク」ということで、金ゴマを栽培している。」(
2014/04/19付「朝日新聞」e5より)

話題に事欠いて(!?)、何とへそのゴマの話だという。自分も長い間、色々な記事を目にしているが、へそのゴマの話は初めて・・・。(だからメモしておくのだが・・・)
上の記事によると、へそのゴマについての論文は、20年間で10症例だったという。つまり、日常においては、へそのゴマは、我々にとってほとんど無害な存在、ということ。
せっかくなので、何かコメントを書きたいのだが、自分も“へそのゴマ”と思い浮かべても、何も出て来ない・・・。

(よって、今日は書くことがないので、上とは関係無いが、こんな事を書いておく)
連日、韓国の旅客船の沈没事故のニュースが流れている。300人近い人が死亡または行方不明だという。何とも痛ましい。
今朝(2014/04/20)のTV朝日「報道ステーションSANDAY」で、東京海洋大学大学院 渡邉豊教授の解説が、実にロジカルで、聞いていて納得が行った。
氏によると、韓国の船は過積載が常態化しており、加えて下の貨物室には50トンもの過積載トラックが3台、左舷に積まれていた。5階には建て増しした客室が増え、甲板にはコンテナが積まれており、重心が相当上に上がっていた。そして、船底にある船の燃料が1昼夜の航行で減って、その分軽くなり、益々重心が上がって船がバランスを保つ限界にいたところに、ほんの1度位の軽い右旋回で、船が大きくバランスを崩して左に傾き、それにより舵が効かなくなって急旋回して、あわててエンジンを切ったが、船はぐるりと一回転して、北に向かって流された・・・。
逮捕された乗員の言い分とも合致し、実に納得が行く想定原因の解説だった。

こんな悲惨なニュースの隣で、へそのゴマの話をしている自分・・・。
何とか一人でも多くの生存者の救出を祈るばかりである。

140420gokiburi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月19日 (土)

「失言」とは・・・

先日の朝日新聞にこんな記事があった
「(be between)決定的な失言の経験ある?
 失言とは、「言ってはいけないことを、不注意で言ってしまうこと」(広辞苑)。間が悪く、何げない言葉が相手を傷つけてしまうケースも多いようです。失言かどうかを決めるのは常に「言われた側」。気軽な冗談のつもりでも、時には許せない言葉に変わる。そのあたりの難しさが浮かんできました。
痛みにふれる言葉
 思わず「それ、あるある」と言いたくなるような、軽めの失言から紹介したい。
 「保育士ですが、お迎えにいらした白髪頭の男性を見て、『今日はおじいちゃんなのね』と言いました。翌日、お母さんと話して、お父さんと判明。平謝りでした」(東京、49歳女性)
 「ふっくらしてたので『2人目?』と聞いてしまったが、ぽっちゃりしていただけだった」(三重、37歳女性)
140419shitugen  身体的特徴から、相手の属性や状況を決めつけてしまう「うっかり」の例だ。
 一方、うっかりでなく、わざと親しみを込めて言った冗談のつもりでも、相手を傷つけてしまえば立派な失言。
 「相撲の水戸泉が優勝した時、出張で水戸にいた。取引先の太った女性につい口がすべって『お兄さん、おめでとう』と言ったら、ビンタされた」(千葉、48歳男性)
 笑って済ませる相手ならそれだけの話だが、「失言」認定は常に言われた側がする。受け止めた相手には切っ先鋭い刃になり、予想できぬほど事態がこじれることも。
 愛知県の女性(73)の半世紀ほど前の思い出。「同僚の女性に『わあ、きれい!、この写真、本人よりすごく奇麗に写ってるね』と何げなく大げさに、褒め称えたつもりでしたが、その後、彼女から絶交状が届きました」
 「あなたは何げなく、ふざけただけでしょうが、小さい頃から両親に美しい姉と比べられ、ブスだ、ブスだと言われて育った私には、あなたの言葉や態度が許せない」。そういう内容の手紙だった。
 「コンプレックスを抱えていた友人に、申し訳なかったと反省しましたが、その後、以前のようには仲良くなれませんでした」
 縁が切れてしまう友人とは異なり、家族の中での発言は一見、すぐ修復できそうだ。だが、逆にそれだけ不用意な失言が飛び出しやすい、と言えるかもしれない。
 「複数の男友達と肉体関係をもった我が子に、思わず『バイタ』と言ってしまった。嫁いだ今でも、あれは傷ついたと言われる」(埼玉、61歳女性)
 「夫が仕事のことなどをグダグダ愚痴っていた時期に、『そんなんじゃ、生きてる価値ないじゃん』と、家事をしながら口から出てしまった」(福島、49歳女性)
 妊娠や出産についての話は難しい。一般には人生の慶事。だからよけい、心を痛めた経験を持つ人にはつらい話題となる。誰に過失がなくても友人関係を壊しかねない。
 「自分の妊娠を友人に伝える時、つわりがひどくて愚痴っぽく言ってしまった。たまたまその友人が流産してしまった直後だったらしく、知らなかったとはいえ彼女をひどく傷つけてしまった。結局その後、彼女は連絡を拒否し続け、謝る機会も与えてもらえないまま、縁が切れてしまった」(東京、42歳女性)
 アンケートでは、失言の経験が「ある、なし」はほぼ5割ずつ。「言われた経験」も半々に割れる。「言った経験がない」と答えた人が選んだ最多の理由は「記憶にないだけかも」。こう考えると、本当に失言と縁のない人生を送る人はどれだけいるのか。
 ただ、「失言はしない」と認める慎重な人から、「小心者なので自分が誰かに失言をしてしまった経験はない。本音で付き合う関係が少ないせいかもと思うとちょっと寂しい」(東京、43歳女性)という意見もあった。
 あまり気遣いしながら話していては、人との関係も縮まらないし楽しくもない。会話がそこにある限り失言はついて回る、と割り切ったほうが気楽なのかもしれない。(中島鉄郎)」(
2014/04/12付「朝日新聞」b10より)

