2014年4月16日 (水)

「小保方さん問題」で終わりか?

今日も、STAP細胞の論文執筆の中心メンバーである理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が記者会見をしたが、いっこうに沈静化の方向が見えない。
先日の朝日新聞にこんな意見が載っていた。
「小保方さん問題」で終わりか 東京大学教授、ロバート・ゲラーさん
 STAP細胞をめぐる問題は、日本の科学技術研究が非常に危険な状態にあることを明らかにしたように思えます。
 僕は米カリフォルニア工科大でノーベル物理学賞を受けたリチャード・ファインマンに学びましたが、彼は研究者は常に真理をありのまま語るべきだと力説した。日本では、そうした科学の基本姿勢を必ずしも十分に教えていない。
 STAP細胞問題では、論文の共著者たちの姿勢も疑問です。通常なら、論文の共著者は、他の筆者が書いた部分も細かく読んで添削します。STAP論文は、不適切な画像だけでなく、スペルミスなど、読めばすぐわかる間違いが放置されている。共著者が読んだかどうかすら怪しい。研究者としてあるべき姿ではありません。
理研の対応疑問
 理化学研究所の対応も非常におかしい。調査委員会に付託したのは6点の疑惑の調査のみで、他は対象外にした。すべての疑惑を調査すべきでした。これでは多くの疑問点が宙に浮いたままです。
 6点のうち2点の不正を認定したが、不正に関与したのは小保方晴子さんだけで、他の共著者は関与していないとしている点は、あまりにも甘すぎます。理研の上司たちは、投稿前に原稿や実験ノートを厳しくチェックする責任があったはずです。また小保方さんは研究データを研究所のパソコンではなく私物のパソコンで管理し、実験ノートも数冊しか残していなかったようですが、とんでもない話です。理研の管理責任が厳しく問われなくてはいけません。
 理研は、共著者の1人を実施責任者としてSTAP細胞再現の検証作業を行うと言っていますが、これも非常識です。不正が認められたなら、元の論文は存在しないと同じ。「再現」というべきではないし、理研の当事者たちはこの研究から手を引くべきです。
 今回の疑惑の検証は、ネット上での匿名の告発がきっかけになりました。匿名だということを非難する人もいますが、論文は公表されるものだから、チェックして疑問点を指摘するのは匿名であってもまったくかまわない。個人攻撃はよくないが、「この画像が使い回されている」といった事実関係の指摘であれば問題ありません。
共著者にも責任
 今回の問題を「小保方さんが悪かった」だけで終わらせてはいけない。ネイチャー誌の投稿規定に明記されているように、共著者には論文の内容を詳細に確認する連帯責任がある。小保方さんだけを切って、上層部は給与カットなど形だけの処分ではいけません。
 再発防止のために一番重要なのは研究機関のガバナンスの改善です。海外の有名研究所や一流大学は、様々な国の研究者がマネジメントに携わっているのが一般的です。理研は国際水準の研究所といわれていますが、理事長を含めた理事6人は全員日本人で、うち2人は文部科学省出身者、1人は内閣府在籍経験者。外国から優れた研究者を招き、理事会の半分は外国人にすべきです。
 さらに、外国人理事が意思決定に十分参加できるように、公用語も英語にする。コンプライアンス担当には、国内外から先端科学の現状がわかっている人を採用すべきです。役所からの天下りをなくし、官僚支配から研究者支配に切り替えることが必要です。
 理研にも、中堅にはすぐれた研究者がいますが、必ずしも厚遇されていない。特に有期契約の若手はすごくプレッシャーを受けています。幹部があくびしている間に、現場は奴隷のように研究しなくてはいけない。クビになる恐怖にさらされていると、誰でも不正をしてしまう可能性がある。
 政府も問題が大きい。問題発覚前の2月、総合科学技術会議に小保方さんを出席させようとしましたが、STAP論文が当初言われていた通りのすばらしい研究だったとしても、30歳の若手研究者をそのような場に呼ぼうとするのは、政権の人気取り、パフォーマンスでしかありません。「日本の科学技術を世界一に」するためには、当然カネをつぎこむ必要はあるが、まず体制を立て直すべきです。そして何よりも研究者が真理を語ることを説いた、ファインマンの精神を忘れてはなりません。(聞き手・尾沢智史)
     *
 Robert Geller 52年米国生まれ。スタンフォード大助教授を経て、84年に東京大助教授、99年に教授。専門は地震学。著書に「日本人は知らない『地震予知』の正体」。」(
2014/04/15付「朝日新聞」p17より)

一連の動きを眺めていると、テレビの警察ドラマを見ているような気がしてくる。つまり「組織を守る」というテーマ。
当初から、メディアは理研がひとりの個人に全責任を負わせる「トカゲの尻尾切り」の懸念を伝え、実際にその通りの動きのようだ。
理研も小保方氏も、両者共、あまりに拙(つたな)く、日本人として情けない。上の米人の指140416stap 摘の方が、マスコミに出てくるコメンテーターの評論よりもよほど的を射ている気がする。
それにしても、3400人という大組織の共著者が、なぜ全員逃げているのか? 今日やっと一人だけ笹井氏が記者会見を開いたが、あまりに遅い。しかし案の定、言い訳に終始し、自身の関与については「論文の仕上げに協力しただけ」と語ったという。しかし1月の最初の会見では「25年間の研究生活の中で、一番すごい想定外のインパクト」「目から鱗でしょう」と自慢していた。プラスの場では主役を演じ、マイナスの場では脇役に逃げる・・・。実に典型的な日本の管理職。
でもこれでは、日本の論文の「名前貸し」が世界にバレてしまう。つまり、小保方氏以外は、ロクに全文を読んでいない、という事実(?)が、バレてしまう・・・。(写真は2014/04/17付「日経新聞」p6より)

先日の小保方氏の記者会見も、見ている人は唖然とした。もう科学者として後がない状況なのに、エビデンスは「次の論文のために出せない」というスタンスは、理解しがたい。そもそも「次の論文」のチャンスが失われることを避けるために行った記者会見だったはずで、あらゆるものを出し切って総力戦で戦うのが普通なのに・・・。
もちろん決定的な証拠の写真の取り違えも信じがたい。なぜなら、その証拠の写真を見せるための論文なのだから・・・。文章などは付け足しで、最後の写真一枚だけに価値がある。それを間違えるはずがない・・・と思うのだが・・・。
繰り返しテレビから流される「STAP細胞はあります」というアナログ的な説明。誰も「あるか」「ないか」を小保方さんに聞きたいのではない。理研をぎゃふんと言わせる証拠そのもの・・・。それを示す以外に、科学者としての道は残されていないのに・・・。
そして、トドメが「200回以上作製した」という発言。これで、全ては消し飛んでしまった気がした・・・。

