2015年1月24日 (土)

戦後70年間戦争をしなかった国は8カ国

今朝の日経「大機小機」にこんな記事があった。
戦後日本70年の総括
 戦後70年にあたって発表予定の首相談話が注目されている。日本は戦後の荒廃から目覚ましい勢いで立ち直り、最も成長した平和国家である。その発展の教訓を伝えて世界に貢献する希有(けう)な機会である。
 戦後70年間戦争をしなかったのは国連加盟193カ国のうち8カ国しかなく、アジアで日本以外はブータンだけである。世界に誇るべき歴史である。戦前も歴史だが、戦後70年は現代に暮らす人間には十分に長く、より重要な歴史である。戦後生まれが総人口の8割にもなり、戦争を望んでいる日本人はいないだろう。何よりも、戦争は引き合わない。
 戦後70年の歴史の本質は何か。日本が開戦した契機は領土拡張による石油資源の確保であった。だが、戦後日本が高度成長できた原因は自国内に資源を持たなかった点にこそある。
 国内に資源を持たないため、世界中で最も高品質で最も低価格の資源を選んで輸入し、加工することで高い付加価値を生み、さらなる輸入資源の購入原資を得ることができた。加工貿易を糧として生き、付加価値を生む技術や世界に売れる新製品の開発に突き進んだ。資源があれば、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉のときの農産物と同じで、国内産業保護のため輸入は制約される。
 成長の源泉は領土ではなく、絶えざる技術進歩であり、それを生む人材教育である。日本の教育は、江戸時代に寺子屋が普及し、識字率が当時としては世界最高水準だった。明治以降の急速な近代化もその基礎の上にある。戦後の民主化は社会の自由度を高め、西欧以外では初の先進国となった歴史は途上国の目標でもある。・・・(桃李)」(2015/01/24付「日経新聞」p17より)

この記事の中で「戦後70年間戦争をしなかったのは国連加盟193カ国のうち8カ国しかなく、アジアで日本以外はブータンだけである。」という部分を読み、その国はどこだろう?と思った。
Netで見ると、その国は、アイスランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、スイス、ブータン、日本の8カ国“らしい”。(公式なサイト情報は見つからなかった。別の8カ国を紹介したサイトもある。ノルウェー、デンマークが、オーストリア、ジャマイカに入れ替わっている)

誰も思い付くスイスを除くと、北欧の国々ばかり。
この理由は?とNetで検索していたら、こんな記事が見つかった。
何故北欧諸国は戦後、戦争に巻き込まれなかったのですか?

大戦後の戦争の原因になるものが、北欧諸国には無かった。
戦争の原因として
①米ソ対立の発火点という地政的な位置には無かったこと。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフリカ、アフガンなどの米ソの代理戦争とは無縁の地政的な位置でした。
②民族対立
中東戦争、バルカン諸国などがそうですね。
③宗教対立
中東戦争、印パ紛争
④経済的な貧困
北欧諸国などはおしなべて豊かな国です。
⑤政体の未成熟
民主主義が確立しており、独裁者のアンバランスな政治とは無縁であり、バランスの外交を行っている。
=====
ノルディックバランス、つまりアメリカとロシアの間のバランスを上手く取りながら外交政策をしてきたからです
ただしスウェーデンやフィンランドは国連PKF(国際連合平和維持軍)という形であちこちの鉄火場に首を突っ込んでいますし戦死者もいます。・・・」(
ここより)

ん? 戦後、「戦争をしなかった」と評価されている国にも戦死者は居る??
すると、こんな記事があった。

戦後70年、1人の戦死者も出さず 黄金時代を生んだ平和主義を検証する
・・・だが、大局的に見れば、将来の史家は戦後70年を日本史上の「黄金時代」と呼ぶかもしれない。日本のようにこの70年間戦争をせず、平和を享受してきた国は世界196ヵ国(北朝鮮を含む)の中でも極めて少ない。2011年に米英軍による攻撃で始まったアフガン戦争では、ドイツは最大時5000人を派遣し、死者54人が出た。中立国だったスウェーデンも最大時506人を派遣、死者5人、オーストリアは派遣3人(死者なし)、フィンランドは派遣181人(死者2人)、アイスランドは8人(死者なし)、スイスも密かに32人を出し、軽傷者2人との報道もあった。
 欧州でも、南北アメリカ、アジア、中東、アフリカ、太平洋でも、ほとんどの国が第2次大戦後も直接の戦争当事国となったり、海外派兵を行い、内戦が起こるなど、多くの戦死者を出してきた。そのなかで、人口1億2800万人、GDP4.8兆ドルの大国である日本が70年間も戦闘で1弾も発射せず、テロの犠牲以外には1人の戦死者も出していないのは奇跡に近い平和政策の成功、と思わざるをえない。」(
ここより)