新聞をにぎわす政治家の失言。誰もが「それが本音」と思って聞いている。政治家は、問題を指摘された発言は、すべて“失言”で済ます。何とも安易だが、社会はそれで許すのだから仕方がない・・・。
それに対し、我々の普通の生活ではどうだろう? あまり「失言」という言葉は使わない。上の記事のように、相手の発言に対して、直接文句を言うことはあまりしないが、心にズシンと響いた言葉によっては、その後の付き合い方が変わるのはよくある話・・・
たぶんその“本音の言葉”を、本来は失礼なので発言を控えるので言ってはいけない言葉、つまり“失言”というのだろう。

よってその理由は、上の記事でいうと、「配慮が足りずに」がやはり一番だろう。「つい口がすべって」は本音そのものだけに取り返しはつかない。ケンカの時に「怒りのあまり」言葉が過ぎることはあるかも知れないな・・・。

現役時代によくあった部下の結婚式。その挨拶で、自分がよく言ってきたことが「何でも話せる明るい家庭を・・・」という話。我が家はそれが少し行き過ぎていて、(ここではとても書けないが・・・)カミさんは、何もそんな事まで話さなくても・・・ということまで話す。
カミさんもそうだが、自分も考える前に口から言葉が出てしまう。口のバルブが緩んでいる、と良く言われるが、それは家の中では良いとしても、社会ではキケン。口から出任せ、など飛んでもないことで、社会人は一度自分の頭で咀嚼してから発言する事は必須だ。

でもやはり、家庭内では口のバルブは緩む方が望ましいのではないか・・・。我が家など、失言の山・・・。つまりは、本音の山・・・。
家庭に限ると、失言=本音で言い合える関係が、一番居心地が良い気がする。

140419uewomuirte <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月18日 (金)

宮川彬良編曲のブルグミュラー「アラベスク」が気に入った

先日、TV朝日の「題名のない音楽会」「春休み 視聴者リクエスト ベスト10」(2014/03/30放送)を見た。その中で、第4位の(2013年6月9日放送の)「バカにするなよブルグミュラー」で演奏された宮川彬良の編曲による「アラベスク」が気に入った。

「25の練習曲」より「アラベスク」
   作曲:F.ブルグミュラー
   編曲/指揮:宮川彬良
   演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