それにしても、企業の管理の目から見ると、理研も含めた科学者の世界とは、これほどまでに“自由奔放”な(=ノー管理の)世界なのか? そして、「トカゲの尻尾切り」の、誰も責任を取らない無責任な組織なのか・・・

日本の科学の信頼を保つためにも、外国科学者が納得するような説明の展開を期待したいのだが・・・。

140416nemui <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月15日 (火)

「老舗百貨店、まさかの統合」

先日の日経新聞に。百貨店の統廃合についての記事があった。歴史を振り返る記事なので、あまり面白くはないが・・・。
「流通革命50年の興亡(2)老舗百貨店、まさかの統合 再編の影に物言う株主 歴史守るため大胆に変化
 江戸初期と中期に創業した松坂屋と大丸。首都圏が地盤の老舗の三越と伊勢丹。関西電鉄系のライバル、阪急百貨店と阪神百貨店。歴史が培った独自の社風と屋号に象徴さ140415depat1 れる百貨店には、変化を嫌いそうな体質が漂う。だが各社は2007年前後に一斉に再編に動いた。まさかとの印象も強い統合の背景には消費の変化だけでなく、物言う株主の存在があった。
 「従来の百貨店とはかなり違ったものになる」。「大丸」「松坂屋」を傘下に持つJ・フロントリテイリング社長の山本良一は2日、松坂屋銀座店跡地の再開発着工発表会でこう発言した。詳細はこれからだが、低層階に商業施設を配置し、その上はオフィスとして活用するのが骨子だ。
秀和の悪夢再び
 同様の構想を20年以上前に松坂屋に突き付けた人物がいる。不動産会社秀和の社長、小林茂だ。流通株を買い占め、百貨店に都心の一等地の有効活用を迫った。懇意のゼネコンに作らせた大型模型を見せ、持論の再開発計画を展開。幾度も呼びつけられた松坂屋首脳は聞き入るだけだった。
 当時、メリルリンチ証券で小売分野のトップアナリストで、小林とも接点があった鈴木孝之は「今ならファンドですよね。実際、その後の村上ファンドは松坂屋にとって秀和の再来だった」と指摘する。
 村上ファンドが松坂屋に現れたのは05年。松坂屋社長(当時)の岡田邦彦が大阪などの店舗閉鎖を「刀折れ矢尽きた」と苦渋の表情で発表した翌年だ。目当てはやはり土地だった。
 結果として一年余りで村上ファンドの脅威は代表のインサイダー取引容疑を機に去った。だが、ようやく腰を据えて創業400年となる11年の記念事業として銀座店の再開発を進めようとした松坂屋はある事実に直面する。「株主対策に翻弄されて疲弊し、何度、経営会議を開いても新たな銀座店の青写真が描けなかった」(当時の首脳)。
 平成に入って2度も株式を買い占められた松坂屋。「このままではまた同じ事が起きかねないとの思いで、役員らから自然と出てきたのが再編という言葉だった」とこの首脳は振り返る。相手に想定したのは90年代後半から改革を進め業界屈指の効率経営を実践する大丸。最大の消費地、東京での存在感を高めるという課題も同じだった。
140415depat2  06年12月11日夕、松坂屋ホールディングス社長(当時)の茶村俊一と大丸会長(同)の奥田務は互いの本社の中間にある京都のホテルで会談。提携から入ろうとした茶村に奥田は「スピードをもって経営効率を高めるには統合以外は意味がないでしょうと持ちかけた」と打ち明ける。この時、茶村は「村上ファンドの問題は片付いています。障害はありません」と答え、統合の流れが決まった。
 村上ファンドが統合に結びついたのは阪急百貨店、阪神百貨店も同じ。阪神百の親会社、阪神電気鉄道株が村上ファンドに買い占められ、迷走の末に阪急電鉄グループが取得。鉄道の統合が百貨店にも及んだ。
 同じ頃、東京では三越が苦境にあった。90年代後半以降、ゴルフ場開発の失敗などでリストラが続き、自己資本比率は一時、10%程度まで落ち込んだ。業績低迷で株価が乱高下するうちに、いくつかのファンドが株式を取得。「分厚い資料をもって訪れ、短期に抜本的な経営改革と成果を迫ってきた」と三越社長(同)の石塚邦雄は当時の状況を説明する。
時間との闘い
 石塚は「好き勝手にはさせないとの思いで営業力回復による再生方針を丁寧に説明した」が納得せず、矢継ぎ早に改革案を突きつけられる。格付けも下がり、社債の発行も事実上閉ざされた。再生は時間との闘いになり、単独での生き残りから統合にかじを切った。
 石塚は高校の先輩、伊勢丹社長(同)の武藤信一を頼った。人的なつながりだけではない。三越の若手社員らは「目指すべき百貨店像」に伊勢丹を挙げていたからだ。
 統合の行方を見守っていた三越の主力取引銀行、三井住友フィナンシャルグループ社長(同)の北山禎介は「こんな組み合わせがあったのかと感心した」と振り返る。ファッションに強い伊勢丹と高額所得者に支えられる三越。顧客を奪い合うことは少ない。北山は幾度の合併を繰り返してきた銀行の歩みにも重ね合わせ、石塚に「ベストプラクティス(最善策)ですね」と背中を押した。
 その後急速に進んだ再編作業に北山も驚き、「主導するリーダー、目指すべき百貨店像が明確だったからでしょう」と語る。その理由を証券会社幹部はこう解説する。「両社の株主名簿を見たら、株主でもある取引先の重複が目立った。百貨店側は規模のメリットで取引交渉が有利になり、取引先にとっては太いパイプが築ける。もし、株主構成が大きく違っていたらもたついていたはずだ」
 頼られた伊勢丹も実は株主への課題を抱えていた。松坂屋同様、90年前後に秀和に株を買い占められ、解決のために取引先に一株1300円で取得してもらった経緯があった。「統合時にこの株価を上回っていないと迷惑をかけると最後まで気にかけたが、結局届かなかった」とOBの一人は無念そうに語る。ここにも秀和の亡霊がいた。
 経済学者で流通業界に詳しい、東大教授の伊藤元重は百貨店を「しぶとい」と表現する。大手小売業として100年を超える歴史を誇るのは百貨店だけだからだ。多くの関係者が指摘する「長い歴史で培った本能的な危機感」があったからこそ、百貨店は屋号を守るために大胆な変化を選んだのだろう。(敬称略) 編集委員 田中陽が担当した。」(
2014/04/13付「日経新聞」p15より)