なるほど・・・。軍の海外派兵で戦死者が出ているのか・・・
しかし、安倍政権の方向を見ると、スウェーデンやフィンランドと同様、今後「戦闘によらない戦死者*」だけでなく、「戦闘による戦死者」が今後出てくるかも知れない。
(*なお、2004年の「イラク日本人青年殺害事件」の1人は、自衛隊をイラクから引き上げることを要求され、“小泉首相は即座に「テロに屈することはできない。自衛隊は撤退しない」と表明した。30日(日本時間31日)、首を切断された遺体が発見され、後日になって殺害の模様が公開され、その後その動画がインターネット上に流布する事態となった。”という経緯から、自分は日本の「戦闘によらない戦死者」だと思っている。)

今回事件の引き金となった、(石油輸入の安定のために?)積極的に中東に出ていって、国際貢献を・・・という方向は、日本国民にとって、どうしてもキケンだと思わざるを得ない。
少なくとも、「政治」(自衛隊の海外派兵や積極的平和主義など)による国民の死者が出ることだけは避けたいと願うのだが・・・

150124syokun <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年1月22日 (木)

「いいがかりつけてなかった? 徳川家康」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(文化の扉 歴史編)いいがかりつけてなかった? 徳川家康
 関ケ原の戦いの後、豊臣方が建立した京都・方広寺の鐘の銘文にいいがかりをつけて、大坂冬の陣を起こしたとされる徳川家康。だが、史料からみる限り、実情はいささか異なるようだ。

 徳川家康は1542年、松平広忠の嫡男(ちゃくなん)として岡崎城(愛知県岡崎市)で生まれた。62年、尾張の織田信長と同盟。72年に三方ケ原の戦いで武田信玄に大敗するものの版図を広げ、84年の小牧・長久手の戦いでは当時、最大勢力を誇っていた豊臣秀吉を苦しめる。
150122ieyasu  豊臣政権下の五大老となってからも天下を狙う野望を胸に、1600年の関ケ原合戦では豊臣恩顧の大名を裏切らせて石田三成率いる西軍を破る。
 1603年には征夷大将軍に任じられ、05年にはそれを息子の秀忠に譲るも、14年、豊臣秀頼が建立した京都・方広寺の釣り鐘の銘文に「国家安康」「君臣豊楽」とあるのを「家康の名を引き裂いて呪詛(じゅそ)するもの」といいがかりをつけて大坂冬の陣を起こす。さらに講和の際、外堀だけの約束だった大坂城の堀を内堀まで強引に埋めて裸城にし、翌年の夏の陣で豊臣氏を滅ぼしたとされる。ドラマなどでは、腹黒い狸(たぬき)おやじというイメージで描かれることが多い。
     *
 だが、こうした家康像は修正が必要なようだ。
 国際日本文化研究センター教授の笠谷和比古(かさやかずひこ)さん(日本近世史)は、方広寺の鐘に関する家康の抗議は「筋が通っており、捏造(ねつぞう)などではない」と話す。
 証拠は銘文を選んだ僧の清韓が残した弁明書だ。清韓は「国家安康と申し候は御名乗りの字をかくし題に入れ」と記し、意識的に「家康」の2文字を入れたことを認め、祝意を込めたと主張する。
 だが当時、人をその諱(いみな)(この場合は家康)で呼んだり、諱を無断で鐘銘に使ったりするのは礼を失する行為。「一方の『君臣豊楽』では豊臣の文字を入れて秀頼や秀吉などの諱は使っていない。呪詛といわれても仕方ないのでは」
 また、大坂冬の陣の後に行われた堀の埋め立ても、外堀だけの約束だったのを徳川方が強引に内堀まで埋め立てたとされるが、当時の第一次史料にはそうした記述はないという。「二の丸や三の丸の堀の埋め立てには1カ月以上を要しており、その間にトラブルが生じた様子もない。豊臣方が止めるのを押し切り、徳川方が勢いで埋めたというような事があったとは考えにくい」
     *
 笠谷さんによれば、家康は元々、豊臣家を滅ぼそうなどとは考えていなかった可能性が高いという。
 関ケ原合戦の前に、のちに東軍に属する武将が集まって行われた小山評定は、当初は石田三成の謀反を鎮定してほしいという増田長盛や淀殿の要請に応じる形で方針が決定されており、関ケ原後の領地の再配分も、あくまで五大老の筆頭という立場で行っている。
 「領地の給付状況をみると、西日本には徳川譜代の大名がまったく配されていない。家康は、東日本は徳川、西日本は豊臣という、『二重公儀体制』による全国支配を考えていた節がある」
 家康が征夷大将軍に任じられ、それを息子の秀忠に継がせる形としたのも、「秀頼には将来、秀吉と同じく公家の最高位の関白になってもらい、将軍と関白という二つの権威でそれぞれ日本を治めようとしたから」と推測される。
 では、なぜ家康は豊臣氏を滅ぼしたのか。笠谷さんは「彼は二重公儀体制を志向しながら、自らの死後、実績のない秀忠ではそれを支えきれないと危惧していた」と話す。「豊臣の一大名に戻れればいいが、徳川家が滅ぼされてしまう可能性の方が高い。悩んだ末に踏み切ったのだと思います」
 幕府成立後、神君と尊ばれ、神にまで祭られた家康だが、明治維新以降は新政府の旧敵ということでマイナスイメージが強調されるようになる。しかし歴史は家康も悩める人間であり、人の親であったことを私たちに教えてくれる。(編集委員・宮代栄一)」(2015/01/12付「朝日新聞」p24より)