この曲は、子供たちの入門期のピアノ教則本「25の練習曲」で知られているとのこと。従って自分は知らなかった・・・。
せっかくなのでオリジナルを聞いてみよう。

<ブルグミュラー「アラベスク」(pf:友清祐子)>

なるほど・・・。子どもが頑張って弾く曲のようだ。

人の才能には色々あるが、ピアニストにはいつも舌を巻く。プロのピアニストは、2段の楽譜一杯の音符を、初見で弾く・・・。しかも、もの凄いスピードで・・・。他の楽器は単音が多いが、鍵盤楽器は、同時にたくさんの音が鳴る・・・。楽譜を目で追っている脳と、それに反応して動く指。人間のどのような神経的プロセスで演奏されているのかは知らないが、いつもスゴイ!と思っている。
上の「アラベスク」は、そのピアノの入門曲だという。だからと言って、バカにするなよ・・・と、ピアノ協奏曲に編曲したのが宮川彬良さん。いやはや編曲のプロも、やはり大変な“プロ”だ・・・。

世の子供さん! いつも練習している曲も、このような“もの凄い曲”なので、頑張って練習して下さ~い。(何のこっちゃ・・・!?)

140418okasii <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月17日 (木)

「肩凝り」について・・・

先日の日経新聞に、こんなコラムがあった。
肩凝り 藤野可織
 肩が凝っている。首も凝っている。肩甲骨のあたりの、もはや肩ではなく背中と思われる箇所も凝っている。腕を上からうしろにやるのではなく、下からまわしたときに触れることのできる、名実ともに背中でしかないエリアもあまねく凝っている。
 それだけではない。頭も凝っている。こめかみ、頭頂部、前頭部、後頭部、全部凝っている。腕を強くつかめば、腕が凝っていることもわかる。脚も凝っている。まさかと思いながら揉(も)みしだくと、尻までが凝っている。
 こういうことは、今にはじまったことではない。思い起こせば、私は高校生のときにはすでに肩が凝っていた。教室の机にだらりと上半身を投げ出し、だるいだの眠いだのめんどくさいだのとぐずぐず言っている生徒だった。運動をすればよかったのかもしれないが、私は運動神経がたいへん鈍く、そのせいで運動全般を激しく憎悪していた。なにひとつ対策を講じないまま大学生になり、ますます肩が凝った。
 大学では、周辺の女子学生の多くが肩凝りを訴える声を上げていた。たちまち私は闘志を燃やした。私がいちばん凝っているに決まっている。みんなもそう思ったようだった。友よこれが肩凝りだ、と言わんばかりに、互いの肩をつかみ、肩の硬さを競った。私がつかんだ肩は、どれもそれぞれに硬く、熱がこもり、弾力に満ちていた。薄い肩があり、分厚い肩があった。おしゃれなカットソーの襟ぐりから、端のよれた磁気ばんそうこうがいくつも丸見えになっている肩もあった。そしてまた、いくつもの手が私の肩を通り過ぎていった。そのたびに私は、「効かぬわ」と薄ら笑った。
 私たちは誰も勝ちを譲らなかったが、次第に仲間意識が芽生えていった。まれに「私、肩凝ったことないで」などと言い出す者があると、私たちは一斉に彼女に視線を注いだ。それはまるで命を賭けた大恋愛に破れ人生に疲れ果てた女が、まだ恋を知らない生娘を見たかのような憐憫(れんびん)と懐かしさにあふれた視線であった。
 卒業論文を提出した日、私は数人の好敵手たちと連れ立ってマッサージ店に入った。プロに身を任せるのは、それがはじめてだった。私の担当になった若い女性マッサージ師は、施術を開始するなり「なんでこんな硬いんですか! ここ、こんなところに骨はないですよ!」と怒りをあらわにした。私は、やはり自分の肩凝りは相当のレベルに達しているのだと優越感にひたった。私は肩凝りを舐(な)めていた。
 数年経って、小説を書きながら会社勤めをしていたころ、会社の自分の席でパソコンに向かっていた私は、突然、頭がまったく動かなくなった。背中から頭にかけて鉄板で固定されたかのようだった。無理に動かそうとすると悲鳴を上げそうになるくらい痛かった。でも、悲鳴は上げられなかった。首に力が入らないと、声を出すことができないのだということをそのとき知った。私は会社を早退して、頭を微妙に前傾させたまま鍼灸(しんきゅう)院に駆け込んだ。
 すべては私の慢心が招いたことだった。現在も特に対策は講じていないが、少なくとも肩凝りを誇るという卑しい心根を捨てる努力はしている。しかしこのような文章を書くこと自体、まだまだ謙虚さが足りていない証拠であると思う。猛省したい。(作家)」(
2014/04/14付「日経新聞」夕刊p7より)