百貨店はまさに夢を売る。子どもの頃は、百貨店は屋上に遊園地があり、食堂ではお子さまランチがあった。商品は高品質だが高価・・・。
自分自身は、あまり百貨店には縁が無かった。頭から「高い」と思い込んでいたから・・・。でもやはり百貨店で買ったスーツの品質は良い。逆に、特売場で売っていたスーツは、伝票は百貨店のものであっても、実態は百貨店の場所だけ借りた外部業者であることをずっと後になって知った。

そのブランドが命の百貨店の、統廃合の嵐・・・。でも百貨店はどんなことがあっても生き残140415depatると思う。要は、何を持ってその存在感を示すかだが、それぞれに特徴を出している。
しかし当八王子には百貨店はない(図はここより)。自分が現役時代は、伊勢丹、大丸、西武、そごう、などがあった。立川の駅前に比べると、八王子は何とも・・・

何でも、同じ状態で続くものはない。その時代にどう合わせせられるか・・・。
銀行の統廃合もそうだが(ここ)、百貨店の変遷についてもピンで留めておきたく、書いておく。

140415otukai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月14日 (月)

「素っ裸」と「真っ裸」~スピーチの思い出

先日の朝日新聞beの「ことばの食感」というコラムにこんな記事があった。

「「素っ裸」と「真っ裸」 中村明
 ある類語辞典の出版披露のパーティー会場で、司会者から突然「素っ裸」と「真っ裸」に何か違いはあるか、とマイクを振られた時には面くらった。
 言語学の大家が会う人ごとに意見を求める話題らしい。その辞典の編集主幹として出席しているてまえ、即座に何か答えないと格好がつかない。とっさに「素」のつく語と「真」のつく語の発想の違いを考えてみた。すると、「素足」「素手」「素肌」は靴下・手袋・衣類を身につけていない状態、「真っ赤」「真っ青」「真っ正直」はその状態に次第に近づく最終段階であることに気づいた。
 とすれば、「素っ裸」は衣類を身につけているか、いないかという、1かゼロかの、いわばデジタル思考であり、「真っ裸」は厚着から次第に薄着になって最後の一枚をずらしながら落とすという連続的な接近、つまりアナログ思考だと言えるのではないか。
 苦し紛れにそんな思いつきをしゃべった。調子に乗って、川端康成の「伊豆の踊子」のヒロインが湯上がりに主人公の目にさらしたのは「素っ裸」だろうと口走ったのが運の尽き。家で調べたら「真裸」とあった。それ以来、ここは「まはだか」と読んで気品を保っている。(早稲田大学名誉教)」(
2014年4月5日付「朝日新聞」b3より)

広辞苑を引くと・・・、こうある。
すっ‐ぱだか【素っ裸】 まるはだか。すはだか。
まっ‐ぱだか【真っ裸】 全くのはだか。まるはだか。「―で飛び出す」
ま‐はだか【真裸】 全くのはだかであること。まっぱだか。赤裸。

広辞苑の解説ではその違いが良く分からない。でも上の記事の解説は、デジタルかアナログかで分かり易い。
それにしても、司会者の突然の指名に、「とっさに「素」のつく語と「真」のつく語の発想の違いを考えてみた。」と頭が動くのだから言語学の“プロ”は違う・・・。

最近は本当に少なくなったが、現役時代は、色々な会合で、「ひとことご挨拶を」とマイクを振られる機会も多かった。特に酒が入った席では、如何にウィットに富んだスピーチが出来るかが、ベテラン・サラリーマンの妙・・・。それは立場(役職)が上がるほど多くなった。さすがに最初は戸惑ったが、これは仕事の一環であると割り切って、そんな時には、もし突然指名されたら・・・、と心の準備をしておいたもの・・・。

スピーチに対し、実は自分にはトラウマがある。大学時代、HとTと自分を入れて3人組の友人がいた。そのうちのHが、大学時代から付き合っていた彼女と、社会人になって直ぐに結婚した。そして結婚式に、自分とTが呼ばれた。自分はHから「スピーチを」と頼まれていた。もちろん結婚式は初めて。Tが「少し遅れていこうぜ」と言うので「そうだな・・・」と、誰も居ない式場のロビーでしばらくタバコを吹かして時間を潰し、「そろそろ行くか」と会場を覗いてビックリ。もちろん式は始まっており、席に着くのが目立つこと・・・。そして座るや「では友人代表の**さんからご挨拶を」と来た。
まったく非常識の自分は、結婚式の本を買って読むでもなく、漫然と「立てば何とかなるだろう・・・」と思っていたのだからどうしようもない。
スポットライトが当てられ、立つと同時に頭は真っ白け・・・。もちろん、しどろもどろの挨拶になったのは当然の流れ・・・。
でもこの経験はその後の人生に活きた。「どうにかなるだろう」は、決して「どうにもならない」と分かった。それ以降、あらかじめ分かっている挨拶は事前に原稿を書いて練習したのは言うまでもない。よってそれ以来、何度かの仲人や主賓を含めて、トチッたことはない。
しかし突然の指名は、始末が悪い。でもそんな場でも、皆はそれを“そつなく”こなすのだ・・・。自分は、そんなセンスも無いので、マイクが向けられる可能性がある場では、もしマイクが来たら・・・と、何か考えておくようにしていた。でもそんな時、マイクが来ないと、それはそれで不満・・・

こんなコラムを読みながら、現役時代のスピーチのことを思い出してしまった。
やれやれ、そんな事もなくなった今は、何と平和なことか・・・!!