この論は、なかなか面白い。自分は今まで、銘文や堀の埋め立ての話も、そして、いいがかりの理屈も含めて、まったく疑ってこなかった。
しかし、特に堀の埋め立てなど、確かにこれは大工事。1ヶ月以上も工事をしていたら、その工事を拒否したり妨害することは出来たはず。それが、もし平穏に行われていたとすると、約束があったという考えも分かる。

徳川家康といえば、山岡荘八で読んだ。読書家ではない自分だが、30年以上前、世界で一番の長編ということで、山岡荘八の「徳川家康」を読んだ。現役真っ盛りの頃だ。
この本は面白く、次々と読破していくのに達成感を覚えたもの。1冊を一晩で読んだ事もあった。それを読み終えた後、同じく山岡荘八で「豊臣秀吉」も読んだ。この時期、山岡荘八に少し凝っていた。
だから、上の二つの話も、完全に疑っていなかった。それを覆すとは、何とも面白い。

肝心なのは、証拠。
上の記事によると、清韓が「意識的に「家康」の2文字を入れたことを認め、祝意を込めたと主張する。」とある。
一方、wikiの「大坂の陣」の項にはこうある。
「この事件は豊臣家攻撃の口実とするため、家康が崇伝らと画策して問題化させたものであるとの俗説が一般に知られているが、上記にあるように、いずれの五山僧も「家康の諱を割ったことは良くないこと」「前代未聞」と回答し、批判的見解を示したものの、呪詛までは言及しなかった。しかし家康の追及は終わらなかった。例え、銘文を組んだ清韓や豊臣側に悪意はなかったとしても、当時の諱に関する常識から鑑みれば、このような銘文を断りなく組んで刻んだ行為は犯諱であることには違いなく、呪詛を疑われても仕方のない軽挙であり、祝意であっても家康本人の了解を得るべきものであった。姓が用いられた豊臣と、諱が用いられた家康の扱いの差についての指摘もある。家康のこの件に対する追求は執拗であったが、家康の強引なこじつけや捏造とはいえず、崇伝の問題化への関与も当時の史料からみえる状況からはうかがえない。しかし、崇伝も取り調べには加わっており、東福寺住持は清韓の救援を崇伝へ依頼したが断られている。清韓は南禅寺を追われ、戦にあたっては大坂城に篭もり、戦後に逃亡したが捕らえられ、駿府で拘禁されたまま1621年に没している。なお鐘と銘文は、方広寺にそのまま残され、現代に至っている。」
なるほど・・・。少なくとも、自分の思い込みは、どうもそれだけではないようだ。

一方、堀の埋め立てについては、同じくこうある。
「和議条件の内、城の破却と堀の埋め立ては二の丸が豊臣家、三の丸と外堀は徳川家の持ち分と決められていた。この城割(城の破却)に関しては古来より行われているが、大抵は堀の一部を埋めたり、土塁の角を崩すといった儀礼的なものであった。
しかし、徳川側は徹底的な破壊を実行する。松平忠明、本多忠政、本多康紀を普請奉行とし、家康の名代である本多正純、成瀬正成、安藤直次の下、攻囲軍や地元の住民を動員して突貫工事で外堀を埋めた後に、一月より二の丸も埋め立て始めた。二の丸の埋め立てについては相当手間取ったらしく周辺の家・屋敷を破壊してまで埋め立てを強行した。講和後、駿府に帰る道中に家康は埋め立ての進展について何度も尋ねている。工事は23日には完了し、諸大名は帰国の途に就いた。この際、門や櫓も徹底的に破壊されている。
豊臣方は「二の丸の埋め立ては当方の受け持ちである」と抗議したが、徳川方は「工事が進んでいないので、手伝う」といい約定破りのかたちでそのまま、埋め立てを行ったという説もある。」

これも、なるほど・・・である。

つまりドラマのように、「問答無用!」ではなかったようだ。
和議条件で、三の丸と外堀とともに、二の丸も埋められるようになっていたとすると、誰が埋めようが良い訳で、「言い掛かり」では無い事になる。

今回は、自分の再認識の勉強用だが、風説とは別に、歴史には色々な事実や背景があるということだ。歴史は奥が深い・・・

150122sora <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年1月21日 (水)

