2015年3月30日 (月)

「漢方」の名、口に苦し

先日の朝日新聞に、こんなコラムがあった。
「(日曜に想う)「漢方」の名、口に苦し 特別編集委員・山中季広
 わが家の薬箱に漢字があふれてきた。葛根湯(かっこんとう)に桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)。実家の両親の薬袋には猪苓湯(ちょれいとう)や麻子仁丸(ましにんがん)。十何年か前までは違った。○○リン、××ミン。片仮名の薬ばかりだった。
 年を追って家々に浸透してきた漢方薬だが、生薬の最大産地である中国では国内需要が爆発的に伸び、供給が追いつかない。政府は一部生薬に輸出規制をかけた。近年は投機マネーによる買い占めが頻発。乱獲も絶えない。
 生薬の8割を中国からの輸入に頼る日本はたまらない。中国市場に振りまわされないよう、日本の漢方メーカーの一部は中国以外に調達先を求めた。
    *
 最大手ツムラ(東京)は、国内需要を満たすべく東南アジアのラオスに自社農場を作った。今月初めに現地を訪ねると、38度の炎天下、地元農民200人が赤茶けた畑に種をまいていた。
 「ベトナム、タイ、カンボジアなどを調べて回り、ラオスを選んだ。土壌が適していて、治安がよく、人手が確保でき、まとまった広さがあること。それらが決め手でした」。現地法人の神保智一社長(46)は話す。
 最初の難関は不発弾処理だった。ベトナム戦争時、米軍が大量のクラスター爆弾を落として去った。危なくて開墾もままならない。農地に弾薬がないか確かめるのに3年を要した。
 広大な農場で、栽培には年間延べ12万人もの労力を要する。近隣にはゴム園やコーヒー農園が多く、繁忙期には人手の奪い合いが避けられない。
 ラオスの人々に漢方薬をのむ習慣はないものの、着実に現金収入の得られる職場は歓迎された。ツムラが中学校を寄贈したことも大きい。小学校を終えれば農業を継ぐほかなかった子供たちに、進学の道が開けた。
 「収入面と教育意識の面で村が変わった。念願の高校併設も決まった」とソムプー・インティサン校長(45)。
 7年前に定植した桂皮が昨秋、収穫にこぎ着けた。早ければ来年、ラオス産成分入りの漢方薬が初出荷される。
 ラオスへの行き帰り、東洋医学のイロハを入門書で学んだ。日本の「漢方」と中国の「中医」に大差はないと思い込んでいたが、実際には相当な隔たりがあると知った。
 理念先行の中医に対し、漢方は治すための実学。中国は脈を調べ、日本はおなかを診る。薬の配合も違う。
    *
 漢方をとりまく国際環境に詳しい慶応大学の渡辺賢治教授(55)によると、欧米の医療機関が盛んに東洋由来の治療を試みる時代を迎えた。とりわけ難治のがんや膠原(こうげん)病、アトピー性疾患といった分野で関心が高い。
 東洋医学が脚光をあびるにつれ、中国が大変な熱心さで本家本元を主張するようになった。中国流を世界の標準にすえるべく、国際標準化機構(ISO)の会議に日韓を圧する大人数を送り込む。「国際中医師」という資格を欧米に普及させる。鍼灸(しんきゅう)を国連の無形文化遺産に登録したのも中国である。
 韓国も負けじと自国の「韓医学」を世界に売り込む。対して日本は、政府に戦略が乏しく、役所の縦割り意識がじゃまをして足並みがそろわない。
 今さら悔やんでもしかたないが、漢方の歴史をたどると、明治政府があまりに冷淡だった。脱亜入欧の時代、オランダやドイツの医学に目を奪われ、漢方の名医たちを路頭に迷わせた。
 さらにさかのぼれば江戸の医師たちの命名センスが惜しまれる。西洋由来の蘭方(らんぽう)に対抗して漢方と呼んだ。それが受け継がれたわけだが、何ごとにつけ日中が肩ひじ張り合う現在、漢の字は中国を必要以上に利してしまう。
 国際会議で日本代表が漢方のすぐれた点を詳述しても、中国代表の胸には響かない。「しょせん中国医療の派生だろう」「漢王朝の名を冠しているじゃないか」といった顔をするそうだ。
 できれば江戸や明治の先達には別の名をつけてほしかった。「日方」はどうか。「和方」じゃダメか。漢方薬をのむたびむなしく代案を練っている。」(2015/03/22付「朝日新聞」p2より)

我が家は、漢方薬を結構利用している。実は自分も、前は「漢方」は中国の薬だとばかり思っていた。それが純粋に日本で育った薬だったのだ。
なるほど。名前だけ考えると、「漢方」という名は、まさしく残念。

まあそれはそれとして、「中国は脈を調べ、日本はおなかを診る。」というのは、そうかも・・・
でも日本の漢方医でも色々・・・。自分が行ったことがある漢方医を思い出してみると、八王子の漢方薬局は、脈と舌。M医院は触診と舌。中国人の女医さんは何も診ない。話だけ。K中医は脈と舌。
別にそれで分かるのなら、診なくても良いのだが、体に一切触れない中国の女医さんだけは、ちょっと不安・・・
そう言えば、前に見ていた韓国ドラマでは、脈でほとんどの病気を診断していた。脈で言い当てるのだからスゴイ・・・