140414bijyutukan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月13日 (日)

「がんと向き合う」~心の痛みに対する精神腫瘍科

昨日の日経新聞に、なぜか心に残る記事があった。
がんと向き合う 大西秀樹さんに聞く
    痛み越え、いのち輝く 生の意味、思索重ね
<がんの痛みは多様で、互いに影響しあっている>
 「痛み」ほど人々が恐れ、嫌うものはない。死に際に苦痛だけは取り除いてほしい、と誰もが願う。20年以上にわたって、心と体の痛みに苛(さいな)まれるがん患者に寄り添ってきた精神科医の大西秀樹さんに「痛みとは何か」を聞いた。
 「がん患者が抱える痛みには肉体的痛み、精神的痛み、社会的痛み、魂の痛みがあり、それぞれ影響し合っています」
 「体の痛みの激烈さは『万力で挟まれて360度回転したよう』と表現されることもあります。欧米では『がん性疼(とう)痛を取り除かないのは医師の罪』といわれ、医療用麻薬を使った疼痛緩和が普及していますが、日本では麻薬に対する偏見から立ち遅れてきました」
 「体の痛みは、けがや臓器の異常による知覚神経への刺激が脳に伝わって自覚されます。危険から身を守るアラーム(警報)といってもいいでしょう」
 医療者に気づかれにくいのが心の痛み、と大西さんは話す。
 「医療の進歩で治癒率が上がったとはいえ、国内で毎年30万人の命を奪い死亡原因の1位を続けるがんに、死を連想してしまう人が多いのは事実です。ショックも大きく、『告知されて頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった』と多くの患者は話します。ショックから心を守るための仕組みなのでしょう」
 「ただ、人の心には、辛い経験をしても、その衝撃的な出来事に対して適応していく力が備わっており、通常なら2週間ほどで回復します。しかし、がん患者の2~4割に気分の落ち込みや食欲不振、不眠、倦怠(けんたい)感など、うつや適応障害の症状が現れます。闘病意欲を失ってがんが進行してしまう患者も少なくありません。がんの身体症状の悪化と医師に誤解されて、治療の変更や中止につながることもあります」
 「精神科の医師である精神腫瘍医が関わる理由はそこにあります。心をケアするだけでなく、診断や治療の質を高める意味でも求められているのです。以前は、がんの痛みを我慢し続けたり、心の辛さを誰にも理解されないまま亡くなったりする患者がいました。痛みを取り除く緩和医療は治療の手段がなくなった末期になってから受けるもの、と考えられていたからです。しかし、2007年策定されたがん対策推進基本計画は、緩和医療を治療の初期段階から受けるものとし、痛みを医療者に伝えず我慢するのは、過去のものになりつつあります」
 「会社でバリバリ働いたり、主婦として一家の暮らしを支えたりしていた人が、がんと診断された瞬間、仕事や社会生活から切り離され、『がん患者』として生きていかなければならなくなります。孤独感や疎外感のほか、自分の地位や役割がなくなってしまうのではとの不安が募り、離職や経済的な不安も頭をよぎります。こうした苦悩が『社会的痛み』です。家庭の支え手から支えられる立場になることがストレスとなって、心のバランスを失う人もいます」
<体は衰えても、心は成長できる>
 「一方、自分がこの世から消えて無くなるのではないか、という恐怖や、人から援助されるだけの存在になるのではないか、生きている意味があるのだろうかと苦悩するのが、人間の尊厳にかかわる『魂の痛み』です。しかし、そのような状況でも人生の意味や存在意義を問い、思索を通じて人間的に成長する患者を数多く見てきました」
 「たとえば、数年前、院内の内科医から紹介されて私の外来に来た50代の主婦。大腸がんが他臓器に転移して厳しい状況でした。初診時に『今の治療がだめだったらもう治療法はないと言われました。母にさえ知らせずにきました』と涙ぐみます。患者がグループで病気や人生について話し合う『集団精神療法』に参加してもらい、メンバーと交流すると、徐々に明るさを取り戻しました。4カ月目には『いつか必ず死ぬ日が来る。でも、この病気のおかげで成長できた』と発言。7カ月目には『体がどんどん悪くなるのは、自分では止められない。でも、心はコントロールできる。がんが心に転移しないようにしたい。この会に参加できて本当によかった』と吹っ切れたような表情で話しました」
 「衝撃的な出来事や深い苦悩を乗り越えて人間的に成長することを『心的外傷後成長(PTG)』といいます。この女性は集団精神療法の仲間との交流を通じて人生や家族についての思索を重ね、『がんになったことは不運だけれど、不幸じゃない』という境地に至ったのです」
 「家族を思いやり、仲間に感謝して、次のような言葉を残します。『この病気で強くなることができた。仲間に出会い、私の周りにあった幸せに気づくこともできた。できなかったことばかりを考えない。やりたかったことがあるし、今、できることもある。この病気に感謝することがある。悔しいけどね』。
この言葉を聞いて、身震いしました。人はここまで強く、やさしくなれるのか。体は衰えても心は成長できる。いのちを輝かせて人生を締めくくる人への敬意が、患者の心に向き合う今の私を支えています」(編集委員 木村彰)

 おおにし・ひでき 兵庫県生まれ。横浜市立大学医学部卒。横浜市立大学精神科講師、神奈川県立がんセンター精神科部長などを経て、2006年埼玉医科大学精神腫瘍科教授、07年同大学国際医療センター精神腫瘍科教授。専門は精神腫瘍学、死生学。主な著書に「がん患者の心を救う」など。

日本初の「遺族外来」 医療に厚みと深み
 がん患者の心をケアする精神腫瘍学(サイコオンコロジー)は、1970年代に欧米で始まり、日本では80年代半ばに学会ができた。その頃からがん告知が進み、患者の精神的衝撃に対処する必要に迫られたという背景がある。
 大西さんは、こうした変化を1990年代初めの米国留学を通じて肌で感じ、帰国後の95年から精神腫瘍医としての活動を本格的に始める。患者ばかりでなく、家族や遺族にも精神的苦痛を抱える人が多いことから、2006年に日本で初めて「遺族外来」を開設した。
 「家族は“第二の患者”。多くの家族が傷つき、苦しんでいる」と大西さん。外科、放射線科、腫瘍内科などの治療医と力を合わせて、がん医療に厚みと深みを加えている。

」(2014/04/12付「日経新聞」夕刊p5より)

精神腫瘍科というのがあるのだ・・・。知らなかった・・・。
ガン告知が一般的になってきて、『告知されて頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった』となるが、「通常なら2週間ほどで回復します。しかし、がん患者の2~4割に気分の落ち込みや食欲不振、不眠、倦怠(けんたい)感など、うつや適応障害の症状が現れます。」だって・・・。
ほぼ全員が鬱状態になると思っていたが、人間結構強い。でも自分は確実に“心のバランスを失う”この2~4割に入るな・・・。自分がこのような記事が気になるのも、それへの備えかも知れない・・・。