「イスラム国」の人質声明の動画

大事件の勃発である。Youtubeにアップされた「イスラム国」の人質声明の動画(これ)を、下記の記事が文字で描いている。日本のテレビ報道では、なぜか最初のNHK国際ニュースの場面が放送されない・・・
人質の日本人、表情を変えず 「イスラム国」の動画
 過激派組織「イスラム国」が公開したとみられる動画は、NHKの国際ニュース映像で始まる。
 キャスターが英語で「中東地域への数百万ドルの援助と円借款を発表し、その地域での過激主義の広がりに懸念を示した」と述べ、安倍首相が中東地域への支援を表明したとの内容だ。
 映像は、首相とエジプトのシーシ大統領との会談映像を挟んだ後、首相の演説の場面になる。「テロと大量破壊兵器がその地域に広がれば、国際社会は多大な打撃を受けるだろう」との発言が英語で流れる。
 その後、銃声2発が響き、「日本の首相と国民へ」という英語とアラビア語の文字が出てくる。画面は砂漠に切り替わり、目以外の部分を黒い衣装で覆って立っている男と、その前でオレンジの服を着て中腰で後ろ手で座らされている男性2人が出てくる。2人の男性には「KENJI GOTO JOGO」と「HARUNA YUKAWA」の字幕がつき、左が後藤健二さん、右が湯川遥菜さんだと示している。
 黒装束の男は「日本の首相はイスラム国から8500キロ以上離れた場所にいるかもしれないが、あなたは自ら進んで(対「イスラム国」の)十字軍への参加を志願した。我々の女性と子供たちを殺し、イスラム教徒の家々を破壊するために、1億ドルを得意げに提供した」と批判。「したがって、この日本人市民の命の値段は1億ドルとなる」と言い、左手に持ったナイフを後藤さんとみられる男性に近づけた。
 次に、湯川さんとみられる男性の方もナイフで指し、「イスラム国の伸長を食い止めようと、イスラム国と戦う兵士の訓練のために、あなたはさらに別の1億ドルを提供した。したがって、このもう1人の日本人男性の命も1億ドルだ」と続けた。
 最後に「日本国民へ」と話し始め、「イスラム国と戦うために2億ドルを払うというあなたたちの政府のバカげた決定のために、72時間以内に日本政府に対して、2億ドルをイスラム国に支払うという賢明な判断を迫らなければならない。あなたたちの市民の命を救うために。さもなければ、このナイフはあなた方にとっての悪夢となるだろう」と脅迫した。
 後藤さんとみられる男性は終始、口を真一文字にして目を開き、まっすぐ前を見つめていた。湯川さんとみられる男性も、前を見て姿勢をほとんど変えなかった。」(
2015/01/20付「朝日新聞」ここより)

「イスラム国」の声明全文
 過激派組織「イスラム国」が流したとされるビデオでの声明は次の通り。
       ◇
 日本の首相へ
 あなたは「イスラム国」から8500キロ以上離れた場所にいるかもしれないが、あなたは自ら進んで(対「イスラム国」の)十字軍への参加を志願したのだ。あなたは我々の女性と子供たちを殺し、イスラム教徒の家々を破壊するために、1億ドルを得意げに提供したのだ。したがって、この日本人市民の命の値段は1億ドルとなる。
 さらに、あなたは「イスラム国」の伸長を抑えようと、イスラム戦士に対抗する背教者を訓練するために、もう1億ドルを差し出した。したがって、このもう1人の日本人市民の命の値段も1億ドルとなる。
 そして、日本国民へ
 「イスラム国」と戦うために2億ドルを払うというあなたたちの政府の馬鹿げた決定のために、あなたたちは72時間以内に日本政府に対して、2億ドルを「イスラム国」に支払うという賢明な判断を迫らなければならない。あなたたちの市民の命を救うために。
 さもなければ、このナイフはあなたたちにとっての悪夢となるだろう。」(2015/01/20付「朝日新聞」p9より)

数日前にこんな記事もあった。
自衛隊、ジブチの拠点強化 防衛省、有事にも使用検討
 アフリカ東部のジブチに海賊対策で設けた自衛隊拠点について、防衛省が中東有事での哨戒機派遣や緊急時の邦人救出など、多目的に使えるよう施設の強化を検討していることが防衛省関係者への取材でわかった。長期間の使用が前提で、中東・アフリカの活動拠点として新たに位置付ける。安全保障法制の審議と並行して検討を進め、2016年度予算に施設建設などに向けた必要経費を計上することを目標にする。
 事実上の「海外基地」(防衛省関係者)で、安倍政権下で進む安保法制の転換によって自衛隊の海外任務が拡大することを見越した動きだ。
150121jieitai1  拠点は、ジブチ国際空港に隣接する12ヘクタールをジブチ政府から賃借。約47億円かけて司令部庁舎や隊舎、P3C哨戒機3機分の駐機場と1機分の格納庫などを建設し、11年6月に開設した。
 海賊対処法に基づいて、哨戒機2機を運用する航空機部隊を中心にした海自の約110人と拠点警備に当たる陸自の約70人を4カ月交代で派遣。ソマリア沖・アデン湾を航行する客船や商船を海賊から守る派遣目的に沿って使われている。
 防衛省や自衛隊の複数の幹部によると、検討中の計画では、海賊対策以外にも、災害派遣や国連平和維持活動(PKO)のほか、有事やテロなどの際に自衛隊部隊を送り込んだり、物資を輸送したりするアフリカ・中東の拠点として活用する。自衛隊法など安保法制を改正するなかで、多目的化する内容を定める。
 あらかじめ配備した陸自の軽装甲機動車を使って陸路で邦人を救出する▽駐機スペースを拡大して政府専用機や輸送機で邦人を輸送する▽海賊対策として常駐させている哨戒機を中東有事の際に警戒監視のために現地に送る――といった案が浮上しているという。
150121jieitai2  ジブチには、仏軍基地やアフリカ唯一の米軍基地があり、北大西洋条約機構(NATO)諸国も駐留する。防衛省は、15年度予算案に調査検討費として3千万円を計上。米英仏の各国軍の海外基地の活用法と、施設整備や維持の費用について調べる。
 防衛省幹部は「積極的平和主義に基づけば、自衛隊が海外に唯一持つ拠点を生かす方策を考えるのは当然だ。米国やNATOとの連携、テロ情報の共有といった観点からも拠点の多目的化は有益だ」と説明する。(福井悠介、三輪さち子)
     ◇
 〈ジブチ〉 正式名称はジブチ共和国。2万3200平方キロメートル(四国の約1.3倍に相当)に約90万人が暮らす。人口の94%がイスラム教徒。1977年にフランスから独立した後、内戦が断続していたが、2001年に終結した。サウジアラビアを中心とするアラブ穏健派との関係が深い。首都はジブチ。」(2015/01/19付「朝日新聞」より)