いつもお世話になっているツムラのサイトを見たら、色々な情報がある。漢方薬が出来るまで(ここ)や、保管方法での品質(ここ)など・・・
ついでに(ここ)を見たら、漢方薬の使用期限は5年、とあった。漢方は、結構持つらしい・・・

ともあれ、良く分からない体調不良では、漢方の存在は有り難い。何か病名が付かないと追い返される西洋医と違って、漢方医は、ワケが分からない症状も聞いて処方してくれる。
まあ自分もこれから、体の老化から色々な症状が出てくるのだろう。
その時は、漢方のお世話になろう。

150330atatame <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月29日 (日)

社会保障の世代間での損得

先日の朝日新聞に、年金の世代格差についてのグラフがあった。よく言われることだが、一目瞭然なので、見ておこう。
「(教えて!格差問題:4)社会保障の損得、世代間でどれくらい違うの?
 経済学に「財政的幼児虐待」という言葉がある。世代間格差を研究する米国の研究者が使って広まった言葉で、若い世代やこれから生まれてくる子どもほど、とてつもない借金を背負わされる、という意味だ。
 かつては税金や保険料を納める働き手がたくさんいたから、お年寄りの老後を支えることもできた。1950年には65歳以上の高齢者1人に対し、現役世代(15~64歳)は12人いた。それが、今は2.5人しかいない。その分、若者に負担が重くのしかかる。
 年金や医療、介護などに支払う保険料に対し、受け取れる年金やサービスには、世代間でどれほどの差があるのだろうか。
150329syakaihosyou  学習院大の鈴木亘教授(社会保障論)の試算がある。会社員の夫が平均的収入で40年間働き、妻が専業主婦の世帯をモデルにすると、1940年生まれは、一生を通じて4930万円の「得」になるが、65年生まれだと差し引きゼロ。2010年生まれは3650万円の「損」になる。祖父母と孫世代で8千万円以上の差だ。
 若い世代の負担はそれだけではない。国は膨らむ社会保障費をまかなうために、1030兆円もの借金を重ねている。これも、将来世代に回されるツケだ。
 高齢化は昔からわかっていたことだ。「現役世代が高齢者を支える今の仕送り方式から、自分で老後に備える積み立て方式に変えるなど、政策で対応できた」(鈴木氏)はずだが、後手に回っている。
 若い世代に負担が偏る背景には、若者の政治への関心の低さがあるかもしれない。総務省によると、昨年末の衆院選の投票率は、20代の32.6%に対し、60代は68.3%。いきおい、政治家は高齢者に痛みの少ない政策を選びがちだ。鈴木氏は「若者がお任せ民主主義を続けていると、自分たちがどんどん損する方向にものごとが決まっていく」と警告する。
 格差は同じ世代の中にもある。生活保護の受給者209万人(2012年)のうち、60代以上が半数を占める。高齢者がみな裕福、というわけではないのだ。
 こうした世代内の格差は、教育を通じて子の世代に引き継がれやすい、と指摘される。親の年収が高いほど、全国学力調査の正答率が高く、4年制大学への進学率も高いとの研究報告もある。放っておけば世代間で連鎖し、「格差の固定化」につながりかねない。(疋田多揚)」(2015/03/25付「朝日新聞」p7より)

“経済学に「財政的幼児虐待」という言葉がある”とは、初めて知った。なるほど言い当てている。
グラフを見ると、自分の世代では3000万円の得になるそうだ。しかしウチの孫は△3600万円か・・・。息子どもはそれぞれ1000万円以上の損なので、全体的には△だな・・・

そう言えば、昔、死んだ親父から「我々の世代は、払った額の何倍もの年金が貰え、非常150329nenkin_2 に恵まれている。しかしこれから生まれる世代は大変だ」と言っていたことを思い出した。
当時、年金という言葉がピンと来ず、聞き流していたが、今になって考えると、この話は重たい話だ。
誰もが分かっていながら、それが放置されているのは、すべて選挙のせい・・・。我が身可愛さで、我々年金を貰う老人たちも、そして政治家たちも、物言わぬ子どもの世代に全てを押し付けて知らん振り・・・

まあ、せめてもの罪滅ぼしだ。我が家では孫にせっせと小遣いをあげることにでもしようか・・・。
(追:上の図は、2015/03/30付「日経新聞」p9より)

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*上の話と関係無いけど、今朝は三菱の液晶テレビのトラブルでドタバタ。
朝、「お父さん!テレビが壊れた!」というカミさんの声でたたき起こされた。見てみると、電源を入れて2~3分たつと、電源が落ちて画面が真っ黒。それから「起動中」の表示が出て、絵が出るが、また2~3分で落ちる。これを繰り返している。録画のリストを見ても、番組の1~2分の断片でぎっしり。主電源の入り切りをしても同じ。これは故障だな・・・
修理受付が始まった9時に三菱に電話するも、「混み合っているのでかけ直せ」の一点張り。それから何度かかけたがつながらないため、メールで修理依頼をした。
それから、使っていない前の東芝のテレビを、代わりに設置したりで、大変・・・
昼頃になって、どうもヘンだと思い出した。今までは、「順番におつなぎしますのでお待ち下さい」だった。若しかしたら、ファームのバグかも知れない・・・と、Netで見ると、案の定、全国的に発生していた。
地デジのアンテナ線を外すと、現象が出ないことを知って、アンテナを外した。
昼過ぎに、Netで「直った」という書き込みがあったので、我が家も試したら、直っていた。