先日、NHKラジオの宗教の時間「“残される人”に寄り添う(チャプレン兼カウンセラー…沼野尚美)」(20/14/03/23放送)を聞いた。この中で、頭から離れないエピソードがあった。沼野さんの30年に亘るホスピスでの心のケアにあたってきた体験談である。

<“残される人”に寄り添う(チャプレン兼カウンセラー…沼野尚美)より>

ガン告知された患者にとって、唯一の見方は家族。特に夫婦は唯一無二の存在。しかし家族と言えども、それまでのあり方によっては、決して味方ではない・・・。
上の例は、死に行く70代の夫に対して、妻は30年前の事に「謝って欲しい」と詰め寄る。
そしてもう一つの例は、50代の夫の「生まれ変わっても自分と一緒になってくれるか?」との問いに対して、妻は「あなたとは今回限りにしたい」と言う・・・。

つまり、人間関係は努力が必要だとうことだ。実は自分も、はなはだ自信がない。よってなるべく“確認”するようにしている。
良いチャンスは、カミさんが探し物をするとき・・・。例えば、さっきは最近時間を掛けて作っているある手芸の作品が無くなった。前は、それが車のキーだったり、メガネだったり、コンタクトであったり・・・。大切なモノが無くなったとき、女はどうしてこう闇雲に探すのだろう。手当たり次第に、探し回る。その点、男はロジカルに考える。いつ無くなった?どこで無くなった??それらを聞いていると、だいたい見付けることが出来る。
その時がチャンス! 「結婚して良かったか?」と聞くと、カミさんは「ウン!良かった」と答える。(もちろんその時だけだが・・・)
何度もそれを繰り返していると、自分が死ぬときも、看病して貰えそうな気がしてくるのだが、さてどうだろう・・・。
いつか必ず来る病気による「心の痛み」。それがどんな状況下であっても、何とか二人で乗り越えたいと思うのだが・・・

140413tsuri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月12日 (土)

未来に注文つけないヤンキース田中

先日の日経新聞にこんなコラムが載っていた。
「未来に注文つけない田中
 「(ヤンキースへのあこがれは)正直、ありませんでした」。メジャーを代表する球団への入団が決まったときの田中将大のそっけない答えに、8年前の秋、ドラフト会議当日の姿を思い出した。
 抽選の結果が楽天に決まると「4球団に指名してもらって光栄」と言い、早速入団に前向きな姿勢を示した。どのチームであれ、自分を試す場所があればよかったのだ。海を渡るにしても、あの時と同じで「どこでもウエルカム」だったのだろう。
 発足して2年の楽天は連続最下位の弱小球団だったが、自分が変えるという気概があった。「本当の意味での挑戦者。そのなかで戦力になりたい。チームを勇気づけられる投手になりたい」と、当時語っている。
 その志を実現したのが昨年の日本一だった。負け慣れていたナインに勝ち組の気持ちのありようを伝え、チームを変えた。
 つべこべ言わず、自分を選んでくれたところに進む田中は未来に注文をつけない人、といえる。未来は自分でつくるもの、とわかっているのだ。腹の据わった言動には毎度感心させられる。そのベースにはおそらく、こうした人生観がある。
 巨人の菅野智之ら、少数の選手を除き、ドラフトで人気を集めながら、球団をえり好みして成功した例は多くない。「どこでもいい。オレが変えればいいのだから」というバイタリティーに欠けるからではないか。
 連勝記録などの関係で「稲尾二世」などといわれることもあるが、本人からあこがれや目標とする選手の名は出てこない。道はそれぞれ自分で切り開くものだから「第二の誰か」にはなろうと思っていないし、なれるとも思っていない。
 4月。フレッシュマンたちが社会人としての一歩を踏み出した。志望の会社、業界に入れなかった、あるいは入ってがっかりの人もいるだろう。
 しかし、とやかく言う前に、縁あって席を得たその場所で、まずは自分も組織も勝てるように汗をかこう――。田中の歩みはそう語りかけている。(篠山正幸)」(
2014/04/10付「日経新聞」p33より)

もちろん自分は野球の世界は門外漢。でもさすがに、先日の田中選手の大リーグのデビュー戦だけは見てしまった。
今までも当サイトで、松井選手など、何度か野球選手について書いたことがあった。どの話も野球だけでなく、人生の生き方について学ぶべきことが多かった。この話も同じ。

誰も人生で新しい世界に入るとき、希望通りに行くかどうかは大きな問題。まず学校の受験がある。それは中学かも知れないし、高校、大学かも知れない。そこで普通は大きな挫折を味わい、人生が苦であること(仏教で言う、思い通りにならないこと)を学ぶ。そしてその経験はその後の人生に活きる。
それに続く就職活動も、そして結婚相手も同じ事。幾ら自分が相手を選んでも、相手から自分が選ばれるかどうかは分からない。そして選ばれなかった時に、どのような態度で臨むか・・・

田中選手のこの「どこでもウエルカム」という姿勢は、どこから生まれてきたのか? 普通は、子どもの頃からの憧れも含め、自分の希望というものはあるもの。そして希望通りに行かなかった場合は、やる気を失い、「自分が希望するところではなかったから・・・」と自分に対して、そのふがいなさの言い訳をするもの。(これはまあ、自分の経験だけど・・・)
これは、ある意味「足を知る」次元の話なのかも知れない(ここ)。

自分自身を良く知っていれば、それを前提としたわきまえた行動になる。逆に、自分自身を過信していれば、当然その報いを受ける。チームと選手との関係も同じかも知れない。
それに対して、上の記事にもあるが、この田中投手の場合は、浮いた価値観とは別世界の、真に野球を見詰める姿勢から生まれたスタンスなのだろう。そして、そんな人間(姿勢)だからこそ、それに見合う24連勝という結果が付いてきた・・・。

人間の生き方と結果は連動しているように思う。それには、自分を選んでくれたことに対する「感謝」という真摯な姿勢・・・(これは、学校や会社、結婚相手も同じ)。
慣れと共に忘れがちなことだが、こんな記事を読みながら、ふとそんなことを思ってしまう。

140412shimauma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月11日 (金)

人間ドック、血圧など基準緩和 ~「健康な人」増える?