いやはや“プロ(=作家)”はスゴイ。自分の肩こりをネタに、これだけの文章を書いてしまう。読む人にとって、実に人畜無害な記事を・・・。これは決して、けなしているのではない。その文才に畏怖しているのだ・・・。

悪乗りして、自分も少し肩こりのことを書いてしまう・・・。
童謡に「母さんお肩をたたきましょう・・・」という歌がある。自分も子どもの頃、お袋から5円のお駄賃を貰うために、ときたま(ホンモノの)“肩たたき”をしたもの。つまり我が家系には、肩こりの血が流れているらしい。よって自分もよく肩が凝る。
この冬、どうも睡眠が良くないので、これも肩こりから来るのか?などと疑って、カミさんの勧めで、初めて近くの整骨院に行ってみた。いわゆる「骨接ぎ」である。(正式には「柔道整復術」と言うらしい)
院長にまず言われたのが「長年の凝りが溜まっている」。それに、睡眠なども自律神経にかかわるので、好転する可能性は高い、とのこと。「治るんですか?」「こっちはプロですから」だって・・・
初診の日の夜、まずビックリ。言われていたリバウンドが大きく発現した。夜になると、まるで鼻風邪を引いて熱が出たように、体がだるい。次の日には治ったものの、つまりは背中や肩のツボを押すことに、自分の体が反応した、ということ。それから2ヶ月ほどその整骨院に通った。
一番大きな収穫は、自分の姿勢の悪さを“深く”認識したこと!? 猫背がひどいのである。それを自覚してから、姿勢を気にするようになった。電車で座っても、背もたれになるべく背を付けない・・・等。そのせいか、肩こりは最近あまり気にしなくなっている。

誰も、自分の体に弱点を持っている。いわゆる持病だ。自分も色々とある。もちろんトシなので、それらとうまく付き合っていくしかない。一病息災という言葉もあるので・・・。
先日は持病の不整脈で、またまた大騒ぎをしてしまった(ここ)。そして今回だけは、自分のバカさかげんに辟易した。医師から「心房細動の原因は、酒と脱水」とあれだけ言われていたのに、甘く見ていた。高を括(くく)っていたところに、案の定、鉄槌が下された。
これからは、弱っていく体とうまく付き合っていくために、自分の欲望との我慢比べになるような気がする。

140417nn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月16日 (水)

「小保方さん問題」で終わりか?