まあ有り得ること。しかし影響はデカイ。
「広報部では「オンエアダウンロード放送に当社のものではないデータが影響した」と話しており、三菱電機側が流したわけではないデータがなんらかの関係で影響を及ぼし、不具合にいたったとしています。」とのことだが、顧客はテレビの故障・・・

“記念に”NHKの午後7時のニュースをメモしておく。
三菱電機製の液晶テレビでトラブル
大手電機メーカー「三菱電機」製の液晶テレビで、何も操作していないのに突然、電源が入ったり切れたりするトラブルが、29日の午後にかけて全国規模で発生し、会社では詳しい原因を調べています。
トラブルが起きたのは三菱電機が「REAL」のブランド名で販売している液晶テレビのうち平成22年以降に製造した製品です。
会社によりますと、29日の午前0時ごろから何も操作していないのに数分おきに電源が入ったり切れたりするトラブルが全国規模で発生したということです。
該当するテレビは国内で118機種、162万台に上りますが、トラブルは29日の午後にかけて順次復旧したということです。
三菱電機では、テレビの基本ソフトを更新するために電波で情報を受け取る際に何らかのトラブルが発生したとみており、現在、詳しい原因を調べています。
三菱電機は「トラブルは復旧しましたが、利用者の皆様には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と話しています。」(
より)

夕方、三菱から「遅くなってスミマセン」と電話がかかってきた。相手が女性だったので「もう直ったの?」と優しく聞くと、「今朝から大変だったんです」と・・・
原因が何であれ、現象が出てしまうと、顧客はガッカリしてしまう。

原因をNetで探すと、三菱のプレスは、
「本障害は、特定放送データを受信した際に発生することが判明致しました 。本日正午頃より、障害発生の原因となっていた特定放送データの配信を変更しており、それ以降は障害が発生しなくなることを確認しております。」
報道では、
「三菱電機によると、今回の原因となったデータは、他社が配信したもので、三菱電機が配信停止を要請したことで、障害が復旧したという。」
「なお、この障害は特定の放送データを受信した際に発生したことが判明、この特定放送データの配信を変更した29日正午頃以降は障害は発生しなくなることを確認したとしています。」
「同社によると、午前0時ごろに配信された同社以外の機器向けの更新情報が、何らかの原因で同社のテレビが誤作動を起こすきっかけになった。正午ごろに、原因とみられる更新情報の配信を止めたところ、障害は解消した。」

なるほど、だから地デジのアンテナを外すと良くなったのだ。
テレビのファーム更新履歴を見ても、最近更新をした形跡はなかったので、三菱が何かをした訳ではなかった。
まあ、三菱の信頼を失わないためにも、“他社名”を含めて、原因をキチンと公表して欲しいもの。
我が家では三菱のテレビに満足しているのだから・・・
三菱さん、頑張ってね!

150329sironeko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月27日 (金)

市販薬の使用期限の目安は3年・・・

自分は、薬の物持ちが良い。これは困ったこと・・・
先日の「日経Gooday」にこんな記事があった。
市販薬は開封後、いつまで使っていいの?
「使用期限」は未開封の場合で品質が保証される期間のことです

    日本医薬品情報学会(2014/12/21)

 食べ物に賞味期限や消費期限があるように、市販薬にも薬の品質を保証する「使用期限」が決められています。薬は、食べ物のように目に見えて腐敗したりすることは滅多にありませんが、時間が経つにつれて含まれている有効成分が分解されてしまったり、副作用を起こしやすい物質に変化したりして、期待通りの効果を示さない可能性が出てきます。 市販薬は時間の経過と共に、気温や湿度、紫外線などによってその有効成分が化学変化を起こします。そこで製造後、薬の効果が保たれ、安心して使える期間を「使用期限」として、メーカーが決めています。
 使用期限は、ある一定の環境下(例えば「気温25℃・湿度60%で3年間」、「気温40℃・湿度75%で半年間」などの条件)でその薬を保管した場合の、有効成分への影響や薬自体の品質などを調べ、得られたデータを基に決定しています。さらに、主に温度や湿度、光による影響を把握することで、添付文書上に記載する開封後の保管方法を決めています。

使用期限の目安は3年
 市販薬の使用期限は製造から3年が目安になっています。3年より短い期間で薬剤の品150327siyoukigen1 質や効き目が変化してしまう市販薬には、外箱や本体に使用期限を記載しなければならないと医薬品医療機器法(正式名称「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」、2014年11月25日に薬事法から名称変更)で定められています。
 一方、室温保存で製造から3年以上、品質や効き目が変わらないものについては法律上、使用期限の明記を求められていませんが、現在、ほとんどの市販薬で使用期限が記載されています。ただし、使用期限とは未開封の場合での期限ですので注意してください。