そして、今朝の日経新聞にはこんな記事も・・・
「・・・首相は会見で、2億ドルの資金援助を「避難民の方々が命をつなぐための支援だ」と強調した。17日のカイロでの演説では「支援するのはイスラム国がもたらす脅威を少しでも食い止めるためだ」とも述べていた。
 自衛隊の海外派遣などを通じて積極的に地域の平和と安定に貢献する「積極的平和主義」は安倍外交の土台だ。集団的自衛権の行使を認める議論では「戦争に巻き込まれることはあり得ない」「むしろ日本に戦争を仕掛けようとするたくらみを防ぐ抑止力になる」と説明してきた。野党などからは日本が紛争解決などに深くかかわれば、日本人がテロなどの犠牲になるとの声が出ている。・・・」(2015/01/21付「日経新聞」p3より)

安倍首相の言葉が何であれ、結果として、イスラム国からの“日本を見る目”は、この動画だということらしい。
昨夜来、「映像は合成だ」という指摘がある。今夜のNHKのニュースも朝日の夕刊も、その話・・・。誰が見てもこれは合成映像だ。しかし、それがどうした・・・。人質が現実であり、黒装束の男がホンモノなら、人命救助からはまったく意味のない議論のような気がする。よほどネタがないのか・・・。
昨夜もテレビで解説者が「お金に色は付いていないから」と言っていたが、確かに、幾ら「軍事目的ではない」と説明をしても、相手に通じるとも思えず・・・。難しい・・・。

それにしても、上の記事のように、国民が「戦争に巻き込まれるのでは・・・」と心配していたことが、あまりに急激に現実の問題になってきた。
しかしマスコミが、「映像は合成だ」ばかりで、日本がなぜ今こんな事態に至ってしまったのか、については、ほとんど言及していないのが気になる。
自分は典型的なノンポリであり、ただただ「戦争だけはしてはいけない」と願うだけなのだが、この人質の二人が「戦後日本70年の最初の戦死者」にならないことだけを祈りたい。

(参考サイト)(2015/01/23追)
「志村建世のブログ」より「no more war 池田幸一メール 安倍総理が今なすべきこと」 

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2015年1月20日 (火)

パン屋「カフェ・ド・ハルン」~八王子「道の駅」の左隣

カミさんから「行こう」と言われて、「ウン、行こうか」と簡単にうなずくパン屋が、八王子「道の駅」の左隣にある150120harune1 「カフェ・ド・ハルン」というパン屋である。
カミさんが誰かのクチコミで聞いてきた店で、自分が誘われて行ってみたのが数年前。特に自分は「コロッケバーガー(126円)」がお気に入り。

場所は、中央高速八王子インター側の、新滝山街道にある八王子「道の150120harune1_2 駅」の左隣にある。コンビニのサンクスの隣に、イタリアンレストランの「マードレ・イタリアーナ」と、ここ“美味しいパンとコーヒーの店”「カフェ・ド・ハルン」が並んで一体運営されている。
150120harune2 よって駐車場は共通なので、自分はいつも空いている手前の「マードレ・イタリアーナ」の駐車場を利用している。右隣のコンビニとの間に通路があるのだが、コンビニの駐車場を使うと罰金らしい。
このパン屋、何よりも値段が安い。105円~180円などで、先日も8個買ったが、計1,054円だった。今どき、適当に取って130円平均など、安い。
150120harune3 ドリンク類は170円。面白いのが、パンの取り方。入り口に使い捨てのビニールの手袋が置いてあり、普通のパン屋のように、パンをハサミで取るのではなく、手で取るのだ。
重いお皿と、組み立て式の紙箱が置いてあり、持ち帰り分は箱に入れる。そしてレジで、お盆に・・・
種類はどの位あるのか・・・。数えていないが数十種類・・・。そう言えば、レジの後に「ご予約分」の棚があったので、あらかじめ予約して作って置いて貰う人もいるみたい・・・

150120harune2_2 この店、年中無休らしいが、近くの創価大の女学生がバイトで入っているらしく、人手は困っていなさそう・・・。
しかし行くのは平日で、それも昼を避けた時間帯が良い。休日や平日の昼など、駐車所に入れない。先日も平日の11時半頃行ったが、帰りは12時を回っていたせいか、駐車場がいっぱいだった。