先日から、人間ドックの健康基準が変わる、とのニュースが流れている。「天声人語」に曰く・・・

「東芝社長にして経団連会長だった石坂泰三は、健康法に無頓着だった。定期健診などで時間をつぶす気はない。あるとき言ったそうだ。「ぼくの体のことは、八十年もつき合っているぼくが、いちばんよくわかっている。十五分や二十分ぐらい診た医者に、わかってたまるか」▼石坂の生涯を描いた城山三郎の小説『もう、きみには頼まない』に出てくる。そんな気骨の人にくらべ、健診数値に一喜一憂のわが身である。50代の坂をのぼりつつ「苦手科目」がいくつか増えた▼さて、これは喜ぶべきなのだろうか。日本人間ドック学会などが、いまの「異常なし」の数値は厳しすぎるとして見直すという。たとえば、よく知られる最大血圧の「130未満」が「147」に緩むかもしれない▼ほかにも肥満度や悪玉コレステロール、糖尿病診断の値などを見直す。高血圧に肥満、高脂血症、糖尿病が重なると「死の四重奏」と称される。その弦の張りが、おおむね緩やかになる▼気が大きくなる向きもあろうが、油断はできない。大きめの服を着せられて、自分がスリムになったと錯覚するのは禁物だ。緩んだベルトは「ここまでおいで」と腹囲の膨張を手招きする▼一昨年、人間ドックの受診者で「全項目異常なし」は7.2%と過去最低だった。生活習慣病がらみの異常は50代男性が最多といい、わが世代、どうやら四重奏コンサートのS席らしい。石坂は88歳9カ月で天寿を全うした。鷹揚(おうよう)ぶりを仰ぎつつ定期健診は皆勤としたい。」(2014/04/09付「朝日新聞」「天声人語」より)

そして、それを報じた「朝日新聞」の記事・・・・
「健康」基準、広げます 人間ドック学会、血圧や肥満度
 日本人間ドック学会と健康保険組合連合会は4日、血圧や肥満度などについて、健康診断や人間ドックで「異常なし」とする値を緩めると発表した。国内で人間ドックを受けた人の値を調べたところ、血圧やコレステロールの値がこれまでの基準より高くても「健康」だった。学会は新基準を6月に正式に決め、来年4月から運用する予定。
 学会は2011年に人間ドックを受けた約150万人のうち、たばこを吸わずに持病がないなどの条件を満たす約34万人を「健康な人」とした。そこから5万人を抽出して27の検査項目の値をみた。
 その結果、従来は130未満を「異常なし」としていた収縮期血圧は、147でも健康だった。肥満度をみる体格指数「BMI」も、男性で「18.5~2.7」、女性は「16.8~26.1」の範囲におさまれば健康だった。現行は25以上は肥満とされている。
 コレステロール値については性別、女性は年齢によって健康な人の値が大きく変わるとして、それぞれに分けることにした。現行の基準では特に閉経後の女性は高脂血症と診断されやすくなっていた。
 現行基準は、日本高血圧学会など各専門学会が定めた診断基準をもとにしている。日本人間ドック学会などは新基準を健診施設などで利用するよう働きかける。今後5年間の追跡調査をして、病気発症との関連を調べる。
 同学会は、緩められる新基準の範囲におさまれば、薬を減らせる可能性もあるが、合併症などがあれば治療が必要という。学会理事の山門實・三井記念病院総合健診センター特任顧問は「糖尿病や腎疾患といった持病があるような人は、新基準の範囲におさまっても安心せず、かかりつけ医に相談してほしい」と話している。(
2014/04/05付「朝日新聞」p1より)

ついでに、今朝の日経新聞の記事。
人間ドック、血圧など基準緩和 「健康な人」増える?
     「病気見逃す恐れ」 医療現場から懸念の声
 自分は健康かも――。日本人間ドック学会と健康保険組合連合会はこのほど、血圧や肥満度などについて健康診断や人間ドックで「異常なし」とする数値を緩めると明らかにした。新基準の中には従来の専門学会の基準と大きく異なるものがあり、「健康な人」が増える可能性がある。ただ、医療現場からは「油断し病気を見逃してしまうリスクがある」との声も上がっている。
140411dock  現行の人間ドック学会の基準は、各専門学会が定めた基準値などを使っている。今回、人間ドック学会は2011年に人間ドックを受診した約150万人のうち、持病が無く薬も飲んでいないなどの極めて健康な男女約1万人を抽出。この人たちの検査値を基に、「健康」と判断できる数値の範囲を決めた。
 従来は129以下を「異常なし」としている収縮期血圧は147でも健康に。肥満度を表す体格指数「BMI」も、現行25以上は肥満とされているが、男性は27.7まで、女性は26.1までは健康になった。また、LDLコレステロールや男性の中性脂肪、アルコールによる肝障害の指標になるγ(ガンマ)―GTPは大幅に変わった。
 人間ドック学会は今後も追跡調査をし、できるだけ早く新基準を正式に決め、健診を実施する医療機関に運用を呼び掛ける方針。ただ、糖尿病などの持病がある人は新基準は当てはまらない可能性があるとして、かかりつけ医の指示に従うよう注意を促している。・・・」(
2014/04/11付「日経新聞」p34より)

昨年(2013年)8月に「人間ドック受診「異常なし」7.2% 過去最低」(ここ)という記事を書いた。
この話題はその記事の続きになるが、どうも腑に落ちない。“健康”は誰が決めるの???
上の石坂泰三の「ぼくの体のことは、八十年もつき合っているぼくが、いちばんよくわかっている。十五分や二十分ぐらい診た医者に、わかってたまるか」という発言の方が自分にとってよほど説得力がある・・・。

そして、日経の「従来は129以下を「異常なし」としている収縮期血圧は147でも健康に。肥満度を表す体格指数「BMI」も、現行25以上は肥満とされているが、男性は27.7まで、女性は26.1までは健康になった。」という表現が面白い。何と数字だけで“健康”になってしまうのだ!!