シロップ剤や目薬には例外も
 では、開けてしまった市販薬はどのくらいの期間であれば、品質や効き目が保たれるのでしょうか。
 1錠(もしくは1回量)ずつ個包装された薬であれば、比較的環境が安定しているので、外箱の開封後であっても、使用期限内であれば使用して構わないと考えられます。一方、薬の品質や効き目が変化しやすいものは、個包装されていない瓶入りの薬やシロップ剤、目薬などです。瓶入りの錠剤やシロップ剤は開封後半年、目薬は開封後1~2カ月の間の使用にとどめるのが賢明です。
 前述したように、メーカーは環境に伴う品質の変化を調べるのと同時に、劣化を極力抑える保管方法についても調べています。添付文書には「室温で保管すること」「直射日光の当たらない涼しいところで保管すること」など、詳しい保管方法について記述があるので、そちらを参考にして市販薬を保管してください。

150327siyoukigen2  使用期限を過ぎてしまった市販薬や、いつ開けたかわからなくなってしまった薬は処分するようにしましょう。1年に1回は救急箱の中身を点検して、整理することをお勧めします。

Profile一般社団法人日本医薬品情報学会 OTC情報委員会
日本医薬品情報学会(JASDI)は、薬剤師が中心となって医薬品情報学に関する教育や研究を行うことで、薬学・医学・医療の進歩向上、国民の健康に貢献することを目的として活動しています。本会のメンバーは病院や街の薬局で働く薬剤師、薬学系大学教員、製薬や医薬品流通関連企業、薬事関連行政担当者などです。主な活動として、学会機関誌JJDIの発行、学術大会・学術フォーラムの開催、一般向けの公開講座、医薬品情報学に関する教育・研究の支援、専門薬剤師の認定などを行っています。」(「
日経Gooday」ここより)

実は、自分は余った薬を取っておき、次に同じような症状が出た時に、再利用するのが“趣味?”だった・・・。
さすがに、実際に飲むことはまれだが、でも先日実際に飲んで、案の定かえって体調を崩した。たぶん変質した薬の影響だろうと想像・・・。いつもカミさんからは止められているが、つい・・・

でも世の中の常識では、薬の使用期限は3年ほどらしい。もちろん開封後はもっと短いし、もっと長い期限を書いている市販薬もある。

しかし、何かの症状が出たときに、いちいち病院に薬を貰いに行くのはおっくう。いや、何よりも近くに薬があるというのは、安心につながるので・・・
ウチのカミさんはまったく逆。そんな怖い冒険は出来ない、と言う。先日も家の薬箱がスカスカになっていてビックリ。たくさんあったバッファリンがもぬけの殻・・・。危ないから棄てたという・・・。
病院に行けない夜中や休日など、とりあえずは助かることもあるのに、という自分の意見はバッサリ・・・

まあ市販の薬には、それぞれ使用期限が書いてあるので分かり易いが、病院で貰った薬は分からない。薬の袋と一緒にしておかないといけない・・・
そして分からないのが、ツムラの漢方薬。顆粒が1包ずつキチンと梱包されているので、長持ちするような気がする。しかし、それが入っている箱には、やはり使用期限が書いてあり、患者に渡すときは、あくまでその時に飲み終える前提になっているらしい。まあ言われてみれば、当然だが・・・

まあこれを機に、これからは(期限切れの)毒の薬を飲まないように、心を入れ替えることにするな・・・。病院が面倒!もあるが、仕方がない。
前に「賞味期限切れ~いつまで食べられる?」(ここ)という記事を書いた。同様に、こんな記事もここにメモしておくと、後々便利なのである。

150327byouinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月25日 (水)

「摩天楼、数で中国突出」「アジアの胃袋」~日経グローバルデータマップより

毎週楽しみにしている日経のグローバルデータマップ。最近の二つを紹介・・・
「(グローバルデータマップ)摩天楼、数で中国突出~米国の倍、日本の10倍近く
そびえる摩天楼は経済の勢いを物語る。新興国で高層ビルが増殖中だ。世界の建設など150325buil の専門家が集まる「高層ビル・都市居住評議会(CTBUH)」によると、高さ200m以上の超高層ビルが最も多いのは中国で346棟もある。2000年時点の49棟から7倍に増えた。当時に比べ経済規模は9倍弱に膨らんでおりビル建設が相次いだ。アラブ首長国連邦(UAE)も高層ビルの開発が進み、ドバイにあるブルジュ・ハリファは世界一の高さを誇る。日本の超高層ビルの棟数は韓国にも抜かれている。ドイツなど欧州で棟数が少ないのは、ビルの高さ制限など建設制限も影響しているようだ。」(2015/03/16付「日経新聞」p9より)

この中国のビルの数には圧倒される。
このことについては、前に上海に行ったときに、「上海の高層ビル群に圧倒された」(ここ)という記事を書いた。2007年5月 2日のことである。
まさにあのときの印象がこのグラフになっている。中国のエネルギーはスゴイ・・・
しかし、あまりのニョキニョキに、「大丈夫かな?」と感じることも事実。

次いで、こんな記事も・・・
アジアの胃袋、肉食化 所得増で加速、食糧争奪の火種に
 アジアの肉食化が進んでいる。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、1人あたりの消費150325ajianoi量は日本と中国が世界平均を上回り、東南アジアも増加が続いている。背景には食の欧 米化に加え、経済成長に伴う所得の増加もある。肉は豊かさの象徴。食費を増やせるようになると、動物性たんぱく質の摂収量が多くなる傾向がある。中国や束南アジアは魚介類の消費量も緩やかな右肩上150326hitoriatari がりだ。日本食ブームですしが普及したことも一因とみられる。巨大な人口を抱えるアジアの胃袋は経済とともに広がるばかり。食料争奪戦の火種にもなりそうだ。(2015/03/23付「日経新聞」p9より)