今日も、STAP細胞の論文執筆の中心メンバーである理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が記者会見をしたが、いっこうに沈静化の方向が見えない。
先日の朝日新聞にこんな意見が載っていた。
「小保方さん問題」で終わりか 東京大学教授、ロバート・ゲラーさん
 STAP細胞をめぐる問題は、日本の科学技術研究が非常に危険な状態にあることを明らかにしたように思えます。
 僕は米カリフォルニア工科大でノーベル物理学賞を受けたリチャード・ファインマンに学びましたが、彼は研究者は常に真理をありのまま語るべきだと力説した。日本では、そうした科学の基本姿勢を必ずしも十分に教えていない。
 STAP細胞問題では、論文の共著者たちの姿勢も疑問です。通常なら、論文の共著者は、他の筆者が書いた部分も細かく読んで添削します。STAP論文は、不適切な画像だけでなく、スペルミスなど、読めばすぐわかる間違いが放置されている。共著者が読んだかどうかすら怪しい。研究者としてあるべき姿ではありません。
理研の対応疑問
 理化学研究所の対応も非常におかしい。調査委員会に付託したのは6点の疑惑の調査のみで、他は対象外にした。すべての疑惑を調査すべきでした。これでは多くの疑問点が宙に浮いたままです。
 6点のうち2点の不正を認定したが、不正に関与したのは小保方晴子さんだけで、他の共著者は関与していないとしている点は、あまりにも甘すぎます。理研の上司たちは、投稿前に原稿や実験ノートを厳しくチェックする責任があったはずです。また小保方さんは研究データを研究所のパソコンではなく私物のパソコンで管理し、実験ノートも数冊しか残していなかったようですが、とんでもない話です。理研の管理責任が厳しく問われなくてはいけません。
 理研は、共著者の1人を実施責任者としてSTAP細胞再現の検証作業を行うと言っていますが、これも非常識です。不正が認められたなら、元の論文は存在しないと同じ。「再現」というべきではないし、理研の当事者たちはこの研究から手を引くべきです。
 今回の疑惑の検証は、ネット上での匿名の告発がきっかけになりました。匿名だということを非難する人もいますが、論文は公表されるものだから、チェックして疑問点を指摘するのは匿名であってもまったくかまわない。個人攻撃はよくないが、「この画像が使い回されている」といった事実関係の指摘であれば問題ありません。
共著者にも責任
 今回の問題を「小保方さんが悪かった」だけで終わらせてはいけない。ネイチャー誌の投稿規定に明記されているように、共著者には論文の内容を詳細に確認する連帯責任がある。小保方さんだけを切って、上層部は給与カットなど形だけの処分ではいけません。
 再発防止のために一番重要なのは研究機関のガバナンスの改善です。海外の有名研究所や一流大学は、様々な国の研究者がマネジメントに携わっているのが一般的です。理研は国際水準の研究所といわれていますが、理事長を含めた理事6人は全員日本人で、うち2人は文部科学省出身者、1人は内閣府在籍経験者。外国から優れた研究者を招き、理事会の半分は外国人にすべきです。
 さらに、外国人理事が意思決定に十分参加できるように、公用語も英語にする。コンプライアンス担当には、国内外から先端科学の現状がわかっている人を採用すべきです。役所からの天下りをなくし、官僚支配から研究者支配に切り替えることが必要です。
 理研にも、中堅にはすぐれた研究者がいますが、必ずしも厚遇されていない。特に有期契約の若手はすごくプレッシャーを受けています。幹部があくびしている間に、現場は奴隷のように研究しなくてはいけない。クビになる恐怖にさらされていると、誰でも不正をしてしまう可能性がある。
 政府も問題が大きい。問題発覚前の2月、総合科学技術会議に小保方さんを出席させようとしましたが、STAP論文が当初言われていた通りのすばらしい研究だったとしても、30歳の若手研究者をそのような場に呼ぼうとするのは、政権の人気取り、パフォーマンスでしかありません。「日本の科学技術を世界一に」するためには、当然カネをつぎこむ必要はあるが、まず体制を立て直すべきです。そして何よりも研究者が真理を語ることを説いた、ファインマンの精神を忘れてはなりません。(聞き手・尾沢智史)
     *
 Robert Geller 52年米国生まれ。スタンフォード大助教授を経て、84年に東京大助教授、99年に教授。専門は地震学。著書に「日本人は知らない『地震予知』の正体」。」(
2014/04/15付「朝日新聞」p17より)

一連の動きを眺めていると、テレビの警察ドラマを見ているような気がしてくる。つまり「組織を守る」というテーマ。
当初から、メディアは理研がひとりの個人に全責任を負わせる「トカゲの尻尾切り」の懸念を伝え、実際にその通りの動きのようだ。
理研も小保方氏も、両者共、あまりに拙(つたな)く、日本人として情けない。上の米人の指140416stap 摘の方が、マスコミに出てくるコメンテーターの評論よりもよほど的を射ている気がする。
それにしても、3400人という大組織の共著者が、なぜ全員逃げているのか? 今日やっと一人だけ笹井氏が記者会見を開いたが、あまりに遅い。しかし案の定、言い訳に終始し、自身の関与については「論文の仕上げに協力しただけ」と語ったという。しかし1月の最初の会見では「25年間の研究生活の中で、一番すごい想定外のインパクト」「目から鱗でしょう」と自慢していた。プラスの場では主役を演じ、マイナスの場では脇役に逃げる・・・。実に典型的な日本の管理職。
でもこれでは、日本の論文の「名前貸し」が世界にバレてしまう。つまり、小保方氏以外は、ロクに全文を読んでいない、という事実(?)が、バレてしまう・・・。(写真は2014/04/17付「日経新聞」p6より)