分からないのが「学会は2011年に人間ドックを受けた約150万人のうち、たばこを吸わずに持病がないなどの条件を満たす約34万人を「健康な人」とした。」という定義。
「けんぽれん」の(ここ)に資料によると、“健康な人”とは・・・

「今回の基準範囲設定のための基準個体の条件
基準個体とは:いわゆる健康人
条件は下記である
*既往歴で下記の疾患や入院歴のある者を除く
 ・悪性腫瘍、慢性肝疾患、慢性腎疾患など
 ・退院後1か月以内の者
*現病歴で下記のものがある者を除く
 ・薬物を常用している者(高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症等の疾患の治療のため)
 ・B型肝炎・C型肝炎の者
*BMI値:25未満、喫煙なし、飲酒1合未満/日、血圧130/85未満の者」
だそうだ・・・。

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なるほど・・・。この「健康者」の定義によると、幸いにも自分も入る。でも・・・

話は変わるが、昨日は、会社のPCの設定で忙しかった。
誰かに聞けばやってくれるが、でも昔の技術者の端くれなので、自分で・・・。会社固有の設定では、さすがに手こずった。そして、アプリのインストールなど、古いバージョンを入れようとすると、色々とエラーが出てくる。それにしてもNetは便利。まずNetにはつながったので、Netに聞けば何でも答えてくれる・・・。
しかし、つくづく思った。自宅でも会社でも、PCの設定は“心臓によくない”。
動くかどうか、つながるかどうかが、ハラハラドキドキ。そしてエラーが出るとガックリ・・・。
「何とか動いてくれー」と祈りながら待つ時間・・・。これは絶対に心臓に良くない!!
自分は、機械モノになると、ついのめり込んでしまう。食事も何もそっちのけで夢中になってしまう。つまり、その世界に埋没して我を忘れてしまう。
これが、パソコンが相手ならまだ良いが、もし自分や家族が健康上の問題など、ピンチに陥った時、同様にたぶんその問題で我を忘れて、自分を見失ってしまう危険性を感じた。
そんな事で、PCの設定は自分にとって、この上なく“毒”であることが良く分かった。(←解説本を片手にやれば、何の問題もないのに・・・)

先の石坂さんではないが、健康とは、やはり誰かに数字で決めて貰うものではなく、自分で自分の体調を自覚するもの・・・。
よって自分も、健康に害のあるPCの設定はさっさと終わりにして、(人間ドックもとうに卒業したので)数字を調べない平和な生活に戻るのさ・・・。

(関連記事)
人間ドック受診「異常なし」7.2% 過去最低 

140411habura <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 8日 (火)

いよいよWinXPのサポート終了

いよいよ明日(2014/04/09)で、WinXPのサポートが終了するが、ここ1週間というもの、自分の頭の中はその対応でてんてこ舞い・・・。
今朝の日経新聞にもこんな記事があった。まだまだっXPは残っているようだ。
XP、6月末でも7.7%搭載 国内で592万台、民間予測 ウイルス感染に懸念
 米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズXP」のサポートが9日に終了する。調査会社のIDCジャパン(東京・千代田)は7日、今年6月末時点で国内パソコン全体の7.7%に当たる592万台がXPを搭載しているという予想を発表した。ウイルス感染などのリスクが高いパソコンが国内で一部に残る見通しだ。
 ガートナー・ジャパン(東京・港)も同日、9日時点で20%以上の企業がXP搭載パソコンを使っていることになるとの調査結果をまとめた。
 マイクロソフト(MS)は9日にXP最後のセキュリティー修正プログラムを配布する予定。サポート終了後はパソコンがコンピューターウイルスなどによる攻撃を受けやすくなる。
 ガートナーは国内企業の20%以上がメーンのOSとしてXPを使っているとみている。同社の針生恵理主席アナリストによれば「台数ベースだと3~4割になる可能性もある」という。IDCもガートナーも、できるだけ早くXPの使用をやめることを勧めている。」(
2014/04/08付「日経新聞」P13より)

そして朝日新聞には、・・・
「・・・マイクロソフトはXPの発売以降、利用者向けに新種のウイルスの侵入などを解消する「更新プログラム」を無料提供するなどのサポートを10年以上続けてきた。しかし、インターネットの普及で新種のウイルスの数が急増。更新プログラムでも対応できないウイルスが増えており「最新OSのウィンドウズ8に比べ、感染のリスクが21倍も高くなってしまう」。このため、社内ルールに沿って9日にサポートを打ち切る。・・・
140408win1  しかし、買い替えは業界の狙い通りには進んでいない。市場調査会社IDCジャパンによると、昨年12月時点で国内パソコンの約16%にあたる約1200万台のOSがXPだった。今年6月末時点の推計でも約600万台が残り、約8%を占める見込みだ。
 遅れが目立つのは自治体だ。総務省によると、財政難などで全国の自治体が持つパソコンの13%、26万6千台が9日までにXPからの更新が終わらない。
 サポート終了後も、XPのパソコンを使い続けることは出来る。ただ、「窓が壊れた家は、鍵を閉めても空き巣に入られる危険性が高いのと同じ」(ウイルス対策ソフト大手)で、ウイルス感染や不正アクセスの危険が高まる。USBメモリーなどからウイルスに感染する可能性もある。ウイルス対策ソフト大手のトレンドマイクロはXP向けサポートを個人向けは15年末まで、企業向けは17年1月まで続ける。」(
2014/04/08付¥朝日新聞」p9より)

WinXPは2001年リリースというから、もう13年。異例の長寿命だが、我々ユーザーからすると「何で止めちゃうの??」だ。
140408ms1 すっかり慣れているXPは、個人的にはどうしても手放したくない。だいいち、何の不満もない。よって、我が家はこのままXPを使い続けるつもりだったが、このところ色々と不安材料が出て来た。「当分、少なくてもウィルスバスターがサポートする15年末までは、xpだ!!」と思っていたのだが、この所ぐらついている。まず会社のパソコンが、ここ2~3日、OSの入れ替えで大騒ぎ。結局、会社ではWin7を使う事になる。それに、銀行などが「XPを推奨環境から外す」・・・。もちろん使えないわけではないが、リスクは発生する。このまま頑固オヤジを通して、果たして正解か??
具体的には、自分のPCとカミさんのPCをどうするか・・・。

先日、家電量販店に行って、win7とWin8を眺めてみた。店員さんの話を聞くと、やはりWin8はスマホ風・・・。もちろん自分はスマホ大キライ人間。つまりはWin7にするしかない・・・