このグラフで目立つのが、幾ら最近減っているとはいえ、日本の魚の消費量が突出していること。さすがに周囲を海で囲まれている国だ。
ここでも中国の伸びが顕著。これはあくまでも1人当たりなので、人口は関係無い。結局これは、野菜、穀物類から肉、魚への転換なのだろう。
内陸に広い中国。しかしこれだけの魚の供給が必要だとすると、なるほど、前に書いた「「中国の領海問題」~中国の国内事情」(ここ)の動きも理解できる。

こんな図を見ながら、それぞれの国の抱える問題を色々と頭に浮かべるのも、また酒の肴には良いかも・・・?

●メモ:カウント~710万

150325kinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月24日 (火)

「ただいま、文藝春秋社執筆室から実況中継でお送りしています。」

先日の日経夕刊にこんなコラムがあった。
執筆室 千早茜
 ただいま、文藝春秋社執筆室から実況中継でお送りしています。とはいえ、この原稿が掲載されるのは一週間以上も先の事なので、ライブ感などまったくだせはしないのですが、ちょっとした昂奮(こうふん)状態であることが伝われば幸いです。
 なぜ昂奮状態かを説明致します。この部屋、執筆室といえば聞こえがいいが、要はカンヅメ部屋なのです。つまりは依頼された原稿ができていない状態ということ。できていないくせに昂奮している場合ではないのだが、やっぱりカンヅメ部屋にいるというのはちょっと嬉(うれ)しい。なんだか、とても作家っぽい。物書きになってまだ六年ほどの知名度も低い小説家としては作家として認められたような気分になる。そして、一体どれだけの作家がこの部屋の、いま私が座っている椅子(それもとても文豪っぽい椅子)でうんうん苦しんでいたかと思うと、胸がドキドキする。座っているだけで、文豪エキスが浸(し)み込んできそうだ。浸み込まないかな。
 さて、この執筆室、どんな部屋かと胸を高鳴らせてやってきたが、若干広めの普通のビジネスホテルのような感じで最初は少しがっかりした。清掃は近くのホテルの方がしてくれるらしく、タオルも浴衣もベッドメイキングの仕方もホテルそのもの。ただ、書き物机はかなり大きく、広辞苑が置いてある。内線電話もあるが、編集さんは携帯電話でかけてくるので鳴らない。それ以外は特に変わったものはない。私の前に泊まった人は誰かと訊(き)いてみたが、わからないということだった。
 すべての出版社にこのような執筆室があるのかは知らない。だが、新潮社には新潮クラブというものが神楽坂にあり、三回ほど泊まらせてもらったことがある。閑静な住宅地にある二階建ての和風の家で、一階の部屋にはこたつがあり、庭の眺めも良く、とても落ち着く。通いの管理人さんがいて、その方がお茶やおやつを与えてくれる。私にとって食べ物をくれる人は良い人で、無条件に懐いてしまう。新潮クラブに泊まりたいと言ったのは、ある文豪の幽霊がでるという噂があったからで、もし遭遇できたら霊験あらたかな気がしたからだった。しかし、神楽坂には美味(おい)しい店も遅くまで飲める店も多い。たらふく飲み食いして、優しい管理人さんの敷いてくれた布団でぬくぬくと眠り、庭にやってくる小鳥の声を聴きながら手作りの朝食をいただいた。果たしてあんな長閑(のどか)な環境で執筆できるのだろうか。少しは文豪エキスが欲しいと思い、前に泊まった人を訊くと「ヒクソン・グレーシーです! 千早さん、彼の入ったお風呂に入ったんですよ!」と言われ、なんとなく要らない筋肉がついたような気分で新潮クラブを後にしたのを覚えている。
 それに比べて文藝春秋社の執筆室はかたくるしい。廊下に人の気配はなく、書く以外何もさせないぞという気迫がこもっている気がする。会社のまわりにもあまり店がない。そして、運悪く(運良く?)ずっと雨が降っている。しかし、はかどるかというと、はかどらない。こうやってわくわくしながらエッセイを書いてしまっている。おまけに社内には資料室があって、二十四時間いくらでも本が読め、珍しい図録を眺められる。真夜中に誰もいない館内をうろつくのも楽しい。きっとこれが掲載されたら怒られることは間違いない。(作家)」(2015/03/17付「日経新聞」夕刊p7より)

こんな他愛のないコラムは(失礼!)、読んでいて楽しい。
筆者は、原稿が書けないので、カンヅメ部屋に入れられている状況。それを逆手に取って、そのこと自体をネタに原稿を書いている。

同様なことを思い出した。あれは中学の時だったか、国語の時間に、自由題での作文を書くことになった。自由題は困る。何を書いて良いか分からない。
白紙のままでは出せないため、「自由題には困る。書くことがない。何を書いて良いか分からない。時間だけが過ぎる。困った、困った・・・」という作文を書いて出してしまった。その作文に付いた点数は・・・忘れた。
同様に、準現役時時代(天下り?会社時時代)、期首恒例の予算大会(キックオフ)後の立食パーティーで、突然スピーチを指名され、困ったことがあった。その時も苦し紛れに「このように、まったく予想外の事態が起こる事がある。仕事も同様で、常に、いつ何が起きても良いように、準備しておくことが肝要・・・」ナンテいうことを言って逃げたっけ。