ロッジ風の建物も良いが、山小屋風のトイレもキレイ。八王子「道の駅」に来られたときは、チョコッと寄ってみたらいかがでしょう・・・。
お薦めです。(なお、写真はNetで拾ってきたので、最新ではない)

150120shiage <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年1月19日 (月)

風邪でダウン中・・・

いやはや自分の体も老化のせいか、弱くなったものだ。

昨年の11月に久しぶりに風邪を引いたが、また同じように風邪でダウン中。今回は、咳と痰から始まり、珍しくマスクをして出勤したのだが、(土)から微熱。それ以来のダウン。
11月にもらった解熱剤も、咳を止める薬も、飲んだら一応効果はあるみたい・・・
しかし、この微熱というヤツが、自分は大の苦手。ちょこっと微熱があるだけでめげてしまう。

今回も、今朝未明に目を覚ました時に、熱を測ったら38.1℃。これにはビックリ。それまで最高は37.4℃だったのに・・・。
これはインフルかも知れない・・・と、近くの医院に行くことにした。5時半に予約電話をすると、もう13番・・・。 みなさん早い・・・。

医院で、インフルの検査をして貰ったら、陰性とのこと。とりあえずはホッとしたが、それにしてもこの微熱がしつこい。
前回のメモを見ると、発熱は5日間続いていた。
ん?とすると(水)まで下がらない??

抗生剤は風邪には効かないという。でも肺炎防止にいちおう飲んでいるのだが・・・
たまたま今は下がっているので、パソコンを叩いているが、こんな事をしていると、たぶんバチが当たって、また熱が出るな・・・。

今、測ってみたら、ヤバイ! 36.7℃だ!! 微熱だ~~~
自分は寝る以外の方法を知らない。パソコンなど叩いていないで、早く寝ようっと・・・

67才のこの体。もう賞味期限が近いのだろうか・・・
(カミさんは「体を動かさないから!」の一点張り。まあそうだろうけど・・・)

(2015/01/20追)
つくづく、体というものは、自分のものであるが、自分の意志では動かない、不思議な存在だと思う。
熱があって寝ている時、どうしたら最も早く治るのだろうと考える。しかし「黙って静かに寝る」こと以外、思い付かない。しかし、だからと言って、自分の意志通りに良くなるとは限らない。そこには、自分とは違う意志をもった存在を見る。
自律神経のように、生物として体内で勝手に動く仕組みがあることは知っている。しかし、それがもどかしく感じるとが病気の時・・・
風邪は、教科書通りに、時間が経つと自動的に(?)治ってくれる。それは有り難いが、これが、別の病気の時は、色々と考えさせられてしまう。
先週、会社で打合せの最中に、突然右目に大きなゴミが飛んだ。目にゴミが入ったような異物感もない。ほどなく、ゴミはあまり気にならないほどになったものの、飛蚊症の突然の発症であった。
改めてNetで見ると「生理的飛蚊症」は治らないという。これも右耳の難聴と一緒で、仕方がないと諦めるしかない。空を見ると、左目はツルンとしているが、右目は何やら細かい点々が無数に見える。ゴミも・・・
こうして段々と体のあちこちに故障が顕在化してくる。老化・・・。それに対する解は「運動」だという。
(カミさんからの圧力を筆頭に、)これから「運動」という文字が、自分の人生の中で「飛蚊症」のように、飛び交うのであろう・・・。

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2015年1月16日 (金)