まず自分のPCで困るのが、ノートパソコンのキーボードを変えたくない、ということ。今のPCはキーボードのタッチが弱く、手に負担が少ない。今まで、自分のタッチのクセのせいか、何度も腱鞘炎になり、原因が自分のキーボードのタッチのせいだと分かってから、今の機種を使い続けている。新しいPCを買うにしても、同じタッチのキーボードのPCを探さねば・・・。
それで大分前から何度も、メーカーに、今使っているノートPCと同じキーボードを使ったPCは無いかと、問い合わせのメールを打っているが、梨のつぶて。

それが1週間ほど前、大発見をした。今使っている機種のWin7版が通販の中古PC屋で売っていた。そうだこんな手があったのだ。昔の機種は性能的にwin7には適合しないとばかり思い込んでいたが、量販店の店員さんは、メモリの増設などは要るかも知れないが、まず問題なく動くという。
会社のパソコン大好き人間に聞いても、XPが動いているPCなら、アップグレードで動くだろう、とのこと。ただし、OSが入っていない空のPCでは、国内PCメーカーはドライバーを公開していないので、ムリ。
なるほど、そんな事情で、中古PC屋は昔のXPをWin7にアップグレードして売っているのか・・・。
かくして、この問題はめでたく解決・・・

さて居間のカミさんのPCだが、さっき夕食の後にその話をしたら「さっさと替えたら? いずれ替えるんでしょ? 直ぐに慣れるよ・・・」と言う。これは意外・・・。自分はてっきり「やっと慣れて使っているのに・・・」と自分の責任でもないのに文句を言われるとばかり思っていた・・・
かくして、「当分XPを使い続ける」という自分の大決心はあえなく挫折・・・。
何を隠そう「XPで慣れているので、今さらWin7に慣れるのがメンドウ」というが自分の本音・・・。仕方がない。この自分の“老人病”は誰にも気付かれないように黙っていることにしよう・・・

140408netigai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 7日 (月)

「お金の人間学~幸せに見えなかった大富豪」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(リレーおぴにおん)お金の人間学:6 幸せに見えなかった大富豪 藤原敬之さ
 外資系金融機関で資産運用をしていた時、仕事の報酬による億を超える預金通帳を見て、なぜか嫌な気分になりました。お金に縛られ振り回されると本能的に感じたのかもしれません。
 その後、マネージングディレクター(役員)に昇格し、何となく「嫌な気分」の正体がはっきりしたのです。初めて役員として国際会議に出席した時のことです。一人で朝食を食べていると、他の役員たちがやってきて、「フジワラは個人的にどんな資産運用をしているのか」と聞いてきました。
 「初対面のオレの懐を探るのか」。高額の報酬があるのに、さらに殖やそうとする彼らの執着心に違和感を覚えました。私は個人的な利殖に全く興味がないからです。結果を出した仕事への相当な報酬は当然求めましたが。
 数百億円の資産を持つ大富豪たちと接する機会もありました。彼らに共通していたのは「誰も信用しない」という姿勢です。財産を死守し、次代に残すプレッシャーに人生が支配されている。お金持ちなのに決して幸せそうには見えませんでした。
 結果的に私は富豪にはなれていません。稼いだ金は使ってしまうからです。大阪の中小企業経営者だった父親の影響かもしれません。父も投資や貯蓄には興味がなく、「人生は楽しむモノだ」と気前よく使ってしまう。美食や好きなモノには金を惜しまない。
 そんな父親の生き方に共感していました。国内金融機関に勤めた社会人3年目、学生時代から欲しかった33万円のイタリア製の椅子を買い、独身寮の6畳間に置いて喜んでいました。
 金額の大小にかかわらず、感性に訴えかけてくるモノを迷わず購入してしまう。例えば、鯛(たい)をかたち取った魯山人の箸置きは20万円しました。径の大きい鎌倉彫の香合(こうごう)にこの箸置きを入れて、青布を敷いた鎌倉彫の皿に置いて鑑賞しています。幅6センチの箸置きが海を泳ぐ鯛のように見えてきます。
 モノへのカネ遣いは、時にキツネに取りつかれたようにもなり、止まらなくなります。文房具、高級時計、ライカのカメラ、ハイエンドオーディオにそれぞれ高級車1台分のお金を投じました。そんなカネ遣いに後悔は一切ないのです。お金は人生を楽しむための手段に過ぎないからです。
 借金をして生活を破壊するような浪費は慎まなければなりませんが、機嫌良く生きるためには、お金はためらわずに使うべきだと思っています。(聞き手・古屋聡一)
     *
 ふじわらのりゆき 作家 59年生まれ。内外機関投資家で株式運用を担当し、2010年から作家に(筆名・波多野聖)。近著に「カネ遣いという教養」「カネ学入門」」(
2014/03/26付「朝日新聞」p19より)

自分の大嫌いな言葉に、「きれいごと」という言葉がある。
上の記事は“大富豪”ならではの、きれい事では?とも思う。よって、我々凡人には、ほとんど参考にならない。しかし、“お金”と“幸せ”の関係は面白い。
お金を持っている人は幸せか?というと、どうもそうでもないらしい。

「清貧」とう言葉がある。広辞苑には「行いが清らかで私欲がなく、そのために貧しく暮していること。」とある。私欲がなければ、大富豪にはなれない。それが原理では? 清貧とは、人生観の次元の話かも・・・?

お金の遣い方について、自分とカミさんとは大きく違う。自分はお金の遣い方はヘタ。昔は車やオーディオセットに、大きな金額をどんと使うことはあっても、日々はカミさんにケチだと言われるほど、どうもうまくない。それに引き替え、カミさんは幾らでも使えるという。だから家の中が物で溢れる。そしていつも「整理しなくちゃ」と言っている。自分に言わせると、物が溢れているのなら、買わなければよい、と思うのだが・・・
お金の使い方と言えば、最近はあまり聞かなくなったが、前によく「1万円コースはいかが?」と言われた。つまり休日にカミさんに1万円を渡すと、その1万円でその一日を楽しく過ごすコースを企画して楽しませてくれるとか・・・。新宿に行って、**して、**で昼食して・・・。出不精の自分には信じられない行動力。女性は皆そうかも・・・

しかしお金はあの世に持っていけないことだけは確か。でも物を買うと棄てるのが大変。すると、物では無い所に使うのが一番。それは何か? 消え去る物。つまり、食べ物・旅行・・・??
何よりも「幸せだ」と思うところに使いたいな・・・と、なけなしのお金を前に考えるこの頃である。

140407toire <付録>「ボケて(bokete)」より

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