何が無くても、現在置かれた状況は、それはそれでまた“テーマ”になるのである。
こんなジョークっぽい話は大好きである。

150324rule <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月23日 (月)

死んだ後、思い出してくれる・・・FMシアター「夏の午後、湾は光り、」より

毎週聞いているNHK FMの「FMシアター」。
今週(2015/03/21)は、第35回BKラジオドラマ脚本賞最優秀賞作品だという「夏の午後、湾は光り、」。
あらすじをNHKのHPから引くと、
「京都府・伊根町の分校に通う16歳の多賀子は、たった一人の園芸部員。育てた花をリヤ150322ine2 カーに乗せて、地域の人々に売り歩いている。ある夏の午後、花を売り終わって学校へ戻る途中、多賀子は美しい女性・友里に出会う。田舎道に不釣合なお洒落をした友里は、多賀子がひそかに片思いしている忠志先生の、別居中の妻だった……。
足を挫いた友里をリヤカーに乗せ、先生の元へと運ぶ羽目になった多賀150322ine1 子。複雑な思いを抱えてリヤカーを引く多賀子だったが、背中合わせで言葉を交わすうちに、友里と心を通わせていく。
リヤカーが進む山道から、午後の陽光を受けてきらめく伊根湾が見える。のどかな田舎町を舞台に、「忘れない」ことの苦しさと尊さを描く。」(
NHKのここより)

このドラマを聞きながら、頭に浮かぶ風景・・・。“京都府・伊根町の分校”をNetの地図で探すと、実際にあった。こんな地図を頭に浮かべながら聴くと、益々風景が頭に浮かぶ・・・

このドラマの中の、こんなセリフが心に残った・・・

<FMシアター「夏の午後、湾は光り、」より>

★この番組の全部(50分)をお聞きになる方は(ここ=ZIP)をクリックしてしばらく待つ。

このセリフを、少しだけ文字にしてみると・・・
「おじいちゃんやおばあちゃんが戦争の話をしてくれる。
・・・
皆、誰かに覚えてて欲しいねん。おじいちゃんもおばあちゃんも、遠からず死んでしまうやろ。そしたら、この国は、戦争がどんなに怖かったか、悲しかったか、それを知らん人ばっかりになるだろ。
いつか戦争が始まりそうになったとき、あれは怖いものやから止めとき、と言う人がいなくなるやろ。皆、それが怖くてしょうないねん。
それと、おじいちゃんもおばあちゃんも、自分のこと、誰かに覚えてて欲しいねん。多賀ちゃんに持てる限りの思い出話をした人間がいたこと、ずっと覚えてて欲しい。自分がこの世に居なくなっても、時々思い出してくれる人間が居るって、嬉しいことやで。
それはもう、安心して死ねる気がするくらい、嬉しいことやと、先生は思うわ・・・」(
桑原亮子・作「夏の午後、湾は光り、」より)

別に目新しいセリフではない。良く言われていること。
でも、きな臭い話だが、現政権が日本を戦争の出来る普通の国にしようと突き進んでいる今、改めて心に響く言葉・・・
それに、死んで行く人の心情も、何か分かるような気がする・・・。

話は変わるが、昨年、叔父が亡くなった。3人いた叔父の中で、唯一子供がいなかった。それで、定年後、夫婦で熱海の温泉付きの豪華老人ホームに移ったのだが、二人とも献体を申し込んでいた。お骨を墓に納めても、継ぐ人がいないため、たぶん献体の後は、共同墓地に入るのだろう。
叔父はそれを、かなり割り切っていた。夫婦ともに身寄りがいないので、死んだらオシマイ・・・。献体してそのまま消える・・・
それはもう、仕方のない選択肢。

そんな事を思いながら、つくづく我が家の孫という命の継承者の存在を、有り難いと思う。我が唯一の孫も1歳4ヶ月になった。もう自在に歩き回り、何やらしゃべろうとしている。
歯が上下4本ずつ。良く食べるので、女の子なのにお腹はポンポン・・・。健康そのものだ。
この、すくすくと育つ新しい命を見守りながら、自分はまだまだ幸せだと思う。孫が可愛いという通常の次元を超えて、命の継承、いや、将来、自分たちの存在を思い出してくれるかも知れない命の存在に対して、有り難いと思う。
上の物語、いや上のセリフを聞きながら、月並みだが、この子の成長を見届けるまで、簡単には死ねないぞ・・・と思い、そしてまた、この命の継承に対して感謝し、自分もそのうち“安心して死ねる気がする”かも・・・と思いつつ聴いたドラマであった。

150323ongaesi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月22日 (日)