先日の小保方氏の記者会見も、見ている人は唖然とした。もう科学者として後がない状況なのに、エビデンスは「次の論文のために出せない」というスタンスは、理解しがたい。そもそも「次の論文」のチャンスが失われることを避けるために行った記者会見だったはずで、あらゆるものを出し切って総力戦で戦うのが普通なのに・・・。
もちろん決定的な証拠の写真の取り違えも信じがたい。なぜなら、その証拠の写真を見せるための論文なのだから・・・。文章などは付け足しで、最後の写真一枚だけに価値がある。それを間違えるはずがない・・・と思うのだが・・・。
繰り返しテレビから流される「STAP細胞はあります」というアナログ的な説明。誰も「あるか」「ないか」を小保方さんに聞きたいのではない。理研をぎゃふんと言わせる証拠そのもの・・・。それを示す以外に、科学者としての道は残されていないのに・・・。
そして、トドメが「200回以上作製した」という発言。これで、全ては消し飛んでしまった気がした・・・。

それにしても、企業の管理の目から見ると、理研も含めた科学者の世界とは、これほどまでに“自由奔放”な(=ノー管理の)世界なのか? そして、「トカゲの尻尾切り」の、誰も責任を取らない無責任な組織なのか・・・

日本の科学の信頼を保つためにも、外国科学者が納得するような説明の展開を期待したいのだが・・・。

140416nemui <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月15日 (火)