「涙のムハンマド」載せるか…日本の新聞のスタンス

最近、各紙の「スタンス」に興味を持っている。今回の仏週刊紙の風刺画掲載についても、各紙の判断が分かれており、面白い。
涙のムハンマド」載せるか…日本の新聞、判断分かれる
 「涙のムハンマド」は載せるべきか否か――。仏週刊新聞「シャルリー・エブド」が14日、銃撃事件後初めて発売した特別号。その風刺画の掲載をめぐって、日本の新聞では判断が分かれた。各紙に取材した。
 風刺画は、イスラム教の預言者ムハンマドが目から涙をこぼし、連続テロに抗議する合言葉「私はシャルリー」と書いたプラカードを胸に掲げている。特別号の表紙は、この絵に「すべては許される」の見出しがついている。
 朝日新聞は15日朝刊で風刺画の掲載を見送った。14日朝刊で長典俊ゼネラルエディターが風刺画掲載の考え方を表明。同日、東京本社で開かれた紙面会議でも15日朝刊に「特別号発売」の記事を掲載するにあたり、風刺画の扱いが議論になった。販売されている場面の写真に絵柄が写り込むのは許容という意見もあった。沢村亙編集長は中東に詳しい記者らと協議し、最終的に見送りを決めた。「紙面に載れば大きさとは関係なく、イスラム教徒が深く傷つく描写だと判断した。たとえ少数者であっても、公の媒体としてやめるべきだと考えた」。記事では絵柄を具体的に説明。イスラム教徒の受け止めも紹介した。
150116asahi  毎日新聞は、現段階で掲載は考えていないという。小川一(はじめ)編集編成局長は15日朝刊で「表現行為に対するテロは決して許されず、言論、表現の自由は最大限尊重されるべきだ。しかし、言論や表現は他者への敬意を忘れてはならない。絵画による預言者の描写を『冒とく』ととらえるイスラム教徒が世界に多数いる以上、掲載には慎重な判断が求められる」と述べた。
 読売新聞グループ本社広報部は、風刺画を掲載していない理由について、「表現の自由は最大限尊重すべきものだと考えています。ただし、今回の風刺画を掲載するかどうかについては、社会通念や状況を考慮しながら判断していきます」とコメントした。
 東京新聞は13、14両日の紙面に風刺画を掲載した。「イスラム教を侮辱する意図はない。『表現の自由か、宗教の冒とくか』と提起されている問題の判断材料を読者に提供した」と説明する。14日朝刊では、フランスの風刺文化とイスラム社会の原則との溝の深さを指摘する記事を掲載し、「他者の尊重や文化の違いから生じるトラブルを防ぐ努力を各国が行わなければならない」と報じた。
 共同通信は風刺画を配信。「表現の自由をめぐる事件に関連した動きであり、読者の知る権利に応える責務があると判断した」という。産経新聞も14日朝刊で掲載し、「読者に判断してもらう材料として掲載した」。やはり同日朝刊に掲載した日本経済新聞は取材に「記事・写真掲載の経緯や判断は公表していない」と回答した。
 一方、ニュースサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」は13カ国でトップページへの掲載の対応が分かれた。日本版の高橋浩祐編集長によると、米国本社が世界同時掲載を提案。米、仏、韓国など9カ国が同調したが、日本はトップページでの掲載は見合わせた。高橋編集長は「トップ掲載は、その国の編集方針として支持していることを意味する。表現の自由へのテロに屈しないという趣旨には賛成だが、イスラム教徒にとってムハンマドの肖像画は冒とくにあたり、風刺画は違うと感じた」と話す。(斉藤佑介、吉浜織恵)
     ◇
<大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理)の話>
 日本のメディアでは「風刺」が軽んじられ、その評価に一貫性がない。風刺画は市民が社会で感じる漠然とした違和感や疑問を表現するもので、抑圧の体験や歴史から生み出されてきた文化であり知恵だ。ヘイトスピーチとは違う。
 欧州では、多様な表現の自由が守られることで社会秩序が保たれると考えられる。日本では表現の自由は尊重するとしながら、社会秩序を乱してまではどうかと考えるメディアがあり対応が割れている。改めて表現の自由や風刺に対する考え方を明確にしてほしい。

<内藤正典・同志社大教授〈イスラム地域研究〉の話>
 特別号の表紙掲載は見送るのが賢明だ。ただ、あの絵を掲載すべきかどうかは、あくまで非イスラム世界の議論だ。
 シャルリー・エブド紙は過去に執拗(しつよう)に預言者ムハンマドをからかう絵を載せてきた。挑発であろうがなかろうが、イスラム教徒は一連の事件と経緯を知っている以上、風刺画は教徒の誰もが見たくない。テレビ局の中には都内の教徒に特別号の表紙を見せて取材する局もあったが、無神経だ。イスラムに対するリテラシーがないのであれば、報道は慎重であって欲しい。」(2015/01/16付「朝日新聞」p33より)

これをどう捉えるか?
自分は概ね、毎日新聞のスタンスに近い。
「判断材料を読者に提供した」というスタンスも分かるが、これらは「話題になっている風刺画とはどんなもの?」という読者の素朴な疑問に応えるもの。
しかし、その気になれば、読者はNetで幾らでもそれがどんな絵か、調べることが出来る。その読者の「興味本位の物見」に対して、公の媒体があえて火に油を差す再掲載をする重みがあるのかどうか、どうも自分は疑問を感じる。
これは政治の与野党の論戦とは違う。政治姿勢を風刺している絵とは根本的に違う。政治家は批判されることは承知の商売。しかし宗教がらみの、人の琴線に触れることは、それとは違う。それはムハンマドも、イエス・キリストもお釈迦さまも、はてまた北朝鮮の独裁者も同じ位置付けかも知れない。
人が信じているものは、信じていない人から見れば無価値。だからと言って、信じている人の心をえぐることをして良いかというと、それは違うと思う。

どうも、今回の事件は、人の「思いやり」の問題のような気がする。
(自分はあまり好きな言葉ではないが、)日本は「お・も・て・な・し」、つまり「思いやり」の国だそうなので、「日本では起こり得ない事件」と思いたいが、どうだろう・・・

150116syoumi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年1月15日 (木)

高英男の「ロマンス」

先日、FMで高英男の「ロマンス」という歌を聞いた。
これは本場のシャンソンなのだが、何とも歌謡曲っぽくって、自分にフィットした。

<高英男の「ロマンス」>

「ロマンス」
  作詞:アンリ・バシス
  作曲:ジョゼフ・コズマ
  訳詞:中原淳一

友よ 聞きたまえ この愛の歌
とわの幸せを かなでる歌を
パリ 君こそ我が 心の友よ
喜びもうれいも 君とともに

青い光あび パリの街角
恋の心の なぜにときめく
パリ 君こそ我が 心の友よ
喜びもうれいも 君とともに

Paris, qui n'est à personne,
Est à toi si tu le veux.
Mon amie je te le donne
Ce cadeau c'est pour nous deux.