葬儀費用の地域の違い

お彼岸である。
先日の日経新聞にこんな記事があった。
葬儀代 進む低価格競争 ~異業種参入 支払い多様化
 人生の終わりをどう迎えるかを考える「終活」が広まり、多くを語りにくかった葬儀代についても意識が向きやすくなってきた。葬儀業界は異業種の参入が相次ぎ、ブラックボックスだったコストを透明にする動きもある。支払い方法も多様になり、低価格競争に向かう流れも生まれている。
 高額支出の代名詞でもある葬儀費用だが、最近は低下傾向にある。日本消費者協会の150322sougidai 調査によると、日本人が葬儀にかける費用は2013年時点(第10回調査)で平均188万9000円だった。これはピークだった03年(第7回調査)の236万6000円と比べて2割ほど安い。葬儀業は許認可制ではなく、新規参入は自由だ。異業種からの参入が増えていることで競争原理が働き、費用の低下が進んでいる。
 09年に参入したのが流通大手のイオンだ。14年に葬祭事業を「イオンライフ」として分社化し、「イオンのお葬式」として展開する。全国約500の葬儀社と提携し、規模などに応じて20万~70万円程度の定額プランをそろえる。催事場の空き時間を使ったり、イオンの流通網を活用したりすることで従来の葬儀よりもコストが抑えられるという。
 13年に設立したベンチャー企業のアメイジングライフは、身内だけでお通夜と葬儀を行う「シンプル葬」を東京と福岡で手掛ける。提携する葬儀社とのやりとりをネットに集約するなど人件費や固定費を削減し、火葬場への僧侶の手配などオプション料金を含めても葬儀費用は約70万~80万円にとどまる。ネット上で費用の見積もりや申し込みが完結するのが特徴だ。スマートフォン(スマホ)からでも申し込みができる。
 低下が進んでいるとはいえ葬儀費用はまだ高額だ。「負担が大きすぎる」「お墓や仏壇の購入のためにある程度のお金は残しておきたい」など、一括払いを避けたい人向けに支払い方法も多様化が進んできた。
 その一つの「葬儀ローン」はジャックスやオリコなど、信販大手が葬儀社と提供する。葬儀ローンは葬儀社が窓口になって契約することが多いため、手続きが簡単とされている。金利水準は提携している葬儀社の価格帯によって変わってくるが、両社とも平均して年率7~8%が多い。葬儀費用に充てることのできるローンは、他に利用目的を限定しない銀行の「フリーローン」などがある。
 最近ではクレジットカードで葬儀代を払えるようにもなってきた。前出の「イオンのお葬式」は、1回払い限定だがイオンカードでの支払いが可能。アメイジングライフの「シンプル葬」はVISAやマスターカードなど五大国際ブランドのクレジットカードが使え、分割払いやリボ払いも可能だ。決済大手のベリトランスもクレジットカード大手のクレディセゾンなどと組み、葬儀を終えた喪主が葬儀費用をクレジットカードで支払ったり、ローンを組めたりするサービスの提供を2月から始めた。(谷翔太朗)」(2015/03/14付「日経新聞」p22より)

当サイトは、相変わらずこんな記事を気にしている。上の記事で面白いのは、地方毎の葬儀代のかけ方・・・。平均を見ると、関東北部が236万円の1位で、中部南部と近畿が200万円を超えている。そして最低の四国は134万円。何と1.8倍近い。これが平均なので、その違いに驚く。
これは文化なのだろう。つまり、地域の文化・風習によって、大きく変わるようだ。

葬儀は残された人のために行うという。確かに、現役時代にはよく葬儀に行った。誰々のご母堂の葬儀など・・・。もちろんご母堂を知っていて、悼む訳ではない。知っている喪主との“今後の関係のため”に行くのである。まさに義理・・・
でも、現役を引退した後では、そんなしがらみも消える。“素”になる。付き合いで行くことも少ない。そして自分たちが行う葬儀は簡略化される。リタイア後は、会葬者も近親者に限られるので、それは当然の動き・・・
そもそも葬儀の連絡を受けて困る人はいても、喜ぶ人はいない。つまり誰も知りたくないのである。本当は行きたくないのである。しかしそれは“お義理”の世界・・・。よって、自分は知らせない。そして、昨年と今年の近親者の葬儀では、そのようにした。
結果、誰も困らず、喪主は少ない費用で満足裏に終えることができた。

結婚式と葬式の膨大な費用は、常に話題になる。まあ結婚式は「これから」なので、少しはお金をかける意味があるかも知れないが、葬儀は1回きりで、その後が無いので、それほど満足感は残らない。
それにしても、世の中では直送等、葬儀の簡素化が話題になっている割に、このリストを見ると、まだまだ「しがらみ」は大きいな、と感じた。
都会では、既に「何でもあり」の自由な風潮になっているものの、お寺(菩提寺)のしがらみがあるとそうそう自由にはならない。
これから我々団塊の世代がお墓に入るとき、お寺とのしがらみと、どう折り合いを付けるかが、試されている。
次世代への負の遺産とならないように、“簡単に”消えねば・・・ね。

150322keitai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年3月20日 (金)