「老舗百貨店、まさかの統合」

先日の日経新聞に。百貨店の統廃合についての記事があった。歴史を振り返る記事なので、あまり面白くはないが・・・。
「流通革命50年の興亡(2)老舗百貨店、まさかの統合 再編の影に物言う株主 歴史守るため大胆に変化
 江戸初期と中期に創業した松坂屋と大丸。首都圏が地盤の老舗の三越と伊勢丹。関西電鉄系のライバル、阪急百貨店と阪神百貨店。歴史が培った独自の社風と屋号に象徴さ140415depat1 れる百貨店には、変化を嫌いそうな体質が漂う。だが各社は2007年前後に一斉に再編に動いた。まさかとの印象も強い統合の背景には消費の変化だけでなく、物言う株主の存在があった。
 「従来の百貨店とはかなり違ったものになる」。「大丸」「松坂屋」を傘下に持つJ・フロントリテイリング社長の山本良一は2日、松坂屋銀座店跡地の再開発着工発表会でこう発言した。詳細はこれからだが、低層階に商業施設を配置し、その上はオフィスとして活用するのが骨子だ。
秀和の悪夢再び
 同様の構想を20年以上前に松坂屋に突き付けた人物がいる。不動産会社秀和の社長、小林茂だ。流通株を買い占め、百貨店に都心の一等地の有効活用を迫った。懇意のゼネコンに作らせた大型模型を見せ、持論の再開発計画を展開。幾度も呼びつけられた松坂屋首脳は聞き入るだけだった。
 当時、メリルリンチ証券で小売分野のトップアナリストで、小林とも接点があった鈴木孝之は「今ならファンドですよね。実際、その後の村上ファンドは松坂屋にとって秀和の再来だった」と指摘する。
 村上ファンドが松坂屋に現れたのは05年。松坂屋社長(当時)の岡田邦彦が大阪などの店舗閉鎖を「刀折れ矢尽きた」と苦渋の表情で発表した翌年だ。目当てはやはり土地だった。
 結果として一年余りで村上ファンドの脅威は代表のインサイダー取引容疑を機に去った。だが、ようやく腰を据えて創業400年となる11年の記念事業として銀座店の再開発を進めようとした松坂屋はある事実に直面する。「株主対策に翻弄されて疲弊し、何度、経営会議を開いても新たな銀座店の青写真が描けなかった」(当時の首脳)。
 平成に入って2度も株式を買い占められた松坂屋。「このままではまた同じ事が起きかねないとの思いで、役員らから自然と出てきたのが再編という言葉だった」とこの首脳は振り返る。相手に想定したのは90年代後半から改革を進め業界屈指の効率経営を実践する大丸。最大の消費地、東京での存在感を高めるという課題も同じだった。
140415depat2  06年12月11日夕、松坂屋ホールディングス社長(当時)の茶村俊一と大丸会長(同)の奥田務は互いの本社の中間にある京都のホテルで会談。提携から入ろうとした茶村に奥田は「スピードをもって経営効率を高めるには統合以外は意味がないでしょうと持ちかけた」と打ち明ける。この時、茶村は「村上ファンドの問題は片付いています。障害はありません」と答え、統合の流れが決まった。
 村上ファンドが統合に結びついたのは阪急百貨店、阪神百貨店も同じ。阪神百の親会社、阪神電気鉄道株が村上ファンドに買い占められ、迷走の末に阪急電鉄グループが取得。鉄道の統合が百貨店にも及んだ。
 同じ頃、東京では三越が苦境にあった。90年代後半以降、ゴルフ場開発の失敗などでリストラが続き、自己資本比率は一時、10%程度まで落ち込んだ。業績低迷で株価が乱高下するうちに、いくつかのファンドが株式を取得。「分厚い資料をもって訪れ、短期に抜本的な経営改革と成果を迫ってきた」と三越社長(同)の石塚邦雄は当時の状況を説明する。
時間との闘い
 石塚は「好き勝手にはさせないとの思いで営業力回復による再生方針を丁寧に説明した」が納得せず、矢継ぎ早に改革案を突きつけられる。格付けも下がり、社債の発行も事実上閉ざされた。再生は時間との闘いになり、単独での生き残りから統合にかじを切った。
 石塚は高校の先輩、伊勢丹社長(同)の武藤信一を頼った。人的なつながりだけではない。三越の若手社員らは「目指すべき百貨店像」に伊勢丹を挙げていたからだ。
 統合の行方を見守っていた三越の主力取引銀行、三井住友フィナンシャルグループ社長(同)の北山禎介は「こんな組み合わせがあったのかと感心した」と振り返る。ファッションに強い伊勢丹と高額所得者に支えられる三越。顧客を奪い合うことは少ない。北山は幾度の合併を繰り返してきた銀行の歩みにも重ね合わせ、石塚に「ベストプラクティス(最善策)ですね」と背中を押した。
 その後急速に進んだ再編作業に北山も驚き、「主導するリーダー、目指すべき百貨店像が明確だったからでしょう」と語る。その理由を証券会社幹部はこう解説する。「両社の株主名簿を見たら、株主でもある取引先の重複が目立った。百貨店側は規模のメリットで取引交渉が有利になり、取引先にとっては太いパイプが築ける。もし、株主構成が大きく違っていたらもたついていたはずだ」
 頼られた伊勢丹も実は株主への課題を抱えていた。松坂屋同様、90年前後に秀和に株を買い占められ、解決のために取引先に一株1300円で取得してもらった経緯があった。「統合時にこの株価を上回っていないと迷惑をかけると最後まで気にかけたが、結局届かなかった」とOBの一人は無念そうに語る。ここにも秀和の亡霊がいた。
 経済学者で流通業界に詳しい、東大教授の伊藤元重は百貨店を「しぶとい」と表現する。大手小売業として100年を超える歴史を誇るのは百貨店だけだからだ。多くの関係者が指摘する「長い歴史で培った本能的な危機感」があったからこそ、百貨店は屋号を守るために大胆な変化を選んだのだろう。(敬称略) 編集委員 田中陽が担当した。」(
2014/04/13付「日経新聞」p15より)

百貨店はまさに夢を売る。子どもの頃は、百貨店は屋上に遊園地があり、食堂ではお子さまランチがあった。商品は高品質だが高価・・・。
自分自身は、あまり百貨店には縁が無かった。頭から「高い」と思い込んでいたから・・・。でもやはり百貨店で買ったスーツの品質は良い。逆に、特売場で売っていたスーツは、伝票は百貨店のものであっても、実態は百貨店の場所だけ借りた外部業者であることをずっと後になって知った。

そのブランドが命の百貨店の、統廃合の嵐・・・。でも百貨店はどんなことがあっても生き残140415depatると思う。要は、何を持ってその存在感を示すかだが、それぞれに特徴を出している。
しかし当八王子には百貨店はない(図はここより)。自分が現役時代は、伊勢丹、大丸、西武、そごう、などがあった。立川の駅前に比べると、八王子は何とも・・・

何でも、同じ状態で続くものはない。その時代にどう合わせせられるか・・・。
銀行の統廃合もそうだが(ここ)、百貨店の変遷についてもピンで留めておきたく、書いておく。

140415otukai <付録>「ボケて(bokete)」より

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