悲しみもさちも ふたりの胸に
秘めて歌う歌 パリのロマンス

それにしても、音が悪い。幾らSP盤の復刻とは言え、スクラッチノイズがひどいのが残念・・・

さて、高英男をwikiで調べてみると、こうある。
「昭和26年(1951年)、フランス・パリへ留学。ソルボンヌ大学に学ぶ。
昭和27年(1952年)、帰国。帰朝リサイタルでは、フランスから持ち帰った『愛の讃歌』『ロマンス』『詩人の魂』などを日本人では初めて披露する。また、このときの中原淳一の発案で、日本人のシャンソン歌手第一号となる。昭和28年(1953年)、キングレコードから『枯葉/ロマンス』でレコードデビュー。」

つまりこの歌は、高英男のデビュー盤のB面だった。
そして、NHKの紅白歌合戦でも、1953年~1960年まで、7回出場したうち、3回この歌を歌ったという。

それにしても、聞いていると、シャンソンというより、日本の歌謡曲でも通るような旋律に聞こえる。何とも心地よい歌・・・

この歌のオリジナルは、ジュリエット・グレコだという。
最後に元祖に敬意を表して、ジュリエット・グレコでも聞いてみよう。

<ジュリエット・グレコの「ロマンス」>

140115hou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2015年1月14日 (水)

違和感を覚えるフランスの風刺画

連日、仏週刊紙の銃撃事件についての報道が流れている。
仏週刊紙、銃撃事件後初めて発行 短時間で売り切れ
 フランス連続テロ事件で銃撃を受け編集長らが殺害された風刺週刊紙シャルリエブドが14日、事件後初めて発売された。犠牲を乗り越えて最新号を発行した同紙はテロに対する不屈の精神の象徴と受け止められている。パリの売店では早朝から多くの市民が買い求め、短時間で売り切れ状態になった。
 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載された1面のレイアウトは12日に公表された。イスラム圏に限らず、転載に慎重なメディアが多数派を占める国もあり、「表現の自由」をめぐる議論が巻き起こる可能性がある。」(
2015/01/14 18:02共同通信)
シャルリエブド紙の発行部数は通常5万部前後だが、この最新号は500万部だったという。

表現の自由を謳い、西欧の首相級がデモ行進をしている。しかし、この風刺画と表現の自由との関係について、自分はどうも違和感を覚える。
フランスには日本についての風刺画もあるという。
「フランスでは風刺画が活発に描かれますが日本についても福島第一原発関連でいくつもの風刺画が描かれ、日本で不評を買っていました。
150114fuusi 今回のテロで犠牲になったイラストレーターの中には、以前別の風刺新聞でこんな風刺画を描いていた漫画家が含まれています。これは原発事故でやせ細り手が3本生えた力士がオリンピック競技に出場しているとしたもの。リポーターはマイクを持って「福島のおかげで相撲がオリンピック競技になりました」と伝えています。
この風刺画は菅官房長官が遺憾の意を示すほどの話題になりました。」(
ここより)

日本ではそれほど馴染みがない風刺画を理解するためには、上の絵をみてどう感じるか、が分かり易い。
自分には、原発事故で避難を余儀なくされている多くの人たちや、その対応に当たっている人たちの心を踏みにじる絵にしか見えない。これが「表現の自由」という次元なのかどうか・・・
先の北朝鮮の金正恩の暗殺を題材にしたハリウッド映画「ザ・インタビュー」についても、同様な違和感を覚えた。

人の琴線に触れるようなことを、なぜあえて行うのか。もちろん動機は「売れる」こと、「儲150114charlie け」だ。売らんが為に、宗教レベルのことでもあざける。それは、風刺というより、侮辱であり、あまりにも低俗な議論。「表現の自由」というような高尚な議論ではない。
まさに新大久保のヘイトスピーチと同じ次元。

話は変わるが、実は、当サイトの最初の記事が「己所不欲、勿施於人」(ここ)。

子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎、
子曰、其恕乎、己所不欲、勿施於人

子貢(しこう)問いて曰く、「一言にしてもって終身これを行なうべきものありや」、
子曰く、「それ恕(じょ)か、己の欲せざるところは、人に施すなかれ」

これは非常に難しい事。しかし実行できるかどうかは別にして、これは人の常道だと思う。
人のいやがることを、あえて売らんが為に、「表現の自由」という衣をまとって火に油を注ぐ仏紙の行動・・・。そこには巻き添えで命を失った人への哀悼の意は見えない。
そして世界がそれに踊り、経営不振だったシャルリエブド紙は一躍世界的に有名になってしまった。
こんな動きは、どうも自分は好きになれない。

「表現の自由」も、もう少し品性を持った、誰でも納得できるような議論にしたいものである。

●メモ:カウント~680万

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