コンサートでの「ついていない」席

先日の日経新聞にこんなコラムがあった。
透明な鎖 内田麻理香
 クラシック音楽のコンサートの楽章の間に、聴衆が一斉に咳(せき)払いをする。実際、生理的に咳がしたいのかどうかはともかく、それまで張り詰めていた空気を解放するかのように「ごほん」の音が響き渡る。欧州でクラシック音楽のコンサートを多く聴いた人によれば、これは日本だけの現象ではないらしい。確かに、クラシック音楽のコンサートでは周りの人に迷惑をかけてはいけないという無言の圧力がある。
 クラシック音楽を生で聴くのは、CDやテレビでは味わえない多くの楽しみがある。ただ、考えてみれば、初心者を威圧する見えない鎖が多い。演奏中はもちろん、楽章の休みの間は拍手をしてはならず、曲全体が終わるまで待たねばならない。
 オペラのときはもっと大変だ。ウィーンのオペラ座に行ったときのこと。あの場は社交場を兼ねていると教えてもらったので、自分なりに目(め)一杯(いっぱい)着飾って、「浮かないか」と心配したが、それでも足りなかったようだ。周りは蝶(ちょう)ネクタイをした男性や、毛皮のコートにドレスをまとった女性が会場の大半を占めている。この人たちは、どこからわいて出てきたのかと驚くほどだ。
 そこまで気合を入れたにも関わらず、「ついていない」席に座ることになった。目の前にいる身なりの良い老紳士が高いびきをかいて睡眠に没頭してしまったからだ。しばらくすると舞台の名演に引きこまれて、いびきの音は気にならなくなり、いまだにそのオペラは良い記憶として残っているので問題はなかった。
 このような、ついていない席は、あらゆる場面で遭遇する。映画を観(み)るとき、せっかく事前に予約した席でも、目の前の人の背が高いと上映時間中、ずっと首を斜めにして観るはめになる。私の身長が低いせいもあるが、これもついていない席だろう。
 先日、地元仙台に名門オーケストラが来るということで、久しぶりにコンサートに赴いた。花粉症の私は、鼻をずるずるさせていてはいけないと薬を飲み、それなりに身なりを整えて行った。しかし、落とし穴があった。お隣さんだ。今回も例のついていない席に座ることになった。
 鼻息の音がピアニッシモの音をかき消すほどなのは、私と同じ花粉症か、もしくは生まれつきか。ただ、この方は落ち着きがない。飲食ができない会場なのに、持ち込んだ水を飲む、演奏中に何かの紙をがさがさ開くなどあれこれ音を立てる。こうなったら、例の席に巡りあってしまったと諦めるしかない。そう思ったのは私だけではないらしい。前に座っていたお客様たちも数人、何度か後ろを向いて様子を窺(うかが)っていた。
 これも結果的には、その思いを払拭できるくらい文句なしのコンサートであった。ちなみに、ついていない元となったお客様も、端から見てもわかるくらい、非常にその演奏を楽しんでいらした。同じく音楽を愛する同志なのだ。オペラ座で居眠りしていた紳士よりは、よほど音楽を自由に楽しんでいたと思う。
 ルールやマナーは、他人に迷惑をかけないために大事だ。でも、過剰で形骸化したものもある。今回のコンサートでのお隣さんは極端だっただけに、その手の縛りについてあれこれ考えるきっかけになった。不合理な不文律にも従わざるを得ない、小心者の私には羨ましい。(サイエンスライター)」(2015/03/14付「日経新聞」夕刊p4より)

なぜこの記事が気になったのか・・・。実は背景に、自分の深い懺悔が存在する。
若い頃(新入社員の頃)、度々クラシックのコンサートに行っていたことは前に書いた。その頃の、自分は、まさに「ついていない」席の製造者。さぞさぞ周りの人は迷惑だったろう。
何と自分は、音楽に合わせて、体を動かしていたのだ。「オレはこの曲を良く知っているぞ」という自慢をしたかったのだろう・・・。足先を動かしたり、指先を動かしたり・・・。
今思い出してもゾッとするバカな動作を、トラウマのように思い出しては赤面?いや、懺悔している。

そう言えば、数年前のコンサートでも、同様の経験をした。「ベートーヴェンは凄い!2012」(ここ)で、同様な頭を振る人と隣り合わせ、誠に迷惑だった。
まあ表現は悪いが、昔自分がしたことの報い。「自業自得」だったのだろう。

さすがに“オトナ”になってからは、コンサートでは一切動かない。音楽が終わっても拍手もしない。ま、後から少し申し訳なさそうに拍手することもあるが・・・

そう言えば、上の「ウィーンのオペラ座に行ったときのこと。あの場は社交場を兼ねていると教えてもらったので、自分なりに目一杯着飾って、「浮かないか」と心配したが、それでも足りなかったようだ。」というところを読んで、前にウィーンの楽友協会大ホールに行ったときのことを思い出した。(ここ
ツアーの準備書では、この音楽会には正装で、とあったので、ブレザーにネクタイで行ったのだが、会場に行ってみると、だれもがカジュアル姿。逆に自分が浮いてしまったことを覚えている。

さすがに日本のコンサートは、正装している人はいないが、かといってGパン姿も少ない。
さっき新聞を見ていたら、全面広告でポール・マッカートニーのコンサートがSS席10万円、とあった。多人数がかかわるオペラでもないのに、あまりに高価。
しかし、この歳になると、もうクラシックは行く気にならないが、自分も、もしPINK FL
OYDのメンバーが来たら、行くかも・・・。それが例えトリビュートバンドであっても、前に良かったので・・・(ここ)。
リタイアして、お金は無いけど時間はあるので、もっとコンサートに通えば良いのだが、腰が重いこの頃である。

150320oreno <付録>「ボケて(bokete)」より

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